以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては可能な限り同一の参照番号を附し、重複する説明は省略する。なお、各図の寸法は説明のために誇張している部分があり、必ずしも実際の寸法比とは一致しない。
図1は、圧粉磁心の断面構造を説明するための模式図である。図1に示すように、本実施形態における圧粉磁心10は、複数の金属粉1と、金属粉1間に存在する絶縁層2を含む。絶縁層2には、粒子状の金属酸化物3のほか、図示しない酸化ケイ素及びリン酸カルシウム、被覆金属粉を加圧及び加熱して成形した際に残留する気孔4等を含む。
圧粉磁心10を製造する被覆金属粉は、鉄を主成分とする金属粉と、金属粉表面に形成されたリン酸カルシウム及び金属酸化物からなる絶縁層とを備える被覆金属粉であって、絶縁層の表面又は内部に、有機ケイ素化合物を有する。このため、被覆金属粉を加熱及び加圧して成形して圧粉磁心を製造する際に、絶縁層2が金属粉1と強固に結合しながら金属粉1を覆うように形成される。この結果、圧粉磁心10の絶縁性が担保されるため、恒透磁率特性を確保しながら、鉄損を抑えることが可能となる。
ここで、本実施形態においては、金属粉表面に形成されたリン酸カルシウム及び金属酸化物からなるものを「絶縁層」と呼び、この表面又は内部に有機ケイ素化合物を含む絶縁層を「有機ケイ素処理絶縁層」と呼ぶ。なお、絶縁層は本来、絶縁層に含まれるリン酸カルシウムなどの粉末粒子が一粒毎に形成されていることが理想的である。しかし、実際には、数個の粒子が固まった状態で層が形成されていることもあり、このような状態であっても特性上何ら問題ない。
リン酸カルシウムの層は、金属酸化物を金属粒子に固着させる結合剤として働くが、リン酸カルシウムの結晶構造が固いため、成形過程のプレス処理で金属粉1表面リン酸カルシウムの層が破損するおそれがある。このため、金属酸化物3の層が、リン酸カルシウム層が破損した場合に、プレス処理の圧力により金属粒子が食い込んで、リン酸カルシウムの層を修復する機能を担う。
有機ケイ素処理絶縁層は、無機物だけの絶縁層から金属酸化物3粒子が脱落することを回避する役割を担う。有機ケイ素化合物として好適なシリコーン樹脂は、耐熱性に優れる有機系絶縁材料である。このため、金属粉表面に備えることで、600℃程度の高温下での熱処理が可能になり、得られる圧粉磁心の低鉄損化が可能になる。リン酸塩のみからなる絶縁層を備えた被覆金属粉では、熱処理温度は500〜550℃程度が限界だった。また、シリコーン樹脂は、平滑性に優れた被膜を形成できるため、プレス処理の圧力で絶縁被膜が脱落したり、破損したりすることが無くなり、良好な圧粉磁心が得られる。以下、それぞれの構成要素を順に記載する。
被覆金属粉は、上述した構成からなるが、強磁性を有し高い飽和磁束密度を示すことが好ましい。そこで、まず本発明に用いる金属粉として、鉄粉、ケイ素鋼粉、センダスト粉、アモルファス粉、パーメンジュール粉、ソフトフェライト粉、アモルファス磁性合金粉、ナノクリスタル磁性合金粉及びパーマロイ粉等の軟磁性材料が、挙げられる。これらは単独で又は二種類以上を混合して使用することができる。その中でも、磁性が強い上に安価に入手できる点で、鉄粉が好ましい。この金属粉の組成は特に問わないが、純鉄粉、Fe−Si粉末などが代表的である。本実施形態に係る発明は、純鉄粉、特に形状が歪な水アトマイズ粉などにおいて有効なものであるが、前述した鉄を主成分とした金属粉全般に対して適応可能である。このような金属粉は、一般に金属粉の全質量を100質量%としたときに、0〜10質量%のSiと、残部がFeと磁気特性向上を目的に添加されるAl、Ni、Coなどの改質元素および不可避不純物とから構成される。
この不可避不純物は、金属粉の原料(溶湯など)に含まれる不純物、粉末形成時に混入する不純物などがあり、コスト的または技術的な理由等により除去することが困難な元素である。本発明に係る金属粉の場合であれば、例えば、C、S、Cr、P、Mn等がある。なお当然ながら、金属粉は基本元素(Fe、CoおよびNi、Siなど)の種類および組成が重要であるため、改質元素や不可避不純物の割合は特に限定されない。
金属粉として鉄粉を採用した場合、飽和磁束密度や透磁率、圧縮性に優れる点で、純鉄粉が特に好ましい。このような純鉄粉としては、アトマイズ鉄粉、還元鉄粉及び電解鉄粉等を挙げることができ、例えば株式会社神戸製鋼所製の300NH、JFEスチール株式会社製のJIP−MG270HやJIP−304AS、ヘガネス社製のアトマイズ純鉄粉(商品名:ABC100.30)などが挙げられる。
金属粉の製造方法は問わない。粉砕粉でもアトマイズ粉でも良く、アトマイズ粉も、水アトマイズ粉、ガスアトマイズ粉、ガス水アトマイズ粉のいずれでも良い。水アトマイズ粉は、現状、最も入手性が良く低コストである。水アトマイズ粉は、その粒子形状がいびつであるので、それを加圧成形した圧粉体の機械的強度を向上させ易いが、均一な絶縁層の形成が難しく、高い比抵抗は得られにくい。一方、ガスアトマイズ粉は、略球状をしている擬球状粉である。各粒子の形状が略球状をしているため、軟磁性粉末を加圧成形した際に、各粉末粒子間の攻撃性が低くなり、絶縁層の破壊等が抑制され、比抵抗の高い圧粉磁心が安定して得られ易い。
また、ガスアトマイズ粉は、略球状粒子からなるため、粒子形状の歪な水アトマイズ粉等に比べてその表面積は小さい。このため、有機ケイ素処理絶縁層を構成する微粒子の全量が同じであっても、ガスアトマイズ粉を用いる方がより厚い絶縁層の形成が可能となり、渦電流損失をより低減し易い。逆に、同じ膜厚の絶縁層を設けるのであれば、有機ケイ素処理絶縁層の全量を低減することができ、圧粉磁心の磁束密度を高めることが可能となる。さらに、ガスアトマイズ粉は、粉末粒子内の結晶粒径が大きいため、保磁力が小さくなりヒステリシス損失の低減を図り易い。従って、ガスアトマイズ粉のような擬球状粉を使用することで、磁気的特性の向上と鉄損の低減との両立を図り易い。勿論、軟磁性粉末は、アトマイズ粉以外の粉末でもよく、例えば、合金インゴットをボールミル等で粉砕した粉砕粉でもよい。このような粉砕粉は、熱処理(例えば、不活性雰囲気中で800℃以上に加熱)によって結晶粒径を大きくすることも可能である。
