以下、インバータ制御装置の実施形態を図面に基づいて説明する。以下、回転電機が、車両において車輪の駆動力源となる形態を例示する。図1の模式的ブロック図は、車両用駆動制御装置1及びその制御対象である車両用駆動装置7を示している。図1に示すように、車両用駆動装置7は、車両の駆動力源となる内燃機関(EG)70に駆動連結される入力部材INと車輪Wに駆動連結される出力部材OUTとを結ぶ動力伝達経路に、入力部材INの側から、駆動力源係合装置(CL1)75、回転電機(MG)80、変速装置(TM)90を備えている。
尚、ここで「駆動連結」とは、2つの回転要素が駆動力を伝達可能に連結された状態を指す。具体的には、「駆動連結」とは、当該2つの回転要素が一体的に回転するように連結された状態、或いは当該2つの回転要素が1つ又は2つ以上の伝動部材を介して駆動力を伝達可能に連結された状態を含む。このような伝動部材としては、回転を同速で又は変速して伝達する各種の部材が含まれ、例えば、軸、歯車機構、ベルト、チェーン等が含まれる。また、このような伝動部材として、回転及び駆動力を選択的に伝達する係合装置、例えば摩擦係合装置や噛み合い式係合装置等が含まれていてもよい。
車両用駆動制御装置1は、上述した車両用駆動装置7の各部を制御する。本実施形態では、車両用駆動制御装置1は、後述するインバータ(INV)10を介した回転電機80の制御の中核となるインバータ制御装置(INV-CTRL)20、内燃機関70の制御の中核となる内燃機関制御装置(EG-CTRL)30、変速装置90の制御の中核となる変速装置制御装置(TM-CTRL)40、これらの制御装置(20,30,40)を統括する走行制御装置(DRV-CTRL)50とを備えている。また、車両には、車両用駆動制御装置1の上位の制御装置であり、車両全体を制御する車両制御装置(VHL-CTRL)100も備えられている。
図1に示すように、車両用駆動装置7は、車両の駆動力源として、内燃機関70と回転電機80とを備えたいわゆるパラレル方式のハイブリッド駆動装置である。内燃機関70は、燃料の燃焼により駆動される熱機関であり、例えば、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどを用いることができる。内燃機関70と回転電機80とは、第1係合装置75を介して駆動連結されおり、第1係合装置75の状態により、内燃機関70と回転電機80との間で駆動力を伝達する状態と駆動力を伝達しない状態とに切り換えることが可能である。
内燃機関70は、第1係合装置75が係合している場合、回転電機80の回転によって始動することができる。つまり、内燃機関70は、回転電機80に従動して始動することができる。一方、内燃機関70は、回転電機80から独立して、始動することもできる。第1係合装置75が解放状態の場合、内燃機関70はスタータ71によって始動される。本実施形態では、スタータ71として、アイドリングストップからの再始動など、いわゆるホットスタートに適したBAS(Belted Alternator Starter)を例示している。
変速装置90は、変速比の異なる複数の変速段を有する有段の自動変速装置である。例えば、変速装置90は、複数の変速段を形成するため、遊星歯車機構等の歯車機構及び複数の係合装置(クラッチやブレーキ等)を備えている。変速装置90の入力軸は回転電機80の出力軸(例えばロータ軸)に駆動連結されている。ここで、変速装置90の入力軸及び回転電機80の出力軸が駆動連結されている部材を中間部材Mと称する。変速装置90の入力軸には、内燃機関70及び回転電機80の回転速度及びトルクが伝達される。
変速装置90は、変速装置90に伝達された回転速度を、各変速段の変速比で変速すると共に、変速装置90に伝達されたトルクを変換して変速装置90の出力軸に伝達する。変速装置90の出力軸は、例えばディファレンシャルギヤ(出力用差動歯車装置)等を介して2つの車軸に分配され、各車軸に駆動連結された車輪Wに伝達される。ここで、変速比は、変速装置90において各変速段が形成された場合の、出力軸の回転速度に対する入力軸の回転速度の比である(=入力軸の回転速度/出力軸の回転速度)。また、入力軸から変速装置90に伝達されるトルクに、変速比を乗算したトルクが、出力軸に伝達されるトルクに相当する。
尚、ここでは、変速装置90として有段の変速機構を備える形態を例示したが、変速装置90は無段変速機構を備えたものであってもよい。例えば、変速装置90は、2つのプーリー(滑車)にベルトやチェーンを通し、プーリーの径を変化させることで連続的な変速を可能にするCVT(Continuously Variable Transmission)を備えたものであってもよい。
また、変速装置90は、出力部材OUTと回転電機80(或いは中間部材M)との間の動力伝達を遮断することができる機能を有している。本実施形態では理解を容易にするために、変速装置90の入力軸と出力軸との間で駆動力を伝達する状態と遮断する状態とを切換える第2係合装置95が変速装置90の内部に備えられている形態を例示している。第2係合装置95は、例えば、変速装置90が自動変速装置の場合、遊星歯車機構を用いて構成されていることがある。遊星歯車機構では、クラッチ及びブレーキの一方又は双方を用いて第2係合装置95を構成することができる。図1には、第2係合装置95をクラッチとして例示しているが、第2係合装置95は、クラッチに限らずブレーキを用いて構成されていてもよい。
ところで、図1において、符号73は、内燃機関70又は入力部材INの回転速度を検出する回転センサ、符号93は、車輪W又は出力部材OUTの回転速度を検出する回転センサである。また、詳細は後述するが、符号13は回転電機80のロータの回転(速度・方向・角速度など)を検出するレゾルバなどの回転センサであり、符号12は、回転電機80を流れる電流を検出する交流電流センサである。尚、図1では、各種オイルポンプ(電動式及び機械式)等は、省略している。
上述したように、回転電機80は、インバータ10を介したインバータ制御装置20により駆動制御される。図2のブロック図は、回転電機駆動装置2を模式的に示している。尚、符号14は、インバータ10の直流側の電圧(後述する直流リンク電圧Vdc)を検出する電圧センサ、符号15は、後述する高圧バッテリ11(直流電源)に流れる電流(バッテリ電流)を検出するバッテリ電流センサである。
