以下、本発明の実施形態を具体的に説明する。
本発明に係る溶鋼の脱窒処理方法は、RH真空脱ガス装置を用いた溶鋼の精錬処理で、溶鋼中の窒素を除去する溶鋼の脱窒処理方法であって、水素ガス、または、水素ガスと不活性ガスとの混合ガスを水素含有ガスと定義したとき、前記精錬処理の一部分の期間または全期間で、RH真空脱ガス装置における上昇側浸漬管に設けられた環流用ガス吹き込み管から溶鋼中に水素含有ガスを吹き込むと共に、環流用ガス吹き込み管の中心から真空槽内の溶鋼湯面までの距離h1(m)と、上昇側浸漬管の下端から真空槽内の溶鋼湯面までの距離h2(m)との比h1/h2が、下記(1)式の関係を満たすことを特徴とする、溶鋼の脱窒処理方法である。
0.65≦h1/h2≦0.90 ・・・(1)
溶鋼中に吹き込まれた水素ガスが一旦溶鋼に溶解した後、真空脱ガス設備の減圧下の雰囲気に晒されることで急激にガス化する。このガス化によって溶鋼とガス気泡との反応界面積が増大することを利用して、溶鋼中の窒素の雰囲気への離脱を促進させる。また、h1/h2の値が適正な範囲となる条件で溶鋼中へ水素含有ガスを供給することにより、溶鋼の脱窒反応を促進させる。
図1に、RH真空脱ガス装置の一例の概略縦断面図を示す。図1において、符号1はRH真空脱ガス装置、2は取鍋、3は溶鋼、4はスラグ、5は真空槽、6は上部槽、7は下部槽、8は上昇側浸漬管、9は下降側浸漬管、10は環流用ガス吹き込み管、11はダクト、12は原料投入口、13はガス気泡である。真空槽5は、上部槽6と下部槽7とから構成されている。
RH真空脱ガス装置1では、溶鋼3を収容した取鍋2を昇降装置(図示せず)にて上昇させ、上昇側浸漬管8及び下降側浸漬管9を取鍋内の溶鋼3に浸漬させる。そして、真空槽5の内部をダクト11に連結される排気装置(図示せず)にて排気して真空槽5の内部を減圧するとともに、環流用ガス吹き込み管10から上昇側浸漬管8の内部に環流用ガスを吹き込む。真空槽5の内部が減圧されると、取鍋内の溶鋼3は、大気圧と真空槽内の圧力(真空度)との差に比例して上昇し、真空槽内に流入する。また、取鍋内の溶鋼3は、環流用ガス吹き込み管10から吹き込まれる環流用ガスのガス気泡13によるガスリフト効果によって、環流用ガスのガス気泡13とともに上昇側浸漬管8を上昇して真空槽5の内部に流入する。環流用ガスとしては、一般的に、アルゴンガスが使用される。
圧力差及びガスリフト効果によって真空槽5の内部に流入した溶鋼3は、下降側浸漬管9を経由して取鍋2に戻る。このように、取鍋2から真空槽5に流入し、その後、真空槽5から取鍋2に戻る溶鋼3の流れを「環流」と呼ぶ。このように、溶鋼3は環流を形成して、溶鋼3にRH真空脱ガス精錬が施される。
つまり、溶鋼3は、真空槽内で減圧下の雰囲気に曝されることで、溶鋼中の水素や窒素などのガス成分は、大気と接触していた状態の平衡関係から、減圧下の雰囲気と接触する平衡関係へと移行し、溶鋼3から真空槽内の雰囲気中に水素や窒素が移動して、溶鋼3に対して脱ガス処理(脱水素処理及び脱窒処理)が行われる。また、溶鋼3は取鍋2と真空槽5との間を環流するので、即ち、溶鋼3は強攪拌されるので、溶鋼3がアルミニウムなどによって脱酸処理されている場合には、溶鋼中に懸濁している、脱酸処理によって生成した酸化物系介在物の溶鋼3からスラグ4への分離が促進される。
以下、本発明を導くに至った実験結果について詳述する。
