以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
本発明者らは、方向性電磁鋼板の一次被膜と鋼板との密着性をさらに向上させつつ、磁気特性をより一層向上させるために、方向性電磁鋼板の製造方法について鋭意検討を行った結果、以下の知見を見出した。
具体的には、本発明者らは、焼鈍分離剤がTi化合物、B化合物および希土類金属化合物を含有することで、一次被膜と鋼板との密着性をさらに向上させることができることを見出した。さらに、この密着性向上効果は、インヒビターの耐熱性を強化して磁束密度を向上させるべく溶鋼がBiを含有する際に不可避的に発生していた一次被膜と鋼板との密着性劣化に対しても非常に好ましく作用することを確認した。一方、Ti化合物、B化合物または希土類金属化合物のいずれかが焼鈍分離剤に含有されない場合、一次被膜と鋼板との密着性は向上しなかった。
同時に、焼鈍分離剤が単純にTi化合物、B化合物および希土類金属化合物を含有するだけでは、磁束密度が劣化する場合があることを知見した。そこで、本発明者らは、焼鈍分離剤が、Ti化合物、B化合物および希土類金属化合物と同時に、Ca、SrおよびBaからなる群より選択される1種または2種以上のアルカリ土類金属元素を含む1種または2種以上のアルカリ土類金属化合物、または、かかるアルカリ土類金属化合物や硫酸塩を適切に含有することで、磁束密度を劣化させることなく、一次被膜と鋼板との密着性を向上させることが可能であることを見出した。
なお、このような現象が生じる詳細な理由は明らかではないが、焼鈍分離剤の含有物が、二次再結晶過程のインヒビター強度の挙動に影響を与えるためと推察される。すなわち、焼鈍分離剤がTi化合物、B化合物および希土類金属化合物を含有すると、二次再結晶過程で焼鈍雰囲気に含有されるNによる鋼板の窒化が促進されて二次再結晶が過安定となり、磁束密度が劣化してしまう。しかし、焼鈍分離剤に、上記Ti化合物、B化合物および希土類金属化合物に加えて、さらに、Ca、SrおよびBaからなる群より選択される1種または2種以上のアルカリ土類金属元素を含む1種または2種以上のアルカリ土類金属化合物、または、かかるアルカリ土類金属化合物や硫酸塩が適切に含有され、板厚方向のインヒビター強度を適正に制御することで、磁束密度の劣化が抑制されるものと推察される。
本発明者らは、以上の知見を考慮することで、本発明を想到するに至った。本発明の一実施形態は、以下の構成を備える方向性電磁鋼板の製造方法である。
質量%で、C:0.02%以上0.10%以下、Si:2.5%以上4.5%以下、Mn:0.01%以上0.15%以下、SおよびSeのうち1種または2種:合計で0.001%以上0.050%以下、酸可溶性Al:0.01%以上0.05%以下、および、N:0.002%以上0.015%以下、を含有し、残部がFeおよび不純物を含むスラブを、1280℃以上に加熱して、熱間圧延を施すことで、熱延鋼板とする熱間圧延工程と、前記熱延鋼板に熱延板焼鈍を施した後、一回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を施すことで、冷延鋼板とする冷間圧延工程と、前記冷延鋼板に一次再結晶焼鈍を施す一次再結晶焼鈍工程と、前記一次再結晶焼鈍工程後の前記冷延鋼板の表面に、MgOを含むスラリー状の焼鈍分離剤を塗布した後、仕上焼鈍を施す仕上焼鈍工程と、前記仕上焼鈍工程後の鋼板の表面に、絶縁被膜を塗布した後、平坦化焼鈍を施す平坦化焼鈍工程と、を含み、前記焼鈍分離剤は、前記焼鈍分離剤に含有されるMgOに対して、質量%で、Tiの化合物を、含有されるTi換算で0.3%以上10.0%以下、希土類金属の化合物を、含有される希土類金属換算で0.1%以上10%以下、Bの化合物を、含有されるB換算で0.03%以上1.60%以下、およびCa、SrおよびBaからなる群より選択される1種または2種以上のアルカリ土類金属元素を含む1種または2種以上のアルカリ土類金属化合物を、含有し、前記MgOの含有量に対し、前記アルカリ土類金属化合物のアルカリ土類金属換算での含有量をA(質量%)、前記Bの化合物のB換算での含有量をB(質量%)としたときに、以下の式(1)を満足し、前記焼鈍分離剤は、0℃以上30℃以下の温度で、5分以上300分以下の時間撹拌して製造される、方向性電磁鋼板の製造方法が提供される。
B≦A≦(0.8+3×B) ・・・式(1)
[方向性電磁鋼板の製造方法]
以下、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法について具体的に説明する。
(スラブの化学組成)
まず、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の各工程の説明に先立ち、本実施形態に係る方向性電磁鋼板に用いられるスラブの成分組成について説明する。なお、以下では特に断りのない限り、「%」との表記は「質量%」を表わすものとする。また、以下で説明する元素以外のスラブの残部は、Feおよび不純物を含む。
C(炭素)の含有量は、0.02%以上0.10%以下である。Cには、種々の役割があるが、Cの含有量が0.02%未満である場合、スラブの加熱時に結晶粒径が過度に大きくなることで、最終的な方向性電磁鋼板の鉄損値を増大させるため好ましくない。一方、Cの含有量が0.10%超である場合、冷間圧延後の脱炭時に、脱炭時間が長時間になり、製造コストが増加するため好ましくない。また、Cの含有量が0.10%超である場合、脱炭が不完全になり易く、最終的な方向性電磁鋼板において磁気時効を起こす可能性があるため好ましくない。したがって、Cの含有量は、0.02%以上0.10%以下とする。Cの含有量は、好ましくは、0.05%以上0.09%以下である。
Si(ケイ素)の含有量は、2.5%以上4.5%以下である。Siは、鋼板の電気抵抗を高めることで、鉄損の原因の一つである渦電流損失を低減する。Siの含有量が2.5%未満である場合、最終的な方向性電磁鋼板の渦電流損失を十分に抑制することが困難になるため好ましくない。一方、Siの含有量が4.5%超である場合、方向性電磁鋼板の加工性が低下するため好ましくない。したがって、Siの含有量は、2.5%以上4.5%以下とする。Siの含有量は、好ましくは、2.7%以上4.0%以下である。
Mn(マンガン)の含有量は、0.01%以上0.15%以下である。Mnは、二次再結晶を左右するインヒビターであるMnSおよびMnSeなどを形成する。Mnの含有量が0.01%未満である場合、二次再結晶を生じさせるMnSおよびMnSeの絶対量が不足するため、好ましくない。一方、Mnの含有量が0.15%超である場合、スラブ加熱時にMnの固溶が困難になるため、好ましくない。また、Mnの含有量が0.15%超である場合、インヒビターであるMnSおよびMnSeの析出サイズが粗大化し易く、インヒビターとしての最適サイズ分布が損なわれるため、好ましくない。したがって、Mnの含有量は、0.01%以上0.15%以下とする。Mnの含有量は、好ましくは、0.03%以上0.13%以下である。
S(硫黄)およびSe(セレン)の含有量は、合計で0.001%以上0.050%以下である。SおよびSeは、上述したMnと共にインヒビターを形成する。SおよびSeは、2種ともスラブに含有されていてもよいが、少なくともいずれか1種がスラブに含有されていればよい。SおよびSeの含有量の合計が上記範囲を外れる場合、十分なインヒビター効果が得られないため好ましくない。したがって、SおよびSeの含有量は、合計で0.001%以上0.050%以下とする。SおよびSeの合計含有量は、好ましくは、0.001%以上0.040%以下である。
酸可溶性Al(酸可溶性アルミニウム)の含有量は、0.01%以上0.05%以下である。酸可溶性Alは、高磁束密度の方向性電磁鋼板を製造するために必要なインヒビターを構成する。また、酸可溶性Alは、後述する仕上焼鈍中に、一次被膜中もしくは一次被膜と鋼板の界面やその近傍においてMgOと反応して、MgAl2O4(スピネル)を形成する。酸可溶性Alの含有量が0.01%未満である場合、酸可溶性Alが量的に不足し、インヒビター強度が不足するため、好ましくない。一方、酸可溶性Alの含有量が0.05%超である場合、インヒビターとして析出するAlNが粗大化し、インヒビター強度を低下させるため、好ましくない。したがって、酸可溶性Alの含有量は、0.01%以上0.05%以下とする。酸可溶性Alの含有量は、好ましくは、0.01%以上0.04%以下である。
N(窒素)の含有量は、0.002%以上0.015%以下である。Nは、上述した酸可溶性Alと共にインヒビターであるAlNを形成する。Nの含有量が上記範囲を外れる場合、十分なインヒビター効果が得られないため、好ましくない。したがって、Nの含有量は、0.002%以上0.015%以下とする。Nの含有量は、好ましくは、0.002%以上0.012%以下である。
本発明の効果は、スラブにBi(ビスマス)を含有させる製法を採用した鋼板において、特に有用なものとなる。
一般的にスラブ成分にBiを含有させると、一次被膜と鋼板との密着性が劣化する。このメカニズムについて、詳細は明らかとなっていないが、一次被膜と鋼板の界面構造が平滑化しやすくなって、アンカー効果が減少して密着性が劣化すると推察されるが、本発明を適用すると、Bi含有鋼でも平滑化が抑制され密着性に関する問題を解消できる。スラブがBiを含有することでインヒビターの耐熱性を強化して、磁束密度をより向上させた鋼板においても良好な密着性を確保できる。
この場合のBiの含有量は、0.0005%以上0.0500%以下であることが好ましい。Biは、インヒビターであるMnSやAlNの耐熱性を強化して、二次再結晶温度を高温化し、磁束密度を向上する効果があると推察される。Biの含有量は、0.0005%以上0.0500%以下である場合、より一層インヒビター耐熱性強化効果を得ることができる。Biの含有量が0.0005%未満である場合、十分なインヒビター耐熱性強化効果が得られない場合がある。Biの含有量が0.0500%超である場合、熱延における鋼板の脆性が劣化して通板が困難となり、生産性が低下する場合がある。したがって、Biの含有量は、好ましくは、0.0005%以上0.0500%以下とする。Biの含有量は、より好ましくは、0.0010%以上0.0200%以下である。なお、Biは、鋼材において必ずしも必須ではないことから、含有量の下限値は0%である。
また、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造に用いられるスラブは、上述した元素の他に、二次再結晶を安定化させる元素として、Cu、Sn、Ni、Cr、またはSbのいずれか1種または2種以上をさらに含有させてもよい。スラブが上記の元素を含有する場合、製造される方向性電磁鋼板の鉄損値をさらに低減することができる。
なお、これらの元素のいずれか1種または2種以上をスラブが含有する場合、含有される元素各々の含有量は、それぞれ0.01%以上0.30%以下であることが好ましい。Cu、Sn、Ni、Cr、またはSbのいずれか1種または2種以上がスラブに含有される場合において、当該元素の各含有量が、上記範囲にあることで、二次再結晶を安定化させる効果をより一層得ることができる。これらの元素の各々の含有量が0.01%未満である場合、二次再結晶を安定化させる効果が十分に得られ難くなるため、好ましくない。一方、これらの元素の各々の含有量が0.30%超である場合、二次再結晶を安定化させる効果が飽和するため、製造コストの増大を抑制する観点から、好ましくない。なお、これらの元素は、鋼材において必ずしも必須ではないことから、含有量の下限値は0%である。
