A. 概要- 多重化イオンビームイメージングシステム
タンパク質発現や他の生化学的部分及び構造の多重視覚化によって、研究者達は、生物機能的事象間の重要な相互関係を特定できる。タンパク質発現の視覚化を用いれば、精密診断の一部として切除組織試料の悪性度を評価し、さらに、とりわけ腫瘍組織におけるシグナル伝達経路及び相関構造発育に関する重要な情報を提供することができる。
本開示は、二次イオン質量分析を用いて生物学的試料における抗原並びに他の生化学的構造及び部分の多重視覚化を行うためのシステム及び方法を特徴とする。構造特異的抗体は、典型的には金属元素(例えば、ランタニド元素)の形式の特定の質量タグに共役される。試料が共役抗体-質量タグ標識に暴露されると、これら標識は対応する抗原に結合する。標識試料を一次イオンに暴露すると、その標識試料から共役質量タグに対応する二次イオンが遊離する。この試料から発生した二次イオンの空間分解検出を実行すると、試料中の特定抗原の位置確認を直接視覚化でき、且つ量的情報(例えば、抗原濃度)を空間的位置の関数として抽出可能となる。この情報は他の構造的情報(例えば、腫瘍境界、細胞型/形態)と組み合わせて、試料内の腫瘍生存度及び悪化を詳細に評価できる。
図1は、多重化イオンビームイメージングのための例示的なシステム100を示す概略図である。システム100は、イオンビーム源102と、イオンビーム光学素子104と、ステージ106と、電圧源108と、イオン収集光学素子110と、検出装置112とを含む。これらの構成要素それぞれは、信号線120a-120hを介してコントローラ114に接続されている。システム100の動作時には、コントローラ114は、イオンビーム源102と、イオンビーム光学素子104と、ステージ106と、電圧源108と、イオン収集光学素子110と、圧力調整システム130と、検出装置112とのそれぞれの動作パラメータを調整できる。さらに、コントローラ114は、信号線120a-120hを介してシステム100の上述の構成要素それぞれと情報を交換できる。
動作時には、イオンビーム源102は、複数の一次イオン116aを含むイオンビーム116を発生する。イオンビーム116は、試料チャンバ126内のステージ106上に位置決めされた試料150に入射する。オプションで、特定の実施形態では、電圧源108が、試料150を支持する支持体152に電位を印加する。イオンビーム116内の一次イオン116aは試料150と相互作用して、二次イオン118aを二次イオンビーム118として発生する。二次イオン118aは、引き込み電極132により引きつけられ、イオン光学素子110内に集束される。二次イオンビーム118は、イオン収集光学素子110によって集められ、検出装置112内に向けて誘導される。検出装置112は、二次イオンビーム118内の二次イオン118aに対応する1つ以上のイオンカウントを測定し、測定されたイオンカウントに対応する電気信号を発生する。コントローラ114は、検出装置112から測定電気信号を受信し、二次イオン118a及び試料150に関する情報を特定するためこの電気信号を分析する。
コントローラ114は、システム100の様々な構成要素の異なる動作パラメータを調整でき、情報(例えば、制御信号)を送信し、システム100の構成要素から情報(例えば、測定値及び/又は状態情報に対応した電気信号)を受信できる。例えば、幾つかの実施形態では、コントローラ114は、イオンビーム源102を作動させ、イオンビーム116のイオン電流、イオンビーム116のビームウェスト、及びイオンビーム源102の中心軸122に対するイオンビーム116の伝播方向などのイオンビーム源102の動作パラメータを調節できる。概して、コントローラ114は、信号線120aを介してイオンビーム源102に適切な制御信号を送信することによって、イオンビーム源102の動作パラメータを調整する。さらに、コントローラ114は、イオンビーム源102から信号線120aを介して情報(イオンビーム116のイオン電流、イオンビーム116のビームウェスト、イオンビーム116の伝播方向、及びイオンビーム源102の構成要素に印加される様々な電位を含む情報)を受信できる。
イオン源102により発生される多種多様の一次イオンビーム116を用いて試料を曝すことができる。幾つかの実施形態では、例えば、一次イオンビーム116は、複数の酸素イオンからなる。特定の実施形態では、一次イオンビーム116は、ガリウムイオン、ヘリウムイオン、セシウムイオン、クリプトンイオン、キセノン、及び/又はアルゴンイオンの1種以上から複数個のイオンを含む。
例えば、幾つかの実施形態では、イオン源102は、一次イオンビーム116を発生する酸素デュオプラズマトロン源(例えば、ウィスコンシン州ミドルトン所在のナショナル・エレクトロスタティック社から市販されているDirect Extraction Negative Ion Duoplasmatron)として実装できる。代替的に又は付加的に、イオン源102は、本明細書に援用してその内容全体を援用する、上述した例えばUmemura et al., Rev. Sci. Instrum. 65, 2276 (1994), https://doi.org/10.1063/1.1144676で入手可能)に記載されたセシウム液体金属イオン銃として実装してもよい。
イオンビーム光学素子104は、一般的に、電界及び/又は磁界を使ってイオンビーム116の属性を制御する様々な素子を含む。例えば、幾つかの実施形態では、イオンビーム光学素子104は、試料150上でイオンビーム116の入射124位置におけるイオンビーム116のスポットサイズを調節する1つ以上のビーム集束素子を含む。幾つかの実施形態では、イオンビーム光学素子104は、軸122に対してイオンビーム116を偏向させる1つ以上のビーム偏向素子を含み、試料上でイオンビーム116の入射124位置を調節する。イオンビーム光学素子104は、1つ以上のアパーチャ、抽出電極、ビーム遮断素子、及び試料150に入射するイオンビーム116を方向付ける助けとなる他の素子を含む多様な他の素子も含むことができる。
コントローラ114は、概して、信号線120bを介して送信される適切な制御信号を介して上述の任意素子の特性を調節できる。例えば、コントローラ114は、信号線120bを介してビーム集束素子に印加される電位を調節することで、イオンビーム光学素子104の1つ以上のビーム集束素子の集束特性を調節できる。同様に、コントローラ114は、信号線120bを介してビーム偏向素子に印加される電位を調節することで、イオンビーム116の伝播方向(及び試料150に入射するイオンビーム116の入射124位置)を調節できる。さらに、コントローラ114は、信号線120bで送信される適切な制御信号を介して、イオンビーム光学素子104内の1つ以上のアパーチャ及び/又はビーム遮断素子の位置を調節し、且つイオンビーム光学素子104内の抽出電極に印加される電位を調節できる。イオンビーム光学素子104の特性を調節することに加え、コントローラ114は、イオンビーム光学素子104の構成要素に印加される電位に関する情報及び/又はイオンビーム光学素子104の構成要素の位置に関する情報を含む、イオンビーム光学素子104の様々な構成要素から情報を受信できる。
ステージ106は、試料150(及び支持体152)を支持するための表面を含む。概して、ステージ106は、x、y、z座標方向のそれぞれに並進させることができる。コントローラ114は、信号線120dで制御信号を送信することによって、ステージ106を上述の方向の何れかに並進させることができる。ステージ106上でのイオンビーム116の入射124位置を並進させるには、コントローラ114は、イオンビーム光学素子104の偏向素子に印加される1つ以上の電位を調節し(例えば、軸122に対するイオンビーム116を偏向させるため)、信号線120dで送信される制御信号を介してステージ106の位置を調節し、且つ/又はイオンビーム光学素子104の偏向素子及びステージ106の位置の両方を調節すればよい。さらに、コントローラ114は、信号線120dに沿って送信されるステージ106の位置に関する情報を受信する。
幾つかの実施形態では、システム100は、電極108a及び108bを介して支持体152に接続された電圧源108を含んでいる。電圧源108は、コントローラ114によって(信号線120cで送信される適切な制御信号を介して)作動されると、電位を支持体152に印加する。印加される電位が二次イオン118aを反発するので、当該電位は試料150からの二次イオンビーム118を捕捉する助けとなり、二次イオンが試料150から離れて収集光学素子110に向けて導くようにする。
図1に示したように、試料150は、典型的にはx及び/又はy座標方向に延伸すると共にz座標方向に測定される厚さを備えた比較的平面的な試料である。ステージ106の支持表面も、同様にx及びy座標方向に延伸している。
幾つかの実施形態では、システム100は抽出電極132を含む。コントローラ114は、適切な電位を(例えば、信号線120gを介して)抽出電極132に印加することでこれら抽出電極を作動させることができる。印加される電位は、支持体152に印加された電位に対する電位差を表し、二次イオン118aが、試料から離れ抽出電極132に向かう移動を加速する電界を発生する。
コントローラ114は、制御線120eを介して、電位をイオン収集光学素子110の1つ以上の素子に印加し、抽出電極132とイオン収集光学素子110の素子との間に電位差を発生させる。この電位差によって、抽出電極132によって収集された二次イオン118aを所定のエネルギーまで加速し、二次イオン118aを抽出電極132からイオン収集光学素子110まで効率的に移動させる。結果的に、複数の二次イオン118aからなる二次イオンビーム118は、イオン収集光学素子110によって捕捉される。
概して、イオン収集光学素子110は、二次イオンビーム118を偏向させ且つ集束するための様々な電界及び磁界発生素子を含むことができる。さらに、イオン収集光学素子100は、1つ以上のアパーチャと、ビーム遮断素子と、電極とを含むことができる。イオンビーム光学素子104に関連して上述したように、コントローラ114は、信号線120eで送信される適切な制御信号を介してイオン収集光学素子110の各素子に印加される電位を調節できる。コントローラ114は、信号線120eで制御信号を送信することで、アパーチャ、イオン遮断素子、及びイオン収集光学素子110の他の可動要素の位置を調節できる。さらに、コントローラ114は、信号線120eでイオン収集光学素子110の様々な構成要素の動作パラメータ(例えば、電圧、位置)に関する情報を受信できる。
イオン収集光学素子110は、二次イオンビーム118を検出装置112内に向ける。検出装置112は、二次イオンビーム118内の様々な種類の二次イオン118aに対応するイオンカウント又は電流を測定し、測定されたイオンカウント又は電流に関する情報を含む出力信号を発生する。コントローラ114は、適切な制御信号を信号線120fを介して送信することで、最大及び最小イオンカウント検出閾値、信号積算時間、イオンカウントが測定される質量電荷比(m/z)値の範囲、イオンカウントが測定されるダイナミックレンジ、及び検出装置112の様々な構成要素に印加される電位を含む検出装置112の様々な動作パラメータを調節できる。
コントローラ114は、信号線120fで、測定されたイオンカウント又は電流に関する情報を含む出力信号を検出装置から受信する。さらに、コントローラ114は、上述した様々の動作パラメータを含む、検出装置112の様々な構成要素の動作パラメータ情報を、信号線120fを介して受信できる。
検出装置112は、二次イオンビーム118に対応するイオンカウント/電流を測定するための様々な構成要素を含むことができる幾つかの実施形態では、検出装置112は飛行時間(TOF)検出器に対応できる。特定の実施形態では、検出装置112は、イオンがその作用表面に入射する際に電気信号を発生するファラデーカップなどの1つ以上イオン検出器を含むことができる。幾つかの実施形態では、検出装置112は、入射イオンが電子増倍管に入ってそこで対応する電子バーストを発生する増倍検出器(multiplying detector)として実装できる。この電子バーストは電気信号として直接的に検出でき、又は、入射電子に応答して光子(すなわち光学信号)を発生するコンバータ上に入射できる。これら光子は、出力電気信号を発生する光学検出器で検出される。
幾つかの実施形態では、試料チャンバ126、イオン光学素子110、及び検出装置112は、圧力調整システム130を用いて減圧下に維持される。例えば、圧力調整システム130は、イオン源102、イオンビーム光学素子104、試料チャンバ126、イオン光学素子110、及び検出装置112を含む本システムの1つ以上の構成要素内で1.0 x 10-4トル以下(例えば、1.0 x 10-5トル以下、1.0 x 10-6トル以下、1.0 x 10-7トル以下、1.0 x 10-8トル以下、1.0 x 10-10トル以下)の圧力を維持できる。
圧力調整システム130は、システムの2つ以上の構成要素内で又はすべての構成要素内でも等しい圧力を維持できる。代替的に、特定の構成要素内の圧力が異なっていてもよい。幾つかの実施形態では、圧力調整システム130は、イオン源102、イオンビーム光学素子104、試料チャンバ126、イオン光学素子110、及び検出装置112のそれぞれの気体圧を個別に制御して、各構成要素内の気体圧が上述の範囲内に個別に入るようにできる。これら構成要素内の気体の圧力は、試料の性質、測定する信号、システム内の異なる動作条件によって異なっていてもよいし、同一でもよい。
圧力調整システム130は、線120hを介してこれら構成要素の圧力をコントローラ114に通信する。この情報に基づいて、コントローラ114は、システム130の動作パラメータを線120hを介して調節して、これら別個の構成要素内の低圧を実現且つ維持できる。
減圧下の動作は、システム100内で汚染及び/又は信号ノイズを減少させる助けとなりうる。例えば、低い圧力は、検出されるシステム内の望ましくない粒子の数を減少させる。こうした粒子の検出は、検出器のバックグラウンドノイズ増大及び電位の飽和を引き起こすことがある。
さらに、低圧動作は、システム内で、試料150から検出装置112まで移動する発生した二次イオンと相互作用又は衝突しうる望ましくない粒子の数を減少させることができる。対象となるイオンのエネルギー分布を変更することに加え、二次イオンとそうした望ましくない粒子との衝突は、二次イオンを望ましくない断片化経路を介して早く断片化させてしまい、二次イオン分子イオンピーク信号強度を低下させる。
さらに、幾つかの実施形態では、動作時の本システム内の低圧維持が、本システム内でのイオン移動を助けることができる。例えば、動作時に本システムの異なる部分を異なる低圧に維持することで、本システムのこれら異なる部分間に圧力勾配を設定でき、本システムのこれら異なる部分間での二次イオンの移動がこれら圧力勾配によって促進されうる。