本発明者らは、転炉を用いて溶銑の脱炭精錬処理を実施した後、真空脱ガス設備の一つであるRH真空脱ガス装置1を用いて溶鋼の脱窒処理を行い、溶鋼中窒素濃度が0.0050質量%以下の溶鋼3を溶製した。
この製造工程において、RH真空脱ガス装置1を用いた溶鋼3の脱窒処理中に、環流用ガス吹き込み管10から、アルゴンガス、水素ガス、アルゴンガスと水素ガスとの混合ガス、アルゴンガスと炭化水素ガスとの混合ガスの4種のうちの1種を供給し、吹き込むガス種と溶鋼3の脱窒挙動との関係を調査した。
その結果、溶鋼3の脱窒処理において、水素含有ガスを供給し、かつ環流用ガス吹き込み管10の中心から真空槽5内の溶鋼湯面までの距離h1(m)と、浸漬管下端から真空槽内の溶鋼湯面までの距離h2(m)との比h1/h2の値を適正な範囲に制御することで溶鋼3の脱窒速度が向上することを見出した。更に、溶鋼中に供給される水素含有ガス中の水素ガス濃度、脱窒処理を施す溶鋼質量1トン当たりの水素含有ガスの吹き込み流量、水素含有ガスを供給する前の溶鋼中の酸素濃度、及び、水素含有ガスを供給する前の溶鋼中の硫黄濃度に適正な範囲が存在することを見出した。具体的には以下の通りである。
まず、RH真空脱ガス装置1を用いた溶鋼3の脱窒処理において、脱窒反応を促進するには、溶鋼中に水素含有ガスを供給することが必要である。水素は溶鋼中に可溶な元素であり、環流用ガス吹き込み管10から溶鋼中に吹き込まれた水素ガスの少なくとも一部分は、一旦、上昇側浸漬管8を上昇する溶鋼3に溶解した後、高真空度(雰囲気圧力が極低圧)に保持された真空槽内の溶鋼表面付近で急激にガス化する。したがって、不活性ガスであるアルゴンガスを溶鋼中に供給する場合と比較して、水素含有ガスを供給する場合は、溶鋼3とガス気泡13との反応界面積が増大するので、脱窒反応が促進される。反応界面積が増大するほど、脱窒反応が促進されることは周知である。
一方、溶鋼中に炭化水素ガスを供給する場合は、炭化水素ガスの分解により生じた水素ガスが溶鋼中に供給されるため、同様に脱窒反応が促進される。しかし、炭化水素ガスの分解により生じた炭素が溶鋼中に溶解して溶鋼中炭素濃度が上昇したり、また、炭化水素ガスの分解は吸熱反応であるため、過剰な溶鋼温度の降下を招いたり、環流用ガス吹き込み管10の周辺の溶鋼3が凝固して環流用ガス吹き込み管10が閉塞したりするおそれがある。したがって、溶鋼中に水素含有ガスを吹き込む方法は、溶鋼中に炭化水素ガスを吹き込む方法に比較して、操業の安定性及び生産性向上の観点で優位である。
さらに、RH真空脱ガス装置における上昇側浸漬管8に設けられた環流用ガス吹き込み管10の中心から真空槽5内の溶鋼湯面までの距離h1(m)と、浸漬管下端から真空槽5内の溶鋼湯面までの距離h2(m)との比h1/h2が、下記(1)式の関係を満たすことが必要である。
0.65≦h1/h2≦0.90 ・・・(1)
高真空度に保持された真空槽5内の溶鋼湯面の位置は、真空槽5と取鍋2との位置関係、及び真空槽5内の雰囲気圧力(kPa)から決定される。すなわち、上記h1(m)及びh2(m)の値は、下記(2)~(4)式で表すことができる。
h1=hA-(hC-hB) ・・・(2)
h2=hA+hB ・・・(3)
hA=1000×(P0-P)/(ρ×g) ・・・(4)
ここで、hAは取鍋2内の溶鋼湯面から真空槽5内の溶鋼湯面までの距離(m)、hBは浸漬管(上昇側浸漬管8)の下端から取鍋2内の溶鋼湯面までの距離(浸漬管の浸漬深さ)(m)、hCは浸漬管(上昇側浸漬管8)の下端から上昇側浸漬管8に設けられた環流用ガス吹き込み管10の中心までの距離(m)、P0は取鍋2内の溶鋼表面における雰囲気圧力(kPa)、Pは真空槽5内の雰囲気圧力(kPa)、ρは溶鋼3の密度(kg/m3)、gは重力加速度(m/s2)である。
