以下に、本発明の好適な実施形態(実施例)を添付図面に基づいて説明する。
最初に図1〜図3を参照して磁歪式トルクセンサについて説明する。図1〜図3は本発明に係る磁歪式トルクセンサの製造方法で製造される磁歪式トルクセンサの一構造例を示している。図1は磁歪式トルクセンサの基本的構造を示す一部断面側面図を示し、図2は磁歪式トルクセンサの基本的構成を概念的に示す側面図を示し、図3は上記磁歪式トルクセンサを操舵トルク検出部として電動パワーステアリング装置のステアリング軸に組み込んだ具体的構造の縦断面図を示している。
図1と図2に示すように磁歪式トルクセンサ10は、回転軸11と、この回転軸11の周囲に配置される1つの励磁コイル12と2つの検出コイル13A,13Bとから構成されている。回転軸11は、図1と図2では、説明の便宜上、上部および下部を切断し省略して示している。
回転軸11は、図3に示した利用例を参照すると、例えばステアリング軸21の一部として構成される。回転軸11は、その軸心11aの周りに矢印Aのごとく右回転(時計回り)または左回転(反時計回り)の回転力(トルク)を受ける。回転軸11は例えばクロムモリブデン鋼材(SCM材)等の金属棒で形成されている。回転軸11には、軸方向にて上下2箇所に磁歪膜14A,14Bが設けられている。磁歪膜14A,14Bの各々は、回転軸11の軸方向にて一定の幅を有しかつ回転軸11の円周方向の全周に渡って形成されている。各磁歪膜14A,14Bの軸方向の幅寸法、および2つの磁歪膜14A,14Bの間隔寸法は条件に応じて任意に設定される。磁歪膜14A,14Bは、実際には、電解めっき加工処理等により回転軸11の表面に磁歪材めっき部として形成される。この磁歪材めっき部に磁気異方性加工を施すことにより、磁気異方性を有する磁歪膜14A,14Bが形成される。
以下の説明では、説明の便宜上、「磁歪膜14A,14B」と「磁歪材めっき部(14A,14B)」は同一物を指すが、製造の段階・状況に応じて使い分けている。原則的に、磁気異方性を付加されて完成した段階を「磁歪膜14A,14B」といい、その前の段階では「磁歪材めっき部(14A,14B)」という。
上記の励磁コイル12と検出コイル13A,13Bは、図1に示すごとく、回転軸11の表面に形成された2つの磁歪膜14A,14Bのそれぞれに対応して設けられる。すなわち、図1に示されるように、磁歪膜14Aの周囲には隙間を介在させて検出コイル13Aが配置される。リング状の検出コイル13Aは、磁歪膜14Aの全周囲を囲み、かつ検出コイル13Aの軸方向の幅寸法は磁歪膜14Aの軸方向の幅寸法と略等しい。また磁歪膜14Bの周囲には隙間を介在させて検出コイル13Bが配置される。同様に、リング状の検出コイル13Bは、磁歪膜14Bの全周囲を囲み、かつ検出コイル13Bの軸方向の幅寸法は磁歪膜14Bの軸方向の幅寸法と略等しい。さらに、2つの検出コイル13A,13Bのそれぞれの周囲にはリング状の励磁コイル12が配置される。図1では、磁歪膜14A,14Bのそれぞれに対応して個別に励磁コイル12が設けられるように図示されているが、実際には1つの励磁コイル12の2つの部分を分けて示したものである。検出コイル13A,13Bと励磁コイル12は、回転軸11の周囲に回転軸11を囲むように設けられたリング状の支持枠体部15A,15Bを利用して磁歪膜14A,14Bの周囲スペースに巻設されている。
図2では、回転軸11の磁歪膜14A,14Bに対して配置される励磁コイル12と検出コイル13A,13Bを電気的関係として概念的に示している。磁歪膜14A,14Bに対して共通に配置される励磁コイル12には、励磁用交流電流を常時に供給する交流電源16が接続されている。また、磁歪膜14A,14Bのそれぞれに対応して配置される検出コイル13A,13Bの各出力端子からは、検出対象であるトルクに対応する誘導電圧VA,VBが出力される。
回転軸11の表面に形成された磁歪膜14A,14Bは、例えばNi−Feめっきによる電解めっき加工処理で作られた磁気異方性を有する磁歪膜である。2つの磁歪膜14A,14Bの各々は、互いに逆方向の磁気異方性を有するように作られている。回転軸11に対して回転力によるトルクが作用したとき、磁歪膜14A,14Bの各々に生じる逆の磁歪特性を、磁歪膜14A,14Bの周囲に配設した検出コイル13A,13Bを利用して検出する。
