以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。本実施形態は、自動車に搭載されたコモンレール式筒内直噴型多気筒(例えば直列4気筒)ディーゼルエンジン(圧縮自着火式内燃機関)に本発明を適用した場合について説明する。
−エンジンの構成−
先ず、本実施形態に係るディーゼルエンジン(以下、単にエンジンという)の概略構成について説明する。図1は本実施形態に係るエンジン1及びその制御系統の概略構成図である。また、図2は、ディーゼルエンジンの燃焼室3及びその周辺部を示す断面図である。
図1に示すように、本実施形態に係るエンジン1は、燃料供給系2、燃焼室3、吸気系6、排気系7等を主要部とするディーゼルエンジンシステムとして構成されている。
燃料供給系2は、サプライポンプ21、コモンレール22、インジェクタ(燃料噴射弁)23、遮断弁24、燃料添加弁26、機関燃料通路27、添加燃料通路28等を備えて構成されている。
上記サプライポンプ21は、燃料タンクから燃料を汲み上げ、この汲み上げた燃料を高圧にした後、機関燃料通路27を介してコモンレール22に供給する。コモンレール22は、サプライポンプ21から供給された高圧燃料を所定圧力に保持(蓄圧)する蓄圧室としての機能を有し、この蓄圧した燃料を各インジェクタ23に分配する。インジェクタ23は、その内部に圧電素子(ピエゾ素子)を備え、適宜開弁して燃焼室3内に燃料を噴射供給するピエゾインジェクタにより構成されている。このインジェクタ23からの燃料噴射制御の詳細については後述する。
また、上記サプライポンプ21は、燃料タンクから汲み上げた燃料の一部を、添加燃料通路28を介して燃料添加弁26に供給する。添加燃料通路28には、緊急時において添加燃料通路28を遮断して燃料添加を停止するための上記遮断弁24が備えられている。
また、上記燃料添加弁26は、ECU100による添加制御動作によって排気系7への燃料添加量が目標添加量(排気A/Fが目標A/Fとなるような添加量)となるように、また、燃料添加タイミングが所定タイミングとなるように開弁時期が制御される電子制御式の開閉弁により構成されている。つまり、この燃料添加弁26から所望の燃料が適宜のタイミングで排気系7(排気ポート71から排気マニホールド72)に噴射供給される構成となっている。
吸気系6は、シリンダヘッド15(図2参照)に形成された吸気ポート15aに接続される吸気マニホールド63を備え、この吸気マニホールド63に、吸気通路を構成する吸気管64が接続されている。また、この吸気通路には、上流側から順にエアクリーナ65、エアフローメータ43、スロットルバルブ(吸気絞り弁)62が配設されている。上記エアフローメータ43は、エアクリーナ65を介して吸気通路に流入される空気量に応じた電気信号を出力するようになっている。
また、この吸気系6には、燃焼室3内でのスワール流(水平方向の旋回流)を可変とするためのスワールコントロールバルブ(スワール速度可変機構)66が備えられている(図2参照)。具体的に、上記吸気ポート15aとしては、ノーマルポート及びスワールポートの2系統が各気筒毎に備えられており、そのうち図2に示されているノーマルポート15aに、開度調整可能なバタフライバルブで成るスワールコントロールバルブ66が配置されている。このスワールコントロールバルブ66には図示しないアクチュエータが連繋されており、このアクチュエータの駆動によって調整されるスワールコントロールバルブ66の開度に応じてノーマルポート15aを通過する空気の流量が変更できるようになっている。そして、スワールコントロールバルブ66の開度が大きいほど、ノーマルポート15aから気筒内に吸入される空気量が増加する。このため、スワールポート(図2では図示省略)により発生したスワールは相対的に弱まり、気筒内は低スワール(スワール速度が低い状態)となる。逆に、スワールコントロールバルブ66の開度が小さいほど、ノーマルポート15aから気筒内に吸入される空気量が減少する。このため、スワールポートにより発生したスワールは相対的に強められ、気筒内は高スワール(スワール速度が高い状態)となる。
排気系7は、シリンダヘッド15に形成された上記排気ポート71に接続される排気マニホールド72を備え、この排気マニホールド72に対して、排気通路を構成する排気管73,74が接続されている。また、この排気通路には、NOx吸蔵触媒(NSR触媒:NOx Storage Reduction触媒)75及びDPNR触媒(Diesel Paticulate−NOx Reduction触媒)76を備えたマニバータ(排気浄化装置)77が配設されている。以下、これらNSR触媒75及びDPNR触媒76について説明する。
NSR触媒75は、吸蔵還元型NOx触媒であって、例えばアルミナ(Al2O3)を担体とし、この担体上に例えばカリウム(K)、ナトリウム(Na)、リチウム(Li)、セシウム(Cs)のようなアルカリ金属、バリウム(Ba)、カルシウム(Ca)のようなアルカリ土類、ランタン(La)、イットリウム(Y)のような希土類と、白金(Pt)のような貴金属とが担持された構成となっている。
このNSR触媒75は、排気中に多量の酸素が存在している状態においてはNOxを吸蔵し、排気中の酸素濃度が低く、かつ還元成分(例えば燃料の未燃成分(HC))が多量に存在している状態においてはNOxをNO2若しくはNOに還元して放出する。NO2やNOとして放出されたNOxは、排気中のHCやCOと速やかに反応することによってさらに還元されてN2となる。また、HCやCOは、NO2やNOを還元することで、自身は酸化されてH2OやCO2となる。即ち、NSR触媒75に導入される排気中の酸素濃度やHC成分を適宜調整することにより、排気中のHC、CO、NOxを浄化することができるようになっている。本実施形態のものでは、この排気中の酸素濃度やHC成分の調整を上記燃料添加弁26からの燃料添加動作によって行うことが可能となっている。
一方、DPNR触媒76は、例えば多孔質セラミック構造体にNOx吸蔵還元型触媒を担持させたものであり、排気ガス中のPMは多孔質の壁を通過する際に捕集される。また、排気ガスの空燃比がリーンの場合、排気ガス中のNOxはNOx吸蔵還元型触媒に吸蔵され、空燃比がリッチになると、吸蔵したNOxは還元・放出される。さらに、DPNR触媒76には、捕集したPMを酸化・燃焼する触媒(例えば白金等の貴金属を主成分とする酸化触媒)が担持されている。
ここで、ディーゼルエンジンの燃焼室3及びその周辺部の構成について、図2を用いて説明する。この図2に示すように、エンジン本体の一部を構成するシリンダブロック11には、各気筒(4気筒)毎に円筒状のシリンダボア12が形成されており、各シリンダボア12の内部にはピストン13が上下方向に摺動可能に収容されている。
ピストン13の頂面13aの上側には上記燃焼室3が形成されている。つまり、この燃焼室3は、シリンダブロック11の上部にガスケット14を介して取り付けられたシリンダヘッド15の下面と、シリンダボア12の内壁面と、ピストン13の頂面13aとにより区画形成されている。そして、ピストン13の頂面13aの略中央部には、キャビティ(凹陥部)13bが凹設されており、このキャビティ13bも燃焼室3の一部を構成している。
尚、このキャビティ13bの形状としては、その中央部分(シリンダ中心線P上)では凹陥寸法が小さく、外周側に向かうに従って凹陥寸法が大きくなっている。つまり、図2に示すようにピストン13が圧縮上死点付近にある際、このキャビティ13bによって形成される燃焼室3としては、中央部分では比較的容積の小さい狭小空間とされ、外周側に向かって次第に空間が拡大される(拡大空間とされる)構成となっている。
上記ピストン13は、コネクティングロッド18の小端部18aがピストンピン13cにより連結されており、このコネクティングロッド18の大端部はエンジン出力軸であるクランクシャフトに連結されている。これにより、シリンダボア12内でのピストン13の往復移動がコネクティングロッド18を介してクランクシャフトに伝達され、このクランクシャフトが回転することでエンジン出力が得られるようになっている。また、燃焼室3に向けてグロープラグ19が配設されている。このグロープラグ19は、エンジン1の始動直前に電流が流されることにより赤熱し、これに燃料噴霧の一部が吹きつけられることで着火・燃焼が促進される始動補助装置として機能する。
上記シリンダヘッド15には、燃焼室3へ空気を導入する上記吸気ポート15aと、燃焼室3から排気ガスを排出する上記排気ポート71とがそれぞれ形成されていると共に、吸気ポート15aを開閉する吸気バルブ16及び排気ポート71を開閉する排気バルブ17が配設されている。これら吸気バルブ16及び排気バルブ17はシリンダ中心線Pを挟んで対向配置されている。つまり、本エンジン1はクロスフロータイプとして構成されている。また、シリンダヘッド15には、燃焼室3の内部へ直接的に燃料を噴射する上記インジェクタ23が取り付けられている。このインジェクタ23は、シリンダ中心線Pに沿う起立姿勢で燃焼室3の略中央上部に配設されており、上記コモンレール22から導入される燃料を燃焼室3に向けて所定のタイミングで噴射するようになっている。