金属粉は、酸化防止を目的にリン酸処理された金属粉を用いることもできる。このような処理を事前に行った金属粉を用いることで金属粉表面の酸化を防止することができる。リン酸処理は、例えば、特開平7−245209公報、特開2000−504785号公報、特開2005−213621公報記載の方法で行うことができ、リン酸処理された金属粉として市販されているものを使用してもよい。
金属粉の粒径は、特に制限はなく、圧粉磁心の用途や要求特性によって適宜決めることができ、一般的には、1μm〜300μmの範囲から選択することができる。粒径が1μm以上であれば、圧粉磁心作成時に成形しやすくなる傾向があり、300μm以下であれば、圧粉磁心の渦電流が大きくなるのを抑制でき、リン酸カルシウムも形成しやすくなる傾向がある。また、平均粒子径(ふるい分け法により算出)としては50〜250μmのものが好ましい。金属粉の形状に制限はなく、球状、塊状のものや、公知の製法又は機械加工によって、扁平加工した扁平状粉末を用いてもよい。
次に有機ケイ素処理絶縁層について説明する。有機ケイ素処理絶縁層の膜厚は、10〜1000nmさらには50〜300nmであると好ましい。有機ケイ素処理絶縁層の膜厚が過小では、圧粉磁心の比抵抗が小さくなり鉄損を十分に低減できない。一方、有機ケイ素処理絶縁層の膜厚等が過大では、圧粉磁心の磁気的特性の低下を招く。以下、リン酸カルシウム、金属酸化物、酸化ケイ素の各構成について順に説明する。
金属粉表面を被覆するリン酸カルシウムは、主に金属粉の絶縁被膜としての機能を有する。またリン酸カルシウムが形成されることで後述する金属酸化物も金属粉表面に形成可能となる。かかる観点から、リン酸カルシウムは金属粉の表面を層状に覆う被膜構造となっていることが好ましい。リン酸カルシウムによる絶縁被膜は、金属粉であればいかなる粉末においても形成可能である。
リン酸カルシウムによる金属粉の被覆の程度としては、一部金属粉が露出していてもよいが、被覆率が高い方が、成形時の圧粉磁心の比抵抗値(絶縁性の指標)も高くなり、また後述する金属酸化物やアルコキシシランが付着しやすく、結果として抗折強度も向上する点で好ましい。具体的には、リン酸カルシウム及び金属酸化物を含む2種類以上の無機物により、金属粉表面が90%以上被覆されていることが好ましく、95%以上被覆されていることがより好ましく、全体(ほぼ100%)被覆していることがさらに好ましい。
リン酸カルシウムからなる絶縁被膜は、厚さが10nm〜1000nmであることが好ましく、20〜500nmであることがさらに好ましい。厚さが10nm以上であれば絶縁の効果を得る傾向があり、1000nm以下であれば大幅な成形体密度の低下を生じることもない。
リン酸カルシウムを金属粉表面に形成する量としては、金属粉100質量部に対して、0.1〜1.5質量部であることが好ましく、0.4〜0.8質量部であることがより好ましい。0.1質量部以上であれば、絶縁性(比抵抗)の向上や後述する金属酸化物の付着作用が得られる。1.5質量部以下であれば、圧粉磁心にした時に成形体密度が低下するのを防ぐことができる傾向がある。リン酸カルシウムの質量は、得られた被覆金属粉の質量増加分を測定することによって求めることができる。
リン酸カルシウムとしては、第一リン酸カルシウム{Ca(H2PO4)2・0〜1H2O}、第二リン酸カルシウム(CaHPO4)、第二リン酸カルシウム(無水){CaHPO4・2H2O } 、第三リン酸カルシウム{3Ca3(PO4)2・Ca(OH)2}、リン酸三カルシウム{Ca3(PO4)2 }、α型リン酸三カルシウム{ α−Ca3(PO4)2} 、 β型リン酸三カルシウム{ β‐Ca3(PO4)2} 、ヒドロキシアパタイト { Ca10(PO4)6(OH)2}、リン酸四カルシウム{ Ca4(PO4)2O } 、ピロリン酸カルシウム(Ca2P2O7)、ピロリン二水素酸カルシウム(CaH2P2O7)などが挙げられる。これらの中でも耐熱性に優れるヒドロキシアパタイトが好ましい。ヒドロキシアパタイトの耐熱温度は1000℃以上であり、被覆金属粉の絶縁層として用いると、600℃程度の高温下での熱処理が可能になり、得られる圧粉磁心の低鉄損化が可能になる。またヒドロキシアパタイトは、構造内にOH−基を有するため、金属酸化物、アルコキシシランとの反応性にも優れる。
ヒドロキシアパタイトは、リン酸カルシウムの一形態であり、化学式:Ca10(PO4)6(OH)2で表される。本実施形態に示されるヒドロキシアパタイトは、構造内の一部が他の元素に置き換えられていても良い。リン酸カルシウムとしてヒドロキシアパタイトを析出させる場合、得られるヒドロキシアパタイトの化学量論的な組成式はCa10(PO4)6(OH)2であるが、大部分がアパタイト構造であって、それが維持できる限り、Ca不足ヒドロキシアパタイトのように非化学量論的な組成であってもよい。すなわち、本発明においては、Ca不足ヒドロキシアパタイトのように非化学量論的なものもヒドロキシアパタイトも含めて考える。具体的には、理論上ヒドロキシアパタイトは、Ca/P=1.66というモル比で形成されるが、Ca/Pが1.4〜1.8であってもよい。
また、ヒドロキシアパタイトは、特性を損なわない範囲で構造内のイオンの一部を他の元素と置換してもよい。ヒドロキシアパタイトを代表とするアパタイト化合物は、下記一般式(I)で示される組成物であり、M2+、ZO4 ―、X―を置換することで様々な化合物の組み合わせがある。X―がOH―である場合を特にヒドロキシアパタイトと呼ぶ。
