ところで、図14に示すように、タイヤ(空気が封入されたタイヤ)の特性において、前後力(制動力)Fxと横力Fyとは、トレードオフの関係にある。図14において、特性Ch1〜4は、車輪の舵角(従って、スリップ角α)を異なる値でそれぞれ一定に維持しながら、制動トルクを「0」から増大させて前後スリップ(スリップ率Sp)を0%から100%まで増大させた場合における、Fx−Fy特性をそれぞれ示している。特性Ch1はスリップ角αが相対的に小さい場合、特性Ch4はスリップ角αが相対的に大きい場合を示している。
例えば、特性Ch3においては、スリップ角αを或る値で一定に維持しながら、スリップ率Spを徐々に増大させると、FxとFyとの関係は、Sp=0%に対応する点Aから、点Bを経て、Fxが最大となる点Cを通過し、タイヤのロック状態(Sp=100%)に対応する点Dに到る特性となる。なお、タイヤ(車輪)の摩擦円は、タイヤが発生し得る力の領域を表したものであり、図14では破線で表されている。
このように、Fx−Fy特性では、スリップ率Spの増大過程において、先ず、「Fxの増加に対するFyの減少量が小さい領域」(例えば、特性Ch3では、点Aから点B近傍まで)が発生し、その後、「Fxの増加に対するFyの減少量が大きい領域」(例えば、特性Ch3では、点B近傍から点Dまで)が発生する。
ここで、タイヤの状態が「Fxの増加に対するFyの減少量が小さい領域」にある場合、横力Fy(即ち、遠心力と釣り合う力)の低下量がまだ小さいから、車両の旋回半径の増大が抑制され得る。一方、タイヤの状態が「Fxの増加に対するFyの減少量が大きい領域」にある場合、横力Fyが既に相当程度低下しているから、車両の旋回半径が増大し易いという問題が発生し得る。
本発明は、係る問題に対処するためになされたものであり、その目的は、車両の車輪の制動力を制御することで車両の走行安定性を維持する車両の運動制御装置において、車輪の横力を考慮して、横力の不足に起因する車両の旋回半径の増大を抑制し得るものを提供することにある。
本発明に係る車両の運動制御装置は、車両の車輪の制動力を制御することで前記車両の走行安定性を維持する制御手段(A2,A3,A9,A10,A11,A12,A13,A14,A15,A16,A17,B2,B3,B4,B10,B11)を備える。制御手段では、例えば、上述の車両安定化制御、スリップ抑制制御が実行され、制動力(制動トルク)そのもの、制動液圧、前後スリップ(スリップ率)等が制御される。
本発明に係る運動制御装置の特徴は、前記車両が走行する路面の摩擦係数(μ)を取得する摩擦係数取得手段(A4,B5)と、前記路面摩擦係数(μ)に基づいて、前記車輪(WH**)に作用する横力の規範値(Fyk**,Fyk#)を演算する横力規範値演算手段(A7,B8)と、前記車輪(WH**)に作用する横力の実際値(Fya**,Fya#)を取得する横力実際値取得手段(A8,B9)とを備え、且つ、前記制御手段が、前記横力規範値(Fyk**,Fyk#)と前記横力実際値(Fya**,Fya#)との比較結果(ΔFy**,ΔFy#等)に基づいて、前記車輪(WH**)の制動力を制御する(A9,A10,A11,A12,A13,A14,A15,A16,A17,B10,B11)ように構成された点にある。前記横力規範値は、前記路面摩擦係数に加えて、車輪に作用する垂直荷重(Fz**,Fz#)、車輪のスリップ角(α**,α#)にも基づいて演算され得る。
ここにおいて、前記横力規範値は、上述した「Fxの増加に対するFyの減少量が小さい領域」内の値であり、車両の旋回半径の増大を抑制するために車輪において確保すべき横力ということもできる。上述の図14における特性Ch3に対応する場合、横力規範値は、例えば、点B近傍に対応する横力に演算され得る(後述する図3の値Fykを参照)。
上述した図14に示すように、Fx−Fy特性は、タイヤの摩擦円(図14では、破線で示す)の半径の大きさ、及び、車輪スリップ角に応じて変化する。タイヤの摩擦円の半径は、路面摩擦係数×垂直荷重で表される。以上より、横力規範値(即ち、例えば、図14における点B近傍に対応する横力の値)は、路面摩擦係数、垂直荷重、及び車輪スリップ角に基づいて演算され得る。
ここで、上述の車両安定化制御、スリップ抑制制御等が実行される状況では、通常、車輪スリップ角が十分に大きい値となり、車輪スリップ角の増加に対して横力が飽和している場合が多い。従って、前記横力規範値の演算にあたり、車輪スリップ角は、例えば、図14に示す特性Ch4に対応する十分大きい値であると考えることができる。この場合、横力規範値は、摩擦円の半径に所定の係数(例えば、0.7〜0.8等)を乗じた値に決定され得る。
他方、上述の車両安定化制御、スリップ抑制制御等が実行される状況において、上述した「横力低下による旋回半径増大の問題」が顕著になるのは、特に、路面摩擦係数が小さい場合である。この場合、車両の荷重移動が発生し難い。従って、横力規範値の演算にあたり、垂直荷重は、静的な垂直荷重(既知の値)と等しい値であると考えることができる。
以上より、路面摩擦係数が取得できれば、摩擦円の半径が演算でき、この結果、横力規範値が演算され得る(例えば、横力規範値=摩擦円の半径×係数(0.7〜0.8))。即ち、横力規範値は、少なくとも路面摩擦係数に基づいて演算され得る。
上記構成によれば、横力規範値と横力実際値との比較結果に基づいて、(上述の車両安定化制御、スリップ抑制制御等に基づいて制御される)車輪の制動力が調整される。具体的には、例えば、横力実際値が横力規範値よりも小さいときに、制動力が小さくされる。
図14に示したFx−Fy特性から理解できるように、車輪に付与される制動力(制動トルク)を小さくすれば、スリップ率が低下して横力実際値が増大する。従って、例えば、横力実際値が横力規範値よりも小さいときに、車輪に付与される制動力(制動トルク)を小さくすれば、横力実際値が増大して横力規範値に近づく(或いは、横力実際値が横力規範値を超える)。即ち、車両の旋回半径の増大を抑制するために車輪において確保すべき横力が確保され得る。
以上より、上記構成によれば、上述の車両安定化制御、スリップ抑制制御等が実行される場合において、車輪の横力を考慮して、横力の不足に起因する車両の旋回半径の増大を抑制することができる。なお、横力実際値が横力規範値よりも大きい場合は、車輪に付与される制動力(制動トルク)が小さい(従って、スリップ率が小さい)場合である。この場合は、車両の旋回半径の増大を抑制するために車輪において確保すべき横力が既に確保されている。
前記制御手段が上述の車両安定化制御を実行する場合、上記本発明に係る運動制御装置は、車両の運動状態量(Yr,Gy等)を取得する運動状態量取得手段(A1)を備え、前記制御手段(A2,A3,A9,A10,A11,A12,A13,A14,A15,A16,A17)は、前記運動状態量(Yr,Gy等)に基づいて前記制動力(制動トルク)を制御するように構成される。
この場合、前記横力実際値取得手段(A8)は、前記制動力の実際値(Fxa**)を取得する制動力実際値取得手段(A8b)を備えるとともに、前記車両の運動状態量(Yr,Gy等)及び前記制動力実際値(Fxa**)に基づいて、前記横力実際値(Fya**,Fya#)を演算するように構成されることが好適である。
これによれば、横力を直接検出する手段を用いることなく、上述の車両安定化制御の実行に必要となる検出手段等を利用することで、横力実際値(Fya**,Fya#)を推定することができる。
前記制御手段が上述のスリップ抑制制御を実行する場合、上記本発明に係る運動制御装置は、車両の車輪の車輪速度(Vw**)を取得する車輪速度取得手段(WS**,B1)を備え、前記制御手段(B2,B3,B4,B10,B11)は、前記車輪速度(Vw**)に基づいて前記制動力を制御することで前記車輪の前後スリップを抑制するように構成される。
この場合、前記横力実際値取得手段(B9)は、車両の運動状態量(Yr,Gy)を取得する車両挙動取得手段(A8a)を備えるとともに、前記車両の運動状態量(Yr,Gy)に基づいて前記横力実際値(Fya**,Fya#)を演算するように構成されることが好適である。
