連載 いまそこにあるケア 第10回 「ワーク・ライフ・ケア・バランス」という視点 文:斎藤真緒
ケアラーにとって、将来の夢の追求とケアとのバランスを取ることは容易ではありません。ケアは社会にとって必要不可欠ですが、今の社会でケアに自分の時間とエネルギーを注げば、夢を後回しにせざるを得なくなります。どちらも簡単にあきらめたり手放したりできないからこそ、この矛盾は深刻な葛藤となります。
ケアと自己実現との間の矛盾は、子ども・若者だけでなく、すべての世代のケアラーにとっても重大です。介護・看護を理由にした離職は、2022年には7.3万人(男性2.6万人、女性4.7万人、2022年度雇用動向調査)と、高止まり状態が続いています。経済産業省によれば、働きながらケアをする「ビジネスケアラー」は2030年にはピークを迎え、318万人になります。政府が注視する「ビジネスケアラー」のイメージは、これまでケアを担ったことがないフルタイムの正規労働者で、あくまでも企業の中核にいる労働者の離職予防です。しかし、ケアを抱えながら働く多くの労働者は、非正規・パートタイムなど、不安定な働き方しか選択できず、両立支援を利用しづらい環境にあることにこそ目を向けるべきです。
また一度ケアを理由に離職すると、すぐに復職できないケースがほとんどです。ケア役割を終えてもなお、社会に復帰することができない「ミッシングワーカー(消えた労働者)」の増加が、ケアと仕事との両立をめぐるひずみを象徴しています。40~50代の「失業者」(求職活動中)72万人に対して、求職活動していない無業者(ミッシングワーカー)は103万人存在すると推測されています。ケアラーの深刻な社会的孤立が示唆するのは、ケアラーにとっての仕事は単なる経済的基盤ではなく、メンタルヘルスの観点からも極めて重要だということです。ケアから離れられる仕事の時間と空間、個人として承認・評価される人間関係がきちんと確保されることで、ケアの質も担保されると言えます。
この葛藤は決して個人的な悩みではなく、ケアとの距離をデザインする社会的仕組みの問題です。「ワーク・ライフ・バランス」という言葉がありますが、このスローガンでは、ケアが個人のライフのなかに埋没してしまい、ケアの実態が見えにくいままです。ケアを社会全体でささえるためには「ワーク・ライフ・ケア・バランス」という視点が、今後ますます重要になるでしょう。
さいとうまお:立命館大学産業社会学部教授/子ども・若者ケアラーの声を届けようプロジェクト発起人
(民医連新聞 第1812号 2024年8月19日号)
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