インバータ10は、高圧バッテリ11に後述するコンタクタ9を介して接続されると共に、交流の回転電機80に接続されて直流と複数相の交流(ここでは3相交流)との間で電力変換を行う。車両の駆動力源としての回転電機80は、複数相の交流(ここでは3相交流)により動作する回転電機であり、電動機としても発電機としても機能することができる。即ち、回転電機80は、インバータ10を介して高圧バッテリ11からの電力を動力に変換する(力行)。或いは、回転電機80は、内燃機関70や車輪Wから伝達される回転駆動力を電力に変換し、インバータ10を介して高圧バッテリ11を充電する(回生)。
回転電機80を駆動するための電力源としての高圧バッテリ11は、例えば、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池などの二次電池(バッテリ)や、電気二重層キャパシタなどにより構成されている。高圧バッテリ11は、回転電機80に電力を供給するために、大電圧大容量の直流電源である。高圧バッテリ11の定格の電源電圧は、例えば200〜400[V]である。
インバータ10の直流側には、正極と負極との間の電圧(直流リンク電圧Vdc)を平滑化する平滑コンデンサ(直流リンクコンデンサ4)が備えられている。直流リンクコンデンサ4は、回転電機80の消費電力の変動に応じて変動する直流リンク電圧Vdcを安定化させる。
コンタクタ9は、図2に示すように、高圧バッテリ11とインバータ10との間、具体的には、直流リンクコンデンサ4と高圧バッテリ11との間に配置されている。コンタクタ9は、回転電機駆動装置2と、高圧バッテリ11との電気的な接続を切り離すことが可能である。コンタクタ9が接続状態(閉状態)において高圧バッテリ11とインバータ10(及び回転電機80)とが電気的に接続され、コンタクタ9が開放状態(開状態)において高圧バッテリ11とインバータ10(及び回転電機80)との電気的接続が遮断される。
尚、本実施形態では、図1に示すように、高圧バッテリ11とインバータ10との間に、車室内の温度や湿度を整えるエアコンディショナー61や、電動オイルポンプ(不図示)などを駆動するために直流電圧を変換するDC/DCコンバータ(DC/DC)62などの補機60が備えられていてもよい。補機60は、コンタクタ9と直流リンクコンデンサ4との間に配置されていると好適である。
本実施形態において、コンタクタ9は、車両の最も上位の制御装置の1つである車両電気制御ユニット(車両ECU(Electronic Control Unit))としての車両制御装置100からの指令に基づいて開閉するメカニカルリレーであり、例えばシステムメインリレー(SMR : System Main Relay)やメインコンタクタ(MC : Main Contactor)と称される。コンタクタ9は、車両のイグニッションスイッチやメインスイッチがオン状態(有効状態)の際に接点が閉じて導通状態(接続状態)となり、イグニッションスイッチやメインスイッチがオフ状態(非有効状態)の際に接点が開いて非導通状態(開放状態)となる。
上述したように、インバータ10は、直流リンク電圧Vdcを有する直流電力を複数相(nを自然数としてn相、ここでは3相)の交流電力に変換して回転電機80に供給すると共に、回転電機80が発電した交流電力を直流電力に変換して直流電源に供給する。インバータ10は、複数のスイッチング素子3を有して構成される。スイッチング素子3には、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)やパワーMOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)やSiC−MOSFET(Silicon Carbide - Metal Oxide Semiconductor FET)やSiC−SIT(SiC - Static Induction Transistor)、GaN−MOSFET(Gallium Nitride - MOSFET)などの高周波での動作が可能なパワー半導体素子を適用すると好適である。図2には、スイッチング素子3としてIGBTが用いられる形態を例示している。
図2に示すように、インバータ10は、複数相(ここでは3相)のそれぞれに対応する数のアーム3Aを有するブリッジ回路により構成される。つまり、図1に示すように、インバータ10の直流正極側と直流負極側との間に2つのスイッチング素子3(上段側スイッチング素子31,下段側スイッチング素子32)が直列に接続されて1つのアーム3Aが構成される。3相交流の場合には、この直列回路(1つのアーム3A)が3回線(3相)並列接続される。つまり、回転電機80のU相、V相、W相に対応するステータコイル8のそれぞれに一組の直列回路(アーム3A)が対応している。また、各スイッチング素子3には、負極から正極へ向かう方向(下段側から上段側へ向かう方向)を順方向として、並列にフリーホイールダイオード5が備えられている。
本実施形態では、図3に示すように、少なくとも1つのIGBT(スイッチング素子3)と当該IGBTに並列に接続されたフリーホイールダイオード5とを備えてパワーモジュール30が構成されている。このようなパワーモジュール30には、スイッチング素子3を流れる電流を検出する機能や、スイッチング素子3の温度を検出する機能を備えているものがある。このような機能は、検出した値を信号として出力するものであっても良いし、予め規定されたしきい値を超えた場合に報知信号を出力するものであっても良い。本実施形態では、図3に例示するように、温度検出信号SC、温度検出信号TJがパワーモジュール30から出力される。
図1及び図2に示すように、インバータ10は、インバータ制御装置20により制御される。インバータ制御装置20は、マイクロコンピュータ等の論理回路を中核部材として構築されている。例えば、インバータ制御装置20は、車両制御装置100等の他の制御装置等から提供される回転電機80の目標トルクに基づいて、ベクトル制御法を用いた電流フィードバック制御を行って、インバータ10を介して回転電機80を制御する。
回転電機80の各相のステータコイル8を流れる実電流(Iu,Iv,Iw:図6等参照)は交流電流センサ12により検出され、インバータ制御装置20はその検出結果を取得する。また、回転電機80のロータの各時点での磁極位置は、レゾルバなどの回転センサ13により検出され、インバータ制御装置20はその検出結果を取得する。インバータ制御装置20は、交流電流センサ12及び回転センサ13の検出結果を用いて、電流フィードバック制御を実行する。インバータ制御装置20は、電流フィードバック制御のために種々の機能部を有して構成されており、各機能部は、マイクロコンピュータ等のハードウエアとソフトウエア(プログラム)との協働により実現される。
