本明細書において、「アミノ酸残基」とは、タンパク質を構成する20種のアミノ酸残基、アラニン(Ala又はA)、アルギニン(Arg又はR)、アスパラギン(Asn又はN)、アスパラギン酸(Asp又はD)、システイン(Cys又はC)、グルタミン(Gln又はQ)、グルタミン酸(Glu又はE)、グリシン(Gly又はG)、ヒスチジン(His又はH)、イソロイシン(Ile又はI)、ロイシン(Leu又はL)、リシン(Lys又はK)、メチオニン(Met又はM)、フェニルアラニン(Phe又はF)、プロリン(Pro又はP)、セリン(Ser又はS)、トレオニン(Thr又はT)、トリプトファン(Trp又はW)、チロシン(Tyr又はY)及びバリン(Val又はV)を指す。
本明細書において、ヌクレオチド配列に関する「塩基」とは、通常DNA又はRNAを構成する塩基である、アデニン(A)、チミン(T)又はウラシル(U)、グアニン(G)及びシトシン(C)を指す。
本明細書において、アミノ酸配列間又はヌクレオチド配列間の「同一性」とは、2つのアミノ酸配列又はヌクレオチド配列を同一性が最大となるように整列(アラインメント)したときに、両方の配列において同一のアミノ酸残基又は塩基が存在する位置の数の、全アミノ酸残基数又は全塩基数に対する割合(%)をいう。より詳細には、アミノ酸配列又はヌクレオチド配列間の「同一性」は、リップマン−パーソン法(Lipman−Pearson法;Science,227,1435,(1985))によって計算され、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx−Win(Ver.5.1.1;ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行なうことにより算出することができる。
本明細書において、別途限定がない限り、遺伝子の「上流」とは、各操作工程において対象となる遺伝子の開始コドンの5'側に続く領域を指し、一方、遺伝子の「下流」とは各操作工程において対象となる遺伝子の終止コドンの3'側に続く領域を指す。本明細書における遺伝子の「上流」及び「下流」とは、別途限定がない限り、複製開始点からの位置を基準とした領域を指すものではない。
本明細書において、EndoAは、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドであり得る。また、本明細書におけるEndoAには、配列番号2で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つrRNA分解活性を有するエンドリボヌクレアーゼであるポリペプチドが包含され得る。配列番号2で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列としては、配列番号2で示されるアミノ酸配列と少なくとも80%、好ましくは少なくとも85%、より好ましくは少なくとも90%、さらに好ましくは少なくとも95%、さらにより好ましくは少なくとも98%、なお好ましくは少なくとも98%、さらになお好ましくは少なくとも99%の同一性を有するアミノ酸配列が挙げられる。
配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、Genbank: NP_388347で示される枯草菌エンドリボヌクレアーゼEndoAを表す。枯草菌EndoAは、配列番号1で示されるヌクレオチド配列からなる枯草菌ndoA遺伝子(Genbank: AL009126 REGION: 518943..519290)にコードされるタンパク質である。枯草菌EndoAは、胞子形成初期にrRNA分解活性を有することが示唆されている(非特許文献2)。枯草菌においては、対数増殖期にはタンパク質合成を活発に行う70Sリボゾームが形成されるが、胞子形成期には、70Sリボソームが2つ結合したダイマーリボソームが形成されるとともに、rRNAの分解が起こる。従って、枯草菌を通常の条件で培養した場合、菌が胞子形成期に移行する培養後期にはリボソームの活性が低下し、菌のタンパク質生産性は低くなる。しかし、菌のEndoAを不活性化することにより、リボソーム分解が抑制されるので、培養後期においてもリボソーム活性が維持され、菌のタンパク質の生産能を維持することができる。結果として、菌のEndoAを不活性化させることにより、当該菌のタンパク質やポリペプチド等の生産性を向上させることができる。
従って、本発明の変異バチルス(Bacillus)属細菌は、EndoAが不活性化されていることにより物質生産能が向上した変異バチルス属細菌である。一実施形態において、本発明の変異バチルス属細菌は、天然の突然変異によりEndoAが不活性化されたバチルス属細菌変異株を包含し得る。別の実施形態において、本発明の変異バチルス属細菌は、人工的な改変によりEndoAが不活性化されたバチルス属細菌変異株を包含し得る。好ましくは、本発明の変異バチルス属細菌は、人工的な改変によりEndoAが不活性化されたバチルス属細菌変異株である。
本発明の変異バチルス属細菌の親株となるバチルス属細菌としては、バチルス属に属する細菌、例えば、枯草菌(Bacillus subtilis)、Bacillus cereus、Bacillus coagulans、Bacillus clausii、Bacillus circulans、Bacillus licheniformis、Paenibacillus sp.等が挙げられる。本発明の変異バチルス属細菌を人工的な改変により作製する場合、親株としては、野生株の全ゲノム情報が明らかにされている点、遺伝子工学やゲノム工学技術が確立されている点、及びタンパク質を菌体外に分泌生産させる能力を有する点から、枯草菌の野生株(168株)及びその変異株を用いることが好ましい。当該親株を、EndoAを不活性化させるように改変することにより、本発明の変異バチルス属細菌を作製することができる。
枯草菌野生株(本明細書においては、枯草菌168株、又は単に168株とも称される)は、枯草菌Bacillus subtilis Marburg No.168として公知の枯草菌株である。枯草菌168株は、通常、遺伝子組換えタンパク質生産の際の野生株として用いられている。また枯草菌168株の全塩基配列及び遺伝子は既に報告されており、またインターネット公開されている(非特許文献1、BSORF: Bacillus subtilis Genome Database [http://bacillus.genome.jp/]、及びGenBank: AL009126.2 [http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/38680335])。当業者は、これらの情報源から得た枯草菌168株のゲノム情報に基づいて、各種遺伝子操作を行うことができる。