上記で説明した成分組成に調整された溶鋼を鋳造することで、スラブが形成される。なお、スラブの鋳造方法は、特に限定されない。また、研究開発において、真空溶解炉などで鋼塊が形成されても、上記成分について、スラブが形成された場合と同様の効果が確認できる。
(熱間圧延工程)
続いて、上記の組成を有するスラブが1280℃以上に加熱されることで、スラブ中のインヒビター成分が固溶される。スラブの加熱温度が1280℃未満である場合、MnS、MnSe、およびAlN等のインヒビター成分を充分に溶体化することが困難になるため、好ましくない。なお、このときのスラブの加熱温度の上限値は、特に定めないが、設備保護の観点から1450℃が好ましく、例えば、スラブの加熱温度は、1300℃以上1450℃以下であることが好ましい。
次に、加熱されたスラブは、熱間圧延されて熱延鋼板に加工される。熱間圧延は、公知の方法で行うことができる。加工後の熱延鋼板の板厚は、例えば、1.8mm以上3.5mm以下であることが好ましい。熱延鋼板の板厚を1.8mm以上3.5mm以下とすることで、二次再結晶をより安定化することができ、最終的に得られた方向性電磁鋼板において、優れた磁気特性を維持することが可能となる。一方で、熱延鋼板の板厚が1.8mm未満である場合、熱間圧延後の鋼板温度が低温化し、鋼板中のAlNの析出量が増加することで二次再結晶が不安定となって、磁気特性が低下する場合がある。熱延鋼板の板厚が3.5mm超である場合、冷間圧延の工程での圧延負荷が大きくなる場合がある。
(冷間圧延工程)
続いて、加工された熱延鋼板は、熱延板焼鈍を施された後、1回の冷間圧延、または中間焼鈍を挟んだ複数回の冷間圧延にて圧延されることで、冷延鋼板に加工される。熱延板焼鈍、冷間圧延および中間焼鈍は、それぞれ公知の方法で行うことができる。なお、中間焼鈍を挟んだ複数回の冷間圧延にて圧延する場合、前段の熱延板焼鈍を省略することも可能である。ただし、熱延板焼鈍を施す場合、鋼板形状がより良好になるため、冷間圧延にて鋼板が破断する可能性を軽減することができる。
また、冷間圧延のパス間、圧延ロールスタンド間、または圧延中に、鋼板は、300℃程度以下で加熱処理されてもよい。このような場合、最終的な方向性電磁鋼板の磁気特性を向上させることができる。なお、熱延鋼板は、3回以上の冷間圧延によって圧延されてもよいが、多数回の冷間圧延は、製造コストを増大させるため、熱延鋼板は、1回または2回の冷間圧延によって圧延されることが好ましい。冷間圧延をゼンジミアミルなどのリバース圧延で行う場合、それぞれの冷間圧延におけるパス回数は、特に限定されないが、製造コストの観点から、9回以下が好ましい。
(一次再結晶焼鈍工程)
次に、冷延鋼板は、脱炭焼鈍される。昇温過程で急速加熱することも磁気特性の向上に有効である。かかる過程は、一次再結晶焼鈍とも称され、急速加熱する場合は、脱炭焼鈍と連続して行われることが好ましい。脱炭焼鈍は、公知の方法で行うことができるが、水素および窒素含有の湿潤雰囲気中において、例えば、900℃以下の温度で実施されることが好ましい。なお、一次再結晶焼鈍の工程では、冷延鋼板に対して、磁気特性および被膜特性向上を目的として、脱炭焼鈍に続く還元焼鈍が施されてもよい。
(仕上焼鈍工程)
その後、一次再結晶焼鈍後の冷延鋼板に、引き続く仕上焼鈍における鋼板間の焼き付き防止や、一次被膜形成、二次再結晶挙動制御などを目的として、MgOを主成分とする焼鈍分離剤が塗布される。ここでいう「主成分」とは、ある物質に50質量%以上含まれている成分をいう。例えば、MgOは、焼鈍分離剤に含まれる固形分に対して50.0質量%以上含まれる。MgOの含有量は、好ましくは、焼鈍分離剤に含まれる固形分に対して、50.0質量%以上99.3質量%以下であり、より好ましくは、70.0質量%以上99.0質量%以下である。MgOの他、Ti化合物および希土類金属の化合物、アルカリ土類金属の化合物が含有され、さらに硫酸塩、Al化合物、Fe化合物、Si化合物などが含有されてもよい。前記焼鈍分離剤は、上記化合物が水に含有され、スラリーの状態で鋼板表面に塗布、乾燥される。ここで、焼鈍分離剤の含有物は、特に一次被膜と鋼板の密着性や二次再結晶挙動に大きな影響を及ぼす。以下に、焼鈍分離剤の含有物の含有量および効果を記載する。ここで、焼鈍分離剤が含有する以下の各化合物の含有量は、特段の記載がない限り、焼鈍分離剤の主成分であるMgO100%に対する含有物の質量%とする。
本実施形態に係る焼鈍分離剤は、MgO、Ti化合物、希土類金属化合物、およびB化合物を少なくとも含有する。また、本実施形態に係る焼鈍分離剤は、Ca、SrおよびBaからなる群より選択される1種または2種以上のアルカリ土類金属元素を含む1種または2種以上のアルカリ土類金属化合物(以下では、単に「アルカリ土類金属化合物」ということもある。)を含有してもよい。
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法において、上記焼鈍分離剤におけるTi化合物の含有量は、Ti換算で0.3%以上10.0%以下である。Ti化合物は、一次被膜と鋼板との密着性に大きな影響を及ぼす。Ti化合物の含有量がTi換算で0.3%未満である場合、密着性改善の効果が十分ではなく、また、Ti化合物の含有量がTi換算で10.0%超である場合、仕上焼鈍過程において鋼板へTiが固溶し、後に鋼中においてTiCなどの微細析出物を形成して磁性を劣化させる(磁気時効)ことがあるので、好ましくない。したがって、Ti化合物の含有量は、Ti換算で0.3%以上10.0%以下とする。Ti化合物の含有量は、好ましくは、0.5%以上8.5%以下である。
上記焼鈍分離剤において、希土類金属化合物の含有量は、希土類金属換算で0.1%以上10%以下である。焼鈍分離剤に含まれる希土類金属化合物は、希土類元素からなる群より選択される1種または2種以上の元素を含む。希土類金属化合物は、仕上焼鈍中に酸素を放出し、一次被膜と鋼板の嵌入構造形成を促進することで、一次被膜と鋼板の密着性を向上させると推察される。しかし、希土類金属化合物の含有量が0.1%未満である場合、密着性改善の効果が十分ではなく、また、希土類金属化合物の含有量が10%超である場合、焼鈍分離剤スラリーの塗布性が劣化するので、好ましくない。したがって、希土類金属化合物の含有量は、希土類金属換算で0.1%以上10%以下とする。希土類金属化合物の含有量は、好ましくは、希土類金属換算で0.2%以上8%以下である。希土類金属化合物は、特に限定されるものではなく、各種の希土類金属元素の酸化物、硫化物、硫酸塩、ケイ化物、リン酸塩、水酸化物、炭酸塩、ホウ素化物、塩化物、フッ化物の1種または2種以上を混合すればよい。希土類金属化合物は、入手のしやすさ、コストの観点から、La、Ce、Yの化合物の使用がより好ましい。
上記焼鈍分離剤において、B化合物の含有量は、B換算で0.0.03%以上1.60%以下である。B化合物の含有量は、B換算で0.03%未満である場合、密着性改善の効果が十分ではなく、また、B化合物の含有量は、B換算で1.60%超である場合、密着性改善の効果が飽和してコストが増加するので好ましくない。したがって、B化合物の含有量は、B換算で0.0.03%以上1.60%以下とする。B化合物の含有量は、好ましくは、B換算で0.05%以上1.60%以下である。
焼鈍分離剤にTi化合物、希土類金属化合物、およびB化合物を含有させることによって、一次被膜と鋼板との密着性が改善される。このメカニズムについて、詳細は明らかではないが、仕上焼鈍の過程で、一次被膜中もしくは一次被膜と鋼板の界面やその近傍において、Ti化合物、希土類金属化合物およびB化合物が形成されることで、Mg2SiO4を主成分とする一次被膜よりも母材鋼板側にMgAl2O4(スピネル)を主成分とする酸化物が一次被膜に連結した状態、すなわち、当該酸化物の一部が一次被膜に固定された状態で配置されることで、アンカー効果を発揮するものと推察される。なお、以下では、MgAl2O4を主成分とする酸化物を、単に「Al酸化物」とよぶこともある。
上記焼鈍分離剤において、Ca、SrおよびBaからなる群より選択される1種または2種以上のアルカリ土類金属元素を含む1種または2種以上のアルカリ土類金属化合物の合計含有量は、以下の式(1)を満たすように含有される。
B≦A≦(0.8+3×B) ・・・式(1)
ここで、上記式(1)において、A(%)は、MgO100%に対する、アルカリ土類金属化合物の、含有されるアルカリ土類金属換算値であり、B(%)は、MgO100%に対するB化合物の、含有されるB換算値である。焼鈍分離剤が2種以上のアルカリ土類金属化合物を含有する場合、上記A(%)は、含有されるアルカリ土類金属元素それぞれの換算値の合計値である。また、アルカリ土類金属化合物は、硫酸塩、炭酸塩、水酸化物、塩化物および酸化物からなる群より選択される1種または2種以上を含んでいてもよい。アルカリ土類金属化合物が、硫酸塩、炭酸塩、水酸化物、塩化物および酸化物の1種または2種以上である場合、合計含有量の、含有されるアルカリ土類金属換算値である。ここで、化合物の種は、化学式によって定義されてもよく、化学式が異なれば別種の化合物としてもよい。含有されるアルカリ土類金属の量の換算値は、焼鈍分離剤に含有されるアルカリ土類金属化合物の化学式から、各元素の原子量を用いて、当該化合物に含まれるアルカリ土類金属元素の割合を算出し、これを焼鈍分離剤における当該化合物の含有量に乗じることで計算できる。2種以上のアルカリ土類金属化合物を含有する場合は、各当該化合物より計算した値を合算しても良い。なお、化学式における各元素の組成量論比が定まらない場合などは、焼鈍分離剤を誘導結合プラズマ質量分析法(ICP−MS)などの成分分析装置を用いて、アルカリ土類金属の含有量を測定してもよい。また、Ti、Bおよび希土類金属の換算値も、同様に計算あるいは測定されてもよい。さらに、化合物種の同定は、一般的な装置であるX線回折装置や透過型電子顕微鏡などを用いて実施してもよい。
なお、Ca、SrおよびBaからなる群より選択される1種または2種以上のアルカリ土類金属元素を含む1種または2種以上のアルカリ土類金属化合物は、特に限定されるものではないが、例えば、硫酸塩、炭酸塩、水酸化物、塩化物および酸化物等挙げられ、具体的には、CaSO4・0.5H2O、CaCO3、SrSO4、Sr(OH)2、BaSO4、SrCO3等を挙げることができる。
A<Bである場合、方向性電磁鋼板を50Hzにて800A/mで励起したときの鋼板の磁束密度(B8)値が劣化するため、好ましくない。一方、(0.8+3×B)<Aである場合、二次再結晶が不安定となり、B8値が劣化するので好ましくない。
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法において、上記の効果をより確実に発現させるために、焼鈍分離剤におけるアルカリ土類金属化合物の合計含有量は、好ましくはB≦A≦(0.6+3×B)である。
本発明者らは、上記焼鈍分離剤が、Ti化合物、B化合物および希土類金属化合物を含有する場合、一次被膜と鋼板との密着性が著しく向上すると同時に、B8値が劣化することを見出した。このメカニズムは、必ずしも明らかではないが、二次再結晶過程で、仕上焼鈍の雰囲気ガスに含有されるNによる鋼板の窒化が進行して、二次再結晶が過安定となってB8値が劣化するものと推察される。ここで、Ca、SrおよびBaからなる群より選択される1種または2種以上のアルカリ土類金属元素を含む1種または2種以上のアルカリ土類金属化合物を、焼鈍分離剤中に適切量含有させると、二次再結晶過程で一次被膜と鋼板の界面近傍でバリア層が形成され、仕上焼鈍の雰囲気ガスによる鋼板の窒化を抑制して、B8値の劣化を防ぐものと推察される。
