本願は、2009年5月6日に出願された米国仮特許出願第61/215,501号明細書、2009年5月7日に出願された米国仮特許出願61/176,390号明細書、2010年4月16日に出願された米国特許出願第61/325,119号明細書、および2010年4月29日に出願された米国仮特許出願第61/329,163号明細書の優先権を主張するものである。
本発明の実施形態例の説明は以下である。
イオントラップは、第1および第2の対向ミラー電極ならびに対向ミラー電極間の中央レンズを含む電極構造を備え、電極構造は、イオンを固有振動周波数(固有振動数)において軌跡に閉じ込める静電電位を生成し、閉じ込め電位は非調和である。このイオントラップは、イオンの固有振動周波数の約倍数である(倍数にほぼ等しい)周波数で閉じ込められたイオンを励起させる励起周波数fを有するAC励起源も含み、AC励起周波数源は、好ましくは、中央レンズに接続される。
これより図1を参照すると、イオントラップ110は、2枚のプレート1および2、2つのカップ形電極6および7、ならびに平面中央レンズ3で構成される電極構造を備える。この例では、各プレート1および2は、厚さ約0.025インチ(0.635mm)であり、直径約1インチ(2.54cm)である。プレート1は、高さ約0.075インチ(0.1905cm)高さおよび約0.625インチ(1.59cm)の最長寸法の突起部を含み(突起部は円形または矩形であり得る)、突起部は、イオントラップ110の円柱形対称軸の軸外に、突起部の側部に沿って配置された少なくとも1つのスリットを有する。プレート2は平坦であり、約0.125インチ(3.18mm)直径(rO=0.0625インチ(1.59mm))の円形穴を含み、円形穴上に電鋳された金属で作られた微細格子を有する。各カップ形電極6および7は、長さ約0.75インチ(1.91cm)(z1=0.75インチ(1.91cm))、直径約1インチ(2.54cm)(r=0.5インチ(1.27cm))であり、各カップ電極の底部に、直径約0.25インチ(0.635cm)(ri=0.125インチ(3.18cm))の円形穴を有する。カップ形電極6および7には、図1に示されるように、対向ミラー画像配置において互いに対向するカップの広い開口部が構成される。プレート1の突起部は、カップ電極6から離れている。プレート1とカップ電極6との間隔は約0.175インチ(4.45mm)であり、プレート2とカップ電極7との間隔は約0.25インチ(6.35mm)である。平坦プレート1および2のそれぞれは、カップ電極6および7の底部に隣接する。平面中央レンズ3は、各カップ電極から約0.025インチ(0.635mm)離れた間隔で、カップ電極6および7の間に配置される。平面中央レンズ3は、直径約1インチ(2.54cm)であり、直径約0.187インチ(4.75mm)(rm=0.0935インチ(2.37mm))の円形穴を有する。あるいは、中央レンズ3は円柱形であり得る。電極構造は、円柱状に対称であり、約2.075インチ(5.28cm)の全長および直径約1インチ(2.54cm)を有する。以下の図1のさらなる説明では、プレート1は入口プレート1と呼ばれ、カップ形電極6は入口カップ6と呼ばれ、中央レンズ3は遷移プレート3と呼ばれ、カップ形電極7は出口カップ7と呼ばれ、プレート2は出口プレート2と呼ばれる。この理由は、別記される場合を除き、イオンが左から電極構造に入り、右側の出口プレート2を通って出る際に検出されるためである。入口カップ6および出口カップ7は、図1では中実カップとして示されるが、そのような電極構造が穴あき金属または格子材料で構成されてもよいことが当分野では周知である。開いた電極構造は、高いガス伝導、ガス組成物の遷移変化に対する高速の応答、および静電場を歪ませる恐れがあるカップ内部の表面への汚染物蓄積の受けにくさを提供する。中実金属構造を、例えば、プラスチック、セラミック、または他の同様の材料等の物質で作られた金属成膜構造で置換してもよいことも、当分野において周知である。
陽イオンを捕捉する静電電位は、遷移プレート3を約−850VDCに、カップ電極6および7のそれぞれを約−90VDCに、入口プレート1を約0VDCに、そして出口プレート2を約0〜約−30VDC、好ましくは約0〜約−10VDCの調整可能なバイアスにバイアスすることにより、電極構造内部で生成される。SIMION(NJ州、Ringoes、Scientific Instrument Services,Inc.)を使用して計算され、図2Aに示される中央軸に沿った静電電位は、非調和であり、出口プレート2に印加されるバイアスに応じて、図2Aと、図2Bに示される出口プレート2の近傍の静電電位プロファイルの拡大図とに示されるように、可変的に非対称である。さらに後述するように、トラップの出口側でイオンを優先的に放出するために、静電電位プロファイルの非対称性が生成される。陰イオンを捕捉する静電電位は、電極構造に印加されるバイアス電位の符号を逆にすることにより、生成することができる。
調和振動器とは、平衡位置から変位した場合に、変位に比例して(すなわち、フックの法則に従って)復元力を受けるシステムである。線形復元力がシステムに対して作用する唯一の力である場合、システムは単純な調和振動器になり、単純な調和運動:振幅(または蓄えられたエネルギー)に依存しない一定の周波数を有する、平衡点を中心とした正弦波振動を受ける。調和電位ウェル内に捕捉されたイオンは、線形場を受けると共に、イオンの質量電荷比および二次電位ウェルの具体的な形状(トラップの幾何学的形状と、静電電圧の大きさとの組み合わせによって定義される)のみに依存する固定固有周波数で単純な調和運動振動を受ける。調和振動器の電位エネルギーウェル内に捕捉された所与のイオンの固有振動周波数は、振動のエネルギーまたは振幅による影響を受けず、固有振動周波数と質量電荷比の平方根との間には厳密な関係がある。すなわち、質量電荷比が大きなイオンほど、小さな質量電荷比を有するイオンよりも低い固有周波数で振動する。入念に選択された調和電位ウェル、自己集群的で等時性の振動、および高分解能スペクトル出力を誘導性ピックアップ(FTMS)検出方式およびTOF検出方式の両方に対して確立するためには、耐久性の高い機械的な組立体が一般に必要とされる。
最も一般用語では、非調和性は単純に、調和振動器からのシステムの逸脱(系の偏移)である。すなわち、単純な調和運動で振動していない振動器が、調和振動器または非線形振動器として知られている。調和トラップとは全く逆で、このトラップは、(1)イオンを捕捉すると共に、(2)イオンを質量選択的に自動共振励起させて放出する手段として、イオン振動運動の強い非調和性を利用する。典型的な静電イオントラップでのイオン電位とイオン捕捉軸に沿った変位との関係を図2Aに示す。そのような電位ウェル内のイオンの固有振動周波数は、振動の振幅に依存し、非調和振動運動を生じさせる。これは、そのような電位ウェル内に捕捉された特定のイオンの固有振動周波数が、4つの要因:(1)トラップの幾何学的形状の細部、(2)イオンの質量電荷比(m/q)、(3)イオンの振動の瞬間振幅(エネルギーに関連する)、および(4)カップ電極と中央レンズ電極との間に確立される電圧勾配により定義される電位ウェルの深さにより決まることを意味する。図2Aに示されるような非線形軸方向電場では、振動振幅の大きなイオンほど、小さな振動振幅を有する同質量のイオンよりも低い固有振動周波数を有する。換言すれば、非調和振動において、捕捉されたイオンは、エネルギーが増大した場合、固有振動周波数の低減および振動振幅の増大を受ける。
図2Aは、通常、好ましいトラップ実施形態の大半において直面する、負の非線形性符号を有する非調和電位の例を示す。図2Cは、調和電位プロファイルと非調和イオントラップとの差を示す。この種の非調和電位トラップ内で振動するイオンは、例えば、自動共振によりエネルギーを獲得すると、振動軌跡の増大および周波数の低減を受ける。しかし、本発明は、線形性からの負方向へのずれを有する非調和電位を使用するトラップに限定されない。調和(すなわち、二次)電位からの正方向へのずれを使用する静電トラップを構築することも可能であり、その場合、自動共振を行うために必要なトラップ条件の変更が、負方向にずれた電位で必要とされる条件の変更とは逆になる。そのような電位は、イオンの非調和振動を担うこともできるが、イオンエネルギーと振動周波数との関係は、図2Cに示される負の非調和曲線と比較して逆になる。自動共振下で改良された断片率(フラグメンテーション速度)に繋がり得るイオンエネルギーと振動周波数との特定の関係を達成するために、正方向にずれた電位を非調和トラップに使用することが可能である。
イオンを振動運動に閉じ込めるために非調和電位を使用することの利点は、製造要件の複雑さがはるかに低く、かつ機械加工許容差が、厳密な線形電場が必要とされる調和電位静電トラップよりもはるかに緩いことである。トラップの性能は、非調和電位の厳密または固有の関数形式に依存しない。電位捕捉ウェル内の強い非調和性の存在は、自動共振を通してのイオン励起に対する基本的な前提条件であるが、トラップ内部に存在する捕捉電位の厳密な関数形式に関して満たすべき厳密または固有の要件または条件はない。さらに、質量分析計またはイオンビームソーシング性能も、ユニット毎のばらつきの影響をあまり受けず、大半の他の質量分析技術と比較して、非調和共振イオントラップ質量分析計(ART MS)に対してより緩い製造要件が可能である。図2Aの曲線に示される非調和電位は、明らかに参照のみのために提示されており、本発明の範囲から逸脱せずに、形態および細部に様々な変更を非調和電位に対して行い得ることが、当業者には理解されよう。
イオントラップは、イオンの固有振動周波数の約倍数の周波数で閉じ込められたイオンを励起させる励起周波数fを有するAC励起源も含む。イオンの固有振動周波数の倍数は、固有振動周波数の1倍、2倍、または3倍以上の倍数を含む。AC励起源は、図1に示されるように、カップ電極6および7ならびに入口プレート1および出口プレート2に、例えば、入口カップ6および入口プレート1に、または好ましくは、遷移プレート3(中央レンズ)に直接接続することができる。図1を参照すると、AC励起源21は遷移プレート3に接続され、印加されるRFは、オプションのコンデンサ43および44を通してカップ電極6および7のそれぞれにも分配される。AC励起源21を遷移プレート3に直接印加することにより、対称構成のRF分配が生み出されると共に、驚くべきことに、固有振動周波数の2倍でイオンを効率的に励起させることが可能になる。遷移プレート3に印加された場合、AC励起源は、イオンが出口カップに向かって移動する際、およびイオンが入口カップに向かって移動する帰路においてイオンを励起する。
イオントラップには、図1に示される走査制御装置100も設けられ、走査制御装置は、AC励起周波数とイオンの固有振動周波数の2倍の周波数との周波数差を質量選択的に(質量選別して)低減する。一実施形態では、走査制御装置100は、イオンの固有振動周波数の2倍よりも高い周波数から、イオンの固有振動周波数の2倍よりも低い周波数に向かう方向に、ある掃引率(掃引速度)で、AC励起周波数fを掃引して、自動共振を達成する。非調和電位ウェルを使用する典型的な静電イオントラップでは、所与の質量電荷比m/qのイオン群の自動共振励起が、以下の様式で達成される。
1.イオンが、静電的に捕捉され、固有振動周波数fMを有する非調和電位内で非線形振動を受ける。
2.イオンの固有振動周波数よりも高いか:fd>fM、あるいはイオンの固有振動周波数の倍数、例えば、2倍よりも高い:fd>2fM、初期駆動周波数fdを有するAC駆動装置が、システムに接続される。
3.駆動周波数fdと、イオンの固有振動周波数fMの倍数との正の周波数差を、瞬間周波数差が略ゼロに近づくまで、連続して低減させ、イオンの振動運動を駆動装置との永続的な自動共振に位相ロックさせる(自動共振振動器内では、イオンは、必要に応じて駆動装置からエネルギーを抽出することにより、振動の瞬間振幅を自動的に調整して、固有振動周波数を駆動装置の周波数に位相ロックした状態を保つ)。
4.次に、駆動周波数とイオンの固有振動周波数との負の差に向けてトラップ条件を変更しようとさらに試みることにより、エネルギーがAC駆動装置から振動システム内に伝達され、振動振幅およびイオンの振幅周波数が変化する。
5.図2Cに示されるような電位(負の非線形性)を使用する典型的な静電イオントラップの場合、エネルギーが駆動装置から振動システム内に伝達されるにつれて、振動振幅は大きくなり、イオンは、エンドプレート(両端プレート)に近づいて振動する。最終的に、イオンの振動振幅は、イオンがサイド電極に衝突するか、またはサイド電極が半透明(例えば、メッシュ)である場合、トラップを出る地点にイオンが到達することになる。
上述した自動共振励起プロセスは、1)イオンを励起させて、イオンが蓄えられている間に新しい化学的プロセスおよび物理的プロセスを受けさせるため、ならびに/あるいは2)質量選択的にトラップからイオンを放出するために使用することができる。イオン放出は、パルスイオン源を動作させるため、ならびに完全な質量分析検出システムを実施するために使用することができ、後者の場合、自動共振イベントおよび/または放出されたイオンを検出する検出方法が必要である。
あるいは、走査制御装置100は、イオンの固有振動周波数の2倍よりも低い周波数から、イオンの固有振動周波数の2倍よりも高い周波数に向かう逆方向に、ある掃引率で、AC励起周波数fを掃引することができる。この逆走査モードは、上述した永続的な位相ロックおよび自動共振を生み出さないが、大半の場合で、図3に示されるように程々に有用なスペクトルをもたらす。
走査制御装置100がAC励起周波数fを掃引する掃引率は、線形掃引率(すなわち、df/dtが定数に等しい)であってもよく、または好ましくは、非線形掃引率であってもよく、最も好ましくは、d(1/fn)/dtが定数に等しくなり、nがゼロよりも大きくなるように設定することができる。いくつかの可能な周波数操作プロファイルを図4に示す。ART MSトラップが自動共振条件下で適宜動作するには、周波数を高値から低値に走査する必要がある。線形周波数走査は、ART MS励起に適合するが、広い質量範囲にわたり最も効率的なイオン放出を提供しない。ART MSを適宜実施するには、AC励起の提供に使用される関数生成器は、事前に指定された電圧VPPおよび適切な周波数走査時間プロファイを有する、事前に指定された周波数値間の位相連続RF信号のソースでなければならない。直接デジタル周波数合成(DDS)の場合、歪んだピークおよび優調和がないことを保証するために、適切な出力フィルタリングと共に、高サンプリング率のデジタル/アナログ変換器(DAC)出力を有することも重要である。最も低コストの市販のDDSチップは、離散した小さな周波数増分の位相連続連結として周波数掃引を生み出す。ステップ毎に最高で約136Hzの小さな周波数ステップが、本明細書において説明されるすべての実施形態との実験で良質なスペクトルを生成した。
線形走査(df/dt=定数)が、非調和共振イオントラップ質量分析計の動作に使用されてきた。線形走査は、大半の商業的な関数/任意波形生成器(FAWG)によりサポートされているため、都合がよく、実施が容易である。線形走査は、狭い質量範囲の走査には完璧に適切であり、一般に好ましいが、周波数が定率で低減するのに対して、イオンの質量は周波数の二乗に反比例するため、軽いイオンは走査の初期に放出され、隣接する質量の時間間隔が、周波数の低減に伴って低減するため、広い質量範囲では上手く機能しない。したがって、線形走査は、走査時間の利用の点で効率的ではない。線形走査は、低周波数で費やされる比較的長い走査時間が優調和周波数でのイオンの放出を助長する(すなわち、非常に複雑なスペクトルを提供する)ため、低質量(すなわち、<10原子質量単位(amu))を含め、広い質量範囲の走査には勧められない。線形周波数走査は、低分子重量種および高分子重量種の両方を妥当な効率で適宜放出することもできないため、広い質量範囲では勧められない。固定周波数範囲の場合、重いイオンを効率的に放出するには、軽いイオンの走査時間よりも長い走査時間が必要である。線形走査を適用する場合、関心のある特定のピークに理想的な走査時間が選択される。線形走査は一般に、本当に狭い質量範囲(すなわち、数amu)が望まれない限り、ART MSトラップの動作に理想的ではないものとして認識されている。個々の質量範囲のそれぞれに最適化された線形走査の連結シリーズを使用して、広い質量範囲にわたる走査を実行することができ、複数セグメントの線形走査を使用して、後述する非線形周波数走査プロファイルを近似することができる。任意の波形の理想的または好ましい非線形走査の近似を提供する線形走査プロファイルの連結により、機器性能を実質的に失わずに、安価なDDSチップに基づくART MSの開発が可能である。連続線形セグメント間の位相連続を保証できない最低コストのDDSチップによっては、周波数範囲の入念な計算を使用して、関心のある質量ピークでの位相不連続を回避することができる。
入念な解析により、すべての質量においてイオンの放出を最適化するために必要な時間に伴う周波数の変更率(df/dt)の振幅が、イオンの質量に反比例して低減する必要があることが分かった。換言すれば、重いイオンほど、軽いイオンよりも遅い走査率(すなわち、小さな[df/dt]値)でより効率的に放出される。重いイオンは遅く振動するため、RF場振動から十分なエネルギーを集めるためにより多くの時間を必要とする。所与のRF振幅の場合、イオンを自動共振によりトラップから放出できるようになるまでに、最小数の振動が必要であると考えられる。したがって、理想的には、時間に伴う周波数の変更率[df/dt]は、トラップから放出されるイオンの質量が増大するにつれて低減すべきである。しかし、この走査プロファイルは、位相連続RF信号の生成をより複雑にすると共に、成功するには高速任意波形生成器を使用する必要がある。上述したように、区分線形近似も、理想的な非線形周波数プロファイルを近似するために使用されており、低コストDDSチップを商業的な機器の開発に使用することが可能である。
時間に伴って線形変化する周波数の対数を、最も市販されているFAWGs.Logarithmic走査を使用して生成できる対数周波数走査(d(logf)/dt=定数)は、一般に、線形走査よりも良好な結果を提供する:1)スペクトルが低質量において含む優調和ピークが少ない(後述)、2)高分子重量化合物が、線形走査の走査時間と比較して、走査時間に関してトラップからより効率的に放出される。対数周波数走査は、広い質量範囲のスペクトル収集では線形走査よりも常に好ましいが、放出する必要があるイオンが軽いか、それとも重いかに応じて走査時間を入念に調整する必要がまだあるため、まだ理想的ではない。重いイオンを効率的に放出できるようにするには、走査時間を増大させる必要があるが、それでもなお、優調和(さらに後述する)がスペクトルを汚染する恐れがある。
好ましい走査モードは、d(1/fn)/dtが定数におおよそ等しく、nが、n=1およびn=2の場合が図4に示されるように、ゼロよりも大きいように、周波数掃引率を設定することを含む。「1/f」周波数掃引は、質量に伴って線形的に低減する周波数掃引を提供する。これは厳密に、イオン放出に最適であると経験的に決定された種類の関係である。「1/f」走査は、すべての走査掃引モードで最もクリーンで最も効率的なスペクトルを系統的に提供した。例えば、70ミリ秒周波数掃引は、70ミリ秒内で1amu〜100amuの最適なデータ出力を提供し、これとは対照的に、対数走査では250ミリ秒が必要である。走査はより高速であり、高周波数で費やされる時間が比較的わずかであるため、調和の高寄与の点ではるかに鮮明である。1/f走査に加えて、1/f2(d(1/f2)/dt=定数)走査の考慮も有用であり得る。この走査モードの最も重要な利点は、周波数は時間に対して非線形的に走査されるが、異なる質量ピークが質量と時間との線形関係で放出されるためである。1/f2走査では、イオンは、質量電荷比に厳密に比例する時間で、トラップから放出される。すなわち、質量電荷比と放出時間との間に明確な線形の関係がある:Δm/Δt=定数。質量基準に対する適切な校正を使用して、放出時間を質量に変換することは簡単であり、収集された質量放出データから質量スペクトルを生成するために、多くの処理電力を必要としない。