M10(ZO4)6X2 (I)
一般式(I)において、陽イオンを与える原子M2+の位置には、カルシウムに置換しうる金属のイオンが入り、具体的にはナトリウム、マグネシウム、カリウム、アルミニウム、スカンジウム、チタン、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、亜鉛、ストロンチウム、イットリウム、ジルコニウム、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀、カドミウム、インジウム、スズ、アンチモン、テルル、バリウム、ランタン、セリウム、プラセオジウム、ネオジウム、サマリウム、ユーロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウム、ハフニウム、白金、金、水銀、タリウム、鉛、ビスマス等のイオンを挙げることができる。またZO4 −の位置には、PO4 3−、CO3 2−、CrO4 3−、AsO4 3−、VO4 3−、UO4 3−、SO4 2−、SiO4 4−、GeO4 4−等が入る。X−の位置には、OH−、ハロゲン化物イオン(F−、Cl−、Br−、I−)、BO2 −、CO3 2−、O2−等が入る。なお、M2+、ZO4 −、X―に置換されるイオンは、1種でも2種以上であってもよい。
ここで上記Xは、OH−及びF−であることが好ましい。OH−である場合は、親水性が増すことで金属粉への塗布性に優れる点で好ましく、F−である場合は、強度に優れる点で好ましい。即ち、圧粉磁心にした時の絶縁性、耐熱性、更には力学的特性に優れる点で、ヒドロキシアパタイト:Ca10(PO4)6(OH)2又はフルオロアパタイト:Ca10(PO4)6F2を用いることが特に好ましい。
他の元素による各成分の置換度は、カルシウムが他の原子で置換されている場合、その置換度(置換する他の原子のモル数/カルシウムのモル数)は、30%以下が好ましい。同様にリン酸イオンが置換されている場合も、その置換度が30%以下であることが好ましいが、水酸基に関しては、他の原子に100%置換されていてもよい。リン酸カルシウムは、カルシウムイオン(カルシウム以外の原子を含む場合は、後述するカルシウム以外の陽イオンを与える原子Mのイオン)を含む溶液と、リン酸イオンを含有する水溶液を反応させることで得られる。カルシウムイオンの代わりに、後述する原子Mのイオンを反応させた場合は、一般式(I)において、陽イオンを与える原子M2+の位置が当該Mのイオンに置換されたリン酸カルシウム(アパタイト化合物等)が得られる。
リン酸化合物を金属粉表面に析出するには、まず金属、プラスチック、ガラスなどの容器内にカルシウムイオンを含みアルカリ環境下にpH調整を行った水溶液と金属粉を入れ、次いで、リン酸イオンを含む水溶液を添加し、混合後の水溶液中のpHを7以上、Ca/Pを所望の比に調製する。水溶液を調整後、水溶液と水溶液中の金属粉を解砕させながら、混合することが好ましい。この場合、添加順序を変えてリン酸イオンを含む水溶液と金属粉を入れ、後からカルシウムイオンを含む水溶液を添加してもよい。またリン酸イオンを含む水溶液と金属粉及び、カルシウムイオンを同時に入れてもよい。
カルシウムイオンとしては、カルシウム化合物に由来するものであれば特に制限はない。具体的には、例えば、カルシウムイオン源としては、水酸化カルシウム等の無機塩基のカルシウム塩、硝酸カルシウム等の無機酸のカルシウム塩、酢酸カルシウム等の有機酸のカルシウム塩、有機塩基のカルシウム塩等を挙げることができる。前記リン酸源としては、リン酸や、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム等のリン酸塩、ピロリン酸(二リン酸)やメタリン酸などの縮合リン酸を挙げることができる。これらのリン酸化合物のうち、水溶液中でリン酸とカルシウムイオンを与える塩(硝酸塩、酢酸塩、炭酸塩、硫酸塩、塩化物、水酸化物)を反応させることで析出できるものであればいかなるリン酸化合物でもよい。また、混入される不純物の面を考慮すると、リン酸アンモニウム塩を用いて析出させるものが特に良い。
金属粉表面にリン酸カルシウムを形成時の反応溶液は、中性領域〜塩基性領域であることが好ましい。これにより、金属粉表面の酸化を防ぐことができ、尚且つリン酸カルシウムのうち、特にヒドロキシアパタイトを形成させることができる。形成時の反応溶液は、リン酸カルシウム類の溶解度積を考慮してもpH7以上であることが好ましく、より好ましくは8〜11であり、さらに好ましくは10〜11である。ヒドロキシアパタイトは、酸性領域では溶解し、中性域ではヒドロキシアパタイト以外のリン酸カルシウムが析出または混在する。また酸性領域では、金属粉の種類によっては、酸化されてしまい、一部酸化物に変換されてサビを生じて変色するものもある。そのためアンモニア水、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の塩基を用いて、反応液のpHを正確に調整する必要がある。
前記解砕とは、撹拌時において金属粉同士の摩擦や衝突によって金属粉にせん断力がかかることを利用して、金属粉の凝集した部分を解きほぐすことをいう。金属粉を解砕しながら金属粉を含む水溶液を混合する方法としては、プラネタリーミキサー、ボールミル、ビーズミル、ジェットミル、ミックスローター、エバポレーター、超音波分散、などの湿式撹拌(混合)可能であるものであれば、いかなるものも使用できる。中でも、ミックスローターなどで回転数を調節し、サンプルに応じた撹拌を行うことが好ましい。金属粉の中でも圧粉磁心用の鉄粉は、アトマイズ法で製造され、比較的広い粒度分布を有し、粉砕不十分な粗大な鉄粉や鉄粉同士の凝集がみられる。粗大な粉末の混入は、磁気特性や成形体密度の低下要因にもなりうるため、このような撹拌を行うことで、磁気特性や成形体密度の低下を防ぎながら、金属粉にリン酸カルシウムを被覆することが可能となる。