これによれば、横力を直接検出する手段を用いることなく、上述のスリップ抑制制御の実行に必要となる検出手段等を利用することで、横力実際値(Fya**,Fya#)を推定することができる。
また、上記本発明に係る運動制御装置においては、前記路面摩擦係数(μ)に基づいて、前記車輪の制動力に相当する値の規範値(Fxk**,Spk**,Pwk**)を演算する制動力規範値演算手段(A11,A14)と、前記比較結果(ΔFy**,ΔFy#等)に基づいて、前記横力規範値と前記横力実際値との偏差がゼロに近づくように前記制動力相当値の規範値(Fxk**,Spk**,Pwk**)を調整する調整手段(A12,A15)とを備え、且つ、前記制御手段は、前記調整された後の前記制動力相当値の規範値(Fxl**,Spl**,Pwl**)に基づいて、前記車輪の制動力を制御するように構成されることもできる。ここにおいて、前記制動力相当値は、例えば、制動力(制動トルク)そのもの、制動液圧、前後スリップ(スリップ率)等である。
ここにおいて、前記制動力相当値の規範値は、図14に示したFx−Fy特性において、前記横力規範値に対応する制動力(に相当する値)であり、車両の旋回半径の増大を抑制するために車輪において確保すべき横力を発生させるために付与されるべき制動力(に相当する値)ということもできる。上述の図14における特性Ch3に対応する場合、制動力の規範値は、例えば、点B近傍に対応する制動力に演算され得る(後述する図3の値Fxl**を参照)。
従って、横力規範値の場合と同様の考え方により、制動力相当値の規範値は、路面摩擦係数、垂直荷重、及び車輪スリップ角に基づいて演算され得、或いは、少なくとも路面摩擦係数に基づいて演算され得る。また、制動力相当値の規範値は、摩擦円の半径、及び横力規範値(及び、摩擦円を表す円の方程式)に基づいて演算され得る。
上記構成によれば、横力規範値と横力実際値との比較結果に基づいて、横力規範値と横力実際値との偏差がゼロに近づくように制動力相当値の規範値が調整される。具体的には、横力実際値が横力規範値よりも大きい(小さい)場合、制動力相当値の規範値が大きく(小さく)される。このように制動力相当値の規範値が調整されることで、制動力相当値の規範値が、横力実際値を横力規範値に一致させるために付与されるべき制動力(に相当する値)に調整され得る。以下、このように調整された値を「調整後規範値」と称呼する。
そして、この「調整後規範値」に基づいて、制動力が制御される。具体的には、例えば、制動力は、「調整後規範値」と、前記運動状態量又は前記車輪速度(即ち、車両安定化制御又はスリップ抑制制御)に基づいて設定される制動力のうちで小さい方に調整される。換言すれば、制動力が、「調整後規範値」を超えないように演算される。
これにより、制動力(に相当する値)が「調整後規範値」を超えることにより横力実際値が横力規範値を下回ることが抑制され得る。これによっても、車両の旋回半径の増大を抑制するために車輪において確保すべき横力が確保され得る。
以下、本発明による車両の運動制御装置の各実施形態について図面を参照しつつ説明する。なお、各種記号等の末尾に付された添字「**」は、各種記号等が4輪のうちの何れかに関するものであることを示し、「fl」は左前輪、「fr」は右前輪、「rl」は左後輪、「rr」は右後輪を示す。添字「f*」は前輪のうちの何れかに関するものであること、添字「r*」は後輪のうちの何れかに関するものであること、添字「*i」は旋回内側車輪のうちの何れかに関するものであること、並びに、添字「*o」は旋回外側車輪のうちの何れかに関するものであることを示す。また、添字「#」は前後輪系統のうちの何れかに関するものであることを示し、「f」は前輪系統(前輪の車軸に関するもの)、「r」は後輪系統(後輪の車軸に関するもの)を示す。
(第1実施形態)
図1は、本発明の実施形態に係る運動制御装置(以下、「本装置」と称呼する。)を搭載した車両の概略構成を示している。本装置は、車輪速度Vw**を検出する車輪速度センサWS**と、ステアリングホイールSWの(中立位置からの)回転角度θswを検出するステアリングホイール回転角度センサSAと、運転者がステアリングホイールSWを操作する際のトルクTswを検出する操舵トルクセンサSTと、車体のヨーレイトYrを検出するヨーレイトセンサYRと、車体前後方向における前後加速度Gxを検出する前後加速度センサGXと、車体横方向における横加速度Gyを検出する横加速度センサGYと、ホイールシリンダWC**の制動圧力Pw**を検出するホイールシリンダ圧力センサPW**と、エンジンEGの回転速度Neを検出するエンジン回転速度センサNEと、加速操作部材APの操作量Asを検出する加速操作量センサASと、制動操作部材BPの操作量Bsを検出する制動操作量センサBSと、変速操作部材SFのシフト位置Hsを検出するシフト位置センサHSと、スロットル弁の開度Tsを検出するスロットル位置センサTSとを備えている。
また、本装置は、制動圧力を制御するブレーキアクチュエータBRKと、スロットル弁を駆動するスロットルアクチュエータTHと、燃料を噴射する燃料噴射アクチュエータFIと、変速を制御する自動変速機TMとを備えている。
加えて、本装置は、電子制御ユニットECUを備えている。電子制御ユニットECUは、互いに通信バスで接続された互いに独立した複数のECU(ECUb、ECUe、ECUs)から構成されたマイクロコンピュータである。ECUは、上述の各種アクチュエータ(BRK等)、及び上述の各種センサ(WS**等)と電気的に接続されている。ECU内の各ECU(ECUb等)は、専用の制御をそれぞれ実行するようになっている。
具体的には、ECUbは、車輪速度センサWS**、ヨーレイトセンサYR、横加速度センサGY等からの信号に基づいて、アンチスキッド制御(ABS制御)、制動力配分制御(EBD制御)、トラクション制御(TCS制御)等のスリップ抑制制御、並びに、車両のアンダステア、オーバステアを抑制する車両安定化制御(ESC制御)を実行する制駆動力制御ユニットである。ECUsは、操舵トルクセンサST等からの信号に基づいて、周知の電動パワーステアリング制御を実行するパワーステアリング制御ユニットである。ECUeは、加速操作量センサAS等からの信号に基づいて、スロットルアクチュエータTH、燃料噴射アクチュエータFI、及び自動変速機TMの変速比の制御を実行するパワートレイン系制御ユニットである。
ブレーキアクチュエータBRKは、複数の電磁弁、液圧ポンプ、電気モータ等を備えた周知の構成を有している。非制御時では、BRKは、運転者による制動操作部材BPの操作に応じた制動圧力を各車輪のホイールシリンダWC**にそれぞれ供給し、各車輪に対してBPの操作に応じた制動トルクをそれぞれ与える。アンチスキッド制御(ABS制御)、制動力配分制御(EBD制御)、トラクション制御(TCS制御)等のスリップ抑制制御、或いは、車両安定化制御(ESC制御)などの制動制御時では、BRKは、ブレーキペダルBPの操作とは独立してホイールシリンダWC**内の制動圧力を車輪毎に制御し、制動トルクを車輪毎に調整できるようになっている。なお、制動トルクの調整は、制動圧力によるものに限らず、電気ブレーキ装置を利用して行うことも可能である。
次に、機能ブロック図である図2を参照しながら、本装置による車両安定化制御(ESC制御)について説明する。車両安定化制御は、車両の運動状態量に基づいて車両の走行安定性を維持する(特に、車両の旋回状態を安定化する)制御である。ステア特性関連値演算手段A1では、車両のアンダステア特性やオーバステア特性等のステア特性に相当する値(ステア特性相当値)が、センサ、或いは通信バスを通して取得される。ステア特性相当値とは、ヨーレイトYr、横加速度Gy、ステアリングホイール回転角度θsw、及び車体スリップ角βのうちの少なくとも1つに基づいて演算される値である。このステア特性相当値が、前記「運動状態量」に対応する。
車両目標値演算手段A2では、ステア特性相当値に基づいて、車両を安定化するための車両全体についての目標値(車両目標値)が演算される。具体的には、車両を安定化するために車両に与えられるヨーモーメントの目標値(目標モーメントMq)、及び車両を安定化するための車両の減速度(目標減速度Gq)が演算される。