上記磁歪式トルクセンサ10は、例えば図3に示すごとく電動パワーステアリング装置のステアリング軸に操舵トルク検出部として組み込まれる。図3において、図1と図2で説明した要素と実質的に同一の要素には同一の符号を付している。図3では、操舵トルク検出部20、ステアリング軸21(回転軸11に対応)の支持構造、ラック・ピニオン機構34、動力伝達機構35、操舵力補助用モータ42の構成が示されている。
図3において、ステアリング軸21の上部は車両のステアリングホイール(図示せず)に結合される。ステアリング軸21の下部は、ラック・ピニオン機構34を介して、ラック軸を備えた車軸に操舵力を伝達するように構成される。ステアリング軸21の上部に付設された操舵トルク検出部20は、上記の磁歪式トルクセンサ10を利用して構成されている。操舵トルク検出部20は磁歪式トルクセンサ10に対応し、また磁歪膜14A,14Bが形成されたステアリング軸21の部分が上記回転軸11に対応している。
ギヤボックス31を形成するハウジング31a内で、ステアリング軸21は、2つの軸受け部32,33によって回転自在になるよう支持されている。ハウジング31aの内部にはラック・ピニオン機構34と動力伝達機構35が収納される。
ステアリング軸21に対して操舵トルク検出部20(磁歪式トルクセンサ10)が付設されている。ステアリング軸21には前述した磁歪膜14A,14Bが形成され、これらの磁歪膜14A,14Bに対応して励磁コイル12と検出コイル13A,13Bが支持枠体部15A,15Bおよびヨーク部36A,36Bに支持され、設けられている。
ハウジング31aの上部開口はリッド37で塞がれている。ステアリング軸21の下端部に設けられたピニオン38は軸受け部32,33の間に位置している。ラック軸39は、ラックガイド40で案内され、かつ圧縮されたスプリング41で付勢され、ピニオン38側へ押し付けられている。動力伝達機構35は、操舵力補助用モータ42の出力軸に結合された伝動軸43に固定されるウォームギヤ44と、ステアリング軸21に固定されたウォームホイール45とによって形成される。上記操舵トルク検出部20はリッド37の円筒部37aの内部に取り付けられている。
操舵トルク検出部20は、ステアリング軸21に作用する操舵トルクを検出する。その検出値は、制御装置(図示しない)に入力され、モータ42に適切な補助操舵トルクを発生させるための基準信号として使用される。操舵トルク検出部20は、ステアリング軸21に対してステアリングホイールからの操舵トルクが作用したとき、ステアリング軸21に生じる捩れに応じた磁歪膜14A,14Bの磁気特性の変化を、検出コイル13A,13Bの各出力端子から誘導電圧VA,VBの変化として電気的に検出する。
ステアリング軸21に操舵トルクが作用したときステアリング軸21に捩れが生じ、その結果、磁歪膜14A,14Bに磁歪効果が生じる。操舵トルク検出部20では、交流電源16から励磁コイル12に励磁用電流が常に供給されているので、磁歪膜14A,14Bでの磁歪効果に起因する磁界変化を検出コイル13A,13Bによって誘導電圧VA,VBの変化として検出する。操舵トルク検出部20によれば、誘導電圧VA,VBの変化に基づき、2つの誘導電圧VA,VBの差を検出電圧値として出力する。従って操舵トルク検出部20の出力電圧値(VA−VB)に基づいてステアリング軸21に加えられた操舵トルクの方向と大きさを検出することができる。
図4についてさらに詳述する。図4は、前述のごとく、2つの磁歪膜14A,14Bのそれぞれの磁歪特性曲線51A,51Bを示す図である。図4において、横軸は、ステアリング軸21に加えられた操舵トルクを意味し、正側(+)が右回転に対応し、負側(−)が左回転に対応している。また図4の縦軸は電圧軸を意味する。