上記撹拌速度としては、使用する容器の容積と使用する金属粉の質量や見掛け体積、また水溶液の体積によって、その最適回転速度は変化するが、例えば容器の容積1000cm3、使用する金属粉300g、水溶液の体積が金属粉の見かけ体積の120〜130%の場合、30〜300rpmが好ましく、40〜100rpmがより好ましい。この際、容器の回転に伴い、金属粉が容器内壁を適度に流動することが必要とされ、300rpm以上だと、金属粉が流動せずに内壁に張り付いて回転してしまい、結果的に効率的な撹拌が行われない。一方、30rpm未満だと、容器の回転が遅すぎて、金属粉の自重によって容器内底部(撹拌時の一番低い位置)の位置に一定的に留まる状態を引き起こし、撹拌が全く行われない。
金属粉表面へのリン酸カルシウムの形成時の反応温度は、室温でも特に問題はないが、温度を高めることで反応を促進させ、形成に要する時間を短縮することもできる。反応温度としては、50℃以上であることが好ましく、70℃以上であることがより好ましい。
金属粉表面へのリン酸カルシウムの形成時の反応時間としては、カルシウムイオンを含む水溶液とリン酸イオンを含む水溶液の濃度により異なる。各イオンを含む溶液の濃度は、それぞれ0.003〜1.0Mの範囲であることが好ましい。各イオンを含む溶液の濃度は、それぞれ0.001〜2.0Mの範囲が好ましく、0.1〜1.0Mの範囲とすることがより好ましい。この場合の反応時間としては、1〜10時間とすることが好ましく、2〜5時間であることがより好ましい。2.0M以上だと、金属同士が凝集しやすくなり、成形体とした際の低密度が問題となる。一方、0.01M以下だと、反応時間が必要以上に長くなり、選定した材料次第では、金属粉の均一な被覆が困難となる。また反応時間が少ない場合、例えば1〜10分程度では、金属粉表面に目的とするリン酸カルシウムの生成が不十分であり、収率低下、絶縁性(比抵抗)の不足を招く。
金属粉表面へのリン酸カルシウムの形成時の水溶液量としては、容器の回転とともに金属粉が効率的に流動できる量が必要とされ、使用する金属粉のみかけ体積の100〜200%が好ましく、110〜140%がより好ましく、120〜130%が最も好ましい。
次に、金属酸化物について説明する。本実施形態に関する金属酸化物は、水中で金属粉表面にリン酸カルシウムを形成させる際または形成後に、該水溶液中に金属酸化物を添加することで、金属粉表面に金属酸化物を形成させる。金属酸化物は、金属粉表面上でもリン酸カルシウム上でも、どちらに形成してもかまわない。前述したリン酸カルシウムと金属酸化物を用いて、無機物による均一な絶縁層を形成させることで高い比抵抗が得られる。
金属酸化物は、粉末状のものを使用してもよいが、スラリー状のものの方が好ましい。すなわち、金属酸化物は溶媒(水や有機溶剤)中で凝集せずに分散していることが好ましい。上記金属酸化物を金属粉表面に形成させる工程において、金属酸化物の添加は、リン酸カルシウムの形成時または形成後に添加する。これは、金属粉のリン酸カルシウムによる被覆は、水を溶媒として行うため、金属酸化物の滴下手順は、特に限定されないという意味である。形成時に金属酸化物を投入するとリン酸カルシウムと金属酸化物が混在することになり、鉄粉全体にわたりリン酸カルシウムと金属酸化物の分布が均一で、尚且つ密な層が形成される。一方、リン酸カルシウム層形成後、金属酸化物を添加した場合には、リン酸カルシウム層表面に微細な金属酸化物膜が形成される。特に、成形体作製時にクラックの生じやすい凹凸のある表面部位に集中して金属酸化物が付着するため緩衝材としての効果がより高くなる。
金属酸化物としては、酸化アルミニウム、酸化チタン、酸化セリウム、酸化イットリウム、酸化亜鉛、酸化珪素、酸化錫、酸化銅、酸化ホルミウム、酸化ビスマス、酸化コバルト、酸化インジウムなどが挙げられる。これらの金属酸化物は、単独で又は二種類以上組み合わせて使用することができ、粉末のまま投入してもよいが、スラリーのような形態が好ましい。目的とする金属酸化物の粉末を適当な溶媒(水や有機溶媒)に分散させて使用することでより均一な微粒子膜を形成させることができる。
金属酸化物の分散方法は、特に限定されないが、具体的には、ビーズミル、ジェットミルなどの機器を用いた粉砕方法や、超音波分散などが例示できる。またスラリーとして販売されている製品をそのまま使用してもよい。形状は、球状、ダルマ状などの様々なものがあるが、特に制限はない。具体的なスラリー製品としては、シーアイ化成株式会社製のNanoTek Slurryシリーズや扶桑化学工業株式会社のクォートロンPLシリーズやSPシリーズ、日産化学工業株式会社製のスノーテックスシリーズ(コロイダルシリカ、オルガノゾル)、アルミナゾル、ナノユース、株式会社アドマテックスのアドマファインなどが例示できる。
金属酸化物の粒子径としては、様々な大きさのものが使用できるが、成膜性のためにはサブミクロン以下の粒子径であることが好ましい。これら金属酸化物の(平均)粒子径は、動的光散乱法やレーザー回折法などの機器分析を用いて測定することができる。またリン酸カルシウム表面に形成された微細な金属酸化物をSEMなどの電子顕微鏡や光学顕微鏡などを用いた直接観察して測定することもできる。直接観察した際は、例えば、1枚の走査型電子顕微鏡写真内から任意に当該金属酸化物粒子10個選定し、10個の各々の測定値を得、この各々の測定値の総和を10で除した“平均値”を粒子径と言う。以下、単に粒子径とのみ記載する。