なお、焼鈍分離剤の主成分であるMgOもアルカリ土類金属化合物であるが、Mg2+イオンは、脱炭酸化膜の主成分であるシリカにおける拡散が遅いため、二次再結晶過程において、仕上焼鈍の雰囲気ガスから鋼板への窒化を抑制する効果が認められないと推察される。従って、上記Bで規定されるアルカリ土類金属化合物の合計含有量において、Mg化合物については、考慮しない。
先だって説明したように、Ca、SrおよびBaからなる群より選択される1種または2種以上のアルカリ土類金属元素を含む1種または2種以上のアルカリ土類金属化合物について、含有されるCa、SrおよびBa換算の合計含有量A(%)と、B化合物の、含有されるB換算値B(%)との間に、A<Bの関係がある場合、二次再結晶が過安定となり、B8値が劣化するので好ましくない。しかしながら、本発明者らは、焼鈍分離剤に所定の量の硫酸塩が含有されることで、合計含有量A(%)と、B化合物の、含有されるB換算値B(%)との間に、A<Bの関係がある場合であっても、磁気特性、および、一次被膜と鋼板との密着性の双方に優れる方向性電磁鋼板を製造することができることを見出した。
すなわち、本発明者らは、詳細には、上記焼鈍分離剤において、Ca、SrおよびBaからなる群より選択される1種または2種以上のアルカリ土類金属元素を含む1種または2種以上のアルカリ土類金属化合物の含有量を、アルカリ土類金属換算でA%とし、B化合物の、含有されるB換算値をB%として、AとBとの関係が、A<Bである場合であっても、硫酸塩の含有量を硫酸根(SO4)2−換算でC%として、(3×B)≦C≦(10×B)の関係が成立する場合に、磁気特性、および、一次被膜と鋼板との密着性の双方に優れる方向性電磁鋼板を製造することができることを見出した。この場合、上記Bで規定されるアルカリ土類金属化合物の合計含有量は、以下の式(2)および式(3)で表される関係を共に満足する。
0≦A<B ・・・式(2)
(3×B)≦C≦(10×B)・・・式(3)
なお、上記式(2)では、Aの値がゼロとなる場合も包含されるが、以下の実施例に示すように、Aの値がゼロ(すなわち、アルカリ土類金属化合物が含有されていない)場合であっても、硫酸塩の含有量Cが上記式(3)の関係を満足すれば、磁気特性、および、一次被膜と鋼板との密着性の双方に優れる方向性電磁鋼板を製造することができる。
また、上記式(3)における硫酸塩の含有量Cに関し、SO4 2−イオンのカウンターイオンについては特に限定されるものではなく、焼鈍分離剤中に存在する、SO4 2−イオンを発生しうる化合物が、含有量Cを考慮する上で対象となる。
上記式(3)において、C<(3×B)である場合、B8値が劣化して好ましくない。一方、(10×B)<Cである場合、二次再結晶が不安定となりB8値が劣化する場合があるので好ましくない。
なお、上記式(2)および上記式(3)を満たすように焼鈍分離剤に含有されるCa、SrおよびBaからなる群より選択される1種または2種以上のアルカリ土類金属元素を含む1種または2種以上のアルカリ土類金属化合物は、上記式(1)を満たすように焼鈍分離剤に含有されるCa、SrおよびBaからなる群より選択される1種または2種以上のアルカリ土類金属元素を含む1種または2種以上のアルカリ土類金属化合物と同様である。すなわち、上記式(2)および上記式(3)を満たすように焼鈍分離剤に含有されるCa、SrおよびBaからなる群より選択される1種または2種以上のアルカリ土類金属元素を含む1種または2種以上のアルカリ土類金属化合物は、特に限定されるものではないが、例えば、硫酸塩、炭酸塩、水酸化物、塩化物および酸化物等挙げられ、具体的には、CaSO4・0.5H2O、CaCO3、SrSO4、Sr(OH)2、BaSO4、SrCO3等を挙げることができる。
上記焼鈍分離剤に硫酸塩が適切量含有されると、二次再結晶過程において硫酸塩が分解して、鋼板へ硫黄が侵入して鋼中でMnSなどの硫化物が形成されることで、表層近傍のインヒビター強度を向上させる効果が得られるものと推察される。A<Bとなって仕上焼鈍の雰囲気ガスによる鋼板の窒化が進行したとしても、焼鈍分離剤から鋼板への硫黄の侵入を適度に制御して表層近傍でMnSが形成されることで、二次再結晶過程におけるインヒビター強度の板厚方向におけるバランスを適切に保って、B8値の劣化を防ぐものと推察される。なお、(10×B)<Cである場合であっても、上記式(1)を満たす場合は、良好な磁気特性が得られる場合がある。メカニズムについては、必ずしも明らかではないが、焼鈍分離剤にアルカリ土類金属が適量を含有されると、硫黄の浸入量が軽減される場合がある。アルカリ土類金属が、陽イオンとして脱炭酸化膜の主成分であるシリカ中を拡散する場合、カウンターイオンとして、SO4 2−イオンよりも酸素イオンが選択されやすいことが一因であると推察される。
本実施形態に係る焼鈍分離剤は、MgO、Ti化合物、希土類金属化合物、およびB化合物を少なくとも含有し、これらが水に分散したスラリーであるが、希土類金属化合物は比重が大きく、一方、B化合物は比重が小さい。そのため、スラリー状の焼鈍分離剤を作製する場合、沈殿や浮遊を抑制して均一に混合されるように撹拌する必要がある。スラリー状の焼鈍分離剤を作製するため、撹拌は、0℃以上30℃以下の温度で、5分以上300分以下の時間、実施する。スラリーの温度が0℃未満となると、氷が形成され、均一な混合が困難になり、焼鈍分離剤に含まれる化合物が均一に分散したスラリーが得られないので好ましくない。スラリーの温度が30℃超である場合、スラリーの粘度が高くなってスラリーに含有される化合物が均一に混合されず、焼鈍分離剤に含まれる化合物が均一に分散したスラリーが得られないので好ましくない。撹拌時間が5分未満である場合、スラリーに含有される化合物の混合が十分でなく、焼鈍分離剤に含まれる化合物が均一に分散したスラリーが得られないので好ましくない。撹拌時間が300分超である場合、生産性を低下させるので好ましくない。よって、水に上記化合物が分散したスラリー状の焼鈍分離剤の作製における撹拌は、0℃以上30℃以下の温度で、5分以上300分以下の時間、実施する。
スラリー状の焼鈍分離剤に含まれるMgO、Ti化合物、希土類金属化合物、およびB化合物の合計質量は、スラリー状の焼鈍分離剤の総質量に対して、3%以上50%以下であることが好ましい。焼鈍分離剤に含まれるMgO、Ti化合物、希土類金属化合物、およびB化合物の合計質量が、焼鈍分離剤の総質量に対して、3%以上50%以下であれば、上記化合物が撹拌により均一に水中に分散し、均一な分散状態の焼鈍分離剤が得られる。
また、焼鈍分離剤に含有される、MgO、Ti化合物、希土類金属化合物、およびB化合物の粒径は、水中に均一に分散可能であれば特段制限されず、例えば、0.1μm以上50μm以下である。焼鈍分離剤に含有される、MgO、Ti化合物、希土類金属化合物、およびB化合物の粒径は、好ましくは、0.5μm以上25μm以下である。粒径は、例えば、レーザ回折式粒度分布測定装置を用いて体積基準分布で測定した平均粒径とする。
なお、スラリーの撹拌に使用する撹拌機は、均一な混合が可能であれば特段制限されず、種々の形状の撹拌槽と撹拌翼とを適宜組み合わせることができる。均一な混合を達成するために、撹拌槽の内部に邪魔板を有していてもよいことはいうまでもない。
続いて、一次被膜形成、Al酸化物生成および二次再結晶を目的として仕上焼鈍が施される。仕上焼鈍は、例えば、バッチ式加熱炉等を用いて、800℃〜1000℃の温度にて、コイル状の鋼板を10時間以上かけて昇温されることが好ましい。また、特定の温度で保持されてもよい。さらに、最終的な方向性電磁鋼板の鉄損値をより低減するためには、コイル状の鋼板を1200℃程度の温度まで昇温させた後に保持する純化処理が施されてもよい。
仕上焼鈍の昇温過程における平均昇温速度については、特に限定されず、一般的な仕上焼鈍の条件を用いることが可能である。例えば、二次再結晶焼鈍を含む仕上焼鈍の昇温過程における平均昇温速度は、生産性および一般的な設備制約の観点から5℃/h〜100℃/hとすることが好ましい。また、仕上焼鈍の昇温過程は、他の公知のヒートパターンで行ってもよい。
仕上焼鈍における雰囲気ガス組成は、特に限定されない。二次再結晶進行過程では、窒素と水素の混合ガスであってもよい。乾燥雰囲気でもよいし、湿潤雰囲気でも構わない。純化焼鈍の雰囲気ガス組成は、乾燥水素ガスであってもよい。
以上の仕上焼鈍において、Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜に連結され、母材鋼板の厚さ方向において、一次被膜の前記母材鋼板側の先端位置から0.5μm以上5μm以下までの範囲にMgAl2O4を主成分とする酸化物が形成される。
(平坦化焼鈍工程)
続いて、仕上焼鈍の後、鋼板へ絶縁性および張力付与を目的として、例えば、リン酸アルミニウムまたはコロイダルシリカなどを主成分とした絶縁被膜が鋼板の表面に塗布される。その後、絶縁被膜の焼付、および仕上焼鈍による鋼板形状の平坦化を目的として、平坦化焼鈍が施される。なお、鋼板に対して絶縁性および張力が付与されるのであれば、絶縁被膜の成分は特に限定されない。また、平坦化焼鈍は、公知の方法で実施することができる。なお、本実施形態では、需要家の目的によっては、方向性電磁鋼板に磁区制御処理が施されてもよいことは言うまでもない。
以上の工程により、最終的な方向性電磁鋼板を製造することができる。本実施形態に係る製造方法によれば、磁気特性に優れ、一次被膜と鋼板の密着性に優れた方向性電磁鋼板が製造される。
こうして得られた方向性電磁鋼板は、変圧器に加工される際に、例えば、巻鉄心変圧器では、所定の大きさに巻き取られた後、金型などにより形状矯正される。ここで、特に、鉄心内周側では非常に曲率半径の小さい加工が施されることになる。このような加工でも一次被膜と鋼板の剥離を十分に防止するには、10mmφの曲げ加工密着性試験で、被膜剥離面積率が、好ましくは10%以下であり、さらに好ましくは5%以下であることが良い。
10mmφの曲げ加工密着性試験(10mmφ曲げ試験)とは、円筒型マンドレル屈曲試験機を用いて、サンプル鋼板を試験機に設置して曲げ試験を行い、曲げ試験後のサンプル鋼板の表面を観察することで実施される。また、被膜剥離面積率とはサンプル鋼板の全面積に対して、一次被膜が剥離した領域の面積の割合である。
[方向性電磁鋼板]
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、所定の成分を含む母材鋼板と母材鋼板の表面上に形成されており、Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜とを備えるものである。
[母材鋼板の成分組成]
本実施形態に係る方向性電磁鋼板において、高磁束密度化とともに低鉄損化するためには、方向性電磁鋼板の母材鋼板に含有される成分組成のうち、下記元素の含有量を制御することが重要である。なお、特に断りのない限り、「%」との表記は「質量%」を表わすものとする。