磁歪膜14A,14Bについての上記磁歪特性曲線51A,51Bは同時に検出コイル13A,13Bの検出出力特性を表している。すなわち、磁歪特性曲線51A,51Bを有する磁歪膜14A,14Bに対して共通の励磁コイル12により励磁用交流電流を供給し、この励磁用交流電流に感応して検出コイル13A,13Bは誘導電圧を出力していることから、検出コイル13A,13Bの誘導電圧の変化特性は、磁歪膜14A,14Bの磁歪特性曲線51A,51Bに対応している。換言すれば、磁歪特性曲線51Aは検出コイル13Aから出力される誘導電圧VAの変化特性を示し、他方、磁歪特性曲線51Bは検出コイル13Bから出力される誘導電圧VBの変化特性を示している。
磁歪特性曲線51Aによれば、検出コイル13Aから出力される誘導電圧VAの値は、操舵トルクの値が負領域から正領域に変化しさらに操舵トルクの正の値T1に到るにつれて略線形特性にて増加し、操舵トルクが正の値T1となったときにピーク値となり、操舵トルクがT1よりさらに増加すると徐々に減少するという特性を有する。他方、磁歪特性曲線51Bによれば、検出コイル13Bから出力される誘導電圧VBの値は、操舵トルクの値が負の値−T1に到るまでは徐々に増加し、操舵トルクが負の値−T1のときにピーク値をとり、操舵トルクがさらに−T1よりも増加して負領域から正領域に変化すると略線形特性にて減少するという特性を有する。
図4に示すように、検出コイル13Aに関連する磁歪特性曲線51Aと検出コイル13Bに関連する磁歪特性曲線51Bは、磁歪膜14A,14Bのそれぞれで互いに逆方向となる磁気異方性を有することが反映して、両磁歪特性曲線が交わる点を含む縦軸に関して略線対称との関係になっている。
図4において示された線52は、磁歪特性曲線51A,51Bの共通領域であって略線形特性を有する領域において、検出コイル13Aの出力電圧として得られる磁歪特性曲線51Aの各値から、検出コイル13Bの出力電圧として得られる磁歪特性曲線51Bの対応する各値を差し引いた値に基づいて作成されるグラフを示す。操舵トルクがゼロのときに、各検出コイル13A,13Bから出力される誘導電圧は等しいので、その差の値はゼロとなる。操舵トルク検出部20では、上記の磁歪特性曲線51A,51Bにおける操舵トルクの中立点(ゼロ点)付近の略一定勾配とみなされる領域を使用することで、上記線52を略直線特性を有するものとして形成している。なお線52の特性グラフに関しては、図4の縦軸は差電圧の値を示す軸を意味している。特性グラフである直線52は、原点(0,0)を通る直線であって、縦軸および横軸の正側・負側に存在する。操舵トルク検出部20の検出出力値は前述のごとく検出コイル13A,13Bから出力される誘導電圧の差(VA−VB)として得られることから、上記直線52を利用することに基づいて、ステアリング軸21に加えられた操舵トルクの方向と大きさを検出することができる。
上記のごとく、操舵トルク検出部20の出力値に基づき、ステアリング軸21(回転軸11)に入力された操舵トルクに関してその回転方向と大きさに対応した検出信号を取り出すことが可能となる。すなわち、操舵トルク検出部20から出力される検出値によって、ステアリング軸21に作用した操舵トルクの回転方向と大きさを知ることができる。
換言すれば、操舵トルク検出部20の検出値は、操舵トルクに応じて直線52上のいずれかの点として出力される。当該検出値が、横軸で正側に位置するときには操舵トルクは右回転と判断され、横軸で負側に位置するときには操舵トルクは左回転と判断される。また上記検出値の縦軸上での絶対値が操舵トルクの大きさとなる。このようにして、操舵トルク検出部20によって、直線52の特性を利用することにより、検出コイル13A,13Bの出力電圧値を基礎に操舵トルクを検出することが可能となる。
次に、図5〜図13を参照して、前述した磁歪式トルクセンサ10の製造方法を説明する。図5に示した磁歪式トルクセンサ10の製造方法の主要部は、磁歪式トルクセンサ10の回転軸11すなわちステアリング軸21の製造工程である。図5は主に回転軸11の製造工程の全体を示している。
