明 細 書
靭性に優れた 655MPa級マルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方 法
技術分野
[0001] 本発明は、油井またはガス井に使用される油井用材料としてのマルテンサイト系ス テンレス鋼及びその製造方法に関し、特に、高 c〇環境下での使用に適し、降伏強
2
度 655MPa級(90ksi級)、すなわち降伏強度が 655— 758MPaで、高靭性を有す る、安価な継目無管用マルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方法に関する。 背景技術
[0002] 近年、高深度の井戸、高温'高圧ガス田、あるいは寒冷地などさまざまな環境の油 井-ガス井の開拓が進んでいる。これに伴い、高 CO環境下による腐食の問題、さら
2
に H Sが含まれる油井の場合には H Sに起因する硫化物応力腐食割れ (SSCC)の
2 2
問題も顕在化している。このため、これらの過酷な腐食環境に耐え、かつ深層用の油 井管に必要な降伏強度 552MPa以上の強度と、高靭性を併せ持つ鋼管の需要が 高まってきた。
[0003] 従来、油井用材料には AISI (米国鉄鋼協会)の 410鋼または 420鋼が使用されて きた。これらの鋼は比較的安価で、 552MPa以上の降伏強度が熱処理により得られ る力 十分な耐食性や靭性を有するとはいえない。またこれらの鋼は、鋼中に炭素量 が 0. 1重量%程度以上含有されているため、製造過程で水冷を行うことができず、 製造効率を阻害している。
[0004] 一方、上述の強度、高靭性、高耐食性を有するマルテンサイト系ステンレス鋼及び その製造方法について、これまでにいくつかの提案がなされている。
[0005] 例えば、特許文献 1 (特許第 2665009号公報)には、重量%で、 C : 0. 005— 0. 0 4%、 Cr : 12. 0— 17. 0%、 Ni : l . 5— 6. 0%を含む鋼及びその製造方法が提案さ れているが、降伏強度(耐力)が 784— 1078MPaで、汎用の 552MPa級や 655MP a級よりも高強度であり、 65%硝酸腐食試験における耐食性は良好であるものの、高 CO環境下における耐食性は検討がなされていない。また特許文献 2 (特許第 2091
532号公報)には、重量%で、 C:0.15%以下、 Cr:9一 16.0%、Ni:0.2— 2.5% を含む鋼及びその製造方法が提案されているが、制御圧延を必要とするため、製造 工程の効率に問題点があり、また製造設備上の制約もある。特許文献 3 (特許第 299 5524号公報)には、重量%で、 C:0.03%以下、 Cr:ll一 17%、 Ni:3.5-7.0% を含む鋼ならびにその製造方法が提案されているが、 3.5%以上の Ni添加を必要と するため経済性に難点がある。また、特許文献 4 (特開 2004-115890号公報)には 、重量%で、 C:0.05%以下、 Cr:10— 12.5%、 Ni:l.5—3.0%を含む低 Ni鋼 ならびにその製造方法が提案されているが、強度は 552MPa級に限定される。これ は、強度をこれ以上高めた場合には、この成分系では靭性、耐 SSC性等の特性が 急激に低下するためである。さらにまた、特許文献 5 (特開 2004— 99964号公報)に は、質量0 /0で、 C:0.02—0.05%、 Cr:10 12%、 Ni:l.5-3.0%、Nb:0.00 5-0.10%を含む低 Ni-Nb鋼ならびにその製造方法が提案されているが、強度は 758MPa級に限定される。
特許文献 1:特許第 2665009号公報
特許文献 2:特許第 2091532号公報
特許文献 3:特許第 2995524号公報
特許文献 4:特開 2004— 115890号公報
特許文献 5:特開 2004 - 99964号公報
発明の開示
発明が解決しょうとする課題
[0006] 以上のように、従来技術においては、高 CO環境下での使用に適し、 655— 758
2
MPaの降伏強度で高靭性を有し、経済性に優れた油井管は得られていない。本発 明は、これらの従来技術の問題点を解決すべく種々検討し、 655級の降伏強度で、 -40°Cという低温下でも 200J以上という十分な靭性を有し、かつ経済性にも優れた 継目無管用のマルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方法を見出したものである 課題を解決するための手段
[0007] すなわち本発明者らは、 C量を低く制限して炭化物の析出を抑制することで、耐食
