切り抜き動画から140字小説まで「要素」だけでなぜ満足できるのか

有料記事カルチャー・対話

哲学者・谷川嘉浩=寄稿
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Re:Ron連載「スワイプされる未来 スマホ文化考」(第3回)

 「超短尺ドラマアプリ」と題されたBUMP(バンプ)。配信1年半で100万ダウンロードを超え、広告や課金などを用いることで、参加している若手映像作家や若手俳優も一定の収益を得ているようだ。

 BUMPは、不倫、甲子園、余命、港区女子、ゲーム、転移などの「よくある要素」を活用することで、物語世界を構築するプロセスを省略し、効率よく視聴者の感情を喚起している。さらに興味深いのは、タイトルやキャプションなどによって、そのドラマがどんな「要素」(設定)の組み合わせから成る物語なのかを、事前に大まかに予測ができるようになっていることだ。

 これを「予感」と呼んでおこう。「この流れなら、しかじかのことが起こるだろう」という、視聴者側での予測のことであり、ネットミームでいう「フラグ」のようなものだと思って構わない。たとえば、ホラー作品なら、廊下を曲がれば何か怖いことが起こるだろうとか、恋愛作品なら、病や事故が相思相愛の2人を分かつのだろうといった予測である。

 限られた時間で観客の感情を作るために、すでに観客に認知されている「要素」を組み合わせて、そのレイアウトで勝負をするのは理にかなっている。ネット上で消費される短時間のコンテンツにおいて、一から物語世界を立ち上げていては、何か具体的なテーマや関係を語り出す前に時間が尽きてしまうからだ。

 本連載の前回で論じたように、ネット上で生まれた「リミナルスペース」という新たな美意識(美学的ミーム)が、予感だけをベースにした「バックルーム」という新たな怪談のスタイルを育んだ。

 このホラーテイストなミームは、観客との間にお約束を積み上げていく「物語」的な手法ではなく、特定の感情、特定のイメージを喚起する「要素」の組み合わせを見せる、非物語的な手法によって作られている。バックルームは、人の恐怖を誘うために、いかにも不気味で不穏な演出や設定を組み合わせて、恐怖の予感を際立たせる設定を生み出し、結果として、ゲーム「8番出口」などの派生的なコンテンツまで多数制作されたのである。

 この非物語的なコンテンツ制作の傾向が、現代のショート動画(数十秒から数分のショートムービー)において、ほとんど必須の作法となっている様を今回は掘り下げていきたい。

 ネットミームや、ネット怪談を、ゲーム的な「レベル」(階層)を用いてシステム化するタイプの発想も、非物語的なコンテンツ制作の傾向を推し進めている点で基本的には同じである。ホラーものやバトルものなら、「レベルが上がれば、それだけ恐怖や困難さ、絶望も深まるだろう」という視聴者側の予感を活用し、非物語として短尺の動画などを生成できるのだ。

 たとえば、2019年に生まれた「バックルーム」がそうであり、2023年の短尺動画を機に小中学生を中心に流行する「スキビディ・トイレ」(Skibidi Toilet、洋式トイレの便器から不気味な笑みをたたえた長い首の男性が顔を出しているネットミーム)、2008年からコミュニティーサイトで展開されたホラーSF的な創作設定群の「SCP財団」も同様である。

石丸伸二、れいわ新選組半沢直樹も…

 2024年の東京都知事選挙では、石丸伸二候補が演説の切り抜き動画制作などを容認し、多数の派生的な動画が作られたことで話題になった。実態としては、「恥を知れ!」という自身の議会での怒声をネット上のイメージとして流通させた安芸高田市長時代と同じことを選挙戦でやった形になる。

 それがショートムービーとして切り出されている以上、その動画自体は、元の文脈や話題を知らない状態であっても、十分観賞に堪えるものになっていなければならない。それ自体で完結した映像になっている必要があるのだ。

 そうすると、演説内容の適切…

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    綿野恵太
    (文筆家)
    2024年8月8日15時0分 投稿
    【視点】

    谷川嘉浩さんの連載、興味深く拝読していたのですが、この記事は特に面白いですね。特定の感情やイメージを喚起する非物語的な「要素」の組み合わせ=レイアウトという観点で、短尺ドラマやホラー、短歌ブームから石丸現象までを論じてみせる。インターネット

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