目標ヨーモーメントMqは、車両のヨーレイトに基づいて演算される値と、車体スリップ角に基づいて演算される値との関係に基づいて演算される。また、目標減速度Gqは、ヨーレイトの目標値と実際値との偏差ΔYrに基づいて演算される。これらの目標値Mq,Gqは、適切な車両のヨーイング挙動(ヨーレイト)を維持しながら、好適に車両を減速させる値に演算される。
車輪目標値演算手段A3では、車両目標値Mq,Gqを達成するための、各車輪についての目標値(車輪目標値)がそれぞれ演算される。ここで、車輪(空気が封入されたタイヤ)の非線形性を考慮するために、タイヤ特性モデルを利用することができる。車輪目標値は、各車輪に作用する前後力(制動力)Fxs**として演算される。
上述した「ステア特性相当値の演算」、「車両目標値の演算」、及び「車輪目標値の演算」は、車両安定化制御装置において通常用いられる上記以外の公知の演算手法を用いて行うことができる。
μ推定演算手段A4では、車両が走行する道路における車輪と路面との間の摩擦係数(路面摩擦係数)μが、スリップ角演算手段A5では、車輪のスリップ角α**が、垂直荷重演算手段A6では、車輪に作用する垂直荷重(接地荷重ともいう)Fz**が、通信バスを通して取得される情報に基づいてそれぞれ演算される。
路面摩擦係数μ、(車輪)スリップ角α**、及び垂直荷重Fz**は、公知の演算手法を用いて演算することができる。例えば、路面摩擦係数μは、旋回中の横加速度Gyに基づいて演算することができる。また、(車輪)スリップ角α**は、車体スリップ角β、及びヨーレイトYrに基づいて演算することができる。垂直荷重Fz**は、前後加速度Gx、及び横加速度Gyに基づいて演算することができる。
横力規範値演算手段A7では、路面摩擦係数μ、(車輪)スリップ角α**、及び垂直荷重Fz**に基づいて、車輪WH**(タイヤ)の横力の規範値(横力規範値)Fyk**が演算される。横力規範値Fyk**は、車輪WH**において旋回半径の増大を抑制するために確保すべき横力であり、例えば、図3に示すように、上述した「Fxの増加に対するFyの減少量が小さい領域」内の値に演算される。
タイヤに作用する力は、路面摩擦係数と垂直荷重とを乗じた値(=摩擦円の半径)に相関するため、横力規範値Fyk**は、値(μ・Fz**)(=摩擦円の半径)に基づいて設定される。また、横力は、スリップ角α**に相関するため、スリップ角α**が大きいほど、横力規範値Fyk**がより大きい値に設定される。
車両安定化制御(ESC制御)が作動する場合や横力が低下する場合は、車輪スリップ角が十分に大きい値となって横力が既にスリップ角の増加に対して飽和している状態である場合が多い。このため、横力規範値Fyk**の演算マップからスリップ角α**の情報を省略することができる。また、車両安定化制御が作動する場合や横力の低下が問題となる場合は、路面摩擦係数が小さい場合(雪や氷で覆われた路面の場合)である。この場合、垂直荷重の変化が少ない。このため、横力規範値Fyk**の演算マップから垂直荷重Fz**の情報を省略することができる。以上より、横力規範値Fyk**は、少なくとも路面摩擦係数μに基づいて演算され得る。
横力実際値演算手段A8では、車輪WH**の横力の実際値(横力実際値)Fya**が、通信バスを通して取得される情報に基づいて演算される。例えば、特開2006−300086号公報に記載されているように、荷重測定装置が備えられた転がり軸受けユニットを用いて横力実際値を検出することができる。また、特開2007−331659号公報に記載されているように、横センサ付きタイヤを用いて横力実際値を推定することができる。更に、特開2007−223390号公報に記載されているように、車両の運動状態量に基づいて横力和の実際値Fya#を演算することができる。なお、特開2007−223390号公報には、車輪毎の横力実際値Fya**を推定する手法については記載されていない。車輪毎の横力実際値Fya**を推定する手法については、後述する。
そして、横力規範値Fyk**と横力実際値Fya**とが比較される。具体的には、横力実際値Fya**と横力規範値Fyk**との偏差ΔFy**(=Fya**−Fyk**)が演算される。
修正値演算手段A9では、この横力偏差ΔFy**に基づいて、車輪目標値Fxs**を調整するための修正値Gfs**が演算される。即ち、車輪目標値Fxs**に修正値Gfs**を乗じることで、車輪目標値が調整される。
具体的には、偏差ΔFy**が「0」以上のとき(即ち、横力実際値が横力規範値以上であるとき)には、修正値Gfs**が「1」に演算され、車輪目標値Fxs**の調整は行われない。一方、偏差ΔFy**が「0」より小さいとき(即ち、横力実際値が横力規範値を下回るとき)には、修正値Gfs**が「1」より小さい値に演算され、車輪目標値Fxs**が相対的に小さくなるように調整される。より具体的には、偏差ΔFy**(<0)が小さいほど、車輪目標値Fxs**がより小さい値に調整される。
なお、修正値Gfs**の演算マップにおいて、修正値Gfs**の下限値Gs1(「1」より小さい正の値)が設けられている。これにより、過度に車輪目標値Fxs**が小さい値に調整されることが防止される。
このように車輪目標値Fxs**が修正値Gfs**によって調整されて得られる車輪目標値Fxt**が、前記「制動力相当値の目標値」に対応する。即ち、前記「運動状態量」に基づいて演算される前記「制動力相当値の目標値」が、前記「横力規範値」と前記「横力実際値」との比較結果に基づいて調整される。
制動トルク調整手段A10では、車輪目標値Fxt**に基づいて、ブレーキアクチュエータBRK(制動装置)の駆動手段(例えば、液圧ポンプ用の電気モータ、ソレノイドバルブの駆動手段)が制御される。車輪に車輪目標値Fxt**に対応する制動力実際値を検出するセンサを設けることで、目標値Fxt**と実際値Fxa**とに基づいてFxa**がFxt**と一致するように駆動手段を制御することができる。
ここで、制動力実際値Fxa**は、制動圧力センサPW**の検出結果Pw**と、車輪速度Vw**等と、周知の手法の1つに基づいて演算される。また、制動力実際値Fxa**は、例えば、ホイールシリンダWC**内の制動圧力Pw**から得られる車輪WH**についての制動トルク、車輪速度Vw**の微分値である車輪WH**の角加速度、及び車輪WH**の回転運動方程式等から計算することができる。また、ホイールシリンダの制動圧力センサPW**は省略することもできる。この場合、ブレーキアクチュエータBRKを構成する液圧ポンプ、電気モータ、電磁弁等の作動状態に基づいて制動力実際値Fxa**を推定することができる。
第1実施形態では、横力の偏差ΔFy**に基づいて修正値Gfs**が演算され、この修正値Gfs**に基づいて車輪目標値Fxs**(Fxt**)が調整される(減少される)。横力偏差ΔFy**の符号(即ち、横力の実際値が規範値よりも大きいか否か)に基づいて車輪目標値Fxs**(Fxt**)を減少させることができる。
以下、図3を参照しながら、上述した第1実施形態の作用・効果について説明する。図14と同様、図3において、実線は、車輪スリップ角が或る値で一定の場合における、スリップ率SpをパラメータとするタイヤのFx−Fy特性を示し、破線は、タイヤの摩擦円を表す。図3に示す横力規範値Fyk**は、上述した「Fxの増加に対するFyの減少量が小さい領域」内の値であり、旋回半径の増大を抑制するために確保すべき値となっている。
この場合において、例えば、FxとFyの関係が点Xに対応する関係にある場合、Fya**>Fyk**であるから、偏差ΔFy**(=Fya**−Fyk**)>0となる。従って、修正値Gfs**=1に演算されるから、Fxt**は、調整されない。このように、旋回半径の増大を抑制するために確保すべき横力が既に確保されている場合、制動力が偏差ΔFy**により調整されない。
一方、FxとFyの関係が点Yに対応する関係にある場合、Fya**<Fyk**であるから、図3に示すように、偏差ΔFy**<0となる。従って、修正値Gfs**<1に演算されるから、Fxt**は、小さい値に修正される。即ち、旋回半径の増大を抑制するために確保すべき横力が確保されていない場合、制動力が偏差ΔFy**(<0)に応じて減少するように調整される。この結果、スリップ率が減少して横力が増大するから、車両安定性が確保されるとともに車両の旋回半径の増大が抑制される。
