以下、一実施形態を図面を参照しつつ説明する。
図1に示す本実施形態の電動機制御装置は、特に図示しない上位制御装置から入力される位置指令に基づいて、電動機の回転位置(以下、電動機位置という)を制御する。なお、以下における図示及び説明は、全て伝達関数形式での説明とする。また、本実施形態の例では、電動機が回転型モータである場合を説明する。
<電動制御装置の概略構成>
図1において、本実施形態の電動機制御装置100は、位置制御部1と、速度制御部2と、慣性変動抑制部3と、第1電流制御部4と、位置検出部5と、速度演算部6と、第1位相補償部7とを有している。
位置制御部1は、減算器8を介して入力された、上記位置指令と後述の位置検出部5が検出した電動機200の電動機位置との間の位置偏差に基づき、この位置偏差を少なくするように速度指令を出力する。
速度制御部2は、減算器9を介して入力された、上記位置制御部1からの速度指令と後述の第1位相補償部7から位相補償された第2電動機速度との間の速度偏差に基づき、この速度偏差を少なくするように第1トルク指令を出力する。
慣性変動抑制部3は、後述の速度演算部6が出力した電動機200の回転速度(以下、第1電動機速度という)と上記速度制御部2からの第2トルク指令に基づいて外乱トルクの推定値を演算する第1外乱オブザーバ31と、その出力の高調波雑音を除去する低域通過フィルタ32と、その出力に所定のゲインを掛けて推定外乱トルクの補正量を出力するゲイン乗算器33と、この推定外乱トルクの補正量を第1トルク指令に加算して上記第2トルク指令として出力する加算器34とを備えている。
第1電流制御部4は、上記慣性変動抑制部3からの第2トルク指令に基づき、例えばPWM制御による駆動電流を電動機200に出力する。
電動機200は、第1電流制御部4からの駆動電流によりトルクを発生し、減速機等の駆動部300を介して負荷機械400を駆動する。本実施形態では、電動機200の駆動対象であるこれら駆動部300と負荷機械400とを合わせた機械全体を駆動機構500という。
位置検出部5は、例えば電動機200の回転子に機械的に連結されたロータリエンコーダで構成されている。この位置検出部5は、電動機200の回転位置に相当する電動機位置を検出する。
速度演算部6は、位置検出部5が検出した電動機200の電動機位置の変化に基づいて、電動機200の第1電動機速度を演算する。具体的に、この速度演算部6には微分器を用いればよい。
第1位相補償部7は、速度演算部6が出力した電動機200の第1電動機速度と、速度制御部2が出力した第1トルク指令とに基づいて、第1電動機速度に対して位相を進めるよう位相補償した新たな第2電動機速度を出力する。
以上の構成の本実施形態の電動機制御装置100は、位置制御系のフィードバックループと、速度制御系のフィードバックループと、電流制御系のフィードバックループの3重ループ構成となっている。つまり、図示しない上位制御装置から位置指令が入力されてから、位置制御部1、速度制御部2、第1電流制御部4、電動機200、位置検出部5の順で、制御信号及び検出信号が伝達されてフィードバックを行う位置制御系のフィードバックループ(以下、位置制御系ループという)を備えている。また、速度制御部2、慣性変動抑制部3、第1電流制御部4、電動機200、位置検出部5、速度演算部6、第1位相補償部7の順で、制御信号及び検出信号が伝達されてフィードバックする速度制御系のフィードバックループ(以下、速度制御系ループという)も備えている。
このうち速度制御系ループにおいては、上記の慣性変動抑制部3が、駆動機構500を介して電動機200に付加される外乱の影響を低減するようトルク指令を調整する。これにより、駆動機構500の慣性モーメント比が未知である場合や変動する場合に対しても、電動機200の応答特性におけるロバスト性を確保できる。
<第1外乱オブザーバの構成>
図2において、第1外乱オブザーバ31は、電流ループモデル41と、共振抑制モデル43と、等価低域通過フィルタ42a,b(図中では等価LPFと略記)とを有している。また図中では、第1外乱オブザーバ31の出力の高調波雑音を除去する低域通過フィルタ32と、低域通過フィルタ32の出力に所定のゲインを掛けて推定外乱トルクの補正量を出力するゲイン乗算器33も併せて図示している。
ここで、上記第1外乱オブザーバ31が有する構成要素のそれぞれの位置付けについて、図3を参照しつつ説明する。図3は、図1における慣性変動抑制部3(図2における第1外乱オブザーバ31を含む)、第1電流制御部4、電動機200、及び駆動機構500(駆動部300と負荷400)を含む外乱抑圧制御系のフィードバックループをブロック線図を用いて示した図である。制御対象P(s)(電動機200及び駆動機構500に相当)は、機械共振系R(s)と、機械剛体系Pr(s)との積で表される。このうち、機械剛体系Pr(s)は、電動機慣性モーメントJm、負荷慣性モーメントJL、積分要素1/sとした場合にPr(s)=1/(Jm+JL)sとなる。
また、本実施形態における第1外乱オブザーバ31は、電流ループモデルPim(s)と、共振抑制モデルPn −1(s)と、等価低域通過フィルタ42a,42b(図2中の等価LPF、図3中では省略)とを有している。なお、電流ループモデルPim(s)は、図1における第1電流制御部4(Pi(s))と同等のモデルとなるように設計しており、Pi(s)=Pim(s)である。
ここで一般的に外乱オブザーバを設計する場合、ノミナルモデル(規範モデル)を規定した後でノミナルモデルの逆システムを決定し、外乱オブザーバがそのノミナルモデルの逆システムを備えるようにする。逆システムとは、例えばシステムG(s)に対して、G(s)・G−1(s)=1を満たすG−1(s)が逆システムに相当する。また、ノミナルモデル(規範モデル)とは、電動機を含む駆動機構である制御対象を理想化したモデル(伝達関数などの数式)で定義される。本実施形態では、制御対象ノミナルモデルができるだけ単純なモデルであることを重視して、機械の剛体部分と電動機に相当する機械剛体系を1/Jsに規定する。