性や靭性を改善し、製造時の水冷も可能とした。 C量の制限に伴い、 Cr量を、 420鋼 などの従来材の添加量 13%より低くしても同等の耐食性を有することを見出し、さら に Cr量の制限に伴い Ni量を 2%程度に抑えてコスト低減を図った。また、少量の Mo を添加すると、例えば一 40°Cという寒冷地の使用に耐える安定した靭性が得られるこ とを発見した。
[0008] 本発明の過程で、化学成分を変化させて溶製した鋼塊を熱間圧延した後、加熱後 焼入れ、焼戻しの熱処理条件を変化させ、適切な強度 -靭性 -高 CO環境下での耐
2
食性のバランスを検討した。その結果、化学成分及び熱処理条件を本発明の所定の 範囲に制御することにより、高 C〇環境下での使用に適した、 655MPa級の降伏強
2
度を有する継目無管用のマルテンサイト系ステンレス鋼を得ることができた。
[0009] 本発明の靭性に優れた 655MPa級マルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方 法は、このような知見に基づいて構成されたものであり、その要旨は以下のとおりであ る。
[0010] 第 1の発明に係る靭性に優れた 655MPa級マルテンサイト系ステンレス鋼は、重量 %で、 C:0.005—0.05%、 Si:0. 1一 0.5%、 Mn:0.1一 2.0%、 P:0.05%以 下、 S:0.005%以下、 Cr:10.0— 12.5%、 Mo:0.1一 0.5%、 Ni:l.5— 3.0 %、Ν:0· 02%以下、 Α1:0.01-0.1%を含有し、かつ、式: FI = Cr+Mo— Ni— 3 0(C + N)で定義される FI値が 5.00-8.49であり、残部が実質的に鉄からなる鋼 である。
[0011] 第 2の発明に係る靭性に優れた 655MPa級マルテンサイト系ステンレス鋼は、第 1 の発明の化学成分を有する鋼が、さらに、重量%で、 Cu:0.5%以下、 Nb:0.05% 以下、 V:0.1%以下、 B:0.005%以下、 Ca:0.005%以下からなる群から選択さ れる化学成分の 1種以上を含有する鋼である。
[0012] 第 3の発明に係る靭性に優れた 655MPa級マルテンサイト系ステンレス鋼の製造 方法は、重量0 で、 C:0.005—0.05%、 Si:0.1—0.5%、 Mn:0. 1-2.0%、 P:0.05%以下、 S:0.005%以下、 Cr:10.0 12.5%、 Mo:0.1—0.5%、 Ni: 1.5—3.0%、N:0.02%以下、 A1:0.01—0. 1%を含有し、かつ、式: FI = Cr + Mo_Ni— 30(C + N)で定義される FI値が 5.00-8.49であり、残部が実質的に鉄
力 なる鋼を、熱間圧延後冷却し、その後 780— 960°Cの温度範囲に再加熱した後 焼入れを行い、次いで 550— 650°Cの温度範囲で焼戻しを行う方法である。
[0013] 第 4の発明に係る靭性に優れた 655MPa級マルテンサイト系ステンレス鋼の製造 方法は、第 3の発明の化学成分を有する鋼が、さらに、重量%で、 Cu : 0. 5%以下、 Nb : 0. 05%以下、 V: 0. 1%以下、 B : 0. 005%以下、 Ca : 0. 005%以下からなる 群から選択される化学成分の 1種以上を含有する鋼を、熱間圧延後冷却し、その後 7 80— 960°Cの温度範囲に再加熱した後焼入れを行レ、、次いで 550— 650°Cの温度 範囲で焼戻しを行う方法である。
発明を実施するための最良の形態
[0014] 以下、本発明の化学成分及び製造条件を前記の範囲に限定した理由について説 明する。なお化学成分については、重量%を意味する。
[0015] C : 0. 005— 0. 05%
Cは、固溶強化、生成するマルテンサイト相の硬化及び炭化物としての析出強化に より鋼の強度を上昇させる。 C含有量がこの範囲にあると、鋼の強度上昇効果が発揮 され、靭性ならびに耐食性が良好に保たれる。特に、低 C量にともない鋼中の炭化物 の析出が抑制されることから、高 CO環境下での耐食性が優れる。
2
[0016] Si : 0. 1-0. 5%
Siは脱酸元素として鋼中に必須的に含有される。 Si含有量がこの範囲にあると、脱 酸効果が発揮されるとともに、靭性が維持できる。
[0017] Mn: 0. 1— 2. 0%
Mnは Siと同様に脱酸元素として鋼中に必須的に含有される。 Mn含有量がこの範 囲にあると、脱酸効果が発揮されるとともに、靭性が維持できる。
[0018] P : 0. 05%以下
Pは不純物元素であり、靭性の劣化を招くため、なるべく低い方が好ましい。 P含有 量がこの範囲にあると、靭性の劣化が抑えられる。
[0019] S : 0. 005%以下
