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JP7614555B1 - サワー環境での使用に適した鋼材 - Google Patents

サワー環境での使用に適した鋼材 Download PDF

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Abstract

高い降伏強度と、低温サワー環境における優れた破壊靭性とを有する鋼材を提供する。本開示による鋼材は、明細書に記載の化学組成からなり、降伏強度σYSが758MPa以上であり、鋼材中の旧オーステナイト粒界近傍のMo含有量γMoが5.0質量%以上である。本開示による鋼材はさらに、降伏強度σYSが862MPa未満の場合、式(1)で定義されるFn1が-300以上を満たし、降伏強度σYSが862MPa以上の場合、式(1)で定義されるFn1が-520以上を満たす。
Fn1=83×(γMo-10-7×√ρ)-σYS (1)
ここで、式(1)中のγMoには旧オーステナイト粒界近傍のMo含有量が質量%で代入され、式(1)中のρには転位密度がm-2で代入され、式(1)中のσYSには降伏強度がMPaで代入される。

Description

本開示は、鋼材に関し、さらに詳しくは、サワー環境での使用に適した鋼材に関する。
油井及びガス井(以下、油井及びガス井を総称して、単に「油井」という)の深井戸化により、油井用鋼管に代表される油井用鋼材の高強度化が求められている。具体的には、80ksi級(降伏強度が80~95ksi未満、つまり、552~655MPa未満)や、95ksi級(降伏強度が95~110ksi未満、つまり、655~758MPa未満)の油井用鋼材が広く利用されており、最近ではさらに、110ksi級(降伏強度が110~125ksi未満、つまり、758~862MPa未満)、125ksi級(降伏強度が125~140ksi未満、つまり、862~965MPa未満)、及び、140ksi以上(降伏強度が140ksi以上、つまり、965MPa以上)の油井用鋼管が求められ始めている。
一方、深井戸の多くは、腐食性を有する硫化水素を含有するサワー環境である。本明細書において、サワー環境とは、硫化水素を含み、酸性化した環境を意味する。なお、サワー環境では、二酸化炭素を含む場合もある。このようなサワー環境で使用される油井用鋼管は、高強度だけでなく、耐硫化物応力割れ性(耐Sulfide Stress Cracking性:以下、耐SSC性という)も要求される。
油井用鋼管に代表される鋼材の耐SSC性を高める技術が、特開2000-297344号公報(特許文献1)、特開2001-271134号公報(特許文献2)、及び、国際公開第2008/123422号(特許文献3)に提案されている。
特許文献1に開示されている油井用鋼は、質量%で、C:0.15~0.3%、Cr:0.2~1.5%、Mo:0.1~1%、V:0.05~0.3%、Nb:0.003~0.1%を含有する。この油井用鋼は、析出している炭化物の総量が1.5~4質量%、炭化物の総量に占めるMC型炭化物の割合が5~45質量%、M236型炭化物の割合が製品の肉厚をt(mm)とした時(200/t)質量%以下である。この油井用鋼は、耐SSC性に優れる、と特許文献1には記載されている。
特許文献2に開示されている低合金鋼材は、質量%で、C:0.2~0.35%、Si:0.05~0.5%、Mn:0.1~1%、P:0.025%以下、S:0.01%以下、Cr:0.1~1.2%、Mo:0.1~1%、B:0.0001~0.005%、Al:0.005~0.1%、N:0.01%以下、V:0.05~0.5%、Ni:0.1%以下、W:1.0%以下、O:0.01%以下を含有し、残部Fe及び不純物からなり、式(0.03≦Mo×V≦0.3)、及び、式(0.5×Mo-V+GS/10≧1)を満たし、降伏強度が1060MPa以上である。なお、式中のGSとは、旧オーステナイト粒のASTM粒度番号を意味する。この低合金鋼材は、耐SSC性に優れる、と特許文献2には記載されている。
特許文献3に開示されている低合金鋼は、質量%で、C:0.10~0.20%、Si:0.05~1.0%、Mn:0.05~1.5%、Cr:1.0~2.0%、Mo:0.05~2.0%、Al:0.10%以下、及び、Ti:0.002~0.05%を含有し、かつ、Ceq(=C+(Mn/6)+(Cr+Mo+V)/5)が0.65以上であり、残部がFe及び不純物からなり、不純物中、P:0.025%以下、S:0.010%以下、N:0.007%以下、B:0.0003%未満である。この低合金鋼は、粒径が1μm以上のM236型析出物が0.1個/mm2以下である。この低合金鋼は、耐SSC性が向上されている、と特許文献3には記載されている。
特開2000-297344号公報 特開2001-271134号公報 国際公開第2008/123422号
ところで、近年、耐SSC性のうち、サワー環境において、鋼材に形成されたき裂の伝播を抑制できることが、着目されてきている。微小な疵が形成された鋼材に応力が負荷されると、微小な疵がき裂の起点となり、き裂が伝播する懸念がある。一方、き裂の伝播が抑制できれば、破壊に対する優れた抵抗力(すなわち、優れた破壊靭性)を有すると考えられる。そのため、高強度であり、さらにサワー環境において優れた破壊靭性を有する油井用鋼材が求められてきている。
さらに近年、海面下の深井戸についても、開発が活発になってきている。たとえば、水深2000m以上のいわゆる深海の海底油田では、水温が低い。また、通常、環境の温度が低下するほど、破壊靭性が低下しやすい傾向がある。したがって、高強度であり、さらに低温サワー環境においても優れた破壊靭性を有する、油井用鋼管に代表される油井用鋼材が求められ始めている。
上記特許文献1~3では、優れた耐SSC性を有する鋼材を提案する。しかしながら、上記特許文献1~3では、低温サワー環境における破壊靭性について、検討がなされていない。
本開示の目的は、高い降伏強度と、低温サワー環境における優れた破壊靭性とを有する鋼材を提供することである。
本開示による鋼材は、
質量%で、
C:0.20超~0.60%、
Si:0.05~2.00%、
Mn:0.02~0.60%、
P:0.025%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.005~0.100%、
Cr:0.20~1.50%、
Mo:0.35~1.50%、
V:0.01~0.60%、
Ti:0.002~0.050%、
B:0.0001~0.0050%、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Nb:0~0.030%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.0100%、
希土類元素:0~0.0100%、
Co:0~0.50%、
W:0~0.50%、
Ni:0~0.20%、
Cu:0~0.50%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、
降伏強度σYSが758MPa以上であり、
前記鋼材中において、旧オーステナイト粒界近傍のMo含有量γMoが5.0質量%以上であり、
前記降伏強度σYSが862MPa未満の場合、式(1)で定義されるFn1が-300以上を満たし、
前記降伏強度σYSが862MPa以上の場合、式(1)で定義されるFn1が-520以上を満たす、
鋼材。
Fn1=83×(γMo-10-7×√ρ)-σYS (1)
ここで、式(1)中のγMoには前記旧オーステナイト粒界近傍のMo含有量が質量%で代入され、式(1)中のρには転位密度がm-2で代入され、式(1)中のσYSには前記降伏強度がMPaで代入される。
本開示による鋼材は、高い降伏強度と、低温サワー環境における優れた破壊靭性とを有する。
図1は、本実施例のうち、110ksi級(758~862MPa未満)の降伏強度を有する例における、Fn1(=83×(γMo-10-7×√ρ)-σYS)と、低温サワー環境における破壊靭性の指標である破壊靭性値K1SSC値との関係を示す図である。 図2は、本実施例のうち、125ksi以上(862MPa以上)の降伏強度を有する例における、Fn1(=83×(γMo-10-7×√ρ)-σYS)と、低温サワー環境における破壊靭性の指標である破壊靭性値K1SSC値との関係を示す図である。 図3は、粒界Mo量を求めるための研磨された試験片の観察面の模式図である。 図4は、旧オーステナイト粒の結晶粒界が特定された測定領域10の模式図である。 図5は、図4に示す測定領域10から、薄膜試料TPを作製する様子を示す模式図である。 図6は、図5に示される薄膜試料TPの斜視図である。 図7は、TEM観察及びEDSによる元素分析時における、電子線と薄膜試料TP内の旧オーステナイト粒界GBとの関係を説明するための模式図である。 図8は、TEM観察及びEDSによる元素分析時の電子線EBの照射方向と、薄膜試料TPの表面10の旧オーステナイト粒界GBと、元素濃度プロファイルとの関係を示す模式図である。 図9は、旧オーステナイト粒界GBを中心として、旧オーステナイト粒界GBと直交する線分SL上のMo含有量の一例である。 図10は、式(2)を説明するための模式図である。 図11は、本実施形態において、低温サワー環境における鋼材の破壊靭性の評価試験(DCB試験)に用いる、DCB試験片の側面図及び断面図である。 図12は、本実施形態において、低温サワー環境における鋼材の破壊靭性の評価試験(DCB試験)に用いる、クサビの斜視図である。
本発明者らは、高い降伏強度と、低温サワー環境における優れた破壊靭性とを有する鋼材を得る方法について調査及び検討を行い、次の知見を得た。
本発明者らは具体的に、高い降伏強度として758MPa以上(110ksi以上)の降伏強度を有する鋼材を得ようとした。そこで本発明者らは、まず、110ksi以上の降伏強度と、低温サワー環境における優れた破壊靭性とを有する鋼材を、化学組成の観点から検討した。その結果、本発明者らは、質量%で、C:0.20超~0.60%、Si:0.05~2.00%、Mn:0.02~0.60%、P:0.025%以下、S:0.0100%以下、Al:0.005~0.100%、Cr:0.20~1.50%、Mo:0.35~1.50%、V:0.01~0.60%、Ti:0.002~0.050%、B:0.0001~0.0050%、N:0.0100%以下、O:0.0100%以下、Nb:0~0.030%、Ca:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Zr:0~0.0100%、希土類元素:0~0.0100%、Co:0~0.50%、W:0~0.50%、Ni:0~0.20%、Cu:0~0.50%、及び、残部がFe及び不純物からなる鋼材であれば、110ksi以上の降伏強度と、低温サワー環境における優れた破壊靭性とを有する鋼材を得られる可能性があると考えた。
次に本発明者らは、上述の化学組成と110ksi以上の降伏強度とを有する鋼材について、低温サワー環境における破壊靭性を高める手法を種々検討した。その結果、上述の化学組成及び降伏強度を有する鋼材では、低温サワー環境において、鋼材中の旧オーステナイト粒界の靭性低下が顕在化しやすく、き裂の伝播は、鋼材中の旧オーステナイト粒界に沿って進行しやすいことが明らかになった。つまり、上述の化学組成及び降伏強度を有する鋼材では、旧オーステナイト粒界を強化できれば、優れた破壊靭性を得られる可能性がある。以下、本明細書において、旧オーステナイト粒を「旧γ粒」ともいう。
そこで本発明者らは、旧γ粒界の強化に寄与する元素として、モリブデン(Mo)に着目した。Moが旧γ粒界に濃化していれば、旧γ粒界を強化でき、低温サワー環境であっても、き裂の伝播を抑制できる可能性がある。その結果、低温サワー環境において優れた破壊靭性を得られる可能性がある。本発明者らの詳細な検討の結果、上述の化学組成と、110ksi以上の降伏強度とを有する鋼材では、旧γ粒界近傍のMo含有量γMoが5.0質量%以上であれば、優れた破壊靭性を得られる可能性があることが、明らかになった。以下、本明細書において、旧γ粒界近傍のMo含有量γMoを、「粒界Mo量γMo」ともいう。
一方、上述の化学組成と降伏強度とを有し、粒界Mo量γMoが5.0質量%以上の鋼材であっても、低温サワー環境では、安定して優れた破壊靭性を得られない場合があった。そこで本発明者らは、上述の鋼材において、破壊靭性を低下させる要因について、さらに詳細に検討した。その結果、上述の化学組成及び降伏強度を有する鋼材では、鋼材中の転位密度ρと、鋼材の降伏強度σYSと、粒界Mo量γMoとによって、低温サワー環境での破壊靭性は、影響を受けることが明らかになった。