そして本実施形態では、上記制御対象ノミナルモデルの具体的なモデルとして共振抑制ノミナルモデルPn(s)を提案する。この共振抑制ノミナルモデルPn(s)は、特に図示しないが、本実施形態の例では周波数特性制御器(1+T1s)/(1+T2s)と、制御対象の機械剛体系モデル1/J0sとの積で構成する(共振抑制ノミナルモデルについては後に詳述する)。この制御対象の機械剛体系モデル1/J0sは、制御対象の機械剛体系と必ずしも一致するものではない。なお、制御対象の機械剛体系モデル1/J0sにおいては、例えば、慣性モーメントJ0を電動機単体の慣性モーメントJmとすればよい(J0=Jm)。
そして本実施形態の第1外乱オブザーバ31が備える共振モデルPn −1(s)は、上記の共振抑制ノミナルモデルPn(s)の逆システムであり、上記周波数特性制御器の逆システム(1+T2s)/(1+T1s)と、上記制御対象の機械剛体系モデルの逆システムJ0sを積算している。
図3におけるフィードバック制御系(外乱抑圧制御系ループ)の一巡伝達関数G
Loopは下記の(1)式で表され、また外乱抑圧制御系を閉ループとしてトルク指令rから電動機速度vまでの全体の閉ループ伝達関数G
Closeは下記の(2)式で表される。
本実施形態の外乱抑圧制御系ループは、上記(2)式の閉ループ伝達関数G
Closeを適切に設定することで、多様な多慣性モデルを取り得る機械共振要素に対し広い周波数帯域で抑圧制御が可能となる。この外乱抑圧制御系の低周波帯域での特性を説明するために、(2)式でs=0を代入すると(K
f=1とした)、G
LOOP(s)=1/J
msとなり、負荷慣性モーメントJ
Lの影響が除去されて電動機単体の特性に制御できることがわかる(低周波帯域であるから、g(0)=1、P
i(0)=1、R(0)=1となる)。なお、この外乱抑圧制御系の高周波帯域での特性は後述する。
ここで一般的な外乱オブザーバの構成について説明する。外乱オブザーバは、外乱のモデルを組み込んだ状態オブザーバで設計し、時間変化に対して外乱が一定と仮定した場合を0次外乱オブザーバと呼び、オブザーバの次数を低減するために、最小次元状態オブザーバを用いる。また、状態方程式で記述される外乱オブザーバは、ノミナルモデルの逆システムとオブザーバの低域通過フィルタ(以下、等価低域通過フィルタという)とで表現することができる。なお、0次外乱オブザーバでは、等価低域通過フィルタは1次の低域通過フィルタであり、このフィルタの帯域が外乱オブザーバの周波数帯域となる。
上記等価低域通過フィルタは外乱オブザーバの構成要素であり、フィルタの形が規定される。例えば、1次外乱オブザーバでは、分母2次、分子1次の低域通過フィルタとなり、そのパラメータも任意ではなく外乱オブザーバの設計手法によって決まる。N次外乱オブザーバを用いた外乱抑圧制御では、次数が高いほど外乱抑圧性能が高い。但し、外乱抑圧性能を向上するために外乱オブザーバを広帯域にした場合、第1電流制御部の動特性(主に低域通過特性や制御時間遅れ)の影響で外乱抑圧制御系の制御安定性が低下し、高周波帯域の周波数特性にピークが出ること等に起因して、電動機から高周波の騒音が出る場合がある。また、電動機により駆動する駆動機械には機械共振特性があるため、上記第1電流制御部の動特性の影響で外乱抑圧制御系に機械共振の影響が出やすくなる場合がある。このような課題を解決するべく、本実施形態における第1外乱オブザーバ31は、電流ループモデル41と、共振抑制モデル43と、等価低域通過フィルタ42a,42bとを有している。
外乱抑圧制御に利用する外乱オブザーバの設計においては、トルク指令と電動機速度とを入力信号として使用する。実際には、トルク指令から電動機速度までの間には電流制御部が存在する。速度制御系の応答周波数に対して電流制御の応答周波数は十分に高いため、電流制御部の伝達関数を「1」として外乱オブザーバを設計することができる(ソフトウェア実装上、できるだけ低い次数の外乱オブザーバが求められる)。しかしながら、速度ループの応答周波数を数十Hzとし、電動機慣性モーメントに対する負荷慣性モーメントを30倍程度とした場合の駆動機構の動作を補償しようとすると、外乱抑圧制御系には高応答特性が要求される。この場合、高周波帯域まで駆動機構の動作を正確に推定する必要があるため、外乱オブザーバの設計上で無視していた電流制御部のモデルを制御対象に追加することが必要になる。
電流ループモデル41は、電流制御系ループの影響により機械共振のゲインが増大するのを防ぐ機能を有する。つまり、図2に示すように入力された第2トルク指令に対し、近似的に電流制御系ループの遅れを加味して電動機が発生したトルク信号を出力する。
共振抑制モデル43は、電動機200の第1電動機速度に対してその周波数特性を制御する周波数特性制御器の逆システム51と、この周波数特性制御器の逆システム51の出力(電動機が駆動する負荷の加速度)に対して電動機200の回転子の慣性モーメントJ0を乗算してさらに演算子sも合わせて乗算する(実質的に微分演算を行う)制御対象逆モデル52とを有しており、理想電動機の加減速トルク信号(ノミナルモデルで仮定した理想的な電動機が加速減速に使ったトルク成分)を求める機能を有する。
第1外乱オブザーバ31全体の機能としては、電動機200の第1電動機速度に基づいて共振抑制モデル43により求め、等価低域通過フィルタ42bを通過した理想電動機の加減速トルク信号を、電流ループモデル41および等価低域通過フィルタ42aを通過したトルク指令から減算器44で減算して外乱トルクを推定する。そして、時定数Tで設定された高調波雑音を除去する低域通過フィルタ32と所定のゲインを有するゲイン乗算器33によって、推定外乱トルクが適宜調整されて出力される。なお、等価低域通過フィルタ42a,bは、第1外乱オブザーバ31の周波数帯域を決めるフィルタとして機能する。
なお、共振抑制モデル43においては、本来図示したように、周波数特性制御器の逆システム51と、慣性モーメントJ0を乗算する乗算器と、演算子sを実現する微分器を有する。この演算子sで実現する微分器は進み要素となるため、デジタル回路及びソフトウェア上へはそのままでは実装できない。この場合、共振抑制モデル43と等価低域通過フィルタ42a,42bと組み合わせることで、演算子sの分母の次数と分子の次数とが同じに出来る。この等価低域通過フィルタ42a,42bは、例えば2次フィルタを用いればよい。周波数特性制御器の逆システム51については、後に詳しく説明する。