本発明の変異バチルス属細菌は、例えば、EndoAの発現量が、野生株の発現量の50%以下、好ましくは40%以下、より好ましくは30%以下、さらに好ましくは20%以下、さらにより好ましくは10%以下、なお好ましくは5%以下に低下している変異バチルス属細菌であり得る。EndoAの発現量は、通常使用されるタンパク質発現定量法、例えば、これらに限定されないが、定量PCR、比色定量法、蛍光法、ウェスタンブロッティング、ELISA、ラジオイムノアッセイ等により測定することができる。
天然の突然変異によりEndoAが不活性化されたバチルス属細菌変異株は、EndoAの発現量が低下又は完全に阻害された変異株を、EndoAの発現量を指標に通常のスクリーニング法により探索することにより得ることができる。そのような変異株としては、EndoAをコードする遺伝子が一部若しくは全部欠失しているか、又はEndoAをコードする遺伝子やその制御領域に突然変異を有することにより、EndoAを発現しないか、又は当該遺伝子から発現したポリペプチドが所望のEndoAの活性(rRNAを分解するエンドリボヌクレアーゼの活性)を有していない株が挙げられる。EndoAの発現量は、上述した通常のタンパク質発現定量法により測定することができる。
人工的な改変によりEndoAが不活性化されたバチルス属細菌変異株は、遺伝子工学的に標的タンパク質の発現を抑制する方法として当該分野で知られている任意の手段により作製することができる。代表的には、当該バチルス属細菌の細胞中のEndoAをコードする遺伝子を欠失又は不活性化させる方法、当該細胞中のEndoAをコードするmRNAを不活性化させる方法、当該細胞におけるEndoAをコードするmRNAからEndoAへの翻訳を抑制する方法、及び翻訳されたEndoAを不活性化させる方法が挙げられ、このうち、EndoAをコードする遺伝子を欠失又は不活性化させる方法、及びEndoAをコードするmRNAを不活性化させる方法が好ましい。
EndoAをコードする遺伝子としては、(Genbank: AL009126 REGION: 518943..519290)で示される枯草菌ndoA遺伝子;配列番号1で示されるヌクレオチド配列からなる遺伝子;配列番号1で示されるヌクレオチド配列と80%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、且つ配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子;及び、配列番号1で示されるヌクレオチド配列と80%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、且つ配列番号2で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるrRNA分解活性を有するエンドリボヌクレアーゼであるポリペプチドをコードする遺伝子、が挙げられる。配列番号1で示されるヌクレオチド配列と80%以上の同一性を有するヌクレオチド配列としては、配列番号1で示されるヌクレオチド配列と少なくとも80%、好ましくは少なくとも85%、より好ましくは少なくとも90%、さらに好ましくは少なくとも95%、さらにより好ましくは少なくとも98%、なお好ましくは少なくとも98%、さらになお好ましくは少なくとも99%の同一性を有するヌクレオチド配列が挙げられる。配列番号2で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列としては、上述したとおりである。EndoAをコードするmRNAとしては、上述したEndoAをコードする遺伝子から転写されるmRNAが挙げられる。
細胞中のEndoAをコードするmRNAを不活性化させる方法としては、siRNAを用いた標的特異的なmRNA阻害が挙げられる。siRNAの基本的な手順は当業者によく知られており(例えば、特表2007-512808号公報参照)、またsiRNAのための試薬又はキットが市販されている。当業者は、公知の文献や市販の製品のマニュアルに基づいて、所望の標的特異的なsiRNAを調製し、標的mRNAを阻害することができる。
細胞中のEndoAをコードする遺伝子を欠失又は不活性化させる方法としては、EndoAをコードする遺伝子(以下、標的遺伝子)のDNA配列の一部若しくは全部をゲノム中から除去するか又は他のDNA配列と置き換える方法、標的遺伝子中のDNA配列中に他のDNA断片を挿入する方法、あるいは標的遺伝子の転写又は翻訳開始領域に変異を与える方法、等が挙げられる。好適には、標的遺伝子のDNA配列の一部若しくは全部を欠失させるか又は不活性化させる。より具体的な例としては、細胞中の標的遺伝子を特異的に欠失又は不活性化させる方法、及び細胞中の遺伝子にランダムな欠失又は不活性化変異を与えた後、標的遺伝子にコードされるタンパク質生産性の評価及び遺伝子解析を行って、所望の変異を有する細胞を選択する方法が挙げられる。
標的遺伝子を特異的に欠失又は不活性化させる方法としては、例えば相同組換えによる方法が挙げられる。より詳細には、内部に別の断片が挿入された標的遺伝子のDNA断片、塩基置換や塩基挿入等の変異によって不活性化した標的遺伝子のDNA断片、又は図1のように標的遺伝子の上流及び下流領域のみを含むDNA断片を構築し、当該DNA断片を適当なプラスミドベクターにクローニングして環状の組換えプラスミドを調製する。このプラスミドを標的遺伝子を有する細胞内に取り込ませると、取り込まれたプラスミド中の当該DNA断片と、ゲノム上の対応する標的遺伝子領域との間に相同組換えが起こるので、標的遺伝子配列は欠失するか、又は分断若しくは別の配列と置換されて不活性化される。
例えば、相同組換えにより枯草菌細胞のゲノム上の遺伝子を特異的に欠失又は不活性化する方法については、既にいくつかの報告例がある(例えば、Molecular Genetics and Genomics, 1990, 223:268-272)。当業者であれば、これらの方法に基づいて、標的遺伝子が欠失又は不活性化されたバチルス属細菌を得ることができる。
細胞中の遺伝子をランダムに欠失又は不活性化させる方法としては、ランダムに遺伝子をクローニングしたDNA断片を用いて上述の方法と同様な相同組換えを起こさせる方法や、細胞にγ線等を照射して突然変異を誘発する方法などが挙げられる。これらの方法で得られたランダムな変異を有する細胞のゲノム配列を確認することにより、EndoAをコードする遺伝子が欠失又は不活性化された細胞を選択することができる。あるいは、上述した通常のタンパク質発現定量法により測定されたEndoA発現量を指標に、EndoAが不活性化された細胞を選択することができる。
以下に、標的遺伝子を特異的に欠失又は不活性化する方法の一例として、SOE(splicing by overlap extension)−PCR法(Gene, 1989, 77:61-68)によって調製された欠失用DNA断片を用いた二重交差法による欠失方法について説明する。当該方法については、特開2007−130013号公報、特開2011−160686号公報等の記載を参考にすることができる。但し、本発明において利用可能な遺伝子欠失又は不活性化方法は、これに限定されるものではない。
