[1]フェライト化合物
本発明のフェライト化合物は、六方晶のM型マグネトプランバイト構造を有し、Ca、La、Fe及びCoを必須成分として含有するフェライト化合物であって、前記M型マグネトプランバイト構造の単位胞中のダウンスピンサイトである4f1及び4f2サイトに存在するCoの合計量が、アップスピンサイトである2a、4e及び12kサイトに存在するCoの合計量よりも多いことを特徴とする。
本発明のフェライト化合物は、六方晶のM型マグネトプランバイト構造を有している。「六方晶のM型マグネトプランバイト構造を有する」とは、本発明のフェライト化合物で構成される結晶相(フェライト相)を含有するフェライト焼結磁石やフェライト粉末をX線回折法の一般的な条件で測定した場合に、六方晶のM型マグネトプランバイト構造のX線回折パターンが主として観察されることをいう。
六方晶のM型マグネトプランバイト構造は複雑な結晶構造であり、Srフェライトの場合、Srが占有する2d、Feが占有する2a、4e、4f1、4f2及び12k、並びにO(酸素)が占有する4e、4f、6h、12k1及び12k2の11種類の異なるサイトを有している。単位胞当たりの化学式単位数は2、すなわち単位胞当たりに化学式2個分の原子を含有する。例えば、Srフェライト(化学式はSrFe12O19)の場合、単位胞当たりには2個のSr、24個のFe、及び38個のOが含まれる。
Srフェライトはフェリ磁性であり、2a、4e及び12kサイトを占有する磁性元素の磁気モーメントと4f1及び4f2サイトを占有する磁性元素の磁気モーメントの向きは反平行であり、その磁気モーメントの差分がSrフェライト結晶全体の磁気モーメントとなる。単位胞当たりでは2a、4e及び12kサイト(アップスピンサイト)の合計が16個、4f1及び4f2サイト(ダウンスピンサイト)の合計が8個であるため、各サイトを占有する磁気モーメントの大きさが同じであれば,8個分のアップスピンの磁気モーメントが単位胞当たりの磁気モーメントとなる。例えばSrフェライトであれば磁性元素は5μBの磁気モーメントを持つ3価のFeイオンであり、単位胞当たりの磁気モーメントは5μB×(16-8)=40μBとなる。
前述のSrLaCoフェライトでは、Laは2dサイト(Srのサイト)の一部に存在し、Coは2a、4e、4f1、4f2及び12kサイト(Feのサイト)の一部に存在し、アップスピンサイトを占有する(アップスピンサイトに存在する)Coの量が、ダウンスピンサイトを占有する(ダウンスピンサイトに存在する)Coの量よりも多いことが知られている(例えば、J. Ceram. Soc. Jpn, 119, 285-290 (2011).を参照)。また、前述のCaLaCoフェライトにおいても、SrLaCoフェライトと同様に、Ca、Laはそれぞれ2dサイトの一部に存在し、Coは2a、4e、4f1、4f2及び12kサイトの一部に存在すると考えられており、そのような考え方で従来のフェライト焼結磁石の組成が設計されている。これらのことは、前述の特許文献5〜7等に記載された組成式を見ても明らかである。
CaLaCoフェライトでは、従来のSrフェライトやBaフェライトにおいて本来Sr(12配位でのSr2+のイオン半径:144 pm)やBa(12配位でのBa2+のイオン半径:161 pm)が占有するサイトの一部にCa(12配位でのCa2+のイオン半径:134 pm、6配位でのイオン半径:100 pm)やLa(12配位でのLa3+のイオン半径:136 pm)が置換され、Fe(6配位でのFe3+のイオン半径:64.5 pm)が占有するサイトの一部にCo(6配位でのCo2+のイオン半径:74.5 pm)が置換されているため、無置換のSrフェライト及びBaフェライトに比べてM型マグネトプランバイトの結晶構造に大きなひずみが生じていると考えられる。加えてCaLaCoフェライトでは2価のCaイオンに対する3価のLaイオンの置換量と、3価のFeイオンに対する2価のCoイオンの置換量が大幅に異なり、結晶全体の電荷バランスに不均衡が生じているため、なんらかの方法で結晶全体の電荷バランスが保たれる必要がある。このようなことが原因で、CaLaCoフェライトの結晶構造はSrフェライトやSrLaCoフェライトよりも不安定である。
本発明のフェライト化合物におけるCoは2価のCoイオンであり、フントの規則から期待される磁気モーメントは3μBである。この値は3価のFeイオンの磁気モーメントである5μBよりも小さいため、Coに占有されたサイトの磁気モーメントは2μB低下する。このため、M型マグネトプランバイト構造中のアップスピンサイトとダウンスピンサイトを占有するCoの量が等しい場合には単位胞当たりの磁気モーメントは変化しないが、アップスピンサイトとダウンスピンサイトを占有するCoの量が異なる場合には単位胞当たりの磁気モーメントが変化する。つまり、ダウンスピンサイトを占有する(ダウンスピンサイトに存在する)Coの量の方が多ければ単位胞当たりの磁気モーメントは増加し、アップスピンサイトを占有する(アップスピンサイトに存在する)Coの量の方が多ければ単位胞当たりの磁気モーメントは減少する。
本発明のフェライト化合物は、M型マグネトプランバイト構造の単位胞中のダウンスピンサイトである4f1及び4f2サイトに存在するCoの合計量が、アップスピンサイトである2a、4e及び12kサイトに存在するCoの合計量よりも多い。すなわち、単位胞当たりに16個あるアップスピンサイトを占有するCoの量より、単位胞当たりに8個しかないダウンスピンサイトを占有するCoの量の方が多い。従って、単位胞当たりの磁気モーメントが向上すると考えられ、そのため、本発明によるフェライト化合物が高い飽和磁化と高いHAを有し、フェライト焼結磁石を構成する主たる化合物として用いた場合、高いBrと高いHk/HcJを維持したままHcJを向上させることができると考えられる。また、ダウンスピンサイトである4f1及び4f2サイトに存在するCoの量が、アップスピンサイトである2a、4e及び12kサイトに存在するCoの量よりも多い方が、M型マグネトプランバイト構造としての結晶構造をより安定化できる可能性がある。