<第1位相補償部の構成>
図4において、第1位相補償部7は、制御対象モデル61と、低域通過フィルタ62と、制御器63とを有している。この第1位相補償部7は、第1トルク指令を制御対象モデル61に入力し、その出力を低域通過フィルタ62に通して位相補償信号を生成し、これを減算器64で電動機200の第1電動機速度から減算した偏差を制御器63に通し、これを第1トルク指令を入力している加算器65にフィードバックする。このうち制御対象モデル61が出力した信号を、当該第1位相補償部7が新たな速度フィードバック信号として第2電動機速度を出力する。なお、低域通過フィルタ62が、各請求項記載の第1低域通過フィルタに相当する。
そして図1に示したように、位置制御部1が出力した速度指令と、第1位相補償部7が出力した第2電動機速度との偏差を速度制御部2に入力することで、本実施形態における速度制御系ループが構成される。この第1位相補償部7は、電動機200の電動機速度を推定するとともに位相を進める位相補償速度オブザーバとして機能するため、速度制御系ループにおける位相を進めることで位置制御系ループの位相余裕を改善できる。このため応答が安定化し、慣性変動範囲を広げることができる。
しかし、速度制御部2中の速度ループゲイン(特に図示せず)を上げた場合には、第1位相補償部7で補償すべき位相にずれが生じるため、振動が発生するようになる。そのため、第1位相補償部7の補償する位相を速度制御部2中の速度ループゲインに応じて再調整する必要がある。
例えば、上記図4に示した速度オブザーバで位相補償を行う本実施形態の場合、速度オブザーバの低域通過フィルタ62の時定数を調整することで補償する位相の量を設定できる。そこで、シミュレーションや実機試験により、速度制御部2中の速度ループゲインの変化に対応して低域通過フィルタ62の時定数が最適となる値をグラフに逐次プロットし(特に図示せず)、それら実測データのプロットを補間する近似式を求める。
例えば、本実施形態のように上記図2に示したような外乱オブザーバを用いる場合、速度オブザーバの低域通過フィルタ時定数TLPFは、TLPF=a×Kv+bのような速度ループゲインKvの1次関数で近似式を決定することができる。なお、TLPF=a×Kv 2+b×Kv+cの2次関数で近似することができるものも用いることができる。速度ループゲインKvを独立変数とする多項式で表現したこれら近似式を使用することで、例えば、速度制御部2中の速度ループゲインKvを変更した場合に、上記関数によって速度オブザーバである第1位相補償部7の低域通過フィルタ62の時定数TLPFを適切に変更することができ、位相の補償値を自動的に再調整することが可能となる。
以上の構成を有する本実施形態において最も特徴としている点は、電動機200により駆動する駆動機構500に対して共振抑制ノミナルモデルを設定し、第1外乱オブザーバ31の共振抑制モデル43(共振抑制ノミナルモデルの逆システムに相当)に備えられた周波数特性制御器の逆システム51が、電動機200及び駆動機構500における機械共振に起因した振動の発生を抑制するよう周波数特性を制御する点である。
ここでまず、駆動機構500の機械共振の特性を表現する多慣性モデルについて図5を用いて説明する。
<多慣性モデルとその周波数特性>
本実施形態における多慣性モデルとは、駆動機構500中に備えられる慣性要素の数とそれらの間の弾性要素による連結構成によって抽象化された分類であり、駆動機構500の構成によって多様な慣性モデルが存在する。例えば、図示する回転型モータの電動機201の場合には、その出力軸から先に連結される駆動機構500として質量m1の剛性回転板501だけが固定されている場合、当該駆動機構500の慣性モデルは剛体モデルとなる。この剛体モデルは、駆動機構500が1つの慣性要素だけで構成され、弾性要素は備えない。
そして例えば、この剛性回転板501の外周に巻き付けた帯部材502で質量m2の錘503を吊り下げた場合、この駆動機構500は2慣性モデルとなる。つまり、剛性回転板501(m1)と錘503(m2)がそれぞれ慣性要素となり、それらの間を弾性要素である帯部材502(k1)が連結して2慣性モデルを構成している。
また例えば、回転型モータ201の出力軸にカップリング504を介してボールネジ505を連結し、このボールネジ505で送り台506を直動させる駆動機構500は3慣性モデルとなる。つまり、カップリングの入力側の部材504a(m1)と、カップリングの出力側の部材504bを含めたボールネジ505(m2)と、送り台506(m3)とがそれぞれ慣性要素となり、カップリング504中の連結部(k1)と、ボールネジ50と送り台506との間の転動機構(k2)がそれぞれ弾性要素として機能して3慣性モデルを構成する。
本実施形態においては、このように慣性要素と弾性要素が交互の配置で直列に連結した構成のモデルだけを扱うものとし、「n慣性モデル」とは慣性要素をn個備えるものをいう。また、本実施形態における慣性モーメント比とは、同図に示すように、電動機200の出力軸も含めた回転子の慣性モーメントJ0に対する、駆動機構500全体の慣性モーメントJLの比JL/J0をいう。そして駆動機構500の構成や利用形態によっては、当該駆動機能の慣性モデル及び慣性モーメント比が変動する場合がある。例えば、図示する3慣性モデルの送り台上に慣性要素と弾性要素とを有する移動対象物が載置される場合などが考えられる。
図6に示すように、ボード線図のゲイン特性においては、上記のn慣性モデルは、それぞれ頂点と底点をn個ずつ有する特性曲線を描く。各頂点は共振点であり、各底点は反共振点となる。剛体モデルの場合は、頂点(共振点)、底点(反共振点)を持たずに緩やかにゲインが減少する特性曲線を描く。また、慣性モーメント比が大きいほど低いゲイン特性となる(グラフが下方へ移動する)。
位相特性においては、n慣性モデルは、n−1箇所の位相進み領域を有する特性曲線を描く。上記のゲイン特性における反共振点から共振点へ向かう間の周波数帯域において、位相特性が進む。剛体モデルの場合は、どの慣性モーメント比でも全ての周波数帯域において−90°の位相を維持する。