欠失用DNA断片は、例えば、欠失対象遺伝子の上流に隣接する約0.1〜3kb断片と、同じく下流に隣接する約0.1〜3kb断片の間に、薬剤耐性マーカー遺伝子断片を挿入した断片である。薬剤耐性マーカー遺伝子としては、特に限定されないが、例えば、カナマイシン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、エリスロマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子等が挙げられる。
まず、1回目のPCRによって、欠失対象遺伝子の上流断片及び下流断片、ならびに薬剤耐性マーカー遺伝子断片の3断片を調製する。上流断片の増幅には、欠失対象遺伝子の上流領域の下流末端に薬剤耐性マーカー遺伝子の上流側(例えば10〜30塩基)配列が付加されるようにデザインしたプライマーを用い、一方、下流断片の増幅には、欠失対象遺伝子の下流領域の上流末端に薬剤耐性マーカー遺伝子の下流側(例えば10〜30塩基)配列が付加されるようにデザインしたプライマーを用いる。この1回目のPCRにより、欠失対象遺伝子の上流領域の下流末端に薬剤耐性マーカー遺伝子の上流側配列が付加された上流断片(A)、欠失対象遺伝子の下流領域の上流末端に薬剤耐性マーカー遺伝子の下流側配列が付加された下流断片(B)、及び薬剤耐性マーカー遺伝子断片(C)の3断片が調製される(図1)。
次いで、1回目のPCRで調製した3種類のPCR断片を鋳型とし、上流断片の上流側プライマーと下流断片の下流側プライマーを用いて2回目のPCRを行う。この反応において、上流断片の下流末端及び下流断片の上流末端に付加した薬剤耐性マーカー遺伝子配列と、薬剤耐性マーカー遺伝子断片とのアニールが生じ、PCR増幅の結果、上流側断片と下流側断片の間に、薬剤耐性マーカー遺伝子が挿入されたDNA断片(D)を得ることができる(図1)。得られたDNA断片は、遺伝子欠失用DNA断片としてその後の相同組換えに使用される。上記1回目及び2回目のPCRは、市販のPCR用酵素キット等を用いて、成書(PCR Protocols. Current Methods and Applications, Edited by B.A. White, Humana Press pp251, 1993、Gene, 1989, 77:61-68)等に示される通常の条件により行うことができる。
あるいは、1回目のPCRで調製した3断片を、適当なプラスミドベクター上で、上流断片(A)、薬剤耐性マーカー遺伝子断片(C)、下流断片(B)の順になるように連結して、クローニングし、得られたプラスミドベクターから制限酵素によって目的の断片を切り出すことによって、遺伝子欠失用DNA断片を得ることができる。
得られた遺伝子欠失用DNA断片を、コンピテント法等の定法によって欠失対象遺伝子を有する細胞内に導入する。当該細胞内で、導入された遺伝子欠失用DNA断片と、対応する欠失対象遺伝子の上流及び下流の相同領域との間に遺伝子組換えが起こると、欠失対象遺伝子が薬剤耐性遺伝子に置換された細胞、又は欠失対象遺伝子内に薬剤耐性遺伝子が挿入された細胞が生じる(図1E)。組換えが起こった細胞は、置換又は挿入された薬剤耐性マーカーを指標に選択される。例えば、遺伝子欠失用DNA断片を導入した細胞を薬剤を含む寒天培地上で培養し、生育するコロニーを分離することにより、目的の遺伝子が欠失した組換え枯草菌を得ることができる。さらに、目的の遺伝子が欠失していることを、ゲノムを鋳型としたPCR法などによって確認することができる。以上の手順により、標的のEndoAをコードする遺伝子が特異的に欠失又は不活性化された細胞を得ることができる。
上述のような手順で得られたEndoAが不活性化されたバチルス属細菌に、目的遺伝子産物をコードする遺伝子を導入することによって、本発明の変異バチルス属細菌を作製することができる。導入する遺伝子にコードされる目的遺伝子産物としては、その種類は特に限定されないが、タンパク質、ペプチド又はポリペプチド、好ましくは収縮タンパク質、輸送タンパク質、シグナルタンパク質、生体防御タンパク質、受容体タンパク質、構造タンパク質、遺伝子調節タンパク質、酵素、及び貯蔵タンパク質等の機能性タンパク質やペプチド、ポリペプチドが挙げられる。当該タンパク質、ペプチド又はポリペプチドは、それらの遺伝子が導入されるバチルス属細菌が生来的に発現する種類のものであってもよいが、好ましくは、当該バチルス属細菌が生来的に発現しない種類のもの、すなわち異種タンパク質、ペプチド又はポリペプチドである。
好ましい実施形態において、上記目的遺伝子産物としては、例えば、食品、医薬品、化粧品、洗浄剤、繊維、医療検査等の分野で用いられる産業上有用な酵素や生理活性因子などのタンパク質、ペプチド又はポリペプチドが挙げられる。当該産業上有用な酵素としては、酸化還元酵素(オキシドレダクターゼ)、転移酵素(トランスフェラーゼ)、加水分解酵素(ヒドロラーゼ)、脱離酵素(リアーゼ)、異性化酵素(イソメラーゼ)、合成酵素(リガーゼ/シンセターゼ)等が含まれるが、好適にはグリコシドハイドロラーゼ、α−アミラーゼ、プロテアーゼ等の加水分解酵素が挙げられる。
グリコシドハイドロラーゼとしては、例えば、グリコシドハイドロラーゼのファミリー8(GHファミリー8)に属する酵素が挙げられ、好ましくは多糖加水分解酵素の分類(Biochem. J., 1991, 280:309-316)中でファミリー5に属するセルラーゼが挙げられ、より好ましくはBacillus属細菌由来のセルラーゼが挙げられる。より具体的な例としては、Bacillus属細菌KSM-S237株(FERM BP-7875)由来のアルカリセルラーゼ(配列番号4);Bacillus属細菌KSM-64株(FERM BP-2886)由来のアルカリセルラーゼ(配列番号6);Bacillus属細菌KSM-N257株(FERM P-17473)由来のアルカリセルラーゼ(特開2002-85078号公報、GenBank accession no. AB059267);Bacillus circulans由来のセルロース分解性キシラナーゼ(GenBank accession no. AAP22946);Paenibacillus sp. Y412MC10由来のリケナーゼ(GenBank accession no. YP_003240630);Paenibacillus sp. HGF5由来のglycosyl hydrolase family 8(GenBank accession no. ZP_08283397);Paenibacillus vortex V453由来のリケナーゼ(GenBank accession no. ZP_07897964);Paenibacillus lactis 154由来のリケナーゼ(GenBank accession no. ZP_09002324);及び、これらのグリコシドハイドロラーゼのアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上、さらにより好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるグリコシドハイドロラーゼが挙げられる。