ここで、Fn1=83×(γMo-10-7×√ρ)-σYSと定義する。Fn1は、低温サワー環境における破壊靭性の指標である。以下、降伏強度σYSが862MPa未満の場合(758~862MPa未満の場合)と、降伏強度σYSが862MPa以上の場合とについて、それぞれ図面を用いて、具体的に説明する。
図1は、本実施例のうち、110ksi級(758~862MPa未満)の降伏強度を有する例における、Fn1(=83×(γMo-10-7×√ρ)-σYS)と、低温サワー環境における破壊靭性の指標である破壊靭性値K1SSC値との関係を示す図である。図1は、後述する実施例のうち、上述の化学組成を満たし、降伏強度σYSが110ksi級であり、粒界Mo量γMoが5.0質量%以上の例を用いて求めた。なお、降伏強度σYSと、粒界Mo量γMoと、転位密度ρと、破壊靭性値K1SSC値とは、後述の方法で求めた。
図1を参照して、上述の化学組成と、110ksi級の降伏強度と、5.0質量%以上の粒界Mo量γMoとを有する鋼材では、Fn1が-300以上であれば、低温サワー環境での破壊靭性値K1SSC値が29.5MPa√m以上になり、安定して優れた破壊靭性を示すことが確認できる。一方、上述の鋼材では、Fn1が-300未満であれば、低温サワー環境での破壊靭性値K1SSC値が29.5MPa√m未満になり、優れた破壊靭性を示さない。したがって、本実施形態による鋼材は、上述の化学組成と、5.0質量%以上の粒界Mo量γMoとを有し、降伏強度σYSが758~862MPa未満の場合、Fn1を-300以上とする。
さらに、図2は、本実施例のうち、125ksi以上(862MPa以上)の降伏強度を有する例における、Fn1(=83×(γMo-10-7×√ρ)-σYS)と、低温サワー環境における破壊靭性の指標である破壊靭性値K1SSC値との関係を示す図である。図2は、後述する実施例のうち、上述の化学組成を満たし、降伏強度σYSが125ksi以上であり、粒界Mo量γMoが5.0質量%以上の例を用いて求めた。なお、降伏強度σYSと、粒界Mo量γMoと、転位密度ρと、破壊靭性値K1SSC値とは、後述の方法で求めた。
図2を参照して、上述の化学組成と、125ksi以上の降伏強度と、5.0質量%以上の粒界Mo量γMoとを有する鋼材では、Fn1が-520以上であれば、低温サワー環境での破壊靭性値K1SSC値が24.1MPa√m以上になり、安定して優れた破壊靭性を示すことが確認できる。一方、上述の鋼材では、Fn1が-520未満であれば、低温サワー環境での破壊靭性値K1SSC値が24.1MPa√m未満になり、優れた破壊靭性を示さない。したがって、本実施形態による鋼材は、上述の化学組成と、5.0質量%以上の粒界Mo量γMoとを有し、降伏強度σYSが862MPa以上の場合、Fn1を-520以上とする。
なお、上述の化学組成と、降伏強度σYSと、粒界Mo量γMoとを有する鋼材において、Fn1を調整することによって、低温サワー環境での破壊靭性を高められる理由について、詳細は明らかになっていない。しかしながら、本発明者らは次のように推察している。上述のとおり、Fn1は降伏強度σYSと、粒界Mo量γMoと、転位密度ρとの関係を規定している。ここで、転位は、鋼材の降伏強度σYSを高める一方、水素を吸蔵すると考えられている。そのため、転位密度ρが高すぎれば、転位に吸蔵された水素が旧γ粒界に滞留しやすくなり、旧γ粒界が脆化しやすくなる懸念がある。すなわち、転位密度ρを低減できれば、旧γ粒界に滞留する水素量を低減でき、旧γ粒界を強化できる可能性がある。しかしながら、上述のとおり、転位密度ρは降伏強度σYSの向上に寄与する。したがって、単に転位密度ρを低減するのではなく、降伏強度σYSと、粒界Mo量γMoと、転位密度ρとの関係を制御することによって、上述の化学組成を有する鋼材では、低温サワー環境での破壊靭性を高められる可能性がある。
以上のメカニズムにより、本実施形態による鋼材は、高強度と、低温サワー環境における優れた破壊靭性とを得られる、と本発明者らは推察している。なお、上述のメカニズム以外のメカニズムにより、上述の化学組成と、降伏強度σYSと、粒界Mo量γMoとを有する鋼材において、Fn1を調整することによって、低温サワー環境での破壊靭性を高められる可能性もあり得る。しかしながら、上述の化学組成と、降伏強度σYSと、粒界Mo量γMoとを有する鋼材において、Fn1を調整することによって、低温サワー環境での破壊靭性を高められることは、後述の実施例によって証明されている。
以上の知見に基づいて完成した本実施形態による鋼材の要旨は、次のとおりである。
[1]
鋼材であって、
質量%で、
C:0.20超~0.60%、
Si:0.05~2.00%、
Mn:0.02~0.60%、
P:0.025%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.005~0.100%、
Cr:0.20~1.50%、
Mo:0.35~1.50%、
V:0.01~0.60%、
Ti:0.002~0.050%、
B:0.0001~0.0050%、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Nb:0~0.030%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.0100%、
希土類元素:0~0.0100%、
Co:0~0.50%、
W:0~0.50%、
Ni:0~0.20%、
Cu:0~0.50%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、
降伏強度σYSが758MPa以上であり、
前記鋼材中において、旧オーステナイト粒界近傍のMo含有量γMoが5.0質量%以上であり、
前記降伏強度σYSが862MPa未満の場合、式(1)で定義されるFn1が-300以上を満たし、
前記降伏強度σYSが862MPa以上の場合、式(1)で定義されるFn1が-520以上を満たす、
鋼材。
Fn1=83×(γMo-10-7×√ρ)-σYS (1)
ここで、式(1)中のγMoには前記旧オーステナイト粒界近傍のMo含有量が質量%で代入され、式(1)中のρには転位密度がm-2で代入され、式(1)中のσYSには前記降伏強度がMPaで代入される。
[2]
[1]に記載の鋼材であって、
Nb:0.001~0.030%、
Ca:0.0001~0.0100%、
Mg:0.0001~0.0100%、
Zr:0.0001~0.0100%、
希土類元素:0.0001~0.0100%、
Co:0.01~0.50%、
W:0.01~0.50%、
Ni:0.01~0.20%、及び、
Cu:0.01~0.50%、からなる群から選択される1元素以上を含有する、
鋼材。
[3]
[1]又は[2]に記載の鋼材であって、
前記鋼材は、油井用鋼管である、鋼材。
なお、本実施形態による鋼材の形状は、特に限定されない。本実施形態による鋼材は、鋼管であってもよく、丸鋼(中実材)であってもよく、鋼板であってもよい。なお、丸鋼とは、軸方向に垂直な断面が円形状の棒鋼を意味する。また、鋼管とは、継目無鋼管であってもよく、溶接鋼管であってもよい。
以下、本実施形態による鋼材について詳述する。
[化学組成]
本実施形態による鋼材の化学組成は、次の元素を含有する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
C:0.20超~0.60%
炭素(C)は、鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Cはさらに、製造工程中の焼戻しにおいて炭化物の球状化を促進し、鋼材の耐SSC性を高める。炭化物が分散されればさらに、鋼材の強度が高まる。C含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、C含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、炭化物が多くなりすぎ、鋼材の靭性が低下する。C含有量が高すぎればさらに、製造工程中の焼入れにおいて、焼割れが発生しやすくなる場合がある。したがって、C含有量は0.20超~0.60%である。C含有量の好ましい下限は0.22%であり、さらに好ましくは0.24%であり、さらに好ましくは0.25%である。C含有量の好ましい上限は0.55%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.45%である。
Si:0.05~2.00%
ケイ素(Si)は鋼を脱酸する。Si含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Si含有量は0.05~2.00%である。Si含有量の好ましい下限は0.15%であり、さらに好ましくは0.20%である。Si含有量の好ましい上限は1.80%であり、さらに好ましくは1.60%であり、さらに好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは1.40%である。
Mn:0.02~0.60%
マンガン(Mn)は鋼を脱酸する。Mnはさらに、鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Mn含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、MnがP及びS等の不純物とともに結晶粒界に偏析して、低温サワー環境における鋼材の破壊靭性が低下する。したがって、Mn含有量は0.02~0.60%である。Mn含有量の好ましい下限は0.03%であり、さらに好ましくは0.04%であり、さらに好ましくは0.06%である。Mn含有量の好ましい上限は0.55%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.45%である。
P:0.025%以下
リン(P)は不純物である。すなわち、P含有量の下限は0%超である。P含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Pが結晶粒界に偏析して、低温サワー環境における鋼材の破壊靭性が低下する。したがって、P含有量は0.025%以下である。P含有量の好ましい上限は0.020%であり、さらに好ましくは0.015%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、P含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。
S:0.0100%以下
硫黄(S)は不純物である。すなわち、S含有量の下限は0%超である。S含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Sが結晶粒界に偏析して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、S含有量は0.0100%以下である。S含有量の好ましい上限は0.0075%であり、さらに好ましくは0.0050%であり、さらに好ましくは0.0030%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、S含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0003%である。
Al:0.005~0.100%
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。Al含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。その結果、鋼材の耐SSC性が低下する。一方、Al含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物系介在物が生成して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Al含有量は0.005~0.100%である。Al含有量の好ましい下限は0.015%であり、さらに好ましくは0.020%である。Al含有量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.060%である。本明細書にいう「Al」含有量は「酸可溶Al」、つまり、「sol.Al」の含有量を意味する。
Cr:0.20~1.50%
クロム(Cr)は鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Crはさらに、鋼材の焼戻し軟化抵抗を高め、高温焼戻しを可能にする。その結果、低温サワー環境における鋼材の破壊靭性が高まる。Cr含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Cr含有量は0.20~1.50%である。Cr含有量の好ましい下限は0.25%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.35%であり、さらに好ましくは0.40%である。Cr含有量の好ましい上限は1.40%であり、さらに好ましくは1.30%である。