Cは、製造工程における脱炭焼鈍工程の完了までの組織制御に有効な元素である。しかし、C含有量が0.0050%超である場合、磁気時効を引き起こして磁気特性が低下する。したがって、C含有量は、0.0050%以下である。一方、C含有量は低いほうが好ましいが、C含有量を0.0001%未満に低減しても、組織制御の効果は飽和し、製造コストが嵩むだけとなる。したがって、C含有量は、0.0001%以上としてもよい。C含有量は、より好ましくは、0.0001%以上0.0030%以下である。
Siは、鋼板の電気抵抗を高めることで、鉄損の一部を構成する渦電流損失を低減する。Siは、質量%で、2.5%以上4.5%以下の範囲で母材鋼板に含有される。Siの含有量が2.5%未満である場合、方向性電磁鋼板の渦電流損失を抑制することが困難になるため好ましくない。Siの含有量が4.5%超である場合、方向性電磁鋼板の加工性が低下するため好ましくない。Siの含有量は、より好ましくは、2.7%以上4.0%以下である。
Mnは、二次再結晶を左右するインヒビターであるMnSやMnSeを形成する。Mnは、質量%で、0.01%以上0.15%以下の範囲で母材鋼板に含有される。Mnの含有量が0.01%未満である場合、二次再結晶を生じさせるMnSおよびMnSeの絶対量が不足するため好ましくない。Mnの含有量が0.15%超である場合、スラブ加熱時にMnの固溶が困難になり、かつインヒビターの析出サイズが粗大化することで、インヒビターの最適サイズ分布が損なわれるため好ましくない。Mnの含有量は、より好ましくは、0.03%以上0.13%以下である。
本発明による方向性電磁鋼板の母材鋼板の化学組成の残部は、Feおよび不純物を含む。ここで、不純物とは、母材鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるもの、または、純化焼鈍において完全に純化されずに鋼中に残存する下記の元素等であって、本発明の方向性電磁鋼板に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
また、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の母材鋼板は、二次再結晶を安定化させる元素として、Cu、Sn、Ni、Cr、またはSbのいずれか1種または2種以上を含有してもよい。母材鋼板が上記の元素を含有する場合、鉄損値をさらに低減することができるため、より良好な磁気特性を得ることができる。
これらの元素のいずれか1種または2種以上を母材鋼板が含有する場合、含有される元素各々の含有量は、質量%で、0.01%以上0.30%以下であってもよい。Cu、Sn、Ni、Cr、またはSbのいずれか1種または2種以上が母材鋼板に含有される場合において、当該元素の各含有量が、上記範囲にあることで、二次再結晶を安定化させる効果をより一層得ることができる。これらの元素の各々の含有量が0.01%未満である場合、二次再結晶を安定化させる効果が十分に得られにくくなる場合がある。これらの元素の各々の含有量が0.30%超である場合、二次再結晶を安定化させる効果が飽和する場合があるため、方向性電磁鋼板の製造コストの増大を抑制する観点から好ましくない。なお、これらの元素は、鋼材において必ずしも必須ではないことから、含有量の下限値は0%である。
[一次被膜]
また、本発明者らは、Mg2SiO4を主成分とする一次被膜と鋼板の密着性と、一次被膜に連結するAl酸化物の存在状態に、密接な関係があることを見出した。すなわち、本発明による方向性電磁鋼板において、Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜よりも母材鋼板側に、MgAl2O4(スピネル)を主成分とするAl酸化物が0.5μm以上5μm以下の範囲で、一次被膜に連結した状態で配置される。
方向性電磁鋼板において、一次被膜と鋼板(地金)の界面は、嵌入構造を有する。具体的には、一次被膜の一部が、鋼板表面から鋼板内部に進入している。鋼板表面から鋼板内部に進入している一次被膜の一部は、いわゆるアンカー効果を発揮して、一次被膜の鋼板に対する密着性を高める。Mg2SiO4を主体とする一次被膜よりさらに鋼板側には、酸化物が進入している。Mg2SiO4を主体とする一次被膜よりも、さらに鋼板内部に酸化物が深く入り込んでいる領域における酸化物の主成分は、Al酸化物の一種であるMgAl2O4(スピネル)である。グロー放電発光分析法による元素分析を実施したときに得られるAl発光強度のピークは、上記MgAl2O4の存在位置を反映すると推察されている。
しかし、本発明である焼鈍分離剤がTi化合物、希土類金属化合物、およびB化合物を含有した条件では、一次被膜と鋼板の密着性が著しく向上するにも関わらず、上記Al発光強度ピークの一次被膜表面からの深さ位置(Alピーク位置)はあまり変化しなかった。本発明者らは、一次被膜と地鉄の界面近傍を詳細に調査した結果、焼鈍分離剤がTi化合物、希土類金属化合物、およびB化合物を含有した条件では、一次被膜より母材鋼板側に存在するMgAl2O4を主成分とするAl酸化物が、一次被膜に強固に連結して存在していることを、初めて明らかにした。これらの一次被膜に連結したAl酸化物がスパイクのように存在することで、アンカー効果をさらに強化していると推察される。
Al酸化物の存在状態を詳細に調査するには、例えば、一次被膜を有する鋼板を、僅かに傾けて研磨(傾斜研磨)することで、微小な領域を拡大して観察することが有効である。本発明者らは、鋼板表面から約4°の角度を付与して研磨することで、約15倍に拡大して一次被膜と地鉄界面近傍を詳細観察することに成功した。さらに、傾斜研磨後のサンプルを、地鉄が露出している研磨面に対して、約0.33C/mm2の電荷量にて電解研磨したところ、Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜より母材鋼板側の地鉄を、選択的に電解除去することに成功した。一次被膜よりも母材鋼板側地鉄の電解除去深さは、共焦点レーザー顕微鏡観察により、約5μmであると確認された。なお、電解液として、下記の公知文献1におけるTable2のNo.6条件、すなわち4%MS+5%TET:4%methyl salicylate+1%salicylic acid+1%TMAC+5%TET+Methanolを用いた。ここで、TMACは、tetra methyl ammonium chlorideであり、TETは、triethylene tetramineであり、MSは、methyl salicylateである。
公知文献1:鉄と鋼 Tetsu−to−Hagane Vol.104(2018)No.11,P634
ここで、一次被膜より母材鋼板側の地鉄が選択的に除去された領域を走査型電子顕微鏡で詳細観察したところ、焼鈍分離剤がTi化合物、希土類金属化合物、およびB化合物を同時に含有しない条件では、ほぼ地鉄のみしか観察されないのに対して、Ti化合物、希土類金属化合物、およびB化合物を含有した条件では、MgAl2O4(スピネル)を主成分とするAl酸化物が多く観察された。図1に、走査型電子顕微鏡像を示す。図1は、仕上焼鈍を施した後の方向性電磁鋼板を、傾斜角度:5°を付与して傾斜研磨し、電解研磨した後、走査型電子顕微鏡にて観察した二次電子像である。焼鈍分離剤がTi化合物、希土類金属化合物、およびB化合物を含有した条件において、約5μm深さまで地鉄が電解除去されたにも関わらずAl酸化物が観察されたのは、Al酸化物が一次被膜に強固に連結して存在するためと推察される。一方、Ti化合物、希土類金属化合物、およびB化合物を同時に含有しない条件でAl酸化物がほとんど観察されなかったのは、Al酸化物が一次被膜に連結して存在していなかった、あるいは連結が弱かったため、電解および電解後の洗浄・乾燥工程で、流出したり吹き飛ばされたりしたためと推察される。一次被膜に連結して存在するAl酸化物は、スパイク効果を発揮して、一次被膜と地鉄の密着性を、より向上するものと推察される。なお、酸化物の成分は、走査型電子顕微鏡に付属のエネルギー分散型X線分析装置を用いて調査した。
Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜よりも母材鋼板側に連結した状態で存在するMgAl2O4を主成分とするAl酸化物の母材鋼板の厚さ方向における存在範囲は、一次被膜の母材鋼板側の境界(先端位置)から0.5μm以上5.0μm以下までの範囲である。母材鋼板の厚さ方向におけるAl酸化物の存在範囲が、一次被膜の母材鋼板側の境界から0.5μm未満の場合、スパイク効果が十分でないために、十分な被膜密着性向上効果が得られず、好ましくない。母材鋼板の厚さ方向におけるAl酸化物の存在範囲が、一次被膜の母材鋼板側の境界から5.0μm超にわたる場合、被膜密着性向上効果が飽和するばかりでなく、焼鈍分離剤へのTi化合物、希土類金属化合物、およびB化合物の添加量を多く必要とするためコストが高くなるので、好ましくない。Al酸化物の存在範囲は、好ましくは、母材鋼板の厚さ方向において、一次被膜の母材鋼板側の境界から0.5μm以上4.5μm以下までの範囲であり、より好ましくは、0.5μm以上4.0μm以下である。
ここで、Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜の母材鋼板側の境界(先端位置)は、傾斜研磨・電解研磨後のサンプルを走査型電子顕微鏡にて観察した二次電子像において、表面に対して平行に引いた線上に存在する一次被膜量が50%となる位置とした。Al酸化物の存在位置は、同様に、傾斜研磨・電解後のサンプルを走査型電子顕微鏡にて観察した二次電子像において、表面に対して平行に引いた線上に存在するAl酸化物の量が10%以上の領域とし、Al酸化物の量が10%となる位置をAl酸化物の母材鋼板側の境界とした。一次被膜量が50%となる位置では、Al酸化物の量は10%以上となることから、Al酸化物の存在範囲は、上記二次電子像にて測定した一次被膜の母材鋼板側境界からAl酸化物の母材鋼板側境界までの長さを、傾斜研磨角度より換算した深さの値とした。
一次被膜は、先立って説明したように、母材鋼板の表面上に形成され、Mg2SiO4を主成分として含有する。一次被膜のMg2SiO4の含有量は、一次被膜を形成する酸化物に対して、好ましくは、50質量%以上であり、より好ましくは、70質量%以上である。一次被膜密着性や絶縁性の観点から、母材鋼板の表面上に形成されるMg2SiO4の含有量は、多い方が好ましいため、上限は特に定めない。
なお、一次被膜は、例えば、Al化合物や硫化物、Fe化合物などを含んでいてもよい。
一次被膜の主成分は、例えば、最終工程後の方向性電磁鋼板において、断面を鏡面研磨した後、走査型電子顕微鏡に付帯のエネルギー分散型X線分析装置、または蛍光X線分析装置を用いて測定することができる。具体的には、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した後、表面に金蒸着を施し、走査型電子顕微鏡に付帯のエネルギー分散型X線分析装置を用いた測定にて約0.005mm2の面積を定量分析して、一次被膜の主成分を測定することができる。定量分析結果が、Mg濃度が17質量%以上かつSi濃度が11質量%以上の場合、一次被膜には、Mg2SiO4が50質量%以上含まれると判断できる。
[絶縁被膜]
絶縁被膜は、先立って説明したように、リン酸アルミニウムまたはコロイダルシリカなどを主成分として含有する。しかしながら、先立って説明したように、鋼板に対して絶縁性および/または所定の張力が付与されるのであれば、絶縁被膜の成分は特に限定されない。
絶縁被膜の塗布量は、鋼板に対して絶縁性および/または所定の張力が付与されるのであれば、特に限定されず、適宜調整することができる。