更に、図1に示す如く、このエンジン1には、過給機(ターボチャージャ)5が設けられている。このターボチャージャ5は、タービンシャフト51を介して連結されたタービンホイール52及びコンプレッサホイール53を備えている。コンプレッサホイール53は吸気管64内部に臨んで配置され、タービンホイール52は排気管73内部に臨んで配置されている。このためターボチャージャ5は、タービンホイール52が受ける排気流(排気圧)を利用してコンプレッサホイール53を回転させ、吸気圧を高めるといった所謂過給動作を行うようになっている。本実施形態におけるターボチャージャ5は、可変ノズル式ターボチャージャであって、タービンホイール52側に可変ノズルベーン機構(図示省略)が設けられており、この可変ノズルベーン機構の開度を調整することにより、エンジン1の過給圧を調整することができる。
吸気系6の吸気管64には、ターボチャージャ5での過給によって昇温した吸入空気を強制冷却するためのインタークーラ61が設けられている。
このインタークーラ61よりも更に下流側に設けられた上記スロットルバルブ62は、その開度を無段階に調整することができる電子制御式の開閉弁であり、所定の条件下において吸入空気の流路面積を絞り、この吸入空気の供給量を調整(低減)する機能を有している。
また、エンジン1には、吸気系6と排気系7とを接続する排気還流通路(EGR通路)8が設けられている。このEGR通路8は、排気の一部を適宜吸気系6に還流させて燃焼室3へ再度供給することにより燃焼温度を低下させ、これによってNOx発生量を低減させるものである。また、このEGR通路8には、電子制御によって無段階に開閉され、同通路を流れる排気流量を自在に調整することができるEGRバルブ81と、EGR通路8を通過(還流)する排気を冷却するためのEGRクーラ82とが設けられている。これらEGR通路8、EGRバルブ81、EGRクーラ82等によってEGR装置(排気還流装置)が構成されている。
−センサ類−
エンジン1の各部位には、各種センサが取り付けられており、それぞれの部位の環境条件や、エンジン1の運転状態に関する信号を出力する。
例えば、上記エアフローメータ43は、吸気系6内のスロットルバルブ62上流において吸入空気の流量(吸入空気量)に応じた検出信号を出力する。吸気温センサ49は、吸気マニホールド63に配置され、吸入空気の温度に応じた検出信号を出力する。吸気圧センサ48は、吸気マニホールド63に配置され、吸入空気圧力に応じた検出信号を出力する。A/F(空燃比)センサ44は、排気系7のマニバータ77の下流において排気中の酸素濃度に応じて連続的に変化する検出信号を出力する。排気温センサ45は、同じく排気系7のマニバータ77の下流において排気ガスの温度(排気温度)に応じた検出信号を出力する。レール圧センサ41はコモンレール22内に蓄えられている燃料の圧力に応じた検出信号を出力する。スロットル開度センサ42はスロットルバルブ62の開度を検出する。
−ECU−
ECU100は、図3に示すように、CPU101、ROM102、RAM103及びバックアップRAM104などを備えている。ROM102は、各種制御プログラムや、それら各種制御プログラムを実行する際に参照されるマップ等が記憶されている。CPU101は、ROM102に記憶された各種制御プログラムやマップに基づいて各種の演算処理を実行する。RAM103は、CPU101での演算結果や各センサから入力されたデータ等を一時的に記憶するメモリである。バックアップRAM104は、例えばエンジン1の停止時にその保存すべきデータ等を記憶する不揮発性のメモリである。
以上のCPU101、ROM102、RAM103及びバックアップRAM104は、バス107を介して互いに接続されるとともに、入力インターフェース105及び出力インターフェース106と接続されている。
入力インターフェース105には、上記レール圧センサ41、スロットル開度センサ42、エアフローメータ43、A/Fセンサ44、排気温センサ45、吸気圧センサ48、吸気温センサ49が接続されている。さらに、この入力インターフェース105には、エンジン1の冷却水温に応じた検出信号を出力する水温センサ46、アクセルペダルの踏み込み量に応じた検出信号を出力するアクセル開度センサ47、エンジン1の出力軸(クランクシャフト)が一定角度回転する毎に検出信号(パルス)を出力するクランクポジションセンサ40、外気の圧力を検出する外気圧センサ4A、及び、筒内圧力を検出する筒内圧センサ4Bなどが接続されている。
一方、出力インターフェース106には、上記サプライポンプ21、インジェクタ23、燃料添加弁26、スロットルバルブ62、スワールコントロールバルブ66、及び、EGRバルブ81などが接続されている。また、出力インターフェース106には、その他に、上記ターボチャージャ5の可変ノズルベーン機構に備えられたアクチュエータ(図示省略)も接続されている。
そして、ECU100は、上記した各種センサからの出力、その出力値を利用する演算式により求められた演算値、または、上記ROM102に記憶された各種マップに基づいて、エンジン1の各種制御を実行する。
例えば、ECU100は、インジェクタ23の燃料噴射制御として、パイロット噴射(副噴射)とメイン噴射(主噴射)とを実行する。
上記パイロット噴射は、インジェクタ23からのメイン噴射に先立ち、予め少量の燃料を噴射する動作である。また、このパイロット噴射は、メイン噴射による燃料の着火遅れを抑制し、安定した拡散燃焼に導くための噴射動作であって、副噴射とも呼ばれる。また、本実施形態におけるパイロット噴射は、上述したメイン噴射による初期燃焼速度を抑制する機能ばかりでなく、気筒内温度を高める予熱機能をも有するものとなっている。つまり、このパイロット噴射の実行後、燃料噴射を一旦中断し、メイン噴射が開始されるまでの間に圧縮ガス温度(気筒内温度)を十分に高めて燃料の自着火温度(例えば1000K)に到達させるようにし、これによってメイン噴射で噴射される燃料の着火性を良好に確保するようにしている。
上記メイン噴射は、エンジン1のトルク発生のための噴射動作(トルク発生用燃料の供給動作)である。このメイン噴射での噴射量は、基本的には、エンジン回転数、アクセル操作量、冷却水温度、吸気温度等の運転状態に応じ、要求トルクが得られるように決定される。例えば、エンジン回転数(クランクポジションセンサ40の検出値に基づいて算出されるエンジン回転数)が高いほど、また、アクセル操作量(アクセル開度センサ47により検出されるアクセルペダルの踏み込み量)が大きいほど(アクセル開度が大きいほど)エンジン1のトルク要求値としては高く得られ、それに応じてメイン噴射での燃料噴射量としても多く設定されることになる。また、上記パイロット噴射によって気筒内の予熱が十分に行われている場合には、メイン噴射で噴射された燃料は、直ちに自着火温度以上の温度環境下に晒されて熱分解が進み、噴射後は直ちに燃焼が開始されることになる。
具体的に、ディーゼルエンジンにおける燃料の着火遅れとしては、物理的着火遅れと化学的着火遅れとがある。物理的着火遅れは、燃料液滴の蒸発・混合に要する時間であり、燃焼場のガス温度に左右される。一方、化学的着火遅れは、燃料蒸気の化学的結合・分解かつ酸化発熱に要する時間である。そして、上述した如く気筒内の予熱が十分になされている状況では上記物理的着火遅れを最小限に抑えることができ、その結果、着火遅れも最小限に抑えられることになる。従って、メイン噴射によって噴射された燃料の燃焼形態としては、予混合燃焼が殆ど行われないことになり、大部分が拡散燃焼となる。その結果、メイン噴射の噴射タイミングを制御することがそのまま拡散燃焼の開始タイミングを制御することに略等しくなり、燃焼の制御性を大幅に改善することができる。つまり、メイン噴射で噴射された燃料の予混合燃焼の割合を最小限に抑えることで、メイン噴射での燃料噴射タイミング及び燃料噴射量を制御することによる着火時期及び熱発生量の制御によって燃焼の制御性を大幅に改善することが可能になる。
尚、上述したパイロット噴射及びメイン噴射の他に、アフタ噴射やポスト噴射が必要に応じて行われる。アフタ噴射は、排気ガス温度を上昇させるための噴射動作である。具体的には、供給された燃料の燃焼エネルギがエンジン1のトルクに変換されることなく、その大部分が排気の熱エネルギとして得られるタイミングでアフタ噴射は実行される。また、ポスト噴射は、排気系7に燃料を直接的に導入して上記マニバータ77の昇温を図るための噴射動作である。例えば、DPNR触媒76に捕集されているPMの堆積量が所定量を超えた場合(例えばマニバータ77の前後の差圧を検出することにより検知)、ポスト噴射が実行されるようになっている。
