戦前の日本軍は兵器をシステムとして編成装備する発想が全くなかった。
例えば火砲については移動手段、操作の容易さ、他の兵器との連携使用などはほとんど考慮されていない。単体としての火力の強さだけしか考えていない。
いくつか作られた巨大戦艦は速力が遅く、航空母艦との連携作戦は不可能だった、陸軍と海軍が共同して兵器を開発したことはない、など数え上げればきりがない。これでよく戦争をやる気になったと思う。
軍隊はシステムの極致であり、アメリカやイギリスの装備は幾重にもシステム化されていた。日本軍の精神主義の弊害を人々は批判するが、筆者にはシステム思考が欠けていた罪の方がむしろ重いように思われる。
よく言われることだが、日本人は情緒や感情に動かされて意思決定をすることが多い。これも実はシステム思考の弱さと関係している。ものごとをその背後にある大きなシステムの枠で捉えるよりも、特定の個人や組織に起こった具体的な事実の方に関心が向くのである。
例えば「この人(達)がこんなひどい目にあった。だから……」と。事象を理解するひとつの方法であろうが、ムードに流される危険もあるし、別のケースに遭遇したとき百八十度意見を変えてしまうことにもなりかねない。
このたび、『世界を動かす技術思考』(講談社ブルーバックス)を上梓したが、日本人のシステム思考の弱さを突きつめていくと日本文化論に行きつくことがわかった。これは興味深いテーマである。日本がシステム化の技術力を身につけるには、日本的なシステム化の方策を探ることが必要であろう。
「七人の侍」で描かれたシステム構築のプロセスは、それへのヒントになるかもしれない。
(きむら・ひでのり 早稲田大学招聘研究教授・東京大学名誉教授)
講談社・読書人の雑誌『本』2015年6月号より
理化学研究所BSI‐トヨタ連携センター長。1970年東京大学大学院工学系博士課程修了、工学博士。大阪大学基礎工学部助手、工学部教授、東京大学大学院工学系研究科、同大学院新領域創成科学研究科教授などを経て、2001年より理化学研究所生物制御システム研究室チームリーダ。横断型基幹科学技術研究団体連合会長
木村英紀・著
『世界を動かす技術思考 要素からシステムへ』
ブルーバックス 税別価格:860円
かつて日本は「技術立国」と称され、世界中から注目を浴びていた。ところが日本の技術文化の象徴である「ものづくり」に足を引っ張られる形で世界が推し進めるシステム化に乗り遅れてしまった。いったい、日本の科学技術はかつてのように世界を制することができるのだろうか?その鍵を握るのが「システム科学技術」だ。「ものづくり」に固執するのではなく、「要素」と「目的」を「適切に結び付ける」柔軟な発想力に日本の未来がかかっている。
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