M型マグネトプランバイト構造の単位胞中の2a、4e、4f1、4f2及び12kサイトに存在するCoの存在比率は、X線回折や中性子回折による回折パターンのプロファイルフィッティング法などによって解析することができる。X線回折は例えばSPring-8などの放射光施設や市販の粉末X線回折装置を用いて行うことができ、中性子回折は例えば日本原子力研究開発機構のJRR-3などの施設を用いて行うことができる。
X線回折や中性子回折による回折パターンの解析で用いられるプロファイルフィッティング法としては、例えばリートベルト(Rietveld)解析法が挙げられる。リートベルト解析は、X線回折等で得られた回折パターンに、試料中に含まれると予想される物質の結晶構造から計算される回折パターンをフィッティングさせることで、精密な結晶構造(各サイトの座標、各サイトを占有する原子の種類及び占有率等)の解析を行う方法である。リードベルト解析ソフトとしては、TOPAS(Bruker AXS社製)等の市販のソフト、及びRIETAN-FP(F. Izumi and K. Momma, "Three-dimensional visualization in powder diffraction," Solid State Phenom., 130, 15-20 (2007).を参照)等が挙げられる。構成相の結晶構造は、既知の構造を初期構造として用いればよい。
また、X線回折や中性子回折による回折パターンのプロファイルフィッティング法のみで十分な確度と精度の解析結果が得られない場合は、X線吸収分光法による広域X線吸収微細構造(EXAFS)解析を相補的に用いることで、解析結果の確度と精度を高めることができる。X線吸収分光法の測定は例えば、SPring-8や高エネルギー加速器研究所のPhoton Factoryなどの放射光施設で行うことができる。EXAFS解析ソフトとしては、例えばIFEFFIT(J. J. Rehr and R. C. Albers, Phys. Rev. B, 41, 8139-8149 (1990).、J. J. Rehr, S. I. Zabinsky and R. C. Albers, Phys. Rev. Lett., 69,3397-3400 (1992).、J. J. Rehr, J. Mustre de Leon, S. I. Zabinsky and R. C. Albers, J. Am. Chem. Soc., 113, 5135-5140 (1991).、J. Mustre de Leon, J. J. Rehr, S. I. Zabinsky and R. C. Albers, Phys. Rev. B, 44, 4146-4156 (1991). を参照)等が挙げられる。
本発明はCaLaCoフェライトの改良に係るものであり、本発明のフェライト化合物は、Ca、La、Fe及びCoを必須成分として含有している。好ましくは、Ca、La、Ba及び/又はSrであるA元素、Fe、六方晶のM型マグネトプランバイト構造の単位胞中のアップスピンサイトである2a、4e及び12kサイトに存在するCoであるCoUP、並びにダウンスピンサイトである4f1及び4f2サイトに存在するCoであるCoDOWNの金属元素の原子比率を示す組成式: Ca1-x-yLaxAyFe2n-v-wCoUP vCoDOWN wにおいて、前記1-x-y、x、y、v、w、並びにモル比を示すnが、
0.23≦1-x-y≦0.75、
0.2≦x≦0.65、
0≦y≦0.4、
0.2≦v+w<0.65、
w>v、
3<n<6及び
0≦y/(1-x)<0.56、
を満足している。
前記の組成式は、金属元素の原子比率で示したが、酸素(O)を含む組成は、組成式:Ca1-x-yLaxAyFe2n-v-wCoUP vCoDOWN wOα(ただし、1-x-y、x、y、v、w及びα並びにモル比を示すnは、
0.23≦1-x-y≦0.75、
0.2≦x≦0.65、
0≦y≦0.4、
0.2≦v+w<0.65、
w>v、
3<n<6及び
0≦y/(1-x)<0.56、
を満たし、La及びFeが3価で、Ca、A元素及びCoが2価であり、x=v+wでかつn=6の時の化学量論組成比を示した場合はα=19である。)で表される。
前記酸素(O)を含めたフェライト化合物の組成において、酸素の原子比率は、Fe及びCoの価数、n値などによって異なってくる。またフェライト化合物においては、還元性雰囲気で焼成した場合の酸素の空孔(ベイカンシー)、フェライト化合物におけるFeの価数の変化、Coの価数の変化等により金属元素に対する酸素の比率が変化する。従って、実際の酸素の原子比率αは19からずれる場合がある。そのため、本発明においては、最も組成が特定し易い金属元素の原子比率で組成を表記している。
本発明のフェライト化合物をフェライト焼結磁石の主たる構成物とする、すなわち、本発明のフェライト化合物で構成される結晶相(六方晶のM型マグネトプランバイト構造を有するフェライト相)を主相とすることにより、高いBrと高いHk/HcJを維持したままHcJを向上させたフェライト焼結磁石を得ることができる。以下、本発明のフェライト化合物で構成される結晶相を主相としたフェライト焼結磁石(以下、「本フェライト焼結磁石」という場合がある)について説明する。
本フェライト焼結磁石の主相は、前記の通り、本発明のフェライト化合物で構成される結晶相であり、六方晶のM型マグネトプランバイト構造を有するフェライト相である。一般に、磁性材料、特に焼結磁石は、複数の化合物から構成されており、その磁性材料の特性(物性、磁石特性など)を決定づけている化合物が「主相」と定義される。本フェライト焼結磁石における主相、すなわち、六方晶のM型マグネトプランバイト構造を有するフェライト相も、本フェライト焼結磁石の物性、磁石特性などの基本部分を決定づけている。