金属酸化物の粒子径としては、(平均)粒子径で10nm以上350nm以下であることが好ましい。粒子径の大きな金属酸化物を用いるほど、絶縁性に優れ、粒子径の細かな金属酸化物を用いるほど、成形体にした際の強度や成形体密度が高くなる傾向にある。また金属粉表面の被覆率を向上させる点、また金属酸化物層をより密なものとする点で、粒子径の異なる金属酸化物を併用することもできる。金属粉表面に堆積する比較的大きな金属酸化物間に細かな金属酸化物微粒子が混在することで、高密度な絶縁物形成が可能となる。また金属粉表面の凸部・曲部では、粒子径が100nm以上の金属酸化物では、均一な被膜形成が困難である。金属酸化物での被膜形成の難しい凸部・曲部では、粒子径で100nm未満、より好ましくは50nm以下の金属酸化物を用いることで被膜の均一性を向上させることができる。
金属酸化物を分散させる溶媒としては、特に制限はなく、具体的には、メタノールやエタノール、イソプロピルアルコールなどに代表されるアルコール系溶剤、アセトン、メチルエチルケトンに代表されるケトン系溶剤、トルエンに代表される芳香族系溶剤が挙げられる。また水を用いても何ら問題ない。
なお、金属酸化物の添加量は使用する金属粉100質量部に対し、0.05〜2.0質量部とすることが好ましい。添加量が0.05質量部以上であれば、金属酸化物が金属粉に均一に被覆でき、絶縁性(比抵抗)の向上効果が得られる傾向がある。一方2.0質量部以下であれば、圧粉磁心にした際に成形体密度の低下を防ぎ、かつ得られる圧粉磁心の抗折強度の低下も防ぐことができる傾向がある。
次に、有機ケイ素化合物について説明する。有機ケイ素化合物としては、アルコキシシラン又はその反応物、シリコーン樹脂が挙げられるがシリコーン樹脂がより好ましい。シリコーン樹脂としては、下記(1)、(2)及び(3)の化合物の少なくとも1種を含有するものが好ましい。(1)2官能性のシロキサン単位(D単位)からなるポリオルガノシロキサン(例えば、ポリジメチルシロキサン、ポリメチルフェニルシロキサン)(2)1官能性のシロキサン単位(M単位)、3官能性のシロキサン単位(T単位)及び4官能性のシロキサン単位(Q単位)の少なくとも1つからなるポリオルガノシロキサン(例えば、M単位とQ単位とからなるMQレジン)と、2官能性のシロキサン単位(D単位)をからなるポリオルガノシロキサン(例えば、ポリジメチルシロキサン、ポリメチルフェニルシロキサン)との混合物(この混合物は室温で粘着性を有するのもであっても、加熱により粘着性を生じるものであってもよい)(3)1官能性のシロキサン単位(M単位)、3官能性のシロキサン単位(T単位)及び4官能性のシロキサン単位(Q単位)の少なくとも1つと、2官能性のシロキサン単位(D単位。例えば、ジメチルシロキサン単位、メチルフェニルシロキサン単位)とからなるポリオルガノシロキサン(D単位の数は、M単位、T単位及びQ単位の合計数より多いことが好ましい。)当該ポリオルガノシロキサンとしては、T単位及びQ単位の少なくとも1つと、D単位とからなるオルガノシロキサンが好ましい。
シリコーン樹脂は、硬化型(特には熱硬化型)のシリコーン樹脂が好ましい。このシリコーン樹脂被膜は、無機絶縁物の表面を被覆する絶縁被膜として機能するのみならず、構成粒子間の結合するバインダとしても機能する。シリコーン樹脂がゲル化する変態温度はシリコーン樹脂の種類によって異なるため一概に特定することはできないが、ほぼ150〜300℃程度である。この温度に加熱することで軟磁性粉末の粒子表面に付着したシリコーン樹脂は硬質なシリコーン樹脂被膜となる。このシリコーン樹脂被膜は、温度の上昇に伴い、シロキサン結合が進行するため、焼鈍等の高温加熱処理を行うことで部分的な架橋から全体的な架橋となり、被膜強度が向上する。また、このシリコーン樹脂皮膜は耐熱性に優れるため、成形後の圧粉磁心に対して焼鈍等の高温加熱を行っても破壊等されず、前記の架橋が一層進行して、磁心用粉末の粒子同士の結合が強化される。
シリコーン樹脂は、熱によって縮合・硬化する加熱硬化型と、室温で硬化する室温硬化型に大別される。前者は熱を加えることで官能基が反応しシロキサン結合が起こることで架橋が進行し、縮合・硬化が生じる。一方、後者は加水分解反応により室温で官能基が反応し、シロキサン結合が起こることで架橋が進行し、縮合・硬化する。シリコーン樹脂のシラン化合物の官能基数は、1から最大で4つまである。本発明で用いるシリコーン樹脂の官能基数に制限はないが、3または4の官能性シラン化合物を有するシリコーンを用いることで架橋密度が高くなり好ましい。
シリコーン樹脂の種類としては、レジン系をはじめ、シラン化合物系、ゴム系シリコーン、シリコーンパウダー、有機変性シリコーンオイル、またはそれら複合物など、用途によって形態が異なる。本発明では、いずれのシリコーン樹脂を用いても良い。もっとも、レジン系のコーティング用シリコーン樹脂、すなわち、シリコーンのみで構成されているストレートシリコーンレジンあるいはシリコーンと有機系ポリマー(アルキド、ポリエステル、エポキシ、アクリルなど)とで構成されている変性用シリコーンレジンを用いると、耐熱性、耐候性、耐湿性、電気絶縁性、被覆する際の簡便性の点で好ましい。