h1/h2の値が大きいほど、環流用ガス吹き込み管10から供給された水素含有ガスが、上昇側浸漬管8及び真空槽5内の溶鋼3と接触する時間が長くなるため、脱窒反応が促進される。具体的には、h1/h2の値は0.65以上であることが必要である。一方、h1/h2の値が0.90を超える場合には、水素含有ガスのガス気泡13による溶鋼の脱窒速度向上の効果は得られるものの、環流用ガス吹き込み管10の位置が上昇側浸漬管8の下端に近くなるため、上昇側浸漬管8の下端付近における溶鋼3の流動が促進され、上昇側浸漬管8の下端付近の耐火物の溶損が増加することが懸念される。したがって、h1/h2の値の上限は0.90であることが必要である。
なお、溶鋼中に吹き込まれた水素含有ガスと溶鋼3の接触時間を長くする方法としては、取鍋2に設置可能な底吹きプラグや取鍋2内の溶鋼に浸漬させる浸漬ランスを用いて、浸漬管(上昇側浸漬管8)の下方から溶鋼中に水素含有ガスを供給する方法が考えられる。また、前記特許文献3において、溶鋼中の炭素濃度が0.0030質量%以上である炭素濃度領域では、取鍋2内の溶鋼の撹拌を強化して溶鋼の脱炭反応及び脱窒反応を促進する目的で、浸漬ランスを用いて不活性ガスと水素含有ガスとの混合ガスを溶鋼中に吹き込むと共に、真空界面と不活性ガス吹き込みランスのガス及び粉体吹き込み口との距離hと、真空界面と取鍋底との距離Hとの比(h/H)を0.5~0.8の範囲に制御する方法が提案されている。すなわち、RH真空脱ガス装置においては、取鍋2に設置可能な底吹きプラグや取鍋2内の溶鋼に浸漬させる浸漬ランスを用いて、浸漬管(上昇側浸漬管8)の下方から溶鋼中に水素含有ガスを供給することで、特許文献3に記載の方法と同様に、取鍋2内の溶鋼の撹拌を強化して溶鋼の脱窒反応を促進することが可能であると考えられる。
しかしながら、取鍋2に設置可能な底吹きプラグや取鍋2内の溶鋼に浸漬させる浸漬ランスを用いて、浸漬管(上昇側浸漬管8)の下方から溶鋼中に水素含有ガスを供給する方法では、溶鋼中に吹き込まれた水素含有ガスの全量は上昇側浸漬管8内に導入されず、一部分は取鍋2内に滞留するため、真空槽5内の溶鋼表面付近において溶鋼3とガス気泡13の反応界面積が増大する効果が十分に得られず、溶鋼の脱窒速度向上の効果が小さくなる恐れがある。
さらに、浸漬管(上昇側浸漬管8)の下方から溶鋼中に吹き込まれた水素含有ガスの噴流が浸漬管(上昇側浸漬管8)の下端付近及び外周に衝突し、浸漬管(上昇側浸漬管8)の耐火物の溶損が増加することが懸念される。したがって、RH真空脱ガス装置における上昇側浸漬管8に設けられた環流用ガス吹き込み管10の中心から真空槽5内の溶鋼湯面までの距離h1(m)と、浸漬管(上昇側浸漬管8)下端から真空槽5内の溶鋼湯面までの距離h2(m)との比h1/h2を所定の範囲に制御して溶鋼中に水素含有ガスを吹き込む方法は、浸漬ランスを用いて不活性ガスと水素含有ガスとの混合ガスを溶鋼中に吹き込むと共に、溶鋼中の炭素濃度に応じて、真空界面と不活性ガス吹き込みランスのガス及び粉体吹き込み口との距離hと、真空界面と取鍋底との距離Hとの比(h/H)を所定の範囲に制御する方法に比較して、溶鋼の脱窒反応の促進、及びRH真空脱ガス装置における浸漬管の耐火物の溶損の防止の観点から優位である。