Mo:0.35~1.50%
モリブデン(Mo)は鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Moはさらに、粒界Mo量γMoを高め、低温サワー環境における鋼材の破壊靭性を高める。Mo含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mo含有量が高すぎれば、上記効果が飽和する。したがって、Mo含有量は0.35~1.50%である。Mo含有量の好ましい下限は0.40%であり、さらに好ましくは0.45%であり、さらに好ましくは0.50%である。Mo含有量の好ましい上限は1.40%であり、さらに好ましくは1.30%であり、さらに好ましくは1.25%である。
V:0.01~0.60%
バナジウム(V)はC又はNと結合して、炭化物、窒化物、又は、炭窒化物(以下、「炭窒化物等」ともいう)を形成し、ピンニング効果により、鋼材の結晶粒を微細化する。その結果、低温サワー環境における鋼材の破壊靭性が高まる。Vはさらに、焼戻し時に微細な炭化物を形成して鋼材の焼戻し軟化抵抗を高め、鋼材の強度を高める。V含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、V含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の靭性が低下する。したがって、V含有量は0.01~0.60%である。V含有量の好ましい下限は0.02%であり、さらに好ましくは0.04%であり、さらに好ましくは0.06%である。V含有量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.25%であり、さらに好ましくは0.20%である。
Ti:0.002~0.050%
チタン(Ti)はNと結合して窒化物を形成し、ピンニング効果により、鋼材の結晶粒を微細化する。その結果、低温サワー環境における鋼材の破壊靭性が高まる。Ti含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ti含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Ti窒化物が粗大化して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Ti含有量は0.002~0.050%である。Ti含有量の好ましい下限は0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。Ti含有量の好ましい上限は0.030%であり、さらに好ましくは0.020%である。
B:0.0001~0.0050%
ホウ素(B)は鋼に固溶して鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。B含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、B含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な窒化物が生成して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、B含有量は0.0001~0.0050%である。B含有量の好ましい下限は0.0003%であり、さらに好ましくは0.0007%である。B含有量の好ましい上限は0.0030%であり、さらに好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0015%である。
N:0.0100%以下
窒素(N)は不可避に含有される。すなわち、N含有量の下限は0%超である。NはTiと結合して窒化物を形成し、ピンニング効果により、鋼材の結晶粒を微細化する。その結果、低温サワー環境における鋼材の破壊靭性が高まる。しかしながら、N含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な窒化物が形成され、低温サワー環境における鋼材の破壊靭性が、かえって低下する。したがって、N含有量は0.0100%以下である。N含有量の好ましい上限は0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%であり、さらに好ましくは0.0045%である。上記効果をより有効に得るためのN含有量の好ましい下限は0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0015%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
O:0.0100%以下
酸素(O)は不純物である。すなわち、O含有量の下限は0%超である。O含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物が形成し、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が低下する。したがって、O含有量は0.0100%以下である。O含有量の好ましい上限は0.0050%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0020%である。O含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、O含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、O含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0003%である。
本実施形態による鋼材の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は、製造環境などから混入されるものであって、本実施形態による鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
[任意元素]
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Nbを含有してもよい。
Nb:0~0.030%
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Nb含有量は0%であってもよい。含有される場合、Nbは炭窒化物等を形成し、ピンニング効果により、鋼材の結晶粒を微細化する。その結果、低温サワー環境における鋼材の破壊靭性が高まる。Nbはさらに、焼戻し時に微細な炭化物を形成して鋼材の焼戻し軟化抵抗を高め、鋼材の強度を高める。Nbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、炭窒化物等が過剰に生成して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Nb含有量は0~0.030%である。Nb含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.007%である。Nb含有量の好ましい上限は0.025%であり、さらに好ましくは0.020%である。
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ca、Mg、Zr、及び、希土類元素からなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼材中のSを硫化物として無害化する。その結果、これらの元素は鋼材の耐SSC性を高める。
Ca:0~0.0100%
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Ca含有量は0%であってもよい。含有される場合、Caは鋼材中のSを硫化物として無害化し、鋼材の耐SSC性を高める。Caが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ca含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の酸化物が粗大化して、鋼材の耐SSC性がかえって低下する。したがって、Ca含有量は0~0.0100%である。Ca含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0006%であり、さらに好ましくは0.0010%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
Mg:0~0.0100%
マグネシウム(Mg)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Mg含有量は0%であってもよい。含有される場合、Mgは鋼材中のSを硫化物として無害化し、鋼材の耐SSC性を高める。Mgが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mg含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の酸化物が粗大化して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Mg含有量は0~0.0100%である。Mg含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0006%であり、さらに好ましくは0.0010%である。Mg含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
Zr:0~0.0100%
ジルコニウム(Zr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Zr含有量は0%であってもよい。含有される場合、Zrは鋼材中のSを硫化物として無害化し、鋼材の耐SSC性を高める。Zrが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Zr含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の酸化物が粗大化して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Zr含有量は0~0.0100%である。Zr含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0006%であり、さらに好ましくは0.0010%である。Zr含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
希土類元素(REM):0~0.0100%
希土類元素(REM)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、REM含有量は0%であってもよい。含有される場合、REMは鋼材中のSを硫化物として無害化し、鋼材の耐SSC性を高める。REMはさらに、鋼材中のPと結合して、結晶粒界におけるPの偏析を抑制する。そのため、Pの偏析に起因した鋼材の耐SSC性の低下が抑制される。REMが少しでも含有されれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果がある程度得られる。しかしながら、REM含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の酸化物が粗大化して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、REM含有量は0~0.0100%である。REM含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0006%である。REM含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0025%である。
なお、本明細書におけるREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)、原子番号39番のイットリウム(Y)、及び、ランタノイドである原子番号57番のランタン(La)~原子番号71番のルテチウム(Lu)からなる群から選択される1種以上の元素を意味する。また、本明細書におけるREM含有量とは、これら元素の合計含有量を意味する。
