一般に、建築構造物の構造設計では、建築構造物の振動に対する減衰性、建築構造物の各階に配置された部材の靭性(ねばり強さ)、及び各階の剛性率及び偏心率を考慮して必要保有水平耐力を計算し、建築構造物の保有水平耐力がこの必要保有水平耐力以上であることを確認する。
また、大地震に対しては、部分的に部材の損傷を許容するが建築構造物全体としては崩壊しないことを目標として構造設計を行う。このような、建築構造物のねばりに期待する構造設計では、各階に配置された部材(例えば、柱・梁、耐震壁)の靭性の程度によって、建築構造物の耐震性が大きく異なってくる。
図9は、せん断力分担率100%のラーメン架構からなる建築構造物における、層間変形に対する層せん断力の値A1と、せん断力分担率100%の鉄筋コンクリート造の耐震壁(以降、RC耐震壁と記載する)が配置されたラーメン架構からなる建築構造物における、層間変形に対する層せん断力の値A2とを模式的に表現して比較した一例である。値A1及び値A2の折れ点は、ラーメン架構が鉄筋コンクリート部材の場合には、鉄筋の降伏、コンクリートのひび割れ等による剛性変化点となり、ラーメン架構が鉄骨部材の場合には、鋼板の降伏等による剛性変化点となる。値A1と値A2とを比較すると、せん断力分担率100%のRC耐震壁が配置されたラーメン架構(値A2)は、変形能力が小さく、靭性に乏しい。
ここで、せん断力分担率とは、ラーメン架構やRC耐震壁等の構造体が負担する地震等の水平力の割合のことであり、建築構造物の各層毎に求められる値である。また、せん断力分担率100%のラーメン架構、及びせん断力分担率100%のRC耐震壁の吸収エネルギーを共に22,500kN・cmとし、階高Hを3,000mmとした。
値A2(RC耐震壁)では、ひび割れ発生後、層間変形2cm(=H/150)程度で最大耐力に達し、その後、急激に耐力が低下する。
これに対して値A1(ラーメン架構)では、3cm(=H/100)程度まで変形することができる。すなわち、変形履歴によって地震等の振動エネルギーを吸収することができるので、必要な層せん断力(必要保有水平耐力)を小さくすることができる。
このように、RC耐震壁を設けた建築構造物は靭性に乏しいため、この建築構造物の必要保有水平耐力は、ラーメン架構のみの建築構造物の必要保有水平耐力と比べて大きく、また、せん断力分担率と共に大きくなるので、構造設計上不利な構造となる。
また、ラーメン架構からなる建築構造物にRC耐震壁を設け、ラーメン架構のせん断力分担率を50%(図10(A)の変形性能)、RC耐震壁のせん断力分担率を50%(図10(B)の変形性能)とすると、建築構造物全体としての変形性能は、図10(A)の値と図10(B)の値とを足し合わせた図10(C)の変形性能になる。
この場合、斜線で示した部分の面積B1、B2の合計が、この建築構造物の有する振動エネルギー吸収能力(履歴エネルギー吸収量)となるが、実際には層間変形が2cmとなったところでRC耐震壁の水平耐力がなくなってしまうので、建築構造物が倒壊してしまう可能性が高い。よって、ラーメン架構の有する振動エネルギー吸収能力の一部(面積B2)を利用することができないので振動エネルギーの吸収効率が悪くなる。
また、RC耐震壁の変形による履歴エネルギーと、ラーメン架構の変形による履歴エネルギーとを合計したエネルギーの全てを地震等の振動エネルギーの吸収に用いることができないので、ラーメン架構とRC耐震壁の最適な性能を決定するのが難しい。すなわち、建築構造物の構造設計が困難になる。
図11に示すように、特許文献1の波形鋼板250は、柱梁架構252、254の構面に組み入れられている。波形鋼板250は、変形による高いエネルギー吸収能力を有し、また、板厚や波形形状を調整することによって剛性やせん断降伏耐力等の性能を制御することができる。
例えば、複数層のラーメン架構を備えた建築構造物において、ある層に波形鋼板250を設け、ラーメン架構のせん断力分担率を25%、波形鋼板250のせん断力分担率を75%とし、さらに、図12に示すような値C1の性能をラーメン架構が有し、値C2の性能を波形鋼板250が有している場合、波形鋼板250が設けられた層の変形性能はこれらの値を足し合わせた値C3になる。