上述のように、コントローラ114は、システム100の多種多様な動作パラメータを調節し、これら動作パラメータの値を受信且つ監視し、試料150から発生された二次イオン118a(及び他の種)に関する情報を含む電気信号を受信できる。コントローラ114はこれら電気信号を分析して、二次イオン118a及び他の種に関する情報を抽出する。抽出された情報に基づいて、コントローラ114は、システム100の動作パラメータを調節してシステム動作(例えば、m/z分解能、検出感度)を改善し、システム100によって測定されるデータ(例えば、イオンカウント)の精度及び再現性を改善できる。さらに、コントローラ114は、表示処理を実行してシステムのユーザに、試料150内の様々な質量タグの分布を示す画像を示し、これら分布に関する情報を不揮発性記憶媒体に記憶する記憶処理を実行できる。
上述のように、本明細書に記載したいずれの段階及び機能もコントローラ114によって実行できる。概して、コントローラ114は、単一の電子プロセッサ、複数の電子プロセッサ、1つ以上の集積回路(例えば、特定用途向けIC)、及び上述の素子の任意組合せを含むことができる。ソフトウェア及び/又はハードウェアに基づいた命令は、コントローラ114によって実行されて本明細書に記載された段階及び機能を実行する。図2に示したように、コントローラ114は、プロセッサ210及びデータ記憶システム(メモリ220及び/又は例えば記憶装置230のような記憶素子)を含むことができる。このコントローラは、少なくとも1つの入力装置及び表示装置240のような少なくとも1つの出力装置に接続できる。各組のソフトウェアに基づいた命令は、有形の非一時的記憶媒体(例えば、CD-ROM若しくはDVDなどの光学記憶媒体、ハードディスクなどの磁気記憶媒体、又は持続性ソリッドステート記憶媒体)又は装置として実現され、ハイレベル手続き若しくはオブジェクト指向プログラミング言語、又はアセンブリ若しくは機械言語として実装できる。
B. 試料暴露及び二次イオン画像形成
多重化イオンビーム画像化法(MIBI)は、生物学的試料の表面上の様々な化学成分の検出と位置特定を可能とする表面敏感技法である。例えば、MIBI法を用いて単一の分子標的(例えば、個別RNA分子、DNA分子、タンパク質、又はタンパク質複合体)を解像し、又は細胞の生物学的試料(例えば、特定のタンパク質、核酸、又は分子の量を特定するため)を検定できる。MIBIの「多重化」は、複数の標識を用いて単一の生物学的試料内の複数検体を同時又は順次的に検出し、測定することをいう。
MIBI法は、タンパク質発現を視覚化するための従来の多重免疫組織化学的技法に比べて多くの利点をもたらす。例えば、従来の技法は、複数の抗体共役蛍光体で標識付けられている試料からの蛍光発光の光学検出に依存している。これら共役蛍光体は、試料内の対応する抗原に特異的に結合し、試料からの蛍光発光のイメージングを使用して蛍光体の空間的分布を評価する。抗体濃度が比較的低い例では、信号増幅(例えば、多価の酵素標識二次抗体を用いて)を用いて視覚化を補助できる。しかし、信号増幅技法を使うと、試料画像から別の方法では抽出可能な量的情報(例えば、抗原濃度情報)を損なうことがある。
従来の多重免疫組織化学的視覚化技法では、他の制約が発生する可能性もある。複数の蛍光体のスペクトルシグネチャの光学検出及び分離は複雑な問題であり、蛍光体の蛍光スペクトルが有意な重なりを示す場合は特にそうである。これら蛍光体のスペクトルシグネチャを明確に区別しなければ、重要な発現関係情報は明らかにできない可能性がある。さらに、そうした技法は、異なる宿主種で発生する一次抗体にしばしば依存する。これらの要素が、効果予測バイオマーカーの開発及び臨床診断のための従来の多重免疫組織化学的視覚化技法の有用性を制限することがある。
対照的に、MIBI法を用いれば、高倍率の光学顕微鏡法に匹敵する画像解像度で、試料に印加された比較的多数の質量タグの空間分布を同時に解像できる。さらに、MIBI法によって取得された画像は、信号重複問題を来すことがなく、抗原濃度の高精度の定量化が可能となる。これらは、宿主・標的ミスマッチに起因する抗体不適合の影響を受けない。
適切な質量タグ(例えば、抗体共役質量タグ)で試料150を標識化する方法は、後続の節で説明する。試料150を標識化した後は、多重化イオンビームイメージングを実行するため、一次イオンビーム116を試料150上の複数の異なる入射124位置に向ける。各位置124では、一次イオンビーム116は、試料表面からの分子種をイオン化することによって二次イオン118aを発生する。具体的には、二次イオン118aは、その位置で試料150に抗体共役且つ結合した質量タグの部分に対応する。
試料150の生化学的構造に関する空間分解情報を特定するために、二次イオンビーム118を形成する二次イオン118aが測定され、分析される。例えば、二次イオン118aは、質量分析計などの検出装置112に移送され、そこで標準的な質量分析技法(例えば、飛行時間、磁場形、四重極形、イオントラップ、及びそれらの組合せ)を用いて質量分析され、定量化される。飛行時間(「TOF」)法を用いれば、二次イオン118aは、検出装置112を通過するそれらの飛行時間によって分けることができ、この飛行時間がそのイオンの質量に対応する。言い換えれば、二次イオンの発生と検出との間の時間(飛行時間)を測定することによって、発生した二次イオンの質量分析が可能となる。二次イオン118aを検出し且つ定量化するための適切な方法は、後の節でより詳しく説明する。
試料150からの空間分解情報を得るために、一次イオンビーム116は、試料150上で複数の異なる入射124位置に並進される。これら複数の異なる入射位置は、試料150の平面で(すなわちX-Y平面に平行な面で)一次イオンビーム116の二次元暴露パターンを形成する。試料表面に沿った各位置で試料から収集される質量スペクトルを用いて、試料の走査部分の二次元(2D)の空間分解画像を生成できる。各位置で、その位置から検出された二次イオン118aに関する質量スペクトル情報が求められる。従って、得られる画像の各ピクセルにおいて、そのピクセルに対応した位置における試料に結合した様々な質量タグに対応した質量スペクトル情報が得られる。
一般に、多種多様な暴露パターンを使用できる。例えば、幾つかの実施形態では、この暴露パターンは、試料150上で一次イオンビーム116の正方形又は長方形配列の入射124位置に対応する。図3Aは、試料150上で正方形の暴露パターン300を形成する、試料150における一次イオンビーム116の正方形配列の入射124位置を示す概略図である。暴露パターン300の各行は、試料150上で一次イオンビーム116の10カ所の別々の入射124位置を含み、これらはx座標方向に沿って離間している。暴露パターン300の各列は、試料150上で一次イオンビーム116の10カ所の別々の入射124位置を含み、これらはy座標方向に沿って離間している。暴露パターン300は、一次イオンビーム116の合計100カ所の別個の入射位置を含む。
概して、暴露パターン300の各行及び列は、試料150上で一次イオンビーム116の任意数の別々の入射124位置を含むものとしてよい。例えば、幾つかの実施形態では、暴露パターン300の各行及び/又は列は、10箇所以上の(20箇所以上、30箇所以上、50箇所以上、100箇所以上、200箇所以上、300箇所以上、500箇所以上、1000箇所以上の)一次イオンビーム116の別個の入射124位置を含む。
暴露パターンに従って試料150を一次イオンビーム116に暴露するに当たって、暴露パターン300を構成する異なる入射124位置は、概して一次イオンビーム116を任意の順序で当てることができる。幾つかの実施形態では、これら異なる入射124位置には一定の順番で照射する。例えば、図3Aの正方形の暴露パターン300は、一次イオンビーム116がこの暴露パターンの各行に沿って順番に走査されるように実施できる。(例えば、x座標方向に平行に一次イオンビーム116を並進することによって)一列内の各入射124位置に到達した後、一次イオンビーム116は、暴露パターン300の次の列にy座標方向に平行に並進され、この次の列の各入射124位置に順番に到達する。
この代表的な暴露の順序は、試料150における一次イオンビーム116のラスター走査パターンに一致する。図3Aに示したように、各位置302a-302jは一次イオンビーム116によって順番に到達され、次に位置304a-304jが順番に到達され、その後も最終列の位置320a-320jに達するまで順番に継続する。
暴露パターン300は、試料150上で一次イオンビーム116の合計100カ所の異なる入射位置を含む。しかしより一般的には、暴露パターン300は、一次イオンビーム116の任意数の別個の入射位置を含むことができる。例えば、幾つかの実施形態では、暴露パターン300は、試料150上で25箇所以上の(50箇所以上、100箇所以上、200箇所以上、500箇所以上、1000箇所以上、5000箇所以上、10000箇所以上、20000箇所以上、30000箇所以上、50000箇所以上、100000箇所以上、200000箇所以上、500000個以上の)一次イオンビーム116の別個の入射位置を含む。
x座標方向に平行に測定した暴露パターン300の最大寸法はLxであり、y座標方向に平行に測定した暴露パターン300の最大寸法はLyである。概して、Lx及びLyは、分析対象となる試料150の部分の空間寸法に従って適宜に選択される。幾つかの実施形態では、例えば、Lx及びLyは、それぞれ別個に25マイクロメートル以上(例えば、50マイクロメートル以上、100マイクロメートル以上、200マイクロメートル以上、300マイクロメートル以上、400マイクロメートル以上、500マイクロメートル以上、700マイクロメートル以上、1.0 mm以上、1.5 mm以上、2.0 mm以上、2.5 mm以上、3.0 mm以上、5.0 mm以上)とすることができる。
図3Aの暴露パターン300は正方形パターンである。しかし、より一般的には、試料150上で一次イオンビーム116の入射124位置の組合せによって形成される暴露パターンは、正方形や長方形である必要はない。様々な異なる形状及び一次イオンビーム116の入射位置の間隔が異なる二次元暴露パターンを実施できる。例えば、その配列は六角形でもよいし、不規則な(例えば、無作為又は空間的に変化した)形状を備えていてもよい。図3Bは、暴露パターンの列はy座標方向に空間的に互い違いに配置され、食い違い配置を形成している暴露パターン300を示す概略図である。図3Cは、一次イオンビーム116の個別の入射位置が放射状線322a-322hに沿って順番に暴露される放射状暴露パターン300を示す概略図である。
図3Dは、図3Aに示した正方形配列上の螺旋暴露パターン300を示す概略図である。暗い正方形は、螺旋に沿って順に暴露される一次イオンビーム116の個別の入射位置を示し、位置312eから開始され位置304dで終わる。
図3Eは、例えば、より濃く影の付いた流域330a及び330bにおいて入射302a-310e位置が重複する正方形暴露パターン300を示す概略図である。入射位置間の重複の程度は、一般的に、個々の試料及び測定用途の必要に応じて選択すればよい。
図3Aを再び参照すると、試料150が暴露パターン300に従って一次イオンビーム116に暴露されると、この暴露は、暴露パターン300の1回の暴露に基づくか又は複数回の暴露に基づいて実行できる。すなわち、幾つかの実施形態では、試料150は、一次イオンビーム116が暴露パターン300の各位置に到達するよう導くことによって一次イオンビーム116に暴露される。特定の実施形態では、試料150は、一次イオンビーム116が暴露パターン300の各位置に複数回到達するよう導くことによって一次イオンビーム116に暴露される。典型的には、例えば、一次イオンビーム116が暴露パターン300の各位置に1回到達した後、一次イオンビーム116ビームは暴露パターン300のこれら位置に2回目の到達を果たすべく、一連の第2回目暴露を実行する。その後に順に行われる暴露は、一次イオンビーム116が暴露パターン300に定められた順番の暴露を所望の回数繰り返すことにより実行できる。
幾つかの実施形態では、暴露パターン300の各位置における一次イオンビーム116への暴露は、一次イオンビームが暴露パターン300の新しい位置に移動するまで複数回行ってもよい。すなわち、一次イオンビーム116がパターン内の次の位置に移動する前に、パターン内の各位置で、試料を一次イオンビーム116に2回以上暴露することができる(例えば、3回以上、4回以上、5回以上、6回以上、7回以上)。試料を一次イオンビーム116にこうした方法で暴露することには幾つかの利点がある。例えば、試料の一次イオンビーム116への複数回の暴露が望ましい場合は、この方法で試料を暴露すると、一次イオンビーム116が並進される回数を減らすことで試料走査に要する総時間を減少させることができる。
概して、検出装置112により測定されるイオンカウント/電流の正確性及び再現性は、一次イオンビーム116と試料150との相互作用によって発生する二次イオン118aの数に依存する。一方、一次イオンビーム116の各入射124位置で発生される二次イオンの数は、各位置での合計イオン線量の関数である。一次イオン線量が増加すると、他の条件が一定であれば、発生される二次イオンの数も増加する。上述のように、各入射124位置における一次イオンの合計線量は、各位置における一次イオンビーム116への1回の暴露を介して又は各位置における一次イオンビーム116への複数回の暴露を介して(すなわち暴露パターン300を繰り返すことによって)出力できる。
要約すると、本明細書では、図3A-3Eで暴露パターン300によって概略的に幾つかの例が示された「暴露パターン(exposure pattern)」という用語は、試料150上での一次イオンビーム116の空間的入射位置の組合せに加えて、滞留時間(暴露時間ともいう)、イオン線量、イオンビーム電流、及び試料150上の一次イオンビーム116の空間的入射位置それぞれに関連付けられた他の暴露パラメータの組合せをいう。幾つかの実施形態では、コントローラ114は、暴露パターンに対応した情報を揮発性及び/又は不揮発性記憶装置に維持する。システム100の動作時に、コントローラ114は暴露パターンを修正でき、これをこの暴露パターンに関連付けられた一次イオンビーム116の入射位置の組の修正により行ったり、且つ/又は検出装置112により測定されたイオンカウント/電流に応答して、且つ/又は信号解像度、信号対雑音比並びにデータ再現性及び/又は正確性などのシステム100の性能関連基準を調節するために、空間的位置の組に関連付けられた任意の暴露パラメータの修正により行ったりできる。