α−アミラーゼとしては、微生物由来のα−アミラーゼが挙げられ、Bacillus属細菌由来の液化型アミラーゼが好ましい。より具体的な例として、Bacillus属細菌KSM-K38株(FERM BP-6946)由来のアルカリアミラーゼ(特開2002−112792号公報、GenBank accession no. AB051102)、及び当該アミラーゼのアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上、さらにより好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるアミラーゼが挙げられる。
プロテアーゼとしては、微生物由来のプロテアーゼが挙げられ、Bacillus属細菌由来のセリンプロテアーゼや金属プロテアーゼ等が好ましい。より具体的な例として、バチルス クラウジ(Bacillus clausii)KSM K-16株(FERM BP-3376)由来のアルカリプロテアーゼ(特開平5−308967号公報、GenBank accession no. YP_174261);Bacillus属細菌KSM-KP43株(FERM BP-6532)由来のアルカリプロテアーゼ(GenBank accession no. AB051423);プロテアーゼKP9860 [バチルス エスピーKSM―KP9860(FERM BP-6534)由来、WO99/18218、GenBank accession no.AB046403];プロテアーゼE-1 [バチルス No.D-6(FERM P-1592)由来、特開昭49−71191号公報、GenBank accession no.AB046402];プロテアーゼYa [バチルス エスピーY(FERM BP-1029)由来、特開昭61−280268号公報、GenBank accession no.AB046404];プロテアーゼSD521 [バチルス SD521(FERM P-11162)由来、特開平3−191781号公報、GenBank accession no.AB046405];プロテアーゼA-1 [NCIB12289由来、WO88/01293、GenBank accession no.AB046406];プロテアーゼA-2 [NCIB12513由来、WO98/56927];プロテアーゼ9865 [バチルス エスピーKSM-9865(FERM P-18566)由来、GenBank accession no.AB084155];及び、これらのプロテアーゼのアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上、さらにより好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるプロテアーゼが挙げられる。
さらに、本発明の変異バチルス属細菌においては、導入された上記目的遺伝子産物をコードする遺伝子の上流に、分泌シグナルペプチドをコードするポリヌクレオチド(以下、分泌シグナルペプチド領域とも称する)が連結されている。言い換えると、本発明の変異バチルス属細菌に導入された上記目的遺伝子産物をコードする遺伝子は、分泌シグナルペプチド領域の下流に位置している。このような分泌シグナルペプチド領域との連結により、上記目的遺伝子産物は、本発明の変異バチルス属細菌内で発現されると、その後菌体外に分泌される。すなわち、当該目的遺伝子産物がタンパク質、ペプチド又はポリペプチドであれば、分泌性タンパク質、ペプチド又はポリペプチドとなる。本発明の変異バチルス属細菌において、当該目的遺伝子産物をコードする遺伝子及びその上流の分泌シグナルペプチド領域は、両者が発現し得るように、且つ分泌シグナルペプチドにより目的遺伝子産物が菌体外に分泌されるように連結されていれば、その構成や配置に制限はない。
本発明の変異バチルス属細菌において、上記目的遺伝子産物をコードする遺伝子の上流に連結される分泌シグナルペプチド領域としては、当該変異バチルス属細菌内で発現して、当該目的遺伝子産物を菌体外に分泌させる機能を有する分泌シグナルペプチドをコードするポリヌクレオチドであれば、特に限定されない。当該分泌シグナルペプチド領域は、当該変異バチルス属細菌が生来的にそのゲノム中に有するものであっても、異種のものであってもよい。また、当該分泌シグナルペプチド領域は、目的遺伝子産物であるタンパク質、ペプチド、ポリペプチドの本来の分泌シグナルペプチド(すなわち、当該目的遺伝子産物が由来する生物において、当該目的遺伝子産物の分泌の制御に関わる分泌シグナルペプチド)をコードするポリヌクレオチドであってもよく、または異なるタンパク質、ペプチド、ポリペプチドの分泌シグナルペプチド領域であってもよい。好ましくは、分泌シグナルペプチド領域は、目的遺伝子産物であるタンパク質、ペプチド、ポリペプチドの本来の分泌シグナルペプチドをコードするポリヌクレオチドである。
上記分泌シグナルペプチド領域の例としては、バチルス エスピーKSM-S237株(FERM BP-7875)由来のアルカリセルラーゼ遺伝子の分泌シグナルペプチド領域(配列番号3の塩基番号573〜662で示されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド)、バチルス エスピーKSM-64株(FERM BP-2886)由来のアルカリセルラーゼ遺伝子の分泌シグナルペプチド領域(配列番号5の塩基番号610〜696で示されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド)、及びバチルスNo. D-6株(FERM P-1592)由来のプロテアーゼE-1遺伝子の分泌シグナルペプチド領域(配列番号17の塩基番号1〜90で示されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド)が挙げられる。後述の実施例においては、上記バチルス エスピーKSM-S237又はバチルスNo. D-6由来の分泌シグナルペプチド領域は、それぞれKSM-S237株由来のアルカリセルラーゼ遺伝子およびD-6株由来のプロテアーゼE-1遺伝子の上流に連結され、当該アルカリセルラーゼおよびプロテアーゼを分泌させている。さらに、上記KSM-S237株およびKSM-64株由来のアルカリセルラーゼの分泌シグナルペプチドは、当該アルカリセルラーゼ以外のタンパク質、例えば、バチルス エスピーKSM-K38由来のアルカリアミラーゼの分泌にも機能することが知られている(例えば、特開2002−112792号公報)。
