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コロムビア・レコード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Columbia Recordsから転送)
コロムビア・レコード
Columbia Records
親会社ソニー・ミュージックエンタテインメント米国法人
設立1888年(ノース・アメリカン・フォノグラフとして)
販売元アメリカ合衆国の旗 ソニー・ミュージックエンタテインメント
日本の旗 ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル/ソニーレコーズインターナショナル(ソニー・ミュージックレーベルズ
ジャンル様々
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
本社所在地ニューヨーク
公式サイトCOLUMBIARECORDS.com

コロムビア・レコード(Columbia Records)は、アメリカレコードレーベルの一つ。現在はソニーグループ完全子会社のソニー・ミュージックエンタテインメント米国法人(SMEI)の一部門となっている。

概要

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1953年に当時の親会社であるCBSは別レーベルであるエピックを設立し、傘下のレーベル群を束ねる存在としてCBSレコード・グループという法人を作った。コロムビアはその中核レーベルとなったが、アメリカ以外の国では“コロムビア”という商標を他社が保有していることが多く、日本では日本コロムビア(2002年10月にコロムビアミュージックエンタテインメントへ一時社名変更、2010年10月をもって社名復帰)が名称と「ツイン・ノーツ」と呼ばれる音符マークを登録商標として保有している。このような場合はレーベル名として代わりに“CBS”が使われており、コロムビア・レコードとCBSレコードは混同されることが多い。1960年代には、ジャニス・ジョプリン、サンタナらを擁し、ロック・ムーブメントの先頭を切った。しかし1970年代後半には、ジャーニー、TOTO、ボストンなどが産業ロックと揶揄されている。1990年代より、コロムビア・レコードレーベルで発売されてきたクラシックジャンルについては「ソニークラシカル」レーベルへ移行している。

CBSとソニーが合弁で発足させた株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント(SMEJ)の前身であるCBS・ソニーレコードでは、国内作品(J-POP等)ではソニーレコーズレーベルが中心であり、Columbia/CBSのレーベルは洋楽・クラシックといった輸入盤にほぼ限定されている。

日本に於ける正規輸入盤・日本版(日本語ライナーノーツ付き)のレーベル作品については、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント(SMEJ.SMEIとは直接の資本関係は無い)の子会社であるソニー・ミュージックジャパンインターナショナル・ソニーレコーズインターナショナルから、コロムビアレコードの商標を国内で保有している日本コロムビア[注釈 1]の商標許諾シールが貼付される形態で発売されている。

沿革

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主なアーティスト

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ポピュラー音楽

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注:過去に所属していたアーティストも含む。

クラシック音楽

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商標

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コロムビア・レコードは本来、レコード・ビジネスにおいて「コロムビア」(Columbia)というブランド及び商標を使用しているが、イギリス(英コロムビア → EMI)や日本日本コロムビア)のように[注釈 7]、米国以外の国や地域では同社以外の企業が商標権を保有していることが多い。そのため、コロムビア・レコードでありながら、一部の国と地域において「コロムビア」(Columbia)という本来のブランド名を使用することができず、CBS傘下の時代には「CBS」というブランド名を使用していた。

日本コロムビアは、1962年の英コロムビアとの契約解消後、一部洋楽(米コロムビア)音源に「CBS」レーベルの使用を開始(通称:CBSコロムビア)、それ以降は洋楽部「CJ」(CBS JAPANの略称)に所属した邦楽ポップス歌手・グループ(例:エミー・ジャクソンジャッキー吉川とブルー・コメッツヴィレッジ・シンガーズ伊東きよ子、黒沢年男(現:黒沢年雄)、徳永芽里等)についても、1965年4月20日から1968年6月30日までに発売された新譜には「CBS」レーベルを使用していた。「LL-」で始まるシングル盤の規格番号に因み、「L盤」と呼ばれていた。