なお、ゲイン特性及び位相特性のいずれにおいても、各慣性要素の質量と各弾性要素の弾性係数のそれぞれ設定によって同じn慣性モデルでも特性曲線が変化するが、上述した曲線の特徴は共通して変わらない。
以上のような各慣性モデルの特性に対して、本実施形態における共振抑制ノミナルモデルは、図中に示すように慣性モーメント比が0倍の剛体モデル(つまり弾性要素を備えない状態)の特性に近く、ゲイン特性では中周波及び高周波の帯域でやや高めとなり、位相特性では中央の帯域で少し位相が進む特性曲線を描くよう設定されている。
本実施形態は、このような特性の共振抑制ノミナルモデルを任意に設定し、第1外乱オブザーバが、設定した共振抑制ノミナルモデルの逆システムである共振抑制モデル43を備えていることにより、駆動機構500における機械共振に起因した振動の発生を抑制することができる。以下、この機械共振抑制の原理について説明する。
<本実施形態における機械共振抑制の原理>
まず、上述したように従来の外乱オブザーバの設計において、ノミナルモデルは剛体モデルを想定する。この設計手法では、ノミナルモデルを剛体モデルとすることで外乱オブザーバにおける演算子sの次数を最小限にして、実装を容易にする。しかし、実際の駆動機構500では2慣性以上の多慣性モデルで構成される場合が多く、ノミナルモデルが剛体モデルでの設計では、実際の機械共振特性により発振しやすいという問題がある。この問題の対策としては、慣性変動抑制部3を含む外乱抑圧制御系のループ内にノッチフィルタや低域通過フィルタを追加することで、機械共振特性を低下して外乱抑圧制御系を安定化することが考えられる。しかしこの場合には、ノッチフィルタによる位相遅れや低域通過フィルタによるゲイン低下により、外乱抑圧性能が低下することで、慣性モーメント比変動に対するロバスト性が低下してしまう。
そこで、ノッチフィルタや低域通過フィルタを使わずに実際の機械共振の影響を低減する解決策として、本実施形態では、原点に立ち返り、機械共振特性があるとなぜ外乱抑圧制御系が発振するかを、制御系の解析的な計算や計算機シミュレーションにより詳細な理論検討してみた結果、図7に示す新しい事実がわかった。
<事実1>外乱抑圧制御は、制御対象の特性がノミナルモデルに一致するように制御する手法である。本実施形態では、図7の低周波帯域のように制御対象のゲイン特性(一点鎖線)がノミナルモデル(実線)よりも低くなるように制御パラメータを設定する。この場合、外乱抑圧制御は正帰還でゲインを持ち上げるように作用するが、(1)式で示した一巡伝達特性GLoopが1未満となるよう設計しているので、正帰還であっても安定である。したがって、ノミナルモデルよりも低い部分で制御対象のゲイン特性や位相特性が複雑に変動しても、(1)式で示した一巡伝達関数GLoopが1未満のため常に安定であることがわかった。
<事実2>これに対し、図7の高周波帯域のように、機械共振の頂点部分がノミナルモデルより上部に出ている場合は、外乱抑圧制御は負帰還でゲイン特性を低減するように動作する。ノミナルモデルより上部の曲線では、(1)式で示した一巡伝達特性GLoopが1以上となる。高周波帯域ではもともと制御系の位相遅れが大きいことに加え、機械共振特性で位相が大きく変化するので、(1)式で示した一巡伝達特性GLoopが1以上となる適当な周波数で制御系が不安定となり、発振してしまう。これが制御対象の機械共振特性で外乱抑圧制御系が発振する原因である。
機械共振特性を含む制御対象に対して外乱抑圧制御系を安定に動作させるには、すべての周波数帯域で前述の<事実1>の条件を満たせばよいことがわかる。この点は従来のように単純にフィルタで帯域制限する手法とは異なる新しい考え方である。本実施形態ではこれを実現する手法として、図8に示すようにノミナルモデルを変形した共振抑制ノミナルモデルを設定する。つまり、周波数f1とf2でノミナルモデルの傾きを変えた共振抑制ノミナルモデルとすることで、機械共振特性を共振抑制ノミナルモデルよりも低いゲインにできる。機械共振特性の頂点を挟むよう周波数f1とf2を適切に選ぶことで、機械共振特性が変動しても制御系は常に安定にできる。またこの手法は、ノミナルモデルを変形するだけであり、制御系に余分な遅れが生じないため外乱抑圧制御系のロバスト性能を維持できる。本実施形態の共振抑制ノミナルモデルがこのようなゲイン特性を有するには、共振抑制ノミナルモデルは、周波数特性制御器(1+T1s)/(1+T2s)と、制御対象の機械剛体系モデル1/J0s(例えば、慣性モーメントは電動機単体の慣性モーメントJmとすればよい(J0=Jm))とを有するように構成する。
更に、共振抑制モデルにおいては、周波数特性制御器の逆システム(1+T2s)/(1+T1s)と、上記制御対象の機械剛体系モデルの逆システムであり機械剛体系の逆システムJ0sを積算するように構成する。
しかしながら以上の手法は、共振抑制ノミナルモデルのゲイン特性の変更だけで解決できる理想的な場合に限られる。実際の制御対象では、共振抑制ノミナルモデルをどのように設計しても、上記図6のゲイン特性図に示すようにいくつかの機械共振特性の頂点が狭い帯域で共振抑制ノミナルモデルより上部に超えてしまう場合がある。
一方、前述したように、機械共振が発生する条件とは、ゲイン特性と位相特性の両方で同時に余裕が低くなる場合であり、つまり慣性変動抑制部3を含む外乱抑圧制御系ループにおける(1)式で示した一巡伝達特性GLoopの位相が−180°に達してかつゲインが1を超えて大きくなったために振動が発振した場合である。そこで共振抑制ノミナルモデルとしては、どちらか一方の特性に対して全ての周波数帯域で完全に余裕を持たせるよう設計することは難しい。しかし、できるだけゲインと位相の両方同時に余裕を持たせるようにすることで、一部の周波数帯域で局所的に一方の余裕が低くなっても他方で十分な余裕を確保する設計は可能である。
<共振抑制ノミナルモデルの設計例とその安定性>