より好ましくは、本発明の変異バチルス属細菌に導入されている目的遺伝子産物をコードする遺伝子の上流には、上記分泌シグナルペプチド領域に加えて、さらに当該遺伝子の転写、翻訳又は分泌に関わる制御領域、即ち、プロモーター及び転写開始点を含む転写開始制御領域、ならびにリボソーム結合部位及び開始コドンを含む翻訳開始領域からなる群より選択される少なくとも1つの領域が作動可能に連結されている。さらに好ましくは、当該目的遺伝子産物をコードする遺伝子の上流には、当該転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナルペプチド領域からなる3領域が作動可能に連結されている。なお好ましくは、当該転写開始制御領域及び翻訳開始制御領域としては、バチルス属細菌のセルラーゼ遺伝子又はプロテアーゼ遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.6〜1kbの上流領域に相当する領域が挙げられ、当該分泌シグナルペプチド領域としては、前記で例示したバチルス属細菌のセルラーゼ遺伝子又はプロテアーゼ遺伝子由来の分泌シグナルペプチド領域が挙げられる。
上記転写開始制御領域、翻訳開始領域及び分泌シグナルペプチド領域からなる3領域の好ましい例としては、KSM-S237株(FERM BP-7875)又はKSM-64株(FERM BP-2886)由来のセルラーゼ遺伝子の転写開始制御領域、翻訳開始領域及び分泌シグナルペプチド領域の組み合わせが挙げられる。より好ましい例としては、配列番号3の塩基番号1〜662で示されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド;配列番号5の塩基番号1〜696で示されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド;及び、上記ポリヌクレオチドのいずれかと、ヌクレオチド配列において少なくとも80%、好ましくは少なくとも85%、より好ましくは少なくとも90%、さらに好ましくは少なくとも95%、さらにより好ましくは少なくとも98%、なお好ましくは少なくとも98%、さらになお好ましくは少なくとも99%の同一性を有し、且つ遺伝子の転写、翻訳及び分泌に関わる機能を保持しているポリヌクレオチドを挙げることができる。
上記転写開始制御領域、翻訳開始領域及び分泌シグナルペプチド領域からなる3領域の別の好ましい例としては、KSM-S237株(FERM BP-7875)又はKSM-64株(FERM BP-2886)由来のセルラーゼ遺伝子の転写開始制御領域及び翻訳開始領域と、バチルスNo. D-6株(FERM P-1592)由来のプロテアーゼE-1遺伝子の分泌シグナルペプチド領域との組み合わせが挙げられる。より好ましい例としては、配列番号3の塩基番号1〜572番で示されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドと配列番号17の塩基番号1〜90で示されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドとの組み合わせ;配列番号5の塩基番号1〜609番で示されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドと配列番号17の塩基番号1〜90で示されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドとの組み合わせ;及び、上記ポリヌクレオチドの組み合わせのいずれかと、ヌクレオチド配列において少なくとも80%、好ましくは少なくとも85%、より好ましくは少なくとも90%、さらに好ましくは少なくとも95%、さらにより好ましくは少なくとも98%、なお好ましくは少なくとも98%、さらになお好ましくは少なくとも99%の同一性を有し、且つ遺伝子の転写、翻訳及び分泌に関わる機能を保持しているポリヌクレオチドを挙げることができる。
本明細書において、「作動可能に連結されている」とは、目的遺伝子産物をコードする遺伝子と、当該遺伝子の転写、翻訳又は分泌に関わる制御領域とが、当該制御領域による制御の下に当該遺伝子を発現し得るように連結されていることをいう。
本発明の変異バチルス属細菌は、上記EndoAが不活性化されたバチルス属細菌に、上記目的遺伝子産物をコードする遺伝子(以下、目的遺伝子とも称する)を含むベクターを導入することによって作製することができる。好ましい手順においては、まず、当該目的遺伝子の上流に上記分泌シグナルペプチド領域が連結されたベクターを構築する。例えば、適切なプラスミドベクターに、目的遺伝子の上流に分泌シグナルペプチド領域が連結されたDNA断片を挿入する。あるいは、適切なプラスミドベクターに、目的遺伝子のDNA断片と分泌シグナルペプチド領域のDNA断片とを挿入し、分泌シグナルペプチド領域を目的遺伝子の上流に配置させる。次いで、得られたベクターを、一般的な形質転換法を用いて当該バチルス属細菌に取り込ませることによって、EndoAが不活性化され、且つ上流に分泌シグナルペプチド領域が連結された目的遺伝子産物をコードする遺伝子を含むベクターが導入された、本発明の変異バチルス属細菌を作製することができる。好ましくはさらに、ベクターとして発現ベクターを利用するか、又はベクター上で、目的遺伝子と上述した当該遺伝子の転写や翻訳に関わる制御領域とを作動可能に連結することによって、当該遺伝子を細菌内で効率よく発現させることができる。発現ベクターの作製及びベクターの細菌への導入の手順は、当業者に周知である。例えば、ベクターを制限酵素で切断し、そこに制限酵素切断配列を端部に有するように構築した目的遺伝子DNAを添加することによって、目的遺伝子DNAをベクターに挿入することができる(制限酵素法)。利用可能なベクターとしては、特に限定されないが、pHY300PLK(タカラバイオ株式会社)等が好ましい例として挙げられる。作製した目的遺伝子DNAを含む発現ベクターは、コンピテント法等の通常の方法でバチルス属細菌に導入すればよい。
あるいは、本発明の変異バチルス属細菌は、上記EndoAが不活性化されたバチルス属細菌のゲノム中に、目的遺伝子産物をコードする遺伝子(目的遺伝子)を直接導入することによって作製することができる。好ましい手順においては、まず、上記目的遺伝子の上流に分泌シグナルペプチド領域が連結され、さらに導入先のバチルス属細菌のゲノムの適当な相同領域が結合したDNA断片を作製し、次いで当該DNA断片をゲノムに導入する。当該DNA断片とバチルス属細菌ゲノムとの間に相同組換えが起こることにより、EndoAが不活性化され、且つ上流に分泌シグナルペプチド領域が連結された目的遺伝子産物をコードする遺伝子がゲノム中に導入された、本発明の変異バチルス属細菌を作製することができる。別の好ましい手順においては、上記バチルス属細菌のゲノム中の適切な分泌シグナルペプチド領域の下流に、目的遺伝子を含むDNA断片を組み込むことにより、本発明の変異バチルス属細菌を作製することができる。好ましくはさらに、当該目的遺伝子を含むDNA断片上で、当該目的遺伝子を上述した当該遺伝子の転写や翻訳に関わる制御領域の下流に作動可能に連結しておき、そのDNA断片を細菌ゲノムに組み込むことにより、当該目的遺伝子を細菌内で効率よく発現させることができる。あるいは、細菌ゲノムに組み込まれたDNA断片中の目的遺伝子が、ゲノム上の転写や翻訳に関わる制御領域の下流に作動可能に連結するように、細菌ゲノム上の適切な領域と目的遺伝子を含むDNA断片とを組換えることによって、目的遺伝子を細菌内で効率よく発現させることができる。目的遺伝子を含むDNA断片導入のための相同組換えの手順は、上述した遺伝子欠失のための相同組換えの手順と同様である。