本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、さらに磁束密度B8値が制御されることが好ましい。具体的には、本実施形態に係る方向性電磁鋼板において、磁束密度B8値は、1.920T以上が好ましく、1.930T以上がより好ましい。ここで、磁束密度B8値は、方向性電磁鋼板に50Hzにて800A/mの磁場を付与したときの磁束密度である。磁束密度B8値が1.920T未満である場合、方向性電磁鋼板の鉄損値(特に、ヒステリシス損)が大きくなってしまう場合がある。磁束密度B8値の上限値は、特に限定されないが、現実的には、例えば、2.0Tとしてもよい。なお、磁束密度などの方向性電磁鋼板の磁気特性は、公知の方法により測定することができる。例えば、方向性電磁鋼板の磁気特性は、JIS C2550:2011に規定されるエプスタイン試験に基づく方法、またはJIS C2556:2015に規定される単板磁気特性試験法(Single Sheet Tester:SST)などを用いることにより測定することができる。なお、研究開発において、真空溶解炉などで鋼塊が形成された場合では、実機製造と同等サイズの試験片を採取することが困難となる。この場合、例えば、幅60mm×長さ300mmとなるように試験片を採取して、単板磁気特性試験法に準拠した測定を行っても構わない。さらに、エプスタイン試験に基づく方法と同等の測定値が得られるように、得られた結果に補正係数を掛けても構わない。本実施形態では、単板磁気特性試験法に準拠した測定法により測定する。
以上、本実施形態に係る方向性電磁鋼板ついて説明した。なお、本発明では鋼板板厚を特に指定しないが、薄くなるほど渦電流損が低減して好ましいことは言うまでもない。本実施形態に係る方向性電磁鋼板は上述した本実施形態の方向性電磁鋼板の製造方法により製造することができる。ただし、その方法のみに限定されるものではない。
以下に、実施例を示しながら、本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法、および方向性電磁鋼板、ならびに焼鈍分離剤について、より具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法、および方向性電磁鋼板、ならびに焼鈍分離剤のあくまでも一例に過ぎず、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法、および方向性電磁鋼板、ならびに焼鈍分離剤が以下に示す実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
まず、質量%で、C:0.08%、Si:3.2%、Mn:0.08%、S:0.025%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%、Bi:0.02%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる鋼塊Aと、質量%で、C:0.08%、Si:3.2%、Mn:0.08%、S:0.025%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる鋼塊Rを作製した。該鋼塊を1350℃にて1時間焼鈍した後、熱間圧延を施すことで、板厚2.3mmの熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板を最高温度1100℃にて140秒間焼鈍し、酸洗を施した後に冷間圧延を施すことで、板厚0.23mmの冷延鋼板を得た。
続いて、得られた冷延鋼板に対して、湿水素雰囲気かつ850℃で180秒の間、一次再結晶焼鈍を施した。次に、一次再結晶焼鈍後の鋼板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を塗布した後、バッチ式加熱炉を用いて、昇温速度15℃/hで昇温し、1200℃の温度にて、30時間保持して仕上焼鈍を施した。その後、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した。ここで、焼鈍分離剤の含有物は、MgO100%に対して、CeO2をCe換算で2%、残部は不可避的不純物と、表1A、表1Bに示す条件の化合物を含むものとした。焼鈍分離剤の撹拌条件は、表1A、表1Bに示す条件の化合物を加えた後、5℃にて30分とした。その後、鋼板の表面に、リン酸アルミニウムおよびコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を塗布した後、絶縁被膜の焼付および鋼板の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を施した。この平坦化焼鈍は、850℃にて40秒間かけて実施した。
以上にて得られた方向性電磁鋼板の試料をせん断して歪取焼鈍した後、サンプルサイズが60mm×300mmの試料に対し、JIS C2556:2015に記載された単板測定法に準拠して、各本発明例および比較例に係る方向性電磁鋼(歪取焼鈍後の試料)の磁束密度B8値を測定した。ここで、B8値とは、方向性電磁鋼板を50Hzにて800A/mで励起したときの鋼板の磁束密度である。本発明例では、サンプル5枚の平均値をB8値とした。なお、上記試料は、せん断前の方向性電磁鋼板の長手方向と、試料の長手方向とが一致するように歪取焼鈍後の方向性電磁鋼板から切り出した。
さらに、上記試料を30mm幅にせん断して、10mmφの曲げ試験を施した。ここでは、3枚の試験片を曲げ試験して、剥離した部分の面積をそれぞれ測定し、各試料について、全面積に対する剥離部分の面積の割合を剥離面積率とし、各試料間での剥離面積率の平均値を求めた。
ここで、鋼塊がBiを含む場合、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T以上であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%以下である条件を良好であると判定し、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T未満または10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%超のいずれかである条件を不可と判定した。また、鋼塊がBiを含まない場合、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.910T以上であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が5%以下である条件を良好であると判定し、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.910T未満または10mmφ曲げ試験の剥離面積率が5%超のいずれかである条件を不可と判定した。
さらに、最終工程後の方向性電磁鋼板において、断面を鏡面研磨した後、走査型電子顕微鏡に付帯のエネルギー分散型X線分析装置を用いて、一次被膜の有無を確認した。また、一次被膜の成分の分析は、以下の方法で測定した。すなわち、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した後、表面に金蒸着を施し、走査型電子顕微鏡に付帯のエネルギー分散型X線分析装置を用いた測定にて約0.005mm2の面積を定量分析し、Mg濃度が17質量%以上かつSi濃度が11質量%以上の場合、一次被膜の主成分がMg2SiO4であると判定した。本手法では、一次被膜下部のFeを検出することや、測定誤差が大きいことなどの懸念があるが、主成分の判定には本手法でも十分である。なお、絶縁被膜を塗布および焼付後の鋼板を、高温のアルカリ溶液等に浸漬することで絶縁被膜を除去して、水洗した後に、分析を実施してもかまわない。また、一次被膜の分析方法は、上記手法に限るものではなく、例えば、蛍光X線分析法を用いてもよい。
以上の本発明例および比較例の製造条件、および測定結果を表1A、表1Bに示す。表1A、表1Bに示した条件A1〜A31は、鋼塊Aを用いた例であり、条件R1〜R16は、鋼塊Rを用いた例である。
本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、一次被膜を有しており、一次被膜中のMg2SiO4分析の結果、いずれもMg濃度は35質量%以上、Si濃度は13質量%であり、一次被膜は、Mg2SiO4を主成分として含むものであった。
表1A、1Bの結果を参照すると、本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、判定が良好となることがわかった。
(実施例2)
まず、質量%で、C:0.08%、Si:3.3%、Mn:0.08%、S:0.004%、Se:0.018%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.009%、Bi:0.03%を含有し、残部が下記の表2A、表2Bに示す成分と、Feおよび不純物とからなる鋼塊を作製した。該鋼塊を1380℃にて1時間焼鈍した後、熱間圧延を施すことで、板厚2.3mmの熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板を最高温度1100℃にて140秒間焼鈍し、酸洗を施した後に冷間圧延を施すことで、板厚0.23mmの冷延鋼板を得た。
続いて、得られた冷延鋼板に対して、湿水素雰囲気かつ850℃で180秒の間、一次再結晶焼鈍を施した。次に、一次再結晶焼鈍後の鋼板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を塗布した後、バッチ式加熱炉を用いて、昇温速度15℃/hで昇温し、1200℃の温度にて、30時間保持して仕上焼鈍を施した。その後、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した。ここで、焼鈍分離剤の含有物は、MgO100%に対して、Ce(OH)4をCe換算で2%、残部は不可避的不純物と、表2A、表2Bに示す条件の化合物を含むものとした。焼鈍分離剤の撹拌条件は、表2A、表2Bに示す条件の化合物を加えた後、10℃にて20分とした。その後、鋼板の表面に、リン酸アルミニウムおよびコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を塗布した後、絶縁被膜の焼付および鋼板の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を850℃にて40秒間かけて施した。
以上にて得られた方向性電磁鋼板の試料をせん断して歪取焼鈍した後、サンプルサイズが60mm×300mmの試料に対し、JIS C2556:2015に記載された単板測定法に準拠して、各本発明例および比較例に係る方向性電磁鋼板の磁束密度B8値を測定した。上記試料は、せん断前の方向性電磁鋼板の長手方向と、試料の長手方向とが一致するように歪取焼鈍後の方向性電磁鋼板から切り出した。本実施例では、実施例1と同様に、サンプル5枚の平均値をB8値とした。また、磁気時効特性を以下の方法で評価した。すなわち、せん断して歪取焼鈍した後のサンプルに対して、磁区制御処理を施し、JIS C2556:2015に記載された単板測定法に準拠して、方向性電磁鋼板の鉄損W17/50(W/kg)を測定し、以下の式(A)の関係が成立する場合、磁気時効と判定した。ここで、Tは方向性電磁鋼板の試料の板厚(mm)である。なお、W17/50とは、方向性電磁鋼板を50Hzにて1.7Tに励起して得られた鉄損であり、実施例1と同様に、サンプル5枚の平均値をW17/50とした。また、磁区制御処理は、レーザ照射によって行った。レーザ照射の方向は、方向性電磁鋼板の長手方向に垂直な方向(すなわち、試料の長手方向に垂直な方向)とし、レーザ照射の間隔Pは、4mmとした。また、レーザの照射エネルギー密度Uaは、2.0mJ/mm2とした。