このように、波形鋼板250は高い変形性能を有しているので層せん断力が急激に低下することはなく、これによって、波形鋼板250の変形による履歴エネルギーと、ラーメン架構の変形による履歴エネルギーとを合計したエネルギーの全てを地震等の振動エネルギーの吸収に用いることができるので、建築構造物の構造設計が行い易くなる。
しかし、波形鋼板250が設けられた層が保有水平耐力に達する前に値C
3の層せん断力の低下(図12では、層間変形2.3cm程度以上の値のこと)が始まってしまうと、振動エネルギーの吸収性能が不安定になり、構造上好ましくない。
特開2005−264713号公報
本発明は係る事実を考慮し、構造設計が行い易く、かつ安定した振動エネルギーの吸収性能を有する建築構造物、及び建築構造物の設計方法を提供することを課題とする。
第1態様の発明は、柱と水平部材とからなる複数層のラーメン架構を備えた建築構造物において、前記ラーメン架構の構面に設けられた耐震壁を有し、前記耐震壁のせん断耐力の大きさは、該耐震壁が設けられた層が保有水平耐力に達するまで低下しないことを特徴とする建築構造物である。
第1態様の発明では、複数層のラーメン架構によって建築構造物が構築されている。ラーメン架構は、柱と水平部材とから構成され、ラーメン架構の構面には、耐震壁が設けられている。そして、ラーメン架構及び耐震壁の変形によって、耐震壁が設けられた層に作用する地震等の振動エネルギーを吸収する。
ここで、耐震壁のせん断耐力の大きさは、この耐震壁が設けられた層が保有水平耐力に達するまで低下しない。すなわち、耐震壁はラーメン架構と同等の靭性を有するので、耐震壁の変形による履歴エネルギーとして振動エネルギーを吸収することができる。
よって、耐震壁が設けられた層の必要保有水平耐力を小さくすることができ、構造上有利な設計を行うことができる。
また、耐震壁が最大耐力に達した後にせん断耐力が急激に低下して建築構造物が崩壊することはない(耐震壁が最大耐力に達した以降においても、ラーメン架構及び耐震壁の変形によって振動エネルギーを吸収し続けることができる)。これにより、耐震壁が設けられた層が保有水平耐力に達するまでのラーメン架構及び耐震壁の変形による履歴エネルギー吸収能力の全てを振動エネルギーの吸収に用いることが可能となる。
すなわち、ラーメン架構及び耐震壁の変形によって、耐震壁が設けられた層に作用する地震等の振動エネルギーを吸収するとは、ラーメン架構の変形によって作用する履歴エネルギー吸収能力と、耐震壁の変形によって作用する履歴エネルギー吸収能力とを単純に足し合わせて地震等の振動エネルギーを吸収するということである。
このように、ラーメン架構の変形によって作用する履歴エネルギー吸収能力と、耐震壁の変形によって作用する履歴エネルギー吸収能力とを単純に足し合わせた履歴エネルギー吸収能力の全てを振動エネルギーの吸収に用いることが可能なのは、ラーメン架構と同様に、耐震壁のせん断耐力が最大耐力に達した後に急激に低下することがないからであり、このような耐震壁の変形性能のことをラーメン架構の変形性能と同等の変形性能であるという。
そして、耐震壁の変形性能がラーメン架構の変形性能と同等以上であれば、ラーメン架構の変形によって作用する履歴エネルギー吸収能力と、耐震壁の変形によって作用する履歴エネルギー吸収能力との単純累加による振動エネルギー吸収能力が得られる。
よって、ラーメン架構及び耐震壁の変形による振動エネルギーの吸収能力は、ラーメン架構の変形によって作用する履歴エネルギー吸収能力と、耐震壁の変形によって作用する履歴エネルギー吸収能力とを単純に足し合わせたものなので、建築構造物の構造設計が行い易い。
また、耐震壁のせん断耐力の大きさは、この耐震壁が設けられた層が保有水平耐力に達するまで低下しないので、安定した振動エネルギー吸収性能を発揮することができる。
第2態様の発明は、第1態様の建築構造物において、前記耐震壁は、鋼板によって形成されていることを特徴としている。
第2態様の発明では、耐震壁を鋼板によって形成することにより、同等のせん断耐力を有する鉄筋コンクリート造の耐震壁(以降、RC耐震壁と記載する)と比較して軽量化を図ることができる。
また、RC耐震壁よりも靭性に優れた耐震壁を構築し易く、工場製作によって品質確保を容易に行うことができる。
第3態様の発明は、第2態様の建築構造物において、前記耐震壁は、鋼板を波形に折り曲げて形成した波形鋼板耐震壁であることを特徴としている。