車両制御装置100やインバータ制御装置20などの電源電圧は、例えば5[V]や3.3[V]である。車両には、高圧バッテリ11の他に、高圧バッテリ11とは絶縁され、高圧バッテリ11よりも低電圧の電源である低圧バッテリ(不図示)も搭載されている。低圧バッテリの電源電圧は、例えば12〜24[V]である。低圧バッテリは、インバータ制御装置20や車両制御装置100に、例えば電圧を調整するレギュレータ回路等を介して電力を供給する。車両制御装置100やインバータ制御装置20などの電源電圧は、例えば5[V]や3.3[V]である。
図1に示すように、インバータ10を構成する各スイッチング素子3の制御端子(IGBTやFETの場合はゲート端子)は、ドライブ回路21を介してインバータ制御装置20に接続されており、それぞれ個別にスイッチング制御される。回転電機80を駆動するための高圧系回路と、マイクロコンピュータなどを中核とするインバータ制御装置20などの低圧系回路とは、動作電圧(回路の電源電圧)が大きく異なる。このため、各スイッチング素子3に対する駆動信号(スイッチング制御信号)の駆動能力(例えば電圧振幅や出力電流など、後段の回路を動作させる能力)をそれぞれ高めて中継するドライブ回路21(DRV-CCT)が備えられている。
図3は、ドライブ回路21の一例を示している。ドライブ回路21は、例えばフォトカプラ、磁気カプラ、トランスなどの絶縁素子を用いた回路や、そのような素子を内蔵したドライバICなどを利用して構成される。図3には、インバータ制御装置20の側のいわゆる低電圧回路側に接続される低電圧側ドライブ回路23と、パワーモジュール30の側のいわゆる高電圧回路側に接続される高電圧側ドライブ回路24とを備えたドライバIC22を例示している。低電圧側ドライブ回路23と、高電圧側ドライブ回路24とは絶縁されている。例えば低電圧側ドライブ回路23は電圧が3.3〜5[V]程度の制御回路電源V5により動作し、高電圧側ドライブ回路24は電圧が15〜20[V]程度のドライブ電源V15により動作する。
インバータ制御装置20も、制御回路電源V5により動作する。インバータ制御装置20が生成して出力したスイッチング制御信号SWは、出力電流の増強やインピーダンス変換等のためのバッファを介して低電圧側ドライブ回路23に入力され、高電圧側ドライブ回路24を介してゲート信号GSとして各パワーモジュール30(スイッチング素子3)に提供される。ドライブ回路21は、パワーモジュール30が出力する温度検出信号SC、温度検出信号TJも中継して、スイッチング制御信号SWとは逆にインバータ制御装置20に提供する。ドライブ回路21自身も、例えばドライブ電源V15の電圧の監視などの異常検出機能を有している。本実施形態では、温度検出信号SCや温度検出信号TJが異常を示している場合や、ドライブ回路21が異常を検出した場合に、警告信号ALMがインバータ制御装置20に出力される形態を例示している。
尚、インバータ制御装置20には、例えば直流リンク電圧Vdcを検出する電圧センサ14が過電圧を検出した場合や、高圧バッテリへ入出力される電流を検出するバッテリ電流センサ15が過電流を検出した場合などにも異常信号が入力される構成であると好適である。図3には、電圧センサ14が過電圧を検出した場合に出力される過電圧検出信号OVがインバータ制御装置20に提供される形態を例示している。本実施形態では過電圧検出信号OVは負論理の信号であり、通常時の論理レベルはハイ状態である。過電圧検出信号OVは、スイッチング制御信号SWを低電圧側ドライブ回路23に中継するトライステートバッファの制御端子にも接続されている。本実施形態では、過電圧が生じた場合には、過電圧検出信号OVの論理レベルがロー状態となり、スイッチング制御信号SWを遮断してインバータ10の全てのスイッチング素子3をオフ状態にできるようになっている。尚、遮断時に低電圧側ドライブ回路23に入力される信号の論理レベルを確定するためのプルアップ抵抗又はプルダウン抵抗等の図示は省略している。
また、ドライブ回路21はイネーブル端子EN(負論理)を有しており、イネーブル端子ENに入力される信号が有効ではないとき(ハイレベルの時)には、スイッチング制御信号SWを遮断して、ローレベルのゲート信号GSを出力させる。本実施形態では、イネーブル端子ENがローレベルに固定されている形態を例示しているが、迅速にゲート信号GSを無効化するために、故障や異常を示す信号が接続されていてもよい。また、ドライブ回路21は、警告信号ALMを出力する際や、或いは、温度検出信号SCや温度検出信号TJが異常を示している状態で入力された場合などに、スイッチング制御信号SWの状態に拘わらず、ゲート信号GSをローレベルにして出力してもよい。
インバータ制御装置20は、インバータ10を構成するスイッチング素子3のスイッチングパターンの形態(電圧波形制御の形態)として、例えばパルス幅変調(PWM:Pulse Width Modulation)制御と矩形波制御(1パルス制御)との2つの制御形態を有している。また、インバータ制御装置20は、ステータの界磁制御の形態として、モータ電流に対して最大トルクを出力する最大トルク制御や、モータ電流に対して最大効率でモータを駆動する最大効率制御などの通常界磁制御、及び、トルクに寄与しない界磁電流(d軸電流Id)を流して界磁磁束を弱める弱め界磁制御や、逆に界磁磁束を強める強め界磁制御などの界磁調整制御を有している。パルス幅変調、矩形波制御(1パルス制御)、通常界磁制御、弱め界磁制御、強め界磁制御などについては、公知であるので、詳細な説明は省略する。
上述したように、本実施形態では、回転電機80の回転に同期して回転する2軸の直交ベクトル空間(直交ベクトル座標系)における電流ベクトル制御法を用いた電流フィードバック制御を実行して回転電機80を制御する。電流ベクトル制御法では、例えば、永久磁石による界磁磁束の方向に沿ったd軸(界磁電流軸、界磁軸)と、このd軸に対して電気的にπ/2進んだq軸(駆動電流軸、駆動軸)との2軸の直交ベクトル座標系(d−q軸ベクトル座標系)において電流フィードバック制御を行う。インバータ制御装置20は、制御対象となる回転電機80の目標トルクに基づいてトルク指令T*を決定し、d軸電流指令Id*及びq軸電流指令Iq*を決定する。