本フェライト焼結磁石には、前記主相のほか、さらに二つの主相の間に存在する第一の粒界相と、三つ以上の主相の間に存在する第二の粒界相が含有されている。二つの主相の間に存在する第一の粒界相とは、当業者において「2粒子粒界相」とも言われる粒界相であり、フェライト焼結磁石の任意の断面を観察した場合に、主相と主相の粒界に存在する線状に見える粒界相のことを言う。また、三つ以上の主相の間に存在する第二の粒界相とは、当業者において「多重点粒界相」などと言われる粒界相であり、フェライト焼結磁石の任意の断面を観察した場合、三つ以上の主相の間に存在する略三角形、略多角形あるいは不定形などに見える粒界相のことを言う。前記第一の粒界相は、厚みが非常に薄く、X線回折パターンで観察することが困難であるため、高分解能を有する透過電子顕微鏡等で確認するのが好ましい。なお、以下の説明において、第一の粒界相と第二の粒界相をまとめて表現する場合、単に「粒界相」という場合がある。
本フェライト焼結磁石は、前記主相と、前記第一の粒界相と、前記第二の粒界相とを有し、好ましくは、任意の断面において、前記第二の粒界相が散在しており、前記第二の粒界相の平均面積が0.2μm2未満である組織を有している。また、さらに好ましい態様においては、第二の粒界相は、任意の断面の53×53μm2の範囲内に900個以上存在する組織を有している。第二の粒界相の平均面積は、FE-SEM(電界放射型走査電子顕微鏡)によるフェライト焼結磁石断面の反射電子像(BSE像)の画像を2値化処理し、第二の粒界相の面積と個数を求め、その合計面積を個数で除することによって求めることができる。
[2]フェライト化合物の製造方法
本発明のフェライト化合物は、以下に示す製造工程を経ることによって形成することができる。
原料粉末を混合し、混合原料粉末を得る原料粉末混合工程、
前記混合原料粉末を仮焼し、仮焼体を得る仮焼工程、
前記仮焼体を粉砕し、仮焼体粉末を得る粉砕工程、
前記仮焼体粉末を焼成し、焼成体を得る焼成工程を含み、
前記焼成工程において、1100℃〜焼成温度の温度範囲での昇温速度を1〜4℃/分、及び焼成温度〜1100℃の温度範囲での降温速度を6℃/分以上とする。なお、本発明のフェライト化合物を焼結磁石に用いる場合には、前記粉砕工程と前記焼成工程との間に、前記仮焼体粉末を成形し、成形体を得る成形工程等が追加される。各工程について以下に説明する。
(a)原料粉末混合工程
フェライト化合物が、Ca、La、Ba及び/又はSrであるA元素、Fe及びCoの金属元素の原子比率を示す組成式: Ca1-x-yLaxAyFe2n-v-wCov+wにおいて、前記1-x-y、x、y、v、w、並びにモル比を示すnが、
0.23≦1-x-y≦0.75、
0.2≦x≦0.65、
0≦y≦0.4、
0.2≦v+w<0.65、
3<n<6及び
0≦y/(1-x)<0.56、
を満足するものとなるように原料粉末を配合する。前記にて規定された原子比率及びモル比を示すnが範囲外になると本発明のフェライト化合物が得られない。
なお、LaはLaを除く希土類元素の少なくとも一種でその一部を置換することができる。置換量はモル比でLaの50%以下であるのが好ましい。Coはその一部をZn、Ni及びMnから選ばれた少なくとも1種で置換することもできる。
原料粉末は、価数にかかわらず、それぞれの金属の酸化物、炭酸塩、水酸化物、硝酸塩、塩化物等を使用することができる。原料粉末を溶解した溶液であってもよい。Caの化合物としては、Caの炭酸塩、酸化物、塩化物等が挙げられる。Laの化合物としては、La2O3等の酸化物、La(OH)3等の水酸化物、La2(CO3)3・8H2O等の炭酸塩等が挙げられる。A元素の化合物としては、Ba及び/又はSrの炭酸塩、酸化物、塩化物等が挙げられる。鉄の化合物としては、酸化鉄、水酸化鉄、塩化鉄、ミルスケール等が挙げられる。Coの化合物としては、CoO、Co3O4等の酸化物、CoOOH、Co(OH)2、Co3O4・m1H2O(m1は正の数である)等の水酸化物、CoCO3等の炭酸塩、及びm2CoCO3・m3Co(OH)2・m4H2O等の塩基性炭酸塩(m2、m3、m4は正の数である)が挙げられる。
CaCO3、Fe2O3及びLa2O3以外の原料粉末は、原料混合時から添加しておいてもよいし、仮焼後に添加してもよい。例えば、(1)CaCO3、Fe2O3、La2O3及びCo3O4を配合し、混合及び仮焼した後、仮焼体を粉砕し、焼成してフェライト化合物を製造しても良いし、(2)CaCO3、Fe2O3及びLa2O3を配合し、混合及び仮焼した後、仮焼体にCo3O4を添加し、粉砕及び焼成してフェライト化合物を製造することもできる。
仮焼時の反応促進のため、必要に応じてB2O3、H3BO3等のBを含む化合物を1質量%程度まで添加しても良い。H3BO3は、焼成時に結晶粒の形状やサイズを制御する効果も有するため、仮焼後(微粉砕前や焼成前)に添加してもよく、仮焼前及び仮焼後の両方で添加してもよい。
準備したそれぞれの原料粉末を混合し、混合原料粉末とする。原料粉末の混合は、湿式及び乾式のいずれで行ってもよい。スチールボール等の媒体とともに撹拌すると原料粉末をより均一に混合することができる。湿式の場合は、分散媒に水を用いるのが好ましい。原料粉末の分散性を高める目的でポリカルボン酸アンモニウム、グルコン酸カルシウム等の公知の分散剤を用いてもよい。混合した原料スラリーはそのまま仮焼してもよいし、原料スラリーを脱水した後、仮焼してもよい。
(b)仮焼工程
乾式混合又は湿式混合することによって得られた混合原料粉末は、電気炉、ガス炉等を用いて加熱することで、固相反応により、六方晶のM型マグネトプランバイト構造のフェライト化合物を形成する。このプロセスを「仮焼」と呼び、得られた化合物を「仮焼体」と呼ぶ。仮焼にて形成されるフェライト化合物は、本発明のフェライト化合物の前駆体であり、この段階では、十分に結晶構造が安定化されておらず、M型マグネトプランバイト構造の単位胞中のダウンスピンサイトである4f1及び4f2サイトに存在するCoの量が、アップスピンサイトである2a、4e及び12kサイトに存在するCoの量よりも多くなっていない場合がある。なお、前記の原料粉末混合工程において、CaCO3、Fe2O3及びLa2O3を配合し、混合及び仮焼した後、得られた仮焼体にCo3O4を添加する方法で製造する場合は、仮焼にて形成されるフェライト化合物にはCoが含有されていないが、仮焼体にCo3O4を添加し、後述する工程を経ることによって、M型マグネトプランバイト構造の単位胞中のダウンスピンサイトである4f1及び4f2サイトに存在するCoの量が、アップスピンサイトである2a、4e及び12kサイトに存在するCoの量よりも多いフェライト化合物を得ることができる。