シリコーン樹脂としては、Si上の官能基が、メチル基またはフェニル基となっているメチルフェニルシリコーン樹脂が一般的である。フェニル基を多く持つ方が、耐熱性に優れる傾向にあるためより好ましい。なお、シリコーン樹脂のメチル基とフェニル基の比率や官能性については、FT−IR等で分析可能である。本発明で使用されるシリコーン樹脂としては、たとえば東レダウコーニング株式会社製の、SH805、SH806A、SH840、SH997、SR620、SR2306、SR2309、SR2310、SR2316、DC12577、SR2400、SR2402、SR2404、SR2405、SR2406、SR2410、SR2411、SR2416、SR2420、SR2107、SR2115、SR2145、SH6018、DC6−2230、DC3037、DC3074、QP8−5314、217-Flake Resinや、モメンティブ・パフォーマンス株式会社製のYR3370、YR3286、TSR194、TSR125R、信越化学工業株式会社製のKR251、KR255、KR114A、KR112、KR2610B、KR2621−1、KR230B、KR220、KR220L、KR285、K295、KR300、KR2019、KR2706、KR165、KR166、KR169、KR2038、KR221、KR155、KR240、KR101−10、KR120、KR105、KR271、KR282、KR311、KR211、KR212、KR216、KR213、KR217、KR9218、SA−4、KR206、KR5206、ES1001N、ES1002T、ES1004、KR9706、KR5203、KR5221、X−52−1435などが挙げられる。ここに挙げた以外のシリコーン樹脂を使用しても構わない。また、これらの物質、あるいはこれらの原料物質を変成したシリコーン樹脂を使用しても構わない。さらに、種類、分子量、官能基が異なる2種以上のシリコーン樹脂を、適当な割合で混合したシリコーン樹脂を使用しても構わない。
シリコーン樹脂被膜の付着量は、金属粉に対して、0.01〜0.8質量%となるように調整することが好ましい。0.01質量%より少ないと、絶縁性に劣り、電気抵抗が低くなる。一方、0.8質量%より多く加えると、加熱乾燥後の粉末がダマになりやすく、またそのようなダマ状の粉末を用いて作製する成形体の高密度化が達成しにくく、成形時に被膜が破壊されてしまうため渦電流損の低減も不十分となりやすい。
シリコーン樹脂被膜は、アルコール類や、ケトン類、トルエン、キシレン等の石油系有機溶剤等にシリコーン樹脂を溶解させ、この溶液と鉄粉とを混合して有機溶媒を揮発させることにより形成することができる。被膜形成条件は、特に限定されるわけではないが、固形分が0.5〜5.0質量%になるように調製した樹脂溶液を、前記した絶縁粒子によって被覆された磁性粉末100質量部に対し、0.5〜10質量部程度添加して混合し、乾燥すればよい。0.5質量部より少ないと混合に時間がかかることや、被膜が不均一になる恐れがある。一方、10質量部を超えると溶液量が多いため乾燥に時間がかかったり、乾燥が不充分になる恐れがある。樹脂溶液は適宜加熱しておいても構わない。
シリコーン樹脂被膜の厚みは、磁束密度の低下に大きく影響を与える。そのため10〜500nmが好ましい。より好ましい厚みは20〜200nmである。また無機絶縁物とシリコーン樹脂被膜との合計厚みは100nm〜1500nmとすることが好ましい。
シリコーン樹脂の乾燥工程は、用いた有機溶剤が揮発する温度で、かつシリコーン樹脂の硬化温度未満に加熱して有機溶剤を充分に蒸発揮散させることが望ましい。具体的な乾燥温度としては、各有機溶媒の沸点以上の温度で行うことになるが、例えば、ケトン類などの溶媒を用いた場合の乾燥の具体例としては、100〜250℃で10〜60分の加熱乾燥を行うとよく、より好ましくは120〜200℃で10〜30分加熱乾燥することが好適である。
前記乾燥工程では、樹脂被膜の乾燥(溶媒の除去)とともにシリコーン樹脂の予備硬化を目的としている。シリコーン樹脂を塗布した粉末は,真空乾燥した場合は,表面がべとつきハンドリング性に悪い。そのため,必要に応じて予備硬化を行うことで成形時の磁性粉末の流れ性の確保や成形体におけるクラック発生を抑制することができる。具体的な手法としては、シリコーン樹脂被膜が形成された磁性粉末を、シリコーン樹脂の硬化温度近傍で短時間加熱する。この予備硬化と硬化との違いは、予備硬化では、粉末同士が完全に接着固化することなく、容易に解砕が可能であるのに対し、粉末の成形後に行う高温加熱処理工程(焼鈍)では、樹脂が硬化して粉末同士が接着固化して成形体強度が向上する。
上記したように、シリコーン樹脂を予備硬化させた後、解砕することで金型充填時に流動性に優れた粉末が得られる。予備硬化させないと、例えば温間成形の際に粉末同士が付着して、成形型への短時間での投入が困難となることがある。実操業上、ハンドリング性の向上は非常に有意義であり、予備硬化させることによって、得られる圧粉磁心の比抵抗が向上することが見出されている。この理由は明確ではないが、硬化の際の鉄粉との密着性が上がるためではないかと考えられる。また必要に応じて乾燥後に凝集ダマを除くことを目的として、目開き300〜500μm程度の篩を通過させてもよい。
(圧粉磁心の製造)
圧粉磁心は、上述した被覆金属粉を加圧及び加熱する工程を含む製造方法で得ることができる。ここで圧粉磁心の製造方法は、被覆金属粉に必要に応じて潤滑剤を混合し、それを加圧及び加熱する工程を含んでもよい。即ちこの圧粉磁心は、被覆金属粉に必要に応じて潤滑剤を混合し、それを加圧及び加熱して得られても構わない。また潤滑剤は、適当な分散媒に分散して分散液とし、それを金型ダイス内壁面(パンチと接触する壁面)に塗布、乾燥してから使用することもできる。
作製した被覆金属粉は、大きく磁心用粉末を成形用金型へ充填する充填工程と、この圧粉磁心用金属粉を加圧成形する成形工程とを経て圧粉磁心と呼ばれる成形体となる。成形用金型へ充填した圧粉磁心用被覆金属粉(上記混合粉末を含む)の加圧成形は、冷間、温間、熱間を問わず、粉末中に内部潤滑剤等を混合した一般的な成形法により行っても良い。しかし、高密度化による磁気特性の向上を図る観点から、次に述べる金型潤滑温間加圧成形法を採用するのがより好ましい。これにより、成形圧力を大きくしても、成形用金型の内面と被覆金属粉との間でかじりを生じたり抜圧が過大となったりせず、金型寿命の低下も抑制できる。そして、高密度な圧粉磁心を試験レベルではなく、工業レベルで量産可能となる。