第3態様の発明では、鋼板を波形に折り曲げて波形鋼板耐震壁を形成している。そして、耐震壁を波形鋼板耐震壁とすることにより、この波形鋼板の板厚や波形形状を調整して、耐震壁の有する性能(剛性、せん断降伏耐力、座屈耐力、限界塑性率、及び座屈発生時層間変形角)を制御することができる。これにより、必要とする性能を有する耐震壁を容易に構築することができる。
第4態様の発明は、第1〜第3態様の何れか1態様の建築構造物において、前記耐震壁が設けられた層の保有水平耐力は、該層から前記耐震壁を無くした前記柱と前記水平部材とからなるラーメン架構に対して用いられる構造特性係数によって求められる必要保有水平耐力以上であることを特徴としている。
第4態様の発明では、耐震壁のせん断耐力の大きさは、この耐震壁が設けられた層が保有水平耐力に達するまで低下しない。すなわち、耐震壁はラーメン架構と同等の靭性を有し、耐震壁の変形による履歴エネルギーとして地震等の振動エネルギーを吸収するので、耐震壁が設けられた層の必要保有水平耐力をラーメン架構の必要保有水平耐力と同程度に小さくすることが可能となる。
よって、耐震壁が設けられた層の必要保有水平耐力をラーメン架構と同様の小さな値の構造特性係数を用いて求めることができる。これにより、耐震壁が設けられた層の必要保有水平耐力を、この層から耐震壁を無くした柱と水平部材とからなるラーメン架構に対して用いられる構造特性係数により求め、耐震壁が設けられた層の保有水平耐力をこの必要保有水平耐力以上とすることによって、構造上の安全性を確保し、かつ経済性に優れた建築構造物を構築することができる。
また、耐震壁のせん断力分担率(耐震壁が設けられた層において、この層に設けられた各耐震壁が分担する地震等の水平力の割合の合計)に関わらずに、同じ構造特性係数を用いることができる。
第5態様の発明は、第4態様の建築構造物において、前記構造特性係数は、0.25又は0.3であることを特徴としている。
第5態様の発明では、必要保有水平耐力を求める構造特性係数を0.25又は0.3としている。
昭55建設省告示第1792号では、鉄筋コンクリート造、鉄骨鉄筋コンクリート造、及び鉄骨造の周辺架構において、構造上の安全性を確保することができる構造特性係数の値が柱・梁の種別ランク毎に規定されている。また、この構造特性係数の値は、耐震壁のせん断力分担率に応じて規定されている。例えば、柱・梁の種別ランクがFAの鉄筋コンクリート造の周辺架構の場合で、壁の種別ランクがWAの耐震壁のせん断力分担率をβuとすると、βu≦0.3のときの構造特性係数は0.3、0.3<βu≦0.7のときの構造特性係数は0.35、0.7<βuのときの構造特性係数は0.4となっている。
ここで、本発明による耐震壁が設けられた層はラーメン架構(周辺架構)と同等の靭性を備えるため、この層の必要保有水平耐力は、ラーメン架構の必要保有水平耐力と同程度に小さくすることが可能である。よって、耐震壁のせん断力分担率に応じて規定されている構造特性係数の値の中の最も小さな値である0.25(柱・梁の種別ランクがFAの鉄骨鉄筋コンクリート造又は鉄骨造の周辺架構の場合)又は0.3(柱・梁の種別ランクがFAの鉄筋コンクリート造の周辺架構の場合)を用いることができる。
よって、構造特性係数を0.25とすれば、柱・梁の種別ランクがFAである鉄骨鉄筋コンクリート造及び鉄骨造のラーメン架構を耐震壁の周辺架構とする場合において、構造上の安全性を確保することができ、かつ経済性に優れた建築構造物を構築することができる。
また、構造特性係数を0.3とすれば、柱・梁の種別ランクがFAである鉄筋コンクリート造のラーメン架構を耐震壁の周辺架構とする場合において、構造上の安全性を確保することができ、かつ経済性に優れた建築構造物を構築することができる。
第6態様の発明は、柱と水平部材とからなる複数層のラーメン架構を備え、前記ラーメン架構の構面に設けられた耐震壁を有する建築構造物の設計方法において、前記耐震壁が設けられた層が保有水平耐力に達するまで前記耐震壁のせん断耐力の大きさが低下しない性能を有するように、前記耐震壁を設計することを特徴とする建築構造物の設計方法である。
第6態様の発明では、複数層のラーメン架構を備えた建築構造物の設計を行う。ラーメン架構は、柱と水平部材とから構成され、ラーメン架構の構面には、耐震壁が設けられている。
この建築構造物の設計方法では、耐震壁が設けられた層が保有水平耐力に達するまで耐震壁のせん断耐力の大きさが低下しない性能を有するように耐震壁の設計を行う。