この時期には美空ひばりのアルバム・シングルのブラジル販売盤など、演歌・歌謡曲の海外輸出盤や現地製造盤でも「CBS」レーベルを使用した例があった。

これらは1968年3月11日のCBS・ソニーレコード(以下CBS・ソニー)設立後、米コロムビア音源の洋楽は改めて同社で同年8月21日以降より順次再発売された。邦楽ポップスは一部がCBS・ソニーに販売権を譲渡された一方、引き続き販売権が日本コロムビアに残った作品はレーベルを「コロムビア(Columbia)」や「デノンまたはデンオン(Denon)」[注釈 8]等に変更して同年9月以降より順次再発売された[注釈 9]

当初、CBS・ソニーは米コロムビアと日本コロムビアとの原版契約を盾に、旧CBSコロムビアレーベル所属の邦楽系アーティストを、既発売音源の販売権を含めてすべてCBS・ソニーに移籍させようとしたが、このうちジャッキー吉川とブルー・コメッツは一旦CBS・ソニーに形式的に移籍後、契約切れを経て、事実上日本コロムビアに復帰(実質的には残留)[注釈 10]、また旧CBSコロムビアレーベル所属歌手のひとりだった黒沢年男も日本コロムビアに残留している[注釈 11]。尤も、ヴィレッジ・シンガーズと伊東きよ子の2組はCBS・ソニー発足後も、日本コロムビアからヴィレッジは2枚シングル盤を、伊東は1枚シングル盤をそれぞれリリースした後、旧譜の販売権を含めて移籍した。

前述した「CBS JAPAN」についても、文芸部管轄の歌謡曲と同様、レーベル名を「コロムビア(Columbia)」に変更した上で、洋楽部によるポピュラーの国内制作部門として存続し、規格番号のみ1973年6月末まで「L盤」として発売された[注釈 12]。また、前後して旧来の専属作家による歌謡曲を中心に担当していた文芸部内でも、専属外の作家による「Pグループ」が発足して「P-」の規格番号による邦楽ポピュラーが制作され、邦楽ポピュラーを洋楽部・文芸部Pグループ・デノンレーベルが競い合った。

ソニー傘下となってからは「CBS」というブランド名が使えなくなったため、「Sony」「Sony Music」「SME」などのブランド名を使用している。

1991年4月から1998年6月まで日本国内で使用されていた旧ソニーレコード時代のCI。なお2024年現在、日本国内では「ウォーキング・アイ」の部分のみがソニー・ミュージックレーベルズの音楽レーベルのひとつ「ソニー・ミュージックダイレクト」(旧・ACルーム)のシンボルマークとして継続されている

日本の輸入レコード店には「Columbia」という商標のついたアメリカ盤が並んでいるが、それらには日本コロムビアによる商標使用許可を受けていることを示すシールが貼られている。

ソニー・ミュージックのクラシック向けレーベル、「ソニー・クラシカル」の『赤地に音符の型抜き』マークは、コロムビア時代の名残を象徴しているとも言える。

日本において「Colombia(例:コロンビア共和国)」と区別するため、日本コロムビアでの商標はあえて旧仮名遣いで「コロビア」と表記している。一方、ソニー側で特例として名称を使用する場合は、同社の商標権に配慮して「コロンビア」表記を使用している。