あるいは、図1に示される走査制御装置100を使用して、イオンの固有振動周波数の2倍の周波数が、AC励起源の周波数よりも低い周波数から、AC励起源の周波数よりも高い周波数に向かって変化するような方向に、ある掃引率で、大きさVの静電電位を掃引することができる。遷移プレート3に対するバイアスは、図2Aに示される静電電位ウェルの底部において電圧を設定する。イオンの固有振動周波数は、捕捉電位ウェルの深さによって設定される。遷移プレートのバイアス電圧のいかなる変更も、イオンの固有振動周波数のシフトに繋がる。実際に、固定質量電荷比のイオンの往復時間は、図2Aに示される捕捉電位の平方根に関連する。捕捉電位ウェルが浅くなるにつれて、イオンの往復時間は長くなり、固有振動周波数は小さくなる。すなわち、スペクトルのピークは、遷移電圧が低減するにつれて低周波数に移る。遷移プレート3に対するバイアスの掃引率は、非線形掃引率であることができる。遷移プレート3に対するバイアスは、図5Aに示されるように、自動共振を利用してイオンを質量選択的に励起させて、イオンの固有振動周波数の2倍の周波数が、AC励起源の周波数よりも低い周波数から、AC励起源の周波数よりも高い周波数に向かって変化するように、低値から高値への方向に掃引することができる。あるいは、遷移プレート3に対するバイアスは、逆走査モードで掃引することができ、その場合、遷移プレート3に対するバイアスは、イオンの固有振動周波数の2倍の周波数が、AC励起源の周波数よりも高い周波数から、AC励起源の周波数よりも低い周波数に向かって変化するように、高値から低値の方向に掃引される。逆走査モードは、自動共振を利用しないが、それにも関わらず、多くの場合、特に、逆走査モードでの周波数掃引を利用するスペクトルを示す図5Bに示されるように、軸上イオン化(後述)を使用する場合、良質なスペクトルを生成することができる。図5Cに示されるように、軸外イオン化(後述)を使用する周波数の逆走査は、不良な品質のスペクトルを生成する。一実施形態では、AC励起源の周波数および遷移プレート3に対するバイアスは両方とも、走査中に変更される。
図6Aに部分的に示される軸上イオン化を利用する一実施形態では、第1および第2の対向ミラー電極構造のそれぞれは、軸方向に配置されたアパーチャを有する第1のプレート形電極(入口プレート)1と、中央に配置されたアパーチャを有する、中央レンズに向かって開いたカップ形状の第2の電極6とを含み、中央レンズは、プレート形状であり、軸方向に配置されたアパーチャを含む。この実施形態では、図6Aに示されるように、電子放射源16により生成される電子密度は、入口プレート1の近傍で最大であり、入口プレート1の近傍では、電子エネルギーも、入口プレート1から離れた場所よりも大きい。したがって、イオンの大半は、比較的高いエネルギーの電子と衝突することにより、入口プレート1の近傍で生成され、高エネルギーイオンは、捕捉される前に電極構造から排出される可能性がより高く、スペクトルの基線に大きなオフセットを生じさせる。図6Aは、トラップに入った電子が、最終的には反射してUターンし、再び入口プレート1に戻る電子も示す。そのようなイオンは入口プレート1の背面に向かって加速するため、より多くのイオンが、2回目のイオン化で形成される。電子が入口格子に達すると、電子のうちのいくつかは格子のワイヤおよび隣接する表面に衝突し、電子刺激脱離(ESD)を通して大きなエネルギーを有するイオンを解放する。ESDにより解放される大きなエネルギーを有するイオンのうちのいくつかは、捕捉されずに電極構造から排出される可能性が高く、質量分析計の基線オフセット信号のさらなる原因を提供する。
図6Bに部分的に示される、軸外イオン化を利用する好ましい実施形態では、第1のプレート形電極(入口プレート)1は、対向ミラー電極構造の軸に対して軸外に配置された少なくとも1つのアパーチャを含む。この実施形態では、図6Bのグラフに示されるように、電子放射源16により生成される電子密度は、トラップ内部の深い場所に局部集中し、したがって、入口プレート1から離れた場所では、電子との衝突により生成されるイオンは、より低いエネルギーを有し、捕捉される確率が高くなる。軸外イオン化は、軸上イオン化(すなわち、図6A)に関連して説明したようなトラップの出口プレート2に対する一直線上の視野方向でのESDイオンの生成をなくす。その結果、図6Bに示される軸外イオン化方式での基線オフセット信号に対するESDの寄与は、はるかに低減する。入口プレート1の近傍で形成されるイオンは、捕捉されずにトラップから排出されるために十分なエネルギーを有するため、それらのイオンは、イオン検出器により想定される信号に基線オフセット(増大)を生成し、基線オフセットは、イオン質量とは無関係であるため、検出器ノイズの大きな原因である。常にイオン衝撃があるため、基線ノイズの増大は、イオン検出器の寿命を損ない、基線減算のために追加の信号処理を必要とし、センサの検出限界を増大させる(損なう)。センサの出力信号に対する基線オフセットの相対的な寄与も、軸上イオン化が使用される場合、システムの総圧の関数として増大するように見える。軸外イオン化は、基線オフセットを最小化し、ART MS機器の動作圧力のダイナミックレンジを効率的に増大させること、すなわち、トラップをより広い圧力範囲で動作させることが可能であり、圧力の増大につれての分解能の劣化が小さいことが分かっている。軸外イオン化のさらなる利点は、図7に示されるように、2つの電子放射源16を使用できることである。少なくとも1つ、好ましくは2つの電子放射源により生成される電子は、電極構造に沿った軸に直交する軸から約20度〜約30度、好ましくは約25度の角度だけ離れて注入される。電子注入の角度は、電子が圧力プレート76(図1に示される)または隣接する電子構造のいかなる部分にも衝突しないように選択され、仮にそのように選択されない場合には、電子ビームが二次電子を生成し、結果として生じるスペクトルに電気ノイズを生じさせる恐れがある。図6Bに示されるように、電子放射源の好ましい位置合わせでは、電子放射源16からの電子ビームは、電位計プレート72が電流を測定することができる入口プレート1の逆側にある出口スリットに向けられる。あるいは、出口スリットから流出する電子ビームを、後述され、図26に示される外部に配置されるイオン化ゲージ構造のイオン化源として使用することができる。電子放射イオン源16は、図6Aおよび図6Bに示されるように、ホットフィラメントであってもよく、または例えば、図8に示されるような電子生成器アレイ(EGA)80等の冷温電子放射源であってもよい。電子の点源として動作するEGAが利用可能であり、軸外イオン化での使用に適する。代替の軸外イオン化構成は、例えば、入口カップ6のサイド開口部を通してのイオン導入またはパルス注入を使用することにより機器外部で生成されたイオンの導入を含むことができる。図1に示される単純な構成が、製造が比較的容易かつ低コストであること、総圧測定との適合性、およびフィラメントが電極構造の一番上に配置された現場で交換可能なフィラメント組立体の設計との適合性から、好ましい。
質量分析計として構成される場合、イオントラップはイオン検出器も含む。図9に示される一実施形態では、イオン検出器17は、電極構造に対して軸上に、トラップ外部に配置することができる。図10に示される好ましい実施形態では、イオン検出器17は、電極構造に対して軸外に配置される。イオン検出器は、例えば、電子倍増装置であることができる。ファラデーカップをイオン信号の収集に使用することもできるが、得られる信号が小さいため、センサの速度利点を保持するためには、ピコアンプレベルの信号に対応する高速電位計の設計に過大な要件が課される。あるいは、イオン検出器は、2009年3月31日にScheidemann等に発行された米国特許第7,511,278号明細書に説明されるように、支持要素に配置された複数の導電構造を含むことができ、この米国特許の内容全体および教示は、参照により本明細書に援用される。この構造は、互いに電気的に絶縁され、各構造は、電子読み出し装置に電気的に接続することができる。この構造は、支持要素に対して入射角度を形成する方向において粒子ビームを受信する。溝が、ビーム方向から見て連続する2つの構造のそれぞれの間に配置され、2つの連続した構造のそれぞれの間には、少なくとも部分的な重複が存在する。M.Bonner Dentonは、2009年3月3日にDenton等に発行された米国特許第7,498,585号明細書において、質量分析検出に対するそのような構造の実際の実施および有用性を実証し、この米国特許の内容全体および教示は、参照により本明細書に援用される。本明細書において説明されるイオン検出器および電子検出器の大半は、イオンまたは電流を測定するように特に設計されたトランスインピーダンス増幅器に頼っているが、電荷感度増幅器を使用して、イオンおよび電子の検出および測定を実行することも可能である。質量分光計およびイオン移動度分析計に対応する高速電荷感度トランスインピーダンス増幅器は、いくつかの研究グループにより実証されており、簡単な例が、2008年7月22日にGresham等に発行された米国特許第7,403,065号明細書に説明されており、この米国特許の内容全体および教示は、参照により本明細書に援用される。
あるいは、AC励起源の周波数変動として、または静電電位の大きさの変動として、イオントラップの電気特徴を測定することにより、イオンを質量選択的に検出することができる。電気特徴は、(1)AC励起源から吸収されるRF電力の量、(2)電極構造の電気インピーダンスの変化、および(3)イオン位相がAC励起源に位相ロックされ、振動器がエンドプレートに近づく際にエンドプレートにおいて生じる影像電荷により誘導される電流を含む。本明細書に記載の静電イオントラップは、イオンエネルギーおよび/または注入時刻の厳密な制御を含まず、したがって、同じ質量電荷比のイオンが広範囲の振動周波数および位相を有し得る。その結果、イオンは等時性で振動するわけではなく、高速フーリエ変換デコンボリューションと組み合わせられた、中央プレート(または管)において誘導されたミラー電荷遷移の誘導性ピックアップが、ここでは適用されなかった。しかし、入念に制御されたイオンエネルギーおよび注入時刻を使用する静電イオントラップの場合、自動共振励起を、イオンの振動周波数が、現在利用可能な非自動共振静電イオントラップの大半と同様に、中央プレート(または管)での影像電荷遷移を辿ることにより監視される検出方式と組み合わせることができる。
質量選択的なイオン検出は、トラップ内へのRF電力の放散の変化を監視することにより実行することができる。周波数は固定HVにおいて走査される場合、またはHVが固定周波数で走査される場合、異なる質量のイオンは、RF電場と自動共振するようになり、振動をRF電場振動に位相ロックする。自動共振励起中にイオンが獲得するエネルギーは、RF電場から抽出され、専用回路を使用して、RF消費電力のそれらの急激な変化を検出することが可能である。例えば、RF電力の吸収は、「弱駆動振動器」(WDO)を用いて検出し、定量化することができる。WDOは、例えば、ポールトラップ内でイオン振動を追跡するなどのイオントラップ内のRF電場からのエネルギー吸収を検出するために使用されている。A.Kajita,M.Kimura,S.Ohtani,H.Tawara,およびY.Saito,Anharmonic Oscillations of Mixed Ions in an RF Ion Trap,J.Phys.Soc.Jpn.,59(4)pp.1127−1130(1990)を参照のこと。イオントラップの電気特徴の変化を測定することにより、イオンを検出するために使用されるART MSイオントラップの一実施形態を図11に示す。前のトラップ設計からの主な違いは、入口/出口プレートおよびカップが互いに電気的に絶縁されたことであった。カップおよびプレートに対して別個の電圧バイアス制御装置を有することが、エンドプレートに対する影像電流の影響をよりよく特徴付けるために必要であると考えられた。このトラップはまず、100kΩ抵抗器を通して入口カップを接地しながら、RF励振を入口プレートに印加することを特徴とした。水およびアルゴンの放出周波数を、異なる遷移プレート電圧および以下の走査条件:1.25MHz〜375kHz対数周波数掃引、12ミリ秒走査時間、50mV RF Vp−pで測定した。
放出周波数を、SIMIONを使用する同じ2つのイオン(水およびアルゴン)の場合に計算される放出周波数と比較した。表1に編纂されたデータは、SIMIONが異なる電圧での放出周波数の非常に正確な測定を提供したことを示し、a)SIMIONを使用して、放出周波数を数パーセント精度以内で計算することができ、(b)放出周波数が、入口/出口プレートに隣接して配置されたイオンの振動周波数に対応することを示した。周波数走査は、−1000VDC〜−300VDC捕捉電位で得られた。図12は、−400VDC中央レンズ捕捉電位で得られた代表的なスペクトルを示す。x軸は、デジタルオシロスコープを使用して測定された走査時間であり、y軸は、SR570トランスインピーダンス増幅器(Stanford Research Systems,Sunnyvale,CA)により提供されるような電子倍増器17により検出されるmV単位でのイオン電流である。観測されたアルゴンのピーク437kHzは、計算された放出周波数448kHzと同等である。
次に、図11に示される同じトラップを、EMCO HVモジュール、CA20N−5モデル(EMCO,Sutter Creek,CA)に基づくHV倍増回路を使用して、HV走査(すなわち、固定周波数走査)を実行するように再構成した。AC励起周波数を540kHzに固定しながら、中央レンズのHVを約−200VDC〜−800VDCで走査した。イオン放出を電圧掃引傾きの両側:自動共振および逆走査で観測した。すなわち、イオンは、電圧が上方に走査されたか、それとも下方に走査されたかに関わりなく放出された。RF源は、振幅120mVppを有する周波数540kHzに設定されたFAWG,Agilent 33220であった。RFのRF注入点を、入口プレートから入口カップに切り替えて(図11に示されるように)、関数生成器の出力に、フィラメントからの電子電流が入らないようにした。前の周波数走査結果(表1)に基づいて、Arイオンは、励起周波数540kHzの場合に約−600VDCの電位で放出されたと予期された。図13は、電子倍増イオン検出器17(図1に示される)により検出された水およびアルゴンのピークを含むHV走査スペクトルを示す。アルゴンは、表1から予測されるように、−600VDCにおいて放出された。図12および図13から、周波数およびHV走査の両方を使用して、このトラップ内の質量スペクトルを生成できることが明らかである。図13は、HVを振幅が増大する方法、すなわち、自動共振走査で走査したHV掃引の例である。アルゴンは、電圧が大きくなる方向で走査されたか、または小さくなる方向で走査されたかに関わりなく、−600VDCで放出された。すなわち、HV走査は、自動共振放出と逆走査放出のいずれにも使用することができる。
別の実施形態では、図11のART MSイオントラップを、図14に示されるように変更した。RFは、トラップに物理的に接続されながら、周波数446kHzで共振する弱駆動振動器(WDO)を通して出口カップ7内に結合された。WDOは、298個のマイクロHインダクタおよび並列接続された270個のpFコンデンサ(セラミック)からなるLCタンク回路として設計された。タンクと直列の500KΩ抵抗器が、WDOがRFを蓄積エネルギーからトラップに送出するように、関数生成器がLCタンクに送出可能な電力量を制限した。LCタンクそれ自体は、共振時にQ値≒100を有し、関数生成器が300mVppに設定されている間、27vVrmsの信号をトラップに提供した。タンクを、入口カップではなく出口カップに接続することにより、電子ビーム電流の変化がタンクの位相ロック出力に影響することが回避されるため、WDO出力を監視しながら、はるかにクリーンな信号が提供された。SR844ロックイン増幅器(Stanford Research Systems,Sunnyvale,CA)を使用して、WDOの出力を監視した。ロックイン増幅器のCh1(X)出力およびCh2(Y)出力は、WDO信号の振幅(R)および位相(θ)を表示するように構成されると共に、デジタルオシロスコープの別個の入力に接続されるように構成される。共振タンクは、AC信号をトラップに送出し、エネルギーがRF電場から吸収される(すなわち、タンク損失)都度、RF振幅に検出可能な降下を提供した。ロックイン増幅器は、関数生成器の出力を基準信号として使用して、WDO信号の振幅を監視した。この単純な電気回路では、トラップを、図15のZtrapとして示される、LCタンクに並列接続されたインピーダンス負荷として電気的に表すことができた。RF信号をこの位相に対する感度が高い様式で測定することにより、自動共振励起を検出する2つの代替の方法が提供された:1)WDO出力の振幅の降下を測定することにより、トラップからの電力吸収を測定する方法、および2)RF電力が、電極構造内部に捕捉されたイオンにより吸収される際の、RF信号のX成分およびY成分、すなわち、電極構造の電気インピーダンス(図15に示されるZtrap)の変化を測定する方法。
図16は、3.5E−7Torrでの空気の場合のRF電力吸収スペクトルを示す。線形HV掃引は、関数生成器の鋸波出力に接続された高電力HV増幅器(Trek Inc.,型番623B−L−CE)を使用して生成した。AC励起周波数は446kHzであり、走査率は30Hzであり、HVを−100VDCから−600VDCまで走査した。上向きのピークを示すトレースは、イオン放出信号、すなわち、電子倍増器17(図1に示される)により検出された倍増したイオン電流に対応する。予期されたように、窒素に1つ(−270VDC,28amu)、酸素に1つ(−310VDC,32amu)、合計で2つの放出ピークがある。このトラップ設計で使用した電子倍増器17が、イオンがトラップから放出された厳密な電圧を特定するためにのみ含められたが、電力吸収が、トラップ内の特定の質量電荷比の存在を検出するためにのみ必要とされる(すなわち、この検出方法では電子倍増器は必要ない)ことが後述されることに留意する。下のトレースは、HVが走査された際のWDOのRF出力の振幅Rに対応する。予期されたように、RF振幅は、自動共振が開始する際に降下する(HV=−200VDCにおいて)。振幅は、イオンがエネルギーを獲得し、非調和静電イオントラップでの自動共振励起の特徴である「エネルギー集群(energy bunching)」プロセスにおいて、より高いエネルギーのイオンが加わるにつれて、低減し続ける。RF強度の低減は、イオンがトラップを出始め、RF吸収を行うことがもはやできなくなるとすぐに、終了する。窒素イオンの放出は、約−270VDCにおいて行われ(SIMIONモデル計算に従って)、予期されたように、位相ロックされたイオンがトラップを出るとすぐに、または出口プレートの壁に吸収されるとすぐに、最高強度に戻る。N2イオンおよびO2イオンに予期されるように、2つのイオン放出ピークがあると共に、2つのRF吸収遷移もある。RF吸収が、イオン放出電圧よりもはるかに低いHV振幅において開始されることは、電位の非調和性の現れであり、HVの増大につれての強度の降下が非常に漸進的であることは、現在の自動共振励起理論に従って、エネルギー集群プロセスが実施されることの裏付けである。イオン放出ピークが現れる際にRF吸収が急激に終わることは、イオンがトラップから効率的に放出され、かつ/または入口プレートおよび出口プレートの壁に吸収されたことを示す。RF電力吸収は、10−4Torrという高い圧力でイオンを検出するために適用され、ART MS用途の圧力範囲を効率的に増大させた。RF電力吸収は、イオン放出が電子倍増器により観測されないように、トラップの条件が調整される場合であっても、なお検出可能である。すなわち、RF振幅値が放出閾値未満に調整された場合、またはイオンがトラップをもはや出られなくなるポイントまで、出口プレートの電圧が上げられた場合であっても、RF電力吸収は観測された。電力吸収測定は、トラップ外へのイオン漏れの影響を受けないため、軸上イオン化はこの検出方式に完璧に適合する。RF電力吸収検出を使用して、衝突誘導による断片化の励起前に、特定の種の存在を確認することの考案が可能である。