あるいは、本発明の変異バチルス属細菌は、上記目的遺伝子産物をコードする遺伝子を導入したバチルス属細菌において、EndoAを不活性化することによって作製することができる。しかし、EndoAが不活性化されたバチルス属細菌に目的遺伝子産物をコードするベクターを導入する方法により、より簡便に本発明の変異バチルス属細菌を作製することができる。
以上の手順により、EndoAが不活性化され、且つ目的遺伝子産物をコードする遺伝子が導入された本発明の変異バチルス属細菌を作製することができる。当該バチルス属細菌を培養すれば、導入した遺伝子にコードされた目的遺伝子産物が高発現されるため、当該目的遺伝子産物を効率よく分泌生産することができる。
本発明による目的遺伝子産物の生産は、本発明の変異バチルス属細菌を、同化性の炭素源、窒素源、その他の必須成分を含む培地に接種し、通常の微生物培養法にて培養した後、当該培養物から目的遺伝子産物を回収することにより行うことができる。培養に使用される培地の組成及び培養条件については、使用する微生物の種類や目的遺伝子産物の種類等にしたがって、当業者が適宜選択することができる。通常は、液体培養による振盪培養、通気撹拌培養等の好気的条件下で菌を培養するのが好ましい。
目的遺伝子産物は、培養終了後の菌体から抽出してもよいが、遺伝子産物を細胞外に分泌する能力を有する変異バチルス属細菌に目的遺伝子産物を生産及び分泌させ、培養終了後、培養物中に分泌された目的遺伝子産物を回収することが好ましい。好ましい実施形態において、当該目的遺伝子産物は、本発明の変異バチルス属細菌内で発現した後、分泌シグナルペプチドの働きにより菌体外に分泌される。したがって、菌体を破壊することなく目的遺伝子産物を容易に回収することができ、また目的遺伝子産物回収後には菌体を再利用することが可能になる。
菌体又は培養物からの目的遺伝子産物の回収においては、培養物を遠心分離等により得られる上清又は菌体から、常法に従い、目的遺伝子産物を抽出又は分離すればよい。必要に応じて、硫安沈殿やクロマトグラフィーなどを適宜組み合わせて、分離した目的遺伝子産物をさらに精製することが好ましい。
本発明はまた、例示的実施形態として以下の組成物、製造方法、用途又は方法を包含する。但し、本発明はこれらの実施形態に限定されない。
<1>EndAが不活性化され、且つ目的遺伝子産物をコードする遺伝子を含むベクターが導入されているか、又は目的遺伝子産物をコードする遺伝子がゲノム中に導入されており、該目的遺伝子産物をコードする遺伝子の上流に分泌シグナルペプチド領域が連結されている、変異バチルス属細菌。
<2>上記EndAの不活性化が、好ましくはEndoAをコードする遺伝子を欠失又は不活性化することである、<1>記載の変異バチルス属細菌。
<3>上記EndoAをコードする遺伝子が、好ましくはndoA遺伝子である、<2>記載の変異バチルス属細菌。
<4>上記ndoA遺伝子が、配列番号1で示されるヌクレオチド配列と、好ましくは少なくとも80%、より好ましくは少なくとも85%、さらに好ましくは少なくとも90%、さらにより好ましくは少なくとも95%、なお好ましくは少なくとも98%、さらになお好ましくは少なくとも98%、一層好ましくは少なくとも99%の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、且つ配列番号2で示されるアミノ酸配列と、好ましくは少なくとも80%、より好ましくは少なくとも85%、さらに好ましくは少なくとも90%、さらにより好ましくは少なくとも95%、なお好ましくは少なくとも98%、さらになお好ましくは少なくとも98%、一層好ましくは少なくとも99%の同一性を有するアミノ酸配列からなりrRNA分解活性を有するエンドリボヌクレアーゼであるポリペプチドをコードする遺伝子である、<3>記載の変異バチルス属細菌。
<5>好ましくは、上記分泌シグナルペプチド領域がバチルス属細菌のセルラーゼ遺伝子又はプロテアーゼ遺伝子に由来する、<1>〜<4>のいずれか1つに記載の変異バチルス属細菌。
<6>好ましくは、上記分泌シグナルペプチド領域がバチルス エスピーKSM-S237株(FERM BP-7875)由来のアルカリセルラーゼ分泌シグナルペプチド領域、又はバチルスNo. D-6(FERM P-1592)由来のプロテアーゼE-1分泌シグナルペプチド領域である、<1>〜<5>のいずれか1つに記載の変異バチルス属細菌。
<7>上記バチルス属細菌が、好ましくは枯草菌である、<1>〜<6>のいずれか1つに記載の変異バチルス属細菌。
<8>好ましくは、上記目的遺伝子産物をコードする遺伝子がベクターに組み込まれている、<1>〜<7>のいずれか1つに記載の変異バチルス属細菌。
<9>上記目的遺伝子産物は、好ましくはタンパク質、ペプチド又はポリペプチドであり、より好ましくは異種タンパク質、ペプチド又はポリペプチドである、<1>〜<8>のいずれか1つに記載の変異バチルス属細菌。
<10>上記目的遺伝子産物は、好ましくはグリコシドハイドロラーゼ又はプロテアーゼである、<1>〜<9>のいずれか1つに記載の変異バチルス属細菌。
<11>好ましくは、上記グリコシドハイドロラーゼが、Bacillus属細菌KSM-S237株(FERM BP-7875)由来のアルカリセルラーゼ(配列番号4);Bacillus属細菌KSM-64株(FERM BP-2886)由来のアルカリセルラーゼ(配列番号6);Bacillus属細菌KSM-N257株(FERM P-17473)由来のアルカリセルラーゼ(特開2002-85078公報、GenBank accession no. AB059267);Bacillus circulans由来のセルロース分解性キシラナーゼ(GenBank accession no. AAP22946);Paenibacillus sp. Y412MC10由来のリケナーゼ(GenBank accession no. YP_003240630);Paenibacillus sp. HGF5由来のglycosyl hydrolase family 8(GenBank accession no. ZP_08283397);Paenibacillus vortex V453由来のリケナーゼ(GenBank accession no. ZP_07897964);Paenibacillus lactis 154由来のリケナーゼ(GenBank accession no. ZP_09002324);又は、これらのグリコシドハイドロラーゼのアミノ酸配列と、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上、なお好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるグリコシドハイドロラーゼである、<10>記載の変異バチルス属細菌。
