無線通信においては、そのデータレートを向上するための技術が提案されている。データレートを向上するためには、(1)周波数利用効率を向上させて、同じ帯域幅で伝送可能なデータ量を増加させる、(2)データ伝送に用いる帯域そのものを広げる、という二つのアプローチが存在する。ここで、マイクロ波帯等の低周波帯では、様々なアプリケーションに帯域が割り当てられるため使用可能な周波数帯が限定されており、(1)のアプローチが選択されてきた。具体的には、QPSK(Quadrature Phase Shift Keying)や16QAM(Quadrature Amplitude Modulation)、64QAM等の多値変調技術を用いて周波数利用効率を向上させている。
一方、ミリ波帯以上の高周波帯では、低周波帯と比較して自由に使用可能な帯域が多く残っているため、(2)のアプローチが選択されることが多い。また、ミリ波帯以上の周波数を用いることで、少ない比帯域で大きな帯域を使用可能であるという利点からも(2)のアプローチがとられる場合が多い。
すなわち、無線通信用の送受信機を構成する電子回路に用いられる狭帯域のアナログ回路部品は、ある帯域内でしか動作させることが出来ないため、それが原因で無線機全体の帯域が制限されるが、これらのアナログ回路部品は、実際の帯域を中心周波数で規格化した値(比帯域)により動作範囲が決まる傾向があるため、中心周波数が高くなると、同じ比帯域でも動作可能な実際の帯域は広くなる。データレートは、無線機の実際の帯域が広いほど高くできるため、搬送波周波数を高くすることでデータレートの高い無線機を実現することができる。
例えば、非特許文献1では、120GHz帯においておよそ15GHzの帯域を使用してASK変調によって10Gbpsのデータ伝送を行っており、非特許文献2では、300GHz帯においておよそ30GHzの帯域を使用してASK変調によって20Gbpsのデータ伝送を行っている。
これらの無線機はどちらも高周波特性に優れたトランジスタであるInP−HEMTを用いた電子回路によって実現されている。一般に、100GHz帯以上の周波数帯を用いた無線機を実現するためには、高周波特性に優れた電子回路を用いる必要があるため、汎用の電子回路で多く用いられるSiCMOSトランジスタではなく、InP−HEMTやInP−HBTといったInP系の化合物半導体を用いたトランジスタが用いられる。CMOSトランジスタとInP系の化合物半導体トランジスタでは、トランジスタの最大発振周波数(fmax)が大きく異なるからである。
fmaxは、トランジスタの電力利得が1となる周波数であるため、fmax以上の周波数では、無線通信に必須となる電力増幅作用を有するアンプ類、例えば、送信機用のパワーアンプ(PA)や受信機用の低雑音アンプ(LNA)、その他ゲインブロック用のバッファアンプ等を実現することが難しい。CMOSトランジスタでは最先端のプロセスを使用してもfmaxは300GHz程度なのに対し(例えば、「非特許文献3」参照。)、InP系の化合物半導体トランジスタではfmaxは1THzを超えており(例えば、「非特許文献4」参照。)、300GHz以上の周波数帯の回路設計にはInP系のトランジスタが有利となる。
上述したように、無線通信のデータレートを伸ばすためには、低周波帯では、(1)周波数利用効率を高めるために多値変調技術を用いるアプローチが、高周波帯では、(2)データ伝送に用いる帯域を広くするアプローチがとられてきた。これらのアプローチの併用手法、すなわち、ミリ波帯以上の高周波数帯で多値変調を用いる手法により、原理的には非常に高いデータレートの無線通信が実現可能である。例えば、非特許文献5では、300GHz帯においてQPSK変調を行うことで、50Gbpsのデータレートを実現している。非特許文献5の無線機は、InP−HEMTと同様に高周波特性にすぐれたトランジスタであるInP−HBTを用いて設計されている。
しかしながら、高周波帯において、低周波帯と同じように、より多値度の高い16QAMや64QAMを用いることにより周波数利用効率を高めるアプローチを行うことは難しい。多値度の向上に伴い、多値変調用の送信機および受信機の構成部品である直交変復調器に求められる特性が厳しくなるからである。