よって、第1態様と同様の作用と効果を得ることができる。
第7態様の発明は、第6態様の建築構造物の設計方法において、前記耐震壁は、鋼板によって形成されていることを特徴としている。
第7態様の発明では、耐震壁を鋼板によって形成することにより、同等のせん断耐力を有するRC耐震壁と比較して軽量化を図ることができる。
また、RC耐震壁よりも靭性に優れた耐震壁を構築し易く、工場製作によって品質確保を容易に行うことができる。
第8態様の発明は、第7態様の建築構造物の設計方法において、前記耐震壁は、鋼板を波形に折り曲げて形成した波形鋼板耐震壁であることを特徴としている。
第8態様の発明では、鋼板を波形に折り曲げて波形鋼板耐震壁を形成している。そして、耐震壁を波形鋼板耐震壁とすることにより、この波形鋼板の板厚や波形形状を調整して、耐震壁の有する性能(剛性、せん断降伏耐力、座屈耐力、限界塑性率、及び座屈発生時層間変形角)を制御することができる。これにより、必要とする性能を有する耐震壁を容易に構築することができる。
第9態様の発明は、第6〜第8態様の何れか1態様の建築構造物の設計方法において、前記耐震壁が設けられた層の必要保有水平耐力は、該層から前記耐震壁を無くした前記柱と前記水平部材とからなるラーメン架構に対して用いられる構造特性係数によって求められることを特徴としている。
第9態様の発明では、耐震壁のせん断耐力の大きさは、この耐震壁が設けられた層が保有水平耐力に達するまで低下しない。すなわち、耐震壁はラーメン架構と同等の靭性を有し、耐震壁の変形による履歴エネルギーとして地震等の振動エネルギーを吸収するので、耐震壁が設けられた層の必要保有水平耐力をラーメン架構の必要保有水平耐力と同程度に小さくすることが可能となる。
よって、耐震壁が設けられた層の必要保有水平耐力をラーメン架構と同様の小さな値の構造特性係数を用いて求めることができる。これにより、耐震壁が設けられた層の必要保有水平耐力を、この層から耐震壁を無くした柱と水平部材とからなるラーメン架構に対して用いられる構造特性係数により求めることが可能となるので、構造上の安全性を確保し、かつ経済性に優れた建築構造物を構築することができる。なお、通常の構造設計では、耐震壁が設けられた層の保有水平耐力を必要保有水平耐力以上とすることによって構造上の安全性を確保する。
また、耐震壁のせん断力分担率(耐震壁が設けられた層において、この層に設けられた各耐震壁が分担する地震等の水平力の割合の合計)に関わらずに、同じ構造特性係数を用いることができる。
第10態様の発明は、第9態様の建築構造物の設計方法において、前記構造特性係数は、0.25又は0.3であることを特徴としている。
第10態様の発明では、必要保有水平耐力を求める構造特性係数を0.25又は0.3とすることによって、第5態様と同様の効果を得ることができる。
本発明は上記構成としたので、構造設計が行い易く、かつ安定した振動エネルギーの吸収性能を有する建築構造物、及び建築構造物の設計方法を提供することができる。
図面を参照しながら、本発明の建築構造物を説明する。なお、本実施形態では、鉄筋コンクリート造の建築構造物に本発明を適用した例を示すが、鉄骨鉄筋コンクリート造、鉄骨造、及びプレストレストコンクリート造等の建築構造物や、さまざまな規模の建築構造物に対して適用することができる。
まず、本発明の第1の実施形態について説明する。
図1に示すように、地盤12の上に鉄筋コンクリート造の建築構造物10が建てられている。建築構造物10は、柱14と水平部材としての梁16とからなる複数層のラーメン架構18を備えている。
また、図1の2階と3階の間の層20の平面図である図2に示すように、層20には耐震壁としての4つの波形鋼板耐震壁22が配置されている。
図3の正面図、及び図3のN−N断面図である図4に示すように、波形鋼板耐震壁22は、鋼板を波形に折り曲げて形成した波形鋼板24と、波形鋼板24の周囲に設けられた接合用フレーム枠26とによって構成されている。波形鋼板24と接合用フレーム枠26とは溶接によって接合されている。
図4に示すように、波形鋼板24の断面形状は、台形を繋ぎ合わせた形状になっている。また、波形鋼板24はこの波形の折り筋が略水平になるように配置されている。