また、水素含有ガス中の水素ガス濃度が0.5体積%以上であり、且つ、脱窒処理対象の溶鋼質量1トン当たりの水素含有ガスの吹き込み流量が2.5~15.0NL/min/tonの範囲であることが好ましい。尚、「NL」は、標準状態における気体の体積(リットル)を示す。本明細書では標準状態を0℃、1atm(101325Pa)とする。
溶鋼中へ供給される水素含有ガス中の水素ガス濃度が高いほど、溶鋼3とガス気泡13との反応界面積が増大するため、脱窒速度が向上する。一方、水素含有ガス中の水素ガス濃度が0.5体積%未満の場合は、溶鋼3とガス気泡13との反応界面積の増大効果が小さいために、脱窒速度向上の十分な効果が得られない。
脱窒処理対象の溶鋼質量1トン当たりの水素含有ガスの吹き込み流量が2.5NL/min/ton未満の場合は、溶鋼中に供給される水素ガスの量が少なく、溶鋼3とガス気泡13との反応界面積の増大効果が小さいために、脱窒速度向上の十分な効果が得られない。一方、脱窒処理対象の溶鋼質量1トン当たりの水素含有ガスの吹き込み流量が15.0NL/min/tonを超える場合は、供給されたガス気泡13が高真空度に保持された溶鋼表面を通過する際に、溶鋼3の飛散が過剰となり、RH真空脱ガス装置1の安定した操業を阻害するおそれがある。
尚、一般的に、鋼中に含有される水素は水素脆性や遅れ破壊の原因となるために、鋼中の水素濃度に上限が規定されている鋼種もある。このような場合は、水素含有ガスの溶鋼への吹き込みによる、溶鋼中への水素のピックアップを可能な限り抑制するために、溶鋼中へ供給する水素含有ガス中の水素ガス濃度を0.5体積%以上、10体積%以下とするか、または、脱窒処理の前半では溶鋼中に水素含有ガスを供給し、脱窒処理の後半では水素含有ガスの供給を停止し、不活性ガスなどの水素を含有しないガスを供給することが好ましい。
水素含有ガスを供給する前の溶鋼中の酸素濃度は、0.0070質量%以下であることが好ましい。本発明者らは、RH真空脱ガス装置において、水素含有ガスを供給する溶鋼の脱窒処理方法を開発する過程で、水素含有ガスを供給する前の溶鋼中酸素濃度が0.0070質量%以下である場合に、溶鋼の脱窒速度が向上することを見出した。溶鋼中の酸素は表面活性元素であるので、酸素濃度が高いほど溶鋼の脱窒速度は低下することが知られている。水素含有ガスを供給する前の溶鋼中の酸素濃度を0.0070質量%以下とするには、脱窒処理の前に、溶鋼3にアルミニウムや珪素などの脱酸材を添加して溶鋼3を脱酸する。
ところで、転炉から未脱酸で出鋼された溶鋼の真空脱ガス精錬を行う場合は、真空脱ガス精錬中に溶鋼の脱炭反応(C+O→CO)が進行し、溶鋼中で発生したCOガス気泡が溶鋼表面を通過するために、溶鋼表面付近の窒素分圧の低下及び溶鋼とCOガス気泡との反応界面積の増大が生じ、脱窒反応が進行する。一方、脱酸された溶鋼の真空脱ガス精錬においては、溶鋼の脱炭反応が生じないので、上記の脱炭反応に伴う脱窒反応速度の向上は期待できない。しかしながら、本発明に係る溶鋼の脱窒処理方法によれば、水素含有ガス中の水素が一旦溶鋼中に溶解した後、高真空度に保持された真空槽内の溶鋼表面付近で急激にガス化する効果により、脱酸された溶鋼3の脱窒処理においても脱窒速度を向上させることが可能である。
水素含有ガスを供給する前の溶鋼中の硫黄濃度は0.0050質量%以下であることが好ましい。本発明者らは、RH真空脱ガス装置において、水素含有ガスを供給する溶鋼の脱窒処理方法を開発する過程で、水素含有ガスを供給する前の溶鋼中硫黄濃度が0.0050質量%以下である場合に、溶鋼の脱窒速度が向上することを見出した。