<12>好ましくは、上記プロテアーゼが、バチルス クラウジ(Bacillus clausii)KSM K-16株(FERM BP-3376)由来のアルカリプロテアーゼ(特開平5-308967号公報、GenBank accession no. YP_174261);Bacillus属細菌KSM-KP43株(FERM BP-6532)由来のアルカリプロテアーゼ(GenBank accession no. AB051423);プロテアーゼKP9860 [バチルス エスピーKSM―KP9860(FERM BP-6534)由来、WO99/18218、GenBank accession no.AB046403];プロテアーゼE-1 [バチルス No.D-6(FERM P-1592)由来、特開昭49−71191号公報、GenBank accession no.AB046402];プロテアーゼYa [バチルス エスピーY(FERM BP-1029)由来、特開昭61−280268号公報、GenBank accession no.AB046404];プロテアーゼSD521 [バチルス SD521(FERM P-11162)由来、特開平3−191781号公報、GenBank accession no.AB046405];プロテアーゼA-1 [NCIB12289由来、WO88/01293、GenBank accession no.AB046406];プロテアーゼA-2 [NCIB12513由来、WO98/56927];プロテアーゼ9865 [バチルス エスピーKSM-9865(FERM P-18566)由来、GenBank accession no.AB084155];又は、これらのプロテアーゼのアミノ酸配列と、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上、なお好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるプロテアーゼである、<10>記載の変異バチルス属細菌。
<13><1>〜<12>のいずれか1つに記載の変異バチルス属細菌を培養することを含む、目的遺伝子産物の生産方法。
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
本実施例で使用したPCRプライマーの名称、塩基配列及び配列番号を表1に示す。表1に示す塩基配列中の下線部分は、制限酵素認識配列を示している。
製造例1 ndoA遺伝子欠失枯草菌改変体の作製
(1)遺伝子欠失用遺伝子断片の作製
枯草菌168株から抽出したゲノムDNAを鋳型とし、表1に示したNDOA-F1(配列番号7)及びNDOA-R1(配列番号8)のプライマーセットを用いて、ゲノム上のndoA遺伝子の上流領域をPCRにより増幅した(断片(A))。また、上記ゲノムDNAを鋳型とし、NDOA-F2(配列番号9)及びNDOA-R2(配列番号10)のプライマーセットを用いて、ゲノム中のndoA遺伝子の下流領域をPCRにより増幅した(断片(B))。また、プラスミドpDG1727(Guerout-Fleury et al., Gene., 1995, 167:335-336;Bacillus Genetic Stock Center[http://www.bgsc.org/]より入手可能)のDNAを鋳型とし、表1に示したSPC-F(配列番号11)及びSPC-R(配列番号12)のプライマーセットを用いて、スペクチノマイシン耐性遺伝子(Spc)を含む断片(C)を調製した。
次に、得られたDNA断片(A)、(B)及び(C)を混合して鋳型とし、NDOA-F1(配列番号7)及びNDOA-R2(配列番号10)のプライマーセットを用いたSOE−PCRにて3断片を(A)−(C)−(B)の順になる様に結合し、遺伝子欠失用DNA断片(D)を調製した。
(2)コンピテントセルの作製
枯草菌168株をCI培地(0.20質量%硫酸アンモニウム、1.40質量%リン酸水素二カリウム、0.60質量%リン酸二水素カリウム、0.10質量%クエン酸三ナトリウム二水和物、0.50質量%グルコース、0.03質量%アミケース(SIGMA社製)、5mM塩化マグネシウム、50μg/mLトリプトファン)にて37℃で生育度(OD600)の値が1程度になるまで振盪培養した。振盪培養後、培養液の一部(0.5mL)を分取し、遠心分離にて菌体のみを回収後、1mLのCII培地(0.20質量%硫酸アンモニウム、1.40質量%リン酸水素二カリウム、0.60質量%リン酸二水素カリウム、0.10質量%クエン酸三ナトリウム二水和物、0.50質量%グルコース、0.015質量%アミケース(SIGMA社製)、5mM塩化マグネシウム、5μg/mLトリプトファン)に菌体を再懸濁することで、枯草菌株のコンピテントセル懸濁液を調製した。
(3)枯草菌168株の形質転換
上記(2)で調製したコンピテントセル懸濁液100μLに、上記(1)で得られたDNA断片(D)を最終濃度が15μg/mL以上となるよう添加し、37℃で90分間振盪培養後、100μLのLB液体培地(1質量%トリプトン、0.50質量%酵母エキス、0.50質量%NaCl)を加え、37℃で1時間振盪培養した。その後、スペクチノマイシン(100μg/mL)を含むLB寒天培地(1質量%トリプトン、0.50質量%酵母エキス、0.50質量%NaCl、1.5質量%寒天)に培養液10μL又は100μLを塗沫した。37℃における静置培養の後、生育したコロニーを形質転換体として分離した。得られた形質転換体のゲノムDNAを抽出し、これを鋳型とするPCR及びシークエンシングを行い、ndoA遺伝子がスペクチノマイシン耐性遺伝子に置換された目的とする形質転換体であることを確認した。得られた形質転換体を、ndoA遺伝子が欠失した枯草菌変異株(RIK1910株)として取得し、以下の手順で使用した。
製造例2 セルラーゼ遺伝子導入用ベクターの構築
バチルス エスピーKSM-S237株(FERM BP-7875)から調製したゲノムDNAを鋳型とし、237UB1プライマー(配列番号13)及び237DB1プライマー(配列番号14)のプライマーセットを用いて、KSM-S237株由来の上流プロモーター領域及び分泌シグナルペプチド領域を含むアルカリセルラーゼ遺伝子(特開2000-210081号公報参照、配列番号3)の断片をポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅した。増幅したDNA断片をBamHI制限酵素処理し、断片をシャトルベクターpHY300PLKのBamHI制限酵素切断点に挿入し、組換えプラスミドpHY-S237を作製した。このプラスミド上では、KSM-S237アルカリセルラーゼをコードする遺伝子の上流に、KSM-S237のプロモーター領域及び分泌シグナルペプチド領域が連結されている。
製造例3 セルラーゼ遺伝子導入用ベクターの導入による枯草菌の形質転換