また、ECU100は、エンジン1の運転状態に応じてEGRバルブ81の開度を制御し、吸気マニホールド63に向けての排気還流量(EGR量)を調整する。このEGR量は、上記ROM102に予め記憶されたEGRマップに従って設定される。具体的に、このEGRマップは、エンジン回転数及びエンジン負荷をパラメータとしてEGR量(EGR率)を決定するためのマップである。尚、このEGRマップは、予め実験やシミュレーション等によって作成されたものとなっている。つまり、上記クランクポジションセンサ40の検出値に基づいて算出されたエンジン回転数及びスロットル開度センサ42によって検出されたスロットルバルブ62の開度(エンジン負荷に相当)とをEGRマップに当て嵌めることでEGR量(EGRバルブ81の開度)が得られるようになっている。
更に、ECU100は、上記スワールコントロールバルブ66の開度制御を実行する。このスワールコントロールバルブ66の開度制御としては、燃焼室3内に噴射された燃料の噴霧の単位時間当たり(または単位クランク回転角度当たり)における気筒内の周方向の移動量を変更するように行われる。
−燃料噴射圧−
燃料噴射を実行する際の燃料噴射圧は、コモンレール22の内圧により決定される。このコモンレール内圧として、一般に、コモンレール22からインジェクタ23へ供給される燃料圧力の目標値、即ち目標レール圧は、エンジン負荷(機関負荷)が高くなるほど、及び、エンジン回転数(機関回転数)が高くなるほど高いものとされる。即ち、エンジン負荷が高い場合には燃焼室3内に吸入される空気量が多いため、インジェクタ23から燃焼室3内に向けて多量の燃料を噴射しなければならず、よってインジェクタ23からの噴射圧力を高いものとする必要がある。また、エンジン回転数が高い場合には噴射可能な期間が短いため、単位時間当たりに噴射される燃料量を多くしなければならず、よってインジェクタ23からの噴射圧力を高いものとする必要がある。このように、目標レール圧は一般にエンジン負荷及びエンジン回転数に基づいて設定される。尚、この目標レール圧は例えば上記ROM102に記憶された燃圧設定マップに従って設定される。つまり、この燃圧設定マップに従って燃料圧力を決定することで、インジェクタ23の開弁期間(噴射率波形)が制御され、その開弁期間中における燃料噴射量を規定することが可能になる。
尚、本実施形態では、エンジン負荷等に応じて燃料圧力が30MPa〜200MPaの間で調整されるようになっている。
上記パイロット噴射やメイン噴射などの燃料噴射パラメータについて、その最適値はエンジン1や吸入空気等の温度条件によって異なるものとなる。
例えば、上記ECU100は、コモンレール圧がエンジン運転状態に基づいて設定される目標レール圧と等しくなるように、即ち燃料噴射圧が目標噴射圧と一致するように、サプライポンプ21の燃料吐出量を調量する。また、ECU100はエンジン運転状態に基づいて燃料噴射量及び燃料噴射形態を決定する。具体的には、ECU100は、クランクポジションセンサ40の検出値に基づいてエンジン回転速度を算出するとともに、アクセル開度センサ47の検出値に基づいてアクセルペダルの踏み込み量(アクセル開度)を求め、このエンジン回転速度及びアクセル開度に基づいて総燃料噴射量(パイロット噴射での噴射量とメイン噴射での噴射量との和)を決定する。
−目標燃料圧力の設定−
次に、上記目標燃料圧力の設定手法について説明する。ディーゼルエンジン1においては、NOx発生量やスモーク発生量を削減することによる排気エミッションの改善、燃焼行程時の燃焼音の低減、エンジントルクの十分な確保といった各要求を連立することが重要である。これら要求を連立するための手法として、燃焼行程時における気筒内での熱発生率の変化状態(熱発生率波形で表される変化状態)を適切にコントロールすることが有効である。
図4の上段に示す波形のうちの実線は、横軸をクランク角度、縦軸を熱発生率とし、パイロット噴射及びメイン噴射で噴射された燃料の燃焼に係る理想的な熱発生率波形を示している。図中のTDCはピストン13の圧縮上死点に対応したクランク角度位置を示している。また、図4の下段に示す波形は、インジェクタ23から噴射される燃料の噴射率(クランク軸の単位回転角度当たりの燃料噴射量)波形を示している。
上記熱発生率波形としては、例えば、ピストン13の圧縮上死点(TDC)付近からメイン噴射で噴射された燃料の燃焼が開始され、ピストン13の圧縮上死点後の所定ピストン位置(例えば、圧縮上死点後10度(ATDC10°)の時点)で熱発生率が極大値(ピーク値)に達し、更に、圧縮上死点後の所定ピストン位置(例えば、圧縮上死点後25度(ATDC25°)の時点)で上記メイン噴射において噴射された燃料の燃焼が終了するようになっている。このような熱発生率の変化状態で混合気の燃焼を行わせるようにすれば、例えば圧縮上死点後10度(ATDC10°)の時点で気筒内の混合気のうちの50%が燃焼を完了した状況となる。つまり、圧縮上死点後10度(ATDC10°)の時点が燃焼重心となって、膨張行程における総熱発生量の約50%がATDC10°までに発生し、高い熱効率でエンジン1を運転させることが可能となる。
また、この燃焼重心に到達した時点でのクランク角度と燃料噴射率波形との関係としては、インジェクタ23に対して燃料噴射停止信号を送信した時点から燃料噴射が完全に停止するまでの期間(図4における期間T)に燃焼重心が位置することになる。
このような理想的な熱発生率波形による燃焼が行われる状況にあっては、パイロット噴射によって気筒内の予熱が十分に行われ、この予熱により、メイン噴射で噴射された燃料は、直ちに自着火温度以上の温度環境下に晒されて熱分解が進み、噴射後は直ちに燃焼が開始されることになる。
また、図4に二点鎖線αで示す波形は、燃料噴射圧力が、適正値よりも高く設定された場合の熱発生率波形であり、燃焼速度及び熱発生率のピーク値が共に高くなりすぎており、燃焼音の増大やNOx発生量の増加が懸念される状態である。一方、図4に二点鎖線βで示す波形は、燃料噴射圧力が、適正値よりも低く設定された場合の熱発生率波形であり、燃焼速度が低く且つ熱発生率のピークの現れるタイミングが大きく遅角側に移行していることで十分なエンジントルクが確保できないことが懸念される状態である。
−失火予兆判定手法−
次に、失火予兆判定手法(燃焼状態悪化の判定手法)について説明する。本発明に係る失火予兆判定手法について説明する前に、失火予兆判定手法の参考例について説明する。
(熱発生効率について)
失火予兆判定手法について説明する前に、この失火予兆判定を行うための指標となる熱発生効率について説明する。
燃焼室3内に向けて燃料噴射を行い、その燃料の大部分が良好に燃焼して熱量を発生した場合、つまり、燃焼室3内の酸素濃度及び酸素過剰率が十分に確保されており(例えば、酸素濃度が17%以上で、酸素過剰率が1.5以上であり)、筒内温度が燃料の自着火温度(例えば、1000K)に達しており、且つECU100からの燃料噴射量指令値に応じた適切な量の燃料がインジェクタ23から噴射されている場合には、その燃料の燃焼期間全体における燃料の単位体積当たりの発生熱量は常に一定(燃料噴射量や燃料噴射タイミング等が異なっても一定)の値となる。つまり、その燃焼期間全体における燃料の単位体積当たりの発生熱量の最大値(良好な燃焼が行われている場合、燃料の大部分が熱量発生に寄与することになるので、この場合、単位体積当たりの発生熱量は最大となる)は常に一定の値となる。
ここでいう燃料の単位体積当たりの発生熱量とは、上記燃焼期間の終了時点までにインジェクタ23から噴射された燃料(燃料噴射量指令値に従って噴射された燃料)が上記燃焼期間の全期間での燃焼によって発生した場合の熱量を、上記燃料噴射量指令値に応じた燃料量で除算した値である。言い換えると、上記燃焼期間における燃料の単位体積当たりの発生熱量の平均値である。
このように、燃料の単位体積当たりの発生熱量の最大値が常に一定の値となることは、上記パイロット噴射で噴射された燃料の燃焼期間、上記メイン噴射で噴射された燃料の燃焼期間、及び、これら両期間に亘る燃焼の全期間の何れにおいても当て嵌まる。
以下の説明では、1回の燃料噴射(例えば1回のメイン噴射)が実行された場合について説明する。
図5は、熱発生率波形及び燃料噴射率波形の一例を示す図である。この図5に示すように、1回の燃料噴射が実行されると、その噴射開始後、僅かな遅れ(着火遅れ)をもって燃料の燃焼が開始され(図5におけるタイミングT1)、燃焼重心に達するまでの期間にあっては熱発生率は次第に上昇していく。そして、燃焼重心に達した後、熱発生率は次第に低下していき、大部分の燃料の燃焼が完了すると、熱発生率は「0」となる(図5におけるタイミングT2)。この場合、燃焼室3内で良好な燃焼が行われていると、燃料の大部分が熱量発生に寄与することになるので、燃焼期間全体(図5におけるタイミングT1からタイミングT2の期間)における燃料の単位体積当たりの発生熱量は最大となる。