図16のRF電力吸収は、−200VDCにおいて検出可能になるため、SIMIONを使用して、イオンがRF電場に位相ロックする際に、最初に検出可能な吸収信号を生成するイオンのエネルギーを計算した。SIMIONを使用して計算したように、−200VDC捕捉電位の場合、−18V等電位での窒素イオンは、固有振動周波数440kHzで振動し、この検出方式で検出可能なRF吸収レベルを提供する最初のイオンである(図17参照)。わずか70eV電子の使用が、≒−20VDC等電位で開始するイオンの有意な(すなわち、検出可能な)RF吸収信号を生成するように見える。より低い電位エネルギーのイオンは、より低濃度で存在し(すなわち、トラップ内部をさらに貫通する電子の効率のより低いイオン化により)、自動共振位相ロックが行われる際に、RF信号に有意の低減を生成しない。図18は、トラップ内部のイオンおよび電子のエネルギー特性を示す。電子は、運動エネルギー(KE)70eVでトラップに入り、−70VDCの等電位でUターンし、Uターンする箇所での運動エネルギーはゼロである。窒素をイオン化するために、電子のKEは少なくとも15eVである必要があるため、有意なイオン濃度は−55VDCの等電位を超えない(すなわち、この等電位の右側に)予期される。すなわち、イオン化ボリュームは、入口プレート格子で開始され、−55VDC等電位で終了する。0VDCおよび−55VDC等電位内で、電子は、運動エネルギー70eV〜15eVを有し、これはすべて、窒素のイオン化閾値を上回る。しかし、閾値を超えるイオン化効率は、電子エネルギーに対応し、電子衝突イオン化により形成されるイオンの濃度は、入口プレート格子から離れ、トラップ内に移動する(すなわち、図18において右側に移動する)につれて低減するものと予期される。この実験セットアップを使用してRF振幅の検出可能な降下を提供する位相ロックされたイオンの臨界濃度を得るために、少なくとも50eVの運動エネルギーを有する電子が、このトラップ内に必要とされる。
図19に示されるように、RF吸収帯の幅は、電子エネルギーに対応する。トラップに入る電子のエネルギーが低減するにつれて、イオン化ボリュームも低減し、RF電力を吸収できるイオンのエネルギー範囲は低減し、図19に示されるように、電子エネルギーが70eVから50eVに低減するにつれて、振幅降下の傾きを急傾斜にする。この得ロット内の3つの曲線は、HV範囲の差を強調するために、振幅を正規化した。電子エネルギーの変化は、放出電圧に対して影響を及ぼさないが、RF吸収が行われる電圧範囲に対して実質的な影響を及ぼす。電子エネルギーが増大し、トラップ内のイオン化ボリュームが増大するにつれて、RF吸収を検出可能なHVの範囲も増大する。図19に示されるように、RF吸収の開始は、70eV電子の場合の約−250VDCから、50eV電子の場合の−300VDCに変化するように見える。RF吸収が観測されたHVの範囲の同様の低減も、ガス圧が増大するにつれて発生した。イオンが排出されないポイントまで、出口プレートに対する電圧を増大させることは、吸収信号を否定せず、開始閾値に対する影響は最小であった。しかし、イオンが排出されないポイントまで、出口プレートに対する電圧を増大させることは一般に、イオンがトラップから排出できる場合に通常観測される急激な放出遷移の傾きを低減した。イオンがトラップから排出されない場合、放出曲線の傾きはもはや、図19に見られるような急激なものではない。
HV走査では、特定の質量電荷比のイオンは、特定の閾値高電圧においてRF電場とロック(位相ロック)し、高電圧振幅が増大するにつれて、さらなるイオン(より高いエネルギーの)が位相ロックのまとまりに加わるため、それらのイオンはエネルギーを獲得し始める。イオンの位相ロックされたまとまりの中のイオンの数は、イオンがエネルギーを増大させるにつれて増大し、これはエネルギー集群として説明される。イオン数の増大は、イオン化エネルギー電圧よりもはるかに低いHV振幅で開始するRF吸収のゆっくりとした上昇として、図19において容易に見られる。イオンのまとまりが新しいイオンを獲得し、まとまりがエネルギーを上昇させるにつれて、イオンは、より大きな振動振幅でエンドプレート間を前後に振動する。このイベントを視覚化する便利な方法は、2枚のプレート間を前後に振動し、壁に徐々に近づいているイオンのグループの重心について考えることである。自動共振するイオンのまとまりの重心(CM)が、エンドプレート間で前後に振動し、この双極振動は、エンドプレートに影像電流を誘導させることが予期される。HVが増大するにつれて、双極振動の振幅は増大し、イオンは壁に近づくため、影像電流も、HVが走査されるにつれて増大することが予期される。誘導される影像電流のこの増大は、自動共振励起に起因して、エネルギー集群プロセスを通してさらなるイオンがピックアップされるにつれて、CM内に蓄積される電荷も増大することによってもさらに増大する。周波数に依存する影像電流は、ART MSトラップでの質量スペクトル生成に相補的な検出方式を提供することが予期される。影像電流ピックアップは、エンドプレート検出、中央プレート検出、ならびにトラップボリューム内部の補助誘導コイルおよびリングの位置決めさえも含め、様々な方法で達成することができる。誘導ピックアップは、過去において、質量分析計でのイオン検出に使用されてきたが、従来技術による実施では一般に、影像電流スパイク検出に対して必要なコヒーレンス性を提供するために、等時性および等エネルギー性を有するイオンを生成する必要がある。ART MSトラップは、イオンをトラップ内部の任意の場所に導入でき、等エネルギー性または等時性の要件がないという利点を有する。高感度の影像電流検出を実現するためには、コヒーレントなCM運動を生成するRF電場のイオン群の位相ロックが必要であった。
WDOを必要としない、トラップ内のRF電力吸収を検出する簡単な方法は、RFソースプレートに容量的に結合された電極での「RF rms振幅」の、周波数に依存する降下を検出することである。トラップ内のRF電力吸収は、トラップ内部のRF電場強度を低減させ、そして、隣接する電極構造に容量的に結合されたRFの振幅を低減させる。純粋な電気的観点から、RF振幅の降下は、RFソースプレートに隣接する電極プレート内へのRF結合量に影響するトラップのインピーダンスの変化として解釈することができる。したがって、図20に示されるイオントラップの実施形態を使用して、HVが走査される際、エンドプレートでのRF電場振幅または捕捉インピーダンスのわずかな変化を検出することができる。これがトラップのインピーダンスの変化測定に頼る非常に単純な測定の実施であることに留意する。FAWGからのRFをWDOなしで入口カップに直接印加した。FAWGからのRF信号を分割し、ロックインのREF入力に接続して、影像電流の位相検波を行った。次に、ロックインの入力を使用して、出口カップおよび出口プレートに誘導された電流を位相検波した。ロックイン増幅器は、結合RF振幅がRF励起信号に位相ロックされるため、この種の測定に理想的な検出器である。まず、入口カップに印加されたRF電圧を入念に監視して、エネルギーがFAWGから位相ロックイオンに吸収される際に、振幅の低減が観測されないこと:FAWGが電力需要に対応しており、振幅の検出可能な変化が入口プレートにおいて観測されないことを保証した。次に、ロックイン信号入力を出口プレートに接続し、イオンの自動共振励起に対応する周波数で走査しながら、RF信号の振幅の有意な変更を観測した。出口プレートで観測された振幅変化は、トラップ内部のRF電場強度の低減(すなわち、インピーダンスの変化)に起因する。信号は、検出および測定が比較的容易であり、RF振幅検出の例を示す図21に示されるように、WDOと使用して収集される吸収信号の形状を辿る。RF周波数は600kHzであり、入口カップ内に接続された電圧は100mVppであった。出口プレートでの公称容量結合RF振幅は、0.5mVであり、RF源に対して+15度の位相シフトを有した(ガス負荷がない状態で測定される)。信号遷移は3.5×10−7Torrレベルの空気を基にしており、N2信号およびO2信号の両方が明らかである。出口プレートでのRF振幅の降下は、容易に検出され、図21に示される曲線の形状が、例えば、図19等の上述した電力吸収曲線によく対応する。換言すれば、RF振幅は、電力がRF電場から吸収される率に関連して降下する。窒素および酸素は両方とも、図21に示される吸収スペクトルではっきりと見ることができ、イオン放出または電子倍増器なしでのイオン検出を実証する。ここでも、−500VDCの急なエッジは、窒素イオンがトラップから放出する電圧に対応する。イオン放出エッジの左側のRF振幅のゆっくりとした低減は、エネルギー集群効果が発揮される際の電荷の漸進的な蓄積に対応する。図21で実施される簡単な検出方式は、RF振幅の測定を実行するためにロックイン増幅器に頼るが、近代のRMS感知方法論およびチップを使用して、非常に低コストで同一の測定を実行することも可能である。
自動共振が行われる際のトラップ内部のRF電場強度の低減も、トラップが放出閾値に非常に近いRF振幅で動作する場合、興味深い効果をもたらすことができる。例えば、質量ピークに対応するガス分子の濃度が増大し、トラップ内部のRF電力吸収により、RF電場を放出閾値未満にすると、それらの質量ピークがスペクトルから消失することが観測された。大半の一般的な現れ方では、スペクトルの主ピークは、その種のガス濃度が増大すると、スペクトルから急に消失し、RF振幅が増大して、RF電場が再び閾値を上回るようになるとすぐに、ピークが再び現れる。
上述したように、ART MSトラップは、ガス混合物内に存在する分子の質量を高速で簡単に識別する。ガスを電子でイオン化可能な限り、対応するイオンは、イオンの厳密な質量電荷比順で検出される。分解能がイオンの質量で十分に高い場合、または同様の重量の分子がない場合、イオンの存在は、質量スペクトルの分離したピークにより容易に識別される。実際に、ART MS装置は、図22に示されるように、放出周波数と質量との厳密で決定論的な線形関係により、単一のガス校正のみが必要であるため、四重極質量分析計よりも質量軸校正の点で優れている。ART MS装置は、優れたレシオメトリック装置でもある。ガス混合物内に存在する異なる種の相対量、すなわち相対濃度は一般に、スペクトルのピーク振幅の比率により適宜表される。ART MS装置は、低質量での小型四重極質量分析計の動作に影響するゼロブラスト(zero blast)がなく、そのため、ART MSセンサは同位体比質量分析計の優れた候補である。ゼロブラスト信号は、RF/DC電場が低すぎて、すべてのイオンが検出器に達することを止められない間、溢れて、低質量において四重極質量分析計のイオン検出器に大きすぎる負荷をかける、質量から独立した信号である。
しかし、ART MSトラップは、計算が困難であり、振動イオンビーム内に蓄えることができる任意のm/qのイオンの数に上限を課すイオントラップの空間電荷限界により、混合物中の成分の絶対部分圧に対応するイオンピーク信号振幅を提供しない。図23は、イオントラップ内で発生する電荷濃度飽和効果の例を示す。手前のトレースは、3.5E−7Torrの圧力での空気のスペクトルに対応する。奥のトレースは、同じ空気試料であるが、追加の4E−7Torrのアルゴンがガス混合物に追加された場合に得られるスペクトルに対応する。2つのガスは、適正な比率で検出されるが、トラップへのアルゴンイオンの追加により、窒素イオンおよび酸素イオンは、同じ全体レベルでイオン濃度を保つために、捕捉ビームから変位した。この電荷飽和効果の結果、ART MSの定量的動作では、質量スペクトルにより提供されるレシオメトリック情報を正規化し、絶対部分圧測定値を提供するために、システム内の絶対総圧の知識が必要である。例えば、イオン化ゲージ等の補助圧力ゲージを使用して真空システム内の総圧を独立して測定することの他に、ART MSトラップを使用して絶対総圧測定値を取得する少なくとも2つの可能な方法がある。
第1の手法は、静電イオントラップ構造の内部または外部に配置され、適宜バイアスされたイオンコレクタ面(収集面)により収集されるイオン電流を測定することである。コレクタ電極(収集電極)の位置およびバイアスに応じて、総圧測定を、部分圧測定と並行して行う場合もあれば、または総圧測定値を収集するために、部分圧測定値の一時的な中断が必要な場合もある。図24を参照すると、外部イオンコレクタ面76は、電子放射フィラメント16を囲むことができ、電子放射フィラメント16で、トラップに向かって進む途中、電子により形成されるイオン89が、周囲シールドまたは管で形成されたイオンコレクタ76により収集され、絶対総圧に対応するイオン電流90を提供する。あるいは、イオンコレクタ76は、図25に示されるように、リング電極またはチューブ電極であり得る。外部イオンコレクタ面76は、図26に示されるように、入口プレート1の電子ビーム用の出口スリットに配置されてもよく、この場合、電子コレクタ(電子収集体)72が使用されて、電子放射電流の測定が提供される。図27に示される別の実施形態では、イオンコレクタ面76は、入口カップ電極6の内部に配置し得る。この動作モードでは、入口カップ6および遷移プレート3は、同じ電圧、好ましくは+180VDCで瞬間的にバイアスされ、イオンコレクタ電極は、好ましくは、接地され(0VDC)、それにより、イオンは収集面76に効率的に捕捉される。図28に示されるさらに別の実施形態では、ベイアード−アルパートイオン化ゲージをトラップにタンデム接続することができる。この実施形態では、総圧測定はトラップの外部で行われ、イオンの部分が、部分圧解析のためにトラップ内に移る際に瞬間的に中断されるだけである。総圧測定中、イオン化格子92のバイアス電圧は、入口カップ6と同じ+180VDCである。接地された1つまたは複数のコレクタ(収集体)76が、電子衝突イオン化により格子内部に形成されたイオンを捕捉し、システム内のガスの総圧に比例するイオン電流を提供する。陽極格子イオンの部分をトラップボリューム内に注入するために、入口カップの電圧は、約+180VDCから約+170VDCに瞬間的に低減して、いくつかの格子イオンをトラップ内に引き込み、次に、再び+180VDCに上昇して、注入されたイオンを捕捉し、イオン検出器17を使用して部分圧解析を実行し、ART MSトラップをパルスモードで動作する。電子放射源16は、典型的なベイアード−アルパートイオン化ゲージと同様に、電極構造に対して軸外に配置される。この手法の利点は、総圧測定を部分圧(質量)解析と組み合わせて、真空システム内で定量的および定性的の両方の部分圧組成解析を提供可能な高質の総圧ゲージを提供できることである。図28に示されるようなタンデム構成は、ART MS技術で可能な組み合わせゲージセンサ構成の優れた例である。この種の構成は、イオンがトラップボリューム外部で形成され、静電ゲートパルスを使用してトラップ内部に注入される機器セットアップする良好な例でもある。例えば、イオン移動度分析計(IMS)から出るイオンをART MSトラップ内に移すためにも、同様のセットアップを考案することができる。
図1に示される好ましい実施形態では、イオンコレクタ面76は、トラップボリューム内部で、入口プレート1と入口カップ6との間に配置されるプレートであってもよく、電極構造と軸方向に並んで配置されたアパーチャを含む。総圧測定中、イオンコレクタ面76は、フィラメント16のバイアスよりもマイナスの電圧でバイアスされて、フィラメントからあらゆる電子を反発させながら、入口プレート1と入口カップ6との間に形成されるすべてのイオンを引きつけて収集する。
総圧を測定する第2の手法は、ほぼすべてのイオンがトラップから排出され、イオン検出器により収集されて、総圧測定値を生じさせるように、出口プレートを十分に不等にバイアスすることである。イオンコレクタは、図1に示される好ましい実施形態に示されるように、ファラデーカップコレクタとして動作する単純な電極または電子倍増器であり得る。約−15VDCの電圧が、図1に示される出口プレート2に印加される場合、図2Aに示される非調和電位は、図2Bにさらに詳細に示されるように、すべてのm/q比のすべてのイオンが一緒にトラップから排出され、図1に示されるイオン検出器17により収集されるように十分に非対称である。実際の用途では、出口プレートに対する電圧を高速で切り替えて、トラップ内部で形成されたすべてのイオンを瞬間的に放出し、部分圧動作の割り込みを最小にして、高速の総圧測定値を提供することが可能である。この動作モードでは、マイクロ秒の時間単位の総圧測定が可能である。そのような高速総圧測定は、高速電位計測定に必要なより高い電流レベル(すなわち、より大きな電位計帯域幅)を提供する電子倍増検出器の使用から恩恵を受ける。一般に、最初に出口プレート電圧を瞬間的に上昇させてから、電圧値を下降させてイオンを放出することが好都合であることが観測されている。出口プレートの電圧を増大させると、イオンクラウドをさらにトラップ内に強制し、通常、出口プレート電圧が下に切り替えられる際に存在する大きなイオン遷移電流スパイクが回避される。大きな電流スパイクは、電子倍増検出器に大きすぎる負荷をかけ、出口プレート電圧が下に切り替えられた後、電位計が安定状態イオン電流測定値になるまでに追加の時間をかけさせる恐れがある。
さらに別の手法では、真空システムに同時に存在する補助ゲージの独立した測定値を使用して、ART MSのレシオメトリック部分圧値を測定し、絶対部分圧測定値を提供して、補助ゲージから有用な総圧測定値を得ることも可能である。一般的な実施は、アナログ入力ポートをART MS電子制御ユニット(ECU)に構築し、補助ゲージからのアナログおよびデジタルの出力信号を使用して、確実で正確かつリアルタイムの圧力測定値をECUのマイクロプロセッサおよびその制御ソフトウェアに提供することである。デジタル入力ポートおよびアナログ入力ポートをECUに追加して、補助ゲージコントローラのデジタル出力ポートおよびアナログ出力ポートから圧力測定値を取得することができる。柔軟なI/Oインタフェースが、現在利用可能であり、ART MSトラップの圧力範囲に適合する商業的な広範囲のゲージ技術とインタフェースするために必要な主要特徴である。イオントラップのフィラメントおよび電子倍増器を保護すると共に、プロセスにおいて、トラップ動作を作動させる適切な時間を決めるために、外部圧力測定も使用し得る。トラップから送られたレシオメトリック部分圧情報が、総圧ゲージコントローラにより使用されて、ガス種に依存する圧力測定値を調整し補正する、外部総圧ゲージと、イオントラップとの相助関係的な対話を考案することも可能である。