仮焼工程は、酸素濃度が5%以上の雰囲気中で行うのが好ましい。酸素濃度が5%未満であると、異常粒成長、異相の生成等を招く。より好ましい酸素濃度は20%以上である。
仮焼工程では、フェライト化合物が形成される固相反応が温度の上昇とともに進行し、約1100℃で完了する。仮焼温度が1100℃未満では、未反応のヘマタイト(酸化鉄)が残存するため好ましくない。一方、仮焼温度が1450℃を超えると結晶粒が成長し過ぎるため、粉砕工程において粉砕に多大な時間を要することがある。従って、仮焼温度は1100〜1450℃であるのが好ましく、1200〜1350℃であるのがより好ましい。仮焼時間は0.5〜5時間であるのが好ましい。
仮焼前にH3BO3を添加した場合は、フェライト化反応が促進されるため、1100℃〜1300℃で仮焼を行うことができる。
(c)焼結助剤の添加
本発明のフェライト化合物を焼結磁石に用いる場合には、焼結助剤として、前記仮焼工程後、後述する成形工程前において、仮焼体又は仮焼体粉末に、仮焼体又は仮焼体粉末100質量%に対して0〜1.8質量%のSiO2、及びCaO換算で0〜2質量%のCaCO3を添加するのが好ましい。焼結助剤の添加は、例えば、仮焼工程によって得られた仮焼体に焼結助剤を添加した後粉砕工程を実施する、粉砕工程の途中で焼結助剤を添加する、又は粉砕工程後の仮焼体に焼結助剤を添加、混合した後成形工程を実施する、などの方法を採用することができる。
なお、本発明において、CaCO3の添加量は全てCaO換算で表記する。CaO換算での添加量からCaCO3の添加量は、式:
(CaCO3の分子量×CaO換算での添加量)/CaOの分子量
によって求めることができる。
例えば、CaO換算で1.5質量%のCaCO3を添加する場合、
{(40.08[Caの原子量]+12.01[Cの原子量]+48.00[Oの原子量×3]=100.09[CaCO3の分子量])×1.5質量%[CaO換算での添加量]}/(40.08[Caの原子量] +16.00[Oの原子量]=56.08[CaOの分子量])=2.677質量%[CaCO3の添加量]、となる。
CaLaCoフェライトにおいては、主相成分としてCaが含まれているため、焼結助剤としてSiO2及びCaCO3を添加しなくても液相が生成し、焼結することができる。すなわち、フェライト焼結磁石において主として粒界相を形成する前記SiO2及びCaCO3を添加しなくても粒界相が形成される。一方、焼結助剤としてSiO2及びCaCO3を添加した場合、それらは焼結時に液相成分の一部となり、焼結後は粒界相となる。
上述したSiO2及びCaCO3の他に、仮焼工程後、後述する成形工程前において、Cr2O3、Al2O3等を添加することもできる。これらの添加量は、それぞれ5質量%以下であるのが好ましい。
(d)粉砕工程
仮焼体は、振動ミル、ローラーミル、ハンマーミル、ジェットミル、ボールミル、アトライター等によって粉砕し、仮焼体粉末とする。仮焼体粉末の平均粒度は0.4〜0.8μm程度(空気透過法)にするのが好ましい。粉砕工程は、乾式粉砕及び湿式粉砕のいずれもよいが、双方を組み合わせて行うのが好ましい。
湿式粉砕は、分散媒として水及び/又は非水系溶剤(アセトン、エタノール、キシレン等の有機溶剤)を用いて行う。湿式粉砕により、分散媒と仮焼体粉末とが混合されたスラリーが生成される。スラリーには公知の分散剤及び/又は界面活性剤を固形分比率で0.2〜2質量%を添加するのが好ましい。湿式粉砕後は、スラリーを濃縮及び混練するのが好ましい。
粉砕した仮焼体粉末には、焼成工程で発生するフェライト粒子の異常粒成長や成形工程での脱水性悪化や成形不良の原因となる0.1μm未満の超微粉が含まれるので、これらの超微粉を除去するために粉砕した仮焼体粉末に熱処理を施すのが好ましい。熱処理を施した粉末は再度粉砕するのが好ましい。このように、第一の粉砕工程と、前記第一の粉砕工程によって得られた粉末に熱処理を施す工程と、前記熱処理が施された粉末を再度粉砕する第二の粉砕工程とからなる粉砕工程(以下「熱処理再粉砕工程」という)を採用することにより本発明のフェライト化合物を焼結磁石に用いた場合、本フェライト焼結磁石のHcJを向上させることができる。
通常の粉砕工程においては0.1μm未満の超微粉が不可避的に生じ、その超微粉の存在によって焼成工程でフェライト粒子の異常粒成長が発生してHcJが低下したり、成形工程において脱水性が悪くなり、成形体に不良を生じたり、脱水に多くの時間がかかることによってプレスサイクルが低下したりする。第一の粉砕工程によって得られた超微粉を含む粉末に熱処理を施すと、比較的粒径の大きい粉末と超微粉との間で反応が起こり、超微粉の量を減少させることができる。そして、第二の粉砕工程によって粒度調整やネッキングの除去を行い、所定粒度の粉末を作製する。これによって、超微粉の量が少なく粒度分布に優れた粉末を得ることができ、焼成工程でのフェライト粒子の異常粒成長を抑制できることで本発明のフェライト化合物を焼結磁石に用いた場合、本フェライト焼結磁石のHcJを向上させることができるとともに、成形工程における上記の問題を解決することができる。
熱処理再粉砕工程によるHcJの向上効果を利用すると、第二の粉砕工程による粉末の粒径を比較的大きく設定しても(例えば平均粒度0.8〜1.0μm(空気透過法)程度)、通常の粉砕工程によって得られる粉末(平均粒度0.4〜0.8μm(空気透過法)程度)を用いた場合と同等のHcJが得られる。従って、第二の粉砕工程の時間短縮が図れるとともに、さらなる脱水性の向上、プレスサイクルの向上を図ることができる。