直交変復調器では、I(In-phase)信号およびQ(Quadrature)信号が、等振幅、位相差90°となっていることが理想であるが、振幅及び位相が理想値からずれると、無線通信におけるビット誤り率(BER)が劣化する。多値度の向上に伴い、I信号およびQ信号に対して要求される振幅誤差、90°からの位相誤差に対する制限が厳しくなるため、IQミスマッチ補償回路のような補助回路を併用することで、直交変調器に求められる振幅誤差および90°からの位相誤差に対する条件の緩和を行っている(例えば、「非特許文献6」参照。)。
IQミスマッチ補償回路は、非特許文献6のようにアナログ・ディジタル変換器等の複雑な回路ブロックを有するため、通常、高い回路集積度が実現可能なCMOSトランジスタを用いた電子回路により実現される。化合物半導体トランジスタは、個々のトランジスタの特性バラつきがCMOSトランジスタよりも大きいため、ロジックのような多数のトランジスタを使う電子回路に適用することが難しいからである。高周波数帯で用いられるInP系の化合物半導体トランジスタは、高周波性能ではCMOSトランジスタに勝るものの、集積度が求められる複雑な回路を実現することは難しい。
InP系の化合物半導体トランジスタでは電子回路の動作周波数を高く取れるため、高周波帯の送受信機用の電子回路に適用するのに好適ではあるが、多値度の高い変調方式に対応することが難しいという問題がある。一方、CMOSトランジスタを用いる場合には、集積度を高くできるため、IQミスマッチ補償回路のような複雑な回路を実現可能であり多値度の高い変調方式に対応できるものの、トランジスタのfmaxが低いため、300GHzを超えるような周波数帯で動作する電子回路、特に、PAやLNAを実現することが難しく、300GHzを超える搬送波を用いる無線通信用の送受信機を実現することが難しかった。
このように、高速の無線通信を実現するために、高周波数帯において多値変調を用いる方法があるが、搬送波として300GHz以上の周波数帯を用いる場合には、CMOSトランジスタではfmaxが不足するためにアンプ等の無線通信用の送受信機を構成する高周波アナログ回路が実現できず、一方、InP系の化合物半導体トランジスタでは、アンプ等の高周波アナログ回路は実現できても、IQミスマッチ補償回路等の複雑な回路の実現が難しいため、結果として多値度の高い変調方式に対応することが出来ないという問題があった。
また、現実の回路素子には配線の高周波損失やインピーダンスミスマッチによる損失があるため、トランジスタの電力利得が1を少し超える程度しかないようなfmaxに近い周波数帯で増幅率を持つアンプを実現することは難しい。CMOSトランジスタのようなfmaxが最大でも300GHz程度のトランジスタでは、高性能なアンプが実現できる周波数帯は、現実的には100GHz付近の周波数帯である。
本発明は、以上のような問題を解決するためになされたものであり、100GHzを超える周波数帯で多値度の高い変調が可能な無線送受信機を提供することを目的とする。
上記の課題を解決するために、本発明の無線送信機は、100GHz以下の搬送波周波数を有する多値変調信号を出力する多値変調送信器と、前記多値変調信号を100GHzを超える周波数帯にアップコンバートする周波数アップコンバージョン用ミキサと、前記周波数アップコンバージョン用ミキサを駆動するミキサ駆動用信号源と、前記周波数アップコンバージョン用ミキサの出力信号を増幅するパワーアンプとを有し、前記多値変調送信器は、CMOSトランジスタを用いて構成され、前記周波数アップコンバージョン用ミキサおよび前記ミキサ駆動用信号源は、CMOSトランジスタもしくは化合物半導体トランジスタを用いて構成され、前記パワーアンプは、化合物半導体トランジスタを用いて構成される。
上記の課題を解決するために、本発明の無線受信機は、100GHzを超える搬送波周波数を有する多値変調信号を増幅する低雑音アンプと、前記低雑音アンプの出力信号を100GHz以下の周波数帯にダウンコンバートする周波数ダウンコンバージョン用ミキサと、前記周波数ダウンコンバージョン用ミキサを駆動するミキサ駆動用信号源と、前記周波数ダウンコンバージョン用ミキサが出力する100GHz以下の搬送波周波数を有する多値変調信号を復調する多値復調受信器とを有し、前記低雑音アンプは、化合物半導体トランジスタを用いて構成され、前記周波数ダウンコンバージョン用ミキサおよび前記ミキサ駆動用信号源は、CMOSトランジスタもしくは化合物半導体トランジスタを用いて構成され、前記多値復調受信器は、CMOSトランジスタを用いて構成される。