「暴露パターン」の上述の説明は、入射124位置におけるイオンビーム内のイオンの空間的断面分布に対応するイオンビーム光学素子104の入射124位置における断面形状も考慮することができる。概して、イオン源102及びイオンビーム光学素子104の特性によって、複数の異なる断面形状のイオンビームを使用できる。幾つかの実施形態では、例えば、この断面形状は円形又は楕円形とすることができ、ビームの断面領域内のイオン分布が概ね均一になる。試料表面におけるイオンビーム116の断面形状は、試料表面に対するイオンビームの伝播方向に依存することがある。例えば、特定の実施形態では、試料表面におけるイオンビーム116の断面形状は、イオンビーム116が直角以外の角度で表面に入射する場合に楕円形となることがある。
幾つかの実施形態では、試料表面におけるイオンビーム116の断面形状は、イオンビーム内のイオンの空間的に変動する分布を反映できる。例えば、イオンビーム116の断面形状はガウス形となることができ、より一般的には、イオン密度がビームの中心で最大となり、ビームの縁に向かって減少するようなイオンビーム内の別の空間的イオン分布を反映する場合がある。イオン密度が、イオンビーム116の断面積内の複数位置において極大値に達し、実質的に「多重極」断面形状を形成するより複雑な形状も可能である。双極性、四極性、六極性、及び八極性の断面形状も、イオン源102及びイオンビーム光学素子104の適切な構成を介して形成できる。
幾つかの実施形態では、試料150上で一次イオンビーム116の入射124位置を制御するため、コントローラ114は、信号線120dに沿って送信される制御信号を介して、ステージ106をx座標及びy座標方向に並進させる。一次イオンビーム116が静止位置に向けられている状態で、x座標及びy座標方向への試料150の運動は、一次イオンビーム116の位置に対して試料150のx座標及びy座標方向への試料150を移動させ、一次イオンビーム116の入射124位置を移動させることになる。
代替的に又は付加的に、幾つかの実施形態では、コントローラ114は、試料150上で一次イオンビーム116の位置を並進するために1つ以上のイオンビーム光学素子104の素子を調節する。図4は、イオンビーム光学素子104の一部の例を示す概略図である。イオンビーム光学素子104は、集束素子404及び406(環状静電レンズとして実装されている)と、一対の第1偏向電極(図の視点によって図4では一方の電極408aのみが示されている)と、一対の第2偏向電極410a及び410bとを含む様々な構成要素を取り囲むハウジング402を含む。イオンビーム光学素子104は、ビーム遮断素子412も含む。
コントローラ114は、集束素子404及び406と、一対の第1偏向電極(図4では電極408aへの接続が示されている)と、一対の第2偏向電極410a及び410bとに電気的に接続されている。コントローラ114は、信号線120bに沿って適切な信号を送信することで、接続されている各素子に印加される電位を調節する。
システム100の動作時には、一次イオンビーム116は、ハウジング502内でアパーチャ(図4では図示しない)を介してイオンビーム光学素子104に入り、概ねイオンビーム光学素子104の中心軸122に沿って伝播する。適切な電荷を環状集束素子404及び406に印加することで、コントローラ114は、軸122に沿った一次イオンビーム116の焦点位置を調節する。
コントローラ114は、信号線120bに沿って送信される制御信号を介して一対の第1及び一対の第2偏向電極に印加される電位を調節することで、試料150上でのオンビーム116の入射124位置を調節できる。例えば、一対の第1偏向電極(電極408a及び図4に示されていない供働第2電極)に印加される電位を調節することで、一次イオンビーム116は、x座標方向に平行に偏向される。よって、x座標方向に平行な方向に一次イオンビーム116を暴露パターンで走査するには、コントローラ114は、一対の第1偏向電極に印加される電位を調節する。
同様に、一対の第2偏向電極410a及び410bに印加される電位を調節することで、一次イオンビーム116は、x座標方向に平行に偏向される。従って、y座標方向に平行な方向に一次イオンビーム116を暴露パターンで走査するには、コントローラ114は、一対の第2偏向電極に印加される電位を調節する。
一次イオンビーム116が試料150に入射するのを防ぐため、コントローラ114は一方又は両方の対の偏向電極に印加される電位を調節して、一次イオンビーム116をビーム遮断素子によって遮らせることができる。例えば、適切な電位を電極410a及び410bに印加することで、一次イオンビーム116を偏向させて、このビームをイオンビーム光学素子104のビーム遮断素子512によって遮断させることができる。ビーム遮断素子はイオンビーム光学素子104の外部に配置させることもでき、偏向電極に印加される電位を調節して、当該外部のビーム遮断素子に入射する一次イオンビーム116の向きを操作できる。
暴露パターンに従って試料を一次イオンビーム116で走査し、試料から発生される二次イオン118aを測定することで試料の質量スペクトル情報を得た後で、コントローラ114は、当該質量スペクトル情報を使って試料の1つ以上の画像を形成できる。この方法で形成された画像を分析して、当該画像における個別細胞の境界及び/又は個別細胞の細胞下特徴を識別できる。本明細書に援用してその内容全体を援用する、例えばKo et al., J. Digital Imaging 22: 259-74 (2009), and Ong, Comput. Biol. Med. 26: 269-79 (1996)に記載されているような画像のセグメント化などの技法を用いる細胞境界を識別する様々な方法を利用することができる。使用可能な画像のセグメント化の計算技法の例には、二値化技法(例えば、Korde, et al., Anal. Quant. Cytol. Histol. 31: 83-89 (2009)及びTuominen et al., Breast Cancer Res. 12, R56 (2010)に記載されている)と、適応注意ウインドウ(adaptive attention windows)(例えば、上記に引用したKo et al.に記載されている)と、傾度流追跡(例えば、Li et al., J. Microscopy 231: 47-58 (2008)に記載されている)とを含むがそれらに限定されない。これら参照文献それぞれの開示全体は、引用して本明細書に援用する。
一旦、個別の細胞が識別されると、各個別細胞(又はその細胞下特徴)に対応する測定二次イオン信号をさらに処理して、試料に関する情報を細胞毎に求めることができる。例えば、個別の細胞に対応した信号を積算して、各細胞内の対象となる各質量タグの定量的な量に関する情報を出力する。この方法で、質量タグが結合された各細胞内の異なる抗原、核酸、及び対象となる他の生物学的実体の存在量を定量的に求めることができる。
各細胞に関連付けられた各質量タグの量を求めると、当該試料内の細胞の分類が可能になる。すなわち、個別の細胞及び/又は細胞下特徴は、当該細胞及び/又は細胞下特徴に結合した質量タグの種類及び/又は量に基づいて、1つ以上の分類に割り当てることができる。コントローラ114はこの情報を使用して、これら分類の様々な細胞及び/又は細胞下特徴がシステムユーザに出力表示装置240を介して表示される1つ以上の出力画像を生成できる。
例えば、コントローラ114は、細胞及び/又は細胞下特徴が、当該細胞に結合した質量タグの種類及び量に従って色分けされた擬似カラー画像を生成できる。この画像の各ピクセルの色の純度は、試料上の対応する位置に関して得られた信号の大きさに関連付けることができる。言い換えれば、この細胞画像の任意の単一ピクセルの色の純度は、対応する試料位置で試料に結合した1つ以上の質量タグの量に関連付けることができる。
幾つかの実施形態では、MIBI技法を用いて試料の比較的薄い外層に関する情報を選択的に取得できるが、その理由は、二次イオン118aが主としてその薄い外層から試料から生成されるからである。例えば、一定の実施形態では、二次イオンは、1.0マイクロメートル以下の試料厚み(例えば、500 nm以下、200 nm以下、100 nm以下、50 nm以下、20 nm以下、10 nm以下、5 nm以下、2 nm以下、1 nm以下)内で発生する(従って、情報もこの範囲で求められる)。
さらに、概して、試料が暴露される一次イオンの線量は比較的少ないので、試料に存在している有機化合物の化学構造は維持しつつそれらをイオン化でき、有意な劣化を起こさずに有機化合物を分析できる(例えば、質量スペクトル情報から識別される)。試料劣化を減少させることで、有機化合物の劣化断片からの擬似信号によって存在しかねない得られるスペクトルデータ内のバックグラウンドノイズを低減できる。
C. 試料の調製及び質量タグ
MIBIは、集束イオンビームを用いて、1つ以上の異なる種類の質量タグで特異的に標識付けられた試料から二次イオンを解放することに依拠する。「標識付け(labeling)」は、検出可能な部分(「標識」)が試料内の対象とする構造に取り付けられる手順をいう。そうした構造は、様々な細胞構成要素(例えば、細胞壁、細胞質、核膜、ミトコンドリア)及び生物学的構造並びに生物学的試料内の生化学的実体(例えば、抗原、抗体、タンパク質、ペプチド、核酸、酵素、酵素レセプター)を含むことができ、ひとまとめに「検体」と呼ばれる。標識を検体に取り付けることによって、試料内の検体の存在が、対応する結合標識を検出することによって特定され、定量化されうる。
検出可能な部分又は標識は、一般に結合試薬と共に質量タグを含む。「特異的標識化」又は「特異的結合」は、結合試薬の検体に対する強くて比較的排他的で優先的な付着であり、結合試薬が、試料の多くの異なる部分(細胞構成要素及び/又は生化学的構造体及び/又は生化学的部分)に付着する非特異的結合と対照的である。例えば、抗原・抗体結合は特異的結合の一例である。試料内で抗原(検体)が存在する場合、相補的抗体を含む結合試薬が、優先的にその検体抗原に結合する。従って、抗体に結合した質量タグも、検体抗体に優先的に付着する。
特異的結合は、試料内の所望の(標的化された)検体と望ましくない検体と(例えば、抗原502)を区別する相互作用ということができ、幾つかの実施形態では、約10から100倍以上(例えば、約1000又は10,000倍)である。特定の実施形態では、結合試薬と検体が捕捉剤/検体複合物において特異的に結合する際の結合試薬と検体との親和性は、10-6 M未満、10-7 M未満、10-8 M未満、10-9 M未満、10-11 M未満、又は約10-12 M未満のKD(解離定数)によって特徴付けられる。
抗原及び相補的な特異的結合抗体は、実例を用いてこの節で説明する。しかし、本明細書で開示されたシステム及び方法は、抗原・抗体結合を介した質量タグの付着に限定されないことは理解すべきである。アプタマー(核酸に特異的に結合するもの)、色素産生染色剤、及び/又は他の化学薬剤を含む多様な他の特異的結合試薬も使用できる。
例証として、幾つかの実施形態では、この染色剤は:ファロイジン、ガドジアミド、アクリジンオレンジ、ビスマルクブラウン、バーミン(barmine)、クーマシーブルー、イズ ブレシルバイオレット(bresyl violet)、ブリスタルバイオレット(brystal violet)、DAPI、ヘマトキシリン、エオシン、臭化エチジウム、酸性フクシン、ヘマトキシリン、ヘキスト染色剤、ヨウ素、マラカイトグリーン、メチルグリーン、メチレンブルー、ニュートラルレッド、ナイルブルー、ナイルレッド、オスミウム酸(正式名:四酸化オスミウム)、ローダミン、サフラニン、リンタングステン酸、四酸化オスミウム、四酸化ルテニウム、モリブデン酸アンモニウム、沃化カドミウム、カルボヒドラジド、塩化第二鉄、ヘキサミン、三塩化インジウム、硝酸ランタン、酢酸鉛、クエン酸、硝酸鉛(II)、過ヨウ素酸、リンモリブデン酸、フェリシアン化カリウム、フェロシアン化カリウム、ルテニウムレッド、硝酸銀、プロテイン銀、塩化金酸ナトリウム、硝酸タリウム、チオセミカルバジド、酢酸ウラニル、硝酸ウラニル、硫酸バナジル、又はそれらの任意誘導体の1つ以上を含むことができる。この染色剤は、タンパク質又はタンパク質類、リン脂質、DNA (例えば、dsDNA、ssDNA)、RNA、小器官(例えば、細胞膜、ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体、隔膜など)、及び細胞の区画などの対象となる特徴に対して特異的となりうる。この染色剤を使って、細胞内若しくは細胞外構造のコントラスト又はイメージングを向上させることもできる。
特定の実施形態では、この着色剤は、生きている被験者に投与するのに適している場合がある。この着色剤は、経口摂取、注射(例えば、血液循環中に)、又は局所投与(例えば、手術中に)などの任意適切な手段によって被験者に投与すればよい。こうした着色剤は、対象となる組織、生物学的構造(例えば、血管、病変)、又は細胞型に固有のものでよい。この着色剤は、ブドウ糖取り込みなどの細胞過程の被験者の細胞に組み込むことができる。こうした着色剤の例としては、ガドリニウム、シスプラチン、ハロゲン化炭水化物(例えば、フッ化、塩素化、臭素化、ヨウ素化した炭水化物)などを含むがそれらに限定されない。イメージング技法(例えば、MRI、PETスキャン、CTスキャンなど)で使用される他の注入可能な着色剤は、質量タグに本来的に関連付けられていない場合は、質量タグに共役させ、生きている被験者に投与できる。試料は投与後に被験者から取得して、本明細書で記載した方法で使用できる。
上述したように、質量タグは結合試薬に結合され、結合試薬が検体に結合したときに検体に付着する。本明細書では、「質量タグ」は、それらの原子質量及び/又は質量スペクトルプロファイルによって識別可能な検出可能部分である。
図5は、支持体152上の試料150の断面略図である。試料150は、複数の異なる抗原502を発現するタンパク質を含んでいる。抗体504は、各抗体のタイプに固有の質量タグ506で標識化されている。標識抗体504は、試料150の表面の対応する抗原502に特異的に結合する。質量タグ506は、試料が集束イオンビーム116に暴露されると、試料150からの二次イオンとして放出される。タグ506を収集し分析して、試料150の走査部分における放出された質量タグ506に対応する抗原502の存在を特定し定量化する。
標的にできる抗原502の例には、癌胎児抗原(腺癌の識別用、サイトケラチン(癌腫の識別用だが、幾つかの肉腫に発現されることもある)、CD15及びCD30 (ホジキン病用)、アルファーフェトプロテイン(卵黄嚢腫瘍及び肝細胞癌用)、CD 117 (消化管間質腫瘍用)、CD 10 (腎細胞癌及び急性リンパ芽球白血病用), 前立腺特異抗原(前立腺癌用)、エストロゲン及びプロゲステロン(腫瘍識別用)、CD20 (β細胞リンパ腫の識別用)及びCD3 (T細胞リンパ腫の識別用)を含むがそれらに限定されない。