溶鋼中の硫黄は、酸素と同様に表面活性元素であるので、溶鋼中硫黄濃度が高いほど溶鋼の脱窒速度が低下することが知られている。水素含有ガスを供給する前の溶鋼中の硫黄濃度を0.0050質量%以下とするには、脱窒処理の前に、溶鋼3にCaO系脱硫剤などを添加して溶鋼3を脱硫処理する、または、溶銑段階で、溶銑予備処理として脱硫処理するなどを行う。
以下、本発明に係る溶鋼の脱窒処理方法を極低炭素低窒素鋼の溶製に適用する場合を例として説明する。
高炉から出銑された溶銑を溶銑鍋やトピードカーなどの溶銑搬送用容器で受銑し、必要に応じて脱珪処理、脱燐処理及び脱硫処理の溶銑予備処理を行う。溶銑予備処理後の溶銑を転炉に装入して脱炭精錬し、得られた溶鋼を未脱酸状態で転炉から取鍋に出鋼する。ここで、使用する溶鋼は、高炉から出銑された溶銑を転炉で脱炭精錬した溶鋼に限るものではなく、鉄スクラップなどを電気炉で溶解して精錬した溶鋼であってもよい。また、極低炭素溶鋼の溶製を例としたために、溶鋼を未脱酸状態としたが、中高炭素溶鋼などを溶製する場合は、真空脱ガス設備での脱炭処理が必要ではなく、したがって、中高炭素溶鋼などを溶製する場合は出鋼時に溶鋼を脱酸してもよい。
転炉または電気炉において溶製した溶鋼を取鍋に出鋼した後、必要であれば取鍋精錬炉における脱硫処理などの二次精錬処理を実施してもよい。次に、出鋼後または二次精錬処理後の溶鋼を、RH真空脱ガス装置に搬送し、脱ガス処理を行う。
RH真空脱ガス装置に搬送された溶鋼を高真空度の雰囲気で保持して極低炭素濃度まで脱炭処理した後、アルミニウムや珪素などを溶鋼に添加して脱酸処理を行う。ここでは、極低炭素溶鋼の溶製を例としたために、高真空度下における脱炭処理及びその後にアルミニウムや珪素などを用いた脱酸処理を行うとしたが、中高炭素溶鋼などを溶製する場合のように、RH真空脱ガス装置において脱炭処理が必要でない場合は、出鋼時に溶鋼を脱酸処理するなどして、前述した脱炭処理工程及び脱酸処理工程を省略してもよい。
次いで、RH真空脱ガス装置の真空槽5内の溶鋼中に水素含有ガスを供給しながら脱窒処理を行う。ここで供給する水素含有ガスとしては、水素ガス(純水素ガス)の他に、水素ガスとアルゴンガスなどの不活性ガスとの混合ガスを使用する。また、水素含有ガスはRH真空脱ガス装置の上昇側浸漬管8に設置された環流用ガス吹き込み管10から環流用ガスとして吹き込むことが必要であるが、同時に、上吹きランスを用いて真空槽5内の溶鋼表面または溶鋼表面を被覆しているスラグ表面に水素含有ガスを吹き付ける方法、真空槽5や取鍋2に設置可能な底吹きプラグや取鍋2内の溶鋼に浸漬させた浸漬ランスから溶鋼中に吹き込む方法などを適用してもよい。
ここで、真空槽5内の雰囲気圧力を所定の値に設定することを前提として、(1)式を満たすように、真空槽5と取鍋2との位置関係(例えば、取鍋底面の内張耐火物の上面から浸漬管下端までの距離など)を予め決定しても良い。また、所定の真空槽5と取鍋2との位置関係において溶鋼の脱窒処理を行うことを前提として、(1)式を満たすように、真空槽5内の雰囲気圧力を予め決定しても良い。
RH真空脱ガス装置において脱窒処理を行う前に、必要に応じて、CaO系フラックスなどを用いた脱硫処理及び成分調整のための合金鉄添加を実施してもよい。また、水素含有ガスの溶鋼への供給は脱窒処理中に限定されるものではなく、RH真空脱ガス装置における脱炭処理、脱酸処理、脱硫処理及び合金鉄添加の際に連続して供給してもよい。