尚、上記燃焼開始タイミング(タイミングT1)及び燃焼終了タイミング(タイミングT2)の取得は、上記筒内圧センサ4Bによって検出された筒内圧力の変化に基づいて行われる。また、燃料噴射後の着火遅れ期間を筒内環境(各種センサのセンシング値)から算出し、それによって燃焼開始タイミング(タイミングT1)を取得するようにしてもよい。更には、事前に基準燃焼(理想的な熱発生率波形による燃焼)で得られたタイミングを上記各タイミングT1,T2として設定しておくようにしてもよい。
上述した如く、理想的な燃焼が行われている場合には、燃焼期間全体(図5におけるタイミングT1からタイミングT2の期間)に亘る燃料の単位体積当たりの発生熱量は最大値となる。以下、この燃焼期間全体における燃料の単位体積当たりの発生熱量の最大値を「基準熱発生効率」と呼ぶこととする。
具体的な値として、軽油の場合、燃料の単位体積当たりの発生熱量の最大値(基準熱発生効率)は30J/mm3となる。この値は実験的に求められた値である。尚、軽油の単位質量当たりの発熱量は42.94kJ/gであり、軽油の密度は0.834×10-3g/mm3であるため、単位体積当たりの発生熱量の最大値は、理論上では35.8J/mm3となるが、実際の燃料(軽油)では、燃焼室3内での燃焼行程における熱発生に寄与しない燃料(例えば排気行程において燃焼を行う燃料や、排気系7において燃焼を行う燃料)が存在するため、実際の燃料の単位体積当たりの発生熱量の最大値(基準熱発生効率)は30J/mm3となる。つまり、一般的なエンジン1は実行率が83.8%(=30/35.8)で稼働している。
ちなみに、上述の如く基準熱発生効率が規定できることから、この基準熱発生効率と燃料噴射量とに基づき、理想的な燃焼が行われている(失火発生の予兆が無い)場合の発生熱量を求めることもできる(発生熱量(J)=基準熱発生効率(J/mm3)×燃料噴射量(mm3))。このため、この発生熱量(基準熱発生効率と燃料噴射量とから求められる発生熱量;以下、基準熱発生量と呼ぶ)を基準とし、この基準熱発生量(または、この基準熱発生量に所定の比率を乗算した値)と実際の熱発生量とを比較することで失火発生の予兆を判定することも可能であり、本発明は、このような判定手法も技術的思想の範疇に含まれる。つまり、「実熱発生効率が失火予兆熱発生効率閾値に達していない場合には、燃焼室内において失火発生の予兆があると判定すること(請求項の記載)」は、「実熱発生効率に燃料噴射量を乗算した値が、失火予兆熱発生効率閾値に燃料噴射量を乗算した値に達していない場合には、燃焼室内において失火発生の予兆があると判定すること」と同義である。
本発明の発明者は、上記基準熱発生効率が30J/mm3であることを確認するために実験を行った。
図6は、燃料噴射量(パイロット噴射及びメイン噴射それぞれの噴射量)を異ならせて燃焼室3内で理想的な燃焼(燃焼室3内の酸素濃度及び酸素過剰率が十分に確保されており、筒内温度が燃料の自着火温度に達しており、燃料噴射量指令値に応じた量の燃料がインジェクタ23から噴射されている場合の燃焼)を行わせた場合の実験結果を示している。図6(a)は各燃料噴射毎の熱発生率波形及び燃料噴射率波形を、図6(b)は燃料噴射量(パイロット噴射での燃料噴射量)と熱発生効率(パイロット噴射で噴射された燃料の燃焼期間とメイン噴射で噴射された燃料の燃焼期間との全体における燃料の単位体積当たりの発生熱量)との関係をそれぞれ示している。図6(a)における実線はパイロット噴射量が16mm3でメイン噴射量が19mm3である場合を、破線はパイロット噴射量が12mm3でメイン噴射量が23mm3である場合を、一点鎖線はパイロット噴射量が8mm3でメイン噴射量が27mm3である場合をそれぞれ示している。図6(b)から明らかなように、各噴射の燃料噴射量が異なったとしても理想的な燃焼が行われた場合の燃料の単位体積当たりの発生熱量(基準熱発生効率)は約30J/mm3となっている。
図7は、種々の燃料噴射圧力(レール圧)において燃焼室3内で理想的な燃焼を行わせた場合の実験結果を示している。図7(a)は各燃料噴射圧力毎の熱発生率波形及び燃料噴射率波形を、図7(b)は燃料噴射圧力と熱発生効率との関係をそれぞれ示している。この図7(a)は、一点鎖線、破線、実線の順で燃料噴射圧力を高く設定していった場合の実験結果を示している。図7(b)から明らかなように、燃料噴射圧力が異なったとしても理想的な燃焼が行われた場合の燃料の単位体積当たりの発生熱量(基準熱発生効率)は約30J/mm3となっている。
また、図8は、燃料噴射タイミング(2回のパイロット噴射を実行する場合に第2回目のパイロット噴射の噴射タイミング)を異ならせて燃焼室3内で理想的な燃焼を行わせた場合の実験結果を示している。図8(a)は各燃料噴射タイミング毎の熱発生率波形及び燃料噴射率波形を、図8(b)は燃料噴射タイミングと熱発生効率との関係をそれぞれ示している。この図8(a)は、一点鎖線、破線、実線の順で第2回目のパイロット噴射の噴射タイミングを進角させていった場合の実験結果を示している。図8(b)から明らかなように、燃料噴射タイミングが異なったとしても理想的な燃焼が行われた場合の燃料の単位体積当たりの発生熱量(基準熱発生効率)は約30J/mm3となっている。
更に、図9は、種々の酸素過剰率において燃焼室3内で理想的な燃焼を行わせた場合の実験結果を示している。図9(a)は各酸素過剰率毎の熱発生率波形及び燃料噴射率波形を、図9(b)は酸素過剰率と熱発生効率との関係をそれぞれ示している。この図9(a)は、一点鎖線、破線、実線の順で酸素過剰率を高めていった場合の実験結果を示している。図9(b)から明らかなように、酸素過剰率が異なったとしても、その酸素過剰率が適正な範囲にあって理想的な燃焼が行われた場合の燃料の単位体積当たりの発生熱量(基準熱発生効率)は約30J/mm3となっている。
このように、軽油の場合、燃焼期間全体に亘る燃料の単位体積当たりの発生熱量の最大値は約30J/mm3となる。
(失火予兆判定)
次に、失火予兆判定手法の原理について説明する。上述した如く、燃料噴射量指令値に従って噴射された燃料の大部分が良好に燃焼する状況にあっては、その燃焼期間の全期間における燃料の単位体積当たりの発生熱量は最大値(30J/mm3)となる。つまり、上記基準熱発生効率となる。
本例では、噴射された燃料の失火の予兆を判定するための手法として、先ず、上記燃焼期間の全期間(図5におけるタイミングT1からタイミングT2の期間)内に失火の予兆を判定する時期として失火予兆判定時期(例えば図5におけるタイミングT3)を予め設定する。この失火予兆判定時期は任意の時期として設定可能であるが、失火予兆判定の精度向上のために、燃焼重心よりも遅角側に設定することが好ましい。本例の場合には、燃焼室3内で良好な燃焼が行われていると仮定した場合の総熱発生量のうち80%の熱発生量が得られる時点を失火予兆判定時期として設定している。具体的に、この失火予兆判定時期は、燃焼開始時期を基準にして設定される。例えば、燃焼開始時期から所定クランク角度だけ(総熱発生量のうち80%の熱発生量が得られる時点となるクランク角度だけ;例えば20°CAだけ)遅角側に設定される。例えば、圧縮上死点(TDC)で燃焼が開始された場合には、クランク角度で圧縮上死点後20度(ATDC20°)の時点が失火予兆判定時期として設定されることになる。
そして、上記噴射された燃料の燃焼期間の全期間における基準熱発生効率(30J/mm3)に対して所定の比率(失火発生の予兆の有無の閾値となる所定の比率)を乗算することで失火予兆熱発生効率閾値を規定し、この失火予兆熱発生効率閾値を上記失火予兆判定時期に予め割り当てる。
具体的には、上記燃焼開始から失火予兆判定時期までの期間での熱発生効率(24J/mm3=30J/mm3×0.8)に対し、更に80%(本発明でいう失火発生の予兆の有無の閾値となる所定の比率)の熱発生効率を失火発生の予兆の有無の閾値として設定している。
つまり、燃焼室3内で良好な燃焼が行われている場合には、この失火予兆判定時期において19.2J/mm3(=24J/mm3×0.8)以上の熱発生効率が得られていることになる。
この失火予兆熱発生効率閾値は、上述した如く基準熱発生効率(30J/mm3)に対して所定の比率(64%=80%×80%)を乗算したものである。ここでいう比率は、例えば、理想的な燃焼が行われている場合の燃焼期間の全期間における熱発生量に対する上記失火予兆判定時期までの期間での発生熱量の比率に、失火発生の可能性のある発生熱量の比率を乗算した値に相当する。つまり、本例の場合には、この比率が64%であるため上記失火予兆熱発生効率閾値は19.2J/mm3となる。尚、この失火予兆熱発生効率閾値は、実験やシミュレーション等により設定されていてもよい。