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Co、及び、Wからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、サワー環境において保護性の腐食被膜を形成し、鋼材への水素の侵入を抑制する。その結果、これらの元素は鋼材の耐SSC性を高める。
Co:0~0.50%
コバルト(Co)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Co含有量は0%であってもよい。含有される場合、Coはサワー環境において、保護性の腐食被膜を形成し、鋼材への水素の侵入を抑制する。その結果、鋼材の耐SSC性が高まる。Coが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Co含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の焼入れ性が低下して、鋼材の強度が低下する。したがって、Co含有量は0~0.50%である。Co含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。Co含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%である。
W:0~0.50%
タングステン(W)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、W含有量は0%であってもよい。含有される場合、Wはサワー環境において、保護性の腐食被膜を形成し、鋼材への水素の侵入を抑制する。その結果、鋼材の耐SSC性が高まる。Wが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、W含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中に粗大な炭化物が生成して、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が低下する。したがって、W含有量は0~0.50%である。W含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。W含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%である。
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ni、及び、Cuからなる群から選択される1種以上の元素を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼材の焼入れ性を高める。
Ni:0~0.20%
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Ni含有量は0%であってもよい。含有される場合、Niは鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Niはさらに、鋼に固溶して、鋼材の低温靭性を高める。Niが少しでも含有されれば、これらの効果がある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、局部的な腐食が促進され、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Ni含有量は0~0.20%である。Ni含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。Ni含有量の好ましい上限は0.15%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.09%であり、さらに好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.06%である。
Cu:0~0.50%
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Cu含有量は0%であってもよい。含有される場合、Cuは鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の焼入れ性が高くなりすぎ、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Cu含有量は0~0.50%である。Cu含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.05%である。Cu含有量の好ましい上限は0.35%であり、さらに好ましくは0.25%である。
[降伏強度σYS
本実施形態による鋼材の降伏強度σYSは758MPa以上(110ksi以上)である。本明細書でいう降伏強度は、ASTM E8/E8M(2021)に準拠した引張試験で得られた0.2%オフセット耐力を意味する。なお、本実施形態による鋼材の降伏強度の上限は、特に限定されない。しかしながら、少なくとも降伏強度が758~965MPaの範囲において、本実施形態による鋼材が、低温サワー環境において優れた破壊靭性を有することは、後述する実施例によって証明されている。したがって、本実施形態による鋼材の降伏強度は、少なくとも758~965MPa(110~140ksi)を含む。すなわち、本実施形態による鋼材の降伏強度は、少なくとも、758~862MPa未満(110ksi級)と、862~965MPa(125ksi級)とを含む。
本実施形態による鋼材の降伏強度は、次の方法で求めることができる。具体的に、ASTM E8/E8M(2021)に準拠した方法で、引張試験を行う。本実施形態による鋼材から、丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼板の場合、板厚中央部から丸棒試験片を作製する。この場合、丸棒試験片の軸方向は、鋼板の圧延方向に平行な方向とする。鋼材が鋼管の場合、肉厚中央部から丸棒試験片を作製する。この場合、丸棒試験片の軸方向は、鋼管の管軸方向に平行な方向とする。鋼材が丸鋼の場合、R/2位置から丸棒試験片を作製する。この場合、丸棒試験片の軸方向は、丸鋼の軸方向に平行な方向とする。なお、本明細書において、R/2位置とは、丸鋼の軸方向に垂直な断面における半径Rの中央位置を意味する。丸棒試験片の大きさは、たとえば、平行部直径4mm、標点距離16mmである。丸棒試験片を用いて、常温(25℃)、大気中で引張試験を実施して、得られた0.2%オフセット耐力を、降伏強度(MPa)と定義する。なお、本実施形態において降伏強度(MPa)は、得られた数値の小数第一位を四捨五入して求める。
[粒界Mo量γMo
本実施形態による鋼材の粒界Mo量γMoは5.0質量%以上である。上述のとおり、本明細書において、粒界Mo量γMoとは、旧オーステナイト粒界近傍のMo含有量を意味する。本実施形態において、旧オーステナイト粒界近傍のMo含有量γMo(粒界Mo量γMo)とは、次のように定義される。
本実施形態による鋼材のうち、
旧オーステナイト粒の結晶粒界を中心として、前記結晶粒界と直交する10nmの線分SLの一方の端点をE1、他方の端点をE2と定義し、
前記線分SLの前記端点E1から前記端点E2まで0.2nmピッチで配置される各測定点で、エネルギー分散型X線分光法による元素分析により、前記線分SL上の前記各測定点でのMo含有量(質量%)を求め、
前記線分SLにおいて、
前記線分SLでのMo含有量が最大の測定点をMoピーク測定点と定義し、
前記Moピーク測定点を中心とした2.0nm幅の領域を、Mo濃化領域と定義し、
前記端点E1と前記Mo濃化領域との間の領域を、第1Mo粒内領域と定義し、
前記端点E2と前記Mo濃化領域との間の領域を、第2Mo粒内領域と定義し、
前記第1Mo粒内領域内の全ての前記測定点でのMo含有量の算術平均値を、γMo1(質量%)と定義し、
前記第2Mo粒内領域内の全ての前記測定点でのMo含有量の算術平均値を、γMo2(質量%)と定義したとき、
粒界Mo量γMoは、次の式(2)で定義される。
γMo={(前記線分SL上の全ての前記測定点でのMo含有量の総和×0.2)-γMo1×(前記端点E1と前記Moピーク測定点との間の距離)-γMo2×(前記端点E2と前記Moピーク測定点との間の距離)}/0.8+(γMo1+γMo2)/2 (2)
より具体的に、本実施形態では、粒界Mo量γMoを次の方法で求めることができる。まず、本実施形態による鋼材から、粒界Mo量γMo測定用の試験片を作製する。具体的に、鋼材のC方向に垂直な面を観察面とする試験片を作製する。つまり、試験片の観察面は、L方向とT方向とを含む。ここで、鋼材が鋼板の場合、圧延方向をL方向、板厚方向をT方向、板幅方向をC方向と定義する。鋼材が鋼管の場合、管軸方向をL方向、管径方向(肉厚方向)をT方向、L方向とT方向とに垂直な方向をC方向と定義する。鋼材が丸鋼の場合、軸方向をL方向、径方向(R方向)をT方向、L方向とT方向とに垂直な方向をC方向と定義する。
また、試験片を作製する場合、鋼材の特定位置を中央に含む試験片を作製する。このとき、鋼材の特定位置とは、粒界Mo量γMoを安定して測定可能な位置を意味する。具体的に、鋼材が鋼板の場合、板厚t/4位置を特定位置と定義する。なお、本明細書において、板厚t/4位置とは、鋼板の板厚方向における板厚中央部と鋼板表面との中央位置を意味する。鋼材が鋼管の場合、肉厚中央部を特定位置と定義する。鋼材が丸鋼の場合、R/2位置を特定位置と定義する。試験片の大きさは特に限定されず、たとえば、L方向10mm×C方向5mm×T方向8mmの試験片としてもよい。
試験片の観察面を機械的に研磨した後、コロイダルシリカ懸濁液にて、化学的に研磨する。研磨された観察面のうち、上述の特定位置を含む領域を光学顕微鏡で観察する。具体的に、図3は、粒界Mo量を求めるための研磨された試験片の観察面の模式図である。図3中のL方向及びT方向は、上述のとおりに定義される。図3を参照して、研磨後の試験片の観察面の観察対象領域100を、200倍の光学顕微鏡で観察して、光学顕微鏡像を得る。さらに、上述のとおり、観察対象領域100は、上述の特定位置を含む。観察対象領域100において、任意の100μm×100μmの矩形状の測定領域10を選択する。このとき、測定領域10は、上述の特定位置を含むように選択する。選択した測定領域10の位置を特定できるように、測定領域10の複数の角に印20を付与する。印20は例えば、マイクロビッカース硬さ試験機による圧痕でよい。
選択した測定領域10に対して、電子後方散乱回折(EBSD:Electron BackScatter Diffraction)解析を実施して、マルテンサイト相の結晶方位情報を得る。EBSD解析では、ステップサイズを0.1μmとする。得られた結晶方位情報と、Kurdjumov-Sachsの関係とに基づいて、旧γ粒(旧オーステナイト粒)の結晶粒界(旧γ粒界)を特定する。
図4は、旧γ粒界が特定された測定領域10の模式図である。図4を参照して、測定領域10内で特定された旧γ粒界のうち、隣り合う旧γ粒の結晶方位差が18°以上となる旧γ粒界GBを選択する。そして、選択された旧γ粒界GBと直交する薄膜試料TPを作製する。
薄膜試料TPを作製する方法について、より詳しく説明する。図5は、図4に示す測定領域10から薄膜試料TPを作製する様子を示す模式図である。図5に示すように、測定領域10から、選択された旧γ粒界GBと直交する上面を有する板状の薄膜試料TPを、収束イオンビーム(FIB:Focused Ion Beam)加工により、採取する。FIB加工装置として、たとえば、株式会社日立ハイテクサイエンス製の商品名SMI3050SEを使用することができる。
採取した薄膜試料TPを図6に示す。図6は、図5に示される薄膜試料TPの斜視図である。薄膜試料TPのうち、表面10は測定領域10の一部に相当する。表面30は、表面10と直交する表面である。表面10(測定領域10)で選択された旧γ粒界GBは、当然に、表面30でも観察される。薄膜試料TPの膜厚T10は100nmとする。
作製された薄膜試料TPを用いて、透過電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)による観察を実施する。TEM観察では、エネルギー分散型X線分析法(EDS:Energy Dispersive X-ray Spectrometry)による元素分析装置(EDS分析装置)を備えたTEMを用いる。たとえば、TEMとして、日本電子株式会社製の球面収差補正装置付き透過電子顕微鏡(商品名:NEOARM)を用いることができる。また、TEMに付属するEDS分析装置として、日本電子株式会社製のEDS分析装置(商品名:JED-2300T)を用いることができる。