そこで本実施形態の共振抑制モデル43が備える周波数特性制御器の逆システム51は、上記(1)式で示した外乱抑圧制御系ループにおける一巡伝達特性GLoopを低周波帯域で位相を−180度でゲインは1未満に、高周波帯域でゲイン1以上の周波数領域では位相は−180度以外(位相を−180°より大きくあるいは小さく)に維持可能に制御する。本実施形態における周波数特性制御器の逆システム51の具体的な例としては、上記図2に示したように伝達関数表現で(1+T2s)/(1+T1s)と表記される構成となり、このうちの2つの時定数T1,T2を、制御対象となり得るあらゆる駆動機構500を想定してあらかじめ適宜設定すればよい。
例えば上記図8の場合においては、周波数特性制御器の逆システム51((1+T2s)/(1+T1s))の2つの時定数T1,T2は、T1=1/2πf1、T2=1/2πf2に設定される。また、f1とf2の間の幅を広く設定することで、機械共振周波数が変化してもある程度は対応でき、多様な多慣性モデルの制御対象にも対応可能となる。このようにして、周波数特性制御器の逆システム51が有する時定数T1,T2は、剛体のノミナルモデルを基本形としてその周波数特性のゲインの変化率を変更させる複数の周波数設定値f1,f2で決定されるものである。なお、共振抑制ノミナルモデルのゲイン特性が制御対象のゲイン特性より高すぎる場合には、一巡伝達特性GLoopが不安定になる可能性もあるため、どの周波数帯域でも適宜の高低差(フィードバック量)を維持できるようゲイン特性を設定する。
この周波数特性制御器を備えた共振抑制ノミナルモデルの周波数特性は上記図6に示した通りである。この図6において、ゲイン特性図ではいくつかの機械共振特性の頂点が共振抑制ノミナルモデルより上部に超えてゲイン余裕を損なわせているものの、対応する帯域での位相特性においては共振抑制ノミナルモデルの位相特性が大きく進んでおり位相余裕の分で補償している。このような設計の周波数特性制御器の逆システム51を備えた共振抑制モデル43を用いて外乱トルクを推定することで、どのような多慣性モデルに対しても総合的なゲイン余裕及び位相余裕を確保して機械共振の発生を抑制できる。
このような本実施形態が備える外乱抑圧制御系ループの安定性の判別を、図9〜図14のナイキスト線図で示す。なお、これら図9、図11、図13は、上記(2)式に示す閉ループ伝達関数GCloseの安定性を、上記(1)式で示した開ループ伝達関数の周波数特性の複素平面で極座標表示したナイキスト線図であり、図10、図12、図14は、それぞれ上記図9、図11、図13中の基準座標(X=−1、Y=0;−1+j0)の近傍部分を拡大して示している。2慣性モデルに適用した図9、図10の場合には、ベクトル軌跡が負の実軸と(X=−0.997、Y=0)の座標で交差しており、角周波数ωが増加する軌跡の進行方向から見て上記基準座標が左側に位置している。これにより当該2慣性モデルに適用した閉ループ伝達関数GCloseのフィードバック制御系は安定であることが分かる。同様にして3慣性モデルに適用した図11、図12、及び4慣性モデルに適用した図13、図14のそれぞれの場合でも、外乱抑圧制御系の制御ループが安定であることが分かる。これら図9〜図14のナイキスト線図を描いたフィードバック制御系は、いずれも同じ制御パラメータに設定された同一のシステムであり、すなわち個別の調整を必要とせずに2〜4慣性モデルのいずれに対しても安定性を確保できることがわかる。
これに対し、図15〜図20は、従来の外乱抑圧制御系のナイキスト線図である。2慣性モデルを適用した図15、図16と4慣性モデルを適用した図19と図20の場合では安定である。しかし、3慣性モデルを適用した図17、図18の場合ではベクトル軌跡が上記基準座標を囲むよう描いており、この外側のベクトル軌跡では、角周波数ωが増加する軌跡の進行方向で見て上記基準座標が右側に位置している。これにより当該3慣性モデルに適用した従来の外乱抑圧制御系ループは不安定となって発振することが分かる。
このように、本実施形態の第1外乱オブザーバ31及びその内部に備える共振抑制モデル43は、従来にはない新しい構成を備え、機械共振に起因する振動の発生を抑制する機能を有する。
<本実施形態の外乱抑圧性能の実証データ>
以下、本実施形態の電動機制御装置100の有効性を、図21〜図26の具体的なステップ応答データを参照して示す。なお、図中の「Position Error」は、図示しない上位制御装置からの位置指令と位置検出部5からの電動機位置との間の偏差であり、位置制御部1に直接入力される信号である(上記図1中のA参照;以下同様)。また、図中の「Speed」は、電動機制御装置100が入力する位置指令の速度成分(位置指令の微分値)、および速度演算部6が出力する第1電動機速度である(以下同様)。また、図中の「Torque」は、慣性変動抑制部3が出力して第1電流制御部4に入力される直前の第2トルク指令である(上記図1中のB参照;以下同様)。2慣性モデルを適用した場合の従来比較例の図21と本実施形態の図22との比較ではあまり目立たないが、他の3慣性モデルを適用した場合の図23と図24との比較、4慣性モデルを適用した場合の図25と図26との比較では、電動機速度とトルク指令において本実施形態による変動抑制効果が顕著に表れており、すなわち機械共振に対するロバスト性が向上していることが確認できる。
次に、図27〜図30は慣性モーメント比別で従来比較例と本実施形態のシミュレーション結果を比較した図であり、いずれも剛体モデルを適用した場合を示している。これらからも分かるように、慣性モーメント比の大小に関係なく本実施形態によるトルク指令の変動抑制効果が表れており、すなわち本実施形態においても慣性モーメント比に対するロバスト性が維持されていることが確認できる。
また、図31は大きい慣性モーメント比の剛体モデルを適用した場合に、標準P−PI制御を行うにあたって理想とされる波形を示しており、図32は同じ条件での本実施形態のシミュレーション結果を表した図(上記図30と同一)である。両図を比較して特に破線円で囲んだ波形が前記理想とされる波形に近似していることから、本実施形態は標準P−PI制御への適用に好適であることが確認できる。
<本実施形態の効果>