W17/50>(−2.5×B8)+(1.25×T)+5.4 ・・式(A)
さらに、上記試料を30mm幅にせん断して、10mmφの曲げ試験を施した。ここでは、3枚の試験片を曲げ試験して、剥離面積率の平均値を求めた。剥離面積率は、実施例1と同様の方法で算出した。
最終工程後の方向性電磁鋼板における、一次被膜の有無の確認および一次被膜の成分分析は、実施例1と同様の方法で行った。
ここで、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T以上であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%以下である条件を良好であると判定した。また、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T未満である場合、10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%超である場合、または磁気時効特性に関して式(A)の関係が成立する場合のいずれかである条件を不可(時効)と判定した。
以上の本発明例および比較例の製造条件、および測定結果を表2A、表2Bに示す。
本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、一次被膜を有しており、一次被膜中のMg2SiO4分析の結果、いずれもMg濃度は35質量%以上、Si濃度は13質量%であり、一次被膜は、Mg2SiO4を主成分として含むものであった。
表2A、表2Bの結果を参照すると、本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、判定が良好となることがわかった。
ここで、焼鈍分離剤のB化合物量とアルカリ土類金属化合物量に着目し、B化合物含有量のB換算値B(%)を横軸に取り、Ca、SrおよびBaからなる群より選択されるアルカリ土類金属元素を含むアルカリ土類金属化合物の含有量を、含有されるCa、SrおよびBaによる換算値でA%として縦軸に取った平面上に、条件B1〜B48、B50、B51について、これらの含有量をプロットした。上記により得られたグラフ図を図2示す。図2においては、磁束密度が1.920T以上の例を丸点でプロットし、磁束密度が1.920T未満の例を×で示している。なお、条件B49およびB52については、Ti化合物換算含有量が本実施形態の条件を満たさない例であるため、図2には示していない。
図2に示すように、磁束密度が1.920T以上となる電磁鋼板の焼鈍分離剤におけるB化合物含有量のB換算値B(%)と、焼鈍分離剤におけるCa、SrおよびBaの少なくともいずれか1種を含む化合物の含有量とした含有されるCa、SrおよびBaによる換算値A(%)との間には、本実施形態に係る条件にて規定される以下の式(101)の関係が成立していることがわかった。
B≦A≦(0.8+3×B) (ただし、0.03≦B≦1.60) ・・式(101)
(実施例3)
まず、質量%で、C:0.08%、Si:3.4%、Mn:0.08%、S:0.027%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%、Bi:0.01%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる鋼塊Cと、質量%で、C:0.08%、Si:3.4%、Mn:0.08%、S:0.027%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる鋼塊Sを作製した。該鋼塊を1350℃にて1時間焼鈍した後、熱間圧延を施すことで、板厚2.3mmの熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板を最高温度1100℃にて140秒間焼鈍し、酸洗を施した後に冷間圧延を施すことで、板厚0.23mmの冷延鋼板を得た。
続いて、得られた冷延鋼板に対して、湿水素雰囲気かつ850℃で180秒の間、一次再結晶焼鈍を施した。次に、一次再結晶焼鈍後の鋼板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を塗布した後、バッチ式加熱炉を用いて、昇温速度15℃/hで昇温し、1200℃の温度にて、30時間保持して仕上焼鈍を施した。その後、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した。ここで、焼鈍分離剤の含有物は、MgO100%に対して、La2O3をLa換算で2%、残部は不可避的不純物と、表3A、表3Bに示す条件の化合物を含むものとした。焼鈍分離剤の撹拌条件は、表3A、表3Bに示す条件の化合物を加えた後、5℃にて200分とした。その後、鋼板の表面に、リン酸アルミニウムおよびコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を塗布した後、絶縁被膜の焼付および鋼板の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を850℃にて40秒間かけて施した。
以上にて得られた方向性電磁鋼板の試料をせん断して歪取焼鈍した後、サンプルサイズが60mm×300mmの試料に対し、JIS C2556:2015に記載された単板測定法に準拠して、各本発明例および比較例に係る方向性電磁鋼板の磁束密度B8値を測定した。本実施例では、実施例1と同様に、サンプル5枚の平均値をB8値とした。なお、上記試料は、せん断前の方向性電磁鋼板の長手方向と、試料の長手方向とが一致するように歪取焼鈍後の方向性電磁鋼板から切り出した。
さらに、上記試料を30mm幅にせん断して、10mmφの曲げ試験を施した。ここでは、3枚の試験片を曲げ試験して、剥離面積率の平均値を求めた。剥離面積率は、実施例1と同様の方法で算出した。
最終工程後の方向性電磁鋼板における、一次被膜の有無の確認および一次被膜の成分分析は、実施例1と同様の方法で行った。
ここで、鋼塊がBiを含む場合、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T以上であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%以下である条件を良好であると判定し、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T未満または10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%超のいずれかである条件を不可と判定した。また、鋼塊がBiを含まない場合、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.910T以上であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が5%以下である条件を良好であると判定し、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.910T未満または10mmφ曲げ試験の剥離面積率が5%超のいずれかである条件を不可と判定した。
以上の本発明例および比較例の製造条件、および測定結果を表3A、表3Bに示す。表1に示した条件C1〜C24は、鋼塊Cを用いた例であり、条件S1〜S8は、鋼塊Sを用いた例である。
本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、一次被膜を有しており、一次被膜中のMg2SiO4分析の結果、いずれもMg濃度は35質量%以上、Si濃度は13質量%であり、一次被膜は、Mg2SiO4を主成分として含むものであった。
表3A、表3Bの結果を参照すると、本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、判定がより良好となることがわかった。
ここで、焼鈍分離剤におけるB化合物含有量のB換算値B(%)と、焼鈍分離剤にCa、SrおよびBaからなる群より選択される1種または2種以上のアルカリ土類金属元素を含む1種または2種以上のアルカリ土類金属化合物の含有量として含有されるCa、SrおよびBaによる換算値A(%)と、焼鈍分離剤における硫酸塩の含有量として硫酸根(SO4)2−換算C(%)との間には、本実施形態に係る条件にて規定される以下の式(102)および式(103)の関係があることがわかった。
0≦A<B (ただし、0.03≦B≦1.60) ・・式(102)
(3×B)≦C≦(10×B) (ただし、0.03≦B≦1.60) ・・式(103)
このように、式(102)および式(103)を満足する、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法により、より高磁束密度かつ一次被膜と鋼板の密着性に優れる方向性電鋼板を製造することが可能であることがわかった。
(実施例4)
まず、質量%で、C:0.08%、Si:3.3%、Mn:0.08%、S:0.025%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%、Bi:0.02%を含有し、残部が表4に示す成分とFeおよび不純物からなる鋼塊を作製した。該鋼塊を1350℃にて1時間焼鈍した後、熱間圧延を施すことで、板厚2.3mmの熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板を最高温度1100℃にて140秒間焼鈍し、酸洗を施した後に冷間圧延を施すことで、板厚0.23mmの冷延鋼板を得た。
続いて、得られた冷延鋼板に対して、湿水素雰囲気かつ850℃で180秒の間、一次再結晶焼鈍を施した。次に、一次再結晶焼鈍後の鋼板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を塗布した後、バッチ式加熱炉を用いて、昇温速度15℃/hで昇温し、1200℃の温度にて、30時間保持して仕上焼鈍を施した。その後、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した。ここで、焼鈍分離剤の含有物は、MgO100%に対して、Y2O3をY換算で2.0%、CaSO4・0.5H2OをCa換算で1.66%、残部は不可避的不純物と、表4に示す条件の化合物を含むものとした。焼鈍分離剤の撹拌条件は、表4に示す条件の化合物を加えた後、30℃にて200分とした。その後、鋼板の表面に、リン酸アルミニウムおよびコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を塗布した後、絶縁被膜の焼付および鋼板の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を850℃にて40秒間施した。