このように、熱処理再粉砕工程によれば、種々の利点は得られるものの、製造工程の増加に伴うコストアップは避けることができない。しかしながら、熱処理再粉砕工程を採用した場合に得られる前記の改良効果は、熱処理再粉砕工程を採用しない場合に比べ非常に大きいので、前記コストアップを相殺することができる。従って、本発明において、熱処理再粉砕工程は実用的にも有意義な工程である。
第一の粉砕は、前述した通常の粉砕と同様であり、振動ミル、ローラーミル、ハンマーミル、ジェットミル、ボールミル、アトライター等を用いて行う。粉砕後の粉末の平均粒度は0.4〜0.8μm程度(空気透過法)が好ましい。粉砕工程は、乾式粉砕及び湿式粉砕のいずれもよいが、双方を組み合わせて行うのが好ましい。
第一の粉砕工程後に行う熱処理は、600〜1200℃で行うのが好ましく、800〜1100℃で行うのがより好ましい。熱処理の時間は特に限定しないが、1秒〜100時間が好ましく、1〜10時間程度がより好ましい。
熱処理工程後に行う第二の粉砕は、第一の粉砕と同様に、振動ミル、ローラーミル、ハンマーミル、ジェットミル、ボールミル、アトライター等を用いて行う。第一の粉砕工程においてすでに所望の粒径はほとんど得られているので、第二の粉砕工程においては、主として粒度調整やネッキングの除去を行う。従って、第一の粉砕工程よりも粉砕時間の短縮等により粉砕条件を軽減するのが好ましい。第一の粉砕工程と同程度の条件で粉砕を行うと再度超微粉が生成されるため好ましくない。
第二の粉砕後の粉末の平均粒度は、通常の粉砕工程によって得られる本フェライト焼結磁石よりも高いHcJを得たい場合は、通常の粉砕工程と同様に0.4〜0.8μm程度(空気透過法)にするのが好ましく、粉砕工程の時間短縮、さらなる脱水性の向上、プレスサイクルの向上等の利点を活用したい場合は、0.8〜1.2μm、好ましくは0.8〜1.0μm程度(空気透過法)にするのが好ましい。
(e)成形工程
本発明のフェライト化合物を焼結磁石に用いる場合には、粉砕工程後のスラリーを、分散媒を除去しながら磁界中又は無磁界中でプレス成形する。特に、磁界中でプレス成形することにより、粉末粒子の結晶方位を整列(配向)させることができ、フェライト焼結磁石の磁石特性を飛躍的に向上させることができる。さらに、配向を向上させるために、分散剤及び潤滑剤をそれぞれ0.01〜1質量%添加しても良い。また成形前にスラリーを必要に応じて濃縮してもよい。濃縮は自然沈降のほか、遠心分離、フィルタープレス等により行うのが好ましい。
(f)焼成工程
粉砕工程で得られた仮焼体粉末、または成形工程で得られた成形体は、必要に応じて脱脂した後、焼成(焼結)する。これによって焼成体(焼結磁石)を得る。焼成工程においては、1100℃〜焼成温度の温度範囲での昇温速度を1〜4℃/分とし、焼成温度〜1100℃の温度範囲での降温速度を6℃/分以上とする。これによって、M型マグネトプランバイト構造の単位胞中のダウンスピンサイトである4f1及び4f2サイトに存在するCoの量が、アップスピンサイトである2a、4e及び12kサイトに存在するCoの量よりも多いフェライト化合物を製造することができる。
昇温速度は1℃/分未満、例えば0.5℃/分でも本発明のフェライト化合物を得ることが可能であるが、昇温速度があまり遅くなり過ぎると、生産サイクルが長くなるとともに生産コストの増加を招くため好ましくない。従って、昇温速度は1〜4℃/分が好ましい。より好ましい昇温速度は1〜2℃/分である。また、降温速度は6℃/分以上であれば上限は特に規定しないが、速く降温させるには、焼成炉に冷却設備や送風設備が必要となるので、生産コストの増加を招く恐れがある。これらの点を考慮すると、降温速度の上限は10℃/分程度が好ましい。
昇温速度を1〜4℃/分にする温度範囲は1100℃〜焼成温度である。1100℃以上の温度域で昇温速度が一時的にでも4℃/分を超えると、本発明のフェライト化合物が得られなくなる可能性がある。なお、1100℃〜焼成温度の温度範囲での昇温速度が1〜4℃/分になっていれば、それ以外の温度での昇温速度は特に限定されない。1100℃〜焼成温度の温度範囲での昇温速度を1〜4℃/分にするには、1100℃よりも低い温度、例えば800℃以上1100℃未満の温度域においても昇温速度を1〜4℃/分にしておくことが好ましい。
降温速度を6℃/分以上にする温度範囲は焼成温度〜1100℃である。1100℃以上の温度域で降温速度が一時的にでも6℃/分未満となると、本発明のフェライト化合物が得られなくなる可能性がある。なお、焼成温度〜1100℃の温度範囲での降温速度が6℃/分以上になっていれば、それ以外の温度での降温速度は特に限定されない。
焼成は、電気炉、ガス炉等を用いて行う。焼成は、酸素濃度が10%以上の雰囲気中で行うのが好ましい。酸素濃度が10%未満であると、異常粒成長や異相の生成を起こす可能性があり、焼結磁石、ボンド磁石、磁気記録媒体等へ用いることが難くなる。酸素濃度は、より好ましくは20%以上であり、最も好ましくは100%である。焼成温度は、1150〜1250℃が好ましい。焼成時間は、0.5〜2時間が好ましい。焼成工程によって得られる焼成体(焼結磁石)の平均結晶粒径は約0.5〜2μmである。
前記焼成工程によって得られた焼成体は必要に応じて粉砕(解砕)することで、本発明のフェライト化合物で構成される結晶相を主として含有する粉末が得られ、ボンド磁石、磁気記録媒体等に用いることでこれらの性能を向上させることができる。また、前記成形工程を行った後、前記焼成工程によって得られた焼結磁石はそのままの状態でフェライト焼結磁石として使用することができる。すなわち、当該フェライト焼結磁石は、本発明のフェライト化合物で構成される結晶(六方晶のM型マグネトプランバイト構造を有するフェライト相)を主相とする。