脱窒処理を実施した後の溶鋼は、必要に応じて、溶鋼中に水素を含有させないガス(例えば、アルゴンガス)を供給する方法などを用いて、脱水素処理を実施してもよい。
このようにして溶製された極低炭素低窒素溶鋼は、連続鋳造法または造塊-分塊圧延法によって鋼素材(スラブ)に製造される。
以上説明したように、本発明によれば、RH真空脱ガス装置を用いた溶鋼の脱窒処理において、溶鋼中への炭素のピックアップなどの不純物元素の混入や、脱酸生成物や脱硫生成物などの介在物の生成を伴わず、且つ、過剰な溶鋼の温度降下や真空脱ガス設備への地金付着に起因する操業上の問題を回避し、効率良く溶鋼の脱窒処理を行うことができる。
1チャージの溶鋼量が約300トン規模の実機において、高炉から出銑された後、必要に応じて脱珪処理、脱燐処理及び脱硫処理の溶銑予備処理が施された溶銑を上底吹き転炉に装入し、溶鋼中炭素濃度が0.05質量%以下となるように脱炭処理を施し、溶銑から溶鋼を溶製した。この溶鋼を未脱酸状態で転炉から取鍋に出鋼し、その後、溶鋼を収容した取鍋を図1に示すRH真空脱ガス装置へ搬送した。
RH真空脱ガス装置では、まず、RH真空脱ガス装置の真空槽内の雰囲気圧力を0.1333kPa以下(1.0torr以下)に保持し、溶鋼中の炭素濃度が0.0050質量%以下、硫黄濃度が0.0080質量%以下、窒素濃度が0.0045~0.0055質量%、水素濃度が0.0005質量%以下、且つ、溶鋼温度が1560~1600℃となるように脱炭処理を施した。この脱炭処理では、上昇側浸漬管に設置された環流用ガス吹き込み管から環流用ガスとしてアルゴンガスを吹き込んだ。
脱炭処理後、溶鋼中にアルミニウムまたは珪素を添加して溶鋼を強脱酸(Al脱酸)または弱脱酸(Si脱酸)し、その後、必要に応じて成分調整のための合金鉄または純金属を溶鋼に添加した。尚、脱酸後の溶鋼中酸素濃度は0.0001~0.0350質量%であった。
次いで、上昇側浸漬管に設置された環流用ガス吹き込み管から、環流用ガスとしてアルゴンガス(Ar)、水素ガス(H2)、アルゴンガスと水素ガスとの混合ガス、アルゴンガスと炭化水素ガスとの混合ガスの4種のうちの1種を供給し、真空槽内の到達真空度を0.1333kPa以下に保持した状態で脱窒処理を施す試験を行った。このとき、溶鋼中に供給するガスの組成や吹き込み流量、上昇側浸漬管に設けられた環流用ガス吹き込み管の高さ、また、脱窒処理前の溶鋼中酸素濃度及び硫黄濃度を種々に変化させて操業を行った。脱窒処理の開始前及び終了後に、取鍋内の溶鋼から成分分析用試料を採取し、成分分析を実施した。炭化水素ガスとしては、プロパンガス(C3H8)を使用し、アルゴンガスと炭化水素ガスとの混合比は容積比で1:1とした。また、一部の試験では、脱窒処理の前半の8~10分間は溶鋼中に水素含有ガスを供給し、後半はガス種を変更してアルゴンガスを供給した。
表1に、本発明例1~28及び比較例1~6の脱窒処理試験における試験条件及び試験結果を示し、表2に、本発明例29~63の脱窒処理試験における試験条件及び試験結果を示し、表3に、比較例7~32の脱窒処理試験における試験条件及び試験結果を示す。
尚、表1~3に示す脱窒率は、脱窒処理前の溶鋼中窒素濃度と脱窒処理後の溶鋼中窒素濃度との差分を、脱窒処理前の溶鋼中窒素濃度に対して百分率で表したものである。また、表1~3に示す見掛けの脱窒速度は、脱窒処理前の溶鋼中窒素濃度と脱窒処理後の溶鋼中窒素濃度との差分を、脱窒処理時間で除算した値である。また、表3に示す供給ガス中の水素ガス濃度は、アルゴンガスとプロパンガスとの混合ガスを供給した場合には、溶鋼中に供給されたプロパンガス量の4倍の水素ガスが発生するとして算出した。