ART MS技術に基づき、総圧測定設備(内部または外部)を含む部分圧解析器は、総圧測定、レシオメトリック部分圧濃度を実行することが可能であり、適切な計算機能をECUに内蔵した状態で、絶対部分圧測定を実行することも可能である。レシオメトリック部分圧および絶対総圧情報の組み合わせから絶対部分圧測定値を導出するために必要な計算およびアルゴリズムは、様々なレベルの複雑性および仮定を含み得るが、当分野においてよく理解されている。関わる計算の複雑さのレベルは、すべてのイオン断片(フラグメント)、すべての分子種、およびすべてのイオン化効率、抽出効率、および検出効率が既知であるか否か、かつ/または真空環境内に存在する複数の分子種が考慮されるか否かに依存する。汚染解析、漏れ検出、および真空監視を含め、最も一般的な用途では、質量スペクトルの異なるピークの存在度の単純なレシオメトリック表現で十分であろう。しかし、プロセス指向の用途によっては、プロセス化学を厳密な制御下に保つために、絶対部分圧レベルをリアルタイムで計算する必要があるものがある。
ART MSトラップに対処する場合に考慮する必要がある第1の要因は、静電トラップ内の電荷容量が限られていること、すなわち、ART MSトラップ内部に蓄えることができるイオンの数に制限があることである。新しいイオンを、すでに電荷飽和限界であるトラップ内に導入しようとするいかなる試みも、(1)余剰イオンがトラップから放出されて、新しいイオンのために場所を空け、(2)イオン電荷の化学的組成が変化することになる。これは、新しいガス成分をガス混合物に追加しても、トラップ内部の総電荷量は増大せず、むしろ、トラップ内部に蓄えられている種のイオン相対濃度をシフトさせることを意味する。総電荷は同じままであるが、異なる種の電荷比率が、ガス組成の変化を反映するように変化する。ART MSトラップの化学組成の変化は、非常に高速であり、周囲のガス環境内のガス組成の変化を綿密に辿る。ART MSトラップの電荷容量限界は、トラップの(1)物理的な特徴(特性)および(2)静電特徴(特性)の複雑な関数である。動作中の正味電荷量は、(1)電子放射電流、(2)総圧、(3)走査率、(4)RF振幅等を含む複数の要因に動的に依存する。ART MSトラップに使用される静電トラップでは、最高電荷(すなわち、電荷飽和)は、1E−7Torrという低圧で達成される(すなわち、放射電流が100μAを上回り、≒40mV RF VPP、および典型的な80ミリ秒走査時間と仮定して)。
ガス分子は、それぞれの部分圧に比例してトラップ内部でイオン化されるが、総電荷に対するそれぞれの相対寄与は、それぞれの相対イオン化効率により重み付けされる。例えば、2つのガスの50/50混合物の場合、大きなイオン化効率を有するガスは、トラップ内部に相対的により多くの電荷を寄与することになる。すなわち、2つの種のイオン化効率比に比例して寄与することになる。図33は、2つのガスが真空チャンバ内に存在する例を示す。ガスAは部分圧PPAで存在し、ガスBは部分圧PPBで存在する。2つの部分圧を一緒に合算すると、システム内の実際の総圧になり、総圧は、以下において分かるように、イオン化ゲージから報告される総圧測定値とは異なる。この例では、ガスBは、AよりもXAB倍大きなイオン化効率を有すると仮定される。簡単にするために、各ガスが断片化なしでイオン化される(すなわち、スペクトルに親分子による主ピークのみがある)ものと仮定する。電荷限界において、両ガスの電荷の比率は、
QB/QA=(PPB/PPA)×XAB
である。
電荷限界において、トラップ内部の総電荷QTが定数であり、
QT=QA+QB
に等しいことにも留意する。
同様にして、イオンゲージを使用して測定される同じガス混合物のイオン電流も、図34に示されるように、両ガスの相対イオン化効率により重み付けされる。
イオン化ゲージにより報告される総圧は、
PT=PPA+XAB×PPB
である。
これがシステムの実際の総圧(PPA+PPB)ではなく、むしろ、イオン化ゲージにより報告され、2つのガスのイオン化効率により重み付けされた総圧であることに留意する。
両ガスで同じであると仮定された共通の感度係数αが上記計算で使用されることにも留意する:XABは、2つのガスのイオン化効率に対するゲージの感度係数への依存度を調整する補正係数として働く。イオン化ゲージの陽極格子内部で形成されるイオンは、通常、質量から独立した同じ効率で一般に収集されるが、それぞれのイオン化効率に比例する異なる率でイオン化されるため、これは非常に妥当な仮定である。
走査中にトラップから放出された質量依存性の電荷は、ガス種毎にトラップ内に蓄えられた電荷量に比例するものと予期される。各質量の放出電荷量は、図35に示されるように、質量に依存するイオン電流を積分することにより計算することができる。この第1の例では、ガスAおよびBが単一のピークを生じさせ(すなわち、断片化がなく)、それらの2つのピークにスペクトルの重複がない非常に単純な事例を仮定することに留意する。しかし、断片化パターンパッケージ全体が種毎の計算に考慮される場合、同じ議論を拡張することができる。
トラップ内に蓄えられている種AおよびBの電荷量は、トラップから放出された種AおよびBの電荷に比例する。放出された電荷は、種AおよびBに対応する質量ピークの時間にわたるイオン電流の計算される積分である。この例では、qAおよびqBは、ガスAおよびBに対応するスペクトルの質量ピークの部分としての放出電荷である。
本例でのガスAおよびBの絶対部分圧を測定するために、使用者は、
1.総圧:PT、
2.AおよびBの放出電荷:qAおよびqB
を測定しなければならない。
ピーク電荷の計算は、ピーク識別、ピーク積分、およびガス割り当てを必要とする。
次に、部分圧の実際の計算に必要なのは、単純な乗算であるため、部分圧の実際の計算は非常に単純である。
PT×(qA/(qT))=PPA
PT×(qB/(qT))=XAB×PPB
この非常に単純な計算は、イオン化ゲージ電流のガス依存成分への分解を提供する。成分が識別され(すなわち、ガスフィッティングを通して)、相対イオン化効率が適用されると、イオン化ゲージにより提供される総圧測定値に対するイオン化効率の影響をなくすことが可能である。換言すれば、AおよびBが識別され、イオン電流へのそれぞれの寄与が識別されると、実際の部分圧PPAおよびPPBを計算し表示することができる。次に、「補正された」部分圧を合算して、種から独立した総圧測定値を提供する。ART MS質量分析計センサと総圧イオン化ゲージとの組み合わせは、センサの非常に相助的な組み合わせを提供し、最終的に、絶対部分圧を計算し、種から独立した総圧をリアルタイムで報告することが可能になる。
ガスAの数学的導出を図36に示し、上述したように、イオン電流が相対電荷と結合される際に、相対イオン化効率の影響は相殺される。
複数のガスを有するより複雑なガス混合物の場合、計算は同じままである。各種の質量ピークが検出され、混合物中に存在する異なるガスに関連付けられる。各ガスからの電荷寄与は、質量ピークのデコンボリューションおよびイオン電流の積分から得られる。すべてのガスからの電荷寄与が特定されると、イオン化ゲージにより報告される総圧を各ガス種の電荷寄与(すなわち、%寄与)を掛けることにより、各成分の部分圧が計算される。
上記計算には、いくつかの暗黙的な仮定がある。
1.トラップは電荷限界(電荷制限)であるか、略電荷限界であるか、または電荷限界を超えて動作するものと仮定される。これは、小型サイズのART MSトラップ内の飽和が、ART MSセンサで1E−7Torrという低圧では表面化することを考慮している、大きな仮定というわけではない。1E−7Torrを超えて動作するART MSセンサから放出される電荷の積分は、ガス組成から独立しているように見える。電荷飽和の開始も、捕捉電位、走査率、および放射電流等のパラメータを変更することにより調整することができる。さらに、上記計算は、電荷限界で動作するトラップに厳密には依存せず、実際には、これがそのような限界未満でも機能するものと予期される。
2.電荷放出効率は、入念に選択された周波数走査プロファイル下では強力な質量関数ではない。この仮定は、集中的な実験を通して厳密に証明されていないが、本発明による絶対部分圧計算の正確性により実証されているように思える。イオン検出の効率は、RF振幅および選択される走査プロファイルに高度に依存する。イオン放出効率に対する強い質量依存性が、線形掃引および対数掃引の場合に観測されている。しかし、1/f周波数掃引プロファイルを使用して動作するART MSトラップは、質量に対する依存度がはるかに低い放出効率を提供するように思える。仮に質量依存性が放出効率に観測された場合であっても、その依存性は、容易に計算できる質量依存度調整係数として計算に含めることができる。トラップから放出される各ガス種のイオン数は、トラップ内部に蓄えられる種のイオン数に比例する。すなわち、トラップから放出されるイオンの電荷比率が、トラップ内部のイオン電荷の比率を密接に反映するものと予期される。走査が進むにつれて、各RF掃引後、蓄えられているイオンの部分が、質量選択的に放出される。連続イオン化が使用される場合、トラップに新しいイオンが常時取り入れられるため、残りの質量走査中、トラップは補充される。この仮定が実験を通して厳密には実証されない場合であっても、絶対部分圧測定結果の正確性がこの仮定をサポートする。
3.上に提示した例は、親イオンの断片化が行われず、ピーク重複も観測されない単純な質量スペクトルに基づいた。現実には、複雑な分子には、断片化が一般に存在する。その場合、各種に対応するすべての断片からの寄与を追加することにより、電荷を計上する必要がある。これは、スペクトル重複が存在しない場合には非常に容易に行われるが、スペクトルのスペクトルデコンボリューションが必要な場合にはより複雑になる。ガス種からの総電荷への寄与を、親分子イオンの寄与に、すべての断片からの電荷寄与を加算したものに基づいて特定する必要がある。例えば、窒素は、質量28amuおよび14amuでイオン電荷に寄与し、トラップ内部に蓄えられている総電荷に対する窒素ガスの総寄与を特定するには、両質量を考慮しなければならない。ガス混合物内の成分の絶対部分圧を計算するには、イオントラップに蓄えられている電荷に対してその成分が寄与する総電荷を計上する必要があり、それには、すべての断片からの寄与を考慮する必要がある。
4.倍増器の利得の質量依存性も、このモデルで同様に考慮する必要がある。しかし、最も単純な形成では、増幅の質量依存性は考慮されない。
5.イオン化ゲージの収集効率は、質量に関係なくすべてのイオンで同じである。その他のガスのイオン化ゲージの感度係数の調整に必要な補正係数は、異なるガスのイオン化効率の比率に厳密に関連する。
6.トラップ内部に蓄えられるすべての種は、各走査中に掃引される。換言すれば、qTがQTの適切な表現であるには、トラップ内部に蓄えられる種の質量範囲全体の走査が必要である。
トラップ内に蓄えられる各ガスに対応する電荷量を特定するには、トラップから放出される各ガス種の電荷量を測定する必要がある。ガス分子が断片化なしでイオン化する場合、総電荷への寄与は、各走査時間にわたり質量ピークのみの電荷を積分することで、容易に計算することができる。イオンは質量選択的に放出され、放出されたイオン電流は時間との関係で収集されるため、総電荷へのピークの寄与を計算するために、ピークと時間との関係下で電流を積分する必要がある。これは、総電荷への各ピークの寄与を特定するために、スペクトルで検出される各ピークの走査中に生成されるイオン電流を積分する必要があることも意味する。質量が高いほど、ピークが広く、電荷がピークの広域に分布するため、ピークの振幅が、各ピークの相対電荷の適切な表現ではないことに留意する。電子衝突中の親イオンの断片化も、さらなる複雑性を生じさせる。ガスが断片化を伴ってイオン化する場合、すべての断片ピークの面積を識別し、積分する必要がある。スペクトルの重複が、異なるガス種間に存在する場合にも、スペクトルデコンボリューション技法を使用して、重複する質量ピークへの各ガスの寄与をデコンボリューションする必要がある。
トラップ内部の総電荷への各ガスの寄与が計算されると、各ガス成分からの絶対部分圧寄与を、総電荷への各ガス種の相対寄与を総圧と乗算することにより、計算することができる。イオン化効率が、イオン化ゲージ内のイオン電流およびイオントラップ内に蓄えられている電荷の両方への各ガス種の寄与を重み付けるため、イオン化効率の影響は、このプロセスにおいて相殺される。これは、四重極質量分析計にはないART MSトラップの利点である。イオン化ゲージ電流測定値とART MS電荷積分との組み合わせにより、絶対部分圧の計算からガス依存性をなくすことが可能になる。
正確な絶対部分圧の計算を実行するためには、以下のステップを辿らなければならない。
1.質量スペクトルを収集し、メモリに記憶する。これは、データの速度要件およびダイナミックレンジ要件に応じて、単一のスペクトルであってもよく、または平均スペクトルであってもよい。
2.ピーク発見アルゴリズムを実行して、スペクトルのすべての質量ピークを識別する。ピークの識別は、文献で十分に裏付けされている多種多様なピーク発見アルゴリズムおよび方法論を通して実行することができる。ピークを検出しタグ付けする厳密な方法は、本方法論にとって重要ではない。
3.ピークの重複が、高質量で存在する場合、ピークデコンボリューションアルゴリズムを適用して、広いピークを個々の成分に分割しなければならない。例えば、小型トラップが、約130amuでキセノンガスに分解されない同位体エンベロープを提供することは珍しいことではない。その場合、ピークデコンボリューションアルゴリズムを使用して、装置の既知の分解能に基づいて、分解されない同位体エンベロープピークを個々の完全な質量成分に分割することができる。ピークデコンボリューションアルゴリズムは、質量分析者には周知であり、多くの市販されている質量分析解析パッケージの一部である。
4.図35に示されるように、識別されたピークの下の面積を時間で積分して、総電荷への寄与を特定する。イオン電流の積分は、その特定の質量でイオントラップから放出される電荷の測定値を提供するために、時間にわたって行わなければならない。
5.識別されたすべてのピークおよび総電荷への寄与は、次に、ガス識別エンジンに供給され、ガス識別エンジンは、スペクトルのピークを個々のガスに割り当て、複雑な断片パターンおよびスペクトル重複等の問題を解決する。スペクトル識別は、真空システム内で一般に見られるガスの質量ならびに親分子および断片の存在度を含む正確なガススペクトルライブラリに頼る。大半の商業的なライブラリでは、使用者が関心を有し得るより希なガスを含むように、使用者が編集を行うこともできる。質量ピークをスペクトルライブラリに照会することは、質量分析業界で周知の様々な数学的統計手順を通して実行することができる。
6.次に、識別されたガスおよび総電荷への個々の相対寄与を使用して、部分圧を計算する。
7.電荷寄与がパーセント単位で、識別された各ガス種に特定されると、単純な上記例に示されるように、それらのパーセントを総圧データで乗算して、総圧への各ガスからの部分圧寄与をもたらす。
8.イオン化ゲージからの総圧測定値への各ガスからの寄与が特定されると、識別されたガスに関連付けられたイオン化効率係数を使用して、部分圧測定値のガス依存性をなくし、ガス種から独立した部分圧測定値を提供する。
明らかに、ピーク識別、ピークデコンボリューション、スペクトルデコンボリューション、およびガス識別を実行する多くの異なる方法がある。しかし、本願は、いかなる特定の手順も支持せず、または好まない。ピークを識別し、高質量でのピーク重複を分解し、総電荷への寄与を計算し、ガスを識別し、総電荷への寄与を特定するプロセスは、実施の詳細が本願にとってそれほど重要ではないことを知らしめるために、非常に一般的に説明された。
この一般的な方法論の利点の1つは、ガス校正物質を利用できない場合であっても、正確な絶対部分圧測定値を提供できることである。これは、四重極フィルタの予測不能の質量依存性スループットにより、ガス参照シリンダを使用せずには部分圧が計算不可能になる四重極質量分析計との大きな違いである。ART MSトラップは、校正物質を利用できない場合であっても、質量範囲にわたる質量放出効率の均一性およびトラップ電荷がイオン化ゲージのイオン電流出力と組み合わせられた際のイオン化効率の影響の相殺のおかげで、正確な部分圧数値を提供することができる。
ピーク識別アルゴリズムの厳密な詳細は、本願にとって重要ではない。例としては、ガウス近似およびウェーブレット解析が挙げられる。ピーク発見アルゴリズムの複雑さおよび洗練度は、アルゴリズムの実施に利用可能なハードウェアおよび新しいスペクトルが利用可能になる前に解析の完了に利用可能な時間量に依存することになる。本方法論の主要件は、ピークの大半が適宜識別され、正確な電荷寄与計算をガス毎に実行できるように、スペクトルの重複が分解されることである。
電荷の計算に必要とされるピーク積分アルゴリズムの厳密な詳細は、本願にとって重要ではない。単純な実施では、ピークの面積が、ピークの振幅を時間でのFWHM(半値全幅)で乗算することにより、計算される。より高度な計算では、識別され完全に分解されたピークに関数形式(すなわち、ガウスまたはローレンツ等)を近似し、面積は数学的計算される。ガウス近似は、共通ピークに埋もれた複数のピークをデコンボリューションするために使用できるというさらなる利点を提供する。スペクトルの重複は、ピークのFWHMが増大するため、高質量で増大するものと予期される。例えば、大半の小型ART MSトラップは、100amuよりも下に1amu離れたピークの完全な分解に問題がないが、ピークの重複が100amuを超えるほど深刻になり、同位体エンベロープを分解し、質量が非常に近い種の重複を分割するために、ピークデコンボリューションが必要とされる。その場合、ピークデコンボリューション技法を適用して、スペクトルを近似し、総電荷への各同位体またはガスの寄与を推定することができる。一般に、ピークの幅が、分解する必要があるスペクトル重複があり得る第1の指標を提供する。
この基本的な方法論は、ガス混合物の解析に適用されている。一般に、複雑なガス混合物の部分圧組成の非常に正確な表現が、ガス校正標準がない場合であっても可能であった。図37は、2つの独立したガス源を使用して、ガスをシステムに漏出させたシステムの例を示す。
