[go: up one dir, main page]

コンテンツにスキップ

シストラム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
セケム型のシストラム
Sistrum
ヒエログリフで表示
Y8

シストラム[1]あるいはシストリム[2]sistrum, 複数形 sistra : sīstra[3]は、ギリシャ語σείειν seiein 「振る」の派生語で、文字通り「振られるもの」 を意味するセイストロン(σεῖστρον, seistron)に由来する[4][5][6]打楽器に属する楽器で、ラットルの一種である。とりわけ古代エジプト人が用いていたことで知られる。持ち手と真鍮あるいは青銅製の幅30センチから76センチ(12インチから30インチ)の幅のU字型の金属の枠で出来ていて、枠は金属のリングを通したスライド式の金属の横木を支えている。シストラムを振ると、動く横木に取り付けられた薄い金属製のリングや輪が、小さなカチャカチャした音や大きな金属音まで様々な音を出す。

古代エジプト語ではカタカタ鳴る音からセケム(sekehem (sḫm))[7]、あるいはセシェシェト(sesheshet (sššt))[8][nb 1]と名付けられた古代エジプトのシストラムは、さまざまな音楽や喜びに満ちた神々の宗教的、また儀式的な慣習と重要な関係がある[9]

セケムはより単純な輪のような形をしたシストラム(輪型シストラム)[要出典][7]であるのに対し、セシェシェト擬声語)はナオス英語版のような形をしている[10]

英語では「シストラム」という名前はこんにちの西アフリカの円盤を鳴らす楽器を呼ぶのに借用されている[11][12]

古代エジプトのシストラム

[編集]
ナオス英語版のような形をした「セシェシェト型」のシストラム。エジプト第26王朝 (紀元前580年から525年ごろ)。

古代エジプトにおいて、シストラムは神聖な楽器だった。おそらくバト (女神)英語版信仰に起源を持ち、舞踏や宗教儀式とりわけハトホル崇拝で用いられた[13]。U字を描くシストラムの持ち手と枠は雌牛の女神の顔と角を象徴したと考えられる。ハトホル信仰に用いられた違う型のシストラムはナオス型で、持ち手には精巧な装飾が施されハトホルの頭部を頂いていた[14]。シストラムは王がハトホルに何がしかを献上する祭で使う以外では、専ら女性や奏楽を行う巫女が用いた[15]。音楽のリズムに合わせて打楽器が発する音は神へ呼びかけるために大変重要であり、反復的な音は儀式の癒しを助け、現実を変えると考えられていた[9]。シストラムは第18王朝まで他の音楽や舞踏、お祭り騒ぎなど宗教的な背景以外でも用いられたが次第に制限されて行き、最終的に宗教的な目的のみで使われるようになった[16]。また、シストラムはナイル川の氾濫を防ぎ、セトを追い払うためにも振るわれた[17]

母と創造者の役割を演じるイシスは、片手にナイルの氾濫を象徴するを持ち、もう一方の手にはシストラムを持つ[18]。女神バステトもまた、しばしばシストラムを持つ姿で描かれるが、これは彼女が踊りと喜び、そして祝祭を司る女神としての彼女を象徴している[19]

古代ミノアのシストラム

[編集]
クレタ島アルカネス英語版で発見されたミノア文明の粘土製シストラム。

古代ミノア文明でもシストラムが使われていた。クレタ島では現地の粘土で作られたものが発掘されている。それらのうちの5つがアイオス・ニコラオス考古学博物館に展示されている。またアヤ・トリアダ遺跡で発見された収穫者の壺英語版にもシストラムが描かれている。

古代ミノア人もおそらく、古代エジプトと同様にハトホルを中心とした豊穣、音楽、踊りのような娯楽、そして贖宥をふくむ儀式で使われた[20]。古代ミノア人のシストラムの使い方は古代エジプト人の葬儀の場で同様に用いられたことから、部分的に一致を見る[20]。古代ミノアの2つの青銅製のシストラ〔ママ〕は、アーチと持ち手を別々に成形したのち、2つをリベットで結合して作られたことが分かる[20]

粘土製のシストラ〔ママ〕が実際に音楽を演奏するために作られたのか、それとも象徴的な意味を持った模型だったのかどうか、研究者の確信はまだ得られていない。しかし陶器のレプリカを使った実験では粘土製のシストラムのデザインで満足な音を得られたため、儀式での使用はおそらく望ましかっただろう[21]

より最近の用途

[編集]

セナセル(senasel)と、のちのクロタルス英語版は何世紀にも渡りエチオピア正教会[22] の典礼楽器として残っていて、こんにちも教会の重要な祭でdebtera英語版(先唱者)が行う舞踏の際に演奏される。またネオペイガニズムの礼拝や儀式でも時折見られる。

シストラムは19世紀の西洋の管弦楽曲でも時折復活し、最も傑出した使われ方がフランスの作曲家エクトル・ベルリオーズのオペラ「トロイアの人々」(1856年 - 1858年) の第一幕に見られる。しかしながら現代ではシストラムに近いタンバリンに置き換えられている。短く、鋭く、リズミカルな拍子で振られることで、シストラムは躍動感や活動性を喚起する効果がある。タンバリンに似たシストラムの律動的な振動は、古代エジプトのハトホル礼拝における神聖な聞で鳴らされる音であれ、現代の福音主義で鳴らされる甲高いタンバリンの音であれ、ロマの歌や踊りであれ、ロックのコンサートであれ、大規模なオーケスラの総奏を盛り上げる場面であれ、宗教的あるいは恍惚を伴う事象と関連づけられる。