ここで、表1~3に示す真空槽内の地金付着量は、真空槽の上面に設置されたガラス窓から、脱窒処理中の真空槽内溶鋼表面からの溶鋼飛散状況及び真空槽内炉壁への地金付着状況を観察した結果を表している。つまり、溶鋼飛散・地金付着量が、環流用ガスとしてアルゴンガスなどの不活性ガスを使用した場合と同等、または少なく、RH真空脱ガス装置の連続使用が可能な場合を「小」とし、不活性ガスを使用した場合よりも多く、RH真空脱ガス装置の連続使用が困難であると判断される場合を「大」とした。
また、表1~3に示す上昇側浸漬管の交換頻度は、所定の操業条件において上記精錬処理を連続で実施した際に、上昇側浸漬管を交換した回数を表している。つまり、上昇側浸漬管の交換頻度が、環流用ガスとしてアルゴンガスなどの不活性ガスを使用した場合と同等、または少ない場合を「少」とし、不活性ガスを使用した場合よりも多い場合を「多」とした。なお、表1に示すように、本発明例7及び本発明例28においては、真空槽内の地金付着量が多く、RH真空脱ガス装置の連続使用が不可能であったため、上昇側浸漬管の交換頻度は「-」とした。
図2に、本発明例1~6及び比較例1~24において得られた、h1/h2と溶鋼の脱窒率との関係を示す。これらの事例は全て、溶鋼質量1トン当たりのガス吹き込み流量が8.0NL/min/ton、脱窒処理前の溶鋼中の炭素濃度が0.0026~0.0034質量%、酸素濃度が0.0090~0.0098質量%、硫黄濃度が0.0021~0.0029質量%、水素濃度が0.0003~0.0004質量%で、脱窒処理前の溶鋼温度が1571~1584℃で、脱窒処理時間が12~16分の試験条件である。
図2及び表1に示すように、本発明の範囲を満たす条件の溶鋼の脱窒処理(本発明例1~6)においては、溶鋼中にアルゴンガスを供給する脱窒処理(比較例7~18)、及び、アルゴンガスと炭化水素ガスとの混合ガスを供給する脱窒処理(比較例19~24)に比べて、h1/h2の値が同等の場合には見掛けの脱窒速度及び溶鋼の脱窒率が大きいことがわかる。更に、アルゴンガスと炭化水素ガスとの混合ガスを供給する脱窒処理(比較例19~24)に比べて、脱窒処理後の溶鋼中への炭素のピックアップが生じず、且つ、脱窒処理による溶鋼の温度降下量が低位であることが確認できた。また、h1/h2の値が0.65以上且つ0.90以下である場合には、溶鋼の脱窒効果が向上し、脱窒率が60%以上になり、且つ上昇側浸漬管の交換頻度が増加することなく操業可能であることがわかった。
図3に、本発明例8~27及び比較例31、32において得られた溶鋼中に供給されるガス中の水素ガス濃度と溶鋼の脱窒率との関係を示す。これらの事例は全て、溶鋼質量1トン当たりのガス吹き込み流量が2.0NL/min/tonまたは2.5NL/min/tonで、脱窒処理前の溶鋼中の炭素濃度が0.0026~0.0035質量%、酸素濃度が0.0090~0.0099質量%、硫黄濃度が0.0025~0.0029質量%、水素濃度が0.0003~0.0004質量%で、脱窒処理前の溶鋼温度が1572~1586℃、脱窒処理時間が12~16分、h1/h2が0.79の試験条件である。