上記の課題を解決するために、本発明の通信システムは、上記無線送信機と無線受信機を備える。
上記の課題を解決するために、本発明の無線送信機は、100GHz以下の搬送波周波数を有する多値変調信号を出力する複数の多値変調送信器と、複数の前記多値変調信号を100GHzを超える周波数帯にアップコンバートする複数の周波数アップコンバージョン用ミキサと、複数の前記周波数アップコンバージョン用ミキサを駆動する複数のミキサ駆動用信号源と、前記複数の周波数アップコンバージョン用ミキサの出力信号を周波数領域で多重する周波数多重回路と、前記周波数多重回路の出力信号を増幅するパワーアンプとを有し、前記多値変調送信器は、CMOSトランジスタを用いて構成され、前記周波数アップコンバージョン用ミキサおよび前記ミキサ駆動用信号源は、CMOSトランジスタもしくは化合物半導体トランジスタを用いて構成され、前記パワーアンプは、化合物半導体トランジスタを用いて構成される。
上記の課題を解決するために、本発明の無線受信機は、100GHzを超える搬送波周波数を有する多値変調信号を増幅する低雑音アンプと、前記低雑音アンプの出力信号を周波数領域で分割する周波数分割回路と、前記周波数分割回路の出力信号を100GHz以下の周波数帯にダウンコンバートする複数の周波数ダウンコンバージョン用ミキサと、前記周波数ダウンコンバージョン用ミキサを駆動する複数のミキサ駆動用信号源と、前記周波数ダウンコンバージョン用ミキサが出力する100GHz以下の搬送波周波数を有する多値変調信号を復調する複数の多値復調受信器とを有し、前記低雑音アンプは、化合物半導体トランジスタを用いて構成され、前記周波数ダウンコンバージョン用ミキサおよび前記ミキサ駆動用信号源は、CMOSトランジスタもしくは化合物半導体トランジスタを用いて構成され、前記多値復調受信器は、CMOSトランジスタを用いて構成される。
上記の課題を解決するために、本発明の通信システムは、上記無線送信機と無線受信機を備える。
本願発明によれば、100GHzを超える周波数帯で多値度の高い変調が可能な無線送受信機を提供することが可能となる。
本実施の形態では、無線通信用の無線送受信機において高速動作が求められる回路ブロックにはInP等の化合物半導体トランジスタを用い、集積度が求められる回路ブロックにはCMOSトランジスタを用いることで、100GHzを超える周波数帯で多値度の高い変復調が可能な無線送受信機を実現する。
具体的には、本実施形態の無線送信機では、CMOSトランジスタを用いて構成した100GHz程度以下までの搬送波周波数を使用する多値変調送信器と、CMOSトランジスタもしくは化合物半導体トランジスタを用いて構成した周波数アップコンバージョン用のミキサおよびミキサ駆動用の信号源と、化合物半導体を用いて構成した100GHzを超える周波数帯で動作可能なPAとを備える。
同様に、本発明の無線受信機では、化合物半導体を用いて実現した100GHzを超える周波数帯で動作可能なLNAと、CMOSトランジスタもしくは化合物半導体を用いて実現した周波数ダウンコンバージョン用のミキサと、CMOSトランジスタもしくは化合物半導体を用いて構成したミキサ駆動用の信号源と、CMOSトランジスタを用いて構成した100GHz程度以下までの搬送波周波数を使用する多値変調無線用受信機とを備える。
図1および図2に、本発明の実施の形態における無線通信システムの構成例を示す。尚、図1では、CMOSトランジスタで構成した変調器、復調器で扱う100GHz以下の信号の周波数をf1、化合物半導体トランジスタで構成したPAやLNAで扱う100GHz以上の周波数をf2と記載している。
図1の無線送信機1では、CMOS多値変調送信器10で生成された搬送波周波数f1の多値変調信号と、ミキサ駆動用の信号源12が出力するf2−f1の周波数のLO信号とを周波数アップコンバージョン用ミキサ11で掛け合わせ、搬送波周波数f2の多値変調信号を生成する。そして、この搬送波周波数f2の多値変調信号をInP系の化合物半導体トランジスタで構成したPA13で電力増幅し、アンテナ14により空間伝搬させて送信する。