図7は、TEM観察及びEDSによる元素分析時における、電子線と薄膜試料TP内の旧γ粒界GBとの関係を説明するための模式図である。図7に示すとおり、TEM観察では初めに、薄膜試料TPの表面30に電子線EBが入射するように、薄膜試料TPを配置する。そして、表面10の旧γ粒界GBが、電子線EBの入射方向と平行になるように、薄膜試料TPを傾斜させる。その後、電子線EBの入射方向から見て、表面30の旧γ粒界GBを中心として、旧γ粒界GBに直交する全長10nmの線分SLを特定する。ここで、線分SLの一方の端点を端点E1と定義し、電子線EBの入射方向から見て、他方の端点を端点E2と定義する。端点E1と端点E2との間の距離を10nmとする。
続いて、線分SLの端点E1から端点E2まで0.2nmピッチで配置される各測定点で、EDSによる元素分析を実施する。線分SL上の各測定点でのMo含有量(質量%)を求める。
図8は、TEM観察及びEDSによる元素分析時の電子線EBの照射方向と、薄膜試料TPの表面10の旧γ粒界GBと、元素濃度プロファイルとの関係を示す模式図である。図8(A)に示すように、電子線EBが、薄膜試料TPの表面10の旧γ粒界GBと平行でない場合、EDSによる元素分析により得られる線分SL上での元素濃度プロファイルPRのピークがブロードになる。一方、図8(B)に示すように、電子線EBが、薄膜試料TPの表面10の旧γ粒界GBと平行である場合、線分SL上での元素濃度プロファイルPRのピークがシャープになる。そのため、EDSによる元素分析を実施する場合、電子線EBが薄膜試料TPの表面10の旧γ粒界GBと平行になるように、薄膜試料TPを傾斜させる。
EDSによる元素分析により線分SL上の各測定点でのMo含有量(質量%)を求めた後、次の方法で、粒界Mo量γMoを求める。図9は、旧γ粒界GBを中心として、旧γ粒界GBと直交する線分SL上のMo含有量の一例である。図9を参照して、それぞれ、次のとおり定義する。
・線分SLでのMo含有量が最大の測定点を、Moピーク測定点Pと定義する。
・Moピーク測定点Pを中心とした2.0nm幅の領域を、Mo濃化領域GB0と定義する。
・線分SLの端点E1とMo濃化領域GB0との間の領域を、第1Mo粒内領域BM1と定義する。
・線分SLの端点E2とMo濃化領域GB0との間の領域を、第2Mo粒内領域BM2と定義する。
・第1Mo粒内領域BM1内の全ての測定点でのMo含有量の算術平均値を、γMo1(質量%)と定義する。
・第2Mo粒内領域BM2内の全ての測定点でのMo含有量の算術平均値を、γMo2(質量%)と定義する。
図9を参照して、第1Mo粒内領域BM1でのγMo1(質量%)と、第2Mo粒内領域BM2でのγMo2(質量%)とを、旧γ粒界GBを挟んで隣り合う旧γ粒の粒内でのMo含有量とみなす。γMo1(質量%)とγMo2(質量%)とは、同程度の場合もあり、図9のように、異なる濃度の場合もある。そのため、第1Mo粒内領域BM1と、第2Mo粒内領域BM2とのそれぞれで、旧γ粒の粒内の平均のMo含有量(γMo1、γMo2)を求める。
線分SL上の各測定点でのMo含有量、γMo1、γMo2を用いて、線分SLでの粒界Mo量γMoを、式(2)で定義する。
γMo={(線分SL上の全ての測定点でのMo含有量の総和×0.2)-γMo1×(端点E1とMoピーク測定点Pとの間の距離)-γMo2×(端点E2とMoピーク測定点Pとの間の距離)}/0.8+(γMo1+γMo2)/2 (2)
ここで、式(2)を次のとおり分ける。
A=(線分SL上の全ての測定点でのMo含有量の総和×0.2)
B=γMo1×(端点E1とMoピーク測定点Pとの間の距離)
C=γMo2×(端点E2とMoピーク測定点Pとの間の距離)
D=(γMo1+γMo2)/2
Aは、図9におけるMo含有量分布の総面積、つまり、線分SLでのMo含有量の総量に対応する。なお、A内の「0.2」は測定点のピッチである0.2nmを意味する。Bは、線分SLのうち、端点E1とMoピーク測定点Pとの間の領域BM10でのMo含有量の総量に対応する。領域BM10での平均のMo含有量として、γMo1(質量%)を用いる。領域BM10は、Moピーク測定点Pを理想の旧γ粒界と仮定した場合の、旧γ粒の理想の粒内領域に相当する。
Cは、線分SLのうち、端点E2とMoピーク測定点Pとの間の領域BM20でのMo含有量の総量に対応する。領域BM20での平均のMo含有量として、γMo2(質量%)を用いる。領域BM20は、Moピーク測定点Pを理想の旧γ粒界と仮定した場合の、旧γ粒の理想の粒内領域に相当する。図10は、式(2)を説明するための模式図である。図10に示されるように、式(2)のうち(A-B-C)は、線分SL上のMo含有量の総量から、理想の旧γ粒界GBを挟んで隣り合う理想の粒内領域BM10及びBM20でのMo含有量の総量を差し引いた値である。すなわち、式(2)のうち(A-B-C)は、図10中のMo濃化領域GB0でのMo含有量の差分量ΔMoに対応する。
ところで、上述のとおり、理想的には、線分SL上に直交する旧γ粒界GBは、線分SL上において、Mo濃化領域GB0のような広い範囲(線)として存在するのではなく、Moピーク測定点Pを中心とした非常に狭い範囲で存在する。そこで、本明細書では、線分SLにおいて、Moピーク測定点Pを中心とした0.8nm幅の領域を、旧γ粒界GBの領域と仮定する。
以上のとおり、線分SLにおいて、理想の旧γ粒界GBが、Moピーク測定点Pを中心とした0.8nm幅の領域に位置し、それ以外の領域では、上述のとおり、理想の粒内領域BM10、BM20が存在すると仮定する。この場合、線分SL上での理想的なMo含有量の分布は、理想の旧γ粒界GBでMo含有量が最大値となり、理想の粒内領域BM10、BM20では、Mo含有量が平均Mo含有量で一定となると仮定する。上述のDは、理想粒内領域での平均Mo含有量に対応する。
以上の前提の下、ΔMo(=A-B-C)を0.8で除した値に、理想の粒内領域BM10及びBM20でのMo含有量の平均値Dを加算した値、すなわち、式(2)を、旧γ粒界GB近傍でのMo含有量(質量%)とみなす。以上の方法で求めた、式(2)で定義される粒界Mo量γMoは、旧γ粒界GB近傍におけるMo含有量の指標である。なお、本実施形態において粒界Mo量(質量%)は、得られた数値の小数第二位を四捨五入して求める。
本実施形態による鋼材において、以上のとおりに定義される粒界Mo量は5.0質量%以上である。粒界Mo量が低すぎれば、旧γ粒界を十分に強化することができず、上述の化学組成と降伏強度σYSとを有する鋼材において、低温サワー環境での破壊靭性を十分に高めることができない。一方、粒界Mo量が5.0質量%以上であれば、本実施形態のその他の構成を満たすことを条件に、低温サワー環境での破壊靭性を高めることができる。
したがって、本実施形態では、上述の化学組成と、758MPa以上の降伏強度σYSとを有することを前提に、粒界Mo量を5.0質量%以上とする。粒界Mo量の好ましい下限は5.5質量%であり、さらに好ましくは6.0質量%であり、さらに好ましくは6.5質量%であり、さらに好ましくは7.0質量%であり、さらに好ましくは7.3質量%であり、さらに好ましくは7.5質量%であり、さらに好ましくは7.7質量%である。粒界Mo量の上限は特に限定されないが、粒界Mo量の上限は30.0質量%であってもよく、25.0質量%であってもよく、20.0質量%であってもよい。
[Fn1]
本実施形態による鋼材は、降伏強度σYSが862MPa未満の場合、式(1)で定義されるFn1が-300以上を満たし、降伏強度σYSが862MPa以上の場合、式(1)で定義されるFn1が-520以上を満たす。
Fn1=83×(γMo-10-7×√ρ)-σYS (1)
ここで、式(1)中のγMoには旧オーステナイト粒界近傍のMo含有量が質量%で代入され、式(1)中のρには転位密度がm-2で代入され、式(1)中のσYSには降伏強度がMPaで代入される。
Fn1(=83×(γMo-10-7×√ρ)-σYS)は、低温サワー環境における破壊靭性の指標である。上述の化学組成と、降伏強度σYSと、粒界Mo量γMoとを有する鋼材では、降伏強度σYSが862MPa未満の場合、Fn1が-300以上を満たせば、低温サワー環境であっても優れた破壊靭性を有する。上述の化学組成と、降伏強度σYSと、粒界Mo量γMoとを有する鋼材ではさらに、降伏強度σYSが862MPa以上の場合、Fn1が-520以上を満たせば、低温サワー環境であっても優れた破壊靭性を有する。
降伏強度σYSが862MPa未満の場合、Fn1の好ましい下限は-290であり、さらに好ましくは-280であり、さらに好ましくは-270である。降伏強度σYSが862MPa未満の場合、Fn1の上限は特に限定されないが、たとえば、1606である。降伏強度σYSが862MPa以上の場合、Fn1の好ましい下限は-515であり、さらに好ましくは-510であり、さらに好ましくは-505であり、さらに好ましくは-500である。降伏強度σYSが862MPa以上の場合、Fn1の上限は特に限定されないが、たとえば、1408である。
なお、Fn1中の転位密度ρは、Fn1が所定の値を満たせば、特に限定されない。上述の化学組成を有する鋼材では、降伏強度σYSが862MPa未満の場合、転位密度ρはたとえば、2.3~7.0×1014-2未満である。この場合、転位密度ρの好ましい上限は6.9×1014-2であり、さらに好ましくは6.8×1014-2である。この場合さらに、転位密度ρの好ましい下限は2.5×1014-2超であり、さらに好ましくは2.7×1014-2超であり、さらに好ましくは2.8×1014-2であり、さらに好ましくは3.0×1014-2である。上述の化学組成を有する鋼材では、降伏強度σYSが862MPa以上の場合、転位密度ρはたとえば、7.0~12.0×1014-2未満である。この場合、転位密度ρの好ましい上限は11.9×1014-2であり、さらに好ましくは11.5×1014-2であり、さらに好ましくは11.2×1014-2であり、さらに好ましくは11.0×1014-2である。
本実施形態による鋼材の転位密度ρは、旧Williamson-Hall法により求めることができる。具体的に、本実施形態による鋼材から、転位密度測定用の試験片を作製する。鋼材が鋼板の場合、板厚中央部から試験片を作製する。鋼材が鋼管の場合、肉厚中央部から試験片を作製する。鋼材が丸鋼の場合、R/2位置から試験片を作製する。試験片の大きさは、たとえば、幅20mm×長さ20mm×厚さ2mmである。試験片の厚さ方向は、鋼材の厚さ方向(T方向:板厚方向、管径方向又は径方向)である。この場合、試験片の観察面は、幅20mm×長さ20mmの面である。試験片の観察面を鏡面研磨し、さらに、10体積%の過塩素酸(酢酸溶媒)を用いて電解研磨を行い、表層の歪みを除去する。電解研磨後の観察面に対し、X線回折法(XRD:X-Ray Diffraction)により、体心立方構造(鉄)の(110)、(211)、(220)面のピークの半値幅ΔKを求める。
XRDにおいては、線源をCoKα線、管電圧を30kV、管電流を100mAとして半値幅ΔKを測定する。さらに、X線回折装置由来の半値幅を測定するため、LaB6(六ホウ化ランタン)の粉末を用いる。
上述の方法で求めた半値幅ΔKと、Williamson-Hallの式(式(3))から、試験片の不均一歪εを求める。
ΔK×cosθ/λ=0.9/D+2ε×sinθ/λ (3)
ここで、式(3)中において、θ:回折角度、λ:X線の波長、D:結晶子径、を意味する。
さらに、求めた不均一歪εと、式(4)とを用いて、転位密度ρ(m-2)を求めることができる。
ρ=14.4×ε2/b2 (4)
ここで、式(4)中において、bは体心立方構造(鉄)のバーガースベクトル(b=0.248(nm))である。
[低温サワー環境での破壊靭性]
本実施形態による鋼材は、上述の化学組成を有し、降伏強度σYSが758MPa以上であり、粒界Mo量γMoが5.0質量%以上であり、降伏強度σYSが862MPa未満の場合Fn1が-300以上を満たし、降伏強度σYSが862MPa以上の場合Fn1が-520以上を満たす。その結果、本実施形態による鋼材は、110ksi以上の降伏強度と、低温サワー環境における優れた破壊靭性を有する。本実施形態において、低温サワー環境における優れた破壊靭性とは、NACE TM0177-2016 Method Dに準拠したDCB試験によって評価される。具体的に、本実施形態において、低温サワー環境における優れた破壊靭性を有するとは、以下のとおりに定義される。
本実施形態による鋼材から、図11に示すDCB試験片、及び、図12に示すクサビを作製する。鋼材が鋼板の場合、板厚中央部からDCB試験片及びクサビを作製する。鋼材が鋼管の場合、肉厚中央部からDCB試験片及びクサビを作製する。鋼材が丸鋼の場合、R/2位置からDCB試験片及びクサビを作製する。DCB試験片の長手方向(図中左右方向)は、鋼材のL方向(圧延方向、管軸方向又は軸方向)と平行とする。クサビの厚さt1は、3.10mmとする。