枯草菌168株(野生型)、及び製造例1で作製した枯草菌変異株(RIK1910株)のそれぞれに、製造例2で作製した組換えプラスミドpHY-S237を、プロトプラスト形質転換法(Mol. Gen. Genet., 1979, 168:111-115)によって導入して、形質転換体を得た。
実施例1 セルラーゼ生産性評価
製造例3にて得られた形質転換体を5mLのLB培地(1質量%トリプトン、0.5質量%酵母エキス、1質量%NaCl、15ppmテトラサイクリン)にて一夜30℃で振盪培養した。この培養液0.4mLをそれぞれ2×L−マルトース培地(2質量%トリプトン、1質量%酵母エキス、1質量%NaCl、7.5質量%マルトース、7.5ppm硫酸マンガン4−5水和物)20mLに接種し、30℃で3日間振盪培養した(N=3)。
培養後、遠心分離によって菌体を除いた培養上清のセルラーゼ活性を下記の手順にて測定し、菌体外に分泌生産されたセルラーゼの量を求めた。1/7.5Mリン酸緩衝液(pH7.4、和光純薬)で適宜希釈した培養上清サンプル50μLに、0.4mM p-nitrophenyl-β-D-cellotrioside(生化学工業)を50μL加えて混和し、30℃にて反応させ、反応により遊離したp−ニトロフェノール量を420nmにおける吸光度(OD420nm)として測定した。吸光度の変化に基づいてサンプル中のセルラーゼの量を定量した。1分間に1μmolのp−ニトロフェノールを遊離させる酵素活性を1Uとし、比活性よりセルラーゼ生産量を算出した。結果を表2に示す。表2のセルラーゼ生産量は、枯草菌168株の生産量に対する相対値を表す。
表2の結果から明らかなように、ndoA遺伝子欠損株(RIK1910株)では、対照の168株(野生型)と比較してセルラーゼの生産性が向上した。この結果から、EndoAをコードする遺伝子を欠失又は不活性化させた枯草菌は、タンパク質の生産性が高く、有用物質生産に適していることがわかった。
製造例4 プロテアーゼ遺伝子導入用ベクターの構築
(1)プラスミドpHY-SP64の構築
バチルス エスピーKSM-64株(FERM P-10482)から調製したゲノムDNAを鋳型とし、プライマーSP64-F(EcoRI)(配列番号15)及びプライマーSP64-R(BamHI)(配列番号16)のプライマーセットを用いてPCRを行い、バチルス エスピーKSM-64株由来の上流プロモーター領域を含むEndo-1,4-beta-glucanase遺伝子(Genbank ACCESSION No. M84963、配列番号5)のDNA断片を調製した。このDNA断片とpHY300PLK(タカラバイオ社製)を適量混合し、制限酵素EcoRIとBamHIで二重消化した後、ライゲーションを行い、エタノール沈殿にてプラスミドを精製した。これをバチルス エスピーKSM-9865株(FERM P-18566)にエレクトロポレーション法にて導入して形質転換し、スキムミルク含有アルカリLB寒天培地(1質量%バクトトリプトン、0.5質量%酵母エキス、1質量%塩化ナトリウム、1質量%スキムミルク、1.5質量%寒天、0.05質量%炭酸ナトリウム、15ppmテトラサイクリンを含む)に塗沫した。数日後に寒天培地に発生したコロニーを形質転換体として分離し、プラスミドを抽出した。マルチクローニングサイト内に挿入されたプロモーター配列の解析を行い、PCRのエラーによる意図しない変異が導入されていないことを確認し、これを組換えプラスミドpHY-SP64とした。
(2)プラスミドpHY-SP64-E-1の構築
プロテアーゼE-1(バチルスNo. D-6(FERM P-1592)をコードする遺伝子の塩基配列(特公昭56−4236号公報、GenBank accession no.AB046402、配列番号17)を含むDNA(遺伝子上流の5'末端にBamHIサイト、遺伝子下流の3'末端にXbaIサイトを有する)をBamHI及びXbaIにて同時消化した。これを、同じく制限酵素BamHI及びXbaIにて同時消化した上記(1)で構築したプラスミドpHY-SP64と混合して、Ligation High(東洋紡社製)を用いたライゲーション反応により、Endo-1,4-beta-glucanase遺伝子下流にプロテアーゼE-1をコードする遺伝子を含むプラスミドの構築を行った。ライゲーション産物をエタノール沈殿にて精製したのち、バチルス エスピーKSM-9865株(FERM P-18566)にエレクトロポレーション法にて導入して形質転換し、スキムミルク含有アルカリLB寒天培地に塗沫した。数日後に寒天培地に出現したコロニーについて、スキムミルク溶解斑の有無からプロテアーゼ遺伝子が導入された形質転換体を選択した。この形質転換体からプラスミドDNAを抽出し、プロテアーゼE-1をコードする遺伝子が正しく挿入されていることを確認した。得られたプラスミドをpHY-SP64-E-1とした。このプラスミド上では、プロテアーゼE-1をコードする遺伝子の上流に、プロテアーゼE-1の分泌シグナルペプチド領域が連結されている。
製造例5 プロテアーゼ遺伝子導入用ベクターの導入による枯草菌の形質転換
枯草菌168株、及び製造例1で作製した枯草菌変異株(RIK1910株)のそれぞれに、製造例4で作製した組換えプラスミドpHY-SP64-E-1を、プロトプラスト形質転換法(Mol. Gen. Genet., 1979, 168:111-115)によって導入し、形質転換体を得た。
実施例2 アルカリプロテアーゼ生産性評価
製造例5にて得られた形質転換体を5mLのLB培地(1質量%トリプトン、0.5質量%酵母エキス、1質量%NaCl、15ppmテトラサイクリン)にて一夜30℃で振盪培養した。この培養液0.4mLをそれぞれ2×L−マルトース培地(2質量%トリプトン、1質量%酵母エキス、1質量%NaCl、7.5質量%マルトース、7.5ppm硫酸マンガン4−5水和物)20mLに接種し、30℃で3日間振盪培養した(N=3)。
培養後、菌体を除いた培養上清のアルカリプロテアーゼ活性を下記の手順にて測定し、菌体外に分泌生産されたアルカリプロテアーゼの量を求めた。1/15Mリン酸緩衝液(pH7.4)0.9mL、40mM Glt-Ala-Ala-Pro-Leu-p-ニトロアニリド/ジメチルスルホキシド溶液0.05mlを試験管に採り、30℃で5分間保温した。これに酵素液(培養上清)0.05mlを加えて30℃で10分間反応を行った後、5%(w/v)クエン酸水溶液2.0mLを加えて反応を停止し、分光光度計を用いて420nmにおける吸光度を測定した。吸光度の変化に基づいてサンプル中のアルカリプロテアーゼ量を定量した。1分間に1μmolのp−ニトロアニリンを生成する酵素活性を1Uとし、比活性よりアルカリプロテアーゼ生産量を算出した。結果を表3に示す。表3のアルカリプロテアーゼ生産量は、枯草菌168株の生産量に対する相対値を表す。
表3の結果から明らかなように、ndoA遺伝子欠損株(RIK1910株)では、対照の168株(野生型)と比較してアルカリプロテアーゼの生産性が向上した。この結果から、EndoAをコードする遺伝子を欠失又は不活性化させた枯草菌が、様々な種類のタンパク質の生産に適していることがわかる。