以上説明したように、本実施形態の電動機制御装置100によれば、位置制御系ループと、速度制御系ループと、電流制御系ループの3重ループ構成となっている。このうち、速度制御系ループにおいて、慣性変動抑制部3が第1外乱オブザーバ31を用いて推定した電動機200の外乱トルクを、第1トルク指令に加算して第2トルク指令を出力する。これにより、駆動機構500の慣性モーメント比が未知である場合や変動する場合に対しても、電動機200の制御特性におけるロバスト性を確保できる。
また、速度制御系ループ内に設けた第1位相補償部7が、速度を推定するとともに位相を進める位相補償速度オブザーバとして機能することにより、速度制御系の位相を進めて位置制御系の位相余裕を改善することができ、慣性変動抑制部3の応答特性が向上する。つまり、駆動機構500の慣性モーメント比に対するロバスト性を向上している。
さらに本実施形態においては、上記慣性変動抑制部3において外乱トルクを推定する第1外乱オブザーバ31が、電動機200の第1電動機速度に対応して駆動機構500の機械共振の影響を抑制した理想電動機の加減速トルク信号を出力する共振抑制モデル43を備えている。第1外乱オブザーバ31が、この理想電動機の加減速トルク信号を利用して外乱トルクを推定することで、結果的に慣性変動抑制部3は、駆動機構500の機械共振に起因する振動を生じることなく駆動機構の慣性モーメントの変動を抑制する。つまり、駆動機構500の慣性モデルが未知である場合や変動する場合に対しても、電動機200の制御特性におけるロバスト性を確保できる。
このように、本実施形態によれば、駆動機構500における慣性モーメント及び多慣性モデルのいずれも未知もしくは変動し得る場合でも、各種パラメータを調整することなくロバスト性の高い電動機200の駆動制御が可能となる。
これにより、従来では不可能とされていた機械共振特性を含んだ駆動機構500でロバスト性能を維持することが可能となった。また、従来の外乱抑圧制御系が弱点としていた機械共振の低耐性(発振のしやすさ)を大きく改善することが可能となった。
適切な設計により共振抑制モデル43を固定化できるので、固定した制御系と固定したパラメータで、複雑な機械共振特性の制御対象も無調整で動作できる。従来の電動機制御装置は駆動機構500の機械特性に応じて個別に制御ゲインを調整して(手動・自動含め)、初めて動作が可能となっていた。つまり、従来の電動機制御装置は性能が高いが使いづらく導入しにくいものとされていたが、本実施形態では電動機制御装置の利用を容易としてその適用範囲を広げ、機械装置のセットアップ時間を大幅に短縮できるため、電動機制御装置を利用する上で非常に有用である。
また、この実施形態では特に、共振抑制モデル43が本発明で提案する共振抑制ノミナルモデルの逆システムである。この共振抑制ノミナルモデルは、剛体ノミナルモデルの周波数特性のゲインの変化率を変更可能な複数の周波数設定値f1、f2で決定される複数の時定数T1、T2を有する周波数特性制御器(不図示、(1+T1s)/(1+T2s))を有する。周波数特性制御器の複数の時定数を適切に設定することで、共振抑制ノミナルモデルを、制御対象の機械共振特性を原型として共振抑制が可能な程度に変形させて設計できる。これにより、共振抑制ノミナルモデル及び共振抑制モデル43を、想定し得る制御対象(電動機200、駆動機構500)に適切に対応させて設計できる。
また、この実施形態では特に、複数の時定数T1、T2は、当該共振抑制ノミナルモデルが、電動機200及び駆動機構500の機械共振特性に対して全ての周波数帯域で周波数特性上のゲイン余裕及び位相余裕の少なくともいずれか一方を維持可能に制御するよう設定される。
周波数設定値f1、f2で決定される複数の時定数T1、T2を適切に設定することで、剛体ノミナルモデルの傾きを変えた共振抑制ノミナルモデルを、制御対象の機械共振特性よりも概略的に高いゲインにできる。さらに複数の時定数T1、T2を適切に設定することで、ゲイン特性ではいくつかの機械共振特性の頂点が共振抑制ノミナルモデルより上部に超えてゲイン余裕を損なわせた場合でも、対応する帯域での位相特性においては共振抑制ノミナルモデルの位相特性が大きく進んで位相余裕の分で補償できる。このようにして、共振抑制ノミナルモデルが制御対象の機械共振特性に対して周波数特性上のゲイン余裕及び位相余裕の少なくともいずれか一方を維持可能に制御するよう周波数特性制御器を設計できる。そして、この周波数特性制御器を備えた共振抑制ノミナルモデルの逆システムである共振抑制モデルを用いて外乱トルクを推定することで、どのような多慣性モデルに対しても総合的なゲイン余裕及び位相余裕を確保して機械共振の抑制を実現できる。
また、この実施形態では特に、第1外乱オブザーバ31における共振抑制モデル43は、慣性変動抑制部3、第1電流制御部4、電動機200、及び駆動機構500を含む外乱抑圧制御系ループにおける一巡伝達特性GLoop(上記(1)式)が、低周波数帯域で位相を−180度でゲインを1未満に、高周波数帯域でゲイン1以上の周波数領域では位相を−180度以外に維持可能に制御するよう複数の時定数T1、T2を設定した、周波数特性制御器の逆システム51(1+T2s)/(1+T1s)を有する。この周波数特性制御器の逆システム51は、電動機200の電動機速度に対して周波数特性を制御する。そして、速度相当の信号である周波数特性制御器の逆システム51の出力を、慣性モーメントJ0の乗算と演算子sの微分とによりトルク相当の信号に換算することで、共振抑制モデル43が機械共振の影響を抑制した理想電動機の加減速トルク信号を出力できる。
なお、慣性モーメントJ0は当該電動機200の回転子の慣性モーメントであるため、駆動機構500全体の負荷を外乱要素とみなせる。これにより電動機制御装置100に対して行うパラメータ調整(時定数、減衰係数、及び各種ゲインなどの調整)は、制御対象として適用する各種の電動機200にそれぞれ対応して工場出荷時に各パラメータを設定するだけでよく、電動機200が駆動する駆動機構500に対してはパラメータ調整が不要となる。そして、共振抑制ノミナルモデルの構成要素である周波数特性制御器(特に図示せず)は変更可能な複数の周波数設定値f1、f2で決定される複数の時定数T1、T2を有する(1+T1s)/(1+T2s)の関数で規定されているので、共振抑制ノミナルモデルの逆システムである共振抑制モデルを用いた外乱抑圧制御系は、どのような多慣性モデルに対しても総合的なゲイン余裕及び位相余裕を確保して機械共振を生じることなく駆動機構の慣性モーメントの変動を抑制できる。