インバータ制御装置20は、これらの電流指令(Id*,Iq*)と回転電機80のU相、V相、W相の各相のコイルを流れる実電流(Iu,Iv,Iw)との偏差を求めて比例積分制御演算(PI制御演算)や比例積分微分制御演算(PID制御演算)を行い、最終的に3相の電圧指令を決定する。この電圧指令に基づいて、スイッチング制御信号が生成される。回転電機80の実際の3相座標系と2軸の直交ベクトル座標系との間の相互の座標変換は、回転センサ13により検出された磁極位置θに基づいて行われる。また、回転電機80の回転速度ω(角速度やrpm(Revolutions per Minute))は、回転センサ13の検出結果より導出される。
以下、界磁調整制御について簡単に説明を加える。最大トルク制御や最大効率制御などの通常界磁制御は、回転電機80の目標トルクに基づいて設定される基本的な電流指令値(d軸電流指令Id*、q軸電流指令Iq*)を用いた制御形態である。これに対して、弱め界磁制御とは、ステータからの界磁磁束を弱めるために、この基本的な電流指令値の内のd軸電流指令Id*を調整する制御形態である。また、強め界磁制御とは、ステータからの界磁磁束を強めるために、この基本的な電流指令値の内のd軸電流指令Id*を調整する制御形態である。弱め界磁制御や強め界磁制御などの際には、このようにd軸電流Idが調整されるが、同様にq軸電流Iqを調整することも可能である。例えば、インバータ10を停止させる際などでは、q軸電流Iqを減少させて回転電機80のトルクを迅速に低下させることもできる。また、同様に、インバータ10を停止させる際に、直流リンクコンデンサ4に充電されているエネルギーを迅速に減少させるために、d軸電流Id及びq軸電流Iqを調整して、トルクを増加させることなく(或いはトルクを減少させつつ)電機子電流(d軸電流Idとq軸電流Iqとのベクトル和に相当する電流)を増加させて意図的に損失を増加させることもできる。
ところで、上述したように、インバータ10などの種々の異常が検出されると、インバータ制御装置20を含む車両用駆動制御装置1は、いわゆるフェールセーフ制御を実行する。車両用駆動制御装置1は、フェールセーフ制御として、第1係合装置75や第2係合装置95による駆動力の伝達状態を変更したり、インバータ10のスイッチング素子3の制御方式を変更したりする。ここでは、インバータ制御装置20が、インバータ10のスイッチング素子3の制御方式を変更するフェールセーフ制御について説明する。
インバータ10を制御対象としたフェールセーフ制御としては、例えばシャットダウン制御(SDN)が知られている。シャットダウン制御とは、インバータ10を構成する全てのスイッチング素子3へのスイッチング制御信号SWを非アクティブ状態に変化させてインバータ10をオフ状態にする制御である。この時、回転電機80のロータが慣性によって比較的高速で回転を続けていると、大きな逆起電力を生じる。ロータの回転によって生成された電力は、フリーホイールダイオード5を介して整流され、コンタクタ9が閉状態の場合には高圧バッテリ11を充電する。高圧バッテリ11を充電する電流(バッテリ電流)の絶対値が大きく増加し、バッテリ電流が高圧バッテリ11の定格電流を超えると、高圧バッテリ11の消耗等の原因となる。大きなバッテリ電流に耐えられるように高圧バッテリ11の定格値を高くすると、規模の増大やコストの増大を招く可能性がある。
一方、コンタクタ9が開放状態の場合、高圧バッテリ11への電流の流入は遮断される。高圧バッテリ11への流入を遮断された電流は、直流リンクコンデンサ4を充電し、直流リンク電圧Vdcを上昇させる。直流リンク電圧Vdcがインバータ10(スイッチング素子3)や直流リンクコンデンサ4の定格電圧(絶対最大定格)を超えることは好ましくない。高い電圧を許容するようにこれらの定格値を高くすると、規模の増大やコストの上昇を招く可能性がある。また、図1に示すように、直流リンク電圧Vdcが、エアコンディショナー61やDC/DCコンバータ62などの補機60にも印加されている場合には、補機60に対しても同様のことが言える。
インバータ10を制御対象としたフェールセーフ制御としては、シャットダウン制御の他に、アクティブショートサーキット制御(ASC)も知られている。アクティブショートサーキット制御とは、複数相全てのアーム3Aの上段側スイッチング素子31或いは複数相全てのアームの下段側スイッチング素子32の何れか一方側をオン状態とし、他方側をオフ状態として、回転電機80とインバータ10との間で電流を還流させる制御である。尚、複数相全てのアーム3Aの上段側スイッチング素子31をオン状態とし、複数相全てのアーム3Aの下段側スイッチング素子32をオフ状態とする場合を上段側アクティブショートサーキット制御(HASC)と称する。また、複数相全てのアーム3Aの下段側スイッチング素子32をオン状態とし、複数相全てのアーム3Aの上段側スイッチング素子31をオフ状態とする場合を下段側アクティブショートサーキット制御(LASC)と称する。
アクティブショートサーキット制御では、直流リンク電圧Vdcの急激な上昇や、高圧バッテリ11の充電電流の急激な増加を伴わない。但し、回転電機80の短絡電流が大きい場合には、ステータコイル8やインバータ10に大きな還流電流が流れることになる。長時間に亘って大きな電流が流れ続けると、インバータ10や回転電機80が大電流による発熱等によって消耗する可能性がある。
従って、フィエールセーフ制御は、異常が生じた際のインバータ10、回転電機80を含む車両用駆動装置7の状況や、それぞれの制御方式の特徴などに基づいて適切に実行されることが好ましい。図4は、回転電機の速度−トルクマップを示している。例えば、インバータ制御装置20は、回転電機80の回転速度ωが、予め規定された規定回転速度ω1以上の場合には、アクティブショートサーキット制御を実行し、規定回転速度ω1(第1規定速度)未満の場合には、インバータ10の全てのスイッチング素子3を全てオフ状態とするシャットダウン制御を実行する。
尚、図4の“A1”、“A2”,“A3”は、それぞれ後述するオフ故障を検出する方式が適用される動作領域を示している。トルクの絶対値及び回転速度ωが低い第1動作領域A1はオフ故障検出がなされない領域である。トルクの絶対値及び回転速度ωが高い第2動作領域A2は、過電流検出によってオフ故障が検出される領域である(図6、図7等を参照して後述する。)。第2動作領域A2は、回転速度ωが、第2規定速度ω2よりも高い領域内に設定されている。第3動作領域A3は、交流電流(Iu,Iv,Iw)によって(3相電流の相互の関係によって)、オフ故障が検出される領域である。尚、本実施形態では、第1動作領域A1における最高回転速度と、規定回転速度ω1とが同じ速度である形態を例示しているが、第1動作領域A1における最高回転速度と規定回転速度ω1とは、異なる回転速度であってもよい。