図37は、絶対部分圧の計算の点での四重極に基づく残留ガス解析器に対するART MSトラップの利点のうちのいくつかを実証する。図37は、上述した方法論の正確性も実証する。総圧測定は、ART MSトラップコントローラに接続された390イオン化ゲージモジュール(Granville Philips,Longmont,CO)を使用して実行した。ファラデーカップ(FC)動作モード(Stanford Research Systems(SRS),Sunnyvale,CA)で200amu範囲四重極残留ガス解析器(RGA)を使用して、RGAデータを得た。グラフの左側から開始し、システムを基準圧5E−8Torrまでポンピングにより低減し、28amuでのピークの部分圧を、SRS RGA(ピーク強度28amu)およびART MS装置(28amuピークからの総圧への寄与)の両方を使用して計算した。この場合、28amuでの信号の大半がCOによるものであるが、SRS RGAおよびART MSセンサは両方とも、28amuでの質量ピークに妥当な種の非常に類似した部分圧結果を提供した。右側に移動して、システムを純粋な窒素ガス源に曝した。SRS RGAおよびART MSセンサーは、明らかに窒素ガスにより支配された2.6E−7Torrの総圧下でN2に対して同様の部分圧値を提供した。さらに右側に移動して、システムを、KrおよびXeの両方を含む第2のガス源に曝した。さらに2つのガスを混合物に追加することにより、チャンバ内の総圧が約3.2E−7Torrまで増大した。ART MSセンサは、予期通り、窒素レベルに変更を示さなかったが、SRS RGAは、新しいイオンが窒素イオンのいくつかをイオン化装置から変位したため、28amuにおいて窒素信号の小さな下向きの傾斜を示した。ART MS装置により報告されたクリプトンおよびキセノンのレベルは、真空システム内の実際の部分圧に非常に近かったが、SRS RGAは完全に、10ものレベルを過小評価した。さらに右側に移動して、窒素ガス源を遮断した。予期通り、KrおよびXeのレベルには、非常に小さな変化が観測された。SRS RGAおよびART MSセンサは両方とも、不活性ガスレベルに小さな低減を示し、SRS四重極RGAは、より重いガスを10も過小報告し続けた。
上記結果は、広範囲の質量にわたって分布する種の絶対部分圧レベルを適宜報告するART MSゲージの機能を実証している。ART MSセンサからのデータと、イオン化ゲージからのデータとを組み合わせることにより、イオン化ゲージからの未処理の総圧測定値を、異なるガス成分からの寄与に分解することが可能である。スループットが質量の増大に伴って低減するため、四重極RGAが一貫してかつ劇的に、重いガスを過小表示することも実証される。この特定の場合、使用者がSRS RGAを使用してKrおよびXeの適切な部分圧力値を得る唯一の方法は、校正ガス基準を用いて、ガス補正係数を通して部分圧測定値を調整することである。図37は、LabVIEWプログラミング環境下で開発されたカスタムソフトウェアを使用して得られ、そのプログラミング環境に内蔵されたピーク発見、関数当てはめ、および積分関数のうちの多くを使用した。
イオントラップには、制御パラメータを記憶した不揮発性メモリを設けることができる。不揮発性メモリは、(1)ECU(例えば、コネクタフランジの空気側に取り付けられたメモリチップ)とは別個のセンサヘッド(すなわち、電極構造)に関連付けてもよく、(2)センサヘッドに一体化されるか、またはリモートにECUの基盤の一部であってもよく、(3)別個に設けられる着脱可能なフラッシュカードもしくはチップであってもよく、または(4)上記のすべての組み合わせであってもよい。ECUは、センサヘッドと一体であってもよく、またはセンサヘッドからリモートであり、例えば、ケーブルもしくはワイヤレスに動作可能に接続されてもよい。制御パラメータは、構成パラメータ、校正パラメータ、および感度計数を含み得る。構成パラメータは、イオンが閉じ込められた電極構造に印加され、静電電位を生成する静電電位の大きさ、AC励起源の振幅設定および周波数設定、ならびにイオン化源の電子放射電流でさえも含み得る。校正パラメータは、イオントラップ電子装置の電圧および電流の入出力に関し、感度係数は、イオンの固有振動周波数からイオン質量電荷比(m/q)への変換を含む。構成パラメータは、動作中、トラップを適宜構成するために使用される。例えば、選択された質量範囲に応じて、(1)トラップを工場で選択された静電電位を使用してバイアスする必要がある、(2)電子放射電流を流し、適切なレベルに維持する必要がある、(3)使用者により選択された走査条件に基づいて、RF走査パラメータを調整する必要がある、および(4)RF掃引に適切な関数形式および走査時間を選択する必要がある。ART MSの構成パラメータは、質量スペクトルの生成に必要なバイアス電圧および周波数を含む。校正パラメータは、(1)正確な電圧がデジタル/アナログ変換器により出力されることを保証し、(2)正確な電圧測定値がすべてのアナログ/デジタル変換器により送出されることを保証し、(3)正確な電流測定値がすべての内蔵電位計を使用して生成されることを保証し、(4)質量スペクトルの生成中、適切なRF走査(周波数、振幅、プロファイル、および時間)が直接デジタル周波数合成器により送出されることを保証し、かつ(5)適切な電子放射電流が測定中に確立されることを保証するために必要である。校正パラメータは一般に、ECUの電子装置に固有であると考慮される。感度係数は、コントローラの校正された電圧、電流、および周波数の測定値を(1)質量電荷比、(2)総圧、および(3)部分圧に変換するために必要である。感度係数は、センサに固有であり、トラップの幾何学的形状ならびに構成の選択により影響を受ける。
質量スペクトル走査のセットアップでは、以下の構成パラメータが必要である:
1.電子放射電流、mA、
2.電子エネルギー、eV、
3.入口プレートバイアス、VDC(通常、0VDC)、
4.圧力プレートバイアス、VDC、総圧(通常、−40VDC)測定が実行中であるか、それとも部分圧(通常、入口カップバイアスに等しい)測定が実行中であるかに依存する2つの値、
5.入口カップバイアス、VDC(通常、−90VDC)、
6.中央レンズHV、VDC(通常、−850VDC)、
7.出口カップバイアス−通常、入口カップのバイアスと同じ、
8.出口プレートバイアス、VDCは、圧力、RF振幅、および走査率に依存し、
9.電子倍増器シールドプレートバイアス、VDC(検出器の幾何学的形状および場所に応じて−136VDC〜+136VDC)、
10.電子倍増器入力電圧、
11.電子倍増器出力電圧、
12.電位計の利得、A/V、
13.RF振幅VPP、
14.RF走査プロファイル、線形、対数、1/fn、ならびに
15.RF走査時間。
用途に応じて、バイアスをトラップ全体で変動させることが好都合でもあり得る。例えば、電子エミッタに正バイアスを使用して、接地面への電子の損失を回避し、隣接するイオン化装置との干渉を最小にすることが有用であり得る。イオンをイオントラップ内に蓄えることは、第1および第2の対向ミラー電極と、対向ミラー電極間の中央レンズとを含む電極構造内で、イオンが固有振動周波数において軌跡に閉じ込められる非調和静電電位を生成するステップを含む。ART MSイオントラップのピーク分解能は、少なくとも2つの主要因:トラップの設計およびトラップのサイズに関連する。一般に、分解能は、トラップサイズと共に増大する。図1に示される実施形態は、長さ約2インチ(5.08cm)、直径約1インチ(2.54cm)のトラップ内で約100Xという典型的な分解能で動作する(ピーク高さを半値全幅で除算したものとして測定される)。同様であるが、直径約0.6インチ(1.52cm)、長さ1インチ(2.54cm)というより小型のトラップは、約60Xの分解能を実証した。長さ約3インチ(4.62cm)のより大型のトラップは、約180Xの分解能を実証した。一般に、小さなトラップほど、高速の走査率が可能でもあった。上述した自動共振の原理は、上記イオントラップにも同様に当てはまる。
分機能は、図1の入口プレート1および出口プレート2のそれぞれを含むトラップ設計において改良することもできる。図11に示されるように、入口カップ6および出口カップ7のそれぞれのみを含む単純なカップ設計が、プレート1および2を含むトラップよりも低い分解能力を一貫して示した。ART MSトラップの分解能は、振動運動の振幅が出口格子に達した際に、半径方向に拡散したイオン群によりサンプリングされる捕捉電位ウェルの均一性によって決まると考えられる。入口/出口プレートを含むトラップでは、プレートとカップとの間の静電等電位線は、より平坦であり(すなわち、電位は半径方向位置から独立しており)、エンドプレートの近傍で振動するすべてのイオンは、初期半径方向位置から独立して、軸方向振動中、同様の電位ウェルを経験する。プレートのないトラップでは、イオンはカップ内部で形成され、異なる半径方向位置で振動するイオンが経験する電位ウェルの形状の大きな差が観測される。電位ウェル形状の広がりにより、異なる半径方向位置から生じるイオンの固有振動周波数が異なるようになり、単一の質量のイオンの放出周波数が広がり、そして当然ながら、より低い分解能の質量スペクトルをもたらす。SIMIONの計算は、ART MSトラップでのプレートおよびカップの寸法および幾何学的形状を最適化するため、ならびに効率的なイオン捕捉および適切なスペクトル分解能に繋がる適切なバイアス条件を定義するために、成功裏に使用されている。図1の単純なプレート/カップ設計は、トラップ内の等電位線を操作し、トラップの半径方向寸法にわたって均一の静電電位を提供するために利用可能な多くの設計選択肢のうちの単なる1つである。図1は、単に、低コストの製造ならびに軸外イオン化および総圧測定への適合という利点をなお保ちながら、単一のカップ設計に対する実質的な分解能の向上を提供するため、現在、好ましい実施形態と考えられている。
イオンを固有振動周波数において軌跡に閉じ込める非調和静電電位を生成することは、電極構造のバイアス電圧を設定することを含む。入口および出口という2つのカップは、好ましくは、すべての電流ART MSトラップ実施において同一の電圧にバイアスされるが、出口カップを、入口カップに相対して調整可能な負のオフセットに設定することもできる。
2つのカップ(入口および出口)は、好ましくは、高電圧(HV)コンデンサにより遷移プレートにAC結合される。コンデンサを使用して、遷移からのRFをカップに結合することは、実験を通して、最小量のRF VPPおよび優調和からの最小量の質量ピーク寄与で、最高の信号を提供する値を見つけることにより、最適化することができる。図1に示されるトラップは、遷移プレートと隣接するカップとの間に結合コンデンサを有さずに動作したが、性能は、好ましい実施形態ほど効率的ではなかった。
カップの電圧は、最大信号およびスペクトルの分解能を保証するように、調整される。カップの電圧は、通常、遷移プレート電圧の一定の部分である。実際には、通常、遷移プレート電圧が新しい値に変更される場合、遷移プレート電圧とカップ電圧とを一定の比率で維持することが望ましい。遷移プレート電圧とカップ電圧とを一定の比率に保つことは、広い電圧範囲にわたってHV走査を実行する間に、間違いなく必要とされる。好ましい実施形態では、カップ電圧は、通常、遷移バイアス電圧の約1/10である(入口プレートが接地であると仮定して)。カップの適切な電圧は一般に、安定したイオン軌跡および大きくかつ安定した信号を保証するように調整される。一般に、適切なトラップ動作につながる電圧範囲は狭い。一般に、理想的な電圧は、最大強度が質量スペクトルのすべての信号に対して達成されるまで、カップ電位を調整することにより選択される。カップ電圧は、強度および分解能の両方に影響し、場合によっては、信号が分解能増大の犠牲になり得る。
入口カップ電圧は、トラップ内部の電子により記述されるアーチ軌跡にも影響し、入口カップ電圧が調整される場合には、電子エネルギーの再調整が必要であり得る。一般に、より高い分解能が必要である場合以外、カップ電圧を、最大信号を提供する電圧以外のいかなる電圧にも調整する理由はない。
好ましい実施形態は、約−850VDCを遷移プレートに使用し、カップ電圧は、一般に、約−90VDCに調整されて、最大信号を提供する。カップ電圧は、−80VDCと−100VDCのどこかに調整することができ、強度と解像度との関係の点で異なることになる。カップ電圧の変更は、ピークの振幅および分解能に影響するのみならず、放出周波数にも影響する。カップ電圧の変更は、非調和電位曲線の形状を変更させるため、固有振動周波数にも影響するものと予期される。したがって、カップ電圧が変更される都度、遷移バイアス電圧は変更されない場合であても、ART MS装置の質量軸を再校正する必要がある。
通常のセットアップ中、遷移バイアス電圧がまず選択される。好ましい実施形態では、好ましい遷移プレート電圧は−850VDCであり、カップは−80〜−110VDCで動作した。最高分解能は、一般に、この範囲の−100VDC端で得られる。トラップで使用される実際の電圧は、最適化の結果であるが、一般に、SIMIONモデルを使用して正確に予測することができる。ピークの振幅および分解能は、最適化中に追跡される性能指数である。一般に、可能な限りシャープなピークおよび大きな振幅を見つけようとする。質量分析では往々にして当てはまるように、ピーク強度は、ピークが狭くなるほど低減する傾向を有するため、これらの2つの性能指数の間で折衷が常に行われる。カップ電圧が調整される場合、放出周波数が変更するため、校正を調整する必要がある。
遷移プレートバイアスは、電圧を静電電位ウェルの底部に設定する。イオンの固有振動周波数は、捕捉電位ウェルの深度によって設定される。遷移プレートバイアス電圧のいかなる変更も、イオンの固有振動周波数のシフトを生じさせる。実際に、固定m/q比のイオンの往復時間は、捕捉電位の平方根に関連する。捕捉電位ウェルが浅くなるにつれて、イオンの往復に長い時間がかかるようになり、固有振動周波数は小さくなる。すなわち、スペクトルのピークは、遷移プレート電圧の大きさが低減する(負性が小さくなる)につれて、低い周波数に移動する。遷移プレートバイアス電圧は、一般に、トラップの幾何学的設計に基づいて選択され設定され、周波数走査中、変更されることは希である。−200VDC〜−2000VDCの電圧が、ART MSトラップを首尾良く動作させるために使用され、それらのすべてが有用なスペクトルであることを証明した。図1に示される実施形態に好ましい遷移プレートバイアス電圧は、−850VDCであり、その理由は、−850VDCが、高価なHV絶縁構成要素、ケーブル、およびコネクタを必要とせずに、適正な性能を提供するためである。一般に、遷移プレート電圧は、トラップに入る電子がトラップ内に入り込み過ぎて移動しないように選択され、これは、トラップが、入口/出口カップに加えて入口/出口プレートを含む場合に特に重要である。入口プレートが設計に存在する場合、イオンは、入口プレートと入口カップとの間で形成すべきである。
捕捉電位ウェルの深度も、イオンを放出するために必要なRF VPPの最小値に影響する。RF VPP「閾値」は、トラップからイオンを放出するために必要な最小RFピークツーピーク振幅である。一般に、RF VPP閾値の振幅は、電位ウェルが深くなるにつれて、すなわち、イオンをトラップから放出するために、イオンを「より強く蹴る」必要性があるほど、増大する。電位ウェルが浅くなるにつれて、イオンを放出するために必要なRF VPPの振幅は小さくなる。電位ウェルが深くなり、イオンの振動周波数が増大するにつれて、イオンがより高速で移動するため、トラップでの走査時間も低減することができる。
ART MSイオントラップを動作させることは、励起周波数fを有するAC励起源を使用して、イオンの固有振動周波数の好ましくは約2倍の周波数で、閉じ込められたイオンを励起するステップを含むこともでき、AC励起源は、好ましくは、中央レンズに接続される。ART MSイオントラップの利点は、非調和静電捕捉電位により生成される自動共振により、閉じ込められたイオンを比較的低い振幅であるRF振幅RF VPPで励起させることが可能なことである。AC励起源を遷移プレートに結合することの利点は、入口プレートまたは出口プレートへのRF結合と比較して、より対称なRF結合であり、より高い調和成分からのスペクトルへの寄与を最小化することである。上述したように、AC励起源を遷移プレートに結合することに起因するさらなる驚きは、イオンが、固有振動周波数の2倍でトラップから放出されることである。
ART MSトラップの動作中のAC励起を定義する主要パラメータは:
1.周波数範囲:所望の質量範囲により決まる。放出周波数は、イオン質量の平方根に厳密に関連する。好ましい実施形態では、−850VDC遷移電圧を使用して、水に対応する放出周波数は、約570kHz〜600kHzであり、これは、両エンドプレート間の水イオンの固有振動周波数の2倍である。
2.振幅−RF VPP。RF VPPの振幅は、イオン放出用の閾値を超える必要性と、優調和を有する放出用の閾値を下回る必要性とのトレードオフにより、重要である。閾値に達すると、質量ピークの振幅はRF VPPに伴って増大する。しかし、高いRF VPP値は、RF VPP閾値の真上で動作する場合と比較して、優調和からより高い寄与を有すると共に、低減した分解能力を有するスペクトルに繋がる。
3.走査時間:これは、電子装置が高周波数(低質量)から低周波数(高質量)に走査するためにかかる時間である。走査率が高いほど、通常、閾値よりも上の状態を保つためにより大きなRF VPPを必要とし、低減した分解能を表示する。
4.掃引関数形式:これは、周波数掃引の関数形式である。一般に、以下の関数形式が走査に考慮され:線形、対数、1/f、1/f2、およびより一般的に1/fn。nは1以上である。
5.RF波形:正弦波および方形波の両方のRF励起が、イオン励起に慣習的に使用される。実用的な理由から、正弦波が好ましいが、方形波は非常に有用であり得る。その理由は、そのような設計が専用の直接デジタル合成源を必要とせず、標準のマイクロプロセッサ電子基板、フィールドプログラマブルゲートアレイ、または特定用途向け集積回路内にすでに内蔵されたパルス幅変調(PWM)出力モジュールの使用が可能であり、したがって、コスト、消費電力、複雑性、およびサイズが低減するためである。
6.AC結合方式:AC励起は、トラップ内のいくつかの異なる電極、例えば、入口カップまたはプレート、遷移プレート、または出口カップもしくはプレート等に印加し得る。遷移プレート結合が、好ましい励起方法である。
振幅−RF VPP
好ましい実施形態のAC励起は、通常、50Ω抵抗器で終端する平衡/不平衡(BALUN)変成器を使用して遷移プレートに結合される。BALUN変成器は、低コストおよび大きな帯域幅により、ケーブルTVスプリッタに一般に使用される。RFを中央プレートに結合することは、トラップを通してRFを分配するために必要な電気方式を単純化すると共に、イオンの固有振動周波数の2倍でイオンを放出することが分かっているため、好ましい。中央プレート励起は、好ましい実施形態では、優調和励起により生成される偽ピークがより少ないことも分かっている。
AC励起振幅は、イオンを放出するために、自動共振閾値の上にある状態を保つ必要がある。放出閾値は、走査速度、イオンの初期エネルギー、電位の深度、捕捉電位の対称性、および総圧に依存する。RFの振幅は、任意の信号を得るために、閾値を超えて設定される必要がある。一般に、閾値に近い動作が、最高の質量分解能を提供する。RF VPPが増大するにつれて、信号の振幅も、プラトーが達成されるまで増大する。プラトーが達成された時点で、RF強度を増大させると、いかなる有意な強度利得もなく、ピークが広がる(すなわち、分解能が失われる)ことになる。RF VPPの増大は通常、より高い高調波による励起により、偽ピークの出現にも繋がる。
好ましい実施形態での典型的なトラップは、−850VDC捕捉電位を使用し、2MHz〜100KHzで走査される約50mVのRF VPPを使用して動作する。走査率が高いほど、そして圧力が高いほど、高いRF VPP値が求められる。RF VPP値は、好ましい実施形態では、250mVを決して超えない。RF VPPは、
1.より高い圧力、
2.走査率/走査速度の変更、
3.異なる遷移/カップバイアス電圧、
4.捕捉電位対称性の変更、
5.周波数走査の関数形式の調整