抗体504は、カッパ及びラムダ軽鎖、並びにアルファ、ガンマ(IgG1、IgG2、IgG3、IgG4)、デルタ、イプシロン、及びミュー重鎖又は他種の等価物を含むがそれらに限定されない。完全長免疫グロブリン「軽鎖」(25 kDa又は約214個のアミノ酸のもの)は、NH2終端に約110個のアミノ酸の可変領域と、COOR終端にカッパ又はラムダ定常域とを含む。完全長免疫グロブリン「重鎖」(約50 kDa又は約446個のアミノ酸のもの)は、可変領域(約116個のアミノ酸のもの)と、前述の重鎖定常領域の1つ、例えばガンマ(約330個のアミノ酸のもの)とを同様に含む。さらに、抗体504は、概して、任意のアイソタイプの抗体又は免疫グロブリン、Fab、Fv、scFv、及びFd断片を含むがそれらに限定されない抗原への特異的結合を保持する抗体の断片、キメラ抗体、ヒト化抗体、低分子化抗体(minibodies)、端鎖抗体、並びに、抗体の抗原結合部分及び非抗体タンパク質を含む融合タンパク質を含むことができる。「抗体」という用語には、Fab'、Fv、F(ab')2及び抗原への特異的結合を保持する他の抗原断片並びに単クローン抗体も含まれる。抗体は、例えば、Fv、Fab、及び(Fab')2に加えて、二機能性(すなわち、二重特異性)ハイブリッド抗体を含む多様な他の形式並びに端鎖で存在可能である。
質量タグ506は、21から238の原子質量単位の範囲の質量を持つことができる。有意な重複なしでMIBIを介して同時に測定可能な21から238の原子質量単位である元素の100を超える非生物安定同位体が存在する。質量タグで使用される安定同位体の例は、遷移金属、ポスト遷移金属、ハロゲン化物、貴金属、若しくはランタニド、又は分析下で試料に通常は含まれない他の任意の元素の同位体が含まれる。これらには、遷移金属(例えば、Rh、Ir、Cd、Au)、ポスト遷移金属(例えば、Al、Ga、In、Tl)、メタロイド(例えば、Te、Bi)、アルカリ金属、ハロゲン、及びアクチニドの高分子量メンバーが含まれるがそれらに限定されない。質量タグ506は、生物マトリクスにおいて一般的ではない低分子量の遷移元素(例えば、Al、W、及びHg)からなってもよい。幾つかの実施形態では、タグ付けする同位体は、本明細書に記載した用途に関して安定金属キレート化剤タグを形成できる非ランタニド元素を含んでいてもよい。
上述したように、幾つかの実施形態では、質量タグ506は、1つ以上のランタニド元素を含むことができる。ランタニド元素は、原子番号58-71を有する任意の元素であって、「希土類金属」と呼ばれることもある。質量タグ506で使用できるランタニド元素の例は、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、サマリウム、ユーロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、及びルテチウムを含む。
ランタニド元素は、幾つかの理由で質量タグとして特に有用であり得る。こうした元素は、典型的には、生体組織内では自然存在度が非常に低いので、そうした元素のイオンから発生する検出信号は、一般的には、そうした元素の自然発生的濃度によるものでなく、その組織の特異的標識化のためと見なすことができる。さらに、ランタニド元素は、正確に定義された質量を備えており、そうした元素のイオンから発生する測定信号は、バックグラウンドノイズの寄与に対して容易に識別できる。さらに、タンタニド元素は、断片化、劣化、又は多様なイオン信号を発生しかねず且つ/又は分子イオンピークの振幅を減少しかねない他の物理的若しくは化学過程を受けない。その上、そうした劣化経路が存在しないことによって、ランタニド元素から発生するイオンは、発生に続いて「集める」ことができ、衝突及び/又は自然断片化による信号消失に至ることなく、イオン電流測定時に積算又は信号平均化時間を実質的に増加させる。
上述したように、幾つかの実施形態では、質量タグ506は、1つ以上の貴金属原子を含むことができる。貴金属の適切な例としては、パラジウム、銀、イリジウム、白金、及び金が含まれるが、それらに限定されない。
幾つかの実施形態では、質量タグ506は、単一非生物同位体(例えば、ランタニド)の1つ以上の原子をキレート化した、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)又はジエチレントリアミン5酢酸(DTPA)などのキレート配位子(例えば、金属キレート化剤の繰り返し単位からなるキレートポリマー)を含むことができる。このキレート配位子を用いて、特定の質量タグの質量を選択的に変化させることで(例えば、特定のランタニドに結合することによって)、検出ウィンドウ(すなわち、質量タグが検出される質量電荷比(m/z)の値の範囲)を調節できる。こうすることで、質量タグは、他のバックグラウンド種からの寄与により比較的「混雑」していない検出ウィンドウ内で選択的に検出できる。代替的に又は付加的に、一定の質量タグからの信号は、特定の検出ウィンドウ内に「圧縮」でき、走査される質量電荷比の範囲が小さくなるので、全体的な測定時間を減少させられる。
幾つかの実施形態では、ラインベルク照明法を質量タグ付けと組み合わせて、試料内の対象となる特徴の多重測定を達成できる。これらの技法の組合せによれば、試料の幾つかの領域が光学的方法を介して区別可能となり、他の領域が質量スペクトル情報を介して区別可能となる。例えば、特定の実施形態では、一定の種類の質量タグは複数の異なる細胞及び/又は細胞小器官に位置することがある。従って、これら質量タグから発生する二次イオン信号を特定の細胞/小器官に明白に割り当てるのは困難となることがある。
しかし、試料が、当該試料が示差的に標識化する1つ以上の色素産生及び/又は蛍光染色剤で染色されていれば、二次イオン信号は、試料の光学測定から特定されるので、当該試料内の染色剤の配置に基づいて特定の細胞/小器官に割り当て可能である。こうすることで、共通タイプの二次イオン(例えば、共通タイプの質量タグ)から発生する信号は、単一試料の異なる領域内で場所を特定できる。一例として、質量タグが適用された試料であって、Her2膜染色剤及びER核染色剤で染色したものを考慮する。この質量タグ(例えば、ランタニド金属に基づくタグ)から発生する二次イオン信号は、Her2及びER染色剤から発生する光吸収/放射信号との共局在化に基づいて、個別の試料細胞内の異なる細胞小器官に割り当てることができる。
代替的に、特定の実施形態では、異なる質量タグに帰すことができる空間的に分解された二次イオン信号を用いて、2つ以上の色素産生及び/又は蛍光染色剤が共局在している試料の領域を区別できる。一例として、ER核染色剤及びdsDNA又はヒストンH3染色剤(両方とも試料内でER染色と共局在する)で染色された試料を考慮する。これら共局在染色剤が存在している試料内の異なる領域が、質量タグで示差的に標識化されていれば、これら質量タグから発生する二次イオン信号を用いてER及びdsDNA/ヒストンH3信号をこれら異なる領域に割り当てることができる。
幾つかの実施形態では、付加的な構造的部分が、質量タグと特異的結合試薬との間の中間構造として存在しうる。こうした構造的部分は、質量タグの特異的結合試薬への付着を促進する結鎖部材(linking members)として機能できる。具体的には、これら構造的部分により、各異なる種類のアダクツ用の専用合成方法でなく汎用調製方式を用いることで、広い範囲の多様な質量タグ特異的結合試薬アダクツが調製できるようになる。
概して、質量タグ506 (MT)は、反応性基(R)に結合又は共役でき、するとこれは抗原などの特異的結合試薬と結合又は共役する。こうしたアダクツの構造はMT-R-SBRとして表現でき、質量タグ及び反応性基が中間化合物R-Tを形成している。さらに、特定の実施形態では、スペーサー部分(S)が、反応性基と質量タグとの間に存在でき、アダクツの構造がMT-S-R-SBRとして表現できる。
幾つかの実施形態では、Rは、例えば、スルフヒドリル反応性であるマレイミド又はハロゲン含有基、アミン反応性であるN-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)カーボネート、又はヒドロキシル反応性であるN,N-ジイソプロピル-2-シアノエチルホスホロアミダイトであってもよい。そのような反応性基は、特異的結合試薬上の他の基、(例えば、抗体のシステインまたは他の残基、又はオリゴヌクレオチドのスルフヒドリル基)と反応できる。
特定の実施形態では、MTは、例えば、10-500単位のポリマーとしてもよく、ポリマーの各単位は、配位遷移金属原子を含む。DOTA及びDTPAベースのポリキラントを含む、配位基を含有する反応性基R及び質量タグMTの適切な例は、それぞれの内容を引用して援用するManabe et al., Biochim. Biophys. Acta 883: 430-467(1986)並びに米国特許第6,203,77号5及び5,364,314号に記載されている。
質量タグMT及び反応性基Rの付加的な例は、それぞれの内容全体を引用して援用する米国特許出願公開第2008/0003316号並びに米国特許第6,203,775号、7,267,994号、6,274,713号、及び5,364,313号に記載されている。ポリマーに基づく質量タグを作製する方法はZhang et al., Agnew. Chem. Int. Ed. 46: 3111-3114 (2007)に記載されており、その内容全体は引用して本明細書に援用する。)
質量タグの金属イオンに配位結合又は結合するため多種多様のキレート剤/部分を用いることもできる。こうしたキレート剤/部分の例には、EDTA、EGTA、及びHemeが含まれるがそれらに限定されない。概して、キレート剤/部分は、1つ、2つ、3つ、及び4つの電荷を備えた金属イオンと結合できる。こうしたキレート剤/部分を特異的結合試薬に連結させる方法は本発明の分野で公知である。
MIBIで分析可能な試料150の例には、ヒト又は動物の患者から抽出されたバルク組織(例えば、生検時に切除された腫瘍組織又は侵襲的手術若しくは非侵襲的処置を介して回収された別の種類の組織試料)、細胞集団(例えば、血液細胞)、又は個別細胞内の細胞小器官が含まれる。一例として、幾つかの実施形態では、試料150は、ホルマリン固定パラフィン包埋組織試料である。こうした試料は、癌腫瘍又は他の解剖学的構造体からの生検組織の組織検査時に調製できる。
検査可能な生物学的構造及び部分の例としては、細胞壁、核、細胞質、膜、ケラチン、筋繊維、コラーゲン、骨、タンパク質、核酸、及び他の種類の細胞高分子(例えば、炭水化物、脂肪など)が含まれる。MIBIは、細胞試料中の筋肉繊維又は結合組織の強調表示から、細胞試料中の異なる血液細胞の分類まで、様々な方法で使用できる。
図6は、支持体152上の組織試料150の断面略図である。図6の支持体152と試料150との間にはオプションのコーティング154が存在する。コーティング154によって、一次イオンビームの途絶や、場合によっては試料から発生される二次イオン発生過程に外乱を持ち込みかねない試料の帯電を防止できる。存在する場合は、コーティング154は、図1に示したように、電極108a及び108bを介して電圧源108に電気的に接続できる。
支持体152は、顕微鏡スライド又は他の平面支持構造として実現でき、様々な種類のガラス、プラスチック、シリコン、及び金属を含む様々な材料から形成できる。一例として、18mm2片に角切りにしたシリコンウェーハ(カリフォルニア州サンタクララ所在のSilicon Valley Microelectronicsから入手できる)が支持体152として機能する。このウェーハは、メタノールで2回濯ぎ、先端に綿を付けたアプリケーターで研磨すればよい。次に、洗浄したウェーハ基板を2%ポリ-1-リシン溶液(ミズーリ州セントルイス所在のSigma-Aldrichから入手できる)に10分間浸し、30℃で1時間焼成した。
存在する場合は、コーティング154は、比較的導電率が高い1つ以上の金属元素及び/又は1つ以上の非金属化合物から形成できる。コーティング154を形成するために使用される金属元素の例には、金、タンタル、チタン、クロム、錫、及びインジウムが含まれるがそれらに限定されない。特定の実施形態では、コーティング154は、複数の別個のコーティング層として実現でき、それぞれの層は、金属元素の別個の層又は比較的導電率が高い非金属化合物の別個の層として形成できる
図6に示したように、試料150は、概ね平面的であって、x及び/又はy座標方向に延伸すると共にz座標方向に測定される厚さdを備えている。試料150の調製方法によっては、この試料は、x-y座標平面に平行な試料の平面範囲にわたって概ね一定の厚さdを備えることができる。代替的には、切除組織に対応する多くの実試料は、x-y座標平面に平行な試料の平面範囲にわたって一定でない厚さdを備えている。図6では、試料150は断面図を示すが、z座標方向に測定された厚さdを備えている。
概して、試料150の厚さdは、支持体152に取り付けられる前に試料150を入手し、処理する方法に依存する。例えば、特定の試料は、比較的大きい組織ブロックからミクロトームスライスされ、比較的一定の厚さを備えることができる。別の例としては、特定の試料は、切除によって直接入手され、可変厚みを備えることができる。試料150の厚さdは、599 nm-500ミクロンの範囲(例えば、1ミクロン-300ミクロンの範囲、5ミクロン-200ミクロンの範囲、10ミクロン-150ミクロンの範囲、25ミクロン-100ミクロンの範囲)でよい。
幾つかの実施形態では、支持体152は、試料150の支持体152への接着を促進する1つ以上の付加的なコーティング材料を含むこともできる。コーティング154が存在しない場合は、こうした1つ以上の付加的なコーティング材料を支持体152に直接塗布でき、これら付加的なコーティング材料が、試料150と支持体152との間に配置された層を形成する。コーティング154が存在する場合は、こうした1つ以上の付加的なコーティング材料をコーティング154上に塗布でき、例えば、これら付加的なコーティング材料が、コーティング154と試料150との間に配置された層を形成する。試料150の接着を促進する適切な付加的なコーティング材料には、ポリ-L-リジンが含まれるがそれには限定されない。
特定の実施形態では、試料150は支持体上の細胞の配列に対応する。この配列は自然発生したものでよく、組織試料内の細胞の規則的に発生した順序配置に対応する。代替的に、この細胞の配列は試料調製の結果得られるものでよい。すなわち、この試料は、個別の細胞を支持体152に手動又は自動で配置することによって(例えば、支持体152に形成された一連のウェル又は凹部内に)調製でき、細胞配置が形成される。