また、図3に示すように、波形鋼板耐震壁22は、波形鋼板耐震壁22の左右に配置された鉄筋コンクリート造の柱14A、14B、及び波形鋼板耐震壁22の上下に配置された鉄筋コンクリート造の梁16A、16Bによって波形鋼板耐震壁22を囲むように形成されたラーメン架構18の構面に設けられている。ラーメン架構18の構面とは、柱14A、14Bと、梁16A、16Bとによって形成されたラーメン架構18の内面のことである。
接合用フレーム枠26には複数のスタッド28が波形鋼板24の外周部に沿って等間隔に配置され、溶接によって接合用フレーム枠26に取り付けられている。このスタッド28は、ラーメン架構18の施工時に柱14A、14B、及び梁16A、16Bの内部に埋め込まれ、これによってラーメン架構18と波形鋼板24とが一体化される。
そして、接合用フレーム枠26及びスタッド28からなる取り付け構造により、ラーメン架構18から波形鋼板24へ水平力が伝達される。
また、図5に示すように、層20の変形性能(層間変形に対する層せん断力)は値D3のようになっている。値D3は、せん断力分担率を75%とした波形鋼板耐震壁22の変形性能の値D2と、せん断力分担率を25%としたラーメン架構18の変形性能の値D1とを足し合わせたものである。値D2は、図2で示した層20の平面におけるX方向と壁面が平行となるように配置された2つの波形鋼板耐震壁22がそれぞれ負担する層せん断力を合計した値である。
ここで、せん断力分担率とは、波形鋼板耐震壁22やラーメン架構18が負担する地震等の水平力の割合のことであり、建築構造物10の各層毎に求められる値である。
また、層20の必要保有水平耐力は、層20の平面における各方向で計算される。図5は、層20の平面におけるX方向の変形性能を示したものである。層20の平面におけるY方向の変形性能を示す場合には、Y方向と壁面が平行となるように配置された2つの波形鋼板耐震壁22がそれぞれ負担する層せん断力の合計を値D2とする。
図5の値D2からわかるように、波形鋼板耐震壁22の層せん断力(せん断耐力)の大きさは、この波形鋼板耐震壁22が設けられた層20が保有水平体力に達する(層間変形が3cmになる)まで低下しない。
なお、保有水平耐力は、建築構造物の各層の変形が建築構造物の変形性能(靭性)に応じた層間変形に達したときの耐力として算出される。すなわち、建築構造物を構成する各構造部材の塑性変形を考慮した解析モデルによって変位増分解析又は荷重増分解析を行い、建築構造物の各層が所定の変形量(例えばラーメン構造ならば層間変形が1/100程度)に達したときの各層の水平力を各層の保有水平耐力と定義する。そして、この保有水平耐力が建築基準法で定義される必要保有水平耐力以上であることを確認して、構造物の大地震時の構造安全性を確保する。
次に、本発明の第1の実施形態の作用及び効果について説明する。
第1の実施形態では、図3で示したラーメン架構18及び波形鋼板耐震壁22の変形により、波形鋼板耐震壁22が設けられた層20に作用する地震等の振動エネルギーを吸収する。
ここで、図5の値D2に示すように、波形鋼板耐震壁22のせん断耐力の大きさは、この波形鋼板耐震壁22が設けられた層20が保有水平耐力に達する(層間変形が3cmになる)まで低下しない。すなわち、波形鋼板耐震壁22はラーメン架構18と同等の靭性を有するので、波形鋼板耐震壁22の変形による履歴エネルギーとして振動エネルギーを吸収することができる。
よって、波形鋼板耐震壁22が設けられた層20の必要保有水平耐力を小さくすることができ、構造上有利な設計を行うことができる。
また、波形鋼板耐震壁22が最大耐力に達した後にせん断耐力が急激に低下して建築構造物10が崩壊することはない(波形鋼板耐震壁22が最大耐力に達した以降においても、ラーメン架構18及び波形鋼板耐震壁22の変形によって振動エネルギーを吸収し続けることができる)。これにより、波形鋼板耐震壁22が設けられた層20が保有水平耐力に達するまでのラーメン架構18及び波形鋼板耐震壁22の変形による履歴エネルギー吸収能力の全てを振動エネルギーの吸収に用いることが可能となる。
すなわち、ラーメン架構18及び波形鋼板耐震壁22の変形により、波形鋼板耐震壁22が設けられた層20に作用する地震等の振動エネルギーを吸収するとは、ラーメン架構18の変形によって作用する履歴エネルギー吸収能力と、波形鋼板耐震壁22の変形によって作用する履歴エネルギー吸収能力とを単純に足し合わせて振動エネルギーを吸収することなので、建築構造物10の構造設計が行い易い。