Sは Pと同様に不純物元素であり、靭性の劣化を招き、かつ熱間加工性も低下させ るため、なるべく低い方が好ましい。 S含有量がこの範囲にあると、靭性の劣化及び
熱間加工性の低下が抑えられる。
[0020] Cr : 10. 0— 12. 5%
Crは耐食性を向上させる効果がある。本発明では C量を 0. 005— 0. 05%の範囲 としているため、 Cr含有量がこの範囲にあっても、十分な耐食性が得られる。一方こ の範囲を超えて Crを含有させても耐食性向上効果は飽和するので、経済的に有利 でない。好ましくは、 Cr: 10. 0%以上 12. 0%未満、より好ましくは、 Cr: l l . 0以上 1 2. 0%未満である。
[0021] Mo : 0. 1—0. 5%
Moは析出物の析出サイトや種類を制限し、靭性を向上させる効果がある。特に Cr
2
(C, N)と M Cの析出量が、 M Cの析出量より少ないと靭性向上に有効である。
7 3 23 6
Mo含有量がこの範囲にあると、靭性向上効果が発揮できる。なおこの範囲を超えて Moを含有させることは、デルタ( δ )フヱライト生成や経済性の見地から好ましくない 。好ましくは、 Μο : 0. 15-0. 40%である。
[0022] Ni: 1. 5— 3. 0%
Niは耐食性ならびに靭性を向上させる効果がある。 Ni含有量がこの範囲にあると、 δフェライトの生成が抑制でき、熱間加工性が良好である。こと力 、なおこの範囲を 超えて Niを含有させることは、靭性向上効果が飽和するので有利ではない。好ましく は、 Ni : 2. 0— 3. 0%である。
[0023] N : 0. 02%以下
Nは、固溶強化及び析出強化により強度を上昇させる効果がある。この範囲を超え て Nを含有させることは、 N力 V、 Nb、 Tiなどと結合して粗大な析出物を形成し、そ の結果靭性を劣化させ、熱間加工性を低下させるので有利ではない。
[0024] A1 : 0. 01—0. 1%
A1は脱酸元素として鋼中に必須的に含有される。 A1含有量がこの範囲にあると、脱 酸効果が発揮でき、かつ粒界に析出し粒界強度を低下させ、それにより靭性を劣化 させる A1Nの生成が抑制できる。
[0025] FI値: 5. 00 8. 49%
ここで、 FI値は、式
FI = Cr+Mo-Ni-30 (C + N)
で定義される、 δフェライトの生成を示すパレメータである。なお、係数はシェフラー ダイアグラムに従った。この値が 8. 49%以下であると δフェライトの生成が抑えられ るので、良好な靭性を示す。
[0026] 残部は実質的に鉄である。ここで、「実質的に鉄」とは、本発明の目的に影響を与え ない範囲での、鋼を溶製する際に不可避的に混入される、 0、 Ηのガス成分、 Sn、 A s、 Sb等の不純物元素が存在してもよいことを意味する。
[0027] 本発明では、さらに、 Cu、 Nb、 V、 B、 Caから選択される化学成分の 1種以上を含 有させて、強度、靭性、耐食性ならびに熱間加工性の向上を図ることができる。以下 に、これらの化学成分の限定理由について説明する。
[0028] Cu : 0. 5%以下
Cuは耐食性を向上させる効果がある。 Cu含有量がこの範囲にあると、熱間加工性 の劣化等の問題は生じない。
[0029] Nb : 0. 05%以下
Nbは、焼入れ時に析出する Nb炭化物によりオーステナイト粒を微細化し靭性を向 上させ、かつ焼戻し時に析出する微細な Nb炭化物により強度を上昇させることがで きる。 Nb含有量がこの範囲にあると、 Nb炭化物の析出による強度上昇は、適切な範 囲に制御できる。
[0030] V: 0. 1 %以下
Vは、 Nと窒化物を形成し強度を上昇させる効果がある。 V含有量がこの範囲にあ ると、強度上昇効果は飽和することなぐかつ析出物の粗大化による靱性劣化を招く ことがないので、靭性を損なうことなく強度上昇を図ることができる。
[0031] B : 0. 005%以下
Bは粒界強化の効果がある。 B含有量がこの範囲にあると、粒界に低融点の化合物 を生成することがないので、熱間加工性を維持しつつ、粒界強化を図ることができる
[0032] Ca : 0. 005%以下
Caは硫化物の形態を制御し、靭性及び耐食性を向上させる効果がある。 Ca含有
量がこの範囲にあると、 Ca系介在物の生成が抑えられ、靭性及び耐食性を向上させ ること力 Sできる。
[0033] 次に、製造条件について説明する。
[0034] 焼入れ加熱温度: 780 960°C
焼入れ時の加熱温度がこの範囲にあると、加熱時に完全なオーステナイト単相組 織が得られるので、その後の冷却(焼入れ)により、マルテンサイト一相組織が得られ 安定した焼入れ組織となり、かつオーステナイト粒の粗大化が抑えられるので、靭性 が良好である。