また、車両挙動の入力(例えば、ヨーモーメント)に対して、車両挙動の出力(例えば、ヨーレイト)は、時間遅れを伴って発生する。この時間遅れは、路面摩擦係数が低いほどより顕著となる。また、路面摩擦係数が低い場合、車両目標値(目標モーメントなど)を達成できる車輪目標値(制動力相当値の目標値)が、路面摩擦の限界の存在に起因して存在しない場合もある。このような場合、通常、車輪目標値は最大値に演算される。この結果、制動力が大きくなって車輪の横力が不足し得る。
他方、車両が一方向に旋回中にて上述の理由により車輪目標値が最大値に維持されて車輪の横力が不足している状態において旋回方向が一方向から他方向に切替った場合を考える。この場合、上述した時間遅れに起因して(具体的には、一方向旋回時の車両目標値に基づく制動力の付与が他方向旋回時の車両挙動に影響を与えるため)、車両に所謂「ふらつき」が発生する場合がある。これに対し、上記第1実施形態では、横力の実際値が取得され、これと横力規範値との比較結果に基づいて車輪の横力が十分に確保されるように車輪目標値が調整される。この結果、上記の「ふらつき」の発生を抑制することができる。
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態に係る運動制御装置について説明する。上記第1実施形態では、横力規範値Fyk**(図3を参照)と横力実際値Fya**との偏差ΔFy**(Fya**−Fyk**)に基づいて車輪目標値Fxs**が調整されて車輪目標値Fxt**が演算される。一方、第2実施形態では、制動力規範値Fxk**が演算され(図3を参照)、この制動力規範値Fxk**が偏差ΔFy**に基づいて調整されて新たな制動力規範値Fxl**が演算される。この制動力規範値Fxl**が車輪目標値Fxs**と比較されることで車輪目標値Fxt**が選択的に演算される。
具体的には、機能ブロック図である図4に示すように、第2実施形態では、上記第1実施形態で使用された偏差ΔFy**と、車輪目標値Fxs**とを使用することを前提として、制動力規範値演算手段A11と、修正値演算手段A12と、最小値選択手段A13とが備えられる。
制動力規範値演算手段A11では、路面摩擦係数μ、(車輪)スリップ角α**、及び垂直荷重Fz**に基づいて、車輪WH**(タイヤ)の前後力(制動力)の規範値(制動力規範値)Fxk**が演算される。制動力規範値Fxk**は、車輪WH**において横力規範値Fyk**を達成するための制動力であり、図3に示すように、Fx−Fy特性において、横力規範値Fyk**に対応する制動力である。
上述のように、タイヤに作用する力は、路面摩擦係数と垂直荷重とを乗じた値(=摩擦円の半径)に相関するため、制動力規範値Fxk**は、値(μ・Fz**)(=摩擦円の半径)に基づいて設定される。また、制動力は、スリップ角α**に相関するため、スリップ角α**が大きいほど、制動力規範値Fxk**がより小さい値に設定される。
車両安定化制御(ESC制御)が作動する場合、車輪スリップ角が十分に大きい値となっているため、制動力規範値Fxk**の演算マップからスリップ角α**の情報を省略することができる。また、車両安定化制御が作動する場合において横力の低下が問題となるのは、路面摩擦係数が小さい場合(雪や氷で覆われた路面の場合)である。この場合、垂直荷重の変化が少ない。このため、制動力規範値Fxk**の演算マップから垂直荷重Fz**の情報を省略することができる。以上より、制動力規範値Fxk**は、少なくとも路面摩擦係数μに基づいて演算され得る。
修正値演算手段A12では、上記偏差ΔFy**(=Fya**−Fyk**)に基づいて、制動力規範値Fxk**を調整するための修正値Gfl**が演算される。制動力規範値Fxk**の演算マップには、通常、誤差が含まれている。横力実際値Fya**に基づく偏差ΔFy**を用いて演算される修正値Gfl**により、この誤差が是正されるように制動力規範値Fxk**が調整される。
具体的には、偏差ΔFy**が「0」以上の場合(Fya**≧Fyk**)、修正値Gfl**が「1」以上の値に演算される。そして、この値が制動力規範値Fxk**に乗算されて、制動力規範値Fxk**が増加するように調整される。一方、偏差ΔFy**が「0」より小さい場合(Fya**<Fyk**)、修正値Gfl**が「1」より小さい値に演算され、制動力規範値Fxk**が減少するように調整される。なお、係る制動力規範値Fxk**の調整が過度に行われることを防止するため、修正値Gfl**の演算マップでは、上限値Gl1(「1」よりも大きい所定値)、及び下限値Gl2(「1」よりも小さい所定値)を設けることができる。
次回からの演算周期では、制動力規範値Fxk**に修正値Gfl**が乗じられた値Fxl**が、新たな制動力規範値とされる。そして、制動力規範値Fxl**は、偏差ΔFyを「0」とするための値に向かって順次収束していく。換言すれば、制動力規範値Fxl**は、横力実際値Fya**を横力規範値Fyk**に一致させるために付与されるべき制動力の値に調整される。
最小値選択手段A13では、上述の制動力規範値Fxl**と、車輪目標値Fxs**とが比較され、制動トルク調整手段A10に出力される車輪目標値Fxt**が、小さい方の値に演算される。換言すれば、車輪目標値Fxs**(Fxt**)が制動力規範値Fxl**を超えないように制限される。これにより、制動力が制動力規範値Fxl**を超えることにより横力実際値Fya**が横力規範値Fyk**を下回ることが抑制され得る。これにより、上記第1実施形態と同様、車両の旋回半径の増大を抑制するために車輪において確保すべき横力が確保され得る。
第2実施形態では、横力の偏差ΔFy**に基づいて修正値Gfl**が演算され、この修正値Gfl**に基づいて制動力規範値Fxk**(Fxl**)が調整される。横力偏差ΔFy**の符号(即ち、横力の実際値が規範値よりも大きいか否か)に基づいて制動力規範値Fxk**(Fxl**)を増加・減少させることができる。
以下、図3を参照しながら、上述した第2実施形態の作用・効果について説明する。第2実施形態では、制動力規範値Fxk**(Fxl**)が、横力の偏差ΔFy**が「0」に近づくように順次更新・調整されていく。この結果、実際の横力が横力規範値に近づいていく。そして、制動力が制動力規範値Fxk**(Fxl**)を超えないように制限される。これにより、上記第1実施形態と同様、横力が不足する場合において制動力が減少するように(従って、横力が増大するように)調整されるから、車両安定性が確保されるとともに車両の旋回半径の増大が抑制され得る。
加えて、上記第2実施形態では、制動力が制動力規範値Fxk**(Fxl**)以下に制限されることで、制動力制御における制動力の上昇を速めることができる。即ち、一般に、車輪に付与される制動力の増大過程(従って、車輪のスリップ率の増大過程)において、スリップ率が路面摩擦係数(路面摩擦力)のピークに対応する値を超えると、路面摩擦係数(路面摩擦力)が急激に低下して車輪が急激にロック傾向となる。この急激なロック傾向を抑制するため、制動力制御においては、通常、制動力を或る程度穏やかに増大させる必要がある。これに対し、上記第2実施形態では、制動力規範値Fxk**(Fxl**)が設定されることで、制動力を制動力規範値Fxk**(Fxl**)まで直ちに増大させることが可能となる。この結果、制動力制御における車両安定性を更に向上させることができる。
(第3実施形態)
次に、本発明の第3実施形態に係る運動制御装置について説明する。この第3実施形態は、制動力規範値Fxk**の演算手法のみが上記第2実施形態と異なる。以下、係る相違点についてのみ説明する。
機能ブロック図である図5に示すように、第3実施形態では、上記第2実施形態における制動力規範値演算手段A11に代えて制動力規範値演算手段A14が備えられ、上記第2実施形態における修正値演算手段A12に代えて修正値演算手段A15が備えられる。