に適合するために、動的に調整する必要がある。RF VPPの調整は、分解能、強度、およびスペクトルへの優調和の相対寄与の相互作用を制御するように設計される。RF VPPは、走査中にも、例えば、周波数の低減に伴い、RF VPP振幅を増大させることにより、調整することができる。周波数走査中の振幅の動的な調整は、四重極および磁場型質量分析計等の他の質量分析機器からのスペクトルにART MSスペクトルをより良好に一致させる。
システム内の圧力が増大するにつれて、信号の振幅および分解能は、多くの場合、RF VPP電圧の増大により向上する。この概念は、散乱衝突がイオンの効率的な抽出を妨げる前に、イオンをトラップから放出するために必要な時間を低減することである。より高いRF値を使用して「イオンをより強く蹴る」ことにより、イオンは、より高速に、散乱衝突による損失なしでトラップを強制的に出される。
走査時間が短くなるにつれて、多くの場合、AC励起周波数がイオンの固有振動周波数を交差する時間中に、十分なイオンがトラップから放出されることを保証するために、RF VPP電圧を増大することが必要である。イオンの放出閾値は、周波数掃引率に直接関連する。すなわち、図29に示されるように、周波数掃引率が高いほど、放出閾値は高く、印加しなければならないRF VPPも高くなる。図29に示される実験結果は、自動共振理論の予測に一致する。
捕捉電位の深度が増大するにつれて、イオンがより深いウェルから抜け出すために、RF励起の振幅も同様に増大させる必要がある。換言すれば、放出閾値は、イオンがトラップから出るために必要とするエネルギーが多くなるにつれて増大する。
AC励起振幅は、励起プレート電圧設定に基づいても設定される。出口プレートの電圧の負性が増大するにつれて、放出閾値が低減するため、イオンは、より低いAC励起振幅でより容易に放出される。しかし、出口プレートの電圧が降下するにつれて、優調和によるより多数の質量ピークの存在を認めることも一般的である。出口プレートの電圧を上昇させ(出口プレートの負性を弱めて設定し)、それと同時に、RF VPPを増大させて、重要なピークのピーク強度を同じレベルに保つことにより、優調和の出現率を低減して、スペクトルの見た目を改良することは珍しくない。
軸外電子イオン化が使用される場合、RF VPPと出口プレートの電圧とに厳密な関係がある。この理由は単純である:軸外イオン化が使用される場合、イオンは電位ウェル内の深部で形成される。その結果、軸上電子イオン化が使用される場合よりも、イオンをトラップから放出するために必要なRF VPP閾値は高くなる。出口プレートの電圧を降下させる(負性をより高める)につれて、イオンをトラップから放出するために必要な励起量は低減し、イオンを放出するために必要なRF VPPの量も、同じ走査時間の場合に低減する。ART MS走査は、関わる質量範囲および必要とされる走査時間に応じて、異なる周波数掃引プロファイルを使用することができる。一般に、走査プロファイルが変更される場合、トラップからの放出を最適化するために、異なる電圧が必要とされる。異なる走査率のRF VPPは、許容できる優調和レベルと両立し得る最大イオン放出を保証するために、調整する必要がある。
RF VPPの振幅は、正弦波AC励起が選択されるのか、それとも方形波AC励起が選択されるのかにも依存する。一般に、方形波がAC励起に選択される場合、必要とされるRF VPPは低くなる。正弦波から方形波への切り替えでは、多くの場合、優調和の存在を低減すると共に、分解能を閾値の近傍に保つために、RF VPPを低減する必要性が生じる。
印加される励起周波数の倍数に対応する周波数でのイオン放出に対応するピークは、優調和ピークと呼ばれ、一般に低質量において出現する。例えば、特定のトラップ条件下で、大きなピークが18amu(H2O+イオンに対応する)に存在する場合、スペクトルには4.5amuにもピークが出現し得る。4.5amuでのピークは、主である18amu励起周波数(すなわち、600kHz)の第2高調波(すなわち、1.2MHz優調和)での励起に対応する。通例として、イオンの優調和放出には、固有振動周波数での、またはRF励起が遷移プレートに印加される場合には固有振動周波数の2倍での放出よりも高いRF VPP閾値を必要とする。好ましい実施形態では、優調和の発生および軽減に繋がる要因は:
1.RF VPP。RF VPPが、固有振動周波数の倍数によりイオンを放出させる特定の閾値を超えて増大される場合、優調和ピークが出現する。一般に、優調和ピークは、最高閾値を有するため、RF VPPを低減した場合に、スペクトルから最初に消えるものである。換言すれば、優調和放出の閾値は、固有信号周波数(または遷移プレートポンピングのために固有振動周波数の2倍)で放出する閾値よりも大きいため、優調和ピークは、RF VPPを低減した場合に、スペクトルから最初に消えるものである。
2.出口プレート電圧:優調和の存在は、出口プレートの電圧の影響を受ける。出口プレートの電圧が降下する(すなわち、正イオンに対する負性がより大きくなる)につれて、優調和ピークの相対存在度は増大する。非常に多くの場合、出口プレートの電圧を増大することにより、優調和ピークをスペクトルから消すことが可能である。出口プレートの電圧を下げる(出口プレートバイアスの負性をより高く設定する)と、優調和放出の閾値は下がる。
3.走査プロファイル:周波数走査関数の形状は、スペクトルの品質に影響する。線形走査は、低質量での相対的に遅い走査率により、優調和の存在の影響を特に受けやすい。一般に、好ましい実施形態では、低存在度の優調和を提供し、それと同時に、低湿量と高質量との放出効率の最良のバランスを提供するために、1/f走査プロファイルが使用されている。優調和の大半は低質量に出現し、低質量は、高質量よりも高速の走査率で放出することができるため、低質量で比較的高速で走査することにより、優調和放出の放出閾値が増大し、スペクトルへの優調和寄与が低減する。低質量での絶対質量分解能値は、一般に非常に高く、その結果、一般に、スペクトル内の断片ピークと重複しない限り、優調和による偽ピークを識別しやすい。
4.走査時間。走査時間は、優調和の存在に対して重大な影響を有する。これは、図29に示されるように、イオン放出のRF VPP閾値が、走査時間の増大と共に低減するためである。走査時間が短くなるにつれて、放出の閾値は増大し、優調和ピークはスペクトルから消える。これは、より高速で走査するか、または低質量で高質量よりも高速(すなわち、より高い周波数)で走査する走査プロファイルを使用することが、多くの場合、スペクトルの純粋性を得る最良の手法であることの理由である。
5.電子エネルギー。優調和の放出閾値は、イオンが電位ウェル内のどの程度の深さの箇所で形成されるかに関連する。入口プレートの近くで形成されるイオン(すなわち、より高いエネルギー)ほど、トラップを出るために必要な励起は低く、励起閾値は低くなる。その結果、電子エネルギーが低減され、イオンが入口プレートの背面の近くで形成される場合は常に、優調和からの寄与の増大が観測される。これも、出口プレート電圧が低減される(すなわち、負性をより高める)場合、優調和ピークがより顕著になる(すなわち、大きさが大きくなる)ことの理由である。
6.捕捉電位ウェル。電位ウェルが深くなるにつれて、イオン放出の閾値は大きくなる。優調和ピークは、閾値がすでに高いため、スペクトルから消える最初のものである。RF VPPを一定に保つ場合、電位の深さを単に増大することにより、優調和をなくすことが可能である。捕捉電位が、本明細書に説明される周波数掃引の大半中に一定に保たれた場合であっても、走査中、捕捉条件を変更するように、電極電源を変調可能なことも、当業者には明らかなはずである。
7.遷移プレート/入口−出口カップRF結合。スペクトルへの優調和の寄与は、RFがトラップ全体を通して分配される方法によっても影響される。好ましい実施形態では、RF VPPは、一対のコンデンサを使用してトラップ全体を通して分配され、厳密な結合構成は、経験的に決定された。遷移プレートとカップとの間に配置される結合コンデンサを取り外すと、トラップの動作に必要なRF VPPが高くなるにつれて、大量の追加の優調和が生じることが分かった。
好ましい実施形態は、遷移プレートRF結合を使用して動作する。その結果、イオンは自然に、固有振動周波数の2倍で放出される。遷移プレートRF結合を使用するイオントラップの動作を視覚化する一方法は、ブランコに乗った子供を、単に子供を片側から押すのではなく、むしろ、チェーンを引っ張ることにより前後運動させることを考えることである。この場合、最も効率的な前後運動は、ブランコに乗っている子供の固有振動周波数の2倍で達成される。遷移プレートRF結合は、固有振動周波数の2倍で放出されたイオンをすでに生成しているにも関わらず、これは、優調和励起として技術的に説明されていない。遷移プレートRF結合が使用されるが、標準放出周波数の2倍(すなわち、イオンの固有振動周波数の4倍)で放出されるピークに対応する場合、優調和ピークはなお存在する。上述した指針と同じ指針は、イオンが厳密に固有振動周波数で放出される場合でも当てはまるため、優調和の軽減に対しても当てはまる。
ART MSイオントラップでは、すべてのイオンがまず捕捉され、次に、質量が増大する順に、質量選択的にトラップから放出される。質量選択的な放出は、好ましくは、RF走査を利用して、イオンをトラップから放出する。自動共振を使用して放出することは、高周波数値から低周波数値に、固有振動周波数(または、好ましい実施形態では、固有振動周波数の2倍)を横切って走査することを意味する。大半の場合、周波数範囲は、完全な質量スペクトル情報が得られるように、非常に広い範囲の質量を包含するように走査される。しかし、1つまたは少数の質量のみをトラップから放出する狭い周波数範囲を走査することも等しく可能である。
狭い周波数の走査は、間隔の狭いイオンの比率をリアルタイムで高速監視が可能なため、有用である。例えば、26amu〜34amuを走査して、N2/O2混合物を監視し、複雑な真空チャンバ内に空気漏れがないことを確認することが意味を有し得る。そのような狭い範囲の走査の利点は、非常に高速で実行できることである。実際には、好ましい実施形態では、単一の種を0.5ミリ秒という短時間で監視することができる。N2およびO2の両方のピークを網羅する空気走査は、図1の好ましい実施形態を使用して、1KHz反復率で実行された。
ART MSと四重極質量フィルタとの違いは、ART MSでは、アクティブ質量走査が、特定の質量電荷比を選択的に放出することである。四重極質量フィルタでは、フィルタは、特定の質量に実際に留まり、次に、そのピークの瞬間的な濃度変化をリアルタイムで監視することができる。これは、単一ガスの監視にとって重大な利点のように見えるにも拘わらず、大半の四重極質量フィルタは、この測定をリアルタイムで実行するために必要な帯域幅を有さず、標準の四重極質量フィルタに基づく残留ガス解析器(RGA)では、質量の濃度変換の監視は一般に、数10ミリ秒毎のデータ収集に制限される。
ART MSイオントラップでは、FFT逆変換を介して生成された広周波数スペクトルRFを使用することにより、質量選択的にイオンを放出することも可能である。指定された質量のイオンを帯電させて、質量選択的に放出することは、関心のあるイオンの周波数ピークに重複する周波数範囲にRFを調整することにより、達成することができる。FFT逆変換アルゴリズムは、トラップに適用できる広スペクトルRFを生成することができる。これは、効率的なイオン放出に繋がらない場合があるが(実際の走査が行われない場合、自動共振が含まれないため)、このモードは、トラップが本質的に、特定の質量のイオンのみを放出させるフィルタとして動作できるようにし得る。トラップは、特定の質量に保持し、瞬間的な濃度変化を監視することができる。
イオンは、図1に示されるホットフィラメント16等の放射源からの電子を使用する電子衝突イオン化により、ART MSイオントラップ内で生成される。軸上ART MSトラップでは、フィラメントと入口プレートとの電圧差が、電子がトラップに入る際の電子の最大エネルギーおよび電子が電位ウェル内でUターンする電位を設定する。電子ビームにより定義されるイオン化容量は、電子がトラップに入る際のエネルギーを変更することにより、および遷移プレートバイアス電圧を変更することによっても修正することができる。一般に、イオン化容量は、電子のエネルギーを増大させることにより、または遷移プレートのバイアス電位の大きさを低減することにより増大する。イオン化容量の増大は一般に、よりシャープなピークを生成するが、イオンが電位ウェルのより広い空間分布にわたって振動するため、装置の分解能は低減する。真空システムの壁に対するフィラメントバイアスも、真空システムの壁およびシステム内の他のイオン化に基づく装置に達する電子の可能性を定義するため、重要である。フィラメントは、通常、負電位にバイアスされて、エネルギーの高い電子を接地された入口プレートに送る。しかし、入口プレートおよびフィラメントは両方とも、電子がフィラメントから入口プレートまでなお加速するが、真空システムの壁に達する(接地する)機会を有さないように、正電位にバイアスすることができる。実験では、フィラメントエミッタがチャンバの壁の電位に対して正にバイアスされる場合は常に、トラップ内に放出された電子のより効率的な結合が一貫して示された。フィラメントまたは冷温電子放射面への正バイアスは、ART MSトラップと真空システム内の他のゲージまたはセンサとの干渉の可能性も低減する。
フィラメントバイアス電圧の入念な制御は、軸外イオン化では関連性がはるかに高い。この場合、フィラメントと入口プレートとの電圧差は、電子がトラップに入る際の電子の最大エネルギーを設定すると共に、電子がトラップ内部で辿るアーチ軌跡も設定する。イオンの初期エネルギーは、イオンが形成されるトラップボリューム内部の厳密な場所に密接に関連する。電子エネルギーの変更は、イオンの放出周波数(予測されるような)に対して絶対に影響を有さないことが分かっているが、
1.ピークの高さ、
2.優調和寄与、および
3.基線オフセットレベル
に対して大きな影響を有する。
軸外イオン化トラップでは、イオンは通常、トラップ内の深部で形成される。イオンの厳密な出所(起点)は、入口プレートの平面に対するフィラメントの角度向きおよび電子のエネルギーに依存する。電子のエネルギーが増大するにつれて、電子はトラップ内部のより遠くに達し(すなわち、より低い電位エネルギー値を有し)、イオンをトラップから同じ走査時間内に放出するために、より高いRF VPPが必要になる(すなわち、放出閾値が増大する)。アーチが短くなりすぎる場合、電子アーチの端部が、入口プレートの背面に達し、振動ビームの視線(視野方向)内にイオンを形成し得る。その結果、次に、後壁近くで形成されたイオンのうちのいくつかは、振動せずにトラップから放出され、基線オフセット、ノイズが増大し、電子倍増器の寿命を縮める。入口プレートの背面近くで形成されたイオンは、より低い放出閾値も有し、優調和としてより容易に放出し、低質量での優調和ピークに寄与する恐れがある。
図1の好ましい実施形態内では、電子バイアス電圧の調整に使用される典型的な手順は:
1.入口カップに対して低い電圧差、例えば、入口カップに対して−50VDCで開始する。この設定では、多くの場合、大きな基線オフセット、低信号、および高ノイズレベルがある。
2.電圧差を増大させる。電圧差が−60VDCを超える(負性を高める)と、基線は低下しはじめ、信号は増大する。いくつかの優調和がなお見て取れる場合があるが、基線は消え始める。
3.ピーク高さの高さが最適化され、基線が最小化され、優調和も最小化されるまで、電子エネルギーを増大させ続ける、すなわち、フィラメントバイアスの負性をより高める。
好ましい実施形態では、基線オフセットは、フィラメントバイアスが入口カップに対して−60VDCよりも正性を有する場合に見て取れる。電圧差の大きさが増大するにつれて、スペクトルの品質は向上し、スペクトルは一般に、電圧差が−90VDCに達した場合に最適化される。妥当なスペクトルは通常、−70VDC〜−110VDCで収集される。
電子エネルギーが低減し、電子アーチが短くなるにつれて、イオンは入口プレートの背面近くで形成され、トラップからの放出がより容易である。一般に、これも優調和のレベル増大の一因である。一般に、優調和は、出口プレート電圧を増大させ(負性が低くなるように設定し)、電子エネルギーを増大させ、RF VPPを低減することによりなくなる。入口プレートの背面に衝突する低エネルギー電子も、上述したESDプロセスを通してエネルギーの高いイオンを形成し得る。出口プレートアパーチャとの視線(視野方向)において形成されるESDイオンは、基線オフセットレベルおよびノイズの一因となり得る。入口プレートの背面と衝突する漂遊電子によるESDイオンの放出は、ステンレス鋼と比較してESDイオンレベルを低減することが分かっている、例えば、金および白金のコーティング等の専用コーティングをプレートの平面に塗布することにより、最小化することができる。
軸外イオン化の自然な結果は、振動イオンビームと並んでイオンを生成する電子ビームアーチの部分が、可能な限り高い電子エネルギーでの電子を有さないことである。ビームに曝されるアーチ視線(視野方向)のUターン点では、電子ビームは、軸方向速度成分を失っているが、半径方向速度の初期成分はまだ保持している。フィラメントと入口プレートとの電圧差は、異なるガスのイオン化電位の計算に使用すべきではない。その理由は、この方法で計算される出現電位が常に、過剰評価されるためである。
イオンは、ART MSイオントラップ内でパルスで連続して、または断続的に生成することができる。パルス充填は、事前に指定された短い時間期間中にイオンを内部で生成するか、またはトラップ内に入れる代替の動作モードである。この最も単純で最も一般的な実施態様では、パルス充填は、AC励起がまったくない状態でのイオンの生成を含み、イオンは生成され、純粋な静電捕捉条件の影響下で捕捉され、次に、RF周波数または捕捉電位走査が開始されて、イオンの質量選択的な放出を生み出す。新しいイオンパルス毎に、このサイクルを繰り返すことができる。パルス動作の利点は、イオントラップ内部に蓄積される空間電荷のより向上した制御である。トラップ内部の高いイオン濃度は、ピークの広化、分解能の損失、ダイナミックレンジの損失、ピーク位置のシフト、非線形の圧力依存応答、信号飽和、および背景ノイズレベルの増大を生じさせる恐れがある。パルス動作の別の利点は、質量選択的蓄積実験、断片化実験、または解離実験中、初期イオン化条件のよりよい制御である。例えば、トラップから望ましくないイオンを完全になくすには、清掃周波数掃引(クリーニング周波数掃引)をオンにしながら、新しいオンの導入を停止する必要がある。
電子衝突イオン化に頼る非調和静電イオントラップは、トラップのイオン化ボリューム内に入る電子束のデューティサイクルを制御するために、電子ビームをオンオフ切り替える電子ゲートを含み、または代替として、例えば、電子生成器アレイ等の電界放射に基づく冷温電子エミッタの高速オン/オフ切り替え時間に頼り得る。ゲート外部イオン化源(gated external ionization source)が、当分野において周知である。
パルス充填動作でのイオン化デューティサイクルまたは充填時間は、フィードバック構成を通して決定することができる。トラップ内部の総電荷を、各走査の終了時に積分することができ、次の走査サイクルの充填条件を決定するために使用することができる。電荷積分は、(1)単純に、上述したように、総圧測定での専用電荷収集電極を使用して、トラップ内のすべてのイオンを収集すること、または(2)質量分析計内の総電荷を積分すること、または(3)例えば、補助電極内に流れる電流等の総イオン電荷の代表的な測定値を使用して、次の走査のイオン化デューティサイクルを定義することにより達成することができる。上述し、図24〜図26に示したように、総圧は、圧力が増大するにつれて、トラップ外部で形成されるイオンの数を測定することによっても特定できる。イオン充填時間は、前の質量スペクトルに存在した特定の質量分布もしくは濃度プロファイルに基づいて、またはガス混合物内の特定の検体分子の存在、識別、および相対濃度に基づいて、または例えば、特定の種の質量分解能、感度、信号ダイナミックレンジ、もしくは検出限界等の質量分析計のターゲット仕様に基づいても調整できる。