図11を参照して、DCB試験片のアームの間に、作製されたクサビを打ち込む。クサビが打ち込まれたDCB試験片を、試験容器に封入する。試験容器に試験溶液を、気相部を残して注入して、試験浴とする。試験溶液は、酢酸でpH3.5に調整した、5.0質量%塩化ナトリウムと0.4質量%酢酸ナトリウムとの混合水溶液(NACE solution B)である。試験浴の量は、試験片1つあたり1Lとする。続いて、試験浴にN2ガスを3時間吹き込み、試験浴の溶存酸素が20ppb以下になるまで脱気する。
脱気した試験浴に、1%H2Sガス及び99%CO2ガスの混合ガスを、全圧1atmとして吹き込み、試験浴を腐食環境とする。試験浴を撹拌しながら、試験容器内を4℃で14日間(336時間)保持する。保持後の試験容器からDCB試験片を取り出す。
取り出したDCB試験片のアーム先端に形成された孔にピンを差し込み、引張試験機で切欠部を開口して、クサビ解放応力Pを測定する。さらに、DCB試験片の切欠きを液体窒素中で解放させて、試験浴に浸漬中のDCB試験片の割れ進展長さaを測定する。割れ進展長さaは、ノギスを用いて目視で測定できる。測定したクサビ解放応力Pと、割れ進展長さaとに基づいて、式(5)を用いて破壊靭性値K1SSC値(MPa√m)を求める。なお、式(5)において、h(mm)はDCB試験片の各アームの高さであり、B(mm)はDCB試験片の厚さであり、Bn(mm)はDCB試験片のウェブ厚さである。これらは、NACE TM0177-2016 Method Dに規定されている。
Figure 0007614555000001
本実施形態では、鋼材の降伏強度σYSが862MPa未満の場合、上記条件で実施したDCB試験の結果、得られたK1SSC値が29.5MPa√m以上であれば、低温サワー環境における優れた破壊靭性を有すると判断する。本実施形態ではさらに、鋼材の降伏強度σYSが862MPa以上の場合、上記条件で実施したDCB試験の結果、得られたK1SSC値が24.1MPa√m以上であれば、低温サワー環境における優れた破壊靭性を有すると判断する。
[ミクロ組織]
本実施形態による鋼材のミクロ組織は、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率の合計が90%以上である。ミクロ組織の残部はたとえば、フェライト、又は、パーライトである。上述の化学組成を有する鋼材のミクロ組織が、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率の合計が90%以上を含有すれば、本実施形態の他の構成を満たすことを条件に、降伏強度が758MPa(110ksi)以上となり、低温サワー環境において優れた破壊靭性を示す。すなわち、本実施形態では、鋼材が758MPa(110ksi)以上の降伏強度と、低温サワー環境における優れた破壊靭性とを有していれば、ミクロ組織は焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率の合計が90%以上であると判断する。
なお、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率を観察により求める場合、以下の方法で求めることができる。まず、本実施形態による鋼材から、観察面を有する試験片を作製する。鋼材が鋼板の場合、板厚中央部から、圧延方向と板厚方向とを含む面を観察面とする試験片を作製する。鋼材が鋼管の場合、肉厚中央部から、管軸方向と管径方向とを含む面を観察面とする試験片を作製する。鋼材が丸鋼である場合、R/2位置を中央に含み、軸方向と径方向とを含む面を観察面とする試験片を作製する。
試験片の観察面を鏡面に研磨した後、ナイタール腐食液に10秒程度浸漬して、エッチングによる組織現出を行う。エッチングした観察面を、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)を用いて、二次電子像にて10視野観察する。視野面積は、たとえば、0.01mm2(倍率1000倍)である。各視野において、コントラストから焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトを特定する。特定した焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの面積率を求める。面積率を求める方法は特に限定されず、周知の方法でよい。たとえば、画像解析によって、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの面積率を求めることができる。本実施形態では、全ての視野で求めた、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの面積率の算術平均値を、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率と定義する。
[鋼材の形状]
上述のとおり、本実施形態による鋼材の形状は特に限定されない。鋼材は、たとえば、鋼管、鋼板、及び、丸鋼である。鋼材が油井用鋼管である場合、好ましい肉厚は9~60mmである。より好ましくは、本実施形態による鋼材は、継目無鋼管である。本実施形態による鋼材が継目無鋼管である場合、肉厚が15mm以上の厚肉の継目無鋼管であっても、110ksi以上の降伏強度と、低温サワー環境における優れた破壊靭性を有する。
[製造方法]
本実施形態による鋼材の製造方法を説明する。以下、本実施形態による鋼材の一例として、継目無鋼管の製造方法を説明する。継目無鋼管の製造方法は、素管を準備する工程(準備工程)と、素管に対して焼入れ及び焼戻しを実施して、継目無鋼管とする工程(焼入れ工程及び焼戻し工程)とを備える。なお、本実施形態による製造方法は、以下に説明する製造方法に限定されない。以下、各工程について詳述する。
[準備工程]
準備工程では、上述の化学組成を有する中間鋼材を準備する。中間鋼材が上記化学組成を有していれば、中間鋼材の製造方法は特に限定されない。ここでいう中間鋼材は、最終製品が鋼板の場合は、板状の鋼材であり、最終製品が鋼管の場合は素管であり、最終製品が丸鋼の場合は軸方向に垂直な断面が円形の鋼材である。
準備工程は、素材を準備する工程(素材準備工程)と、素材を熱間加工して中間鋼材を製造する工程(熱間加工工程)とを含んでもよい。以下、素材準備工程と、熱間加工工程を含む場合について、詳述する。
[素材準備工程]
素材準備工程では、上述の化学組成を有する溶鋼を用いて素材を製造する。素材の製造方法は特に限定されず、周知の方法でよい。具体的には、溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片(スラブ、ブルーム、又は、ビレット)を製造してもよい。溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造してもよい。必要に応じて、スラブ、ブルーム又はインゴットを分塊圧延して、ビレットを製造してもよい。以上の工程により素材(スラブ、ブルーム、又は、ビレット)を製造する。
[熱間加工工程]
熱間加工工程では、準備された素材を熱間加工して中間鋼材を製造する。鋼材が継目無鋼管である場合、中間鋼材は素管に相当する。始めに、ビレットを加熱炉で加熱する。加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1100~1300℃である。加熱炉から抽出されたビレットに対して熱間加工を実施して、素管(継目無鋼管)を製造する。熱間加工の方法は、特に限定されず、周知の方法でよい。
たとえば、熱間加工としてマンネスマン法を実施して、素管を製造してもよい。この場合、穿孔機により丸ビレットを穿孔圧延する。穿孔圧延する場合、穿孔比は特に限定されないが、たとえば、1.0~4.0である。穿孔圧延された丸ビレットをさらに、マンドレルミル、レデューサー、サイジングミル等により熱間圧延して素管にする。熱間加工工程での累積の減面率はたとえば、20~70%である。
他の熱間加工方法を実施して、ビレットから素管を製造してもよい。たとえば、カップリングのように短尺の厚肉鋼材である場合、エルハルト法等の鍛造により素管を製造してもよい。以上の工程により素管が製造される。素管の肉厚は特に限定されないが、たとえば、9~60mmである。
鋼材が丸鋼の場合、初めに、素材を加熱炉で加熱する。加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1100~1300℃である。加熱炉から抽出された素材に対して熱間加工を実施して、軸方向に垂直な断面が円形の中間鋼材を製造する。熱間加工はたとえば、分塊圧延機による分塊圧延、又は、連続圧延機による熱間圧延である。連続圧延機は、上下方向に並んで配置された一対の孔型ロールを有する水平スタンドと、水平方向に並んで配置された一対の孔型ロールを有する垂直スタンドとが交互に配列されている。
鋼材が鋼板の場合、初めに、素材を加熱炉で加熱する。加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1100~1300℃である。加熱炉から抽出された素材に対して、分塊圧延機、及び、連続圧延機を用いて熱間圧延を実施して、鋼板形状の中間鋼材を製造する。
熱間加工により製造された素管は空冷されてもよい(As-Rolled)。熱間加工により製造された素管は、常温まで冷却せずに、熱間加工後に直接焼入れを実施してもよく、熱間加工後に補熱(再加熱)した後、焼入れを実施してもよい。熱間加工後に直接焼入れ、又は、補熱した後焼入れを実施する場合、焼入れ途中に冷却の停止、又は、緩冷却を実施してもよい。この場合、素管に焼割れが発生するのを抑制できる。熱間加工後に直接焼入れ、又は、補熱した後焼入れを実施する場合さらに、焼入れ後であって次工程の熱処理前に、応力除去焼鈍(SR)を実施してもよい。この場合、素管の残留応力が除去される。
以上のとおり、準備工程では中間鋼材を準備する。中間鋼材は、上述の好ましい工程により製造されてもよく、第三者により製造された中間鋼材、又は、後述の焼入れ工程及び焼戻し工程が実施される工場以外の他の工場、他の事業所にて製造された中間鋼材を準備してもよい。以下、焼入れ工程について詳述する。
[焼入れ工程]
焼入れ工程では、準備された中間鋼材(素管)に対して、焼入れを実施する。本明細書において、「焼入れ」とは、A3点以上の中間鋼材を急冷することを意味する。好ましい焼入れ温度は800~1000℃である。焼入れ温度が高すぎれば、旧γ粒の結晶粒が粗大になり、鋼材の耐SSC性が低下する場合がある。したがって、焼入れ温度は800~1000℃であるのが好ましい。
本明細書において、焼入れ温度とは、熱間加工後に直接焼入れを実施する場合、最終の熱間加工を実施する装置の出側に設置された温度計で測定された、中間鋼材の表面温度に相当する。焼入れ温度とはさらに、熱間加工後に補熱又は再加熱した後、焼入れを実施する場合、補熱又は再加熱を実施する炉の温度に相当する。
焼入れ方法はたとえば、焼入れ開始温度から中間鋼材(素管)を連続的に冷却し、素管の表面温度を連続的に低下させる。連続冷却処理の方法は特に限定されず、周知の方法でよい。連続冷却処理の方法はたとえば、水槽に素管を浸漬して冷却する方法や、シャワー水冷又はミスト冷却により素管を加速冷却する方法である。
焼入れ時の冷却速度が遅すぎれば、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイト主体のミクロ組織とならない場合がある。この場合、本実施形態で規定する機械的特性(125ksi以上の降伏強度)が得られない。この場合さらに、優れた低温靭性及び優れた耐SSC性が得られない。
したがって、上述のとおり、本実施形態による鋼材の製造方法では、焼入れ時に中間鋼材を急冷する。具体的には、焼入れ工程において、焼入れ時の中間鋼材(素管)の表面温度が800~500℃の範囲における平均冷却速度を、焼入れ時冷却速度CR800-500と定義する。より具体的には、焼入れ時冷却速度CR800-500は、焼入れされる中間鋼材の断面内で最も遅く冷却される部位(たとえば、両表面を強制冷却する場合、中間鋼材厚さの中心部)において測定された温度から決定される。
好ましい焼入れ時冷却速度CR800-500は300℃/分以上である。より好ましい焼入れ時冷却速度CR800-500の下限は450℃/分であり、さらに好ましくは600℃/分である。焼入れ時冷却速度CR800-500の上限は特に規定しないが、たとえば、60000℃/分である。