回転電機80の回転状態やインバータ10の状態、例えば、回転電機80の回転速度ωが速く、且つインバータ10のスイッチング素子3に異常がある場合などでは、フェールセーフ制御として、上述したシャットダウン制御もアクティブショートサーキット制御も選択できない場合がある。そのような場合に、回転電機80のトルクを低下させるトルク減少制御もフェールセーフ制御の1つである。トルク減少制御は、回転電機80を目標トルクに基づいて制御するトルク制御又は目標速度に基づいて制御する回転速度制御を継続した状態で、回転電機80のトルクを減少させる制御である。
ここではそのような制御の一例としてのゼロトルク制御について説明する。図5には、電流ベクトル空間(電流ベクトル座標系)における回転電機80の動作点(P1等)を模式的に示している。図5において、符号“200”(201〜203)は、それぞれ回転電機80が、あるトルクを出力する電機子電流のベクトル軌跡を示す等トルク線である。第1等トルク線201よりも第2等トルク線202の方が低トルクであり、さらに第2等トルク線202よりも第3等トルク線203の方が低トルクである。
曲線“300”は電圧速度楕円(電圧制限楕円)を示している。回転電機80の逆起電圧が直流リンク電圧Vdcを超えると、回転電機80を制御することができなくなるため、設定可能な電流指令の範囲は電機子電流(d軸電流Idとq軸電流Iqとのベクトル和)のベクトル軌跡である電圧速度楕円300によって制限される。換言すれば、電圧速度楕円は、インバータ10の直流電圧(直流リンク電圧Vdc)の値、及び、逆起電圧の大きさに影響する回転電機80の回転速度ωに応じて設定可能な電流指令の範囲を示すベクトル軌跡である。つまり、電圧速度楕円300の大きさは、直流リンク電圧Vdcと回転電機80の回転速度ωとに基づいて定まる。具体的には、電圧速度楕円300の径は直流リンク電圧Vdcに比例し、回転電機80の回転速度ωに反比例する。電流指令(Id*,Iq*)は、このような電流ベクトル座標系において電圧速度楕円300内に存在する等トルク線200の線上の動作点における値として設定される。
インバータ制御装置20がフェールセーフ制御(ゼロトルク制御)の実行が必要と判定した時点で、インバータ制御装置20は、例えば通常動作として回転電機80をトルクモード(目標トルクに応じた例えばパルス幅変調制御)で制御しているとする。図5に示す第1動作点P1は、この時点での電流ベクトル座標系における回転電機80の動作点を示している。換言すれば、回転電機80は、第3等トルク線203上の第1動作点P1において、通常動作としてのトルクモードで回生動作している。ここでは、便宜的に、回転電機80が回生動作している形態を例示しているが、例えば、中抜きの白丸で示す第2動作点P2で力行動作していた回転電機80が、回生動作に移行したと考えても良い。
ゼロトルク制御の実行に際して、インバータ制御装置20は、回転電機80のトルクがゼロとなるようにトルク指令T*を設定してq軸電流Iq(駆動電流)をゼロ状態まで減少させる。この際、q軸電流Iqを減少させると共に、当該トルク指令T*に基づくトルク(=ゼロ)を維持した状態で電機子電流が増加するようにd軸電流Id(界磁電流)を増加させてもよい。インバータ制御装置20は、第1電圧速度楕円301のように、電圧速度楕円300の範囲内に原点を含む場合は、動作点が原点(P0)へ移動するように制御する。また、インバータ制御装置20は、第2電圧速度楕円302、第3電圧速度楕円303、第4電圧速度楕円304のように、電圧速度楕円300の範囲内に原点を含まない場合は、電圧速度楕円300とd軸との交点(P300)へ動作点が移動するように制御する。
例えば、コンタクタ9が開放されている場合、回生電流よりも多くの電機子電流を流すことで、直流リンクコンデンサ4から電荷を放出させることができる。この際、特に、トルクに寄与しないd軸電流Idについては、電流量を減らすことなく、より多く流し続けて損失を増大させることも好適である。例えば、第1動作点P1からq軸電流Iqを減少させてトルクをゼロに近づけていきながら、d軸電流Idを増加させてもよい。動作点の軌跡は、q軸電流Iqの減少を優先して、動作点の座標とq軸電流Iqの減少速度とd軸電流Idの増加速度とに基づいて設定されると好適である。
上記においては、ゼロトルク制御(トルク減少制御)を行う形態を例示したが、回転電機80の回転方向とは逆方向のトルクを出力させる減速制御を行ってもよい。例えば、第2動作点P2からd軸電流Idは変えずにq軸電流Iqを電圧速度楕円300を超えない範囲内で変更して第1動作点P1へ移動させてもよい。
上述したように、インバータ10のスイッチング素子3の1つに、例えばスイッチング素子3が常時オフ状態に固定されるオフ故障などの異常がある場合には、アクティブショートサーキット制御を実行できない場合がある。つまり、アクティブショートサーキット制御が実行される際にオン状態に制御されるスイッチング素子3の1つにオフ故障を生じていた場合、図6、図7等を参照して後述するように、各相を流れる電流のバランスが崩れ、故障を生じていない健全なスイッチング素子3には過大な電流が流れる可能性がある。上述したように、スイッチング素子3には、過電流検出機能や過熱検出機能が備えられたパワーモジュール30として構成されているものがある。過大な電流が流れた場合には、過電流状態や過熱状態であると検出されてしまい、上述したようなインバータ制御装置20やドライブ回路21による種々のフェールセーフ機能により、スイッチング素子3が強制的にオフ状態に制御される場合がある。これにより、アクティブショートサーキット制御を実行したにも拘わらず、シャットダウン制御が実行された状態と等価となってしまうと、直流リンク電圧Vdcの急上昇やバッテリ電流の急増を招く可能性がある。
このため、本実施形態では、インバータ制御装置20は、インバータ10を構成するスイッチング素子3の内の1つが常時オフ状態となるオフ故障(単相オフ故障)している可能性も考慮して、フェールセーフ制御を実行する。インバータ制御装置20は、回転電機80の動作点が、第2動作領域A2(特定領域)の範囲内にあり、インバータ10及び回転電機80の少なくとも一方において過電流状態であることが検出された場合には、動作点が第2動作領域A2の範囲外となるまで、回転電機のトルク及び回転速度の少なくとも一方を低下させる退避制御を実行して異常の原因を推定する。そして、インバータ制御装置20は、異常の原因がオフ故障であるか否かに応じて、異なる制御方式でフェールセーフ制御を実行する。