[0035] 焼戻し温度: 550— 650°C
本発明が対象とする鋼は、焼入れままでは強度が高ぐ靭性も十分でないため、適 正な焼戻しをする必要がある。焼戻し温度がこの範囲にあると、所望の強度を得るこ とができ、靭性が良好である。
[0036] 本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼は、転炉、電気炉、その他、化学成分を発 明の範囲内に制御できる溶製方法であれば、いずれの溶製方法を用いることができ る。溶製された鋼は、油井用鋼管として用いる場合には、铸造あるいは圧延でビレツ ト等の形状とし、その後、押出型穿孔機もしくは傾斜ロール型穿孔圧延機による穿孔 等のプロセス、圧延プロセス等を経て継目無鋼管とし、所定の熱処理を施す。
[0037] また本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼は、油井用鋼管以外の用途、例えば輸 送用鋼管としても用いることができる。この場合は、溶製された鋼を、铸造あるいは圧 延でスラブの形状とし、その後、厚板圧延機又はあるいはホットストリップ圧延機を用 レ、て鋼板に圧延し、その後所定の熱処理を施したのち、溶接により鋼管を製造する。 あるいはまた、圧延鋼板を溶接により鋼管に製造したのち、所定の焼入れ'焼戻しの 熱処理を施してもよい。
[0038] なお、本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼では、熱間圧延後に再加熱焼入れを 行なっているが、熱間圧延後に鋼を直接焼入れすることができる直接焼入れ装置を 有する場合は、再加熱焼入れに代えて直接焼入れを行ない、鋼管にその後所定の 焼戻し施すことができる。
実施例
表 1は本発明鋼 (No.1— 17)の化学成分、表 2は本発明鋼の熱処理温度及び特 性評価の結果を、表 3は比較鋼(No. 18— 35)の化学成分、表 4は比較鋼の熱処理 温度及び特性評価の結果を示したものである。
区 No. 降伏強度 vE-40 腐食速度 総合評価
分 (MPa) 0) (mm/y)
1 668 226 0.05 〇
2 680 274 0.05 〇
3 713 253 0.03 0
本 4 676 265 0.03 〇
5 668 281 0.04 0
6 717 267 0.03 〇
発 7 676 213 0.06 〇
8 669 277 0.07 〇
9 690 269 0.06 〇
明 10 679 276 0.06 〇
11 694 302 0.04 〇
12 724 292 0.05 〇
14 690 243 0.05 〇
15 703 255 0.05 〇
16 712 247 0.05 〇
17 699 271 0.03 〇
18 710 249 0.04 〇
[0042]
網掛'太字:本発明の範囲外
[0043]
網掛'太字:本発明の範囲外
NA:試験未実施
[0044] 本発明鋼及び比較鋼は、いずれも実験炉で真空溶解し、得られた鋼塊を熱間加工
により鋼板 (板厚 12mm)とした。これらに熱処理を施し、強度、靭性、耐食性を調査 した。強度は、板厚中央部から ASTM Type Fの丸棒試験片を採取して引張試験 を行い、降伏強度を評価した。靭性は、板厚中央部からフルサイズの Vノッチシャル ピー試験片を切り出し、試験温度一 40°Cにて衝撃試験を行レ、その吸収エネルギを評 価した。耐食性は、 100°C、 30barの炭酸ガスと平衡した 10%NaCl水溶液中に試験 片を 336時間浸漬し、このときの腐食減量を評価した。
[0045] 目標値として、強度は降伏強度が 655 758MPa、靭性は _40°Cでの吸収エネル ギ (vE )が 200J以上、耐食性は腐食速度が 0. 3mm/year以下を良好とした。
-40
[0046] 表 1一 4において、化学成分、製造条件とも本発明の範囲を満たす No、 1一 17は、 十分な強度、靭性、耐食性を示すことが確認された。一方、化学成分又は製造条件 が本発明の範囲外にある No. 18 35は、強度、靭性のいずれか、あるいは両方が 目標特性に到達していなレ、。特に、 Mo含有量が本発明の範囲外にある No. 26— 2 9に対して本発明の範囲の熱処理を行っても、一 40°Cでの吸収エネルギあるいは強 度が十分とはいえない。
[0047] 発明の効果
本発明では、化学成分ならびに製造条件を規定することにより、継目無管に要求さ れる特性を向上させることができる。その結果、高 CO環境下で使用されるのに適し
2
靭性に優れた、 655MPa級の継目無管用のマルテンサイト系ステンレス鋼を安価に 提供すること力 Sできる。