制動力規範値演算手段A14では、路面摩擦係数μと、垂直荷重Fz**とに基づいて得られる下記(1)式に示すタイヤの摩擦円の方程式を利用して、横力規範値Fyk**に対応する制動力が、下記(2)式に従って求められる。この制動力が制動力規範値Fxk**として使用される。
Fx**2+Fy**2=(μ・Fz**)2 …(1)
Fxk**=√{(μ・Fz**)2−Fyk**2} …(2)
修正値演算手段A15では、修正値演算手段A12と同様、偏差ΔFy**に基づいて、修正値Ghl**が演算される。そして、この修正値Ghl**に基づいて制動力規範値Fxk**が調整される。これにより、上記第2実施形態と同様、制動力規範値Fxl**が、横力実際値Fya**を横力規範値Fyk**に一致させるために付与されるべき制動力の値に調整される。
(車輪毎の横力実際値の推定)
次に、図2に示した横力実際値演算手段A8による、車輪毎の横力実際値の推定方法について説明する。
<第1の推定方法>
図6を参照しながら、横力実際値演算手段A8による第1の推定方法について説明する。先ず、車両挙動演算部A8aにて、通信バスを通して、横加速度Gy、及びヨーレイトYrが取得される。そして、ヨーレイトYrを時間微分してヨー角加速度dYrが演算される。併せて、前後力演算部A8bにて、各車輪の前後力(制動力)の実際値Fxa**が取得(演算)される。
次いで、横力和演算部A8cにて、下記(3)式に基づいて、前輪及び後輪の横力和の実際値Fya#が演算される。
Fyf+Fyr=m・Gy
(Fyf・Lf)−(Fyr・Lr)+Mfx=Iz・dYr …(3)
ここで、Fyfは前輪の横力和(=Fyfl+Fyfr)、Fyrは後輪の横力和(=Fyrl+Fyrr)、mは車両の質量、Gyは横加速度、Lf,Lrは前輪軸,後輪軸から車両重心までの距離、Mfxは前後力(制動力)の左右差によって発生するヨーモーメント、Izは車両のヨー運動に関する慣性モーメント、dYrはヨー角加速度である。また、ヨーモーメントMfxは、下記(4)式に従って演算される。ここで、Tf,Trは前輪,後輪のトレッドである。
Mfx=(Tf/2)・(Fxfl−Fxfr)
+(Tr/2)・(Fxrl−Fxrr) …(4)
車両安定化制御では、車輪の横力のみならず、制動力(前後力)の左右差によってもヨーモーメントが制御される。この観点から、ここでは、車両の運動状態方程式において制動力によるヨーモーメントMfxも考慮して横力和の実際値Fya#が演算される。
そして、各輪横力演算部A8dにて、横力和(横力の左右和)の実際値Fya#が、旋回状態量Tcに基づいて、左右の車輪横力実際値Fya**に分配される。ここで、旋回状態量Tcとして横加速度Gyを用いることができる。
横力実際値Fya**は、車両の旋回に伴う垂直荷重の変化(荷重移動)、及びサスペンションのジオメトリの変化等の影響を受ける。従って、これらの影響が反映され得る旋回状態量Tcに基づいて、前輪、後輪の横力左右和(実際値)Fya#から、各車輪の横力実際値Fya**を演算することができる。
更に、路面摩擦係数μが低い場合、旋回による荷重移動が小さく、且つ、サスペンションストロークも僅かである。このため、路面摩擦係数μが所定値以下の場合(例えば、雪や氷で覆われた路面を走行している場合)、各車輪の横力実際値Fya**を、対応する横力和Fya#の半分(Fya#/2)とすることができる。
<第2の推定方法>
次に、図7を参照しながら、横力実際値演算手段A8による第2の推定方法について説明する。タイヤが、路面摩擦係数μと垂直荷重Fzとによって決定されるタイヤ摩擦円の範囲を超える力(横力)を発生することはない。上述のように、横力和実際値Fya#を各車輪の横力実際値Fya**に分配する際、車輪がタイヤの摩擦限界(摩擦円)に相当する力を既に発生している場合もある。従って、タイヤ摩擦円に相当する横力の上限値を設けることにより、横力実際値Fya**をより一層精度良く演算することができる。以下、説明の便宜上、添字「*i」は旋回内側車輪、添字「*o」は旋回外側車輪を表す。
垂直荷重が減少している車輪がタイヤの摩擦限界に達し易い。そこで、旋回内側横力限界値演算部A8gでは、旋回内側車輪について、前後力演算部A8bから制動力実際値Fxa*iが入力され、μ推定演算部A8eから路面摩擦係数μが入力され、垂直荷重演算部A8fから垂直荷重Fz*iが入力される。これらの値に基づいて横力限界値Fyg*iが、タイヤの摩擦円の方程式(上記(1)式を参照)に基づいて、下記(5)式に従って演算される。
Fyg*i=√{(μ・Fz*i)2−Fxa*i2} …(5)
そして、最小値選択手段A8hにて、上記横力限界値Fyg*iと、図6に示した各輪横力演算部A8dにおける旋回内輪に係わる部分に相当する旋回内輪横力演算部A8d’にて横力和実際値Fya#と旋回状態量Tc(Gy)とから演算された横力実際値Fya*iと、が比較される。この結果、絶対値が小さい方が横力実際値Fya*iとして採用される。即ち、横力実際値Fya*iが横力限界値Fyg*iを超えないように、タイヤ摩擦円を利用して横力実際値Fya*iに対して制限が施される。
旋回外輪の横力実際値Fya*oは、横力和実際値Fya#から旋回内輪の横力実際値Fya*iを減じることで演算される。
なお、上述のように、旋回内側横力限界値演算部A8gでは、垂直荷重の影響が考慮されている。そのため、旋回内輪横力演算部A8d’において、旋回状態量Tc(Gy)を考慮せず、横力実際値Fya*iを横力和実際値Fya#の1/2に演算することができる。そして、最小値選択手段A8hにて、上記横力限界値Fyg*iと、横力実際値Fya*i(=横力和実際値Fya#の1/2)とが比較され、絶対値が小さい方の値が横力実際値Fya*iとして採用される。即ち、横力和実際値Fya#の1/2が横力限界値Fyg*iよりも小さい場合には横力実際値Fya*iは横力和実際値Fya#の1/2に演算され、横力和実際値Fya#の1/2が横力限界値Fyg*i以上の場合には横力実際値Fya*iは横力限界値Fyg*iに演算される。
他方、車両安定化制御の実行中において、旋回内輪に制動力が付与されず、且つ、旋回外輪にタイヤ摩擦限界に相当する制動力が付与される場合も発生し得る。また、旋回外側車輪はタイヤ摩擦限界に達していないが旋回内側車輪がタイヤ摩擦限界に達している場合も発生し得る。これらのような場合にも対処するためには、以下の手法が採用され得る。なお、この場合、図7において、旋回内側車輪の「横力限界値Fyg*i」を各輪の「横力限界値Fyg**」に、旋回内側車輪の「横力実際値Fya*i」を各輪の「横力実際値Fya**」に、旋回内側車輪の「制動力実際値Fxa*i」を各輪の「制動力実際値Fxa**」に、それぞれ読み替えるものとする。
各輪の横力限界値Fyg**が、横力限界値Fyg*iと同様の方法によってそれぞれ設定される。左右輪の横力限界値Fyg**のうちで絶対値が小さい方の横力限界値Fyg**が、横力和実際値Fya#と旋回状態量Tc(Gy)とから演算される対応する横力実際値Fya**と比較される。この結果、絶対値が小さい方が横力実際値Fya**として採用され、左右輪のうちで先にタイヤ摩擦限界に到達した方の車輪の横力限界値がその車輪の横力実際値とされる。そして、横力和実際値からその横力実際値を減じることで、他方(摩擦限界に未到達)の車輪の横力実際値を得ることができる。
なお、各輪の横力限界値Fyg**の演算においては、垂直荷重の影響が考慮されている。そのため、横力和実際値Fya#から演算される横力実際値Fya**を横力和実際値Fya#の1/2に演算することができる。そして、最小値選択手段にて、横力限界値Fyg**(左右輪の横力限界値Fyg**のうちで絶対値が小さい方の横力限界値Fyg**)と、横力実際値Fya**(=横力和実際値Fya#の1/2)とが比較され、絶対値が小さい方の値が横力実際値Fya**として採用される。即ち、横力和実際値Fya#の1/2が横力限界値Fyg**よりも小さい場合には横力実際値Fya**は横力和実際値Fya#の1/2に演算され、横力和実際値Fya#の1/2が横力限界値Fyg**以上の場合には横力実際値Fya**は横力限界値Fyg**に演算される。以上、横力実際値演算手段A8による車輪毎の横力実際値の推定方法について説明した。