潤滑剤としては、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸リチウムなどの金属石鹸、ワックス等の長鎖炭化水素、シリコーンオイル等が使用できる。
成形工程における加圧の程度は、成形圧力を980〜1480MPaとするとことが金型寿命や生産性の観点から好ましい。
被覆金属粉を加圧成形すると、その内部には残留応力や残留歪を生じる。これを除去するために、成形体を加熱、徐冷する熱処理工程(焼鈍)を施すと好適である。これにより、ヒステリシス損が低減される。また、交番磁界に対する追従性等の良好な圧粉磁心が得られる。なお、焼鈍工程で除去される残留歪等は、成形工程前から金属粉内に蓄積された歪等であっても良い。
残留歪等は、熱処理温度が高い程、有効に除去される。最も、耐熱性を有する有機ケイ素処理絶縁層であっても少なくとも部分的な破壊を生じる。そこで、有機ケイ素処理絶縁層の耐熱性をも考慮して熱処理温度を決定することが好ましい。例えば、熱処理温度を600〜800℃とすると、残留歪の除去と有機ケイ素処理絶縁層の保護の両立を図れる。加熱時間は、効果と経済性とから考えて、1〜300分、好ましくは10〜60分である。
熱処理を行うときの雰囲気は、非酸化雰囲気中が好ましい。例えば、真空雰囲気や不活性ガス(H2、N2、Ar)雰囲気である。なお、熱処理工程を非酸化雰囲気中で行うのは、圧粉磁心やそれを構成する磁性粉末が過度に酸化されて、磁気特性や電気特性が低下するのを抑止するためである。具体的には、FeOの生成やFe2SiO4層が生成する場合がある。
上述した被覆金属粉を用いて作製した圧粉磁心は、例えば、モータ(特に、コアやヨーク)、アクチュエータ、リアクトルコア、トランス、誘導加熱器(IH)、スピーカ等の様々な電磁機器に利用できる。特に、この圧粉磁心は、高磁束密度と共に焼鈍等によるヒステリシス損の低減も図れ、比較的低周波数域で使用される機器等においても適応可能である。
本発明をさらに詳細に説明するため、以下、実施例で説明する。なお、本件発明はこの実施例に限定されるものではない。
〔被覆金属粉の作製〕
(実施例1)
水300ml中に最大粒子径75μm以下に分級した鉄粉(ヘガネスAB製、ABC100.30)1kgを投入し、撹拌しながら表1に示すリン酸カルシウム6gを投入し、100rpm×30分間撹拌することで鉄粉表面にリン酸カルシウムを付着させた(第1層形成)。
次いで、金属酸化物を付着させる工程として、表1に示すコロイダルシリカ(水分散スラリー)をSiO2として8gとなるように投入し、30分間撹拌を続けて付着させた(第2層形成)。
ここで一旦、乾燥処理を行った後、シリコーン樹脂(信越シリコーン製:KR311)と混練処理し、乾燥処理することで、有機ケイ素処理絶縁層を備えた被覆金属粉とした。なお、従来技術として、同じ鉄粉にリン酸被覆処理のみを行い、乾燥させて作製したリン酸被覆処理粉と市販品の絶縁処理粉(ヘガネスAB製)を用意した。
(実施例2)
実施例1において第2層に用いたSiO2を、粒子径が125nmのSiO2に変更した以外は実施例1と同様の方法で被覆金属粉を作製した。
(実施例3)
実施例1において第2層に用いたSiO2を、Al2O3に変更した以外は実施例1と同様の方法で被覆金属粉を作製した。
(実施例4)
実施例1において第2層に用いたSiO2を、TiO2に変更した以外は実施例1と同様の方法で被覆金属粉を作製した。
(実施例5)
実施例1において第2層に用いたSiO2を、Zr2O2に変更した以外は実施例1と同様の方法で被覆金属粉を作製した。
(実施例6)
実施例1において第2層に用いたSiO2を、Y2O3に変更した以外は実施例1と同様の方法で被覆金属粉を作製した。
(実施例7)
実施例1において第1層に用いたヒドロキシアパタイト(Ca(PO4)6(OH)2)を、リン酸一カルシウム(Ca(H2PO4)2)に変更した以外は実施例1と同様の方法で被覆金属粉を作製した。
(実施例8)
実施例1において第1層に用いたヒドロキシアパタイト(Ca(PO4)6(OH)2)を、リン酸ニカルシウム(CaHPO4)に変更した以外は実施例1と同様の方法で被覆金属粉を作製した。
(実施例9)
実施例1において第1層に用いたヒドロキシアパタイト(Ca(PO4)6(OH)2)を、β型リン酸三カルシウム(Ca3(PO4)2)に変更した以外は実施例1と同様の方法で被覆金属粉を作製した。
(実施例10)
実施例1において第3層に用いたシリコーン樹脂(信越化学工業株式会社製:KR311を、モメンティブ・パフォーマンス社製:YR3286に変更した以外は実施例1と同様の方法で被覆金属粉を作製した。
(実施例11)
実施例1において第3層に用いたシリコーン樹脂(信越化学工業株式会社製:KR311を、モメンティブ・パフォーマンス社製:TSR194)に変更した以外は実施例1と同様の方法で被覆金属粉を作製した。
(実施例12)
第1層であるリン酸カルシウム層を湿式にて合成する方法を検討した。
硝酸カルシウム四水和物(和光純薬工業株式会社製)14.2g、及びリン酸二水素アンモニウム4.15をそれぞれ純水150gに溶解させた。次いで、プラスチック製の容器内に最大粒子径75μm以下の鉄粉(ヘガネスAB製、ABC100)1kgと前記硝酸カルシウム水溶液及びリン酸二水素アンモニウム水溶液を投入し、アンモニア水を徐々に滴下することで水溶液のpHを9に調整してヒドロキシアパタイトを析出させた。アンモニア水滴下後、直ちに容器に封をして回転数100rpmにて30分間撹拌することでヒドロキシアパタイトを鉄粉表面に形成させた。
次いで、金属酸化物を付着させる工程として、粒子径60nmのコロイダルシリカ(水分散スラリー)をSiO2として8gとなるように投入し、再度回転数100rpmにて30分間撹拌を行った。