そして、実際に燃焼室3内において燃料の燃焼が行われる場合に、その燃料の燃焼によって上記失火予兆判定時期までに実際に発生した熱量を上記燃料噴射量指令値により指令された燃料噴射量で除算することにより実熱発生効率を求め(実熱発生効率算出手段による実熱発生効率の算出動作)、この実熱発生効率が上記失火予兆熱発生効率閾値に達していない場合には、燃焼室内において失火発生の予兆があると判定するようにしている(失火予兆判定手段による失火発生の予兆の判定動作)。
具体的には、図5におけるタイミングT1からタイミングT3までの期間を失火予兆判定期間として設定しておき、この失火予兆判定期間において発生した熱量を燃料噴射量指令値により指令された燃料噴射量で除算することにより実熱発生効率を求め、この実熱発生効率と上記失火予兆熱発生効率閾値とを対比することになる。例えば失火予兆熱発生効率閾値が19.2J/mm3に設定されている場合には、上記失火予兆判定時期までに、噴射された燃料の64%の燃焼が完了していなければ将来的に失火の可能性があるとの判断基準をもって失火予兆の判定を行うことになる。そして、この失火予兆判定時期における実熱発生効率が19.2J/mm3以上である場合には、失火の予兆は無いとして燃料噴射量の補正などは必要ないと判断するのに対し、失火予兆判定時期における実熱発生効率が19.2J/mm3未満である場合には、失火の予兆が有るとして失火回避(失火予防)のための補正動作を実行する。例えば、図5において破線で示す熱発生率波形では、上記失火予兆判定時期における実熱発生効率が10J/mm3となっており、この場合には、失火の予兆が有るとして失火回避のための補正動作を実行する。
尚、上記実熱発生効率の算出にあたっては、上記燃料噴射量指令値に応じた燃料量が確定している必要がある。つまり、この燃料量での燃料噴射が完了している必要がある。このため、上記失火予兆判定時期は、燃料の噴射動作が完了している時点以降のタイミングとして設定されることになる。
また、失火予兆判定時期が燃焼重心に設定されている場合には、失火予兆熱発生効率閾値が12J/mm3(=30J/mm3×50%×80%)に設定され、この燃焼重心における実熱発生効率(燃焼開始から燃焼重心までの期間において発生した熱量を燃料噴射量指令値により指令された燃料噴射量で除算することにより求められた実熱発生効率)が12J/mm3未満である場合には、失火の予兆が有るとして失火回避のための補正動作を実行することになる。
−失火予兆判定結果に応じた補正動作−
このように、実熱発生効率が失火予兆熱発生効率閾値に達している場合には、燃焼室3内では理想的な燃焼が行われており、失火が発生する可能性は低い(失火の予兆は無い)ため、燃料噴射形態を補正する必要はないと判断する。
これに対し、実熱発生効率が失火予兆熱発生効率閾値よりも低い場合には、燃焼室3内で適正な熱量が得られておらず燃焼状態が悪化しており、失火の予兆が有ると判定する。このように失火の予兆があると判定された場合には、燃料噴射形態を補正するなどして、燃焼状態の改善(失火の回避)を図るようにする(補正手段による燃料噴射形態の補正動作)。以下、具体的に説明する。
この失火の予兆が有ると判定された場合における燃焼状態の改善手法としては、燃料噴射量の増量補正、燃料噴射タイミングの進角補正、燃料噴射回数の多段化等が挙げられる。この場合、失火の予兆が有ると判定された燃焼行程に対し、次に燃焼行程を迎える気筒に対して上記燃焼改善動作が実行されることになる。また、同一気筒における次回の燃焼行程において上記燃焼改善動作を実行するようにしてもよい。
つまり、燃料噴射量の増量補正によって燃焼室3内での発熱量を増大させ、これによって失火を回避する。この燃料噴射量の増量補正量としては、上記失火予兆判定時期における失火予兆熱発生効率閾値に対する実熱発生効率の乖離量に応じ、この乖離量が大きいほど増量補正量を多く設定するようにしている。例えば、実験やシミュレーションによって作成された増量補正量マップを予め上記ROM102に記憶させておき、この増量補正量マップに従って増量補正量を求める。
また、燃料噴射タイミングの進角補正によって、燃焼室3内で燃料を拡散させ、これによって燃焼場での当量比の適正化を図り(当量比がオーバリッチになることを抑制し)、燃焼効率を高めて発熱量を増大させること、また、燃焼速度の低下を補うために予熱期間を拡大して失火を回避する。この場合の進角補正量としては、上記失火予兆判定時期における失火予兆熱発生効率閾値に対する実熱発生効率の乖離量に応じ、この乖離量が大きいほど進角補正量を多く設定するようにしている。例えば、実験やシミュレーションによって作成された進角補正量マップを予め上記ROM102に記憶させておき、この進角補正量マップに従って進角補正量を求める。
また、燃料噴射回数の多段化によって、燃焼室3内における燃焼場の分割化を行い、これによって各燃焼場での当量比の適正化を図り、燃焼効率を高めて発熱量を増大させることで失火を回避する。この場合の分割回数としては、上記失火予兆判定時期における失火予兆熱発生効率閾値に対する実熱発生効率の乖離量に応じ、この乖離量が大きいほど分割回数を多段化するようにしている。例えば、実験やシミュレーションによって作成された分割回数マップを予め上記ROM102に記憶させておき、この分割回数マップに従って分割回数を求める。
これら燃料噴射量の増量補正、燃料噴射タイミングの進角補正、燃料噴射回数の多段化は、失火の予兆が有ると判定された場合に、何れか一つを実行するようにしてもよいし、これらのうち複数を同時に実行するようにしてもよい。
以上の如く、本例では、上記失火予兆熱発生効率閾値と実熱発生効率とを対比することにより失火の予兆の有無を判定するようにしている。そして、これら失火予兆熱発生効率閾値及び実熱発生効率は、エンジンの種類や燃料噴射量が異なったとしても定量的に得ることができるものである。このため、本例では、エンジンの種類毎及び燃料噴射量毎に個別に失火予兆判定のための判定基準を規定しておく必要はなく、種々のエンジン及び種々の燃料噴射量に共通した体系的な失火予兆の判定基準を確立することが可能となる。その結果、失火予兆判定のための判定基準の定量化を図ることができて、判定動作の簡素化を図ることができる。
また、失火予兆熱発生効率閾値と実熱発生効率とを比較(数値同士を比較)することにより失火の予兆の有無を判定するようにしているため、熱発生率波形の解析によって失火の予兆の有無を判定するものに対し、比較的簡単な演算により失火の予兆の有無の判定が可能になり、また、その判定基準の設定も容易になる。
また、上記失火予兆熱発生効率閾値及び実熱発生効率は、所定期間(上記失火予兆判定期間)における燃料の単位体積当たりの発生熱量の平均値として得られているため、誤差の小さな値として取得され、その結果、失火の予兆の有無の判定精度を高く得ることができる。
また、本例の手法を利用すれば、熱発生効率が50%となっている時点でのクランク角度位置を検出することが可能である。つまり、燃焼重心位置を検出することが可能である。このため、良好な燃焼が行われている場合の燃焼重心位置に対して、実際の燃焼における燃焼重心位置のずれ(位相のずれ)を認識することも可能となる。
更に、本例によれば、パイロット噴射での燃料噴射量の適正化を図ることができる。つまり、微小噴射量の適正化を図るために従来から行われていた微小噴射量学習(微小Q学習とも呼ばれる)を不要にすることができる。この従来の微小噴射量学習は、インジェクタへの指令噴射量が零となる無噴射時(例えば走行中にアクセル開度が「0」となったときなど)にパイロット噴射量と同等の極少量の燃料を特定の気筒(ピストンが圧縮上死点付近にある気筒)に向けて噴射し(以下、この燃料噴射を「単発噴射」と呼ぶ)、この単発噴射に伴うエンジン回転数の変化量など(エンジン運転状態の変化量)を認識し、正確に所定量の単発噴射が実行された場合のエンジン運転状態の変化量データと、実際に単発噴射を行った場合のエンジン運転状態の変化量とを比較し、そのずれ量に応じてパイロット噴射量設定マップの学習値を補正していくものであった。つまり、学習の実行機会が限られたものであり、且つ無駄な燃料噴射を必要とするものであった。本例によれば、エンジン1の通常運転中において上記燃料噴射量の補正によって微小噴射量(パイロット噴射量)の適正化を図ることができるため、従来の微小噴射量学習を不要とすることができる。
−実施形態−
上述した参考例では、1回の燃料噴射によって燃料が燃焼する場合について説明した。以下の実施形態では、その他の燃焼形態において失火の予兆の有無を判定する場合について説明する。
(実施形態)
本実施形態は、パイロット噴射で噴射された燃料の燃焼(以下、パイロット燃焼と呼ぶ場合もある)による熱発生率波形とメイン噴射で噴射された燃料の燃焼(以下、メイン燃焼と呼ぶ場合もある)による熱発生率波形とが重畳する場合、つまり、パイロット燃焼が終了するまでにメイン燃焼が開始される場合において、パイロット燃焼及びメイン燃焼それぞれに対する失火の予兆の有無を判定するものである。