以上、本発明は上記各実施形態に限定されることはなく、本発明の範囲内において種々の変形例を採用することができる。例えば、制動力が車輪の前後スリップ(制動スリップ、スリップ率)と密接に関係することを利用して、上記第1、第2実施形態においては、車輪目標値(制動力目標値)Fxs**,Fxt**、制動力規範値Fxk**,Fxl**、及び制動力実際値Fxa**に代えて、制動スリップ目標値Sps**,Spt**、制動スリップ規範値Spk**,Spl**、及び制動スリップ実際値Spa**を、それぞれ、前記「制動力相当値」の目標値、規範値、及び実際値とすることができる。
同様に、制動圧力が用いられる装置では、制動力目標値Fxs**,Fxt**、制動力規範値Fxk**,Fxl**、及び制動力実際値Fxa**に代えて、制動圧力目標値Pws**,Pwt**、制動圧力規範値Pwk**,Pwl**、及び制動圧力実際値Pwa**を、それぞれ、前記「制動力相当値」の目標値、規範値、及び実際値とすることができる。
また、上記第3実施形態では、図8に示すように、変換演算手段A16を挿入して制動力規範値Fxk**に変換演算を行うことで、制動力規範値Fxk**(Fxl**)を、制動スリップ規範値Spk**(Spl**)、又は制動圧力規範値Pwk**(Pwl**)に変換することができる。
また、左右前輪の間、或いは左右後輪の間では、車輪のスリップ角α**は概ね同一であることを利用して、上記各実施形態においては、前輪スリップ角αf(=αfl=αfr)、及び後輪スリップ角αr(=αrl=αrr)を各輪スリップ角α**に代えて用いることができる。また、車両安定化制御の作動中において横力の低下が問題となる場合は、路面摩擦係数が小さい場合(雪や氷で覆われた路面の場合)である。この場合、車両の旋回による垂直荷重の変化が少ない。このため、左右前輪の間、或いは左右後輪の間では、車輪の垂直荷重Fz**は概ね同一と考えることができる。そこで、前輪垂直荷重Fzf(=Fzfl+Fzfr)、及び後輪垂直荷重Fzr(=Fzrl+Fzrr)を各輪の垂直荷重Fz**に代えて用いることができる。
以上では、各車輪についての値(添字「**」が付された値)が用いられる場合が説明された。他方、前後輪系統についての値(添字「#」が付された値)が用いられる場合もある。この場合を説明するためには、各図において[]内に記載された値を参照して、スリップ角「α**」を「α#」、垂直荷重「Fx**」を「Fz#」、横力規範値「Fyk**」を「Fyk#」、値「μ・Fz**」を「μ・Fz#」、横力実際値「Fya**」を「Fya#」、横力偏差「ΔFy**(=Fya**−Fyk**)」を「ΔFy#(=Fya#−Fyk#)」、修正値「Gfs**」を「Gfs#」、修正値「Gfl**」を「Gfl#」、及び、修正値「Ghl**」を「Ghl#」に、それぞれ読み替えることができる。このとき、横力実際値(横力和の実際値)Fya#は横力和演算部A8cにて演算される。
また、以上では、値を調整する修正値(Gfs**,Gfs#,Gfl**,Gfl#,Ghl**,Ghl#)として、前記値に乗算される値(「1」を基準とする値)が使用されているが、値を調整する修正値として、前記値に加算・減算される値(「0」を基準とする値)が使用されてもよい。
以下、第4〜第6実施形態について説明する。
(第4実施形態)
先ず、本発明の第4実施形態に係る運動制御装置について説明する。上記第1実施形態では、車両の運動状態量に基づいて演算される車輪目標値Fxs**が横力規範値Fyk**と横力実際値Fya**との比較結果(偏差ΔFy**=Fya**−Fyk**)に基づいて調整されて車輪目標値Fxt**が演算され、車輪目標値Fxt**に基づいて、制動トルク調整手段A10にて制動力実際値Fxa**が目標値Fxt**と一致するように制御される。一方、第4実施形態では、ΔFy**に基づいて調整された制動力目標値Fxt**が演算されず、Fyk**とFya**との比較結果(ΔFy**)に基づいて制御モードが決定され、この制御モードが制動トルク調整手段A10に対して介入されることによって制動力の調整(減少等)が行われる。即ち、通常、制動力実際値Fxa**は目標値Fxs**に基づいて制御される。一方、Fyk**とFya**との比較結果(ΔFy**)に基づいて演算される制御モードが制動トルク調整手段A10に対して介入されると、この制御モードに応じて制動力の減少・保持・増加が実行される。
具体的には、機能ブロック図である図9に示すように、第4実施形態では、介入制御モード演算手段A17が備えられる。先ず、車輪毎に横力実際値Fya**と横力規範値Fyk**との比較が行われる場合(各輪の横力規範値、横力実際値に基づく介入制御モード)について説明する。この場合、介入制御モード演算手段A17にて、横力規範値Fyk**と横力実際値Fya**との大小関係に基づいて、制御モードの介入を行う対象となる車輪(対象車輪)Siv**と、介入する制御モードMiv**とが決定される。決定されたSiv**、及びMiv**は、制動トルク調整手段A10(駆動手段)に出力される。
横力実際値Fya**が横力規範値Fyk**以上である場合(偏差ΔFy**が「0」以上である場合)、横力が十分に発生しているため、この車輪は制御モードが介入される対象車輪とはならず、介入制御モードも演算されない。横力実際値Fya**が横力規範値Fyk**より小さい場合(偏差ΔFy**が「0」より小さい場合)、この車輪は制御モードが介入される対象車輪として選択され、介入する制御モードMiv**が決定される。このとき、偏差ΔFy**(<0)が所定値dfy1以上である場合には、介入制御モードとして、制動力を保持する保持モードが決定される。偏差ΔFy**(<0)が所定値dfy1より小さい場合には、制動力を減少する減少モードが決定される。また、このようにFya**<Fyk**の場合(即ち、ΔFy**<0の場合)、この車輪(対象車輪)のスリップ角α**が適切ではない(不足している、或いは過大である)場合もある。この場合、対象車輪に対応しない車軸にある少なくとも1輪(例えば、対象車輪が前輪である場合には後輪のうちの1輪)も対象車輪として選択され、この対象車輪に対して増加モードが設定される(詳細は後述する)。
制動トルク調整手段A10では、通常、制動力目標値Fxs**に基づいて制動トルク(制動液圧)が調整され、車輪が発生する制動力が制御される。一方、Siv**、及びMiv**が演算され、制動トルク調整手段A10に入力されると、制動力目標値Fxs**の値にかかわらず、介入制御モードに基づいて制動トルク(制動液圧)の調整が行われる。具体的には、保持モードが介入されると制動トルクが一定に維持され、減少モードが介入されると制動トルクが減少され、増加モードが介入されると制動トルクが増加される。
以上、車輪毎に横力実際値Fya**と横力規範値Fyk**との比較が行われる場合について説明した。以下、車軸毎(前輪系統、及び、後輪系統)に横力実際値(横力和実際値)Fya#と横力規範値(横力和規範値)Fyk#との比較が行われる場合(前後輪系統の横力規範値、横力実際値に基づく介入制御モード)について説明する。
この場合、横力実際値Fya#が横力規範値Fyk#以上である場合(偏差ΔFy#が「0」以上である場合)、制御モードが介入される対象車輪が設定されず、介入制御モードも演算されない。
前輪系統において、横力実際値Fyafが横力規範値Fykfより小さい場合(偏差ΔFyfが「0」より小さい場合)、前2輪のうちの少なくとも1輪が対象車輪として選択され、介入する制御モードMiv**が決定される。このとき、偏差ΔFyfが所定値dfy2以上である場合には、介入制御モードとして、制動トルクを保持する保持モードが決定される。制動トルクは、通常、制動力目標値Fxs**に基づいて制御されるが、保持モードが介入されると対象車輪の制動トルクが一定に維持される。偏差ΔFyfが所定値dfy2より小さい場合には、制動トルクを減少する減少モードが決定される。このとき、制動力目標値Fxs**の値にかかわらず、対象車輪の制動トルクが減少される。また、このようにFyaf<Fykfの場合(即ち、ΔFyf<0の場合)、前輪系統の車輪のスリップ角αfが適切ではない(不足している)場合もある。この場合、後2輪のうちの少なくとも1輪が対象車輪として選択され得る。そして、この対象車輪に対して増加モードが設定され、制動力目標値Fxs**の値にかかわらず、この対象車輪の制動トルクが増加される(詳細は後述する)。