このように、ラーメン架構18の変形によって作用する履歴エネルギー吸収能力と、波形鋼板耐震壁22の変形によって作用する履歴エネルギー吸収能力とを単純に足し合わせた履歴エネルギー吸収能力の全てを振動エネルギーの吸収に用いることが可能なのは、ラーメン架構18と同様に、波形鋼板耐震壁22のせん断耐力が最大耐力に達した後に急激に低下することがないからであり、このような波形鋼板耐震壁22の変形性能のことをラーメン架構18の変形性能と同等の変形性能であるという。
そして、波形鋼板耐震壁22の変形性能がラーメン架構18の変形性能と同等以上であれば、ラーメン架構18の変形によって作用する履歴エネルギー吸収能力と、波形鋼板耐震壁22の変形によって作用する履歴エネルギー吸収能力との単純累加による振動エネルギー吸収能力が得られる。
また、波形鋼板耐震壁22のせん断耐力の大きさは、この波形鋼板耐震壁22が設けられた層20が保有水平耐力に達するまで低下しないので、安定した振動エネルギー吸収性能を発揮することができる。
また、波形鋼板耐震壁22は鋼板によって形成されているので、同等のせん断耐力を有する鉄筋コンクリート造の耐震壁(以降、RC耐震壁と記載する)と比較して軽量化を図ることができる。
また、RC耐震壁よりも靭性に優れた耐震壁を構築し易く、工場製作によって品質確保を容易に行うことができる。
また、波形鋼板耐震壁22の波形鋼板24は鋼板を波形に折り曲げて形成されているので、この波形鋼板24の板厚や波形形状を調整して波形鋼板耐震壁22の有する性能(剛性、せん断降伏耐力、座屈耐力、限界塑性率、及び座屈発生時層間変形角)を制御することができる。これにより、必要とする性能を有する耐震壁を容易に構築することができる。
また、建築構造物を設計する際には、図5で説明したように、波形鋼板耐震壁が設けられた層が保有水平耐力に達するまで波形鋼板耐震壁のせん断耐力の大きさが低下しない性能を有するように波形鋼板耐震壁の設計を行えば、建築構造物10と同様に、構造設計が行い易く、かつ安定した振動エネルギーの吸収性能を有する建築構造物を構築することができる。
次に、本発明の第2の実施形態について説明する。
第2の実施形態は、第1実施形態の層20の保有水平耐力の条件の一例を示したものである。したがって、第2の実施形態の説明において、第1の実施形態と同じ構成のものは、同符号を付すると共に、適宜省略して説明する。
第2の実施形態では、波形鋼板耐震壁22が設けられた層20の必要保有水平耐力が、この層20から波形鋼板耐震壁22を無くした柱14と梁16とからなるラーメン架構18(以降、純ラーメン架構と記載する)に対して用いられる構造特性係数によって求められている。構造特性係数とは、建築構造物の各層の靭性を評価する指標であり、建築基準法で用いられている。
そして、波形鋼板耐震壁22が設けられた層20の保有水平耐力は、この必要保有水平耐力以上となっている。
次に、本発明の第2の実施形態の作用及び効果について説明する。
第2の実施形態では、図5の値D2に示すように、波形鋼板耐震壁22のせん断耐力の大きさは、この波形鋼板耐震壁22が設けられた層20が保有水平耐力に達する(層間変形が3cmになる)まで低下しない。すなわち、波形鋼板耐震壁22は純ラーメン架構と同等の靭性を有し、波形鋼板耐震壁22の変形による履歴エネルギーとして地震等の振動エネルギーを吸収するので、波形鋼板耐震壁22が設けられた層20の必要保有水平耐力を純ラーメン架構の必要保有水平耐力と同程度に小さくすることが可能となる。
よって、波形鋼板耐震壁22が設けられた層20の必要保有水平耐力を純ラーメン架構と同様の小さな値の構造特性係数を用いて求めることができる。これにより、波形鋼板耐震壁22が設けられた層20の必要保有水平耐力を純ラーメン架構に対して用いられる構造特性係数により求め、波形鋼板耐震壁22が設けられた層20の保有水平耐力をこの必要保有水平耐力以上とすることにより、構造上の安全性を確保し、かつ経済性に優れた建築構造物を構築することができる。
また、波形鋼板耐震壁22のせん断力分担率(耐震壁が設けられた層において、この層に設けられた各耐震壁が分担する地震等の水平力の割合の合計)に関わらずに、同じ構造特性係数を用いることができる。