電子衝突状況下でのパルス充填動作を図30Aおよび図30Bに示す。AC励起がない状態で、電子ゲートおよび軸上電子衝突イオン化を使用して、短パルスの高エネルギー電子をトラップ内に導入した。パルスイオン化は、例えば、MEMS設計または冷温電子エミッタに基づくART MSアレイ等において、軸上電子ビームを使用して動作する場合、基線ノイズを最小化する。図30Aに示されるように、電子エミッタ16、リペラプレート85、格子電極86、およびゲート電極87からなる電子銃を使用して、電子ビーム88を、接地した入口カップ6内にパルスさせる。フィラメント16およびリペラ85を−70VDCにバイアスし、その一方で、格子電極およびゲート電極を−60VDCにバイアスし、その結果、電子は、70eVのエネルギーで入口カップの格子に達した−すなわち、ゲートは開いていた。次に、ゲートは、ゲートバイアス87を≦−85VDC(すなわち、電子エミッタバイアスよりも高い負性)に高速で切り替えることにより閉じられ、それにより、図30Bに示されるように、電子はUターンし、入口カップのメッシュに決して到達しない。この最も単純な電子銃設計の利点としては、ナノ秒範囲の切り替え時間での高速応答、一定の電子抽出電場、および比較的コンパクトな設計が挙げられる。ゲートがオンまたはオフになる際に、エミッタの表面と格子電極との電圧差により設定される格子バイアスが変更しないため、電子抽出電場は一定であり、電子放射効率が向上する。フィラメント放射は、ゲートが閉じている場合、フィラメントを焼く危険性なく、フィードバックループを使用して制御することができる。ゲート電子源は、当分野において周知であり、図30Aおよび図30Bに示される例は、単なる1つの代表的な実施態様である。
パルス充填実験のタイミング図を図31に示す。上のグラフは、電子放射電流がアクティブ化されている間の時間を示し、この場合、5ミリ秒充填時間に対応する。この時間は、数10ナノ秒〜数ミリ秒の範囲であり得る。ゲートオン期間中の放射電流レベルは、数マイクロアンプ〜数ミリアンプの範囲であり得る。中間のグラフは、RF周波数が高値から低値に走査される間の時間を示す。グラフに示されるように、振動ビームに蓄えられないイオンをトラップから出すと共に、検出電極が新しいレベルに応答できるように、ゲートが閉じられる時刻と、RF走査が開始される時刻との間に小さな遅延期間がある。この遅延は、蓄えられないイオンに起因するすべての背景信号が、下のグラフに明確に示されるように、トラップから散逸することを保証するために必要である。一般に、<0.1ミリ秒の遅延が、ノイズの散逸に十分であるが、検出電極が限られた帯域幅を有する場合には、より長い遅延時間が必要であり得る。下のグラフでの低基線レベルにより実証されるように、RF走査が開始する際、トラップから質量選択的に放出された捕捉イオンを除き、イオンは本質的に検出されない。パルス電子衝突イオン化は、軸上イオン化を使用するART MSトラップにおいて基線オフセットノイズを低減する都合のよい方法である。
電子ゲートが閉じられると、電子衝突イオン化によりそれ以上イオンはトラップに追加されない。イオンは、それぞれの振動運動に捕捉されると、一方のカップから他方のカップに振動する際、中性原子および分子と衝突し、いくつかのイオンは、散乱衝突により、振動サイクル毎に失われることになる。したがって、トラップ内のイオンの滞留時間を超えないような走査時間の調整が重要である。一般に、超高真空(UHV)圧(10−8Torr未満)でのトラップ内のイオンの滞留時間は、通常、約10ミリ秒〜約100ミリ秒の範囲である。図31は、走査時間45ミリ秒を使用して、10−8Torrにおいて有用なスペクトルを生成する能力を明確に実証している。しかし、トラップ内の圧力が増大するにつれて、イオン中和散乱で失われる前に、すべてのイオンをトラップから放出するために、走査時間を調整(すなわち、低減)する必要がある。約10−5Torrにおいて、走査時間、すなわち、トラップ内のイオンの滞留時間は、イオンが失われる前に放出されることを確実にするために、1ミリ秒と高速でなければならない。より高速の走査時間を達成するためには、走査する質量範囲を制限するか、または質量ピークがスペクトルに現れると予期される直前に、走査全体にイオン化パルスを送出する必要があり得る。イオン化(電子ゲートオン)と検出(電子ゲートオフ)との時間を短縮することにより、そしてRF VPPを増大することによっても、より高い圧力であっても、より多くの信号を得ることが可能である。イオン化が、スペクトルに関心のある2つのピークが現れる直前に2回実行される操作モードの例を図32に示す。走査中、関心のあるピークが現れる直前でイオン化パルスを導入することにより、イオンが励起し、トラップから放出する直前のイオンが生成され、それにより、衝突損失が最小化される。この動作方法は、イオン信号を向上させながら、それでもなおノイズを最小化する。関心のある2つのピーク:質量ピーク1および2は、事前に選択され、イオン化は、質量ピーク1および質量ピーク2に対応するイオンが、高圧での散乱衝突により失われる時間を有さないように、タイミングがとられる。しかし、高速周波数走査では一般に、分解能の低減に繋がる恐れがあるより高いRF VPPを必要とする。
パルス動作は、ART MSをイオン蓄積装置として使用する場合にも重要である。トラップにイオンを充填し、次に、RF励起を使用して、特定の質量の望ましくないイオンをトラップから放出するか、または事前に選択された質量のイオンを、他のすべての質量を放出することにより、トラップ内に蓄積もしくは予備濃縮することができる。自動共振励起が、衝突誘起解離または電子付着解離を通してトラップ内に蓄積されているイオンとの化学的反応に使用される場合、パルス動作が一般に好ましい。あるいは、トラップに短電子パルスを充填し、続けて、複数の周波数走査後、時間に伴うイオン信号の減衰を測定することにより、総圧測定を得ることができる−信号減衰率は圧力に厳密に関連する。例えば、単一のイオン化パルスに続けて、2回の走査サイクルを一定時間の間隔を空けて行うことができる。1回目の走査と2回目の走査との間での信号の減衰は、トラップ内部の圧力に直接関連する。あるいは、2回の周波数走査を続けて実行するが、イオン化パルスから周波数走査の開始までの遅延を異なる値にすることができる。遅延の短い走査の減衰率と比較した遅延の長い走査で測定された信号の減衰率の差は、トラップ内部の総圧を示すものであり得る。
高真空システムの圧力が増大するにつれて、ART MSトラップの動作パラメータは、可能な限り良好な振動を提供するように最適化する必要がある。圧力が高くなりすぎた場合、フィラメントおよび電子倍増器を、寿命の短縮またはさらには破滅的な故障に繋がる恐れがある破損条件下での動作から保護する必要もある。
一般に、総圧が増大するにつれて、固定パラメータで動作して、ART MSセンサからの信号を予期して、
1.信号振幅、
2.質量分解能、
3.信号対雑音比(SNR)、
4.質量校正、
5.ピーク形状、
6.背景オフセット信号レベル
の点を変更すべきである。
圧力の増大の関数としてトラップ性能に影響するいくつかの物理的な電子要因がある。以下のリストに、いくつかの例を挙げる。
1.圧力の増大に伴う、平均自由行程の低減
2.圧力の増大に伴う、より頻繁な散乱衝突を受けるイオンのRFとの位相ロックの損失
3.圧力の増大に伴う、イオンクラウドの物理的な散乱
4.圧力の増大に伴う、すなわち、衝突誘起解離(CID)による、断片パターンの変化
5.圧力の増大に伴う、イオン滞留時間の低減
6.圧力に伴う、電子倍増器のノイズの増大
7.圧力の増大に伴う、トラップ内部の電荷蓄積の高速化
8.圧力の増大に伴う、イオンクラウド密度の飽和
9.圧力の増大に伴う、トラップ内部の空間電荷の変化
10.圧力の増大に伴う、RF電力吸収の増大
11.圧力の増大に伴う、フィラメント温度の増大
12.圧力の増大に伴う、フィラメントでの熱プロセスの増大
13.総圧に伴う、フィラメント周囲のイオン電荷密度の変化
14.圧力の増大に伴う、電極間でのアーク放電の可能性
異なる圧力にして動作中に最も一般的に調整されるパラメータは(これらに限定されないが)、
1.電子放射電流、
2.フィラメントリペラーバイアス電圧、
3.RF VPP振幅、
4.出口プレートバイアス電圧、
5.電子倍増器バイアス電圧、
6.質量軸校正パラメータ、
7.走査速度
を含む。
電子放射電流:超高真空(UHV)レベルでの動作では、標準高真空(HV)レベル下での動作と比較して、電子放射電流を増大して、高信号レベルおよびSNRの増大を達成する必要がある。UHVレベルでは、トラップが電荷で完全には飽和せず、スペクトルのイオン信号は、システム内の総圧を辿る傾向がある。圧力が増大するにつれて、トラップが電荷で飽和する(すなわち、トラップが満杯になる)ため、質量スペクトルの信号強度は、最終的にプラトーに達する。UHVレベルにおいてイオン信号を増大させ、最適なSNRを達成するためには、走査率を低減し、かつ/または電子放射電流を増大させる必要がある。圧力が1E−5Torrに近いレベルに達した場合、一般に、電子放射電流を低減して、信号のSNRを向上させることが好都合なことが観測される。ノイズフロアレベルの増大は一般に、総圧が増大する場合に見られ、電子放射電流の低減は、多くの場合、問題を軽減する。電子放射電流は、基線オフセット信号の制御にも役割を有する(以下参照)。電子放射設定は、フィラメント温度に影響し、したがって、フィラメントの寿命およびフィラメントの検体分解に影響を有する。高圧において放射電流を低減することにより、フィラメントの寿命が増大すると共に、フィラメント源での熱分解を通しての副産物生成も制限される。
フィラメントリペラ電圧:リペラは、多くの場合、ホットフィラメントの背後に配置されて、電子ビームを集束させると共に、トラップボリューム内への電子ビームの結合を向上させる。リペラの使用は、通常、厳しい結合要件が課される軸外イオン化源において非常に一般的である。フィラメントリペラ電圧は、電子エネルギー、フィラメントバイアス、および電子放射電流の関数である。最適なSNRを達成するために、リペラ電圧は、放射電流が新しくなる毎に最適化する必要がある。放射電流を圧力に伴って調整する必要があるため、フィラメントリペラ電圧も同様である。リペラ電圧は、トラップ内への電子の結合に直接影響し、したがって、信号強度、SNR、およびピーク形状に影響する。
RF振幅:RF VPP振幅は、ART MSトラップにおいて極めて重要パラメータである。閾値に近すぎるRF VPPを使用するART MSセンサの動作は、イオンの集団が、圧力の増大に伴って増大する際の信号損失に繋がる恐れがあり、トラップ内部の有効RF電場が閾値未満に降下する。一般に、ART MSトラップ内で一貫したSNRレベルを得るために必要なRF VPP振幅は、圧力と共に増大する。RF VPPの増大は一般に、質量分解能の低減を伴うイオン信号の増大を生じさせる。一般に、トラップ動作が1〜2E−7Torr値で調整され、圧力が1E−5Torrレベル近くに達する場合、RF VPPを調整する必要がある。高圧でのRF VPPの増大は一般に、質量分解能の低減を生み出し、この質量分解能の低減は一般に、SNRの大きな利得によりオフセットされる。優調和がスペクトルに影響する恐れがあるため、RF VPPレベルは、入念にバランスをとる必要がある。使用者は、SNR、質量分解能、および優調和寄与の最良のバランスを決定しなければならない。RF VPP振幅の増大は一般に、1E−5Torrであるか、それを超えるレベルで収集されたスペクトルのSNRを向上させる最良の方法である。RF VPP振幅の増大は、出口プレート電圧の増大が行われる(以下参照)場合、信号を一貫して保つためにも必要である。
出口プレートバイアス電圧:大半のART MSトラップでは、基線オフセット信号の増大が、圧力が増大するにつれて観測される。この問題は、軸上イオン化で最も深刻であり、軸外イオン化源ではあまり重大ではない。基線オフセット信号の振幅を低減するために、出口プレート電圧を増大させ、入口プレート電圧近くに移動させなければならない。ART MSトラップは通常、出口プレートに対してわずかに正にバイアスされた入口プレートを使用して動作する。しかし、一般には、圧力が増大するにつれて、出口プレートの電圧を増大させることが好ましい。出口プレート電圧とRF VPP値との間には、明確な相互関係があり、使用者は、パラメータ選択中、SNRを最適化し、基線オフセットを低減し、優調和が抑制された状態を保つために、注意深くなければならない。基線の増大は、トラップを出る、閉じ込められないイオンによって生じる。圧力増大時に基線オフセットの低減に有用な別の手法は、放射電流を低減することである。
質量軸校正パラメータ:ART MSトラップ内の圧力が増大するにつれて、質量スペクトルのピーク位置の変更が見られることは珍しくない。微細な変更は、トラップ内部の電荷濃度の変更に起因する。質量軸校正の変更は、トラップ内部の電圧が変更された場合にも予期される。使用者は、圧力毎または圧力範囲毎にトラップ動作パラメータに合った校正パラメータを有さなければならない。
電子倍増器(EM)電圧:システム内の圧力が増大するにつれて、イオンフィードバックにより、電子倍増器からのノイズの増大を見ることが可能である。イオンフィードバック補償を使用する良質の電子倍増器は、影響を受けにくい。これとは逆に、信号振幅(すなわち、トラップイオン出力)が、圧力と共に低減する場合、倍増器の利得を増大させて、SNRを向上させる必要があり得る。EM電圧の増大は一般に、EM寿命の低減に繋がるが、SNRレベルを保つために必要であり得る。
走査速度:高圧では、多くの場合、高走査率での走査が意味を有する。高走査率は、トラップ内部の低電荷濃度につながり、信号に対するノイズおよび基線オフセットの影響を低減することができる。高走査率は、RF VPP閾値を増大させるため、この調整の後、通常、対応するRF信号レベルの調整が続けられる。高圧での高走査率も、圧力が増大するにつれて、トラップ内のイオンの滞留時間が短くなるという概念に一致する。
保護モード:圧力が増大するにつれて、ユニットを最初のオンにした場合、バイアス電圧が電子倍増器および遷移プレートで増大される率を入念に制御することが有用であり得る。一般に、バイアス電圧の急激な増大は、高圧でのより遅い増大と比較して、より多くのアークを生じさせることが分かっている。
圧力が増大するにつれて、最大圧力値−すなわち、閾値を設定することが有用であり得、その閾値を下回る場合、使用者は、EMおよびフィラメントを動作させることに問題がない。使用者は、圧力が事前に指定された時間量にわたって閾値を上回る状態のままである場合、ART MSセンサを遮断する時間遅延したトリガを設定することもできる。この機能は、ユニットを破損し得ない短い圧力遷移が存在する場合のセンサ遮断を最小化するために、有用である。
フィラメントは特定の種に対する影響を、他の種よりも受けやすいため、フィラメントおよびEMの保護モードおよび閾値は、種に依存もし得る。
非調和共振イオントラップの特徴
ART MS装置の性質は、解析すべきガス試料からイオンを高速に充填し、各ガス成分がそれ自体の共振周波数で振動することである。一連のm/qイオンを選択的に放出するためのエネルギー要件は、非常に小さく、低電力電子信号を使用して行うことができる。これにより、図1のトラップは、300amu範囲の走査を200ミリ秒以内に、または100amu範囲の走査を70ミリ秒未満で完了することができる。この走査率は、四重極質量分析計に基づく典型的な残留ガス解析器(RGA)に関連付けられた典型的な100amuに対して1〜2秒という走査速度よりもはるかに高速である。この速度利点は、2つの方法で使用することができる:(1)閉ループ制御システムでの超高速測定機器として、および(2)測定平均化を追加して、汚染量追跡制御の信号対雑音比を向上させるため。好感度と高速との組み合わせは、ART MS装置を、成分解析に基づく高速閉ループプロセス制御に理想的に合うものとする。実際には、ART MSに匹敵する走査速度が可能な市販の四重極質量分析計が少数ある。しかし、そのような高性能システムは、非常に大きく、嵩張る電子装置を必要とし、購入および保守が非常に高価である。総圧測定性能を含め(すなわち、図1の実施形態として)、ART MSセンサの十分に認識されている利点は、総圧情報および部分圧情報の両方をリアルタイムで、従来のイオン化ゲージよりも真空ポート内で場所をとらない単純で小型のパッケージから送出する能力である。
振動ビーム内のイオン間の静電反発は、最終的に、ART MS装置内に蓄積できる電荷の濃度を固定する空間電荷制限に繋がり、長さ(L)および直径(D)に関連する−大きなトラップほど、多くのイオンを蓄積することができ、小さなトラップほど、少数のイオンを蓄積することができる。この性質は大方、圧力から独立しており、トラップ内に蓄積される電荷量は、使用可能な範囲全体を通して比較的一定しており、したがって、トラップの性能は、使用可能な範囲全体を通してより一貫している。したがって、四重極MSは質量フィルタに追加の電荷を通すために、追加の走査時間を必要とするため、四重極MSに対するART MSの速度および感度の利点は、圧力の低減に伴って増大する。典型的なART MS装置のさらなる利点は、小さなサイズが、大半の最高範囲の四重極装置よりも真空に露出される表面積が少なく、真空表面およびプロセスメモリ影響を最小化することである。
ART MS高速走査速度の別の特徴は、ガス成分が高速で変化しつつある場合、サンプリングされるデータが、測定時にガス成分をよりよく表すことである。高速走査率は、ART MSが、特にUHV圧力範囲において、遷移イベントをよりよく捕捉できるようにする、試料ガスのより正確な「ポイント測定」を提供する。不完全な真空値動作による表面科学実験および圧力バースト検出は、ART MS装置の「ポイント測定」機能を利用できる用途の例である。
ART MS装置は、固定量の電荷を蓄積するため、センサは本質的に、レシオメトリック装置であり、最大イオン電荷は100%固定され、ガス成分の部分圧は、100%のうちの一部を表す。濃度を追跡し、報告する必要がある多くの用途では、レシオメトリック情報が、絶対部分圧力情報よりも好ましく、ART MS装置の固有の出力である。絶対部分圧情報が必要な場合、総圧情報を使用して、ART MSトラップの出力を容易にスケーリングして、部分圧出力を提供することができる。
ART MS装置の低駆動・動作電力要件は、センサヘッドをケーブルの端部で、またはモジュール形式に一体化できるようにする(一体化された電子装置およびセンサ)。大半の四重極に基づく機器では、RF駆動電子装置を四重極センサに密な物理的および電気的な結合が必要であり、モジュール形式でしか利用できない(すなわち、ゲージとコントローラとの間にケーブルがない)。ART MS装置の場合、ケーブルを使用して、駆動電子装置に接続することができる。リモートケーブル動作の能力、ART MS装置の小型サイズ、およびART MSに基づくシステムのより小型の電子パッケージの能力を組み合わせて、混み合った真空ツールに設置するための追加の柔軟性が提供される。