図1の無線受信機2では、アンテナ24で受信した搬送波周波数f2の多値変調信号をInP系の化合物半導体トランジスタで構成したLNA23で増幅し、ミキサ駆動用の信号源22が出力するf2−f1の周波数のLO信号とを周波数ダウンコンバージョン用ミキサ21で掛け合わせ、搬送波周波数f1の多値変調信号を生成する。そして、この多値変調信号をCMOS多値復調受信器20に入力し、データを復調する。
このように、高速動作が求められるPA、LNAはInP系の化合物半導体トランジスタを用いて構成し、集積度が求められる多値変復調器にはCMOSトランジスタを用いることで、100GHzを超える周波数帯で多値度の高い変復調が可能な無線送受信機を実現することができる。
図1の構成では、100GHzを超える周波数帯において多値度の高い変復調を実現できるものの、そのデータレートはCMOS多値変調送信器がサポートするデータレートと等しくなる。前述したように、搬送波周波数を高くすることにより、同じ比帯域でも実際に使用可能な帯域が増えるので、その利点を生かすことによりデータレートをさらに向上させることが可能である。
図2は、図1の送受信機に周波数多重回路(MUX)および周波数分割経路(DEMUX)を追加した構成である。このような構成によって、100GHzを超える周波数帯の中に複数の多値変調信号を多重することができ、データレートを向上させることが可能となる。
図2の無線送信機1では、N個のCMOS多値変調送信器(10−1〜10−4)で生成した多値変調信号を別々の周波数のLO信号(LO1−LO4)によりアップコンバートし、それらの信号をMUX30で周波数多重して送信する。一方、無線受信機2では、多重された多値変調信号をDEMUX31によって周波数ごとにN個の多値変調信号に分割し、それぞれの多値変調信号を送信側と等しい周波数のLO信号(LO1−LO4)を用いてダウンコンバートしてCMOS多値復調受信器(20−1〜20−4)に入力する。この構成によって、データレートを図1のデータレートのN倍にすることが出来る。尚、図2はN=4の場合を図示している。
図3を用いて、無線通信システムの具体例を説明する。図3は、CMOS多値変調送信器として60GHz帯のものを用い、InP系の化合物半導体を用いた回路として300GHz帯のものを用いた無線通信システムである。
図3では、60GHz帯におけるCMOS多値変調送信器として、16QAMを用いた伝送レートが28Gbpsの多値変調送信器(10−1〜10−3)を用いる。例えば、そのようなCMOS多値変調送信器は、非特許文献7に記載されている。無線送信機1の300GHz帯のPA13としては、動作帯域が300GHz±14GHzで、飽和出力電力が10dBm程度のものを用いる。例えば、そのようなPAは、非特許文献2に記載されている。無線受信機2のLNA23についてもPA13と同程度の帯域を有し、NF10程度のものを用いる。アップコンバージョン用ミキサ(11−1〜11−3)、ダウンコンバージョン用ミキサ(21−1〜21−3)としては、例えば、非特許文献2に記載の分布変調器を用いれば、変換利得−15dB程度のアップコンバージョン、ダウンコンバージョンがともに実現可能である。
例えば、非特許文献7に記載の送受信機の帯域は8.64GHzであるから、図3のように動作帯域が300GHz±14GHzのPAを用いれば、PAの帯域内に3チャネル分の周波数多重を行うことが出来るので、CMOS多値変調送信器の伝送レートが28Gbpsの場合、28×3=84Gbpsの無線伝送が実現可能である。
ここで、PA13、LNA23およびミキサの帯域を45GHz程度まで広げれば、5チャネル分の周波数多重が可能となり、28×5=140Gbpsの無線伝送も可能となる。中心周波数が300GHzであるから、帯域が45GHzの場合の比帯域は15%であり、PA等の高周波回路は十分実現可能である。
このように、本発明の実施の形態によれば、高速動作が求められる回路ブロックをInP系の化合物半導体トランジスタで構成し、集積度が求められる回路ブロックをCMOSトランジスタで構成することで、CMOSトランジスタとInP系の化合物半導体トランジスタそれぞれの利点を組み合わせて、高データレートの無線送受信機を実現することが可能となる。