得られたコート鉄粉を濾過・乾燥処理した後、シリコーン樹脂(信越シリコーン製:KR311)と混練処理した。
(実施例13)
実施例12において、第2層に用いた粒子径60nmのSiO2に代えて、粒子径125nmのSiO2を用いたこと以外は実施例12と同様にして被覆金属粉を作製した。
(比較例1)
実施例1において、第1層にヒドロキシアパタイトのみを金属粉表面に形成された被覆金属粉を作製した。
(比較例2)
実施例1において、第1層にヒドロキシアパタイトと第2層にSiO2のみからなる被覆金属粉を作製した。
(比較例3)
最大粒子径75μm以下に分級した鉄粉(ヘガネスAB製、ABC100.30)にリン酸被覆処理のみを行い、乾燥させて被覆金属粉を作製した。
(比較例4)
市販のヘガネス社製の「Somaloy110i1P」を用意した。
〔抗折試験用試験片の作製方法〕
得られた磁心用粉末15gを秤量し、12mm×34mmの成形金型内にアルコールで分散させたステアリン酸リチウムを塗布し、磁心用粉末、成形金型を130℃に加熱した状態で磁心用粉末を成形金型内に充填し、2000kNアムスラー型万能試験機にて成形圧力980〜1480MPaで密度7.3Mg/m3〜7.35Mg/m3の抗折試験片(12×34×5mm)を複数個作製した。
密度は乾燥重量、水中重量から算出されるアルキメデス法を用い測定を実施した。
〔加熱工程〕
作製したリング成形体及び抗折試験片は雰囲気調整誘導加熱炉にてN2雰囲気下、昇温速度10℃/minとし、650℃の温度で30分間加熱処理を実施した。30分間の加熱後は炉冷にて冷却し、圧粉磁心を得た。
〔鉄損測定〕
鉄損は励磁磁束密度、周波数によるエネルギー損失を示し、損失が低い程高効率な材料であることを示す。
鉄損測定は岩通計測製SY−8232を用い評価した。圧粉磁心の内径、外径、全長寸法、重量を測定後、圧粉磁心表層に絶縁紙を巻きまわした後に検出用、励磁用の巻線を施した。検出用銅線の巻線数は20ターンとし、励磁用銅線の巻線数は60ターンとし、試験片とした。
励磁磁束密度は0.1T一定とし、周波数は5kHz、10kHz、20kHzとし、各々で鉄損を測定した。
〔最大比透磁率測定〕
最大比透磁率測定は理研電子製B−Hアナライザを用いて評価した。圧粉磁心の内径、外径、全長寸法、重量を測定後、圧粉磁心表層に絶縁紙を巻きまわした後に検出用、励磁用の巻線を施した。検出用銅線はφ0.26mmとし、20ターン巻きまわし、励磁用銅線はφ0.5mmとし、200ターン巻きまわし、リング試験片とした。
磁化力Hの最大値は10000A/mとし、磁化力を変化させ磁束密度Bの変化から比透磁率を測定し、その最大値を最大比透磁率とした。
〔抗折強度〕
抗折試験はJIS−Z−2248に準拠し、精密万能試験機(オートグラフ)を用い、3点曲げ試験を実施した。支点間距離は25.4mmとし、加圧速度は0.5mm/minとし、最大試験力から抗折強度を求めた。
〔比抵抗〕
磁心用粉末を用いて得られる圧粉磁心の比抵抗値は、前記焼鈍後のリング成形体のプレス面を4端針測定器で測定した。その際、成形時、焼鈍時に表層部に残留した潤滑剤の影響を除くため、プレス面を400〜600番の研磨紙にて研磨し、表層部の残渣を除去した後に比抵抗測定を実施した。
〔L−I特性〕
L−I特性は交流電流下において重畳電流(I)を印加した際のインダクタンス(L)を評価する方法であり、無重畳(0A)でのインダクタンス値に対し付加した電流下でのインダクタンス値の低下が低い程良好である。
インダクタンス値はコア形状、コア重量、銅線の巻線数によっても変動するため、評価はφ20×φ30×5mm、14.5g一定とし、銅線はφ1.0mmとし、20ターン巻きまわし評価を実施した。
評価は國洋電機製LCRメータLM−2101Bを用い、周波数は10kHzとし、無重畳(0A)から50mSecおきに1Aずつ印加電流を増加し、最大印加電流を30Aとし各印加電流でのインダクタンスを測定した。その際の無重畳時のインダクタンス値に対する30Aでのインダクタンス値の降下率を評価した。
〔エネルギー分散形X線分析(EDX分析)〕
イオンミリング装置(日立ハイテクノロジーズ社製:E−3500)を用いて加速電圧6kV、放電電圧:4kV、スイング速度:1(単位なし)の条件で成形体端部の断面研磨を行い、エネルギー分散型分析装置(オックスフォード・インストゥルメンツ株式会社製 INCA Energy350)を用いて加速電圧:15kV,蒸着物質:Pt−Pd,資料傾斜角度:0℃の条件にて断面のEDX元素マッピング分析を行った。
実施例1〜13及び比較例1〜4の圧粉磁心の鉄損、最大透磁率、抗折強度、比抵抗及びL−I特性の評価結果を表1に示す。また、図2に実施例1で得られた圧粉磁心のEDX分析結果を示す。図2(a)は、実施例1で得られた圧粉磁心のSEM像であり、(b)は、FeEDX分析結果である。図3にCa、O、P、及びSiのEDX分析結果を示す。
第2層(金属酸化物)がコロイダルシリカ(SiO2)の試料ならびに金属酸化物がAl2O3、TiO2、ZrO2、Y2O3の試料は、通常のリン酸被覆処理を施した被覆金属粉に比べ鉄損は良好な値を示し、市販品の絶縁被覆を施したものと同等の特性値である。 最大透磁率μmaxは、実施例の試料は、リン酸塩被膜による絶縁処理品や市販品と比べ、最大透磁率は低い値となっている。このため、磁場に対する透磁率の変化も少なくなることが予想される。
得られた圧粉磁心の強度の観点では、有機ケイ素処理絶縁層を備えた圧粉磁心は、良好な強度値を示しており、リン酸塩被覆した被覆金属粉、市販品粉末と同等である。
また、有機ケイ素処理絶縁層を備えた圧粉磁心の比抵抗は、従来技術、比較例に比べ高いため、高周波数領域での安定した鉄損が得られる。
また、図3に示すように、実施例1の圧粉磁心の絶縁層2には、元素としてCa、P、O及びSiが存在することが確認できた。