図5において、回転軸11の製造プロセスは、大きく分けると、磁歪膜形成工程P1と磁気異方性付加工程P2と特性安定化工程P3と検査工程P4から構成されている。特性安定化工程P3は熱ストレス付加工程P31から構成されている。また検査工程P4は、製造された回転軸の品質を検査する工程である。なお磁歪式トルクセンサ10として完成するためには、検査工程P4の後に、回転軸11に対して励磁コイル12や検出コイル13A,13B等の検出器を付設する検出器付設工程が設けられている。
最初に、磁歪膜形成工程P1が実行される。この磁歪膜形成工程P1では、電解めっき処理により回転軸11の表面の所定箇所に磁歪材めっき部が磁歪膜の基礎となる部分として形成される。
磁歪膜形成工程P1では、まず、回転軸11の洗浄等の前処理が行われる(ステップS11)。その後に電解めっきが行われる(ステップS12)。この電解めっき工程では、回転軸11の上下の箇所で磁歪材が所定の膜厚になるように施される。上下の磁歪材めっき部は、後述する後処理によって磁気異方性を有する磁歪膜14A,14Bになる部分である。その後、乾燥が行われる(ステップS13)。
上記の磁歪膜形成工程P1では、回転軸11の表面に前述した磁歪膜14A,14Bを形成するために電解めっき処理法を用いた。しかしながら、回転軸11における磁歪膜14A,14Bを形成する基礎部分は、電解めっき法以外の方法、例えばスパッタリング法、イオンプレーティング法等のPVD法、プラズマ溶射法などの方法によって形成することもできる。
次に、磁気異方性付加工程P2が実行される。この磁気異方性付加工程P2は、回転軸11に形成された上下2箇所の磁歪材めっき部に対して磁気異方性を付加し前述の磁歪膜14A,14Bを形成する工程である。磁気異方性付加工程P2は、上側の磁歪材めっき部に対して高周波加熱を行うステップS21と、下側の磁歪材めっき部に対して高周波加熱を行うステップS22とを有している。
図6は、磁気異方性付加工程P2の各ステップS21,S22で実施される処理工程のフローチャートを示す。図7は、磁気異方性付加工程P2の各ステップS21,S22における回転軸11の磁歪材めっき部での軸径方向の温度分布と軸径方向の歪分布を示す図である。
磁気異方性付加工程P2の上側磁歪材めっき部を高周波加熱するステップS21は、図6に示すごとく、最初に実行される、トルク印加装置により回転軸11に所定の捩りトルクを印加するステップS201、次に所定の捩りトルクを印加した状態の回転軸11の上側磁歪材めっき部に対して所定時間だけ高周波を供給し電磁誘導により加熱処理を行う熱処理ステップS202、次に加熱した回転軸11を自然に冷却するステップS203、最後に捩りトルクを解放することによって上側磁歪材めっき部に磁気異方性を付加して上記磁歪膜14Aを形成するトルク解放ステップS204から構成されている。
上記の熱処理ステップS202では、回転軸11の上側磁歪材めっき部に誘導加熱コイルを配置し、この誘導加熱コイルに高周波電源から所定の高周波を供給して上側磁歪材めっき部のみを高周波加熱する。
上記のステップS201〜S204により、回転軸11の上側磁歪材めっき部は磁気異方性が付加され、これにより磁気異方性を有する磁歪膜14Aが形成される。
回転軸11の下側磁歪材めっき部に対する高周波加熱ステップS22においても同様に上記のステップS201〜S204が実行され、下側磁歪材めっき部に対して磁気異方性が付加され、これにより磁気異方性を有する磁歪膜14Bが形成される。この場合には、下側磁歪材めっき部に磁気異方性を付加するときに、磁歪膜14Bの磁気異方性とは逆向きになるように、回転軸11に与えるトルクの印加方向を逆向きにする。
さらに図7と図8を参照して、磁記異方性付加工程P2で磁歪材めっき部に磁気異方性を付加し磁歪膜14Aを形成するメカニズムについて詳述する。
図7では、縦方向に示された回転軸11の径方向の温度分布(1)と歪み分布(2)について、横方向に(a)トルク印加状態、(b)誘導加熱状態、(c)めっき部歪み解放状態、(d)トルク解放状態の4つの状態が示されている。トルク印加状態(a)は図6に示したステップS201に対応し、誘導加熱状態(b)は同図のステップS202に対応し、めっき部歪み解放状態(c)は同図のステップS203に対応し、トルク解放状態(d)は同図のステップS204に対応している。図7の(1)で軸61は温度を表す軸を示し、(2)で軸62は歪みを表す軸を示す。