図10は、このような場合における失火予兆判定手法を説明するための熱発生率波形及び燃料噴射率波形を示す図である。
本実施形態では、失火予兆判定時期を、パイロット燃焼の燃焼期間中及びメイン燃焼の燃焼期間中のそれぞれに設定し、各失火予兆判定時期において、パイロット燃焼に対する失火予兆の有無の判定及びメイン燃焼に対する失火予兆の有無の判定を行うようにしている。つまり、噴射された燃料の燃焼期間内における複数の時期に失火予兆判定時期を設定し、各失火予兆判定時期それぞれに対して上記失火予兆熱発生効率閾値を予め割り当てることで失火予兆の有無の判定を行うようにしている。
先ず、パイロット燃焼に対する失火予兆の有無の判定について説明する。パイロット燃焼の燃焼期間中の失火予兆判定時期は任意の時期として設定可能であるが、失火予兆判定の精度向上のために、パイロット燃焼における燃焼重心よりも遅角側に設定することが好ましい。本実施形態の場合には、パイロット燃焼が良好に行われていると仮定した場合の総熱発生量のうち約70%の熱発生量が得られる時点をパイロット燃焼に関する失火予兆判定時期として設定している。つまり、燃焼室3内で良好なパイロット燃焼が行われている場合には、この失火予兆判定時期において21J/mm3以上の熱発生効率が得られていることになる。この失火予兆判定時期は、パイロット燃焼の燃焼開始時期を基準にして設定される。例えば、良好なパイロット燃焼が行われている場合に、パイロット燃焼の開始時期から所定クランク角度だけ(総熱発生量のうち70%の熱発生量が得られる時点となるクランク角度だけ)遅角側に設定される。
この場合の失火予兆熱発生効率閾値は、パイロット燃焼の燃焼期間の全期間における基準熱発生効率(30J/mm3)に対して所定の比率を乗算することで規定され、この失火予兆熱発生効率閾値が上記失火予兆判定時期に予め割り当てられる。
具体的には、上記パイロット燃焼開始から失火予兆判定時期までの期間での熱発生効率(21J/mm3=30J/mm3×0.7)に対し、更に約60%(本発明でいう失火発生の予兆の有無の閾値となる所定の比率)の熱発生効率を失火発生の予兆の有無の閾値として設定している。
つまり、燃焼室3内で良好なパイロット燃焼が行われている場合には、この失火予兆判定時期において約12.5J/mm3(=21J/mm3×0.6)以上の熱発生効率が得られていることになる。
この失火予兆熱発生効率閾値は、上述した如く基準熱発生効率(30J/mm3)に対して所定の比率(42%=70%×60%)を乗算したものである。つまり、本実施形態の場合には、この比率が42%であるため上記失火予兆熱発生効率閾値は約12.5J/mm3となる。尚、この失火予兆熱発生効率閾値は、実験やシミュレーション等により設定されていてもよい。
そして、実際に燃焼室3内においてパイロット燃焼が行われる場合に、その燃料の燃焼によって上記失火予兆判定時期までに実際に発生した熱量を上記燃料噴射量指令値により指令された燃料噴射量で除算することにより実熱発生効率を求め、この実熱発生効率が上記失火予兆熱発生効率閾値に達していない場合には、パイロット燃焼において失火発生の予兆があると判定するようにしている。
具体的には、図10におけるタイミングT4からタイミングT5までの期間をパイロット燃焼用の失火予兆判定期間として設定しておき、この失火予兆判定期間において発生した熱量を、パイロット噴射に対する燃料噴射量指令値により指令された燃料噴射量で除算することにより実熱発生効率を求め、この実熱発生効率と上記失火予兆熱発生効率閾値とを対比することになる。例えば失火予兆熱発生効率閾値が12.5J/mm3に設定されている場合には、上記失火予兆判定時期までに、噴射された燃料の約42%の燃焼が完了していなければ将来的に失火の可能性があるとの判断基準をもって失火予兆の判定を行うことになる。そして、この失火予兆判定時期における実熱発生効率が12.5J/mm3以上である場合には、失火の予兆は無いとして燃料噴射量の補正などは必要ないと判断するのに対し、失火予兆判定時期における実熱発生効率が12.5J/mm3未満である場合には、失火の予兆が有るとして失火回避のための補正動作を実行する。
このようにパイロット燃焼に失火の予兆が有ると判断された場合、失火回避のために行われる補正動作は上述した参考例の場合と同様にして実行される。
次に、メイン燃焼に対する失火予兆の有無の判定について説明する。メイン燃焼の燃焼期間中の失火予兆判定時期は任意の時期として設定可能であるが、失火予兆判定の精度向上のために、メイン燃焼における燃焼重心よりも遅角側に設定することが好ましい。本実施形態の場合には、メイン燃焼が良好に行われていると仮定した場合の総熱発生量(この場合、パイロット燃焼での熱発生量とメイン燃焼での熱発生量との和)のうち約90%の熱発生量が得られる時点をメイン燃焼に関する失火予兆判定時期として設定している。つまり、燃焼室3内で良好なパイロット燃焼及びメイン燃焼が行われている場合には、この失火予兆判定時期において27J/mm3以上の熱発生効率が得られていることになる。この失火予兆判定時期は、パイロット燃焼の燃焼開始時期を基準にして設定される。例えば、良好なパイロット燃焼及びメイン燃焼が行われている場合に、パイロット燃焼の開始時期から所定クランク角度だけ(総熱発生量のうち90%の熱発生量が得られる時点となるクランク角度だけ;例えば30°CAだけ)遅角側に設定される。例えば、圧縮上死点前10°(BTDC10°)でパイロット燃焼が開始された場合には、圧縮上死点後20度(ATDC20°)の時点がメイン燃焼に関する失火予兆判定時期として設定されることになる。
この場合の失火予兆熱発生効率閾値は、パイロット燃焼及びメイン燃焼の燃焼期間の全期間における基準熱発生効率(30J/mm3)に対して所定の比率を乗算することで規定され、この失火予兆熱発生効率閾値が上記失火予兆判定時期に予め割り当てられる。
具体的には、上記燃焼開始から失火予兆判定時期までの期間での熱発生効率(27J/mm3=30J/mm3×0.9)に対し、更に90%(本発明でいう失火発生の予兆の有無の閾値となる所定の比率)の熱発生効率を失火発生の予兆の有無の閾値として設定している。
つまり、燃焼室3内で良好な燃焼が行われている場合には、この失火予兆判定時期において約24J/mm3(=27J/mm3×0.9)以上の熱発生効率が得られていることになる。
この失火予兆熱発生効率閾値は、上述した如く基準熱発生効率(30J/mm3)に対して所定の比率(81%=90%×90%)を乗算したものである。つまり、本実施形態の場合には、この比率が81%であるため上記失火予兆熱発生効率閾値は約24J/mm3となる。尚、この失火予兆熱発生効率閾値は、実験やシミュレーション等により設定されていてもよい。
そして、実際に燃焼室3内においてメイン燃焼が行われる場合に、その燃料の燃焼によって上記失火予兆判定時期までに実際に発生した熱量を上記燃料噴射量指令値により指令された燃料噴射量で除算することにより実熱発生効率を求め、この実熱発生効率が上記失火予兆熱発生効率閾値に達していない場合には、メイン燃焼において失火発生の予兆があると判定するようにしている。
具体的には、図10におけるタイミングT4からタイミングT6までの期間をメイン燃焼用の失火予兆判定期間として設定しておき、この失火予兆判定期間において発生した熱量を、パイロット噴射及びメイン噴射それぞれに対する燃料噴射量指令値により指令された燃料噴射量の和で除算することにより実熱発生効率を求め、この実熱発生効率と上記失火予兆熱発生効率閾値とを対比することになる。例えば失火予兆熱発生効率閾値が24J/mm3に設定されている場合には、上記失火予兆判定時期までに、噴射された燃料の約80%の燃焼が完了していなければ将来的に失火の可能性があるとの判断基準をもって失火予兆の判定を行うことになる。そして、この失火予兆判定時期における実熱発生効率が24J/mm3以上である場合には、失火の予兆は無いとして燃料噴射量の補正などは必要ないと判断するのに対し、失火予兆判定時期における実熱発生効率が24J/mm3未満である場合には、失火の予兆が有るとして失火回避のための補正動作を実行する。
このようにパイロット燃焼に失火の予兆が有ると判断された場合、失火回避のために行われる補正動作は上述した参考例の場合と同様にして実行される。
図11は、本実施形態における失火予兆判定動作・失火回避動作の具体的な手順を示すフローチャートである。この図11に示すフローチャートは、エンジン1の始動後、燃焼室3内での燃焼行程が開始される毎に実行される。尚、このフローチャートでは、パイロット燃焼の失火予兆判定時期をTDCとし、メイン燃焼の失火予兆判定時期をATDC20°とした場合であって、パイロット燃焼における失火予兆熱発生効率閾値が12.5J/mm3であり、メイン燃焼における失火予兆熱発生効率閾値が24J/mm3である場合を示している。また、各失火予兆判定時期において算出された実熱発生効率のうち一つでも、その失火予兆判定時期に割り当てられている失火予兆熱発生効率閾値に達していないものがある場合には、燃焼室3内において失火発生の予兆があると判定する場合を示している。