また、この実施形態では特に、第1外乱オブザーバ31が、電動機200の第1電動機速度に基づいて共振抑制モデル43により求めた機械共振の影響を抑制した理想電動機の加減速トルク信号を第2トルク指令から減算して外乱トルクを推定する。
また、この実施形態では特に、第1外乱オブザーバ31中の電流ループモデル41が第1電流制御部4と同等に第2トルク指令を処理することで、共振抑制モデル43が求めた理想電動機の加減速トルク信号(電動機速度から演算したトルク信号)と電流ループモデルが出力するトルク信号(指令としてのトルク信号)との位相差を小さくできるため、外乱トルクを正確に推定でき、慣性変動抑制部3の応答特性が向上する。これにより、速度制御系ループにおける応答周波数を高周波帯域まで向上でき、さらに大きな慣性モーメント比にも対応できる。つまり、駆動機構500の慣性モーメント比に対するロバスト性を向上できる。
なお、本発明は、上記実施形態に限られるものではなく、その趣旨及び技術的思想を逸脱しない範囲内で種々の変形が可能である。以下、そのような変形例を順を追って説明する。
(1)位相進めフィルタとしての第2位相補償部を設ける場合
上記実施形態においては、第1位相補償部7を設けることで速度制御系の位相を進めて位置制御系の位相余裕を改善していたが、さらに特定の周波数帯域だけ位相を進める第2位相補償部を設けることで位置制御系の位相余裕をより改善できる。
上記実施形態の図1に対応する図33において、この第1変形例の電動機制御装置100Aでは、位置制御部1と減算器9との間に新たに第2位相補償部11を設けている。つまり第2位相補償部11は、位置制御部1が出力する第1速度指令を入力して特定の周波数帯域だけ位相を進め、第2速度指令を減算器9に対して出力する。
第2位相補償部11は、例えば図34に示すように、低域通過フィルタ71と高域通過フィルタ72を併設し、それぞれの出力を加算器73で加算して出力する構成の、位相進めフィルタを用いた制御ブロックとすればよい。
位相進めフィルタの伝達関数G(s)は(3)式で表され、低域通過フィルタの時定数TLと高域通過フィルタの時定数THの関係が、1/TH<1/TLの条件となるように各時定数を調整する、すなわち低域通過フィルタの遮断周波数ω1(=1/TL)と高域通過フィルタの遮断周波数ω2(=1/TH)の関係がω2<ω1となるように各遮断周波数を調整することにより位相遅れを改善できる。逆の条件であれば、位相遅れフィルタとなり位相進め効果がなくなってしまう。
G(s)=(1+sTH)/(1+sTL)
=1/(1+sTL)+sTH/(1+sTL)
=ωL/(ωL+s)+THωLs/(ωL+s) ・・・(3)
また、位相進めフィルタの構成として、次式(4)のように書くことも可能である。
G(s)=ωL/(ωL+s)+TLωHs/(ωH+s) ・・・(4)
このとき、低域通過フィルタ71の遮断周波数を高域通過フィルタ72の遮断周波数より大きくすることで位相進めフィルタとなる。
位置制御部1からの第1速度指令を低域通過フィルタ71と高域通過フィルタ72にそれぞれ入力し、それらの出力を加算器73で加算して第2速度指令として出力する。低域通過フィルタ71だけでは位相が進まず、高域通過フィルタ72だけでは必要のない低周波数帯まで位相が進んでしまい、また高域通過フィルタ72では、本来、速度ループゲインや速度積分で補償される低周波数帯のゲインが下がってしまう。しかし第2位相補償部11を図示するように構成することで、所望する特定の周波数帯だけ位相を進める位相進めフィルタとして機能する。なお、低域通過フィルタ71が、各請求項記載の第2低域通過フィルタに相当する。
また、速度制御部2中の速度ループゲイン(特に図示せず)を上げた場合には、第2位相補償部11で補償すべき位相にずれが生じるため、振動が発生するようになる。これに対して、この第2位相補償部11においては、速度制御部2中の速度ループゲインに応じて低域通過フィルタ71と高域通過フィルタ72の遮断周波数を変更すればよい。そこで、シミュレーションや実機試験により、速度制御部2中の速度ループゲインの変化に対応して低域通過フィルタ71と高域通過フィルタ72の遮断周波数が最適となる値をグラフに逐次プロットし(特に図示せず)、それら実測データのプロットを補間する近似式を求める。
例えば本変形例のように上記図2に示したような外乱オブザーバを用いる場合、高域通過フィルタ72の遮断周波数は固定しておき、低域通過フィルタ62の遮断周波数fcは、fc=a×Kv 2+b×Kv+cのような速度ループゲインKvの2次関数で近似式を決定することができる。なお、fc=a×Kv+bの1次関数で近似することができるものも用いることができる。また、低域通過フィルタ62の遮断周波数を固定しておき、高域通過フィルタ72の遮断周波数fcも同様に速度ループゲインKVの2次関数や1次関数で遮断周波数を近似できる。速度ループゲインKvを独立変数とする多項式で表現したこれら近似式を使用することで、例えば、速度制御部2中の速度ループゲインKvを変更した場合に、上記関数によって速度オブザーバである第2位相補償部11の低域通過フィルタ71あるいは高域通過フィルタ72の遮断周波数を適切に変更することができ、位相の補償値を自動的に再調整することが可能となる。すなわち、速度ループゲインKvを独立変数とする多項式で表現した近似式を使用して、第2位相補償部11の低域通過フィルタ71あるいは高域通過フィルタ72の遮断周波数を適切に変更することで、位相の補償値を自動的に再調整することが可能となる。
図35、図36、図37は、それぞれ上記実施形態における図22、図24、図26に対応するデータ図であり、これらからも分かるように図21、図23、図25の従来比較例と比較して本変形例においても変動抑制効果が顕著に表れており、すなわちいずれの慣性モデルにおいても機械共振に対するロバスト性が向上していることが確認できる。