本発明のフェライト化合物の製造方法における特徴は、焼成(焼結)工程において、1100℃〜焼成温度までの昇温速度を遅くし(1〜4℃/分)、焼成後の焼成温度〜1100℃までの降温速度を昇温速度よりも速くする(6℃/分以上)点にある。これにより、M型マグネトプランバイト構造の単位胞中のダウンスピンサイトである4f1及び4f2サイトに存在するCoの量が、アップスピンサイトである2a、4e及び12kサイトに存在するCoの量よりも多いフェライト化合物を得ることができ、そのフェライト化合物を主たる構成物とするフェライト焼結磁石において、高いBrと高いHk/HcJを維持したままHcJを向上させることができる。以下に本発明者らが推定する理由を述べるが、この理由は現時点で得られている知見から推定したものであり、本発明の技術的範囲を制限することを意図したものではない。
一般的なフェライト焼結磁石の焼成プロセスは液相焼結に分類される。前記の本発明によるフェライト化合物の製造方法において、焼結助剤としてSiO2及びCaCO3を添加した場合はその焼結助剤が焼成時に液相成分の一部となり、焼結助剤を添加しない場合は主相の一部が焼成時に液相を形成する。これらの液相は、焼成後に、二つの主相の間に存在する第一の粒界相と、三つ以上の主相の間に存在する第二の粒界相となる。
本発明のフェライト化合物の製造方法では、1100℃〜焼成温度の温度範囲での昇温速度を1〜4℃/分として、その温度域をゆっくりと通過させることにより、液相への固相の溶解と析出を促進させることができるとともに、M型マグネトプランバイト構造の結晶内で各原子がより結晶構造を安定させる位置に移動する。この時、Coが占有するサイトが最適化され、その結果、M型マグネトプランバイト構造の単位胞中のダウンスピンサイトである4f1及び4f2サイトに存在するCoの量が、アップスピンサイトである2a、4e及び12kサイトに存在するCoの量よりも多くなると考えられる。
ただし、焼成後の降温時に、昇温時と同じように1100℃から焼成温度までの温度域をゆっくりと通過させると、再び液相への固相の溶解と析出、並びにM型マグネトプランバイト構造の結晶内での原子の移動が起こり、安定化された結晶構造がくずれることとなる。そこで、焼成温度〜1100℃の温度範囲での降温速度を6℃/分以上としてその温度域を早く通過させることにより、昇温時に形成された安定な結晶構造をそのまま保持することができると考えられる。
焼成工程における液相への固相の溶解と析出、並びにM型マグネトプランバイト構造の結晶内での原子の移動は、CaLaCoフェライトだけでなく、SrLaCoフェライトでも起こっているものと考えられる。しかし、CaLaCoフェライトとSrLaCoフェライトとは、以下の点で大きく相違する。
前記の通り、CaLaCoフェライトでは、焼結助剤としてSiO2及びCaCO3を添加した場合はその焼結助剤が焼成時に液相を形成し、焼結助剤を添加しない場合は主相の一部が焼成時に液相を形成する。つまり、主相と液相の双方にCaが含有されている。そして、焼成工程において、前記の液相への固相の溶解と析出が起こる際に、主相に含有されるCaと液相に含有されるCaとが相互に移動していると考えられる。すなわち、主相と液相間のCaの相互移動により液相への固相の溶解と析出が促進され、この時、Coが占有するサイトが最適化される。その結果、M型マグネトプランバイト構造の単位胞中のダウンスピンサイトである4f1及び4f2サイトに存在するCoの量が、アップスピンサイトである2a、4e及び12kサイトに存在するCoの量よりも多くなると考えられる。
一方、SrLaCoフェライトでは、基本的に主相にCaは含有されない。従って、焼成時、焼結助剤として添加したSiO2やCaCO3が主として液相を形成することとなり、CaLaCoフェライトと違って焼結助剤を添加しない場合には、1200℃近傍の好ましい焼成温度範囲では液相をほとんど形成しない。発明者らが、SrLaCoフェライト焼結磁石(焼結助剤として1.2質量%のSiO2及びCaO換算で1.5質量%のCaCO3を添加)において、任意の三つの粒界相の組成を、走査透過型電子顕微鏡(STEM)とエネルギー分散X線分光(EDS)機能を装備したFE-TEMにより点分析したところ、表1に示す結果が得られた。なお、含有量の単位は全て原子%である。
表1に示す通り、SrLaCoフェライト焼結磁石の粒界相には、焼結助剤として添加したSi、Ca以外に、Sr、La、Feが含まれている。この結果より、SrLaCoフェライトでは、前記の液相への固相の溶解と析出が起こる際に、主相が溶解し、主相成分が液相へ移動していると考えられる。
六方晶のM型マグネトプランバイト構造を有する結晶構造の安定性は、Srフェライト>SrLaCoフェライト>CaLaCoフェライト、であることが分かっている。前記の通り、CaLaCoフェライトにおいて、主相に含有されるCaと液相に含有されるCaとが相互に移動していると考えられるのは、CaLaCoフェライトの結晶構造が、SrフェライトやSrLaCoフェライトに比べ不安定であることも一つの要因である。従って、結晶構造が安定しているSrLaCoフェライトにおいては、主相が溶解し、主相成分が液相へ移動することはあっても、液相成分が主相へ移動することはないと考えられる。つまり、安定なSrLaCoフェライト相がCaを取り込んで不安定な状態になろうとすることはあり得ないと考えられる。従って、SrLaCoフェライトでは、前記液相への固相の溶解と析出が起こる際に主相と液相間の相互移動はなく、主相成分のSrやLaが液相へ一方的に移動しているものと考えられる。主相成分のSrやLaが液相へ溶解すること、すなわち主相外殻からSrやLaが溶出し、結晶磁気異方性の低いスピネル構造が残ることで、主相界面近傍の結晶磁気異方性が低下する要因になるものと考えられる。
本発明のフェライト化合物においても、前記製造過程において、フェライト化合物の成分が粒界相(液相)へ移動している。しかし、前記の通り、CaLaCoフェライトでは、フェライト化合物と液相の双方にCaが含有されており、フェライト化合物と液相間のCaの相互移動により液相への固相の溶解と析出が促進され、この時にCoが占有するサイトが最適化される。