ART MS装置の質量固有の振動周波数は、イオントラップの物理的な寸法および捕捉電位の振幅に大方依存し、駆動電子装置には依存しない。したがって、単一のm/qの抽出条件が分かれば、すべての他のm/qを単一のガスに校正することができる。これにより、ゲージ製造寸法制御に基づく、または単一ガス校正を通しての高速で容易な単一点校正が可能である。例えば、ART MS装置で水のピーク(18amu)を検出することにより、1〜300amu範囲の完全な校正が可能である。これは、新たに製造される機器および現場でサポートされる機器の両方にとって重要な使用し易さという恩益である。
多くの四重極質量分析装置は、ゼロブラスト制限により、2〜4amu未満を正確に測定できず、したがって、四重極の1〜300amu範囲は、場合によっては、より正確には2〜300amu範囲、またはさらには4〜300amu範囲である。ART MSは、設計により、ゼロブラストの影響を有さず、センサ最高分解能でより低amuのすべてのピークを完全に分解することができる。したがって、永久的に設置されたART MS装置は、そのままの位置でヘリウム漏れ検出器として、ポータブル漏出検出用途で、および効率的な同位体比質量分析計として容易に使用することができる。ART MSトラップにより提供される非常に胸が躍る機会は、1amuおよび2amuの各質量の原子状水素および分子状水素の両方を監視する能力である。
ART MSセンサは、通常、一定の質量分解能モードで動作する四重極質量分析計に基づくRGAと比較されることが多い。四重極質量フィルタのスループットは、質量に依存する。イオンの質量が増大するにつれて、半径方向振動振幅が増大し、ロッドとの衝突により、より多くのイオンが失われる。その結果、四重極質量分光計は、イオンの質量が増大するにつれて感度を失う。ART MSは、すべてのイオンをトラップ内部に蓄積し、放出中にイオンの相対濃度を保持し、試料ガスのガス濃度のより正確な表現を提供する。ART MSセンサは、超高および極高真空実験において、水素レベルのはるかに正確な表現を提供するものと予期される。ART MSセンサは、極低温冷却面から出現する残留ガスのガス組成内のわずかな変更に基づいて冷温アレイ(cold array)を再生成の必要性を示す低温ポンプの充足検出器(fullness detector)としての用途を見つけるものと予期される。
ART MSセンサは、質量上限または質量範囲を技術的に有さない。実際には、ART MSトラップは、600amuを優に上回る範囲の質量情報を提供することが分かっている。しかし、大半の揮発性化学物質は、350amuを下回る分子重量を有し、電子装置およびデータ取得ソフトウェアは通常、300amuの質量範囲に制限されて、大半の一般的なガスサンプリング用途をサポートする。より高い分子重量範囲を有するART MS装置は、専用イオン源またはタンデム質量分析計を含むより高度な用途に利用法を見いだすと予期される。
ART MS技術は、多種多様な研究および産業処理用途への計り知れない潜在力を実証した。(1)低電力要件、(2)小型サイズ、(3)組み立てやすさ、(4)使用しやすさ、および(5)高分解力の組み合わせは、ART MS技術を、電池、太陽、および他の代替電力源に頼る現場での用途に理想的なものにする。内蔵型で現場で展開可能なガスサンプリングユニット(すなわち、低電力高真空ポンピングシステムを一体化した)にパッケージングされたART MS装置を、大気中、宇宙空間、水中、厳しい環境、および国土安全ガスサンプリング用途で使用することができる。ART MSトラップ設計の小型化は、電池充電の間の前例のない動作時間を特徴とした初めての真に手のひらサイズの高速ガス解析装置を、軍事用途および法医学用途の両方に提供する潜在性を有する。より高い室料範囲限界を有する大型ART MSトラップは、DART、DESI、MALDI、ESI、FARPA、SIMS等の特殊イオン化方式と組み合わせて生物学的サンプリング用途に道を見つけるものと予期される。ART MSトラップは、別個の技術(ガストと液体のクロマトグラフィ等)との併用ならびに競争の激しい質量分析技法(飛行時間システム、四重極、磁場型、およびさらにはオービトラップ等)およびイオン移動度分析計に用途を見つける可能性が非常に高い。複数の圧力ゲージならびにART MSトラップを含む組み合わせセンサは、高真空(HV)および超高真空(UHV)システムでのガス解析および真空品質測定ならびに半導体処理、太陽パネル製造、薄膜コーティング、およびエッチングを含む産業用途の新しい標準となるものと予期される。ART MSトラップは、調整可能なイオン源、イオン蓄積装置、イオン攪拌装置、イオン化学反応器、およびイオンフィルタとしても用途を見つけるであろう。本明細書において説明した電力吸収方式等の代替の検出方式のさらなる開発も、前例のない信頼性および低保守性能を提供しながら、単一のガスのリアルタイム解析に専用の特定ガスサンプリングシステムの新規生成を開発する新しい方法論を提供するものと予期される。外部イオン導入方式と組み合わせたパルス動作は、はるかに大きく複雑なタンデム質量分析システムへの途中でイオンを操作する能力を提供すると共に、超微量ガス解析要件に適合した予備濃縮方式の開発を可能にする。例えば、ART MSトラップをMALDI源に追加して、マトリックスイオンを関心のある生物学的イオンから分離し、かつ/または飛行時間源に送る前に、生物学的分子を予備濃縮することを想像することが可能である。低質量(すなわち、10amu未満)でのART MSトラップの高分解力は、漏出検出器ならびに低質量同位体比質量分析計への技術用途が生じるものと予期される。高感度電荷検出器と組み合わされたART MSトラップは、現場で展開可能な同位体比質量分析計の新しい標準となるものと予期される。ART MS装置の高速さは、肝心な点で測定を実行する能力と組み合わせて、表面科学および触媒作用に関して質量分析計の分野に大変革をもたらすものと予期される。電子生成器アレイ、スピントのようなエミッタアレイ、およびカーボンナノチューブエミッタ等の冷温電子エミッタを含め、代替の光イオン化方式および電子衝突イオン化方式の開発は、ART MSセンサの電力要件をさらに低減し、低電力要件への適合性を向上させるものと予期される。
標準の高真空システム監視用途の場合、ART MSセンサを使用して、前例のないサンプリング率で、重大なスペース要件なしで、基準圧条件を監視することができる。ART MS装置を使用して、基準圧力条件を監視し、ポンプダウン問題を診断し、漏れ検出手順を実行し、ポンプダウン率を特徴付けることができる。ART MS装置の比較的低いコストは、高または超高真空システム内に現在設置されているありとあらゆるイオン化ゲージを、総圧機能およびART MSの部分圧機能の両方を含む組み合わせゲージで置き換えることを正当化する。研究所で使用されるART MS装置の標準ゲージ/ECU構造は、ケーブルを使用してコントローラ(ECU)に接続されたゲージ(トランスデューサ)を含む。トランスデューサは、標準真空ポートに接続され、その一方で、ECUは、真空チャンバに取り付けられた他の構成要素を邪魔せずに、システム内の他のどこかに配置される。別の好ましい実施態様は、寸法を低減したART MSセンサを含み、ECUは、トランスデューサのエンベロープに永久的に取り付けられて、物理的寸法が小さく、操作が単純化されたモノリシック/モジュール式装置を提供する。質量分析システムにより提供される情報は、未処理の質量分析計データとしてリモートコンピュータのディスプレイに表示することができ、または利用可能な場合、必要な情報をスペクトルから抽出し、使用者のスクリプトに従って処理し、ECU内に直接組み込まれたグラフィカルフロントパネルディスプレイに表示することができる。部分圧情報は、コントローラのバックプレーンに配置された1つまたは複数の異なるアナログI/Oポート、デジタルI/Oポート、リレークロージャI/Oポートにリンクして、リアルタイムプロセス制御を提供することもできる。
プロセス用途の場合、ART MSセンサは、目障りではない取り付け構成およびポイントユース機能と組み合わせて、前例のないサンプリング率を提供する。ART MSに適合した使用事例としては、(1)固定容積サンプリング、(2)パッケージ/気密性テスト、(3)遷移応答検出、(4)濃度制御、および(5)プロセスフィンガープリントが挙げられる。ART MSセンサは、ガス成分の入念な制御が、ウェーハクリーン性の保証のみならず、適切な添加物投与を保証するために極めて重要である近代半導体イオン注入ツールのすべての領域に対する即時応用を見つけるものと予期される。ART MS装置は、ガス組成の変更に基づく予防保守ならびに予防保守後のシステム測定解析のリアルタイムプロンプトを提供するものと予期される。ART MSトラップは、送出前に断片から不安定な親イオンクラスタを分離する能力を提供する近代の注入クラスタ源にも用途を見つけるであろう。ART MS装置は、ガス成分解析がウェーハプロセスステップ間で利用可能な場合に、ウェーハ間の時間を大幅に低減でき、フォトレジスト汚染が、検出されなかった場合には大きな問題になり得る半導体PVDプロセスにも、用途を見つけるであろう。ART MSトラップは、磁気媒体ディスク製造に使用される高速循環プロセスにも用途を見つけるものと予期される。ディスク製造ステップの典型的なサイクル時間は、3秒と短く、チャンバの圧力は、各サイクル中、中真空〜高真空で変動する。ART MS装置は、(1)ポンプダウン率、(2)ガス混合率、および(3)チャンバの相互汚染を同時に制御して、ガス成分のリアルタイム解析を実行する初めての機会を提供する。プロセスアプリケーションは、多くの場合、部分圧情報に基づいて制御ループを閉じるために、リアルタイムのデジタルおよび/またはアナログの出力信号を必要とする。ART MS ECUコントローラは一般に、(1)デジタルI/O、(2)アナログI/O、および(3)リレークロージャI/O、ならびに(4)USB、イーサネット(登録商標)、Device Net、およびRS485等の標準の通信ポートを含む複数のI/Oオプションを含む。
一実施形態では、テスト機器は、マルチクライアント接続階層をテスト機器に組み込むことにより(すなわち、イーサネット(登録商標)伝送制御プロトコル/インターネットプロトコル[TCP/IP]ネットワーク、直接シリアル接続、ユニバーサルシリアルバス、および/または他のテスト機器とホストデータとの接続)、複数の情報セットを複数の独立したコンピュータホストアプリケーションに提供する。このようにして、テスト機器を、プライマリホストにより要求される機能を実行するプライマリホスト接続(すなわち、プロセスツール)に接続しながら、別個のアプリケーション(すなわち、高度プロセス制御ソフトウェア)は、同じまたは異なるデータセットを収集し、第3のアプリケーション(すなわち、保守アプリケーションソフトウェア)が、同じまたは異なるデータセットまたは命令状態セットを収集することができる。
これは、プライマリホストアプリケーションを使用して、テスト機器を材料処理という主目的に使用でき、第2のアプリケーション(第1のアプリケーションから独立している)をテスト機器に接続し、特定の汚染物または真空漏れを検出できるデータを収集できる、強力な概念である。
図38は、3つ(以上)のホスト/クライアント接続へのイーサネット(登録商標)TCP/IP接続を介してネットワークに接続されたART MSトラップの概念を示す。ART MSは、真空システムまたはチャンバに接続されたART MSセンサ(図38の右側)により行われる総圧および部分圧の測定情報/データを提供する高性能テスト機器である。ART MSテスト機器は、コントローラ、センサ、およびケーブルを有する。コントローラには、フロントパネルユーザインタフェース(ディスプレイおよびボタン、図示せず)があり、バックパネルには、様々な入出力電気信号接続、セットポイント中継器、ユニバーサルシリアルバス(USB)データ接続、およびイーサネット(登録商標)データ接続がある。ART MSは、センサの真空測定を、電気信号接続、セットポイント中継器、あるいはUSBおよび/またはコンピュータ機能のアプリケーションプログラマーインタフェース(API)セットを使用するイーサネット(登録商標)データインタフェースへの外部ホストを介してアクセスされる複数の測定出力フォーマットに処理する能力を有する。
ART MSは、イーサネット(登録商標)コネクタおよび1つのUSB−2コネクタを含む。これらの任意の接続に接続された装置は、装置固有のコマンドおよび応答を介して、ART MSを制御し(マスタとして)、またはデータにアクセスする(モニタとして)。データ通信は、イーサネット(登録商標)フレームまたはUSBデータパケットのペイロードである。イーサネット(登録商標)および1つのUSB−2コネクタは、ART MSバックパネルに配置される。ART MSは、データモニタとして複数のクライアント接続をサポートするが、ART MSマスタであることができるのは、1つのみの装置である。
ART MSはユーザレベル階層を有する。
管理者:これは、いかなるマスタ(管理者がマスタとして登録する場合)にも取って代わることができ、標準APIおよび拡張APIを通してART MS装置のすべての機能を制御でき、保存されている情報にアクセスできる使用者の特別なレベルである(以下参照)。管理マスタまたは管理モニタとして登録可能なことに留意する。管理マスタ登録のみが、既存のマスタに取って代わることになる。管理モニタは、限られたデータにアクセスできるが、ゲージを制御できない。
マスタ:このレベルの使用者は、センサドライバおよびデータ収集パラメータを構成でき、フロントパネルボタンおよびディスプレイが許可されるか、または閉め出される。一度に1人のみのマスタが存在する。クライアントがマスタとして登録しようとし、1人のマスタがすでに存在する場合、登録は失敗するか、または登録は既存のマスタに取って代わる(既存のマスタを強制的にモニタ登録にする)。
モニタ:このレベルの使用者は、APIを介して収集データを検索できるが、データの収集方法またはART MSの構成を変更することはできない。
これらの使用者レベルにより、1人のマスタがART MSならびに多くのデータおよび/または保守モニタを駆動することができる。管理者は、前のホスト接続から独立して、ART MS機能へのアクセスを保守しサポートすることができる。
ART MSフロントパネル組立体(FPA)は、グラフィックディスプレイおよびボタンからなり、専用フロントパネルコネクタを介してART MSに接続される。フロントパネルは、ART MSに機械的に取り付けることができる。この接続方式では、FPAはホスト接続であり、ART MS電源投入またはリセット状態後のマスタである。ART MSが、バックパネルUSBまたはイーサネット(登録商標)接続を通して他のホスト接続と共に使用される場合、FPAは、マスタであることもでき、またはモニタであることもできる。唯一の例外は、マスタまたはモニタのホスト接続の両方よりも優先されるIG OFFボタンである。
図39に示される標準用途では、フロントパネル組立体(FPA)は、ART MSのすべての機能、操作パラメータ、および入/出力割り当てを制御する。FPAは2つの表示モードを有する。
1.選択変数を監視する表示モード(例えば、選択された相対部分圧および/または部分圧)。
2.選択変数の傾向を監視する表示モード(例えば、RPP、PP、または総圧)。
FPAでは、使用者が、メニュー画面を介してすべてのデータ収集パラメータおよび入/出力割り当てを構成することも可能である。図39は、専用FPAインタフェース接続を介してART MSメインコントローラに取り付けられたFPAを示す。
図40は、単一の外部接続されたホストを有するART MSを示す。一般的な構成は、ホスト/クライアントとしてのPCであり、USBを介して接続され、PCはマスタであり、FPAはモニタ機能を実行する。3つのオプションがある。
1.PC/ホストマスタが、ART MSおよびフロントパネルに表示される情報を制御し構成する(これは、最も一般的な構成であると予想される)。
2.PC/ホストマスタが、ART MSを制御し構成する。FPAディスプレイは、PC/ホストマスタまたはフロントパネル「モニタリング」機能から選択することにより制御される。FPAディスプレイがフロントパネルボタンにより制御される場合、時間切れになると、次のマスタディスプレイの更新時に、FPAディスプレイの制御権はマスタに自動的に戻る。
3.PC/ホストは、データ収集のみまたはART MSの性能監視のみモニタである。
図41は、外部接続されたホストアプリケーションのネットワークを有するART MSを示す。一般的な構成は、製造中に情報を収集する特定用途PC/サーバのグループである。この構成では、PC/サーバのうちの1つのみがマスタであり、多くの場合、マスタは、プロセスツールまたはツールコントローラであり、他のPC/サーバは、高度プロセス制御および/または配合管理についての情報を収集する。他のPC/サーバは、APIポーリングまたはパブリッシュ/サブスクライブを通してART MSから情報を収集する。2つのオプションがある。
1.PC/サーバマスタが、ART MSおよびFPA表示情報を制御し構成する(これは、最も一般的な構成であると予想される)。
2.PCマスタが、ART MSを制御し構成する。FPAディスプレイ情報は、マスタまたはフロントパネル「モニタリング」機能から選択することにより制御される。FPAディスプレイがフロントパネルボタンにより制御される場合、時間切れになると、次のマスタディスプレイの更新時に、FPAディスプレイは自動的にマスタ制御に戻る。
図42は、ART MSのマスタおよびモニタ制御に関するローカル(FPA)およびリモート(ホスト)制御からの状態遷移を示す。電源投入時(リセット状態)(0)は、コントローラの初期化が行われる。別のマスタが登録しない限り、内部に記憶されているプログラムがコントローラである。(1)では、FPAが「ローカルマスタ」であり、確立されたリモート接続がないか、またはいずれのリモート接続もモニタであり、FPAディスプレイはFPAの制御下にあり、すべてのFPAボタンはイネーブルされる。ここでは、FPA制御機能は、小さなアプリケーションを実行して、コンテンツを表示し、ART MSメインコントローラへのAPI呼び出しを介して、必要なFPAデータを引き出している。(2)では、リモートクライアントがマスタである。ローカルマスタは、取って代わられ、強制的にモニタ状態になる。FPAディスプレイは、リモートマスタの制御下にあり、FPAボタンはディセーブルされる(フィラメントオン/オフボタンは、安全のためにイネーブルのままである)。
複数接続の概念は、ART MSに固有のものではなく、他の機器も、この複数のホスト/クライアント接続手法から恩益を受けることができる。ART MSは、異なる用途で多種多様な方法で使用できる複数の種類の測定(総圧、部分圧、相対部分圧)の豊富なデータセットを提供する。しかし、より単純な種類のデータ出力(総圧のような)を提供する他の機器が、この同じ手法を使用することができ、プライマリホスト接続が、プロセスツールを処理することができ、セカンダリホスト接続が、機器のパラメータを監視して、サービス要件を予測し、またはデータをデータベースに記憶する、供給業者により提供されるサービスアプリケーションである。
本明細書において引用したすべての特許、公開出願、および引用文献の教示は、参照により本明細書に援用される。
本発明を、特に本発明の実施形態例を参照して図示し説明したが、添付の特許請求の範囲に含まれる本発明の範囲から逸脱せずに、形態および細部に様々な変更を行い得ることが当業者には理解されよう。