図7の(a)では、捩りトルクTqを回転軸11に作用させ、回転軸11の円周表面に応力を与える。これにより捩りトルクTqが作用する。この場合、回転軸11の径方向の歪み分布は、回転軸11の中心に位置する軸心11aから周縁方向に向かって増加した分布ST1となる。ただし、分布ST1では、歪みの分布方向も含めて考えると、軸心11aの右側と左側では反対になるので、右側の歪み分布は正側(+)に示され、左側の歪み分布は負側(−)に示されている。さらに、図7(a)で回転軸11の径方向の温度分布は、破線で示すごとくなり、回転軸11の軸心11aから周縁方向まで室温であって一定の分布T1となる。この室温は回転軸11の温度の基準温度になる。
図7の(b)では、回転軸11に捩りトルクTqを作用させたまま、磁歪材めっき部の周囲を誘導加熱コイルで囲み、この誘導加熱コイルに対して高周波電流を流し、磁歪材めっき部を加熱処理する。図7の(b)で、回転軸11の径方向の歪み分布は、図7(a)の場合と同じである。また回転軸11の径方向の温度分布は、回転軸11の外周縁部に近いところから当該外周縁に向かって急激に増加する分布T2となる。
図7の(c)では、冷却が行われ、その結果、磁歪材めっき部にクリープが生じ、磁歪材めっき部での歪みがゼロとなる。このときの回転軸11の径方向の歪み分布は符号ST2で示される。図7(c)の状態を示すステップは、加熱処理後、自然に冷却させるステップS203である。回転軸11の径方向の温度分布T2の形状については実質的には変化がなく、冷却過程の推移と共に全体に温度は低下する。
図7の(d)では、冷却後、回転軸11に印加されていた捩りトルクTqを解除し、トルク解放を行う。これにより、歪み分布ST3に示されるごとく、回転軸11内での径方向での歪み分布はゼロとなる。他方、反対に、歪み分布ST3に示されるごとく、磁歪材めっき部においてのみ歪み分布が生じる。この結果、当該歪み分布ST3によって磁歪材めっき部に磁気異方性を付加することができ、これにより磁気異方性を有する磁歪膜14Aを形成することができる。なお、図7(d)で温度分布は、T3に示すごとく全体になだらかに分布するように低減する。
なお磁歪膜14Bを作る場合には、磁歪膜14Aに比較して逆向きの磁気異方性を付加するため、上記の捩りトルクTqとは逆方向の時計回りの捩りトルクを与えて前述のプロセスを実行する。
図8では、回転軸11の上下2箇所に設けられる磁歪材めっき部のインピーダンス特性Z0と、磁歪材めっき部に磁気異方性を付加して形成された磁歪膜14A,14Bのインピーダンス特性ZA,ZBを示す。図8において、横軸はトルク(Nm)を意味し、縦軸はインピーダンス(Ω)を意味している。磁気異方性が付加される前の段階の磁歪材めっき部のインピーダンス特性Z0は、磁気異方性が付加されることにより、磁歪膜14Aの場合にはインピーダンス特性ZAに、または磁歪膜14Bの場合にはインピーダンス特性ZBに変化する。磁歪膜14Aはインピーダンス特性ZAを有するため、磁歪膜14Aに対応する検出コイル13Aは前述した磁歪特性曲線51Aを有することになる。また磁歪膜14BはインピーダンスZBを有するため、磁歪膜14Bに対応する検出コイル13Bは前述した磁歪特性曲線51Bを有することになる。
なお図8において、範囲73は、インピーダンス特性ZA,ZBの重複部分として略線形の変化特性が得られる範囲である。この範囲73が磁歪式トルクセンサ10のセンサ使用範囲として利用される。
上記の磁気異方性付加工程P2の後に特性安定化工程P3が行われる。特性安定化工程P3では、熱ストレス付加工程P31が行われる。熱ストレス付加工程P31では、例えば操舵トルク検出部20が使用される状況での使用温度以上の温度で所定時間加熱処理を行い、次に冷却するという工程を少なくとも2周期以上行うという周期的熱ストレスを加える。また、このときの熱ストレスは、加熱温度と冷却温度の温度差が140℃以上あるようにする。