以上にて得られた方向性電磁鋼板の試料をせん断して歪取焼鈍した後、サンプルサイズが60mm×300mmの試料に対し、JIS C2556:2015に記載された単板測定法に準拠して、各本発明例および比較例に係る方向性電磁鋼板の磁束密度B8値を測定した。本実施例では、実施例1と同様に、サンプル5枚の平均値をB8値とした。なお、上記試料は、せん断前の方向性電磁鋼板の長手方向と、試料の長手方向とが一致するように歪取焼鈍後の方向性電磁鋼板から切り出した。
さらに、上記試料を30mm幅にせん断して、10mmφの曲げ試験を施した。ここでは、3枚の試験片を曲げ試験して、剥離面積率の平均値を求めた。剥離面積率は、実施例1と同様の方法で算出した。
最終工程後の方向性電磁鋼板における、一次被膜の有無の確認および一次被膜の成分分析は、実施例1と同様の方法で行った。
さらに、最終工程後の方向性電磁鋼板において、絶縁被膜および一次被膜を除去した後、母材鋼板の成分を分析した。Si、Mn、Cu、Sn、Ni、CrとSbの含有量は、誘導結合プラズマ発光分光分析法で分析した。Cの含有量は、炭素・硫黄分析装置を用いて測定した。Nの含有量は、酸素・窒素分析装置を用いて測定した。
ここで、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T以上であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%以下である条件を良好であると判定した。また、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T未満または10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%超のいずれかである条件を不可と判定した。
以上の本発明例および比較例の製造条件、および測定結果を表4に、最終工程後の方向性電磁鋼板の母材鋼板成分を表5に示す。
本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、一次被膜を有しており、一次被膜中のMg2SiO4分析の結果、いずれもMg濃度は35質量%以上、Si濃度は13質量%であり、一次被膜は、Mg2SiO4を主成分として含むものであった。
表4および表5の結果を参照すると、式(101)を満たす場合、質量%で、Cu:0.01%以上0.30%以下、Sn:0.01%以上0.30%以下、Ni:0.01%以上0.30%以下、Cr:0.01%以上0.30%以下、またはSb:0.01%以上0.30%以下のいずれか1種または2種以上をさらに含有しても、本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、判定が良好となることがわかった。
(実施例5)
まず、質量%で、C:0.08%、Si:3.3%、Mn:0.08%、S:0.025%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%、Bi:0.02%を含有し、残部が表6に示す成分とFeおよび不純物からなる鋼塊を作製した。該鋼塊を1350℃にて1時間焼鈍した後、熱間圧延を施すことで、板厚2.3mmの熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板を最高温度1100℃にて140秒間焼鈍し、酸洗を施した後に冷間圧延を施すことで、板厚0.23mmの冷延鋼板を得た。
続いて、得られた冷延鋼板に対して、湿水素雰囲気かつ850℃で180秒の間、一次再結晶焼鈍を施した。次に、一次再結晶焼鈍後の鋼板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を塗布した後、バッチ式加熱炉を用いて、昇温速度15℃/hで昇温し、1200℃の温度にて、30時間保持して仕上焼鈍を施した。その後、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した。ここで、焼鈍分離剤の含有物は、MgO100%に対して、CeO2をCe換算で4%、MgSO4を(SO4)2−換算で4.0%、残部は不可避的不純物と、表6に示す条件の化合物を含むものとした。焼鈍分離剤の撹拌条件は、表6に示す条件の化合物を加えた後、10℃にて50分とした。その後、鋼板の表面に、リン酸アルミニウムおよびコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を塗布した後、絶縁被膜の焼付および鋼板の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を850℃にて40秒間施した。
以上にて得られた方向性電磁鋼板の試料をせん断して歪取焼鈍した後、サンプルサイズが60mm×300mmの試料に対し、JIS C2556:2015に記載された単板測定法に準拠して、各本発明例および比較例に係る方向性電磁鋼板の磁束密度B8値を測定した。本実施例では、実施例1と同様に、サンプル5枚の平均値をB8値とした。なお、上記試料は、せん断前の方向性電磁鋼板の長手方向と、試料の長手方向とが一致するように歪取焼鈍後の方向性電磁鋼板から切り出した。
さらに、上記試料を30mm幅にせん断して、10mmφの曲げ試験を施した。ここでは、3枚の試験片を曲げ試験して、剥離面積率の平均値を求めた。剥離面積率は、実施例1と同様の方法で算出した。
最終工程後の方向性電磁鋼板における、一次被膜の有無の確認および一次被膜の成分分析は、実施例1と同様の方法で行った。
さらに、鋼塊の成分、および最終工程後の方向性電磁鋼板における絶縁被膜および一次被膜を除去した後の母材鋼板の成分を分析した。Si、Mn、Cu、Sn、Ni、CrとSbの含有量は、誘導結合プラズマ発光分光分析法で分析した。Cの含有量は、炭素・硫黄分析装置を用いて測定した。Nの含有量は、酸素・窒素分析装置を用いて測定した。
ここで、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T以上であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%以下である条件を良好であると判定した。また、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T未満または10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%超のいずれかである条件を不可と判定した。
以上の本発明例および比較例の製造条件、および測定結果を表6に、最終工程後の方向性電磁鋼板の母材鋼板成分を表7に示す。
本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、一次被膜を有しており、一次被膜中のMg2SiO4分析の結果、いずれもMg濃度は35質量%以上、Si濃度は13質量%であり、一次被膜は、Mg2SiO4を主成分として含むものであった。
表6および表7の結果を参照すると、式(102)および式(103)を満たす場合、質量%で、Cu:0.01%以上0.30%以下、Sn:0.01%以上0.30%以下、Ni:0.01%以上0.30%以下、Cr:0.01%以上0.30%以下、またはSb:0.01%以上0.30%以下のいずれか1種または2種以上をさらに含有しても、本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、判定がより良好となることがわかった。
(実施例6)
実施例1、実施例3、実施例4および実施例5より表8に示すサンプルを選択して、Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜よりも母材鋼板側に連結した状態で存在するMgAl2O4を主成分とするAl酸化物の存在範囲を調査した。サンプルの傾斜研磨角度は、鋼板表面から約4°の角度とし、約15倍に拡大して一次被膜と地鉄界面近傍を詳細観察した。さらに、傾斜研磨後のサンプルを、地鉄が露出している研磨面に対して、約0.33C/mm2の電荷量にて電解研磨した。電解液として、4%MS+5%TET:4%methyl salicylate+1%salicylic acid+1%TMAC+5%TET+Methanolを用いた。ここで、TMAC:tetra methyl ammonium chloride、TET:triethylene tetramine、を用いた。ここで、Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜より母材鋼板側における地鉄の電解除去深さは、共焦点レーザー顕微鏡観察により、約5μmであると確認された。
続いて、一次被膜より母材鋼板側の地鉄が選択的に除去された領域を走査型電子顕微鏡で詳細観察した。ここで、Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜の母材鋼板側境界は、傾斜研磨・電解後のサンプルを走査型電子顕微鏡にて観察した二次電子像において、表面に平行に引いた線上に存在する一次被膜量が50%未満となる位置とした。Al酸化物の存在位置は、同様に、傾斜研磨・電解後のサンプルを走査型電子顕微鏡にて観察した二次電子像において、表面に平行に引いた線上に存在するAl酸化物の量が10%以上の領域とし、Al酸化物の量が10%となる位置をAl酸化物の母材鋼板側境界とした。なお、Al酸化物の存在範囲は、上記二次電子像にて測定した一次被膜の母材鋼板側境界からAl酸化物の母材鋼板側境界までの長さを、傾斜研磨角度より換算した深さの値とした。酸化物の成分は、走査型電子顕微鏡に付属のエネルギー分散型X線分析装置を用いて調査した。
Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜よりも母材鋼板側に連結した状態で存在するMgAl2O4(スピネル)を主成分とするAl酸化物の存在範囲を、表8に示す。Al酸化物の存在範囲が、一次被膜の母材鋼板側の境界から母材鋼板側に0.5μm以上5.0μm以下までの範囲である場合、被膜密着性が良好となることがわかった。
(実施例7)
まず、質量%で、C:0.08%、S:0.025%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%、Bi:0.02%を含有し、残部が表9に示す含有量のSiおよびMn、ならびにFeおよび不純物からなる鋼塊を作製した。該鋼塊を1350℃にて1時間焼鈍した後、熱間圧延を施すことで、板厚23mmの熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板を最高温度1100℃にて140秒間焼鈍し、酸洗を施した後に冷間圧延を施すことで、板厚0.23mmの冷延鋼板を得た。
続いて、得られた冷延鋼板に対して、湿水素雰囲気かつ850℃で180秒の間、一次再結晶焼鈍を施した。次に、一次再結晶焼鈍後の鋼板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を塗布した後、バッチ式加熱炉を用いて、昇温速度15℃/hで昇温し、1200℃の温度にて、30時間保持して仕上焼鈍を施した。その後、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した。ここで、焼鈍分離剤の含有物は、MgO100%に対して、CaSO4・0.5H2OをCa換算で1.10%または1.66%、CeO2をCe換算で2.0%、残部は不可避的不純物と、表9に示す条件の化合物を含むものとした。焼鈍分離剤の撹拌条件は、表9に示す条件の化合物を加えた後、5℃にて20分とした。焼鈍分離剤の乾燥後の塗布量は、鋼板片面当たり7g/m2とした。その後、鋼板の表面に、リン酸アルミニウムおよびコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を塗布した後、絶縁被膜の焼付および鋼板の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を施した。この平坦化焼鈍は、850℃にて40秒間かけて実施した。