図3に示すように、溶鋼中に供給されるガス中の水素ガス濃度が0.5体積%以上であり、且つ、溶鋼質量1トン当たりのガス吹き込み流量が2.5NL/min/tonである場合は、脱窒効果が向上し、脱窒率が10%以上になることがわかった。
また、表1の本発明例7及び本発明例28の結果から、溶鋼中に供給されるガスの溶鋼質量1トン当たりのガス吹き込み流量が15.0NL/minを超える場合は、溶鋼表面からの溶鋼飛散が激しくなり真空槽内炉壁への地金付着量が増加することがわかった。
図4に、本発明例29~43において得られた脱窒処理前の溶鋼中の酸素濃度と溶鋼の脱窒率との関係を示す。これらの事例は全て、溶鋼質量1トン当たりのガス吹き込み流量が10NL/min/tonで、供給される水素含有ガス中の水素ガス濃度が100体積%、脱窒処理前の溶鋼中の炭素濃度が0.0025~0.0035質量%、硫黄濃度が0.0025~0.0029質量%、水素濃度が0.0003~0.0004質量%、脱窒処理前の溶鋼温度が1573~1586℃、脱窒処理時間が12~16分、h1/h2が0.79の試験条件である。
図4に示すように、脱窒処理前の溶鋼中の酸素濃度が0.0070質量%以下である場合には、脱窒効果が向上し、脱窒率が65%以上になることがわかった。
図5に、本発明例44~50において得られた脱窒処理前の溶鋼中の硫黄濃度と溶鋼の脱窒率との関係を示す。これらの事例は全て、溶鋼質量1トン当たりのガス吹き込み流量が10NL/min/tonで、供給される水素含有ガス中の水素ガス濃度が100%、脱窒処理前の溶鋼中の炭素濃度が0.0028~0.0035質量%、酸素濃度が0.0095~0.0099質量%、水素濃度が0.0003~0.0004質量%、脱窒処理前の溶鋼温度が1572~1582℃、脱窒処理時間が13~16分、h1/h2が0.79の試験条件である。
図5に示すように、脱窒処理前の溶鋼中の硫黄濃度が0.0050質量%以下である場合には、脱窒効果が向上し、脱窒率が60%以上になることがわかった。
また、表2の本発明例51~61の結果から、溶鋼中に供給されるガス中の水素ガス濃度が10体積%以下の場合は、脱窒処理後の溶鋼中への水素のピックアップが生じないことがわかった。これらの事例は全て、溶鋼質量1トン当たりのガス吹き込み流量が15NL/min/tonで、脱窒処理前の溶鋼中の炭素濃度が0.0028~0.0035質量%、酸素濃度が0.0091~0.0098質量%、水素濃度が0.0003~0.0004質量%、脱窒処理前の溶鋼温度が1574~1584℃、脱窒処理時間が13~15分、h1/h2が0.79の試験条件である。
同様に、表2の本発明例62、63の結果から、脱窒処理の前半は溶鋼中に水素含有ガスを供給し、後半は水素を含有しないガスを供給する場合には、脱窒処理後の溶鋼中への水素のピックアップが生じないことがわかった。本発明例62では、開始から10分までは水素ガスを吹き込み、開始から10分以降から16分まではアルゴンガスを吹き込んだ。また、本発明例63では、開始から8分までは水素ガスを吹き込み、開始から8分以降から14分まではアルゴンガスを吹き込んだ。尚、これらの事例は、溶鋼質量1トン当たりのガス吹き込み流量が10NL/min/tonまたは15NL/min/tonで、供給される水素含有ガス中の水素ガス濃度が100%、脱窒処理前の溶鋼中の炭素濃度が0.0033~0.0036質量%、酸素濃度が0.0094~0.0095質量%、水素濃度が0.0003質量%、脱窒処理前の溶鋼温度が1574~1580℃、脱窒処理時間が14~16分、h1/h2が0.79の試験条件である。