図7は、支持体152上に配置された細胞試料150の断面略図を示す。支持体152は、オプションで、上述のように1つ以上の相似被覆層154を含む。さらに、支持体152は、支持体152の表面に形成された凹部に対応したウェル156の配列を含む。各ウェル156は、試料150の部分150a-150cを含む。概して、支持体152は、図7の試料の3つの別個の部分150a-150cを収容する3つのウェル156を含む一方で、より一般的には、支持体152は任意数のウェル156を含むことができ、試料150は、任意の1つ以上のウェル156の間に配分できる。
ウェル156(及びウェル156内に分配された試料150の部分)は、概して支持体152において様々なパターンで配置できる。例えば、ウェル156は、支持体152に直線状の(すなわち、一次元の)配列を形成できる。代替的に、ウェル156は、支持体152の平面に一次元に分散して、ウェルの一部又は全部の離間は不規則とすることができる。
別の例として、ウェル156は支持体152の平面に二次元配列を形成し、支持体152の平面でx及びy座標方向に平行な隣接するウェルの離間は規則的とすることができる。代替的に、支持体152の平面にx及びy座標方向に平行な方向の一方又は両方で、少なくと幾つかのウェル156は不規則に離間させることができる。
ウェル156が支持体152で二次元配列を形成する場合は、この配列は様々な形状を形成することができる。幾つかの実施形態では、ウェル156の配列は正方形又は長方形配列とすることができる。特定の実施形態では、この配列は、支持体152の平面に六角形配列、放射相称を備えた極性配置、又は幾何学的対称形状を備えた別の種類の配列とすることができる。
上述のように、試料150の各部分150a-150cは、1つ以上の細胞を含むことができる。試料調製時に、各部分150a-150cは、支持体152の対応するウェル156に計量分配又は配置して、試料150を形成できる。例えば、試料150の各部分150a-150cを対応するウェル156内に、液体媒体中の細胞懸濁液として計量分配し、次に、液体媒体を除去して(例えば、洗浄又は加熱によって)各ウェル156内に細胞が後に残される。
概して、任意の試料種類150に関し、タンパク質発現のような試料150の様々な生化学的構造分析を容易にするため、試料150は1つ以上の異なる質量タグで標識化できる。試料150が一次イオンビーム116に暴露されると、質量タグはイオン化され、試料150から遊離する。イオン化された質量タグは二次イオン118aに対応し、試料150から発生する二次イオンビーム118を形成する。二次イオンビーム118に存在する二次イオン118aを、試料150上のイオンビーム116の入射124位置の関数としてコントローラ114によって分析すると、各入射124位置における試料150の生化学的構造に関する多くの情報が得られる。
質量タグ506を試料150に適用するには、各質量タグは、試料150で抗原レセプター502に選択的に結合する特異抗体504に共役させればよい。例えば、抗体共役した質量タグそれぞれの溶液を調製でき、次に、試料150を質量タグそれぞれに暴露することで、試料150を標識化できる。幾つかの実施形態では、試料150は、複数の質量タグ溶液に順番に且つ/又は同時に暴露し、試料150は、複数の別個の質量タグで標識化できる。
適切な質量タグ標識化溶液を調製するために様々な方法が利用できる。特定の実施形態では、例えば、こうした溶液は:ポリマー結鎖部分(polymer linking moiety)に質量タグ付け元素(例えば、ランタニド金属元素)を充填し、抗体を還元し、且つこの金属充填ポリマーを抗体に共役させる一連の3工程を経て調製される。第1工程では、例えば、金属キレートポリマーは、特定の金属元素で充填される。この工程を実行するには、このポリマーをバッファー1(カリフォルニア州メンローパーク所在のIONpathから入手可能)に懸濁させ、対象の金属元素を付加できる。次に、この混合物は37℃で45分間にわたってインキュベートし、続いて、ポリマーを保持すると共にバッファー1でポリマーを2回洗浄することによって非結合の金属タグを除去できるフィルター(例えば、マサチューセッツ州バーリントンから入手可能な3 kDa分子量カットオフ(MWCO) Amicon(登録商標)スピンフィルター)に移される。
第1工程と並行して実行できる第2工程では、ポリマーを受け取る抗体を調製する。この抗体は、抗体を保持するフィルター(例えば、マサチューセッツ州バーリントンから入手可能な50 kDaMWCO Amicon(登録商標)スピンフィルター)に移し、その後、バッファー2(カリフォルニア州メンローパーク所在のIONpathから入手可能)で2回洗浄できる。次に、この抗体は、4 mMリン酸トリス(2-クロロエチル) (TCEP)などの還元剤とともに37℃で30分にわたってインキュベートして、抗体を部分的に還元し、スルフヒドリル残留物を暴露し、マレイミド含有ポリマーに共役させる。インキュベートに続いて、抗体は、同じ50 kDa MWCOフィルターを用いてバッファー3 (カリフォルニア州メンローパーク所在のIONpathから入手可能)で2回洗浄することで、TCEPを除去し、抗体の更なる還元を防止できる。
第3工程では、金属標識ポリマー及び還元抗体を結合させ、37℃で60-90分にわたりインキュベートしてポリマーを抗体に共役させることができる。このインキュベートに続いて、この混合物は、同じ50 kDa MWCOフィルターを用いてバッファー4 (カリフォルニア州メンローパーク所在のIONpathから入手可能)で3回洗浄することで、共役抗体を保持し且つ非結合ポリマーを除去できる。金属標識抗体の濃度は、バッファー5 (カリフォルニア州メンローパーク所在のIONpathから入手可能)において金属標識抗体の溶液で200 μg/mLと500 μg/mLとの間の濃度に希釈され、4℃で保存されたものに関して、280 nmにおける吸光度を測定することによって確認できる(例えば、マサチューセッツ州ウォルサム所在のThermoFisher Scientificから入手可能なMANanoDrop分光螢光計を使用して)。
幾つかの実施形態では、細胞配列からなる試料の調製のため、図7に示したように、懸濁液中の細胞は、表面マーカー抗体で増強され、概ね30分にわたり室温でインキュベートされる。インキュベートに続き、細胞は、質量タグ標識化溶液で2回洗浄して細胞を標識化する。PBSで希釈して単位量当たりの所望の細胞濃度とした(例えば、概ね107個の細胞/mL)標識化細胞の個別アリコートが、次にウェル156内に配置され、概ね20分にわたり接着できるようにする。接着した細胞は次にPBSで穏やかに濯ぎ、2%のグルタルアルデヒドを含むPBSで概ね5分間固定され、脱イオン水で2回濯げばよい。濯ぎの後、試料は一連の勾配エタノール(graded ethanol series)を介して脱水し、室温で乾燥させ、分析に先だって少なくとも24時間は真空デシケーターに保管すればよい。
幾つかの実施形態では、図6に示したように、生検から得られた試料のような無傷組織試料を調製するには、組織試料を支持体152にマウントすればよい。マウントに続いて、試料は概ね65℃で15分間焼成し、キシレンで脱パラフィンし(FFPE組織ブロックから得た場合は)、一連の勾配エタノールを介して再水和できる。次いで、試料をエピトープ回収緩衝液(10 mMクエン酸ナトリウム、pH 6)中に浸し、圧力鍋に30分間載置できる(ペンシルバニア州ハットフィールド所在のElectron Microscopy Sciencesから入手可能)。続いて、試料を脱イオン水で2回濯ぎ、洗浄バッファー(TBS、0.1% Tween、 pH 7.2)で1回濯げばよい。試料をリントフリーティッシュに穏やかに接触させることで残存洗浄バッファー溶液を除去できる。幾つかの実施形態では、次に、試料は、ブロッキングバッファーで概ね30分間(TBS、0.1% Tween、3% BSA、10%ロバ血清、pH 7.2)インキュベートできる。
幾つかの実施形態では、続いて、ブロッキングバッファーを除去でき、試料が加湿チャンバ中で4℃にて一晩質量タグ標識化溶液で標識化される。標識付けに続いて、試料を洗浄バッファー中で2回濯ぎ、概ね5分間(PBS、2%グルタルアルデヒド)後固定した後、脱イオン水で濯ぎ、Harrisヘマトキシリンで10秒間染色した。幾つかの実施形態では、試料は一連の勾配エタノールを介して脱水し、室温で乾燥させ、分析に先だって少なくとも24時間は真空デシケーターに保管される。
例えば、乳房腫瘍組織切片をMIBIイメージングのため次のように用意できる。ミクロトームを用いて、ヒト乳房腫瘍のホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織ブロックから組織切片(例えば、4μm厚さのもの)を切除し、MIBI分析用にポリ-L-リシン被膜シリコン支持体上にマウントできる。幾つかの実施形態では、シリコンにマウントした切片を65℃で15分間焼成し、キシレンで脱パラフィンし、一連の勾配エタノールを介して再水和できる。次いで、切片をエピトープ回収緩衝液(10 mMクエン酸ナトリウム、pH 6)中に浸し、圧力鍋(例えば、ペンシルバニア州ハットフィールド所在のElectron Microscopy Sciencesからのもの)に30分間載置できる。幾つかの実施形態では、圧力鍋の工程の後、切片をdH2Oで2回濯ぎ、洗浄バッファー(例えば、トリス緩衝生理食塩水(TBS)、0.1% Tween、pH 7.2を含むバッファー)で1回濯ぐことができる。例えば、表面をリントフリーティッシュに穏やかに接触させることで残存バッファーを除去できる。次に、切片は、ブロッキングバッファーで30分間(TBS、0.1% Tween、3% BSA、10%ロバ血清、pH 7.2)インキュベートできる。切片を洗浄緩衝液中で2回濯ぎ、5分間(PBS、2%グルタルアルデヒド)後固定した後、dH2Oで濯ぐことができる。最後に、切片を一連の勾配エタノールを介して脱水し、室温で空気乾燥させ、イメージング前に少なくとも24時間真空デシケーター中で保管すればよい。
pH 6.0の125℃でのクエン酸バッファーとともに圧力を15 psiにした状態でデクローキングチャンバ(カリフォルニア州コンコルド所在のBiocare Medicalからのもの)を用いて抗原回収を実行できる。切片はチャンバ中に合計時間で45分入れておけばよい。一次抗体でのインキュベーションを、加湿チャンバ中で室温にて一晩実行できる。正常なヤギ血清をブロッキングに用いることができる。ビオチニル化ヤギ抗ウサギ(1: 1000)を、ベクタスタチンABCキットエリートで用いる二次抗体とすることができる。ペルオキシダーゼ支持体キットDAB (例えば、カリフォルニア州バーリンゲーム所在のVector Labsからのもの)をそれぞれ、信号の増幅及び視覚化に使用できる。各評価抗原を含むことが知られている組織を陽性対照として使用できる。
上述の調製工程は試料調製の方法の例としてのみ記載されたものであって、上記の工程の順序を変更しても質量タグで適切に標識付けされ、MIBI分析用に調製された試料が得られることは理解すべきである。具体的には、上述の調製工程の順序を変更する場合は試料の性質(試料が対応する組織の種類)に基づいて行えばよい。
D. イオン光学素子
図1を再び参照すると、システム100は、試料チャンバ126から検出装置112内に二次イオン118aを案内するよう機能するイオン光学素子110を含む。一般に、イオン光学素子110は、二次イオン118aを案内するため多種多様な異なるイオン光学素子を含むことができる。図8は、イオン光学素子110の一実施形態を示す概略図である。図8のイオン光学素子110は、入口アパーチャ812及び出口アパーチャ814を備えたハウジング810を含む。動作時には、二次イオン118aが、試料チャンバ126から入口アパーチャ812を介してイオン光学素子110に入り、概ね方向818で中心軸816に沿って出口アパーチャ814に向かって伝播する。二次イオン118aはアパーチャ814を介して出て、検出装置112に入る。
イオン光学素子110は、二次イオン118aを誘導し、イオンの特性を調節するため多種多様なイオン光学素子を含むことができる。幾つかの実施形態では、図8に示したように、イオン光学素子110は、1つ以上の集束素子802、804、及び806を含むことができ、これらは信号線120eを介してコントローラ114に接続されている。イオン光学素子110は、さらに、信号線120eを介してコントローラ114に接続されたビーム偏向素子808も含むことができる。システム100の動作時には、チャンバ126で発生された二次イオン118aは、入口アパーチャ812を介してイオン光学素子110に入り、概ね方向818に伝播する。コントローラ114は、集束素子802、804、及び806並びにビーム偏向素子808に印加される電位を調節し、方向818が軸816に概ね平行となることを保証する。さらに、集束及びビーム偏向素子に印加される電位を調節することで、コントローラ114は、二次イオン118aがアパーチャ814を介してイオン光学素子110から出る際の、二次イオン118aのビームの直径と二次イオン118aの軌跡を調節する。
幾つかの実施形態では、図8の素子に加え又はそれらに代替的に、イオン光学素子110は1つ以上のイオントラップを含むことができる。イオントラップを用いて、チャンバ126で発生された二次イオン118aをそれらが検出装置112に渡される前に一時的に「集め」又は集中させることができる。
多種多様な異なる種類のイオントラップをイオン光学素子110で用いることができ、イオントラップの選択は、二次イオン118aの収量など様々な要因に依存しうる。例えば、幾つかの実施形態では、イオン光学素子110は環状イオントラップを含むことができる。図9は、信号線120eを介してコントローラ114に接続された電極902及び904を含む環状イオントラップ900の概略図である。イオントラップ900の動作時に、二次イオン118aはアパーチャ906を介してトラップに入る。コントローラ114は、電極902及び904に印加される電位を調節して、電極によって環状トラッピング力が二次イオン118aに印加され、電極902と904との間のギャップ910内でこれら二次イオンに歳差運動を行わせる。電極902及び904に印加される電位を掃引し、二次イオン118aが環状ギャップ910内に捕捉された後、特定のm/z比の二次イオン118aがアパーチャ908を介してトラップ900から選択的に排出される。このようにして、捕捉されたイオンはそれらのm/z比に従って検出装置112に向けられ、検出装置112が高分解能で二次イオンを検出できる。環状イオントラップの他の特徴及び側面は、例えば、Lammert et al., "Miniature Toroidal Radio Frequency Ion Trap Mass Analyzer," J. Am. Soc. Mass Spectrom. 17: 916-922 (2006)、及びin Austin et al., "Halo Ion Trap Mass Spectrometer," Anal. Chem. 79: 2927-2932 (2007)に開示されており、それぞれの内容全体は、引用して本明細書に援用する。