脚注

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注釈

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  1. ^ ただし2002年10月から2010年9月まではコロムビアミュージックエンタテインメント名義。
  2. ^ LP商品化第1号は、メンデルスゾーン作曲「ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64」(ミルステイン(ヴァイオリン)ブルーノ・ワルター指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック レコード番号:ML 4001)
  3. ^ CD&SACDハイブリット盤 「『レスピーギ:ローマ3部作』(1957~1961年録音) ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団」(規格番号:SICC 10253 2018年3月28日発売)内のブックレットで、ソニーミュージックアメリカのスタジオで長年エンジニアをしていた、アンドレアス・K・マイヤーのマスタリング・ノート欄の解説文(P.17~19)によると、米コロムビアが最初にステレオ録音を成功させたのは、同年11月19日にフィラデルフィアで録音された、シューベルト作曲の交響曲第7(8)番「未完成」(ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団)だったものの、ステレオ版は未だに発売されていないままだという(モノ版はLP番号:ML 5221として、翌1957年に発売)。
  4. ^ 米コロムビア録音のステレオLPで発売された中で最古のステレオ録音は、1956年12月31日に録音された、レナード・バーンスタイン指揮、ニューヨーク・フィルらの演奏による、ヘンデル作曲の「オラトリオ 『メサイア』」(バーンスタイン版)(レコード番号:M2S 603)である。
  5. ^ ステレオLP商品化第1号は、レスピーギ作曲の交響詩「ローマの噴水」「ローマの松」(ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 レコード番号:MS 6001)。
  6. ^ その後、1969年に日本コロムビアは日立製作所(以下日立)と資本提携を締結したが、2001年9月に日立と資本提携を解消した。
  7. ^ EMI・日本コロムビアとも、創業期には米コロムビアとも資本関係があった
  8. ^ 国内向けでは、文芸部・洋楽部と別に外部の作家を積極的に起用するために新設された第3の制作部門「デノンレーベル」の「CD-」の規格番号による邦楽ポピュラー向けレーベルとして使用され、文芸部制作の歌謡曲やL盤では海外輸出および現地生産用にそれまでの「CBS」に代わって使用された。
  9. ^ 一例として、エミー・ジャクソンとジャッキー吉川とブルー・コメッツのシングル盤についてはいずれも、後年の再発時にCBSの目玉マーク(ウォーキング・アイ)から日本コロムビアのツインノーツマークに置き換えられていた。
  10. ^ 1968年7月いっぱいでCBS・ソニーとの契約を満了し、以降はフリー扱いとなったが、その後、ブルー・コメッツ側が自主制作した楽曲について日本コロムビアが販売のみを請け負うという「原盤供給契約」を締結、これによりブルー・コメッツは事実上、日本コロムビアに復帰、最終的に契約切れとなる1972年12月まで在籍し、翌年の1973年3月に一部メンバーチェンジの実施と同時にビクター音楽産業(現:ビクターエンタテインメント〈二代目法人〉)へ移籍することとなった。
  11. ^ CBSコロムビアレーベルから出した歌手デビュー曲「僕についておいで」以来、渡辺音楽出版が関わっており(CBS→L盤時代のレコードジャケットに、同出版社の「WP music」マークが見られる)、その絡みがあると思われるが、経緯などの詳細は不明。
  12. ^ 1968年秋の新譜からは「デノン」と一部の外部原盤の独自レーベル(Kit・マッシュルーム・ナイアガラなど)を除いて全て「コロムビア(Columbia)」レーベルに集約される形になったが、それ以前から既に、「CBS」レーベルを用いない代わりに、「コロムビア(Columbia)」レーベルを通じて新曲をリリースしていたアーティストも少なからずいた(ザ・ダーツいしだあゆみ、日本コロムビア所属末期のヴィレッジ・シンガーズなど)。

出典

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  1. ^ 米Discos Columbia Masterworks ML 5221のページ(2023年12月4日閲覧)
  2. ^ 米Discos Columbia Masterworks M2S 603のページ(2023年12月4日閲覧)
  3. ^ Leonard Bernstein Edition - The Vocal Works (Sony Music Shop)(2023年12月4日閲覧)
  4. ^ CD&SACDハイブリット盤 「レスピーギ:ローマ3部作」(1957~1961年録音) ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団(規格番号:SICC 10253 2018年3月28日発売)内のブックレット P.2,5に記載
  5. ^ 「CDの歴史」 ~世界初のCD、CDプレーヤーは?オーディオ解説書その3(オーディオ買取屋)(2023年12月4日閲覧)
  6. ^ マリア・ゲイ 2023年2月25日閲覧

関連項目

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ブルーノ・ワルターやレナード・バーンスタインのレコーディングに使用した臨時編成オーケストラ(日本コロムビア時代に発売されたレコードには「コロムビア交響楽団」とクレジットされていた)。

外部リンク

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