後輪系統において、横力実際値Fyarが横力規範値Fykrより小さい場合(偏差ΔFyrが「0」より小さい場合)、後2輪のうちの少なくとも1輪が対象車輪として選択され、介入する制御モードMiv**が決定される。このとき、偏差ΔFyrが所定値dfy3以上である場合には、介入制御モードとして、制動トルクを保持する保持モードが決定される。制動トルクは、通常、制動力目標値Fxs**に基づいて制御されるが、保持モードが介入されると対象車輪の制動トルクが一定に維持される。偏差ΔFyrが所定値dfy3より小さい場合には、制動トルクを減少する減少モードが決定される。このとき、制動力目標値Fxs**の値にかかわらず、対象車輪の制動トルクが減少される。また、このようにFyar<Fykrの場合(即ち、ΔFyr<0の場合)、後輪系統の車輪のスリップ角αrが適切ではない(過大である)場合もある。この場合、前2輪のうちの少なくとも1輪が対象車輪として選択され得る。そして、この対象車輪に対して増加モードが設定され、制動力目標値Fxs**の値にかかわらず、この対象車輪の制動トルクが増加される(詳細は後述する)。
第4実施形態においても、前出の実施形態と同様の作用・効果が得られる。即ち、横力規範値Fyk**(或いは、Fyk#)が、図3に示す「Fxの増加に対するFyの減少量が小さい領域」内の値であり、旋回半径の増大を抑制するために確保すべき値に設定され、Fya**<Fyk**(偏差ΔFy**<0)の場合(或いは、Fya#<Fyk#(偏差ΔFy#<0)の場合)、対応する車輪(或いは、対応する車軸にある少なくとも1輪)が対象車輪として選択される。この対象車輪に対して保持或いは減少の制御モードが介入されて、対象車輪の制動トルクの増加が抑制され、対象車輪の制動力の増加が抑制される。この結果、横力が維持・増大するため、車両安定性が確保されるとともに車両の旋回半径の増大が抑制される。
また、この対象車輪(保持或いは減少の制御モードが介入される車輪)のスリップ角α**(或いは、α#)が適切ではない場合、対象車輪に対応しない車軸にある少なくとも1輪に対して、増加モードが設定され得る。このため、対象車輪のスリップ角が適切でない場合にも、そのスリップ角が適正化され、対象車輪の横力がより一層確保され得る。以下、この点について、図10、図11を参照しながら詳述する。
先ず、対象車輪(保持或いは減少の制御モードが介入される車輪)が前輪である場合について説明する。この場合において、図10に示すように、対象車輪のスリップ角αf*(或いは、αf)が、前輪の横力Fyf*(或いは、Fyf)のピークに対応する適切な値α1よりも小さい場合(不足している場合)、第4実施形態では、後2輪のうちの少なくとも1輪の制動トルクが増加される。これにより、後2輪の横力和が減少し、車体のスリップ角が増大する。この結果、前輪のスリップ角が増大して、対象車輪のスリップ角αf*(或いは、αf)が前記適切な値α1に近づく(図10における矢印を参照)。即ち、対象車輪のスリップ角が適正化され、対象車輪の横力がより一層確保され得る。換言すれば、係る増加モードの設定により、対象車輪に対する保持或いは減少モードの介入による対象車輪の横力の維持・増大効果が効果的に助長され得る。
次に、対象車輪(保持或いは減少の制御モードが介入される車輪)が後輪である場合について説明する。この場合において、図11に示すように、対象車輪のスリップ角αr*(或いは、αr)が、後輪の横力Fyr*(或いは、Fyr)のピークに対応する適切な値α2よりも大きい場合(過大である場合)、第4実施形態では、前2輪のうちの少なくとも1輪の制動トルクが増加される。これにより、前2輪の横力和が減少し、車体のスリップ角が減少する。この結果、後輪のスリップ角が減少して、対象車輪のスリップ角αr*(或いは、αr)が前記適切な値α2に近づく(図11における矢印を参照)。即ち、この場合も、係る増加モードの設定により、対象車輪のスリップ角が適正化され、対象車輪に対する保持或いは減少モードの介入による対象車輪の横力の維持・増大効果が効果的に助長され得る。以上、対象車輪のスリップ角は、上述したスリップ角演算手段A5(或いは、後述するスリップ角演算手段B6)により演算・取得され得る。
特に、車両安定化制御(ESC制御)実行中において、前輪系統についてFyaf<Fykf(偏差ΔFyf<0)が成立している場合、車両がオーバステア状態となっていることに起因してオーバステア抑制制御が実行されている場合が多い。この場合、オーバステア抑制制御の制御対象となっている旋回外側前輪に対して保持・減少モードが介入される。この結果、旋回外側前輪の横力の減少が抑制される。更には、前輪系統のスリップ角が不足している場合(αf<α1)、旋回内側後輪に増加モードが介入される。この結果、前輪系統のスリップ角が適正化され、前輪系統の横力が増大され得る。
一方、車両安定化制御(ESC制御)実行中において、後輪系統についてFyar<Fykr(偏差ΔFyr<0)が成立している場合、車両がアンダステア状態となっていることに起因してアンダステア抑制制御が実行されている場合が多い。この場合、アンダステア抑制制御の制御対象となっている旋回内側後輪に対して保持・減少モードが介入される。この結果、旋回内側後輪の横力の減少が抑制される。更には、後輪系統のスリップ角が過大である場合(αr>α2)、旋回外側前輪に増加モードが介入される。この結果、後輪系統のスリップ角が適正化され、後輪系統の横力が増大され得る。
(第5実施形態)
次に、本発明の第5実施形態に係る運動制御装置について説明する。第1〜第4実施形態は、車両の運動状態量に基づいて車両の旋回状態を安定化する車両安定化制御(ESC制御)が実行される車両の運動制御装置に係るものであった。これに対し、第5実施形態は、車輪速度に基づいて車輪の前後スリップ(例えば、スリップ速度、スリップ率)を抑制して車両の走行安定性を維持するスリップ抑制制御が実行される車両の運動制御装置に係るものである。
スリップ抑制制御として、この第5実施形態では、アンチスキッド制御、及び制動力配分制御が採用されている。スリップ抑制制御により、車輪のロック傾向(前後スリップの増大)が抑制されて車輪の横力が確保され、車両の走行安定性が維持される。なお、上述と同様、各種記号等の末尾に付された添字「**」は、各種記号等が4輪のうちの何れかに関するものであることを示し、「fl」は左前輪、「fr」は右前輪、「rl」は左後輪、「rr」は右後輪を示す。添字「f*」は前輪のうちの何れかに関するものであること、添字「r*」は後輪のうちの何れかに関するものであること、添字「*i」は旋回内側車輪のうちの何れかに関するものであること、並びに、添字「*o」は旋回外側車輪のうちの何れかに関するものであることを示す。また、添字「#」は前後輪系統のうちの何れかに関するものであることを示し、「f」は前輪系統(前輪の車軸に関するもの)、「r」は後輪系統(後輪の車軸に関するもの)を示す。
以下、機能ブロック図である図12を参照しながら、第5実施形態について説明する。車輪速度演算手段B1では、車輪速度Vw**が、車輪速度センサWS**、或いは通信バスを通して取得される。車体速度演算手段B2では、各輪の車輪速度Vw**に基づいて、公知の方法で車体速度Vsoが演算される。車輪加速度演算手段B3では、各輪の車輪速度Vw**に基づいて、公知の方法で車輪加速度dVw**が演算される。
各輪制御モード演算手段B4では、各車輪のアンチスキッド制御(ABS制御)、或いは制動力配分制御(EBD制御)の制御モードMae**が演算される。以下、先ず、アンチスキッド制御(ABS制御)について説明する。
〈アンチスキッド制御の制御モード演算〉