図4に示す第2動作領域A2は、トルクの絶対値と回転速度ωとの関係で規定されるしきい値以上の特定領域である。言い換えると、回転速度ωに応じて正負両方向のトルクのしきい値が規定されており、第2動作領域A2は、各回転速度ωでの正トルクのしきい値よりもトルクが大きい領域と、各回転速度ωでの負トルクのしきい値よりもトルクが小さい(絶対値が大きい)領域との双方を含む。この第2動作領域A2では、通常のトルク制御が正常に実行されている場合でも交流電流の値は大きくなる。図4では、第2動作領域A2を規定するしきい値を破線で示している。なお、図4から明らかなように、本実施形態では、回転速度ωが一定値(第2規定速度ω2)以下の領域には、第2動作領域A2は設定されていない。図6の波形図は、相対的に左側に通常のトルク制御が正常に実行されている期間の電流及びトルクを示し、右側にインバータ10を構成するスイッチング素子3の内の1つに、常時オフ状態となるオフ故障が生じている場合の電流及びトルクを示している。図6に示すように、1つのスイッチング素子3がオフ故障していると、3相の交流電流(Iu,Iv,Iw)の対称性が崩れる。また、振幅中心がずれることなどより、単相の何れかの交流電流のピーク値も、通常のトルク制御が正常に実行されているときよりも大きくなる場合がある。
上述したように、第2動作領域A2では、他の動作領域に比べて交流電流の値は大きくなるので、ピーク値が予め規定された規定電流Ithを超える場合がある。オフ故障を生じている場合には、上述したように、フェールセーフ制御としてアクティブショートサーキット制御を選択することは好ましくない。但し、過電流が検出されるケースの全てでオフ故障を生じているとも限らない。従って、インバータ制御装置20は、過電流の検出に伴ってフェールセーフ制御を実行するに当たっては、インバータ10のスイッチング素子3の1つがオフ故障している可能性を考慮しつつ、過電流発生の要因を推定することが好ましい。そこで、インバータ制御装置20は、動作点が特定領域である第2動作領域A2の範囲外となるまで、回転電機80のトルク及び回転速度ωの少なくとも一方を低下させる退避制御を実行する。
インバータ制御装置20は、退避制御によって回転電機80の動作点が第2動作領域A2以外の領域となって過電流状態が解消された場合には、オフ故障が生じていると判定し、退避制御によっても過電流状態が解消されない場合には、他の故障が生じていると判定する。その判定結果に基づき、インバータ制御装置20は、それぞれの故障に応じた適切なフェールセーフ制御を実行する。
以下、図7〜図10も参照して、退避制御を含むフェールセーフ制御の実施形態を説明する。図7の波形図は、オフ故障状態で退避制御としてトルク減少制御(ゼロトルク制御)を行った場合の電流及びトルクの一例を示している。図8のフローチャートは、退避制御を含むフェールセーフ制御の一例を示している。図9及び図10のタイミングチャートは、退避制御を含むフェールセーフ制御の一例を示している。
図8に示すように、インバータ制御装置20は、インバータ10や回転電機80に何らかの異常が生じていると判定した場合、始めに、エラーフラグ(ERR_FLG)を取得する(#1)。次に、このエラーフラグが過電流(OC:Over Current)を示しているか否かを判定する(#2)。エラーフラグが過電流を示していない場合には処理を終了し、過電流を示している場合には、回転電機80の回転速度ω及び直流リンク電圧Vdcの値を取得する(#3)。
続いて、インバータ制御装置20は、回転速度ωに基づいて逆起電圧Vbemfを演算する(#4)。具体的には、回転電機80の電磁気的な仕様(ステータコイル8の巻き数やロータの永久磁石の磁束、磁極数など)と、変数としての回転速度ωに基づいて逆起電圧Vbemfを演算する。逆起電圧Vbemfが、直流リンク電圧Vdcよりも大きい場合にシャトダウン制御が実行されると、回生電流が流れて直流リンクコンデンサ4を充電し、直流リンク電圧Vdcを上昇させたり、高圧バッテリ11に大きなバッテリ電流が流れ込んだりする可能性がある。ステップ#4に続くステップ#5では、逆起電圧Vbemfがシャットダウン制御可能な電圧であるか否かが判定される。この判定しきい値であるシャットダウン可否判定しきい値THsdnは、直流リンク電圧Vdcに基づいて例えばマップ参照によって設定される値とすることができる。例えば、図4に示す第1動作領域A1を規定する値も、シャットダウン可否判定しきい値THsdnに相当する。
逆起電圧Vbemfが、シャットダウン可否判定しきい値THsdn未満であれば、シャットダウン制御を実行することができる。例えば、回転電機80の動作点が図4に示す規定回転速度ω1未満の領域内であれば、上述したようにシャットダウン制御の選択が可能である。従って、インバータ制御装置20は、制御モード(CTRL_MOD)をシャットダウン(SDN)に設定して処理を終了する(#6)。
一方、逆起電圧Vbemfが、シャットダウン可否判定しきい値THsdn以上の場合には、制御モードをトルク減少制御(PDN)に設定する(#7)。好適には、トルク減少制御として、ゼロトルク制御(ZTQ)が実行される。例えば、インバータ制御装置20は、図4に示す規定回転速度ω1未満の場合には、シャットダウン制御を実行し、規定回転速度ω1以上の場合には、トルク減少制御(ゼロトルク制御)を実行する。ここで、トルク減少制御とは、回転電機80のトルクを減少させる制御である。本実施形態では、回転電機80の動作点が第2動作領域A2(特定領域)の範囲内にあるときに過電流状態であることが検出されているので、トルク減少制御によって、動作点を第2動作領域A2の範囲外へ移動させる。尚、ここではトルク減少制御を例示したが、回転電機80の回転方向とは逆方向のトルクを出力させる減速制御が実行されてもよい。
図7の波形図は、オフ故障状態でのゼロトルク制御時の電流及びトルクの一例を示しているが、左側は図6の右側と同様に、ゼロトルク制御を開始する前の通常トルク制御期間Ttの波形を示しており、中央はゼロトルク制御を開始後のゼロトルク制御期間Tztの波形を示している。図7より明らかなように、電流及びトルクが大きく減少している。図7の右側の波形は、ゼロトルク制御期間Tztにおける波形の拡大図である。上述したように、本実施形態では、過電流状態が検出された際の動作点は第2動作領域A2に含まれる。しかし、退避制御によって例えばトルクが減少することによって、動作点は第2動作領域A2の領域外、例えば第3動作領域A3に移動する。