昭55建設省告示第1792号では、周辺架構の構造(鉄筋コンクリート造、鉄骨鉄筋コンクリート造、鉄骨造)、及び周辺架構の種別ランク(FA、FB、FC、FD)に対して、耐震壁のせん断力分担率に応じた構造特性係数が規定されている。
例えば、柱・梁の種別ランクがFAの場合の鉄筋コンクリート造の周辺架構で、壁の種別ランクがWAの耐震壁のせん断力分担率をβuとすると、βu≦0.3のときの構造特性係数は0.3、0.3<βu≦0.7のときの構造特性係数は0.35、0.7<βuのときの構造特性係数は0.4となっている。
ここで、波形鋼板耐震壁22が設けられた層20は、純ラーメン架構(周辺架構)と同等の靭性を備えるため、この層20の必要保有水平耐力は、純ラーメン架構(周辺架構)の必要保有水平耐力と同程度に小さくすることが可能である。よって、波形鋼板耐震壁22のせん断力分担率に応じて規定されている構造特性係数の値(0.3、0.35、0.4)の中の最低値である0.3を用いることができる。
よって、構造特性係数を0.3とすれば、柱・梁の種別ランクがFAである鉄筋コンクリート造の純ラーメン架構を波形鋼板耐震壁22の周辺架構とする場合において、構造上の安全性を確保することができ、かつ経済性に優れた建築構造物10を構築することができる。
また、純ラーメン架構を、柱・梁の種別ランクがFB、FC、FDの鉄筋コンクリート造としてもよいし、柱・梁の種別ランクがFA、FB、FC、FDの鉄骨鉄筋コンクリート造又は鉄骨造としてもよい。これらの場合には、柱・梁の種別ランクがFAの鉄筋コンクリート造の純ラーメン架構の場合と同様の考え方を用いて、昭55建設省告示第1792号において、耐震壁のせん断力分担率は考慮せずに、対象とする周辺架構の構造、及び柱・梁の種別ランクに応じた構造特性係数の値の内の最低値を用いればよい(表1を参照のこと)。
例えば、柱・梁の種別ランクがFAの鉄骨鉄筋コンクリート造又は鉄骨造の架構の場合、構造特性係数を0.25とすれば、構造上の安全性を確保することができ、かつ経済性に優れた建築構造物を構築することができる。なお、純ラーメン架構に対して用いられる構造特性係数によって必要保有水平耐力を求めること(表1に示した構造特性係数を用いること)については、財団法人日本建築総合試験所による、建築技術性能認証証明(性能証明第06−20号)にて技術的に認められている。
また、建築構造物を設計する際には、波形鋼板耐震壁が設けられた層の必要保有水平耐力をこの層から波形鋼板耐震壁を無くした柱と梁とからなる純ラーメン架構に対して用いられる構造特性係数によって求めれば、構造上の安全性を確保し、かつ経済性に優れた建築構造物を構築することができる。なお、通常の構造設計では、波形鋼板耐震壁が設けられた層の保有水平耐力を必要保有水平耐力以上とすることによって構造上の安全性を確保する。
また、建築構造物を設計する際には、波形鋼板耐震壁のせん断力分担率に関わらずに、同じ構造特性係数を用いることができるので、構造設計が行ない易い。
なお、第1及び第2の実施形態では、ラーメン架構18(純ラーメン架構)を鉄筋コンクリート造としたが、第2の実施形態で述べたように、ラーメン架構18(純ラーメン架構)を鉄骨鉄筋コンクリート造や鉄骨造としてもよい。
また、第1及び第2の実施形態では、水平部材を梁としたが、大梁、小梁、床スラブ等であってもよい。
また、第1及び第2の実施形態では、波形鋼板24の波形の折り筋が略水平になるように波形鋼板24をラーメン架構18の構面に設けた例を示したが、波形鋼板24は、折り筋が略鉛直となるように設けてもよい。このように配置した場合、波形鋼板耐震壁の鉛直剛性は大きくなるが、波形鋼板24に特有の変形性能に影響はなく、優れた耐震性能は確保される。
また、第1及び第2の実施形態では、波形鋼板24の断面形状を、台形を繋ぎ合わせた形状とした例を示したが、断面形状は波形であればよく、円弧、矩形、山形、三角形等を繋ぎ合わせた形状としてもよい。
また、第1及び第2の実施形態で示した波形鋼板耐震壁22は、建築構造物のどの層に配置してもよいし、どのような平面配置にしてもよい。建築構造物の耐震性や構造安全性等を考慮して波形鋼板耐震壁22の配置を適宜決めればよい。
また、第1及び第2の実施形態では、波形鋼板24がラーメン架構18の構面の全域に設けられている例を示したが、ラーメン架構18の構面の一部に設けられて開口部を形成するようにしてもよい。例えば、波形鋼板耐震壁22を間柱のように配置してもよい。