このように、CaLaCoフェライトとSrLaCoフェライトでは、液相への固相の溶解と析出が起こる際に異なる現象が起こっていると考えられる。従って、SrLaCoフェライトでは、本発明のフェライト化合物のように、M型マグネトプランバイト構造の単位胞中のダウンスピンサイトである4f1及び4f2サイトに存在するCoの量が、アップスピンサイトである2a、4e及び12kサイトに存在するCoの量よりも多いような結晶構造にはならないと考えられ、このような結晶構造は、主成分としてCaを一定以上含有するCaLaCoフェライトに特有か、又はCaLaCoフェライトにおいて顕著に現われるものと考えられる。
本発明のフェライト化合物をフェライト焼結磁石の主たる構成物とした場合の実施例を以下に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
実施例1
金属元素の原子比率を表す組成式:Ca1-x-yLaxAyFe2n-v-wCov+wにおいて、1-x-y=0.5、x=0.5、y=0、y/(1-x)=0、v+w=0.3及びn=5.2になるようにCaCO3粉末、La(OH)3粉末、Fe2O3粉末及びCo3O4粉末を配合してなる原料粉末を準備し、湿式ボールミルで4時間混合し、乾燥して整粒した。次いで、大気中において1300℃で3時間仮焼し、得られた仮焼体をハンマーミルで粗粉砕して粗粉砕粉を得た。
前記粗粉砕粉100質量%に対して、表2に示すSiO2及びCaCO3(CaO換算値)を添加し、水を分散媒とした湿式ボールミルで、空気透過法による平均粒度が0.55μmになるまで微粉砕した。得られた微粉砕スラリーを分散媒を除去しながら加圧方向と磁界方向とが平行になるように約1.3 Tの磁界をかけながら約50 MPaの圧力で成形し、複数個の円柱状の成形体(軸方向が磁界方向)を得た。
得られた成形体を焼成炉内に装入し、大気中で表2に示す昇温速度及び降温速度で焼成しフェライト焼結磁石(試料No.1〜26)を得た。表2に記載した昇温速度及び降温速度は、それぞれ1100℃から1210℃(焼成温度)までの昇温速度、及び1210℃(焼成温度)から1100℃までの降温速度を示したものであり、焼成は1210℃(焼成温度)で1時間保持して行った。また室温から1100℃までの昇温は7.5℃/分で行い、1100℃から室温までの冷却は、焼成炉の電源を切り焼成炉の扉を解放することにより行った。
注1:1100℃から1210℃(焼成温度)までの昇温速度
注2:1210℃(焼成温度)から1100℃までの降温速度
注3:昇温速度が1〜4℃/分、及び降温速度が6℃/分以上の条件を満たすものを○、それ以外のものを×とした。
試料No.1〜8のフェライト焼結磁石のBrとHcJの測定結果を図1に、Hk/HcJの測定結果を図2に示す。図1において、黒丸のプロットがBrの値を示し、黒三角のプロットがHcJの値を示す。なお、Hk/HcJにおいて、Hkは、J(磁化の大きさ)−H(磁界の強さ)曲線の第2象限において、Jが0.95 Jrの値になる位置のHの値(以下同様)である。
試料No.9〜18のフェライト焼結磁石のBrとHcJの測定結果を図3に、Hk/HcJの測定結果を図4に示す。図3において、実線がBrの値を示し、点線がHcJの値を示す。図3及び図4において、黒丸のプロットが昇温速度1℃/分である試料(No.9〜13)、黒三角のプロットが昇温速度4℃/分である試料(No.14〜18)を示す。
試料No.19〜26のフェライト焼結磁石のBrとHcJの測定結果を図5に、Hk/HcJの測定結果を図6に示す。図5において、黒丸のプロットがBrの値を示し、黒三角のプロットがHcJの値を示す。
図1及び図2に示すように、0.6質量%のSiO2及びCaO換算で0.7質量%のCaCO3を添加した試料(No.1〜8)では、昇温速度を1〜4℃/分の範囲としたときに、Br及びHk/HcJが若干低下するものの、HcJが顕著に向上しており、Hk/HcJは85%以上を維持していた。
図3及び図4に示すように、0.6質量%のSiO2及びCaO換算で0.7質量%のCaCO3を添加し、昇温速度が1℃/分である試料(No.9〜13)及び昇温速度が4℃/分である試料(No.14〜18)は、降温速度を6℃/分以上としたときに、Brが若干向上し、HcJは顕著に向上していた。また、Hk/HcJは85%以上を維持していた。Br及びHk/HcJは昇温速度が1℃/分の試料(No.9〜13)の方が、昇温速度が4℃/分の試料(No.9〜13)よりも全体的に若干高かった。
図5及び図6に示すように、1.2質量%のSiO2及びCaO換算で1.5質量%のCaCO3を添加した試料(No.19〜26)では、昇温速度を1℃/分から4℃/分の範囲としたときに、Brの低下はほとんど見られず、HcJは顕著に向上しており、500 kA/m(約6.3 kOe)を超えるこれまでにない極めて高い値が得られていた。Hk/HcJは85%を若干下回るが、高い値を維持していた。
次に、試料No.3、6、8、9及び13を粉砕して焼結体粉砕粉を得た。得られた焼結体粉砕粉を内径15 mmのバナジウム製の円筒に充填し、日本原子力研究開発機構(JAEA)のJRR-3にある高分解能粉末中性子回折装置(HRPD)を用いて、室温で粉末中性子回折測定を行った。得られた回折プロファイルをRIETAN-FP を用いてリートベルト解析し、六方晶のM型マグネトプランバイト構造(以下「M型」という)の単位胞中のFeサイト(2a、4e、4f1、4f2及び12kサイト)におけるCoの存在比率を求めた。
また、同焼結体粉砕粉を窒化ホウ素粉末と混合してペレット状にし、SPring-8のBL14B及び高エネルギー加速器研究所(KEK)のPhoton FactoryのBL9Aで広域エックス線吸収微細構造(EXAFS)測定を行った。得られたX線吸収スペクトルをIFEFFITを用いて前記のリートベルト解析結果と相補的に解析し、M型構造中の単位胞中のFeサイトにおけるCoの存在比率として最も確からしい結晶構造モデルを決定した。
試料No.3、6、8、9及び13のM型構造中の単位胞中のFeサイトにおけるCoの存在比率の解析結果を表3に示す。表3において、vはアップスピンサイトである2a、4e及び12kサイトに存在するCoの合計量を示し、wはダウンスピンサイトである4f1及び4f2サイトに存在するCoの合計量を示す。