ところで、本実施形態では、インバータ制御装置20は、ステップ#7で制御モードをトルク減少制御に設定すると、次に、第2係合装置CL2を解放状態とするように変速装置制御装置40に要求する(#8)。例えば、第2係合装置CL2の解放要求(CL_OPEN_REQ)が送信される。回転電機80が車輪Wに駆動連結されている状態で、車輪Wが回転していると、回転電機80も回転し続け、逆起電力の発生も低減できないおそれがある。また、スイッチング素子3がオフ故障している状態では、図6等に示すように、交流電流(Iu,Iv,Iw)に脈動が生じ、回転電機80のトルクにも脈動が発生する可能性がある。回転電機80が車輪Wに駆動連結されていると、その脈動が車輪Wに伝搬し、車両の乗り心地に影響する場合がある。従って、ゼロトルク制御や減速制御などのフェールセーフ制御を実行する際には、回転電機80と車輪Wとの間の動力伝達が遮断されていると好適である。
但し、ゼロトルク制御(トルク減少制御)は、回転電機80のトルクを減少させる制御であるから、図7に示すように、トルクの絶対値は小さくなっていく。従って、トルクに脈動が生じてもその振幅は、小さくなっていく。このため、例えばステップ#8が実行されずに、回転電機80が車輪Wに駆動連結されていても、車輪Wに伝わる回転電機80の脈動も小さく、その影響は軽微である。従って、ステップ#7において制御モードがトルク減少制御(ゼロトルク制御)に設定される場合には、ステップ#8が実行されなくてもよい。
一方、減速制御では回転電機80を減速させるためのトルクを出力するので、トルク減少制御に比べてトルクが大きく、その分脈動も大きくなる傾向がある。このため、回転電機80が車輪Wに駆動連結されていると、トルク減少制御に比べて回転電機80のトルクの脈動が車輪Wに伝わり易い。従って、ステップ#7において制御モードが減速制御に設定される場合には、ステップ#8を実行することが好ましい。換言すれば、減速制御は、ステップ#8の実行が可能(第2係合装置CL2の解放が可能)な状況において、選択されることが好ましい。即ち、インバータ制御装置20は、第2係合装置95が解放状態の場合には、ゼロトルク制御(トルク減少制御)又は減速制御を実行し、第2係合装置95が係合状態の場合には、トルク減少制御を実行すると好適である。
尚、減速制御におけるトルクは、オフ故障をしたスイッチング素子3以外のスイッチング素子3に流れる電流が、それぞれのスイッチング素子3に許容される許容電流(例えば規定電流Ith)を超えない範囲で出力可能なトルクであると好ましい。大きなトルクを出力すると、迅速に回転電機80の回転速度ωを低下させることが可能であるが、そのために大きな電流が流れることは好ましくない。
上述したように、インバータ制御装置20は、交流電流の指令値と実電流値との偏差に基づいた電流フィードバック制御により回転電機80を駆動制御する。この実電流値は、交流電流センサ12によって検出される。精度よくフィードバック制御を行うために、交流電流センサ12には分解能に応じた適切なダイナミックレンジ(検出範囲)が設定されている。減速制御などのフェールセーフ制御における交流電流は、通常の回転電機80のフィードバック制御時における交流電流よりも振幅が大きい。フェールセーフ制御時の振幅に合わせて交流電流センサ12の検出範囲を設定すると、電流フィードバック制御の精度が低下する。減速制御では、迅速にトルクを低下させるために、通常時よりも大きな交流電流が流れるように制御することも可能であるが、交流電流センサ12のダイナミックレンジを超えていると、制御性が低下してしまう。従って、インバータ制御装置20は、交流電流の値が交流電流センサ12の検出可能範囲を超えない範囲で出力可能なトルクにより減速制御を実行すると好適である。
インバータ制御装置20は、上述したようにステップ#7を中核とする退避制御を実行した後、再度エラーフラグを取得し(#9)、そのエラーフラグが過電流を示しているか否かを判定する(#10)。エラーフラグが過電流を示していない場合は、退避制御によって過電流状態が解消されたことになる。つまり、第2動作領域A2からの退避によって、過電流状態が解消されているため、インバータ10を構成するスイッチング素子3の内の1つにオフ故障が生じている可能性が高いと判定して処理を終了する。一方、エラーフラグが依然として過電流を示している場合には、退避制御によっても過電流状態が解消されないので、他の故障が生じている可能性が高いと判定する。オフ故障以外の異常により過電流状態が生じている場合には、アクティブショートサーキット制御を実行したことによって一部のスイッチング素子3に過大な電流が流れるおそれは少ない。このため、インバータ制御装置20は、制御モードをアクティブショートサーキット制御(ASC)に設定する(#11)。
図9及び図10のタイミングチャートは、過電流の検出と、退避制御、フェールセーフ制御との関係を示している。図中の“THoc”は予め規定されている過電流しきい値を示している。この過電流しきい値THocは、例えば規定電流Ithとすることもできる。図9及び図10に示すように、インバータ制御装置20は、1回の制御周期において何れかの相の交流電流が3回、過電流しきい値THoc以上となると、過電流が発生している可能性があると判定する。但し、これが過渡的な電流の跳ね上がりなど、過電流として検出する必要のない事象に起因するものである可能性もあるため、そのような事象を解消させるためのリセット動作として、インバータ制御装置20は、短時間だけインバータ10をシャットダウン制御(SDN)する。尚、“NML”はトルク制御など、通常の制御モードを示している。このようなリセット動作を行っても、過電流が発生している可能性があるという判定が3回連続すると、インバータ制御装置20は過電流が発生しているとの判定を確定させる。これは、図8におけるステップ#1及びステップ#2の処理に相当する。尚、これらの判定に関する回数mは例示であり、3回以外の値であってもよい。