以上にて得られた方向性電磁鋼板の試料をせん断して歪取焼鈍した後、サンプルサイズが60mm×300mmの試料に対し、JIS C2556:2015に記載された単板測定法に準拠して、各本発明例および比較例に係る方向性電磁鋼板の磁束密度B8値を測定した。本実施例では、実施例1と同様に、サンプル5枚の平均値をB8値とした。
さらに、上記試料を30mm幅にせん断して、10mmφの曲げ試験を施した。ここでは、3枚の試験片を曲げ試験して、剥離面積率の平均値を求めた。剥離面積率は、実施例1と同様の方法で算出した。
最終工程後の方向性電磁鋼板における、一次被膜の有無の確認および一次被膜の成分分析は、実施例1と同様の方法で行った。
さらに、最終工程後の方向性電磁鋼板において、絶縁被膜および一次被膜を除去した後、母材鋼板の成分を分析した。Si、Mnの含有量は、誘導結合プラズマ発光分光分析法で分析した。Cの含有量は、炭素・硫黄分析装置を用いて測定した。Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜よりも母材鋼板側に、連結した状態で存在するMgAl2O4を主成分とするAl酸化物の存在範囲は、実施例6記載と同様の方法で調査した。
ここで、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T以上であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%以下である条件を良好であると判定した。また、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T未満または10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%超のいずれかである条件を不可と判定した。
以上の本発明例および比較例の製造条件、および測定結果を表9に示す。
本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、一次被膜を有しており、一次被膜中のMg2SiO4分析の結果、いずれもMg濃度は35質量%以上、Si濃度は13質量%であり、一次被膜は、Mg2SiO4を主成分として含むものであった。
表9には、Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜よりも母材鋼板側に連結した状態で存在するMgAl2O4(スピネル)を主成分とするAl酸化物の存在範囲を示した。Al酸化物の存在範囲が、一次被膜の母材鋼板側の境界から母材鋼板側に0.5μm以上5.0μm以下の場合、被膜密着性が良好となり、本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、判定が良好となることがわかった。
(実施例8)
まず、質量%で、C:0.08%、Si:3.3%、Mn:0.08%、S:0.025%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%、Bi:0.02%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる鋼塊を作製した。該鋼塊を1350℃にて1時間焼鈍した後、熱間圧延を施すことで、板厚2.3mmの熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板を最高温度1050℃にて140秒間焼鈍し、酸洗を施した後に一次冷間圧延を施すことで、板厚1.8mmの一次冷間圧延板を得た。得られた一次冷間圧延板を最高温度1100℃にて140秒間焼鈍し、酸洗を施した後に二次冷間圧延を施すことで、板厚0.23mmの冷延鋼板を得た。
続いて、得られた冷延鋼板に対して、湿水素雰囲気かつ850℃で180秒の間、一次再結晶焼鈍を施した。次に、一次再結晶焼鈍後の鋼板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を塗布した後、バッチ式加熱炉を用いて、昇温速度15℃/hで昇温し、1200℃の温度にて、30時間保持して仕上焼鈍を施した。その後、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した。ここで、焼鈍分離剤の含有物は、MgO100%に対して、CeO2をCe換算で5.0%、残部は不可避的不純物と、表10に示す条件の化合物を含むものとした。焼鈍分離剤の撹拌条件は、表10に示す条件の化合物を加えた後、15℃にて30分とした。その後、鋼板の表面に、リン酸アルミニウムおよびコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を塗布した後、絶縁被膜の焼付および鋼板の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を850℃にて40秒間かけて施した。
以上にて得られた方向性電磁鋼板の試料をせん断して歪取焼鈍した後、サンプルサイズが60mm×300mmの試料に対し、JIS C2556:2015に記載された単板測定法に準拠して、各本発明例および比較例に係る方向性電磁鋼板の磁束密度B8値を測定した。本実施例では、実施例1と同様に、サンプル5枚の平均値をB8値とした。なお、上記試料は、せん断前の方向性電磁鋼板の長手方向と、試料の長手方向とが一致するように歪取焼鈍後の方向性電磁鋼板から切り出した。
さらに、上記試料を30mm幅にせん断して、10mmφの曲げ試験を施した。ここでは、3枚の試験片を曲げ試験して、剥離面積率の平均値を求めた。剥離面積率は、実施例1と同様の方法で算出した。
最終工程後の方向性電磁鋼板における、一次被膜の有無の確認および一次被膜の成分分析は、実施例1と同様の方法で行った。
ここで、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T以上であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%以下である条件を良好であると判定した。また、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T未満または10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%超のいずれかである条件を不可と判定した。
以上の本発明例および比較例の製造条件、および測定結果を表10に示す。
本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、一次被膜を有しており、一次被膜中のMg2SiO4分析の結果、いずれもMg濃度は35質量%以上、Si濃度は13質量%であり、一次被膜は、Mg2SiO4を主成分として含むものであった。
表10の結果を参照すると、その製造時において、冷間圧延を二回行って製造された本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、判定が良好となることがわかった。
(実施例9)
まず、質量%で、C:0.08%、Si:3.2%、Mn:0.08%、S:0.023%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%、Bi:0.03%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる鋼塊を作製した。該鋼塊を1350℃にて1時間焼鈍した後、熱間圧延を施すことで、板厚2.3mmの熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板を最高温度1100℃にて140秒間焼鈍し、酸洗を施した後に一次冷間圧延を施すことで、板厚0.23mmの冷延鋼板を得た。
続いて、得られた冷延鋼板に対して、湿水素雰囲気かつ850℃で180秒の間、一次再結晶焼鈍を施した。次に、一次再結晶焼鈍後の鋼板の表面に、MgOを含む焼鈍分離剤を塗布した後、バッチ式加熱炉を用いて、昇温速度15℃/hで昇温し、1200℃の温度にて、30時間保持して仕上焼鈍を施した。その後、仕上焼鈍後の鋼板を水洗した。ここで、焼鈍分離剤の含有物は、MgO100%に対して、TiO2をTi換算で3.0%、CeO2をCe換算で5.0%、H3BO3をB換算で0.61%、CaSO4・0.5H2OをCa換算で1.1%、残部は不可避的不純物を含むものとした。焼鈍分離剤の撹拌条件は、表11に示す条件とした。その後、鋼板の表面に、リン酸アルミニウムおよびコロイダルシリカを主成分とする絶縁被膜を塗布した後、絶縁被膜の焼付および鋼板の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を850℃にて40秒間かけて施した。
以上にて得られた方向性電磁鋼板の試料をせん断して歪取焼鈍した後、サンプルサイズが60mm×300mmの試料に対し、JIS C2556:2015に記載された単板測定法に準拠して、各本発明例および比較例に係る方向性電磁鋼板の磁束密度B8値を測定した。本実施例では、実施例1と同様に、サンプル5枚の平均値をB8値とした。なお、上記試料は、せん断前の方向性電磁鋼板の長手方向と、試料の長手方向とが一致するように歪取焼鈍後の方向性電磁鋼板から切り出した。
さらに、上記試料を30mm幅にせん断して、10mmφの曲げ試験を施した。ここでは、3枚の試験片を曲げ試験して、剥離面積率の平均値を求めた。剥離面積率は、実施例1と同様の方法で算出した。
最終工程後の方向性電磁鋼板における、一次被膜の有無の確認および一次被膜の成分分析は、実施例1と同様の方法で行った。
ここで、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T以上であり、かつ10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%以下である条件を良好であると判定した。また、方向性電磁鋼板の磁束密度B8値が1.920T未満または10mmφ曲げ試験の剥離面積率が10%超のいずれかである条件を不可と判定した。
以上の本発明例および比較例の製造条件、および測定結果を表11に示す。
本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、一次被膜を有しており、一次被膜中のMg2SiO4分析の結果、いずれもMg濃度は35質量%以上、Si濃度は13質量%であり、一次被膜は、Mg2SiO4を主成分として含むものであった。
表11の結果を参照すると、その製造時において、焼鈍分離剤作製における撹拌を、0℃以上30℃以下の温度で、5分以上300分以下の時間として製造された本実施形態の条件を満たす方向性電磁鋼板は、判定が良好となることがわかった。
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。