別の例として、幾つかの実施形態では、イオン光学素子110は放射状イオントラップを含むことができる。図10は、入口アパーチャ1002と、出口アパーチャ1006と、信号線120eを介してコントローラ114に接続された1つ以上の電極1004とを含む放射状イオントラップ1000の概略図である。動作時に、二次イオン118aはアパーチャ1002を介してトラップ1000に入る。コントローラ114は、1つ以上の電極1004に電位を印加して、二次イオン118aにトラッピング領域1008内で歳差運動を行わせる放射状トラッピング場をイオントラップ1000内に発生させる。コントローラ114は、選択範囲のm/z値を持つ二次イオン118aのみが領域1008内に捕捉されるように電位を変化させる。この範囲のm/z値に入らない二次イオン118aはアパーチャ1006を介して排出される。電位を変化させることによって、異なるm/z比を備えた二次イオンがイオントラップ1000から外へ選択的に「掃き出され」、検出装置112に入る。
トラッピング領域1008の形状が、イオントラップ1000内でコントローラ114によって発生されるトラッピング場の性質を決定する。特定の実施形態では、例えば、トラッピング場1008は、電極1004に形成された楕円形アパーチャに対応し、イオントラップ1000は、楕円形トラッピング場を備えた楕円形イオントラップである。幾つかの実施形態では、トラッピング場1008は、電極1004に形成された円形アパーチャに対応し、イオントラップ1000は、円形トラッピング場を備えた円形イオントラップである。放射状イオントラップの他の側面及び特徴は、例えば、Patterson et al., "Miniature Cylindrical Ion Traps Mass Spectrometer," Anal. Chem. 74: 6145-6153 (2002)、Blain et al., "Towards the Hand-Held Mass Spectrometer: Design Considerations, Simulation, and Fabrication of Micrometer-Scaled Cylindrical Ion Traps," Int. J. Mass Spectrom. 236: 91-104 (2004)、及びRiter et al., "Analytical Performance of a Miniature Cylindrical Ion Trap Mass Spectrometer," Anal. Chem. 74: 6154-6162 (2002)に開示されており、それぞれの内容全体は、引用して本明細書に援用する。
上述の記載は、イオン光学素子110に含めることが可能な異なる素子の様々な例を述べたものだが、イオン光学素子110は他の素子を含むことができることは理解すべきである。さらに、幾つかの実施形態では、イオン光学素子110はいかなる素子を含むことができない。すなわち、二次イオン118aは、イオン光学素子110に対応するいかなる素子を通過することも、それによって処理されることもなく、チャンバ126から直接的に検出装置112まで通過する。
E. 検出装置
イオン光学素子110を通過した後、二次イオン118aは検出装置112によって検出される。検出装置112は、多種多様な異なる要素を含むことができる。概して、検出装置112は、検出装置112に入る二次イオン集団を質的且つ/又は量的に表す電気信号(例えば、電圧、電流)を発生するよう機能する。
幾つかの実施形態では、例えば、検出装置112は、信号線120fを介してコントローラ114に接続された1つ以上のファラデーカップ検出器を含むことができる。二次イオン118aがファラデーカップ検出器に入射すると、この検出器は、信号線120fを介してコントローラ114に送信される電気信号を発生する。上述したようにm/z分解用の適切なイオントラップを光学素子110で使用すると、ファラデーカップ検出器により発生される信号はm/zの関数としてコントローラ114により測定できるので、二次イオン118a集団に関する量的情報を与えることができる。
特定の実施形態では、検出装置112は、直線飛行時間(lin-TOF)検出器を含むことができる。図11は、直線状TOF検出器1100の一実施形態を示す概略図である。検出器1100は、信号線120fを介してコントローラ114に接続された1つ以上の電極1104及び検出素子1106(ファラデー検出器など)をオプションで含む。動作時に、二次イオン118aはアパーチャ1102を介して検出器1100に入る。イオンの特性は、オプションで、適切な電位を電極1104に印加してコントローラ114によって調節できる(例えば、二次イオン118aの偏向及び/又は集束)。すると、二次イオン118aは、概ね方向1110に沿って検出素子1106に向かって伝播し、ドリフト領域1108を通過する。
質量が異なる二次イオン118aは異なる速度で伝播する。従って、各二次イオン118aがドリフト領域1108を横断する経過時間は、そのイオンのm/z比に関連している。コントローラ114は、検出素子1106が発生する電気信号を時間の関数として測定するが、ここで、各信号に関連付けられた時間は特定のm/z比を表している。コントローラ114は較正情報を用いて、検出素子1106へのイオン到着時間を特定のm/z比に変換するので、m/z比の関数としてのイオン集団は定量的に求めることができる。
飛行時間型検出器において、イオン検出サイクルは時刻ゼロで開始される。各信号に関連付けられたm/z比は、時刻ゼロに対して当該信号が測定される時刻の一次関数なので、時刻ゼロが各検出サイクル時に正確且つ再現可能に設定されることが重要である。直線状TOF検出器に関しては、時刻ゼロは、二次イオン118aが発生される様態によって異なる方法で設定できる。
幾つかの実施形態では、イオン源102は連続的な一次イオンビーム116を発生し、二次イオン118aは試料150から連続的に発生される。そうした場合、時刻ゼロは検出器1100においてコントローラ114で定められる。イオン検出サイクルを実行する前は、コントローラ114は、電極1104に印加される電位を調節し、アパーチャ1102に入る二次イオン118aは偏向され、アパーチャ1112で遮断され、検出素子1106に到達しない。イオン検出サイクルを開始するには、コントローラ114は電極1104に印加される電位を調節して、二次イオン118aが検出器1100を通って伝播し、検出素子1106に到達可能とする。電極1104に印加される電位を調節することでコントローラ114が検出サイクルを開始する時刻が、当該検出サイクルで時刻ゼロ(t = 0)に対応し、検出素子1106が発生するイオン信号の測定時刻はこの時刻ゼロに参照される。
典型的には、コントローラ114は、電極1104に印加される電位を比較的短時間調節して、二次イオン118aのパルス又はバーストを検出素子1106まで伝播且つ検出させることで、イオン検出サイクルを開始する。しかし、二次イオン118aのパルスを導入した後は、コントローラ114は電極1104に印加される電位を再調節することで、導入された二次イオン118aが検出される一方で、アパーチャ1112に到着する付加的な二次イオン118aは遮断される。
図12は、コントローラ114による電極1104に印加される電位の調節に対応する進入ウィンドウ1202と、二次イオン118aに対応する測定電気信号1204との関係を示すタイミング図である。進入ウィンドウ1202の立ち上がりエッジは、検出サイクルの時刻ゼロ(t = 0)に対応し、電気信号1204は、t = 0に対して時刻t1、t2、及びt3で測定される。
代替的には、特定の実施形態では、イオン源102は、コントローラ114によってパルスモードで動作させる。すなわち、イオン源102がパルス化一次イオンビーム116を発生するように、コントローラ114は、適切な制御信号をイオン源102に信号線120aを介して送信する。この動作モードでは、一次イオンのパルスを開始するためにイオン源102に送信される制御信号は、イオン検出サイクルのクロック信号としての役目を果たすことができる。すなわち、図12を参照すると、パルス一次イオンを開始するためにイオン源102に送信される制御信号は、二次イオン118aの検出を目的とするt = 0も定義する。特定の実施形態では、イオン源102がパルスモードで動作するときは、二次イオン118aは検出器1100内で電極1104及びアパーチャ1112によってゲートされない。検出素子1106で測定される各二次イオン信号は、コントローラ114が送信する一次イオンパルス制御信号によって定義されるt = 0に時間参照される。イオン源102に送信される連続的な制御信号は時間的に十分離間しており、イオン検出シーケンスは、一次イオンの各パルスに続いて一次イオンの次のパルスが発生される前に完了する。
幾つかの実施形態では、検出装置112は、直交飛行時間(ortho-TOF)検出器を含む。図13は、直角状TOF検出器1300の概略図である。動作時には、二次イオン118aは、イオン光学素子110から検出器1300に入り、経路1326に沿って検出素子1324まで移動する。
二次イオン118aは、検出器1300に入る際にz方向に速度を持つ。
「押出」電圧パルス(すなわち、「ゲート信号」)が、コントローラ114によって信号線120fを介して押出電極1302に印加され、プルアウト電圧パルスは、グリッド1306及び1310に信号線120fを介してコントローラ114によって印加されて、二次イオン118a集団をy方向に加速させ、二次イオン118aの経路を偏向角θ分だけz方向に対して偏向させる。偏向角θは、二次イオン118aの初期伝播方向からのそれらの偏向角に対応し、概して、60度と120度の間(例えば、60度と110度の間、70度と90度の間、80度と90度の間)でよい。
電極1308は、信号線120fを介してコントローラ114に接続されている。コントローラ114は、電位を電極1308に印加して、偏向された二次イオン118aをy方向へイオンリフレクター1314に向けて加速する。
グリッド1310を通過した後、偏向した二次イオン118aは、イオンリフレクター1314に到達するまで無電界空間1312を移動する。イオン光学素子1314は、グリッド1306及び1318並びに環状電極1320を含み、これらはそれぞれ信号線120fを介してコントローラ114に接続されている。コントローラ114は、適切な電位をグリッド1316及び1318と環状電極1320とに印加して、イオンリフレクター1314が「イオンミラー」として作用し、二次イオン118aのy方向に沿った伝播方向を変えて、無電界空間領域1312を介してイオンを効果的に「反射」して戻す。
二次イオン118aはグリッド1322を通過して、検出素子1324に入射する。検出素子1324は、典型的には、z方向で測定して0.5 cmと5 cmとの間(例えば、1 cmと3 cmとの間)の幅1326を備えている。すべての押出イオン118aを検出するため、押出板1302のz方向の幅1304は、典型的には検出素子1324の幅と同じ範囲であり、検出素子1324の幅と似たものよい。
直角状TOF検出器1300では、二次イオン118aの飛行時間はy方向で測定されるが、二次イオン118aがイオン光学素子110から検出器1300に入ったときの元々の伝播方向はz方向である。よって、直角状TOF検出器1300は、二次イオン118aの飛行時間が当該検出器で測定される前に、それらの時刻ゼロを効果的にリセットする。上述の直線状TOF検出器では、時刻ゼロは、例えばイオン源102に送信されるパルス制御信号によって定義されるが、直角状TOF検出器1300では、時刻ゼロは電極1302に印加される押出信号によって効果的に定義される。
直角状TOF検出器1300は、二次イオンを測定する際には直線状TOF検出器に対して有意な利点を備えることがある。例えば、パルス化イオン源102と共に使用される直線状TOF検出器では、測定二次イオン信号が参照される時刻ゼロは、一次イオンのパルスを発生するためのイオン源に送信される制御信号に対応する。結果的に、一次イオンビーム116の時間的パルス幅は、その一次イオンのパルスに応答して試料から発生したイオンのみを正確に測定するため、比較的に短く(例えば、概ね10ナノ秒)に設計される。さらに、イオン源に送信される制御信号は、イオン検出サイクル全体の時刻ゼロを設定するため、この制御信号は、質量分解能(時刻ゼロに依存する)の不確定性が確実に十分低くなるように、イオン検出サイクルより典型的にはかなり短いものとなる。従って、質量分解能の不確定性を許容可能に低くするには、制御信号の時間幅はイオン検出サイクルよりかなり短くなる。
対照的に、一次イオンビーム116のパルス幅は直角状TOF検出器の時刻ゼロを設定しないので、一次イオンビームのパルス幅はかなり大きくてもよい(例えば、3マイクロ秒)。結果的に、二次イオン118aの非常に大きい集団が試料から発生され、それによって非常に大きいイオン信号が測定されることに繋がる。
さらに、試料から発生する二次イオン118aのほとんどすべてが直線状TOF検出器によって測定できるが(デューティサイクルによる損失が実質的に無い)、検出サイクルを完了するのに、二次イオン118aを発生する一次イオンパルスの時間幅と比較してより長い時間を要する。よって、例えば、典型的な検出サイクルは、10ナノ秒の一次イオンパルスに応答して発生する二次電子に関して、概ね20マイクロ秒で完了する。結果として、10ナノ秒の試料イオン化毎に、二次イオン信号を検出するために20マイクロ秒を要する。言い換えると、1秒の分析時間について、二次イオンが発生されるのは概ね500マイクロ秒間にすぎない。これはシステムの処理能力を大きく制限し、大型試料及び/又は走査領域が関わる場合は、大きな問題となりうる。
直線状TOF検出器に関連して上述したように、直角状TOF検出器は、一次イオンビーム116を連続的に発生するイオン源102とともにシステム100で使用できる。一次イオンが連続的に発生される場合、二次イオン118aも試料から連続的に発生され、押出電極1302の付近の直角状TOF検出器1300に入る。