過電流が発生しているとの判定が確定すると、上述したように、インバータ制御装置20は、退避制御を実行する。図9及び図10では、ゼロトルク制御(ZTQ)が実行される形態を例示している。これは、図8におけるステップ#7の処理に相当する。図9に示すように、その後さらに1回の制御周期において、交流電流が3回、過電流しきい値THoc以上となると、インバータ制御装置20は、過電流が発生しているとの判定を確定させて、制御モードをアクティブショートサーキット制御(ASC)に設定する。この処理は、図8のステップ#9〜ステップ#11に相当する。この判定に関する回数(n)も例示であり、1回以外の値であってもよい。但し、過電流が発生している可能性があると判定を繰り返し確認する回数m(上記の例では3回)以下であることが好ましい(n≦m)。
一方、図10に示すように、ゼロトルク制御の実行後、1回の制御周期において、交流電流が3回、過電流しきい値THoc以上とならなければ、過電流状態とは判定されない。この処理は、図8のステップ#9〜ステップ#10(No判定側)に相当する。図10には、ゼロトルク制御が継続される形態を例示している。しかし、ゼロトルク制御の継続に限らず、回転電機80の回転速度ωや直流リンク電圧Vdcに応じて、例えばシャットダウン制御に移行されるなど、他の制御方式が選択されてもよい。
〔実施形態の概要〕
以下、上記において説明したインバータ制御装置(20)の概要について簡単に説明する。
1つの態様として、直流電源(11)に接続されると共に交流の回転電機(80)に接続されて直流と複数相の交流との間で電力を変換するインバータ(10)を制御するインバータ制御装置(20)は、
トルク(T)の絶対値と回転速度(ω)との関係で規定される前記回転電機(80)の動作点が、前記関係で規定されたしきい値以上の領域である特定領域(A2)の範囲内にあり、前記インバータ(10)及び前記回転電機(80)の少なくとも一方において過電流状態であることが検出された場合に、
前記動作点が前記特定領域(A2)の範囲外となるまで、前記回転電機(80)のトルク(T)及び回転速度(ω)の少なくとも一方を低下させる退避制御を実行し、
前記退避制御によって前記過電流状態が解消された場合には、前記インバータ(10)を構成するスイッチング素子(3)の内の1つに、常時オフ状態となるオフ故障が生じていると判定し、
前記退避制御によっても前記過電流状態が解消されない場合には、他の故障が生じていると判定する。
特定領域(A2)は、トルク(T)の絶対値と回転速度(ω)との関係で規定されるしきい値以上の領域であり、通常の制御が正常に実行されている場合でも交流電流(Iu,Iv,Iw)の値は大きくなる。ここで、1つのスイッチング素子(3)がオフ故障していると、3相の交流電流(Iu,Iv,Iw)の対称性が崩れる。また、振幅中心がずれることにより、単相の何れかの交流電流(Iu,Iv,Iw)のピーク値も、通常の制御が正常に実行されているときよりも大きくなる場合がある。このため、オフ故障の発生によって過電流状態が検出される可能性がある。一方、動作点が対象領域外の場合には、交流電流の対称性が崩れ、振幅中心がずれても、交流電流の振幅自体が小さく、過電流として検出されるほど大きな値とはならないことが多い。従って、動作点を特定領域(A2)から移動させることで、過電流の要因がオフ故障であるか否かを判定することができる。オン状態に制御されるスイッチング素子(3)の1つにオフ故障を生じている状態でアクティブショートサーキット制御が実行されると、還流電流が流れる経路が減少し、故障を生じていない健全なスイッチング素子(3)に過大な電流が流れる可能性がある。しかし、過電流の要因がオフ故障でなければ、アクティブショートサーキット制御の実行も可能である。このように、本構成によれば、過電流の要因がオフ故障であるか否かを判定できるので、過電流の検出によってフェールセーフ制御を実行するに当たって、インバータ(10)のスイッチング素子(3)の1つがオフ故障している可能性も考慮して、過電流発生の要因を推定することができる。
1つの態様として、前記退避制御では、少なくともトルクを低下させると好適である。
回転電機(80)に対して運動エネルギーが供給される状況、例えば車両の車輪(W)に対して回転電機(80)が駆動連結されているような場合には、回転電機(80)の回転速度(ω)を低下させにくい場合がある。交流電流は、トルク(T)の絶対値を減少させることによっても減少させることができる。従って、退避制御では、回転電機(80)の回転速度(ω)が維持されていたとしても、少なくともトルク(T)を低下させて交流電流を減少させると好適である。当然ながら、回転電機(80)の回転速度(ω)が低下すると、力行の場合も回生の場合も、交流電流を減少させることができるので、トルク(T)と共に回転速度(ω)を低下させることを妨げるものではない。
インバータ制御装置(20)は、前記オフ故障が生じていると判定した場合には、前記回転電機(80)のトルクを減少させるトルク減少制御、又は、前記回転電機(80)の回転方向とは逆方向のトルクを出力させる減速制御を実行すると好適である。
オフ故障が生じている場合、上述したようにフェールセーフ制御としてアクティブショートサーキット制御を実行することは好ましくない。トルク減少制御又は減速制御によって、回転電機(80)の運動エネルギーを低下させてインバータ(80)及び回転電機(80)に流れる電流を低下させると好適である。
インバータ制御装置(20)は、前記オフ故障とは異なる他の故障が生じていると判定した場合には、前記直流電源(11)の正極側に接続された複数の上段側スイッチング素子(31)及び前記直流電源(11)の負極側に接続された複数の下段側スイッチング素子(32)の内、一方の電極側に接続された複数の前記スイッチング素子(3)を全てオフ状態とし、他方の電極側に接続された複数の前記スイッチング素子(3)を全てオン状態として、前記インバータ(10)と前記回転電機(80)との間で電流を還流させるアクティブショートサーキット制御を実行すると好適である。
オン状態に制御されるスイッチング素子(3)の1つにオフ故障を生じている状態でアクティブショートサーキット制御が実行されると、各相を流れる電流のバランスが崩れ、また、電流が流れる経路も制限されるため、故障を生じていない健全なスイッチング素子(3)に過大な電流が流れるおそれがある。しかし、過電流の要因がオフ故障でなければ、アクティブショートサーキット制御の実行によって一部のスイッチング素子3に過大な電流が流れる可能性が低くなるので、インバータ制御装置(20)は、フェールセーフ制御としてアクティブショートサーキット制御を実行することも可能である。