また、図5で示した変形性能の値D1、D2、D3は、本発明の効果を説明するための一例であり、値D1、D2、D3は、波形鋼板耐震壁が設けられた建築構造物の層が保有水平耐力に達するまで波形鋼板耐震壁のせん断耐力の大きさが低下しない条件を値D2が満たしていれば、他の値であってもよい。
また、第1及び第2の実施形態では、波形鋼板耐震壁22を用いた例を示したが、これに限らず、耐震壁が設けられた建築構造物の層が保有水平耐力に達するまで耐震壁のせん断耐力の大きさが低下しなければ、他の構造の耐震壁を用いてもよい。例えば、波形でない鋼製の耐震壁を用いてもよい。
以上、本発明の第1及び第2の実施形態について説明したが、本発明はこうした実施形態に何等限定されるものでなく、第1及び第2の実施形態を組み合わせて用いてもよいし、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々なる態様で実施し得ることは勿論である。
(実施例)
図6は、ラーメン架構30頂部に水平力を載荷したときのラーメン架構30の破壊状況を模写した絵であり、図7は、このときのラーメン架構30の全体変形角に対する水平荷重の値を示したものである。ラーメン架構30の各層の構面には、第1及び第2の実施形態で示した波形鋼板耐震壁22が設けられている。よって、図7はラーメン架構30と波形鋼板耐震壁22の耐力の合計をあらわしており、例えば図5の例の値D3と同じ意味合いを持つグラフである。
ラーメン架構30は、約1/3スケールの3層1スパン骨組み(階高さ1m、スパン2m)となっている。また、水平力は、200ton油圧ジャッキによって振幅を少しずつ大きくしながら正負交番となるように繰り返し与えられた。
図6、7に示すように、まず、全体変形角1/1000radの正載荷時(点P1)において1層目の梁端部(位置R1)に曲げひび割れが発生した後に、1層目の柱脚部(R2)、2層目の梁端部(位置R3、R4)、及び3層目の梁端部(位置R5、R6)に曲げひび割れが発生した。
次に、全体変形角4/1000radの正載荷時(点P2)において剛性が大きく変化し(矢印T1)、それ以降の繰り返し載荷によって紡錘形の履歴ループを示すようになった。
次に、全体変形角10/1000radの2回目の負載荷時(点P3)において2層目の波形鋼板耐震壁22の波形鋼板24がせん断座屈したが(位置R7)、耐力が低下することなく全体変形角15/1000radにおいて最大耐力1,530kNに至った(点P4)。そして、この後も急激に耐力が低下することなく(矢印T2)、全体変形角30/1000radの正載荷ピーク時において最大耐力の85%に達した(点P5)。
この載荷実験からわかるように、波形鋼板耐震壁が設けられたラーメン架構のせん断耐力の大きさが波形鋼板のせん断座屈後も低下せず、また、その後も急激に耐力が低下することのない性能を有していれば、ラーメン架構及び波形鋼板耐震壁の変形による履歴エネルギーとして振動エネルギーを吸収することができる。すなわち、波形鋼板耐震壁はラーメン架構と同等の変形性能を有しており、これにより両者の履歴エネルギーを単純に足し合わせた振動エネルギーの吸収能力が得られることを意味している。
図8は、エネルギー吸収能力を一定にして、波形鋼板耐震壁のせん断力分担率を変えたときの層間変形に対する層せん断力の値を比較した一例である。波形鋼板耐震壁は、全体変形角H/300で波形鋼板が降伏し、H/100まで変形性能があると仮定した。Hは階高を示している。
値32は、ラーメン架構のせん断力分担率を100%、及び波形鋼板耐震壁のせん断力分担率を0%とし、値34は、ラーメン架構のせん断力分担率を75%、及び波形鋼板耐震壁のせん断力分担率を25%とし、値36は、ラーメン架構のせん断力分担率を50%、及び波形鋼板耐震壁のせん断力分担率を50%とし、値38は、ラーメン架構のせん断力分担率を25%、及び波形鋼板耐震壁のせん断力分担率を75%とし、値40は、ラーメン架構のせん断力分担率を0%、及び波形鋼板耐震壁のせん断力分担率を100%とした値である。
図8からわかるように、波形鋼板耐震壁のせん断力分担率に関わらず、必要保有水平耐力はほぼ一定となる。よって、これらの波形鋼板耐震壁が配置された建築構造物の設計において同じ構造特性係数を用いることができる。