図38〜図43は、慣性モーメント比別で従来比較例と本変形例の実験結果を比較した図であり、位置決め動作を行うため、位置指令を連続的に変化させた場合を示している。これらからも分かるように、図38、図40、図42の従来比較例では慣性モーメント比が大きくなるに従ってトルク指令が振動しやすくなることに対し、図39、図41、図43の本変形例では慣性モーメント比の大小に関係なくトルク指令の変動を抑制して非常に安定している。すなわち、本変形例においては慣性モーメント比に対するロバスト性が高いことが確認できる。
以上説明したように、本変形例の電動機制御装置100Aによれば、位置制御系ループ内に設けた第2位相補償部11が位相進めフィルタとして機能することにより、位置制御系の位相余裕を改善することができ、慣性変動抑制部3の応答特性が向上する。つまり、駆動機構500の慣性モーメント比に対するロバスト性を向上できる。
上記実施形態においては、第1外乱オブザーバ31内に設けた電流ループモデル41でトルク指令に対する電流ループの遅れを小さくしていたが、本発明はこれに限られない。他にも、特に図示しないが、電流制御部の内部に位相補償電流オブザーバを設けて電流ループの遅れを小さくすることにより、慣性変動抑制部3の応答特性を向上させてもよい。
(2)外乱オブザーバ内に電流ループ逆モデルを設ける場合
図44において、第2外乱オブザーバ31Aと上記図2の第1外乱オブザーバ31との違いは、電流ループモデル41(破線枠部分)を設けずにその代わりに共振抑制モデル43の出力側に電流ループ逆モデル41Aを設けている点である。ここで、この電流ループ逆モデル41Aは、上記電流ループモデル41の逆システムであり、例えば伝達関数の分母と分子を逆転すると、分子の演算子sの次数が分母の次数よりも高くなってしまい実現できない。実装の都合上これに対処するために、特に図示しないが、第2外乱オブザーバ31Aの外にある低域通過フィルタ32を内部の減算器44の入力側の2つの経路にそれぞれ移動して、一方を電流ループ逆モデル41Aに乗算することで逆モデルの伝達関数の分子の次数を低減させるようにしてもよい。この電流ループ逆モデル41Aは、共振抑制モデル43が出力する理想電動機の加減速トルク信号(電動機速度から演算したトルク信号)の位相を進めることで、共振抑制モデル43が求めた理想電動機の加減速トルク信号(電動機速度から演算したトルク信号)と第2のトルク指令(指令としてのトルク信号)との位相差を小さくできるため、外乱トルクを正確に推定できる。
ここで、外乱抑圧制御系に高応答特性を要求する場合、外乱オブザーバの設計上で無視していた電流制御部のモデルを制御対象に追加することが必要となることは前述した通りである。しかしながら、この場合には外乱オブザーバの次数が極めて大きくなりソフトウエア実装上現実的でなくなる。仮にハードウエア資源を贅沢に使い電流制御部のモデルを組み込んだ外乱オブザーバを設計できたとしても、低次数の外乱オブザーバと比べ外乱オブザーバの制御帯域が狭くなるので慣性モーメント変動に対するロバスト性が低下してしまい、結局ロバスト性拡大の目的が達成できない。
この点を解決するためには、電流制御部の遅れを改善する必要がある。そこで、本変形例では、電流ループモデル41に位相進め補償の機能を持たせるようにする。実際の電流制御系Pi(s)に対して、電流ループ逆モデル41AはPi −1(s)とすることが理想であったが、実際の電流制御系Pi(s)が複雑であるため、単純な位相進め補償器として(1+T4s)/(1+T3s)とする。なお、進め補償であるから、T3<T4となるよう時定数を選ぶ。これにより実際の電流制御系Pi(s)の遅れが減少し、伝達関数が理想形の「1」に近似するので、外乱オブザーバ内の電流ループ逆モデル41Aの伝達関数を「1(×位相進め補償)」で近似しても実際の電流制御系Pi(s)との誤差が小さいため、外乱オブザーバを広帯域に設計でき、外乱抑圧制御系のロバスト性能を向上できる。
したがってこの場合の上記(1)式に相当する一巡伝達関数G
Loopは、
となる。また、上記(2)式に相当する閉ループ伝達関数G
Closeは、
となる。
図45、図46、図47は、それぞれ上記実施形態における図22、図23、図26に対応するデータ図であり、これらからも分かるように図21、図23、図25の従来比較例と比較して本変形例においても変動抑制効果が顕著に表れており、すなわちいずれの慣性モデルにおいても機械共振に対するロバスト性が向上していることが確認できる。なお、本変形例では上記第1変形例と同様に第1位相補償部7と第2位相補償部11の両方を備えている場合としている。
図48〜図53は、慣性モーメント比別で上記第1変形例と本変形例のシミュレーション結果を比較した図である。これらからも分かるように、慣性モーメント比が大きくなるに従って、図48、図50、図52の上記第1変形例よりも、図49、図51、図53の本変形例の方が電動機200の電動機速度とトルク指令の変動を抑制できることが確認できる(特に破線円部分)。
以上説明したように、本変形例の電動機制御装置100Bによれば、電流ループ逆モデル41Aにより位相進め補償を行う。これにより、実際の電流制御系の遅れが減少し伝達関数が理想形に近似するので、第2外乱オブザーバ31A内の電流ループの伝達関数を「1」で近似しても実際の電流制御系との誤差が小さくなる。このため、第2外乱オブザーバ31Aを広帯域に設計でき、慣性変動抑制部3の応答特性が向上する。つまり、駆動機構500の慣性モーメント比に対するロバスト性をさらに向上できる。
なお、上述した実施形態及び各変形例では、電動機200が回転型モータである場合で説明したが、本発明はこれに限られず、他にも直動型モータへの適用も可能である。その場合には、トルクに関連する用語を推力に、慣性モーメントに関連する用語を慣性質量に、ロータリエンコーダをリニアスケールに、積算回転位置を積算移動位置に、回転子を可動子にそれぞれ置き換えればよい。
また、以上既に述べた以外にも、上記実施形態や各変形例による手法を適宜組み合わせて利用しても良い。
その他、一々例示はしないが、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲内において、種々の変更が加えられて実施されるものである。