しかし、直角状TOF検出器1300はパルスモードで動作し、コントローラ114は押出信号を特定の繰返し率で押出電極1302に印加する。幾つかの実施形態では、例えば、この繰返し率は概ね100 kHzだが、検出器1300は、一般的に多種多様な異なる繰返し率で動作できる。概して、押出信号の繰返し率は、検出器1300に入る二次イオン118aによる信号を測定するのに十分な時間を確保できるよう選択される。
さらに、コントローラ114によって押出電極1302に印加される押出信号の時間幅は、検出器1300の押出領域が確実に二次イオン118aで満たされるように選択される。しかし、検出器1300の押出領域が満たされた後は、空間電荷効果及びイオン散乱事象が、時刻ゼロの正確な設定に悪影響を及ぼすことがある。特定の実施形態では、例えば、コントローラ114によって押出電極1302に印加される押出信号の時間幅は、概ね3マイクロ秒だが、概して多種多様の異なる押出信号幅を用いることができる。
要約すると、コントローラ114によって押出電極1302に印加される押出信号の繰返し率及び時間パルス幅は、二次イオン信号が検出器によって正確且つ再現可能に測定されるように選択される。しかし、二次イオン118aが、イオン源102によって連続的に発生される一次イオンビーム116によって連続的に発生されると、発生した二次イオン118aの集団全体の比較的少ない部分が直角状TOF検出器によって検出される。例えば、3マイクロ秒押出信号で100 kHz繰返し率で動作する直角状TOFは、試料から発生される二次イオン118aの集団全体の概ね30%のみしか測定できないことがある。
測定される二次イオン118aの割合が比較的低いことは、幾つかの望ましくない結果を生じることがある。第一に、発生する二次イオン118aの集団全体の比較的少ない部分のみを測定することによって、測定された二次イオン信号は、二次イオン集団全体のより大きい部分が検出されていた場合に比べかなり弱くなる。結果として、システム100の測定感度は、二次イオン集団全体のより大きい部分が検出されていた場合よりも低くなる。一例として、発生した二次イオンの約30%しか検出しないことによって、システム100の測定感度は3分の1ないし4分の1に減少することがある。
検出器1300内で経路1326に沿って偏向されない二次イオン118aは、検出器内で単に散乱してしまう。よって、例えば、検出器のデューティサイクル期間が10マイクロ秒であって、二次イオン118aがデューティサイクル期間の3マイクロ秒のみ経路1326に沿って偏向された場合、残りの7マイクロ秒は、検出器1300に入る二次イオン118aは検出器内で単に散乱してしまうことになる。しかし、これら散乱イオンの一部はそれでも検出素子1324に到達し、擬似バックグラウンド信号を発生してしまうことがある。そうしたバックグラウンド信号は実質的に検出器1300内でノイズとして作用し、TOFに基づく二次イオン信号の識別をより困難にしてしまう。従って、二次イオン信号の比較的小さい部分を選択的に検出することによってシステム100の感度を低下させることに加え、未検出二次イオンの散乱も、二次イオン信号が測定される際のベースラインノイズの増大に繋がる。
さらに、比較的大きい部分の検出されない二次イオン118aを発生することによって、試料の比較的大きな信号発生部分が「無駄」になる。一次イオンビーム116で試料を走査し、二次イオン118aが生成される際に、試料は一次イオンビーム116によってアブレーションされる。よって、各試料は、当該試料が消費されてしまう前に、有限数の二次イオン118aのみしか発生できない。発生された二次イオン118aのかなりの部分が廃棄されることによって、試料の多くが測定時に実質的に無駄になってしまう。
試料から発生される二次イオン118aの集団と検出器1300内の押出領域の能力との釣り合いを向上させ、実際に検出される二次イオン118aを発生するため試料の使用を改善するには、イオン源102はパルスモードで動作させればよい。コントローラ114が、制御信号をイオン源102に信号線120aを介して送信して、イオン源102にパルス化一次イオンビーム116を発生させる。典型的には、この制御信号は周期的であって、選択した時間幅を備えた一連のトリガー又はゲートパルスを選択した繰返し率で含む。各トリガー又はゲートパルスは、イオン源102に一次イオンのパルスを発生させる。従って、パルス化一次イオンビーム116は、コントローラ114によって送信される制御信号の繰返し率と同じ繰返し率を備えている。
イオン源102の平均一次イオン電流は連続モード動作と同じレベルで維持できるので、イオン源102をパルスモードで動作させると有利でありうるが、イオン源はパルス化されているので、パルス当たりの瞬間一次イオン電流は増大される。従って、一次イオンビーム116への暴露による試料の浸食は同率で起こるが、試料から遊離する二次イオンのより多い部分が測定されるので、システム100の測定感度が増大する。
概して、コントローラ114は、イオン源102に送信される制御信号の繰返し率及び時間パルス幅の両方を調節できる。特に、これらパラメータそれぞれは、検出器1300により測定される発生二次イオン集団の部分を増やすよう調節できる。
幾つかの実施形態では、イオン源102に送信される制御信号の時間パルス幅は、検出器1300の押出領域のイオン容量に基づいて調節できる。検出器1300の押出領域は、押出電極1302とグリッド1306との間の空間領域に対応する。空間電荷効果、衝突事象、及び幾何学的制約によって、押出領域は、二次イオン118aに関して有限蓄電容量Nfillを備えている。システム100内の平均イオン移動率vionに基づいて、先ず二次イオン118aが一次イオンビーム116により発生される時刻から、押出領域(最初は二次イオンを含まない)が時間tfill内にNfill個のイオンで満たされるが、これは概ねtfill = Nfill/vionに一致する。検出器1300に測定される二次イオン集団の部分を増加するためには、コントローラ114は、イオン源102に送信される制御信号のパルスの時間幅を調整して、検出器1300の押出信号領域を二次イオンで満たすのに必要な時間tfillに一致させればよい。特定の実施形態では、例えば、イオン源102に送信される制御信号のパルスの時間幅と、検出器1300の押出領域を二次イオンで満たすのに必要な時間tfillとの間の差は、時間tfillの10%以下(例えば、8%以下、5%以下、4%以下、3%以下、2%以下、1%以下)である。
検出器1300の押出領域が二次イオン118aで満たされた後、コントローラ114は押出信号を押出電極1302に印加して、二次イオン118aを経路1326に沿って検出器1300内で偏向させる。上述したように、押出信号は、振幅及び時間幅を備えた繰り返しパルスからなる周期信号である。
イオン源102に送信される制御信号のパルスの時間幅は、一次イオンビーム116内の一次イオンのパルスの時間幅を効果的に定義する。さらに、各一次イオンパルスが二次イオン118aの集団を発生するので、イオン源102に送信される制御信号のパルスの時間幅は、パルス化一次イオンビームに応答して試料から発生される二次イオン118aのパルスの時間幅も効果的に定義する。
イオン源102に送信される制御信号のパルスの時間幅を、検出器1300の押出領域を二次イオン118aで満たすのに必要な時間tfillに一致させると、検出器1300のイオン容量がより十分に使用されることが保証され、そのため、検出素子1324により測定される二次イオン信号は、検出器1300の押出領域がより少ない数の二次イオンで満たされた場合よりも大きな振幅を備えることになる。
特定の実施形態において、コントローラ114は、コントローラ114によって押出電極1302に印加される押出信号の繰返し率に基づいて、イオン源102に送信される制御信号の繰返し率(すなわち、パルス化一次イオンビーム116の繰返し率)を調節できる。具体的には、イオン源102に送信される制御信号の繰返し率が、コントローラ114によって押出電極1302に印加される押出信号の繰返し率に一致するのを保証することで、試料から発生される二次イオン118aのかなり大きな部分が、検出器1300内で偏向され、測定可能になる。押出信号の繰返し率は、完全なイオン検出サイクルの分析時間に基づいてコントローラ114によって選択されるので、これら繰返し率を一致させることで、検出器1300に到着する二次イオン118aの各パルス又はパケットが偏向且つ分析され、イオン検出サイクルがちょうど完了するときに別のサイクル又はパケットが分析のため到着することを保証する。
こうした方法により、イオン源102に印加される制御信号の繰返し率と、押出電極1302に印加される押出信号の繰返し率とを一致させることで、発生される二次イオンのより大きな部分が確実に測定されることになり、それによって幾つかの利点が得られる。すなわち、上述のように、試料のかなり大きな部分が、イオン検出サイクル時に単に廃棄されてしまう二次イオンではなく、実際に測定される二次イオン118aを発生するために消費される。加えて、破棄される二次イオン118aからの寄与が有意に減少するので、検出器1300内のバックグラウンドノイズも減少する。幾つかの実施形態では、イオン源102に送信される制御信号のパルスの繰返し率と、押出電極1302に印加される押出信号のパルスの繰返し率との差は、押出信号のパルスの繰返し率の10%以下(例えば、8%以下、5%以下、4%以下、3%以下、2%以下、1%以下)である。
イオン源102に送信される制御信号のパルスの繰返し率が、一次イオンビーム116の一次イオンパルスの繰返し率と、一次イオンのパルスに応答して試料から遊離した二次イオン118aのパルスの繰返し率とを効果的に定める。従って、特定の実施形態では、一次イオンビーム116の一次イオンパルスの繰返し率と、押出電極1302に印加される押出信号のパルスの繰返し率との差は、押出信号のパルスの繰返し率の10%以下(例えば、8%以下、5%以下、4%以下、3%以下、2%以下、1%以下)である。さらに、試料から遊離する二次イオンのパルスの繰返し率と、押出電極1302に印加される押出信号のパルスの繰返し率との差は、押出信号のパルスの繰返し率の10%以下(例えば、8%以下、5%以下、4%以下、3%以下、2%以下、1%以下)である。
一次イオンのパルスを発生し、一次イオンパルスを試料に移送して二次イオン118aを発生させる工程は、非ゼロ時間で行われる。さらに、二次イオン118aは、一旦試料から発生されると、チャンバ126からイオン光学素子110を介して伝播して、付加的な非ゼロ時間で検出装置112に到着する。検出器1300内で偏向され且つ測定される二次イオンの部分をさらに増やすために、コントローラ114は、イオン源に送信される制御信号と押出電極1302に印加される押出信号との間の時間的オフセット(すなわち、位相オフセット)を導入することで、イオン源102への制御信号の送信と、検出器1300への二次イオンパルス又はパケットの到着との間の平均遅延期間に対処できる。さらに、この時間的オフセットの程度は、検出器1300の押出領域が二次イオン118aでちょうど満たされるときに押出信号が電極1302に確実に印加されるよう選択される。これによって、できるだけ多くの二次イオンが分析のため検出器1300内に偏向される。
実際の動作では、テスト試料から二次イオン118aのパルス又はパケットを発生させ、十分な振幅の二次イオン信号が検出器1300によって測定されるまでこれら2つの信号間の時間的オフセットを反復的に測定することによって、コントローラ114は適切な振幅の時間的オフセットを選択できる。この時間的オフセットの大きさが、制御信号のイオン源120への送信と検出器1300内の押出領域の充満時間と間の遅延期間に近づくため、二次イオン信号の測定振幅の増加が期待できる。
イオン源102に送信される制御信号の繰返し率を、押出電極1302に印加される押出信号にマッチングさせ、さらに、オプションで、これら信号間の時間的オフセットを調節する上述の動作によって、押出電極1302に印加される押出信号に同期化されたイオン源102(繰返し率を備えたパルス化一次イオンビーム116を発生する)に送信される制御信号がもたらされる。同期化及びパルス幅調節は、本明細書で説明した方法及びシステムでシステム100の感度を有意に向上させ且つベースライノイズを減少させるために使用される一方で、こうした工程は生物学的試料の従来の質量スペクトル分析では概して実行されていないが、その理由は部分的には、従来の方法では、試料からのイオン発生タイミングに対する繊細な制御が欠如しているからである。
多くの生物学的試料は、例えば電気スプレー電離のような方法を用いて分析される。こうした方法では、時刻ゼロの正確な設定は困難又は不可能である。電気スプレー電離は、パルス方式でなく典型的には連続的に実行される。さらに、パルス方式で実行しても、イオン化工程は、検体流量及び他の溶液移動パラメータに依存する。従って、多くの場合、正確な繰返し率でイオンのパケット又はパルスを発生することは不可能である。結果的に、制御信号のパルス幅及び繰返し率(及び時間的オフセット)の調節は、上述したように、概して生物学的試料の分析に関連して使用されてこなかった。
上述したように、押出電極1302に印加される押出信号と、イオン源102に送信される制御信号(さらに、パルス化一次イオンビーム116の得られる繰返し率も)との同期化は、検出器1300によって検出される試料150から発生される二次イオン118aの部分を増加させうる。同期化によって、発生される二次イオン118aの相当な部分(例えば、50%を上回る、60%を上回る、70%を上回る、80%を上回る、90%を上回る、95%を上回る、98%を上回る部分)が、検出器1300によって検出されることに繋がりうる。
図14は、コントローラ114によって送信される制御信号及び検出器1300によって得られる測定信号の代表的な例を示す概略タイミング図である。コントローラ114は、周期的な一連の電圧パルス1402からなる制御信号をイオン源102に送信して、イオン源102に一連の一次イオンのパルスからなる一次イオンビーム116を発生させる。一次イオンパルスは試料150と相互作用して、検出装置112(例えば、検出器1300)まで伝播する二次イオン118aのパルス又はパケットを発生する。
コントローラ114は、周期的な一連の電圧パルス1404からなる押出信号を押出電極1302に印加し、検出器1300の押出領域でy方向に二次イオン118aを偏向且つ加速させる。これら二次イオンが検出素子1324に到着すると、検出素子は、上述したように、押出信号の各対応するパルスによって設定された時刻ゼロ(t0)に対する到着信号の関数として二次イオンを測定する。測定された二次イオン信号1406は、二次イオン118aのm/zの関数としてイオン存在度の測定値に対応するが、それは、検出器1300内の二次イオン118aの飛行時間がそのイオンの質量電荷比に関連しているからである。