表3に示すように、昇温速度が1〜4℃/分であり、かつ降温速度を6℃/分以上である試料No.3、6及び13(本発明例)ではw>vとなっている。一方、降温速度は6℃/分だが昇温速度が6.67℃/分である試料No.8(比較例)、及び昇温速度は1℃/分だが降温速度が1℃/分である試料No.9(比較例)ではw<vとなっていることが分かる。
以上の通り、本発明のフェライト化合物を主たる構成物としたフェライト焼結磁石は、高いBrと高いHk/HcJを維持したままHcJを向上させることができるため、薄型化にも十分対応できる。
実施例2
金属元素の原子比率を表す組成式:Ca1-x-yLaxAyFe2n-v-wCov+wにおいて、n=5.3とし、A元素(y)としてBaを表4に示すように配合し、粗粉砕粉100質量%に対して、0.6質量%のSiO2及びCaO換算で0.7質量%のCaCO3を添加し、焼成温度を1200℃とし、表4に示す昇温速度、及び降温速度とした以外は実施例1と同様にして試料No.27〜31のフェライト焼結磁石を得た。なおBa原料としてはBaCO3粉末を使用した。得られたフェライト焼結磁石のBr、HcJ及びHk/HcJの測定結果を表5に示す。また、試料No.27〜31のうち試料No.29、30及び31について、実施例1と同様にM型構造中の単位胞中のFeサイトにおけるCoの存在比率を求めた。その結果を表6に示す。表6において、vはアップスピンサイトである2a、4e及び12kサイトに存在するCoの合計量を示し、wはダウンスピンサイトである4f1及び4f2サイトに存在するCoの合計量を示す。
表5から明らかなように、昇温速度が1℃/分から4℃/分であり、かつ降温速度を6℃/分以上である試料No.27〜29(本発明例)のフェライト焼結磁石は、A元素を含有する場合においても高いBrと高いHcJ及び高いHk/HcJを有しており、表6から明らかなように、試料No.29ではw>vとなっていることが分かる。一方、表5及び表6から明らかなように、昇温速度は1℃/分だが降温速度が1℃/分である試料No.30(比較例)、及び降温速度は6℃/分だが昇温速度が6.67℃/分である試料No.31(比較例)ではw<vとなり、HcJや Hk/HcJが低いことが分かる。
実施例3
金属元素の原子比率を表す組成式:Ca1-x-yLaxAyFe2n-v-wCov+wにおいて、元素AをSrとし、1-x-y、x、y、y/(1-x)、v+w、及びnを表7に示したように配合し、焼成温度を1200℃とし、表7に示す昇温速度、降温速度とした以外は実施例1と同様にして試料No.32〜36のフェライト焼結磁石を得た。なおSr原料としてはSrCO3を使用した。得られたフェライト焼結磁石のBr、HcJ及びHk/HcJの測定結果を表8に示す。また、試料No.32〜36のうち試料No.32、35及び36について、実施例1と同様にM型構造中の単位胞中のFeサイトにおけるCoの存在比率を求めた。その結果を表9に示す。表9において、vはアップスピンサイトである2a、4e及び12kサイトに存在するCoの合計量を示し、wはダウンスピンサイトである4f1及び4f2サイトに存在するCoの合計量を示す。
表8及び表9から明らかなように、昇温速度が1℃/分から4℃/分かつ降温速度を6℃/分以上であり、y/(1-x)が0.56未満である試料No.32(本発明例)のフェライト焼結磁石はw>vとなり、高いBrと高いHcJ及び高いHk/HcJを示していることが分かる。一方、表8から明らかなように、y/(1-x)が0.56未満ではあるが、昇温速度は1℃/分だが降温速度が1℃/分である試料No.33(比較例)、降温速度は6℃/分だが昇温速度が6.67℃/分である試料No.34(比較例)、昇温速度が1℃/分から4℃/分かつ降温速度を6℃/分以上であってもy=0.4であるとともにy/(1-x)=0.672である試料No.35(比較例)、及び昇温速度が1℃/分から4℃/分かつ降温速度を6℃/分以上であっても1-x-y=0、y=0.8であるとともにy/(1-x)=1.000である試料No.36(比較例)ではHcJや Hk/HcJが低く、表9から明らかなように、試料No.35及び試料No.36ではw<vとなっていることが分かる。
実施例4
金属元素の原子比率を表す組成式:Ca1-x-yLaxAyFe2n-v-wCov+wにおいて、元素AをSrとし、1-x-y、x、y、y/(1-x)、v+w及びnを表10に示したように配合してなる原料粉末を仮焼した仮焼体を実施例1と同様にして粗粉砕及び微粉砕した。得られた微粉砕スラリーを150℃で8時間乾燥し、目開き100μmのメッシュを通して得られた微粉砕粉を、表10に示す昇温速度及び降温速度で、焼成温度を1200℃とした以外は実施例1と同様に焼成した。得られた焼成体をメノウ乳鉢で解砕して試料No.37〜39のフェライト焼成体粉末(フェライト化合物)を得た。なおSr原料としてはSrCO3を使用した。
得られたフェライト焼成体粉末(フェライト化合物)の飽和磁化σs及びHAの測定結果を表11に示す。また、実施例1と同様に求めた試料No.37、38及び39のM型構造中の単位胞中のFeサイトにおけるCoの存在比率を表12に示す。表12において、vはアップスピンサイトである2a、4e及び12kサイトに存在するCoの合計量を示し、wはダウンスピンサイトである4f1及び4f2サイトに存在するCoの合計量を示す。
表11及び表12から明らかなように、昇温速度が1℃/分で降温速度が6℃/分である試料No.37のフェライト焼成体粉末(本発明のフェライト化合物)はw>vとなり、高いσs及び高いHAを示していた。一方、降温速度は6℃/分だが昇温速度が6.67℃/分である試料No.38(比較例)、昇温速度が1℃/分かつ降温速度が6℃/分であっても1-x-y=0、y=0.8であるとともにy/(1-x)=1.0である試料No.39(比較例)ではw<vであり、σs及びHAが低いことが分かる。