クラッシック作曲家ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ (1926–2012)は1988年の作品「6人の奏者のためのソナタ(Sonate für sechs Spieler)」でフルート奏者に2つのシストラを演奏するように指示している。

西アフリカ

[編集]

カラバッシュ・シストラム(calabash sistrum)、ウエスト・アフリカ・シストラム(West Africa sistrum)またはディスク・ラットル(disc rattle, (n'goso m'bara))はワサンバ(Wasamba)あるいは Wasshouba rattleと呼ばれるこんにちの西アフリカとガボンのジャラジャラ音のする楽器もシストラム(sistrum)の複数形シストラ(sistra)で呼ばれる。典型的なものはV字型の枝にいくつか、またはたくさんのヒョウタンの円盤で構成されていて、装飾されたものもある[23][リンク切れ]

ギャラリー

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ 「古代エジプト語でこの楽器の名前はセシェシェト(sššt)であったが、これは楽器の音、つまりパピルスを吹き抜ける風のようにサラサラとした穏やかな金属音の擬音語に由来する。」[9]

出典

[編集]
  1. ^ 野中亜紀 2021.
  2. ^ 倉阪英恵 2003.
  3. ^ Stein, Jess, ed (1988). The Random House College Dictionary (Revised ed.). New York: Random House. p. 1230. ISBN 0-394-43500-1. https://archive.org/details/randomhousecolle00dict_1 
  4. ^ sistrum. Charlton T. Lewis and Charles Short. A Latin Dictionary on Perseus Project.
  5. ^ σεῖστρον, σείω. Liddell, Henry George; Scott, Robert; A Greek–English Lexicon at the Perseus Project.
  6. ^ "sistrum". Oxford English Dictionary (2nd ed.). Oxford University Press. 1989.
  7. ^ a b 野中亜紀 2021, p. 71.
  8. ^ 野中亜紀 2021, p. 70.
  9. ^ a b c Tahya (July 2018). “Rediscovering the Sistrum”. tahya.com. 26 July 2023閲覧。
  10. ^ Compare:Ayad, Mariam F. (2 June 2009). “Rites and rituals: The sistrum, the menat-necklace and objects sacred to Hathor”. God's Wife, God's Servant: The God's Wife of Amun (ca.740–525 BC). Abingdon: Routledge. p. 37. ISBN 9781134127931. https://books.google.com/books?id=Q8OVvzCDyNUC 21 April 2023閲覧. "ナオス型と輪型の2種類のシストラムの違いは完全に形に基づいている。…2つを区別するのは上部の形状と構成である。輪型のシストラムはおおむね3本の水平の棒が取り付けられたアーチ状の針金で出来ていた。ナオス型は上部構造が神殿の聖域、つまりナオスの形をしていたため、そのように呼ばれる。…古代エジプト語ではシストラムを呼称するのに「セケム(sekhem)」、「セシェシェト(sesheshe)」、そして「イブ(ib)」という3つの単語が使われた。…Reynders による最近の研究によれば、古代エジプト語の「セシェシェト」は常にシストラムを演奏する場面に付随した説明する文章で用いられた事が示されている。この見解によりReyndersは「セシェシェト」という語はシストラムから発せられる音を指す一方、「セケム」が用いられるのはシストラムを特に女神ハトホルの化身あるいは顕現とする場合であると結論づけている。" 
  11. ^ Smithsonian National Museum of African Art
  12. ^ Byghan, Yowann (12 March 2020). Sacred and Mythological Animals: A Worldwide Taxonomy. Jefferson, North Carolina: McFarland. p. 64. ISBN 9781476638874. https://books.google.com/books?id=XoPWDwAAQBAJ 21 April 2023閲覧. "A '「セケム(sekhem)」(エジプト名)あるいは「セイストロン(σεῖστρον)」 (ギリシャ名)は、現代西アフリカで「シストラム(sistrum)」と呼ばれるが、チンチンあるいはカタカタという音を鳴らす打楽器だった…。" 
  13. ^ Hart (2005), p. 65
  14. ^ Duchesne-Guillemin, Marcelle (February 1981). “Music in Ancient Mesopotamia and Egypt”. World Archaeology 12 (3): 289. doi:10.1080/00438243.1981.9979803. JSTOR 124240. https://www.jstor.org/stable/pdf/124240.pdf. 
  15. ^ de Garis Davies, N (April 1920). “An Alabaster Sistrum Dedicated by King Teta”. The Journal of Egyptian Archaeology 6 (2): 70–72. doi:10.2307/3853608. JSTOR 3853608. https://www.jstor.org/stable/3853608. 
  16. ^ Plutarch (1936), cap. 63
  17. ^ Plutarch (1936), cap. 63
  18. ^ Merchant (1992), p. 115
  19. ^ Hart (2005), p. 47
  20. ^ a b c Borowka, Dawid (2020). “The Sistrum and its Mistress. Some thoughts about the usage of sistrum on Crete and its Hathoric associations”. Fontes Archaeological Posnanienses 56: 37-53. https://www.academia.edu/49040366. 
  21. ^ Philip P. Betancourt, Costis Davaras, and Eleni Stravopodi, "Excavations in the Hagios Charlambos Cave: A Preliminary Report", Hesperia 77 (2008): 539–605.
  22. ^ Curl, James Stevens (7 March 2023). “A Marian Odyssey”. Anglicanism.org. 6 April 2023閲覧。
  23. ^ Musée virtuel Canada museevirtuel.ca/edu Calabash Sistra, Gabon

引用文献

[編集]

参考文献

[編集]

翻訳

外部リンク

[編集]