先ず、ステップST1において、クランクシャフトのクランク角度位置がTDC(ピストン13の圧縮上死点)に達したか否かが判定される。クランク角度位置が未だTDCに達しておらずステップST1でNO判定された場合にはそのままリターンされる。
クランク角度位置がTDCに達し、ステップST1でYES判定された場合には、ステップST2に移り、このクランク角度位置がTDCに達した時点での実熱発生効率の算出を行う。つまり、パイロット噴射によって噴射された燃料が、クランク角度位置がTDCに達するまでに発生した熱量を、パイロット噴射での燃料噴射量指令値に応じた燃料量で除算することで実熱発生効率を算出する。
そして、ステップST3に移り、上記算出した実熱発生効率が12.5J/mm3に達しているか否かを判定する。この実熱発生効率が12.5J/mm3に達しており、ステップST3でYES判定された場合には、パイロット噴射で噴射された燃料の燃焼は良好である、つまり、パイロット燃焼による筒内の予熱は良好に行われており、このパイロット噴射で噴射された燃料の燃焼に失火の予兆は無いとしてステップST4に移る。
これに対し、実熱発生効率が12.5J/mm3に達しておらず、ステップST3でNO判定された場合には、パイロット噴射で噴射された燃料の燃焼は悪化しており、このパイロット噴射で噴射された燃料の燃焼に失火の予兆が有るとしてステップST7に移る。このステップST7では、パイロット噴射で噴射された燃料の燃焼を改善するための失火回避動作が実行される。この失火回避動作としては、上述した燃料噴射量の増量補正、燃料噴射タイミングの進角補正、燃料噴射回数の多段化等がある。この場合、失火の予兆が有ると判定された燃焼行程に対し、次に燃焼行程を迎える気筒に対して上記燃焼改善動作が実行されることになる。また、同一気筒における次回の燃焼行程において上記燃焼改善動作を実行するようにしてもよい。
一方、ステップST4では、クランクシャフトのクランク角度位置が圧縮上死点後20度(ATDC20°)に達したか否かが判定される。クランク角度位置が未だATDC20°に達しておらずステップST4でNO判定された場合には、クランク角度位置がATDC20°に達するのを待つ。そして、クランク角度位置がATDC20°に達し、ステップST4でYES判定された場合には、ステップST5に移り、このクランク角度位置がATDC20°に達した時点での実熱発生効率の算出を行う。つまり、上記パイロット噴射によって噴射された燃料及びメイン噴射によって噴射された燃料が、クランク角度位置がATDC20°に達するまでに発生した熱量を、パイロット噴射での燃料噴射量指令値に応じた燃料量とメイン噴射での燃料噴射量指令値に応じた燃料量との和で除算することで実熱発生効率を算出する。
そして、ステップST6に移り、上記算出した実熱発生効率が24J/mm3に達しているか否かを判定する。この実熱発生効率が24J/mm3に達しており、ステップST6でYES判定された場合には、メイン噴射で噴射された燃料の燃焼は良好である、つまり、メイン燃焼により適正なトルクが生じており、このメイン噴射で噴射された燃料の燃焼に失火の予兆は無いとしてリターンされる。
これに対し、実熱発生効率が24J/mm3に達しておらず、ステップST6でNO判定された場合には、メイン噴射で噴射された燃料の燃焼は悪化しており、このメイン噴射で噴射された燃料の燃焼に失火の予兆が有るとしてステップST7に移る。このステップST7では、メイン噴射で噴射された燃料の燃焼を改善するための失火回避動作が実行される。この失火回避動作としては、上述した燃料噴射量の増量補正、燃料噴射タイミングの進角補正、燃料噴射回数の多段化等がある。この場合も、失火の予兆が有ると判定された燃焼行程に対し、次に燃焼行程を迎える気筒に対して上記燃焼改善動作が実行されることになる。また、同一気筒における次回の燃焼行程において上記燃焼改善動作を実行するようにしてもよい。
尚、本実施形態の場合、上記失火回避動作を行ったにも拘わらず、実熱発生効率が改善(実熱発生効率が失火予兆熱発生効率閾値に近付くように改善)されない場合には、上記実熱発生効率が失火予兆熱発生効率閾値よりも低くなっていた原因は、吸気系6の異常にあると判断し、燃焼室3内への導入酸素量を増量する補正動作を行うようにしてもよい。例えばEGRバルブ81の開度を小さくしてEGRガス量を減少させたり、過給機5の可変ノズルベーン機構を制御する(ノズルベーンの開度を小さくする)ことで過給量の増量を行う。
(変形例)
本変形例は、パイロット噴射での熱発生率波形とメイン噴射での熱発生率波形とが互いに独立する場合、つまり、パイロット燃焼による熱発生量が「0」となった後にメイン燃焼による熱発生量が生じる場合において、パイロット燃焼及びメイン燃焼それぞれに対する失火の予兆の有無を判定するものである。
図12は、このような場合における失火予兆判定手法を説明するための熱発生率波形及び燃料噴射率波形を示す図である。
本例においても、失火予兆判定時期を、パイロット燃焼の燃焼期間中及びメイン燃焼の燃焼期間中のそれぞれに設定し、各失火予兆判定時期において、パイロット燃焼に対する失火予兆の有無の判定及びメイン燃焼に対する失火予兆の有無の判定を行うようにしている。
本例におけるパイロット燃焼に対する失火予兆の有無の判定は上述した実施形態の場合と同様にして行われる。つまり、図12におけるタイミングT4からタイミングT5までの期間をパイロット燃焼用の失火予兆判定期間として設定しておき、この失火予兆判定期間において発生した熱量を、パイロット噴射に対する燃料噴射量指令値により指令された燃料噴射量で除算することにより実熱発生効率を求め、この実熱発生効率と上記失火予兆熱発生効率閾値とを対比することになる。例えば失火予兆熱発生効率閾値が12.5J/mm3に設定されている場合には、上記失火予兆判定時期までに、噴射された燃料の42%の燃焼が完了していなければ将来的に失火の可能性があるとの判断基準をもって失火予兆の判定を行うことになる。そして、この失火予兆判定時期における実熱発生効率が12.5J/mm3以上である場合には、失火の予兆は無いとして燃料噴射量の補正などは必要ないと判断するのに対し、失火予兆判定時期における実熱発生効率が12.5J/mm3未満である場合には、失火の予兆が有るとして失火回避のための補正動作を実行する。
このようにパイロット燃焼に失火の予兆が有ると判断された場合、失火回避のために行われる補正動作は上述した参考例の場合と同様にして実行される。
次に、本例におけるメイン燃焼に対する失火予兆の有無の判定について説明する。本例におけるメイン燃焼用の失火予兆判定期間としては、メイン燃焼の燃焼開始タイミング(図12におけるタイミングT7)から失火予兆判定時期(図12におけるタイミングT8)までの期間として設定される。この失火予兆判定時期は任意の時期として設定可能であるが、失火予兆判定の精度向上のために、メイン燃焼における燃焼重心よりも遅角側に設定することが好ましい。本例の場合には、メイン燃焼が良好に行われていると仮定した場合の総熱発生量(この場合、メイン燃焼のみでの熱発生量)のうち約90%の熱発生量が得られる時点をメイン燃焼に関する失火予兆判定時期として設定している。つまり、燃焼室3内で良好なメイン燃焼が行われている場合には、この失火予兆判定時期において27J/mm3以上の熱発生効率が得られていることになる。この失火予兆判定時期は、パイロット燃焼の燃焼開始時期を基準にして設定される。例えば、良好なメイン燃焼が行われている場合に、メイン燃焼の開始時期から所定クランク角度だけ(総熱発生量のうち90%の熱発生量が得られる時点となるクランク角度だけ)遅角側に設定される。
この場合の失火予兆熱発生効率閾値は、メイン燃焼の燃焼期間の全期間における基準熱発生効率(30J/mm3)に対して所定の比率を乗算することで規定され、この失火予兆熱発生効率閾値が上記失火予兆判定時期に予め割り当てられる。
具体的には、上記燃焼開始から失火予兆判定時期までの期間での熱発生効率(27J/mm3=30J/mm3×0.9)に対し、更に90%(本発明でいう失火発生の予兆の有無の閾値となる所定の比率)の熱発生効率を失火発生の予兆の有無の閾値として設定している。
つまり、燃焼室3内で良好な燃焼が行われている場合には、この失火予兆判定時期において約24J/mm3(=27J/mm3×0.9)以上の熱発生効率が得られていることになる。