この熱ストレス付加工程P31により、アニールと回転軸11の表面に生じた磁化等の消磁を同時に行うことができる。この熱ストレス付加工程P31によれば、回転軸11上の全表面(磁歪膜14A,14Bの表面を含む)に生じたすべての磁化部分等を消磁し、残留磁化を初期化することができる。
前述した磁歪膜形成工程P1において、電解脱脂などの前処理工程のステップS11、電解めっきのステップS12、磁歪材めっき部に対する磁気異方性付加工程P2などの製造プロセスでは、各種の電磁発生装置が設けられている。そのため、例えば図9の(a)に示されるように、回転軸11の表面(磁歪膜の表面も含む)に意図しない多数の磁化部MSが生じる。図9の(a)では、熱ストレス付加工程P31による消磁前の段階での回転軸11の磁歪膜14A,14Bの表面におけるばらついた複数の磁気異方性MMと共に、回転軸11の表面に多数の磁化部MSや歪みMKが生じている。磁気異方性MM、磁化部MS、歪みMKは不規則に形成されている。
上記のごとく回転軸11に磁化部MS等が不規則な状態で存在すると、印加トルクに応じて磁歪膜14A,14Bの磁歪特性に変化を生じさせるとき、この磁歪特性に不安定性の影響を与える。このような回転軸11を磁歪式トルクセンサ10に用いると、磁歪式トルクセンサ10の検出感度が不安定になる。回転軸11はその製造プロセスにおいて上記のような様々な要因で不規則に磁化されるため、磁化部MS等の発生状態は回転軸11ごとに異なり、回転軸11の間でバラツキが出て、磁歪式トルクセンサ10のセンサ出力感度にもバラツキが出る。
そこで、上記のような状態の回転軸11に対して、熱ストレス付加工程P31による周期的再加熱処理でアニールと消磁処理を同時に行う。これにより、消磁後の回転軸11の状態は、図9の(b)のようになる。消磁後の回転軸11はその表面に存在する磁化部MSや歪みMKは初期化され、さらに2つの磁歪膜14A,14Bのそれぞれに互いに逆向きの安定したセンサ出力感度を実現する磁気異方性MMが形成される。その結果、前述した不安定な検出感度や、センサ出力感度のバラツキの問題は解消される。また、この熱ストレス付加工程P31で同時に行われるアニールによって、センサ出力感度の熱安定性が増加する。
この熱ストレス付加工程P31での加熱温度(上限温度)と冷却温度(下限温度)とそれらの温度の温度差は、次のようにして決定される。
磁性材料はキュリー点まで温度が上昇するとその時点で、残留磁化が消磁されるので、消磁するだけのためには、周期的に加熱と冷却を繰り返す必要はない。しかしながら、回転軸に設けられたピニオンの歯の部分は強度を増すために浸炭処理が施されており、キュリー点に達する200℃以上で加熱すると浸炭部分が軟化してしまう。そのため、加熱温度は200℃以下にする必要がある。また、加熱温度は、あらかじめ磁歪膜のクリープを進行させておくために、エンジンルームの環境温度である80℃〜100℃よりも高い温度にする。従って、この熱ストレス付加工程P31での上限温度は120℃以上200℃以下とする。
また、加熱温度と冷却温度の温度差ΔTが大きければ大きいほど熱ストレスは強くなる。この熱ストレスが大きいほど消磁の効果は大きくなる。熱ストレスの効果を高めるために高温加熱後に冷却工程を設ける。例えば、磁歪膜に冷風を与えたり、回転軸を炉から移動したりすることにより強制冷却を行う。しかし、−60℃以下になると、磁歪膜の結晶構造が変化してしまうため、冷却温度は−60℃よりも高い温度までとする。
図10は、本実施形態での熱ストレス付加工程P31の温度変化の一例を示す図である。横軸は時間を示し、縦軸は温度を示す。曲線C10がこの工程において回転軸11に加える温度変化を示すグラフである。まず、回転軸11を20℃から約1時間で180℃まで昇温する。180℃の高温に達したら、その180℃の加熱温度で1時間保持する。その後、約1時間で−40℃の低温まで冷却する。−40℃の低温に達したら、その冷却温度で1時間保持する。その後、再び180℃の高温まで昇温する。180℃の加熱温度で1時間保持する。その後、再び冷却する。このように、加熱温度(上限温度)と冷却温度(下限温度)の差が少なくとも140℃以上ある熱周期が、少なくとも1周期以上繰り返される。これにより、確実な消磁が行われることが分かった。