イオン源102に送信される制御信号の各パルス1402は、振幅1402a及び時間長(すなわち「幅」)1402bを備えている。一連のパルス1402は、この一連のパルスの周波数を定義する時間的期間1402cを備えている。押出電極1302に印加される押出信号の各パルス1404は、振幅1404a、時間長(すなわち「幅」)1404b、及びこの一連のパルスの周波数を定義する時間的期間1404cを備えている。
上述のように、入射一次イオンパルスそれぞれかによって試料から発生される二次イオン118aの集団が、検出器1300の押出領域をちょうど満たすのに概ね十分であることを保証するため、パルス1402の時間幅1402bは検出器1300の押出領域に関して充満時間tfillに概ね一致させればよい。特定の実施形態では、例えば、時間幅1402は5ナノ秒と100マイクロ秒との間(例えば、50ナノ秒と80マイクロ秒との間、100ナノ秒と50マイクロ秒との間、500ナノ秒と50マイクロ秒との間、1マイクロ秒と50マイクロ秒との間、1マイクロ秒と30マイクロ秒との間、1マイクロ秒と20マイクロ秒との間、1マイクロ秒と10マイクロ秒との間、2マイクロ秒と10マイクロ秒との間、2マイクロ秒と8マイクロ秒との間、3マイクロ秒と5マイクロ秒との間)とすることができる。
パルス1402の時間幅1402bが、一次イオンビーム116のパルスの時間幅を効果的に決定するので、一次イオンビーム116の時間パルス幅は、5ナノ秒と100マイクロ秒との間(例えば、50ナノ秒と80マイクロ秒との間、100ナノ秒と50マイクロ秒との間、500ナノ秒と50マイクロ秒との間、1マイクロ秒と50マイクロ秒との間、1マイクロ秒と30マイクロ秒との間、1マイクロ秒と20マイクロ秒との間、1マイクロ秒と10マイクロ秒との間、2マイクロ秒と10マイクロ秒との間、2マイクロ秒と8マイクロ秒との間、3マイクロ秒と5マイクロ秒との間)とすることができる。
パルス1404の時間幅1404bは、二次イオン118aが確実に検出器1300内で偏向且つ加速されるように適宜選択してよい。例えば、幾つかの実施形態では、時間幅1404bは、5ナノ秒と100マイクロ秒との間(例えば、50ナノ秒と100マイクロ秒との間、100ナノ秒と100マイクロ秒との間、500ナノ秒と100マイクロ秒との間、700ナノ秒と100マイクロ秒との間、1マイクロ秒と80マイクロ秒との間、1マイクロ秒と50マイクロ秒との間、2マイクロ秒と50マイクロ秒との間、10マイクロ秒と50マイクロ秒との間、3マイクロ秒と30マイクロ秒との間、3マイクロ秒と20マイクロ秒との間)とすることができる。
概して、適切な制御機能を実現するために、パルス1402及び1404の振幅1404a及び1404aは適宜選択すればよい。幾つかの実施形態では、例えば、パルス振幅1402aは、1000 Vと5000 Vとの間でよい。特定の実施形態では、パルス振幅1404aは、100 Vと3000 Vとの間でよい。
上述のように、試料から発生される二次イオン118aの各パルス又はパケットが、以前のイオン検出サイクルの終結後に検出装置112(例えば、検出器1300)に確実に到着するように、連続的なパルス1402及び1404の時間的期間1402c及び1404cを概ね一致させる。結果として、到着する各二次イオンパルス又はパケット内の二次イオンすべてが、検出器1300内に偏向され且つ測定できる。つまり、散乱又は他の様態で拒絶される二次イオンはほとんど無い。
時間的期間1402c及び1404cの継続期間は、各イオン検出サイクル時に経過時間に基づいてコントローラ114によって選択される。この経過時間は、検出器1300内の飛行経路の長さと、二次イオンを加速するために印加される電圧と、二次イオンのm/zと、検出器1300の様々なハードウェア及びソフトウェアの速度とに依存する。幾つかの実施形態では、例えば、時間的期間1402c及び1404cは、それぞれ5マイクロ秒と50マイクロ秒との間(例えば、10マイクロ秒と40マイクロ秒との間、15マイクロ秒と30マイクロ秒との間)である。
時間的期間1402c及び1404cに関連して、幾つかの実施形態では、イオン源102に送信される制御信号の周波数(又は繰返し率)及び押出電極1302に印加される押出信号(すなわち、パルス1404)は、それぞれ1 kHzと200 kHzとの間(例えば、10 kHzと100 kHzとの間、80 kHzと100 kHzとの間)である。イオン源102に送信される各パルス1402は一次イオンビーム116を成形する一次イオンのパルスを生成するので、パルス化一次イオンビーム116の繰返し率も、1 kHzと200 kHzとの間(例えば、10 kHzと100 kHzとの間、80 kHzと100 kHzとの間)でよい。
上述のように、パルス1402と1404との間の時間的オフセット(又は位相オフセット)1408は、コントローラ114によるイオン源102への制御信号の送信と、二次イオン118aの対応パルス又はパケットの検出装置112への到着との間の非ゼロ遅れ期間を反映する。コントローラ114は、概して、測定される二次イオン信号の振幅を制御するために、時間的オフセット値148を調節するよう構成されている。遅れ期間の大きさ、従って時間的オフセット1408の大きさは、経路1326の長さと、測定される二次イオンのm/zと、一次及び二次イオンが通過する様々な加速、減速、集束、及び偏向場とを含む幾つかの要因に依存する。幾つかの実施形態では、例えば、時間的オフセット1408の大きさは、時間的期間1402c及び1404cの80%以下(例えば、70%以下、60%以下、50%以下、40%以下、30%以下、25%以下、20%以下、15%以下、10%以下、5%以下、又はそれ以下)とすることができる。
二次イオン118aのパルス又はパケットが試料150から検出装置112へ伝播する際に、パルス内の二次イオンの空間的分布は、これら複数イオンの異なるm/z値によって広がりうる。イオン源102に送信される制御信号のパルス1402の時間幅1404bを調節することによって、検出器1300の押出領域を満たすのに必要な時間tfillの変動に対応できる。
幾つかの実施形態では、試料から遊離した二次イオン118aのパルスがシステム100を伝播する際にそれらの空間時間的広がりによって、すべての二次イオン118aが、押出信号のパルスの時間幅内に検出器1300の押出領域に到着するわけではない。そうした状況では、この空間時間的広がりを利用するため時間的オフセット1408を調節して、検出器1300内でm/z値の特定の部分集合を備えた二次イオンを選択的に偏向させ且つ検出できる。押出領域内の二次イオン到着時間はそれらのm/z値に依存するので、m/z値の特定の部分集合を備えた二次イオンが押出領域内に存在するときに、押出信号パルスが押出電極1302に印加されるように時間的オフセット1408を調節することで、検出器1300による二次イオンの測定及び分析は、m/z値の当該部分集合に実質的に制限されうる。一例として、幾つかの実施形態では、比較的重い質量に対応する二次イオン118a(例えば、ランタニド元素に基づいた質量タグに由来する二次イオン)は、時間的オフセット1408を調節することで検出器1300によって選択的に測定できる。特定の実施形態では、軽い質量に対応する二次イオン118a(例えば、ナトリウム及びカリウムなどの原子に由来する二次イオン)は、時間的オフセット1408を異なる値に調節することで検出器1300によって選択的に測定できる。測定のため比較的重い質量を優先的に選択することによって、測定されない二次イオンの平均質量が、測定される二次イオンの平均質量未満となる。対照的に、測定のため比較的軽い質量を優先的に選択することによって、測定されない二次イオンの平均質量が、測定される二次イオンの平均質量より大きくなる。
特定範囲のm/z値を備えたイオンのみが検出装置112によって測定されるように、他の機構及び段階を用いて二次イオン118aを効果的にフィルターできる。特定の実施形態では、イオン光学素子110は、二次イオンを検出装置112(例えば、検出器1300)内に優先的に導く「フラッパー」バルブを含むことができる。図15は、フラッパーバルブ1500の一実施形態を示す概略図である。バルブ1500は、入口アパーチャ1506と、2つのポート1510及び1512とを含むハウジング1516を含む。遮蔽部材1514はポート1510の端部に配置されており、出口アパーチャ1508はポート1512の端部に配置されている。偏向電極1502及び1504がハウジング1516内に配置され、信号線120eを介してコントローラ114に接続されている。
動作時に、二次イオン118aのパルス又はパケットは、入口アパーチャ1506を介してバルブ1500に入る。上述のように、システム100内を伝播する際に、二次イオンパルスの空間時間的広がりは、そのパルス内の二次イオンの空間的分散に至り、m/z値が小さいイオンがm/z値が大きいイオンの先を行く。バルブ1500を用いて、適切な電位を電極1502及び/又は1504に印加することで、二次イオンの部分集合(選択範囲のm/z値に対応したもの)を優先的に案内してアパーチャ1508から出すことができる。電位が電極1502及び/又は1504に印加されないときは、二次イオン118aは偏向されることなく通過し、遮蔽部材1514に遮断され、検出器1300への到着が妨げられる。しかし、適切な電位が電極1502及び/又は1504に印加されると、二次イオン118aは経路1518に沿って偏向され、アパーチャ1508から出て、検出装置112に入る。二次イオン118aがバルブ1500を通過する際の特定の時間枠の間に、適切な電位を電極1502及び/又は1504に印加することで、コントローラ114は、特定範囲のm/z値に対応する二次イオンの部分集合を、分析のため検出装置112に選択的に案内できる。
バルブ1500に加えて、他の機構及び装置も使用して、遊離した二次イオン118aの部分集合(特定範囲のm/z値に対応したもの)を分析のため検出装置112内に選択的に導入できる。こうした装置には、様々な調節可能な機械的遮断部材及び電極アッセンブリが含まれるがそれらに限定されない。こうした機構(バルブ1500など)が、二次イオン118aを選択的に偏向するための制御信号がコントローラ114により送信される電極を含む場合は、こうした制御信号は、イオン源102に送信される制御信号と、押出電極1302に印加される押出信号とに同期化し(適切な時間的オフセットで)、m/z比の概ね同一の部分集合が、確実に二次イオン118aの各パルスから分析用に選択されるようにする。さらに、こうした機構に送られる制御信号(例えば、電極1502及び/又は1504に印加される電位)の時間幅は、分析されるm/z値の分布の幅を選択するように調節できる。
バルブ1500は、異なる種類の情報を与える特定種類の二次イオンを選択的に分析するのに特に有用となりうる。例えば、ナトリウム及びカリウムイオンのような多くの比較的軽い二次イオンは、試料の一般的な構造(例えば、組織構造)の画像を与えるために検出装置112によって検出できる。これらのイオンは試料全体に典型的には広く分散されているので、これらは比較的強い測定信号を発生し、従って、明るく、詳細な、非選択的な試料画像を与える。
対照的に、質量タグに由来する二次イオンは、典型的には、タンパク質などの特定の試料成分の局所的分布に関する情報を与える。よって、これら種類の二次イオンから得られた画像は、様々な試料領域の特定の試料成分の分布によっては、試料の幾つかの対応領域では輝度が比較的低くなりうる。
特定範囲のm/z値を備えた二次イオンのみを検出装置112に選択的に導入することによって、両方の種類の情報を得ることができる。例えば、幾つかの実施形態では、バルブ1500(又は他の機構)をコントローラ114で作動させて、ナトリウム及び/又はカリウムのような元素の比較的軽い二次イオンのみを検出することで、先ず試料150の1つ以上の画像を得ることができる。これら画像は、試料の「あらまし」すなわち概観を提供する。次に、バルブ1500(又は他の機構)をコントローラ114で作動させて、質量タグに由来する二次イオンを検出することで試料150の1つ以上の画像を得ることができる。これらの画像は、様々な試料成分の位置、分布、及び量に関する構造特定情報をもたらす。
特定の実施形態では、コントローラ114は、異なる種類の二次イオンをバルブ1500又は別の機構を用いて選択的に検出することで、両方の種類の画像を順番に入手するよう構成されている。例えば、コントローラ114はバルブ1500を動作して、質量タグに由来する二次イオンを検出することで得られる試料150の各組の(n-1)画像について、試料150からの比較的軽い二次イオン(例えば、Na、K)を選択的に検出することで得られる試料の調査画像が得られるよう構成できる。この調査画像は、(n-1)構造特定画像が得られる前又は後に取得でき、例えば、試料の暴露パラメータ及び暴露パターンを選択するのに使用できる。
バルブ1500のような機構は、上述した他の方法及びシステムと共に使用して、システム100を用いて行われる測定の精度及び正確性をさらに向上させることができる。特に、対象としていない二次イオン118aをフィルター作用で除去し、検出装置112に到達するのを防止することで、ベースラインノイズが減少され、対象とする二次イオンからの弱い信号がベースラインノイズから区別できるようになる。
他の実施形態
本明細書は多くの特定の実施詳細を含むが、これらは本開示の範囲または請求項の限定と解釈されるべきでなく、特定の実施形態に固有となりうる特徴の記述と解釈すべきである。別々の実施形態の文脈で本明細書に記載された特徴は、特に明記しない限り組み合わせることにより単一の実施形態でも実現可能である。反対に、単一の実施形態の文脈で記載された幾つかの特徴は、複数の実施形態で別々にまたは任意適切な部分的な組合せでも実現可能である。さらに、幾つかの特徴は、特定の組合せで動作するように上記で説明されかつ請求項にも当初そのように記載されているかもしれないが、請求項に記載の組合せからの1つ又は複数の特徴は、こうした組合せから削除でき、さらに、請求項に記載のこの組合せは、部分的組合せ又は部分的組合せの変形例に関するものとしてよい。
同様に、動作は図面では特定の順序で図示されているかもしれないが、所望の結果を得るためには、こうした動作は、図示した特定の順序又は連続した順序で実行する必要があると理解すべきではなく、又すべての例示的な動作が実行される必要があるとも理解すべきでもない。一定の状況では、多重タスク処理及び並列処理が有利となることがある。さらに、上述の実施形態における様々なシステムモジュール及び構成要素の分離は、すべての実施形態でそうした分離が必要であると理解すべきでなく、上述のプログラム構成要素およびシステムは概して、単一のソフトウェア製品に統合または多数のソフトウェア製品に実装できることを理解すべきである。
本主題の特定の実施形態を説明してきた。他の実施形態も次の請求項の範囲に入る。