好ましくは、素管に対してオーステナイト域での加熱を複数回実施した後、焼入れを実施する。この場合、焼入れ前のオーステナイト粒が微細化されるため、鋼材の耐SSC性が高まる。複数回焼入れを実施することにより、オーステナイト域での加熱を複数回繰り返してもよいし、焼準及び焼入れを実施することにより、オーステナイト域での加熱を複数回繰り返してもよい。また、焼入れと後述する焼戻しとを組合せて、複数回実施してもよい。すなわち、複数回の焼入れ焼戻しを実施してもよい。この場合、鋼材の耐SSC性がさらに高まる。以下、焼戻し工程について詳述する。
[焼戻し工程]
焼戻し工程では、上述の焼入れを実施した後、焼戻しを実施する。本明細書において、「焼戻し」とは、焼入れ後の中間鋼材をAc1点未満の温度で再加熱して、保持することを意味する。ここで、保持温度とは、焼入れ後の中間鋼材を加熱して、保持する際の炉の温度に相当する。保持時間とは、中間鋼材の温度が所定の保持温度に到達してから、熱処理炉から抽出されるまでの時間を意味する。
油井用途に用いられる鋼材を製造する場合、耐SSC性等を高める目的で、保持温度は630~730℃にされてきた。一方、本発明者らによる詳細な検討の結果、通常実施される温度よりも低い、450~600℃で焼戻しを実施することによって、旧γ粒界にMoを選択的に濃化させられることが明らかになった。そのため、本実施形態による焼戻し工程では、450~600℃での焼戻しを実施する。一方、単に450~600℃で焼戻しを実施すると、転位密度ρが高くなりすぎ、Fn1が低下しすぎる場合がある。
そこで本実施形態による焼戻し工程では、450~600℃での焼戻しをある程度以上の保持時間で実施し、かつ、焼戻し全体での拡散距離を高める。具体的に、本実施形態において、焼戻しにおける拡散距離√Dtは、次の式(6)で定義される。
Figure 0007614555000002
さらに、式(6)中のs2は、次の式(7)で定義される。
Figure 0007614555000003
なお、式(6)及び(7)中のTは焼戻しの保持温度が℃で、式(6)中のtは焼戻しの保持時間が秒で代入される。
より具体的に、本実施形態において、450~600℃での焼戻しにおける拡散距離√DtLと定義する。本実施形態では、450~600℃での焼戻しにおける拡散距離√DtLが1.3nm以上であり、かつ、焼戻し全体の拡散距離√DtToが60.0nm以上であるのが好ましい。拡散距離√DtL及び√DtToが上記範囲を満たせば、焼戻しの工程は特に限定されない。たとえば、高温での焼戻しを実施した後、450~600℃での焼戻しを実施する、いわゆる二段階での焼戻しを実施してもよい。たとえばさらに、450~600℃での焼戻しのみを実施してもよい。
以下、高温での焼戻し(高温焼戻し工程)を実施した後、450~600℃での焼戻し(以下、「中温焼戻し」ともいう)を実施する場合について、各工程をそれぞれ説明する。
[高温焼戻し工程]
高温焼戻し工程を実施する場合、高温焼戻し工程では、焼入れされた中間鋼材(素管)を室温から保持温度まで加熱した後、保持温度で保持時間だけ保持する。高温焼戻し工程では、好ましい保持温度は640~740℃である。高温焼戻し工程における保持温度のさらに好ましい下限は645℃であり、さらに好ましくは650℃である。高温焼戻し工程における保持温度のさらに好ましい上限は730℃である。本実施形態による高温焼戻し工程では、好ましい保持時間は5~120分である。高温焼戻し工程における保持時間のさらに好ましい上限は100分である。高温焼戻し工程における保持時間のさらに好ましい下限は10分であり、さらに好ましくは20分である。
本実施形態において、高温焼戻し工程を実施する場合、高温焼戻し工程の拡散距離を√DtHと定義する。√DtHは、高温焼戻し工程における保持温度(℃)と、保持時間(秒)と、上記式(6)及び(7)を用いて求めることができる。本実施形態において、高温焼戻し工程の拡散距離√DtHは、特に限定されない。
[中温焼戻し工程]
中温焼戻し工程では、中間鋼材(素管)を450~600℃で保持する。中温焼戻し工程では、450~600℃で保持することで、旧γ粒界にMoを濃化させる。このとき、好ましい保持時間は100分以上である。中温焼戻し工程の保持時間が短すぎれば、製造された鋼材において、粒界Mo量が十分に高められない場合がある。保持時間の上限は特に限定されないが、たとえば、8333時間であってもよい。
本実施形態による中温焼戻し工程では、拡散距離√DtLを1.3nm以上とするのが好ましい。拡散距離√DtLが低すぎれば、製造された鋼材において、粒界Mo量が十分に高められない場合がある。したがって、本実施形態による中温焼戻し工程では、拡散距離√DtLの好ましい下限は1.3nm以上である。なお、拡散距離√DtLの上限は特に限定されないが、たとえば、250.0nmである。
二段階での焼戻しを実施する場合、焼戻し全体の拡散距離√DtToは、高温焼戻し工程の拡散距離√DtHと、中温焼戻し工程の拡散距離√DtLとの二乗和の平方根として求めることができる。具体的に、以下の式(8)で求めることができる。
Figure 0007614555000004
なお、上述のとおり、本実施形態による焼戻し工程は、中温焼戻し工程のみを実施してもよい。この場合、焼戻し全体の拡散距離√DtToは、中温焼戻し工程における拡散距離√DtLと同一である。また、本実施形態による焼戻し工程は、三段階以上の焼戻しが実施されてもよい。この場合であっても、中温焼戻し工程の拡散距離√DtLを1.3nm以上とし、かつ、焼戻し全体の拡散距離√DtToを60.0nm以上とするのが好ましい。
また、焼戻し工程では、適宜保持温度と保持時間とを調整して、758MPa以上の降伏強度を有する鋼材を得る。ここで、本実施形態の化学組成の中間鋼材(素管)に対して、上記保持温度と上記保持時間とを適宜調整した焼戻しを実施することにより、降伏強度を758MPa以上にすることは、当業者であれば十分に可能である。
以上の製造方法によれば、本実施形態による鋼材を製造することができる。上述の製造方法では、一例として継目無鋼管の製造方法を説明した。しかしながら、本実施形態による鋼材は、鋼板や他の形状であってもよい。鋼板や他の形状の製造方法も、上述の製造方法と同様に、たとえば、準備工程と、焼入れ工程と、焼戻し工程とを備える。しかしながら、上述の製造方法は一例であり、他の製造方法によって製造されてもよい。以下、実施例によって本開示をより具体的に説明する。
実施例1では、862MPa未満の降伏強度を有する鋼材について調査した。具体的に、表1-1及び表1-2に示す化学組成を有する180kgの溶鋼を製造した。なお、表1-2中の「-」は、各元素の含有量が不純物レベルであることを意味する。具体的に、試験番号1-1のCo含有量、W含有量、Ni含有量、及び、Cu含有量は、小数第三位を四捨五入して、0%であったことを意味する。試験番号1-1のNb含有量は、小数第四位を四捨五入して、0%であったことを意味する。さらに、試験番号1-1のCa含有量、Mg含有量、Zr含有量、及び、REM含有量は、小数第五位を四捨五入して、0%であったことを意味する。
Figure 0007614555000005
Figure 0007614555000006
試験番号1-1~1-26の溶鋼を用いて、インゴットを製造した。製造されたインゴットを熱間圧延して、板厚15mmの鋼板を製造した。熱間圧延後の試験番号1-1~1-26の鋼板を放冷して、鋼板の温度を常温(25℃)とした。放冷後の試験番号1-1~1-26の鋼板を焼入れ温度(920℃)で20分保持した後、鋼板を水槽に浸漬する焼入れを実施した。このとき、焼入れ時冷却速度(CR800-500)は、いずれも600℃/分であった。なお、あらかじめ鋼板の板厚中央部に装入したシース型のK熱電対により、焼入れ温度及び焼入れ時冷却速度CR800-500を測定した。
焼入れ後、試験番号1-1~1-26の鋼板に対して、焼戻しを実施した。本実施例では、高温での焼戻しを1回目の焼戻し、中温での焼戻しを2回目の焼戻しともいう。1回目の焼戻し及び2回目の焼戻しについて、保持温度(℃)、保持時間(分)、及び、拡散距離(√DtH(nm)又は√DtL(nm))を、表2に示す。さらに、拡散距離√DtH、√DtL、及び、式(8)から求めた、焼戻し全体での拡散距離√DtTo(nm)を表2に示す。なお、表2中、「1回目の焼戻し」欄の「-」は、1回目の焼戻しを実施しなかったことを意味する。同様に、表2中、「2回目の焼戻し」欄の「-」は、2回目の焼戻しを実施しなかったことを意味する。
Figure 0007614555000007
ここで、本実施例において焼戻しの保持温度とは、焼戻しを実施する熱処理炉の温度とした。さらに、本実施例において焼戻しの保持時間とは、各試験番号の鋼板の温度が所定の焼戻し温度に到達してから、熱処理炉から抽出されるまでとした。
[評価試験]
焼戻しが実施された試験番号1-1~1-26の鋼板に対して、以下に説明する引張試験、転位密度測定試験、粒界Mo量測定試験、DCB試験を実施した。
[引張試験]
試験番号1-1~1-26の鋼板について、上述の方法により、引張試験を実施した。具体的に、試験番号1-1~1-26の鋼板の板厚中央部から、平行部直径4mm、標点距離16mmの丸棒引張試験片を作製した。丸棒引張試験片の軸方向は、鋼板の圧延方向と平行であった。試験番号1-1~1-26の丸棒試験片を用いて、常温(25℃)、大気中にて、ASTM E8/E8M(2021)に準拠した引張試験を実施して、試験番号1-1~1-26の鋼板の降伏強度(MPa)を得た。得られた降伏強度を「降伏強度σYS(MPa)」として表3に示す。
Figure 0007614555000008
[転位密度測定試験]
試験番号1-1~1-26の鋼板について、上述の方法により、転位密度測定試験を実施した。具体的に、試験番号1-1~1-26の鋼板の板厚中央部から、幅20mm×長さ20mm×厚さ2mmの試験片を作製した。上述の方法でX線回折法を用いて、(110)、(211)、(220)面のピークの半値幅ΔKを求めた。求めた半値幅ΔKを用いて、上述の方法で、転位密度ρ(m-2)を得た。得られた転位密度を「転位密度ρ(1014-2)」として表3に示す。
[粒界Mo量測定試験]
試験番号1-1~1-26の鋼板について、上述の方法により、粒界Mo量測定試験を実施した。具体的に、試験番号1-1~1-26の鋼板の板厚t/4位置を中央に含み、圧延方向の長さ10mm×幅方向5mm×厚さ方向8mmの試験片を作製した。作製された試験片を用いて、上述の方法にて、粒界Mo量(質量%)を得た。得られた粒界Mo量を「粒界Mo量γMo(質量%)」として表3に示す。さらに、得られた降伏強度σYS(MPa)と、転位密度ρ(m-2)と、粒界Mo量γMo(質量%)と、式(1)とを用いて、Fn1を得た。得られたFn1を表3に示す。
[DCB試験]
試験番号1-1~1-26の鋼板について、上述の方法により、DCB試験を実施した。具体的に、試験番号1-1~1-26の鋼板の板厚中央部から、上述のDCB試験片及びクサビを作製した。作製された試験片及びクサビを用いて、上述の条件にて、NACE TM0177-2016 Method Dに準拠したDCB試験を実施した。以上の方法で実施したDCB試験により得られた破壊靭性値K1SSC値を「K1SSC(MPa√m)」として表3に示す。
[評価結果]
表1-1、表1-2、表2、及び、表3を参照して、試験番号1-1~1-14の鋼板の化学組成は適切であり、降伏強度が758MPa以上(110ksi以上)であった。さらに、粒界Mo量γMoが5.0質量%以上であり、Fn1が-300以上であった。その結果、K1SSC値が29.5MPa以上となった。すなわち、これらの鋼板は、110ksi以上の降伏強度と、低温サワー環境での優れた破壊靭性とを有していた。