この熱ストレス付加工程P31により、図9の(b)に示されるように回転軸11に生じていた磁化部MSが磁化状態はゼロとなり、磁歪膜形成工程P1等で回転軸11に生じた不規則な磁化部や歪みを消磁する。これにより、回転軸11に形成された磁歪膜14A,14Bの各磁気異方性MMの特性が安定して維持され、トルク検出時のセンサ感度のバラツキを低減させることができる。
熱ストレス付加工程P31の後には、抜取り検査の形式で実行される検査工程P4が行われる。
その後に、励磁コイル等の検出器を配置する検出器付設工程P5を設け、回転軸11の磁歪膜14A,14Bの周囲に磁歪特性の変化を検出する検出手段を配置する。以上の工程により、磁歪式トルクセンサ10が完成する。
次に、前述した磁歪式トルクセンサの製造方法によって製造された磁歪式トルクセンサ10のセンサ特性に関するテスト結果を説明する。
図11は、本発明による磁歪膜に関して磁歪膜インピーダンスと印加磁界の関係を示す。横軸は、図2で示したコイル12により印加した磁界を示し、縦軸は、コイル13Aまたはコイル13Bで検出される磁歪膜インピーダンスを示す。曲線C11は、熱処理も交流消磁も行わない初期状態の磁歪膜を示す特性である。曲線C12は、熱処理と交流消磁をそれぞれ別工程で行った磁歪膜の示す特性である。曲線C13は、図10で示した本発明による所定温度で周期的に加熱するという周期的熱ストレスを加えた場合の磁歪膜の特性を示す。ここで、熱処理は、一定の時間高温で保つ処理であり、交流消磁は、回転軸に交流磁界を与え、その与えた交流磁界の大きさを徐々に減少させるように変化させて消磁する方法である。
曲線C11で示した初期状態の磁歪膜では、トルクを印加した場合、左右対称性がなく、磁気特性に変動があり、均一性がないことがわかる。左右対称性がないと、磁気特性に変動が出てしまい、トルク検出時にもバラツキが生じてしまう。これに対して、熱処理と交流消磁を同時に行った曲線C12では左右ほぼ対称を示しており、磁気特性が安定していることが分かる。また、周期的熱処理を行った曲線C13でも曲線C12と同様の左右対称の磁気特性を示しており、安定していることが分かる。
図12は、本発明による磁歪式トルクセンサのエンジンルーム内の温度と同じ環境での感度の時間変化を示す。横軸は時間を示し、縦軸は感度を示す。曲線C14は、磁歪膜のアニールを行わないで製造した磁歪式トルクセンサに対する変化を示すグラフであり、曲線C15は、磁歪膜に熱ストレス付加工程を設けて製造した磁歪式トルクセンサに対する変化を示すグラフである。このグラフを見て分かるように、アニールを行わない場合には、感度は時間とともに変化しているが、熱ストレス付加工程を行った場合には、感度は時間の経過でほとんど変化がない。
図13は、本発明による磁歪式トルクセンサのエンジンルーム内の温度と同じ環境での0点でのインピーダンスの変化率の時間変化を示す。横軸は時間を示し、縦軸はインピーダンスの変化率を示す。曲線C16は、磁歪膜のアニールを行わないで製造した磁歪式トルクセンサに対する変化を示すグラフであり、曲線C17は、磁歪膜に熱ストレス付加工程を設けて製造した磁歪式トルクセンサに対する変化を示すグラフである。このグラフを見て分かるように、アニールを行わない場合には、インピーダンスの変化率は時間とともに変化しているが、熱ストレス付加工程を行った場合には、インピーダンスの変化率は時間の経過でほとんど変化がない。
図12と図13で見られるように、熱ストレス付加工程P31によって使用温度より高い温度にて予めクリープさせることにより、通常使用時にクリープすることがないので、高温度に対して変化がなくなり安定化する。また、同時に周期的に加熱することにより、製造工程で付加された磁化を消磁することができ、磁気特性を均一にすることができ、安定性を向上させることができる。これら二つの特性安定化処理を同時に行うことができるため、工数を削減する。
以上のように本発明によれば、製造工程で種々の事情で生じた回転軸の磁化等を初期化するようにしたため、磁歪式トルクセンサの特性のバラツキを低減することができ、工数を短縮し、品質を向上させることができる。