この失火予兆熱発生効率閾値は、上述した如く基準熱発生効率(30J/mm3)に対して所定の比率(81%=90%×90%)を乗算したものである。つまり、本例の場合には、この比率が81%であるため上記失火予兆熱発生効率閾値は約24J/mm3となる。尚、この失火予兆熱発生効率閾値は、実験やシミュレーション等により設定されていてもよい。
そして、実際に燃焼室3内においてメイン燃焼が行われる場合に、その燃料の燃焼によって上記失火予兆判定時期までに実際に発生した熱量(メイン燃焼での熱量)をメイン噴射に対して燃料噴射量指令値により指令された燃料噴射量で除算することにより実熱発生効率を求め、この実熱発生効率が上記失火予兆熱発生効率閾値に達していない場合には、メイン燃焼において失火発生の予兆があると判定するようにしている。
具体的には、図12におけるタイミングT7からタイミングT8までの期間をメイン燃焼用の失火予兆判定期間として設定しておき、この失火予兆判定期間において発生した熱量を、メイン噴射に対する燃料噴射量指令値により指令された燃料噴射量で除算することにより実熱発生効率を求め、この実熱発生効率と上記失火予兆熱発生効率閾値とを対比することになる。例えば失火予兆熱発生効率閾値が24J/mm3に設定されている場合には、上記失火予兆判定時期までに、噴射された燃料の80%の燃焼が完了していなければ将来的に失火の可能性があるとの判断基準をもって失火予兆の判定を行うことになる。そして、この失火予兆判定時期における実熱発生効率が24J/mm3以上である場合には、失火の予兆は無いとして燃料噴射量の補正などは必要ないと判断するのに対し、失火予兆判定時期における実熱発生効率が24J/mm3未満である場合には、失火の予兆が有るとして失火回避のための補正動作を実行する。
このようにメイン燃焼に失火の予兆が有ると判断された場合、失火回避のために行われる補正動作は上述した参考例の場合と同様にして実行される。
(実験例)
次に、実験例について説明する。この実験例では、種々の燃焼状態において失火の予兆の有無及びその後の失火の発生の有無を検証したものである。図13及び図14は、種々の燃焼状態(筒内温度やガス状態を互いに異ならせた種々の燃焼状態)における実験結果を示す図であって、図13(a)は熱発生率波形及び燃料噴射率波形を、図13(b)は累積熱量の変化波形をそれぞれ示しており、図14は、熱発生効率の変化波形を示している。
各図において実線及び破線で示す燃焼状態にあっては、クランク角度位置がTDCの時点において実熱発生効率が12.5J/mm3に達しており、且つ圧縮上死点後20度(ATDC20°)の時点において実熱発生効率が24J/mm3に達している(図14を参照)。この場合、燃焼期間全体に亘る燃焼は良好であって失火の予兆は無く、その後に失火も発生しなかった。
これに対し、各図において一点鎖線で示す燃焼状態にあっては、クランク角度位置が圧縮上死点後20度(ATDC20°)の時点において実熱発生効率は24J/mm3に達しているものの、TDCの時点において実熱発生効率が12.5J/mm3に達していない。この場合、パイロット燃焼において失火の予兆が有り、その後、パイロット燃焼が失火し、それに伴って予熱量が不足することでメイン燃焼にも失火を招くこととなった。また、失火発生前の状態では、パイロット燃焼による筒内予熱が不十分であることからメイン燃焼に着火遅れが生じ、このメイン燃焼の開始初期時における熱発生率の勾配が大きく燃焼音が許容範囲を超えるものとなっていた(図13(a)を参照)。
また。各図において二点鎖線で示す燃焼状態にあっては、クランク角度位置がTDCの時点において実熱発生効率が12.5J/mm3に達しておらず、且つ圧縮上死点後20度(ATDC20°)の時点において実熱発生効率が24J/mm3に達していない。この場合、パイロット燃焼及びメイン燃焼の両方において失火の予兆が有り、その後、パイロット燃焼及びメイン燃焼が共に失火することとなった。
以上のことから、クランク角度位置がTDCでの失火予兆熱発生効率及び圧縮上死点後20度(ATDC20°)での失火予兆熱発生効率を適切に設定することで失火の予兆の有無を正確に判定できることが確認された。
−基準値及び実値の変形例−
上述した実施形態及び変形例では、失火予兆判定期間における失火予兆熱発生効率閾値を失火予兆判定のための閾値としていた。また、失火予兆判定期間における実熱発生効率を失火予兆判定のための実値としていた。
これに代えて、本変形例では、上記失火予兆熱発生効率閾値に、燃料噴射量指令値により指令された燃料噴射量を乗算することにより得られた「基準熱発生量」を失火予兆判定のための閾値として規定し、この「基準熱発生量」と、失火予兆判定期間において実際に発生した熱量(実熱発生量)とを対比することによって失火予兆の有無の判定を行うようにしている。
本例の場合、上記「基準熱発生量」は、熱発生効率(失火予兆熱発生効率閾値)に基づいて算出されているため、エンジンの種類に関わらず燃料噴射量に応じた定量的な値として算出されることになる。このため、エンジンの種類毎及び燃料噴射量毎に個別に失火予兆判定のための判定基準を規定しておく必要はなく、種々のエンジン及び種々の燃料噴射量に共通した体系的な失火予兆の判定基準を確立することが可能となる。
−燃焼期間の全期間における熱発生効率について−
上述した実施形態及び変形例は、燃焼期間の全期間における熱発生効率が最大値(30J/mm3)となっていることを前提とした技術である。つまり、燃料噴射量指令値に応じた適切な量の燃料がインジェクタ23から噴射されていることを前提としている。
仮に、燃焼期間の全期間における熱発生効率が30J/mm3未満である場合、燃料噴射量指令値に応じた量の燃料が噴射されていないか、既に失火が発生していると判断できる。このため、上述した実施形態及び変形例に対し、燃焼期間の全期間における熱発生効率が最大値(30J/mm3)となっているか否かを判断し、この熱発生効率が30J/mm3未満となっている場合には、燃料噴射量の増量補正を行うか、若しくは、上述した失火予兆判定動作の禁止を行うようにする。
−他の実施形態−
以上説明した実施形態及び各変形例は、自動車に搭載される直列4気筒ディーゼルエンジンに本発明を適用した場合について説明した。本発明は、自動車用に限らず、その他の用途に使用されるエンジンにも適用可能である。また、気筒数やエンジン形式(直列型エンジン、V型エンジン、水平対向型エンジン等の別)についても特に限定されるものではない。
また、上記実施形態及び変形例では、失火予兆判定期間の開始時期を燃焼期間の開始時期として規定していた。本発明はこれに限らず、燃料噴射の開始時期を失火予兆判定期間の開始時期として規定するようにしてもよい。例えば、図5におけるタイミングT0を失火予兆判定期間の開始時期として規定するものである。また、上記失火予兆判定期間の終了時期(失火予兆判定時期)としては燃焼重心を基準に規定することも可能である。例えば、燃焼重心からクランク開度で遅角側に10°の位置を失火予兆判定期間の終了時期として規定する場合などが挙げられる。
また、上記実施形態及び変形例では、失火予兆判定時期を、圧縮上死点(TDC)及び圧縮上死点後20度(ATDC20°)の時点に設定していた。これは、例えば、パイロット燃焼の開始時期が圧縮上死点前10°(BTDC10°)であり、メイン燃焼の開始時期が圧縮上死点(TDC)である場合の一例である。従って、上記失火予兆判定時期は、各燃料噴射の開始時期に応じて適宜設定される。例えば、排気エミッションの改善のために、燃料噴射時期が遅角される場合には、それに応じて失火予兆判定時期も遅角側に設定される。例えば、パイロット燃焼の開始時期が圧縮上死点前5°(BTDC5°)であり、メイン燃焼の開始時期が圧縮上死点後10°(ATDC10°)である場合には、失火予兆判定時期は、圧縮上死点後5°(ATDC5°)及び圧縮上死点後30度(ATDC30°)の時点にそれぞれ設定される。
また、上記実施形態及び変形例では、失火予兆判定時期を2箇所に設定していた。本発明はこれに限らず、失火予兆判定時期を3箇所以上に設定するようにしてもよい。
また、上記実施形態及び変形例では、通電期間においてのみ全開の開弁状態となることにより燃料噴射率を変更するピエゾインジェクタ23を適用したエンジン1について説明したが、本発明は、可変噴射率インジェクタを適用したエンジンへの適用も可能である。
加えて、上記実施形態及び変形例では、マニバータ77として、NSR触媒75及びDPNR触媒76を備えたものとしたが、NSR触媒75及びDPF(Diesel Paticulate Filter)を備えたものとしてもよい。
また、上記実施形態及び変形例では、燃料の単位体積当たりの発生熱量を基準に失火発生の予兆の有無を判定するようにしていたが、燃料の単位質量当たりの発生熱量を基準に失火発生の予兆の有無を判定することも可能である。つまり、燃料の体積と質量とには相関があるため(質量=密度×体積)、「燃料の単位体積当たりの発生熱量(請求項の記載)」は、「燃料の単位質量当たりの発生熱量」と同義である。