一方、試験番号1-15及び1-16の鋼板は、中温焼戻し工程を実施しなかった。その結果、これらの鋼板は、Fn1が-300未満となった。その結果、これらの鋼板は、K1SSC値が29.5MPa未満となった。すなわち、これらの鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号1-17の鋼板は、中温焼戻し工程の保持温度が高すぎ、保持時間が短すぎた。その結果、この鋼板は、Fn1が-300未満となった。その結果、この鋼板は、K1SSC値が29.5MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号1-18及び1-19の鋼板は、中温焼戻し工程の保持時間が短すぎた。その結果、これらの鋼板は、Fn1が-300未満となった。その結果、これらの鋼板は、K1SSC値が29.5MPa未満となった。すなわち、これらの鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号1-20の鋼板は、中温焼戻し工程の保持時間が短すぎ、拡散距離√DtLが小さすぎた。その結果、この鋼板は、Fn1が-300未満となった。その結果、この鋼板は、K1SSC値が29.5MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号1-21の鋼板は、中温焼戻し工程の拡散距離√DtLが小さすぎた。その結果、この鋼板は、Fn1が-300未満となった。その結果、この鋼板は、K1SSC値が29.5MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号1-22の鋼板は、Cr含有量が低すぎた。その結果、この鋼板は、K1SSC値が29.5MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号1-23の鋼板は、Mo含有量が低すぎた。その結果、この鋼板は、粒界Mo量γMoが5.0質量%未満となり、Fn1が-300未満となった。その結果、この鋼板は、K1SSC値が29.5MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号1-24の鋼板は、Mn含有量が高すぎた。その結果、この鋼板は、K1SSC値が29.5MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号1-25の鋼板は、N含有量が高すぎた。その結果、この鋼板は、K1SSC値が29.5MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号1-26の鋼板は、P含有量が高すぎた。その結果、この鋼板は、K1SSC値が29.5MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
実施例2では、862MPa以上の降伏強度を有する鋼材について調査した。具体的に、表4-1及び表4-2に示す化学組成を有する180kgの溶鋼を製造した。なお、表4-2中の「-」は、各元素の含有量が不純物レベルであることを意味する。具体的に、試験番号2-1のCo含有量、W含有量、Ni含有量、及び、Cu含有量は、小数第三位を四捨五入して、0%であったことを意味する。試験番号2-1のNb含有量は、小数第四位を四捨五入して、0%であったことを意味する。さらに、試験番号2-1のCa含有量、Mg含有量、Zr含有量、及び、REM含有量は、小数第五位を四捨五入して、0%であったことを意味する。
Figure 0007614555000009
Figure 0007614555000010
試験番号2-1~2-26の溶鋼を用いて、インゴットを製造した。製造されたインゴットを熱間圧延して、板厚15mmの鋼板を製造した。熱間圧延後の試験番号2-1~2-26の鋼板を放冷して、鋼板の温度を常温(25℃)とした。放冷後の試験番号2-1~2-26の鋼板を焼入れ温度(920℃)で20分保持した後、鋼板を水槽に浸漬する焼入れを実施した。このとき、焼入れ時冷却速度(CR800-500)は、いずれも600℃/分であった。なお、あらかじめ鋼板の板厚中央部に装入したシース型のK熱電対により、焼入れ温度及び焼入れ時冷却速度CR800-500を測定した。
焼入れ後、試験番号2-1~2-26の鋼板に対して、焼戻しを実施した。本実施例では、高温での焼戻しを1回目の焼戻し、中温での焼戻しを2回目の焼戻しともいう。1回目の焼戻し及び2回目の焼戻しについて、保持温度(℃)、保持時間(分)、及び、拡散距離(√DtH(nm)又は√DtL(nm))を、表5に示す。さらに、拡散距離√DtH、√DtL、及び、式(8)から求めた、焼戻し全体での拡散距離√DtTo(nm)を表5に示す。なお、表5中、「1回目の焼戻し」欄の「-」は、1回目の焼戻しを実施しなかったことを意味する。同様に、表5中、「2回目の焼戻し」欄の「-」は、2回目の焼戻しを実施しなかったことを意味する。
Figure 0007614555000011
ここで、本実施例において焼戻しの保持温度とは、焼戻しを実施する熱処理炉の温度とした。さらに、本実施例において焼戻しの保持時間とは、各試験番号の鋼板の温度が所定の焼戻し温度に到達してから、熱処理炉から抽出されるまでとした。
[評価試験]
焼戻しが実施された試験番号2-1~2-26の鋼板に対して、以下に説明する引張試験、転位密度測定試験、粒界Mo量測定試験、DCB試験を実施した。
[引張試験]
試験番号2-1~2-26の鋼板について、上述の方法により、引張試験を実施した。具体的に、試験番号2-1~2-26の鋼板の板厚中央部から、平行部直径4mm、標点距離16mmの丸棒引張試験片を作製した。丸棒引張試験片の軸方向は、鋼板の圧延方向と平行であった。試験番号2-1~2-26の丸棒試験片を用いて、常温(25℃)、大気中にて、ASTM E8/E8M(2021)に準拠した引張試験を実施して、試験番号2-1~2-26の鋼板の降伏強度(MPa)を得た。得られた降伏強度を「降伏強度σYS(MPa)」として表6に示す。
Figure 0007614555000012
[転位密度測定試験]
試験番号2-1~2-26の鋼板について、上述の方法により、転位密度測定試験を実施した。具体的に、試験番号2-1~2-26の鋼板の板厚中央部から、幅20mm×長さ20mm×厚さ2mmの試験片を作製した。上述の方法でX線回折法を用いて、(110)、(211)、(220)面のピークの半値幅ΔKを求めた。求めた半値幅ΔKを用いて、上述の方法で、転位密度ρ(m-2)を得た。得られた転位密度を「転位密度ρ(1014-2)」として表6に示す。
[粒界Mo量測定試験]
試験番号2-1~2-26の鋼板について、上述の方法により、粒界Mo量測定試験を実施した。具体的に、試験番号2-1~2-26の鋼板の板厚t/4位置を中央に含み、圧延方向の長さ10mm×幅方向5mm×厚さ方向8mmの試験片を作製した。作製された試験片を用いて、上述の方法にて、粒界Mo量(質量%)を得た。得られた粒界Mo量を「粒界Mo量γMo(質量%)」として表6に示す。さらに、得られた降伏強度σYS(MPa)と、転位密度ρ(m-2)と、粒界Mo量γMo(質量%)と、式(1)とを用いて、Fn1を得た。得られたFn1を表6に示す。
[DCB試験]
試験番号2-1~2-26の鋼板について、上述の方法により、DCB試験を実施した。具体的に、試験番号2-1~2-26の鋼板の板厚中央部から、上述のDCB試験片及びクサビを作製した。作製された試験片及びクサビを用いて、上述の条件にて、NACE TM0177-2016 Method Dに準拠したDCB試験を実施した。以上の方法で実施したDCB試験により得られた破壊靭性値K1SSC値を「K1SSC(MPa√m)」として表6に示す。
[評価結果]
表4-1、表4-2、表5、及び、表6を参照して、試験番号2-1~2-14の鋼板の化学組成は適切であり、降伏強度が862MPa以上(125ksi以上)であった。さらに、粒界Mo量γMoが5.0質量%以上であり、Fn1が-520以上であった。その結果、K1SSC値が24.1MPa以上となった。すなわち、これらの鋼板は、110ksi以上の降伏強度と、低温サワー環境での優れた破壊靭性とを有していた。
一方、試験番号2-15及び2-16の鋼板は、中温焼戻し工程を実施しなかった。その結果、これらの鋼板は、Fn1が-520未満となった。その結果、これらの鋼板は、K1SSC値が24.1MPa未満となった。すなわち、これらの鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号2-17の鋼板は、中温焼戻し工程の保持温度が高すぎ、保持時間が短すぎた。その結果、この鋼板は、Fn1が-520未満となった。その結果、この鋼板は、K1SSC値が24.1MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号2-18及び2-19の鋼板は、中温焼戻し工程の保持時間が短すぎた。その結果、これらの鋼板は、Fn1が-520未満となった。その結果、これらの鋼板は、K1SSC値が24.1MPa未満となった。すなわち、これらの鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号2-20の鋼板は、中温焼戻し工程の保持時間が短すぎ、拡散距離√DtLが小さすぎた。その結果、この鋼板は、Fn1が-520未満となった。その結果、この鋼板は、K1SSC値が24.1MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号2-21の鋼板は、中温焼戻し工程の拡散距離√DtLが小さすぎた。その結果、この鋼板は、Fn1が-520未満となった。その結果、この鋼板は、K1SSC値が24.1MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号2-22の鋼板は、Cr含有量が低すぎた。その結果、この鋼板は、K1SSC値が24.1MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号2-23の鋼板は、Mo含有量が低すぎた。その結果、この鋼板は、粒界Mo量γMoが5.0質量%未満となり、Fn1が-520未満となった。その結果、この鋼板は、K1SSC値が24.1MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号2-24の鋼板は、Mn含有量が高すぎた。その結果、この鋼板は、K1SSC値が24.1MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号2-25の鋼板は、N含有量が高すぎた。その結果、この鋼板は、K1SSC値が24.1MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
試験番号2-26の鋼板は、P含有量が高すぎた。その結果、この鋼板は、K1SSC値が24.1MPa未満となった。すなわち、この鋼板は、低温サワー環境での優れた破壊靭性を有していなかった。
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。

Claims (3)

  1. 鋼材であって、
    質量%で、
    C:0.20超~0.60%、
    Si:0.05~2.00%、
    Mn:0.02~0.60%、
    P:0.025%以下、
    S:0.0100%以下、
    Al:0.005~0.100%、
    Cr:0.20~1.50%、
    Mo:0.35~1.50%、
    V:0.01~0.60%、
    Ti:0.002~0.050%、
    B:0.0001~0.0050%、
    N:0.0100%以下、
    O:0.0100%以下、
    Nb:0~0.030%、
    Ca:0~0.0100%、
    Mg:0~0.0100%、
    Zr:0~0.0100%、
    希土類元素:0~0.0100%、
    Co:0~0.50%、
    W:0~0.50%、
    Ni:0~0.20%、
    Cu:0~0.50%、及び、
    残部がFe及び不純物からなり、
    降伏強度σYSが758MPa以上であり、
    前記鋼材のミクロ組織において、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率の合計が90%以上であり、
    前記鋼材中において、旧オーステナイト粒界近傍のMo含有量γMoが5.0質量%以上であり、
    前記降伏強度σYSが862MPa未満の場合、式(1)で定義されるFn1が-300以上を満たし、
    前記降伏強度σYSが862MPa以上の場合、式(1)で定義されるFn1が-520以上を満たす、
    鋼材。
    Fn1=83×(γMo-10-7×√ρ)-σYS (1)
    ここで、式(1)中のγMoには前記旧オーステナイト粒界近傍のMo含有量が質量%で代入され、式(1)中のρには転位密度がm-2で代入され、式(1)中のσYSには前記降伏強度がMPaで代入される。
  2. 請求項1に記載の鋼材であって、
    Nb:0.001~0.030%、
    Ca:0.0001~0.0100%、
    Mg:0.0001~0.0100%、
    Zr:0.0001~0.0100%、
    希土類元素:0.0001~0.0100%、
    Co:0.01~0.50%、
    W:0.01~0.50%、
    Ni:0.01~0.20%、及び、
    Cu:0.01~0.50%、からなる群から選択される1元素以上を含有する、
    鋼材。
  3. 請求項1又は請求項2に記載の鋼材であって、
    前記鋼材は、油井用鋼管である、鋼材。
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