車体速度Vsoから所定値sp1,sp2がそれぞれ減算されて、アンチスキッド制御(ABS制御)の基準速度van,vahがそれぞれ演算される。所定値sp1,sp2は予め設定された前後スリップ速度であり、sp1<sp2の関係がある。車輪速度Vw**及び車輪加速度dVw**がそれぞれ、ABS制御の基準速度van,vah及び基準加速度ga1,ga2と比較される。基準加速度ga1,ga2は予め設定された所定値であり、ga1<ga2の関係がある。演算手段B4内に示すABS制御マップが参照され、それらの大小関係に基づいて制御モードが選択される。
ABS制御の制御モードには、制動トルクが増加される増加モード(マップでは「増加」で表示)、及び、制動トルクが減少される減少モード(マップでは「減少」で表示)がある。例えば、Vw**がvan以上、且つ、vah以下であり、dVw**がga1以上、且つ、ga2以下である場合には、制動トルクが増加される増加モードが選択される。
〈制動力配分制御の制御モード演算〉
車体速度Vsoから所定値sq1,sq2がそれぞれ減算されて、制動力配分制御(EBD制御)の基準速度ven,vehがそれぞれ演算される。所定値sq1,sq2は予め設定された前後スリップ速度であり、sq1<sq2の関係がある。EBD制御では、後輪が制御対象となる。後輪の車輪速度Vwr*、及び、後輪の車輪加速度dVwr*がそれぞれ、EBD制御の基準速度ven,veh及び基準加速度ge1,ge2と比較される。基準加速度ge1,ge2は予め設定された所定値であり、ge1<ge2の関係がある。演算手段B4内に示すEBD制御マップが参照され、それらの大小関係に基づいて制御モードが選択される。
EBD制御の制御モードには、制動トルクが増加される増加モード(マップでは「増加」で表示)、制動トルクが保持される保持モード(マップでは「保持」で表示)、及び、制動トルクが減少される減少モード(マップでは「減少」で表示)がある。例えば、後輪速度Vwr*がven以上、且つ、veh以下であり、後輪加速度dVwr*がge1以上、且つ、ge2以下である場合には、制動トルクが保持される保持モードが選択される。Vwr*がvenより小さく、且つ、dVwr*がge2より大きい場合には、制動トルクが増加される増加モードが選択される。ABS制御の制御モードが、EBD制御の制御モードよりも優先される。
μ推定演算手段B5、スリップ角演算手段B6、垂直荷重演算手段B7、横力規範値演算手段B8、及び横力実際値演算手段B9はそれぞれ、上述のμ推定演算手段A4、スリップ角演算手段A5、垂直荷重演算手段A6、横力規範値演算手段A7、及び横力実際値演算手段A8と同じである。従って、これらの詳細についての説明を省略する。横力実際値演算手段B9では、上述の図6及び図7を参照して説明された方法によって、車輪WH**の横力の実際値(横力実際値)Fya**が演算され得る。この場合において、アンチスキッド制御、及び制動力配分制御は、制動力(前後力)の左右差によって車両を安定化するものではないため、上記(3)式におけるヨーモーメントMfxが省略され得る。
介入制御モード演算手段B10は、介入制御モード演算手段A17における「各輪の横力規範値、横力実際値に基づく介入制御モード」(図9を参照)に対応する部分と、「dfy1」が「dfy4」に置き換えられた点を除いて同じである。従って、介入制御モード演算手段B10の詳細についての説明も省略する。介入制御モード演算手段B10において、横力実際値Fya**と横力規範値Fyk**との偏差ΔFy**(=Fya**−Fyk**)に基づいて決定された対象車輪Siv**、及び制御モードMiv**の信号は、制動トルク調整手段B11(駆動手段)に出力される。
制動トルク調整手段B11では、各車輪の制御モードMae**、Miv**に基づいて、ブレーキアクチュエータBRK(制動装置)の駆動手段(例えば、液圧ポンプ用の電気モータ、ソレノイドバルブの駆動手段)が制御される。制動トルク調整手段B11では、通常、ABS制御、或いはEBD制御の制御モードMae**に基づいて、制動トルク(制動液圧)が調整され、車輪が発生する制動力が制御される。しかしながら、介入制御モード演算手段B10にて、Siv**、及びMiv**が演算され、制動トルク調整手段B11に入力されると、制御モードMae**にかかわらず、介入制御モードMiv**に基づいて制動トルク(制動液圧)の調整が行われる。即ち、制御モードMae**に優先して介入制御モードMiv**により制動トルクの調整が行われる。
具体的には、介入制御モードMiv**として、制動トルク調整手段B11に対して保持モードが介入されると制動トルクが一定に維持され、減少モードが介入されると制動トルクが減少され、増加モードが介入されると制動トルクが増加される。
第5実施形態においても、上記第4実施形態と同様の作用・効果が得られる。即ち、横力規範値Fyk**が、図3に示す「Fxの増加に対するFyの減少量が小さい領域」内の値であり、旋回半径の増大を抑制するために確保すべき値に設定される。Fya**<Fyk**(偏差ΔFy**<0)の場合、この車輪に対して保持或いは減少の制御モードが介入され、この車輪の制動トルクの増加が抑制され、車輪の制動力の増加が抑制される。この結果、横力が維持・増大され、車両安定性が確保されるとともに車両の旋回半径の増大が抑制される。加えて、その車輪(保持或いは減少の制御モードが介入される車輪)のスリップ角α**が適切ではない場合、その車輪に対応しない車軸にある少なくとも1輪に対して、増加モードが設定され得る。このため、その車輪のスリップ角が適切でない場合にも、そのスリップ角が適正化され、その車輪の横力がより一層確保され得る。
(第6実施形態)
次に、本発明の第6実施形態に係る運動制御装置について説明する。この第6実施形態は、介入制御モード演算手段B10における、介入対象車輪Siv**、及び介入制御モードMiv**の演算手法のみが上記第5実施形態と異なる。第5実施形態では、車輪毎に横力実際値Fya**と横力規範値Fyk**との比較が行われ、介入の対象車輪Siv**、介入制御モードMiv**が決定されるが、第6実施形態では、車軸毎(前輪系統、及び、後輪系統)に横力実際値(横力和実際値)Fya#と横力規範値(横力和規範値)Fyk#とが比較され、介入対象車輪Siv**、介入制御モードMiv**が決定される。
第6実施形態における介入制御モード演算手段B10は、介入制御モード演算手段A17における「前後輪系統の横力規範値、横力実際値に基づく介入制御モード」(図9を参照)に対応する部分と、「dfy2」,「dfy3」が「dfy5」,「dfy6」にそれぞれ置き換えられた点を除いて同じである。従って、この介入制御モード演算手段B10の詳細についての説明も省略する。
なお、横力実際値(横力和実際値)Fya#は、例えば、上記(3)式に基づいて、横加速度Gy、及び、ヨーレイトYrを時間微分して得られるヨー角加速度dYrを用いて演算され得る。ここで、ヨーモーメントMfxが省略され得る。横力規範値(横力和規範値)Fyk#は、スリップ角「α**」を「α#」に、垂直荷重「Fx**」を「Fz#」に、値「μ・Fz**」を「μ・Fz#」にそれぞれ読み替えた、上述の方法に基づいて決定される。
第6実施形態においても、上記第4実施形態と同様の作用・効果が得られる。即ち、横力規範値Fyk#が、図3に示す「Fxの増加に対するFyの減少量が小さい領域」内の値であり、旋回半径の増大を抑制するために確保すべき値に設定される。
前輪系統についてFyaf<Fykf(偏差ΔFyf<0)が成立する場合、前2輪のうち少なくとも1輪(例えば、旋回外側前輪)に対して保持・減少モードが介入され、介入された車輪の横力の減少が抑制される。更には、前輪系統のスリップ角が不足している場合(αf<α1、α1について図10を参照)、後2輪のうちで少なくとも1輪(例えば、旋回内側後輪)に増加モードが介入される。これにより、前輪系統のスリップ角が適正化されて、前輪系統の横力が増大され得る。
一方、後輪系統についてFyar<Fykr(偏差ΔFyr<0)が成立する場合、後2輪のうちで少なくとも1輪(例えば、旋回内側後輪)に対して保持・減少モードが介入され、介入された車輪の横力の減少が抑制される。更には、後輪系統のスリップ角が過大である場合(αr>α2、α2について図11を参照)、前2輪のうちで少なくとも1輪(例えば、旋回外側前輪)に増加モードが介入される。これにより、後輪系統のスリップ角が適正化されて、後輪系統の横力が確保され得る。